hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

かねこたかし『昭和のあの頃ぼくたちは小学生だった』を読む

2016年12月31日 | 読書2

 

 

かねこたかし著『昭和のあの頃ぼくたちは小学生だった』(2016年9月10日ディスカヴァー・ツゥエンティワン発行)を読んだ。

 

かねこたかし(金子隆・昭和17年生)が自費で作った「昭和郷愁かるた」の反響が大きく、この本が書かれた。昭和20年代の小学生(現在 70-80歳前半)の周辺を文章と絵で描いている。

 

黒川由紀子・上智大学教授は、昔を懐かしみ、思い出を語り合うこと(回想法)は、認知症の予防にもなると語っている。

 

 本文では右のページに柴慶忠の絵があり、左のページに文がある。

 

 

著者は「おわりに」でこう語る。

ぼくたちは、昔はみんな子どもだった。子ども時代は楽しかった。あの場面、この場面。『郷愁の宝箱』には、過ぎし日の幾多の感動が詰まっている。ところが、残念ながら感動の中身を忘れてしまい、『宝箱』を開けずにいるお年寄りが多い。
 ぼくは、宝箱の中身を連想によって引き出すことを考えた。それがこの本。

『郷愁の宝箱』を開けていただけただろうか? あなたの少年少女期が、じんわりと、しみじみと、うふふふ……と、芋づるのように出て来ただろうか?
宝箱の感動が少しでも取り出せたなら、本書の狙いはそこにあり、ぼくの願いも成就となる。

 

 

かねこたかし(金子隆)
昭和17年東京生まれ。フジテレビ専任局次長/フジテレビフラワーセンター専務取締役/サンケイ出版プロデューサー/武蔵大学非常勤講師/日本児童文芸家協会会員・理事/埼玉文芸賞選考委員などを歴任。

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

著者は私と同年生まれで、昭和24年~30年に小学校時代を東京で過ごした。したがって、どの項目を見ても、懐かしく当時の思い出が湧き出してくる。今はなく、忘れかけていたあの物や、あの時の家族が浮かんできて、すぐにあの頃の自分の世界に入り込んでしまう。

 

ちゃぶ台:我が家は掘りごたつだったが、かすかな記憶ではその前は丸いちゃぶ台だった。上板に四角い枠がついていて、四隅に足があり、内側にたたみこめて、食事後は部屋の隅にかたずけた。

 

蒸気機関車:中学の修学旅行で京都へ行ったときに東海道は蒸気機関車だった。トンネルに入ると煙が窓から入ってくるので、キャアキャア騒ぎながら窓を閉めた。翌年から修学旅行専用車になった。

 

そば屋の出前:高々と積んだかけぞばを右手で支え、左手のハンドルで自転車を内側に倒しながら角を勢いよく曲がる粋な若い衆。

 

蚊帳:大きくなると蚊帳を自分でたたまされた。きちんとたたむのは難しかったが、面白くもあった。

 

アイスキャンディー:芯の木の棒を舐めると疫痢(えきり)になるとの噂があった。

 

張り板:よく庭に着物の生地をぴったり張り付けた板があった。竹ひごでピンと張られた布がハンモックのように木と木の間に張られていた。昔の女性は大変だったなと思う。

 

御用聞き:御用聞きは台所の勝手口から顔を出し、ゴム紐などの押し売りは玄関から入ってきた。

 

蠅捕りリボン:魚屋さんにぶら下がるハエ取りリボンには黒く見えるほどハエがついていた。親兄弟の嘆きが聞こえた。

 

オブラート:缶に入ったオブラートをおままごとの食事の時に何枚も食べた。食べ過ぎて気持ちが悪くなった。

 

街頭テレビ:電器屋さんの店先で大人たちに押されて汗だくになりながら声を上げて力道山を応援した。シャープ兄弟も強かった。あれ以降、あんなに興奮したことはない。

 

紙芝居:お小遣いのない私はいつも坂上の遠くから眺めていた。一度だけ、飴を買って近くで見たが、飴を上手く舐めて、人形を崩さずに残すことに熱中して、紙芝居の内容に記憶はない。

 

焚き火:火の番をしながら、一人で火を眺めるのが好きだった。やりすぎて放火魔にならなくてよかった。

 

 

目次

はじめに
回想法を通じて貴重な記憶を未来へ/黒川由紀子
ちゃぶ台/蒸気機関車/ねんねこ半纏/火吹き竹/そば屋の出前/蚊帳/割烹着/配置薬/蚊遣り/徳用マッチ
かねこたかしの郷愁譚1 三本立て映画
アイスキャンディー/経木/張り板/行水/御用聞き/足踏みミシン/赤チン/金魚売り/銭湯/ままごと
かねこたかしの郷愁譚2 ラジオ歌謡
火の用心/BCG/君の名は/あやとり/学校給食/五徳/蠅捕りリボン/旅芸人/DDT/オブラート
かねこたかしの郷愁譚3 遊び場
七輪/街頭テレビ/置炬燵/紙芝居/竹とんぼ/ラムネ/焚き火/姉さんかぶり/赤電話/氷冷蔵庫
かねこたかしの郷愁譚4 煙突
めんこ/越中ふんどし/縁台将棋/お手玉/真空管ラジオ/自転車の三角乗り/バナナの叩き売り/買い物かご/手押しポンプ井戸/アルマイト弁当箱
かねこたかしの郷愁譚5 女の立ちション
おわりに

