hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

岸本葉子『エッセイ脳』を読む

2013年02月26日 | 読書2
岸本葉子著『エッセイ脳 -800字から始まる文章読本』(2010年4月中央公論新社)発行)を読んだ。

エッセイは思いつくまま好きなことを書いているように思いがちだ。しかし、エッセイを書くことを20年以上仕事にしてきた岸本さんのエッセイ作成術には、明晰な論理に基づいたルールがある。この本は、そのルールを、自作エッセイを例に引きながら、分かりやすく解説するエッセイ入門書だ。

『エッセイ脳』というタイトルは、「エッセイを書くとき、私の頭の中で起きていることを、とらえ直し、分析」したことをあらわしているそうだ。
本書は、京都造形芸術大学通信教育部での授業記録に基づく書下ろし。

岸本さんによれば、エッセイとは、
A「自分が書きたいこと」を、
B「他者が読みたいように」書く。

優先順位は、
他者が読みたくなるように>自分が書きたいように(私のこのブログとは違う)


読んでもらうためには、テーマや、起承転結の「結」は重要ではない。
読者を、「ある、ある、へえ-つ、そうなんだ」と思わせるためには、「題材」と、「転(へえ-っ)」の選択が最重要。
話の落としどころ(「結」)は結局ありがちなことになってしまう。それよりも、何に心を動かされたのかという題材である「転」が一番大事。

手順
テーマは与えられる場合が多い。そこでまず、「転」に何を持ってくるかを考える。
そして、話のかたまりを決め、箇条書き/フローチャートのようなメモ書きで構成を書いてみる。
自分が「転」にすると決めたエピソードとテーマとの関係をはっきりさせることにより、まとめのひとこと、「結」を考える。さらに、どんなはじめ方にするか「起」を考える。
1回目は、無地の紙に、メモではなく下書きをする。
2回目は、パソコンまたは原稿用紙に本書きする。
3回目は、全体を初めから終わりまで、上書きする形でリライトする。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

エッセイにもいろいろなタイプがある。日常のちょっとした仕草、セリフから女性のいやらしさなどを抽出してみせる、いなせな向田邦子のエッセイ、切なく懐かしい霧の中からミラノの風景・過去の人々を描き出す、品の良い須賀敦子のエッセイ。声を出して笑わずにはいられないエッセイも、思わず本を置いて考え込まされるエッセイもある。

岸本さんのエッセイは、いわゆる美文ではなく、感動も少ないが、論理的で、分かりやすく、説得力がある。生活の知恵として実用的なものも多い。
そんな岸本さんが、岸本風のエッセイの書き方を自己分析して明快に示していて、分かりやすい。及第点のエッセイを書くには最適な入門書だと思う。

20年以上プロとして、主にエッセイで食べてきた岸本さんは失敗できず、したがって、確実に合格点の取れるエッセイを書き続け、そのための技術を論理的に築き