 

 

メモ

経木:スギやヒノキの板を薄く削ったもので、古くは経文を書き込むなど、仏教儀式に使われていた。三角に包まれた納豆、遠足のおにぎり、肉屋で買ったコロッケ、大福やみたらし団子。

張り板:春になると縫い目の解きが始まり、洗濯するのは夏。その洗濯物を乾かすのに使うのが張り板だ。

木綿類はふのりを煮て糊をつくり、それを使って張り板に張る。絹物類は伸子(しんし)針という竹ひごに針のついたものを使って干した。

オブラート:苦い薬を包み込んで飲むためと、菓子類のべたつき防止用という二通りの目的で利用された。

 

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米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読む

2016年12月20日 | 読書2

 

 米原万里著『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(角川文庫よ22-1-y552、2004年6月25日角川書店発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

一九六〇年、プラハ。小学生のマリはソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。男の見極め方を教えてくれるギリシア人のリッツァ。嘘つきでもみなに愛されているルーマニア人のアーニャ。クラス1の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。それから三十年、激動の東欧で音信が途絶えた三人を捜し当てたマリは、少女時代には知り得なかった真実に出会う! 大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。解説・斎藤美奈子

 

 著者の米原さんが9歳から14歳(1960年から64年まで)の時のチェコ・プラハのソビエト学校の3人の友達、ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤスミンカに関する3編。

 ソビエト学校時代の個性的な彼女達との思い出を語り、30年以上後に彼女達を訪ね歩き、再会を果たすというエッセイ。同時に、深く知られていない激動の時代の東欧を生きた人たちの物語になっている。

 

 

「リッツァの夢見た青空」

「一点の曇りもない空を映して真っ青な海が水平線の彼方まで続いている。波しぶきは、洗いたてのナプキンのように真っ白。マリ、あなたに見せてあげたいわ」

 リッツァはと故郷ギリシャの青い空を誇らしげに語る。しかしリッツァ自身はまだ一度も見たことがないのだ。

 小学4年のとき「マリ、男の善し悪しの見極め方、教えたげる。歯よ、歯。色、艶、並び具合いで見分けりゃ間違い無いってこと」と訳知り顔で言ったリッツァはセックスに関してはクラス一の物知りだった。

 そして30年後、劣等生だったリッツァは医者になっていたが、住んでいたのはその後政情が安定したギリシャではなく・・・。

 

「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」

 共産主義を称賛し、誰にでも「同志」と呼びかけ、祖国ルーマニアに思い入れが強いアーニャ。まるで呼吸するみたいに自然に嘘をつくが、皆に愛されていた。

 30年後、アーニャは「民族とか言語なんて、下らないこと。人間の本質にとっては、大したものじゃないの。」と言い、親の特権を利用して外国に出て暮らしていた。

 

「白い都のヤスミンカ」

 常に冷静で聡明な優等生、北斎の浮世絵を熱愛するユーゴスラビア人のヤスミンカ。ソビエトからはチトー大統領のユーゴスラヴィアは修正主義者と非難されていた。国同士の狭間に子供らは挟み込まれた。その後勃発したユーゴ多民族戦争の中で、自身ユーゴスラビア人と思っているヤスミンカも両親と同じムスリム人として差別され、人間関係が壊れてしまう。

 明日にも戦火に巻き込まれるかもしれないベオグラードに住むヤスミンカは、「ユーゴスラビアを愛しているというよりも愛着がある。国家としてではなくて、たくさんの友人、知人、隣人がいるでしょう。その人たちと一緒に築いている日常があるでしょう。国を捨てようと思うたびに、それを捨てられないと思うの。」と語った。

 

 

1996年にNHKで放送された「世界わがこころの旅 プラハ4つの国の同級生」に旅の様子と、収録後に改めて訪ねた時の事が描かれている。この番組はYoutubeで見られる。(これは必見です)

 

初出:2001年6月角川書店より刊行

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

 多くに国から、個性的な子供たちが集まった学校の様子が生き生きと描かれている。さらに、子供時代の親友を、30年間に激動した東欧の中で探し歩く、その過程がミステリーを解くようであざやかだ。

 

3人の個人史でもあるが、同時に20世紀後半の激動の東ヨーロッパ史を当事者の視点であざやかに切り取った歴史書でもある。

 

斎藤美奈子の解説は、「米原万里が当代きっての名エッセイストであることに異論のある人はいないでしょう。」と始まる。左手を挙げて「そのとおり」と言いたい。

 

愛国心とは何か、その功罪について考えさせられる。

 

 

米原万里(よねはら・まり)
1950年東京生まれ。父親は共産党幹部の米原昶。少女時代(59~64年)、プラハのソビエト学校で学ぶ。東京外国語大学ロシア語学科卒業、東京大学大学院露語露文学修士課程修了。
ロシア語の会議同時通訳を20年、約4千の会議に立会う。
著書に、『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』(読売文学賞)、『魔女の1ダース』、本書『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(大宅壮一ノンフィクション賞)、『オリガ・モリソヴナの反語法』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)http://blog.goo.ne.jp/hiyamizu72/d/20161212、『米原万里の「愛の法則」』、『マイナス50℃の世界』『ガセネッタ&シモネッタ
2006年5月ガンで歿。

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ラオス・タイ料理

2016年12月18日 | 食べ物

ラオ・タイ食堂 ランサーン

タイ料理の店と紹介されているが、実際はラオス料理の意味ではないだろうか。そこで、「ラオ・タイ」。

ラーンサーンは、現在のラオス、メコン川中流域に14世紀から18世紀にかけて君臨した王朝名で「百万頭の象の王国」の意。

JRの高架の北側沿いを吉祥寺から西荻に向ったビルのセブンイレブンの二階でわかりにくい。

店に入ると、目の前に大きな木彫りの象がある。店内はきちんと整理されているわけではなく、東南アジアの店の雰囲気。


ランチは安い。

頼んだのは、汁ビーフン ¥930 で、

コーヒーとサラダが出てきて、

汁ビーフンにスープ付き。

ちょっと苦手なパクチー満載。

「お好みで」と出されたのは、ゴマ、ヨーグルト、?、?。

辛いのはそれほど苦手ではないはずだが、手前の右側を一つだけ食べたら、口の中が火。


でも、安くて美味しくて、ここはグー。

 

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桐野夏生『だから荒野』を読む

2016年12月16日 | 読書2

 

桐野夏生著『だから荒野』(2013年9月25日毎日新聞社発行)を読んだ。

 

森村朋美は専業主婦で、ハウジングメーカーに勤める夫・浩光と、実がなく要領が良い大学生の健太、ゲーム三昧の高1の優太の4人家族。

 

朋美の46才の誕生日の夜、レストランに食事に行くので、多少派手だが服装もメイクも決めた彼女を、夫は「ツーマッチにミスマッチ」、健太は「センス悪いよ」とえげつなく批評する。クルマの運転も押しつけられ、プレゼントもない。レストランでの彼らのあまりの身勝手さもあって、ついに堪忍袋の緒が切れた朋美は、突然、ひとり店を飛び出し、そのまま車に乗って家出をする。

 

以下、各章、朋美と浩光が交互に語る。

 

九州・長崎へ向かう朋美はトラックの運転手に迫られたり、得体の知れない女性を同乗させてひどい目に遭ったりして、本の約半分に至る。

ここで、93歳の原爆被害の語り部の老人と出会って、長崎にたどり着く。

 

浩光は朋美の不在などで痛い目にあうのだが、相変わらず身勝手なままで反省は皆無。

 

そして、朋美は結局、このまま“荒野”を突き進んで行くのだろうか・・・。

 

 

初出:毎日新聞朝刊連載 2012年1月1日~2012年9月15日、大幅に加筆修正

 

 

私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

 

 夫の思いやり0の身勝手ぶりに、朋美がイライラする前半を読んで、なぜ我が妻が「絶対読んで!」と言ったのかが分かるような、そうでないような。

 あまりの自己中ぶりにあきれて、「これはいくら何でもひどいでしょう」と言いたかったが、自分でも天に唾してるような気になってきて、言葉を飲み込んだ。これって言論統制?

 

読んだ後で、妻に一応「反省しております」と言うと、「それで?」と返され、思わず「今後の私を見てください」と言ってしまったのだが・・・。桐野さん、お恨み申し上げます。

 

 

思い切って家出した朋美が痛快だと思うが、でも大きな声では言えないが、朋美だって・・・との気持ちも生じる。

 

後半の朋美が長崎でやったことは、これがやりたかったことなの?と疑問がある。

 

そして、ラストがこれで良いの??と思う。まあ、朋美が家出前とは変わっているので、今後は荒野を決然と進んでいくのだろうとは思うのだが。夫や、息子たちのかすかな反省は本物なのか?

 

 

 

桐野夏生(きりの・なつお)
1951年金沢市生れ。成蹊大学卒。

1993年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞

1998年『OUT』で日本推理作家協会賞

1999年『柔らかな頬』で直木賞

2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞

2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞

2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞

2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞

2009年『女神記』で紫式部文学賞

2010年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、2011年同作で読売文学賞 を受賞。

その他、『ハピネス』、『夜また夜の深い夜』、『奴隷小説』、本書『だから荒野』、『抱く女

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多奈加亭でランチ

2016年12月14日 | 食べ物

 

12月6日は強烈な風が吹いていた。玄関フロアーを外に出ると、何かが震えている。


近づいても逃げない。メジロだ。


手を近づけても逃げないので、ロビーの中に入れてやろうと思ったが、突かれそうでためらう。
昔、スズメを玄関で飼おうとしてあっさり死なしてしまったことを思い出してそのままにした。

ゴミを捨てて戻ると、もう居なかった。元気に飛んで行ったと思うことにする。


12月8日、真珠湾攻撃があった日、恒例の朝一番ベランダから眺める富士山は白い姿をくっきりと見せていた。


この日、吉祥寺で用事を済ませ、昼飯処を探してブラブラ。
吉祥寺通りから昭和通りへ入り、2本目の通りを北へ、大正通りとの中間あたりにある多奈加亭へ入った。

従来から外から見てパン屋だと思っていたが、ランチメニューの看板があり初めて入った。


ちょっとクラシックな喫茶店という雰囲気で、落ち着ける。

私は、「くるみパンのアボガドサーモンサンド」¥950 とコーヒー


相方は「スコーンプレート」¥960 と紅茶

 

味も結構で、店内も落ち着いていて、店員さんも感じが良い。
このあたりに来たときはまた来よう。

 

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米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』を読む

2016年12月12日 | 読書2

 

 米原万里著『オリガ・モリソヴナの反語法』(集英社文庫よ-18-1、2005年10月25日発行)を読んだ。

 

 裏表紙にはこうある。

1960年、チェコのプラハ・ソビエト学校に入った志摩は、舞踊教師オリガ・モリソヴナに魅了された。老女だが踊りは天才的。彼女が濁声で「美の極致!」と叫んだら、それは強烈な罵倒。だが、その行動には謎も多かった。あれから30数年、翻訳者となった志摩はモスクワに赴きオリガの半生を辿る。苛酷なスターリン時代を、伝説の踊子はどう生き抜いたのか。感動の長編小説。待望の文庫化。

 

 優れたエッセイストである米原万里の初めての小説。Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。

 

 シーマチカと呼ばれる志摩はソ連崩壊直後のロシアを訪ね、かって在籍した学校の天下一品の舞踏教師、強烈な個性の持ち主、過去を決して語らなかったオリガの謎に迫る。調査を重ねてようやく音信不通だった旧友カーチャと再会し、彼女と共にスターリンの強権時代の暗闇、残虐な粛清の実態、そしてその時代を生き抜いたオリガの過去にたどり着く。

 

 70歳にも80歳にも見えるのに苛烈な教え方をするオリガ・モリソヴナの反語法はすさまじい。

「あらまあ震えが止まらなくなるような神童!」

「これぞ想像を絶する美の極み!」

「思案のあげく結局スープの出汁になってしまった七面鳥」

「去勢豚はメス豚の上にまたがってから考える」

 

初出:2002年10月集英社より刊行に「『反語法』の豊かな世界から」を追加

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)

 

 まず教師オリガ・モリソヴナの個性が強烈、そして彼女の過去を徐々に暴いていく過程がリアルで一緒に調べている気分になってしまう。ミステリー小説でもある。さらに、スターリン時代の粛清、強制収容所の残酷さが具体例で語られ、どんどん引き込まれていく。このあたりは実にスケールの大きな話で、膨大な参考資料をもとに描かれている。 

 

 それにしても、最初の長編小説が最後のものになってしまったのは残念無念。

 

 

米原万里(よねはら・まり)
1950年東京生まれ。父親は共産党幹部の米原昶。少女時代(59~64年)、プラハのソビエト学校で学ぶ。東京外国語大学ロシア語学科卒業、東京大学大学院露語露文学修士課程修了。
ロシア語の会議同時通訳を20年、約4千の会議に立会う。
著書に、『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』(読売文学賞)、『魔女の1ダース』、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(大宅壮一ノンフィクション賞)、『オリガ・モリソヴナの反語法』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『米原万里の「愛の法則」』、『マイナス50℃の世界』『ガセネッタ&シモネッタ
2006年5月ガンで歿。

 

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紅葉川からAKOMEYAへ

2016年12月10日 | 食べ物


旅行中に知り合った人が個展を開くというので京橋に行った。
これも今年1月の旧聞。

帰り道、途中で見つけた蕎麦屋「京橋 紅葉川」に入る。

しゃれた名前だが、現在の八重洲通りにあった「紅葉川」という入堀にちなんだ名前という。

頼んだのは温かい蕎麦、多分けんちん汁だったと思う

相方はざるそば

かすかな記憶では美味。


たまに来たのだからと銀座をブラブラ。

若い人に話題になっているという「米屋であって、米屋でない」という「AKOMEYA」を覗く。

店内販売の食品や調味料、器を使用した料理が出されるコーナーもある。
時間のあるときに是非覗いてみることをお勧めします。

東京都中央区銀座2-2-6

新宿のNEWoMan新宿 1F にもあるようだ。

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CAFE DE GINZA

2016年12月09日 | 食べ物

パソコンのメモリーの整理を始めた。

読書記録の合間に、しばらくブログに載せていなかったサテン(喫茶店)、レストラン(食物屋)の情報を載せる。

初回は、大分前の話になるが、今年1月に入った「CAFE DE GINZA」本店 銀座みゆき館。
みゆき通りと旧電通通りの交差する角地にある。

 

「南仏を思わせる落ち着きある店内」とHPにあるが、確かに調度品はクラシック、というより古く、店内は狭い。
しかし、外人の姿もちらほらし、お隣さんの会話は英語で、聞き耳を立てられず。

ケーキのメニュー。今年初めのものなので、読めなくてけっこう。

頼んだのは、2015年のNo.2と書いてあった「和栗のモンブラン」。

気のせいか、落ち着いた、しっかりした味で、結構でした。




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高田郁『あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇』を読む

2016年12月08日 | 読書2

 

高田郁(かおる)著『あきない世傳(せいでん) 金と銀 二 早瀬篇』(時代小説文庫2016年8月18日角川春樹事務所発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

学者の娘として生まれ、今は大坂天満の呉服商「五鈴屋」に女衆として奉公する主人公・幸。十四歳の幸に、店主徳兵衛の後添いに、との話が持ち上がった。店主は放蕩三昧で、五鈴屋は危機に瀕している。番頭の治兵衛は幸に逃げ道を教える一方で、「幸は運命に翻弄される弱い女子とは違う。どないな運命でも切り拓いて勝ち進んでいく女子だす」と伝える。果たして、「鍋の底を磨き続ける女衆」として生きるのか、それとも「五鈴屋のご寮さん」となるのか。あきない戦国時代とも呼べる厳しい時代に、幸はどのような道を選ぶのか。話題沸騰のシリーズ第二弾!

 

 

 前巻の最後は、14歳で大坂の呉服問屋「五鈴屋」に女子衆として奉公にあがった幸が、阿呆ぼん・徳兵衛の嫁にされるかどうかで終わっていた。
 冒頭で、幸は徳兵衛の嫁に決まり、同業組合による御寮さんとしての試験にもパスする。しかし、まだ14歳の幸は徳兵衛と床を共にすることはなかった。(という設定で一安心?)

 

 次男の惣次とお客との交渉に付いて行く事になった幸は、店では見せない、お客さん対応の腰の低さ、営業センスに感心する。

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)

 

 あの高田郁がじっくり設定した舞台で、十分練り上げた人物を、手のうちで思いのままに動かして話を進めていく。「こりゃ、読まずにはいられめい!」てなもんだ。

 

 幸の女としての、商売人としての成長物語なのだが、読んでいるおじいさん、私も、ハラハラと慈しみ、そして一緒に成長している気になってしまう。


 『みをつくし料理帖』に出てくる料理自体には興味を持てなかった私だが、このシリーズの商売の進め方には興味が湧く。

 

 ところどころに『みをつくし料理帖』を思わせるところがあり、懐かしい。

路地に入り込んだ幸は、そこに朱塗りの祠(ほこら)を見つけて目もとを和らげた。

 

 

 

幸:武庫郡津門村の学者・重辰と母・房の娘に生まれ、妹は結(ゆい)。秀才だった兄・雅由(まさよし)は亡くなった。大阪の呉服屋「五十鈴屋」に女衆として奉公する。

 

治兵衛:「五十鈴屋」の番頭。「五十鈴屋の要石」と称される知恵者。幸の商才を見抜く。息子賢輔。

 

富久(ふく):「五十鈴屋」の二代目徳兵衛の嫁。息子の三代目徳兵衛の没後は、三人の孫と店を守る。「お家(え)さん」と呼ばれる。

 

四代目徳兵衛:富久の初孫で、現店主。放蕩者。「阿呆(あほ)ぼん」と呼ばれる。

 

惣次(そうじ):四代目徳兵衛の次弟。商才に富むが、店の者に厳しい。不細工な顔。

 

智蔵:四代目徳兵衛の末弟。2年前に家を出て一人暮らしし、売れない浮世草子を書いている。

 

「五鈴屋」の女衆: お竹(年長)、お梅、幸

「五鈴屋」の奉公人:手代(鉄七・伝七・佐七・留七・末七)、丁稚(広吉・安吉・辰吉)。鉄七はのち番頭になり鉄助となる。

 

 

 

高田郁(たかだ・かおる)

1959年、兵庫県宝塚市生れ。中央大学法学部卒。
1993年、川富士立夏の名前で漫画原作者としてデビュー。高田郁は本名。
2006年、短編「志乃の桜」
2007年、短編「出世花」(『出世花 新版』、『出世花 蓮花の契り』)

2009年~2010年、『みをつくし料理帖』シリーズ『第1弾「八朔の雪」、第2弾「花散らしの雨」、第3弾「想い雲」

2010年『 第4弾「今朝の春」

2011年『 第5弾「小夜しぐれ」

『 第6弾「心星ひとつ」』

2012年『 第7弾「夏天の虹」』

みをつくし献立帖

2013年『 第8弾「残月」』

2014年『第9弾「美雪晴れ』『第10弾「天の梯」

2016年『あきない世傳 金と銀 源流篇』、本書『あきない世傳 金と銀 二 早瀬篇』

 

その他、『 ふるさと銀河線 軌道春秋』『銀二貫』『あい 永遠に在り

エッセイ、『晴れときどき涙雨

 

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高田郁『あきない世傳 金と銀 源流篇』を読む

2016年12月07日 | 読書2

 

高田郁(かおる)著『あきない世傳(せいでん) 金と銀 源流篇』(時代小説文庫2016年2月18日角川春樹事務所発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

物がさっぱり売れない享保期に、摂津の津門村に学者の子として生を受けた幸(さち)。父から「商は詐(いつわり)なり」と教えられて育ったはずが、享保の大飢饉や家族との別離を経て、齢九つで大坂天満にある呉服商「五鈴屋(いすずや)」に奉公へ出されることになる。慣れない商家で「一生、鍋の底を磨いて過ごす」女衆でありながら、番頭・治兵衛に才を認められ、徐々に商いに心を惹かれていく。果たして、商いは詐なのか。あるいは、ひとが生涯を賭けて歩むべき道か――大ベストセラー「みをつくし料理帖」の著者が贈る、商道を見据える新シリーズ、ついに開幕!

 

第1章~第3章

 華やかな元禄から、物が売れず商売には厳しい享保年間。7歳の幸は、私塾「凌雲堂」を主宰する父、秀才の兄の影響で、七夕の願いに「知恵」と書き、知恵を授かりたいと思う。しかし、父と兄を失って、9歳で大阪の呉服屋に奉公に出される。

 

第4章~第6章

 お店自体に入れるのは店主の家族、番頭、手代、丁稚のみ。彼らの世話をする女衆3名の一番下となった幸は一生鍋を磨くだけの定めとなった。しかし、折に触れて、向学心と賢さが表れて番頭治兵衛や3男智蔵に可愛がられ、学ぶ場を与えられる。

 

第7章~第12章

 嫁の菊栄をもらった徳兵衛だが・・・。3兄弟の争いが厳しくなり・・・。ラストには幸が悲惨な立場になりそうな記述が・・・。早瀬篇へ続く。

 

大阪の洒落言葉

 畑の羅漢:はたらかん怠け者

 袖口の火事:手が出せぬ

 赤子の行水:銭が足らい(盥:たらい)で泣いてる

 饂飩(うどん)屋の釜:言う(湯ぅ)ばっかり

 

初出:本書はハルキ文庫の書き下ろし

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)

 

 『みをつくし料理帖』のあの高田郁(かおる)が、じっくり書き上げた新シリーズだ。どんな細部にも手を抜いていないし、読みやすい。ワクワクしながらどんどん読める。

知恵を求め、学問に対する好奇心旺盛な「幸」は女性なのに、感情移入してしまう。

 

 

 

五鈴屋(いすずや):伊勢出身の初代徳兵衛が「古手」(古着)を天秤棒で担いで商いを始め、大阪天満の裏店に暖簾を掲げて創業。伊勢の五十鈴川から恐れ多いと「十」をとって「五鈴屋」と名付けた。

二代目が富久と共に古手商から呉服商に。三代目は男児3人を遺し急逝。富久が番頭治兵衛の後見を得て、五鈴屋を切り盛りし、20歳の長男を四代目徳兵衛とした。

 

幸(さち):摂津(せっつ)国武庫(むこ)郡津門(つと)村の学者・重辰(しげたつ)と母・房の娘に生まれ、、兄・雅由(まさよし)、妹結(ゆい)。父の死後、大阪の呉服屋「五鈴屋(いすずや)」に女衆として奉公する。

 

富久(ふく):「五鈴屋」の二代目徳兵衛の嫁。息子の三代目徳兵衛の没後は、三人の孫と店を守る。「お家(え)さん」と呼ばれる。

治兵衛:「五鈴屋」の番頭。「五鈴屋の要石」と称される知恵者。幸の商才を見抜く。息子賢輔。

 

四代目徳兵衛:富久の初孫で、現店主。放蕩者。「阿呆(あほ)ぼん」と呼ばれる。

惣次(そうじ):四代目徳兵衛の次弟。商才に富むが、店の者に厳しい。大きな身体に不細工な顔。

智蔵:四代目徳兵衛の末弟。読書家。

菊栄(きくえ):船場の紅屋の末娘。17歳で22歳の徳兵衛へ嫁いでご寮さんとなる。

 

「五鈴屋」の女衆: お竹(年長)、お梅、幸

「五鈴屋」の奉公人:手代(鉄七・伝七・佐七・留七・末七)、丁稚(広吉・安吉・辰吉)

 

 

 

高田郁(たかだ・かおる)

1959年、兵庫県宝塚市生れ。中央大学法学部卒。
1993年、川富士立夏の名前で漫画原作者としてデビュー。高田郁は本名。
2006年、短編「志乃の桜」
2007年、短編「出世花」(『出世花 新版』、『出世花 蓮花の契り』)

2009年~2010年、『みをつくし料理帖』シリーズ『第1弾「八朔の雪」、第2弾「花散らしの雨」、第3弾「想い雲」

2010年『 第4弾「今朝の春」

2011年『 第5弾「小夜しぐれ」

『 第6弾「心星ひとつ」』

2012年『 第7弾「夏天の虹」』

みをつくし献立帖

2013年『 第8弾「残月」』

2014年『第9弾「美雪晴れ』『第10弾「天の梯」

2016年 本書『あきない世傳 金と銀 源流篇』

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奥田英朗『我が家のヒミツ』を読む

2016年12月05日 | 読書2

 

奥田英朗著『我が家のヒミツ』(2015年9月30日集英社発行)を読んだ。

 

平凡な家族のあの時を描いた『家日和』、『我が家の問題』に続くシリーズ第3弾は、6編の短編集。

 

「虫歯とピアニスト」

31歳の敦美はどうやら自分たち夫婦には子どもが出来そうにないことに気づいてしまった。事務員をしている歯科医院に、ファンだったピアニストの大西文雄と思われる男が通院しはじめた。大西のスケジュールを密かに調べていて、次回予約日を先回りして提案する、など秘かな楽しみが出来た。義母に夫婦で食事に来ないかと誘われているが、また病院で診てもらったらという話だろう。夫の孝明は一人で行き、結局、夫の思いを知ることになる。

 

「正雄の秋」

入社して30年、仕事で実績は残して来た正雄は、ゴマすりで世渡り上手な同期のライバル河島が次期局長になると聞いた。役員への道も閉ざされ、社内結婚の妻にも告げられずに一人悩み、これからの人生に戸惑う。

 

「アンナの十二月」

16歳の誕生日を機に、アンナは自分の実の父親に会いに行こうと母に告げる。今の父親はやさしく、不満はない。しかし、アンナは、実父に会うと、著名な演出家で、お金持ちですっかり舞い上がってしまう。セレブの娘とはやしていた親友たちは、やがて育ての父親に気遣うべきだと言い始める。

 

「手紙に乗せて」

53歳の母親が脳梗塞で急死した。悲しみを引きずりボロボロの父親のために、社会人2年目の亨は実家に戻る。同僚の若者は最初は気の毒がっても、翌週にはマージャンに誘ってきた。対して中高年のおじさんたちは、みな一様に同情の色が濃かった。とくに同じ経験をしている石田部長はいろいろ気遣い、父へ手紙までくれた。

 

「妊婦と隣人」

マンションで夫と暮らす産休中の葉子は引っ越してきた隣人の不可解な行動が気になる。無言の会釈しかせず、一日中部屋から出たそぶりがみえないし、人の出入りもない。葉子は、壁に聞き耳を立てたりするが、深夜に隣人が出かけるのを見て、ついに管理人さんに探りを入れてみる。夫に相談するが、とりあってくれない。ついに・・・。

 

「妻と選挙」

シリーズ前2作では、妻のロハス志向に辟易し、マラソン熱を見守った小説家の大塚康夫一家が登場。50歳になった康夫は、作家としてそろそろ終わりと実感させられる。代わりに専業主婦の妻・里美がボランティア仲間からの推薦で市議会議員選挙に出馬すると言い出す。われ関せずだった康夫も、圧倒的に不利な状況でいつになく元気のない妻の様子に・・・。

 

初出:「小説すばる」2013年5月号~2015年7月号

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

気楽に読めるし、どちらかと言えば合格点だなと思うほのぼのした話が続く。

 

「虫歯とピアニスト」が面白い。子供ができない話と、ピアニストとの関わりとが、絡み合わず巧みに並行し、敦美の中で関連しつつ進む。無口な夫の母への決め台詞が良い。

 

「正雄の秋」も、よくある話ではあるが、妻の思いやりにしみじみする。

 

「アンナの十二月」は、身勝手なアンナに不満。

「手紙に乗せて」は、いま一つ。直接の知人でもない部長がそこまでするか。

 

「妊婦と隣人」は、疑心暗鬼の妻の精神状態を心配する夫が正しいと思っていたが。

 

「妻と選挙」は、そんなにうまく行くのかと思ってしまう。

 

 

奥田英朗(おくだ・ひでお)
1959年岐阜市出身。雑誌編集者、プランナー、コピーライターを経て、
1997年「ウランバーナの森」で作家デビュー。第2作の「最悪」がベストセラーになる。
2002年「邪魔」で大藪春彦賞
2004年「空中ブランコ」で直木賞
2007年「家日和」で柴田錬三郎賞
2009年「「オリンピックの身代金」で吉川英治文学賞受賞
その他、「イン・ザ・プール」「町長選挙」「マドンナ」「ガール」「サウスバウンド」『沈黙の町で』『噂の女』『ナオミとカナコ』など。

 

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荻原浩『海の見える理髪店』を読む

2016年12月02日 | 読書2

 

荻原浩著『海の見える理髪店』(2016年3月30日集英社発行)を読んだ。

 

連作ではない独立の6編の短編だが、底には切なく温かい家族の姿が見える。大人のための “泣ける" 短編集。第155回直木賞。

「海の見える理髪店」

大物俳優(高倉健?)など名士が腕に惚れて通う伝説の海辺の小さな床屋。予約をとって、初めて遠方から訪れた青年に店主は、子供がいながら離婚した経緯など過去を長々と語る。語りの間に理容の様子が挟まる構成だ。

店主は、

こんなことまでお話したのは、お客さまが初めてです。あなたにだけは話しておこうと思って、もう私、そうながくは長くはないでしょうから。
それから店主はこう言った。頭の後ろの縫い傷は、お小さい頃のものでしょう。

・・・

青年は結婚式前にきちんとした床屋へ来たかったのだという。(このあたりから両者は? と思う)

 

ラストはこうだ。

・・・僕は、古いアルバムを閉じるようにドアに手をかける。店主の声が背中に飛んできた。

あの、お顔を見せていただけませんか、もう一度だけ。いえ、前髪の整え具合が気になりますもので。

 

「いつか来た道」

白い壁はすっかりくすんでいたけれど、今日の空の色は、赤茶色の瓦のために誂(あつら)えたかのようで、青色の絵の具の塗り残しに見える入道雲が屋根の上で両手を広げている。誰かをハグしようとするみたいに。私は剣をふるう勢いで日傘を閉じ、門を押し開けた。

画家、美術教師だった厳しい猛禽類の目をもつ母から離れて暮らす42歳になった娘。16年ぶりに帰ると、母は年老い認知症になっていた。

「遠くから来た手紙」

件名/Re:ごめん。今日も残業、夕飯いらない。

本文/遙香を連れて実家に戻ります、しばらく帰りません。返信は不要です。TELも。

仕事だけの夫と口うるさい義母。実家に帰った妻に、その晩から戦地からと思われるメールが届き始める。

 

 「空は今日もスカイ」

親の離婚で母の実家に連れられてきた少女は、家出をする。少女は英語を勉強中で、山はマウンテン、太陽はサンなどとつぶやきながら、途中出会った虐待されている少年・フォレストと共に海を目指す。

 

「時のない時計」

父の形見を修理するために行った商店街のはずれの時計屋。娘の生まれた時間で止めた時計を飾る主人とのやりとりの合間に、見栄っ張りだった父との思い出がよみがえる。母からは良い時計のはずと言われていたのだが、・・・

「成人式」

5年前に15歳の娘が亡くなった。娘のビデオばかりを見て、悲しみを揺り戻す夫婦。3人分の食卓を用意する妻。成人式の着物のカタログが届き、45歳の乙女と真っ赤な羽織と銀の袴をつけた夫は成人式に替え玉出席しようとする。娘のためというより、二人の成人式ために。

  

初出:「小説すばる」2012年12月号~2015年12月号

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

著者の作品は初めて読んだが、手慣れたものだ。しかし、いやみのない文章で素直に読み進められる。

 

引っかかるところが全くないわけではないが、短編なのに、人生の紆余曲折、変わる家族の形が、切なさと、しっとりとした暖かさをたたえる。

 

 

荻原浩(おぎわら・ひろし)

1956年大宮市生まれ。成城大学経済学部卒。広告代理店勤務、フリーのコピーライター

1997年「オロロ畑でつかまえて」で第10回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー

2005年「明日の記憶」で第2回本屋大賞と第18回山本周五郎賞受賞。2006年に渡辺謙主演で映画化。

2006年「あの日にドライブ」、2007年「四度目の氷河期」、2008年「愛しの座敷わらし」、2011年「砂の王国」でいずれも直木賞候補。

2014年「二千七百の夏と冬」で第5回山田風太郎賞受賞。

2016年本書「海の見える理髪店」で直木賞受賞。

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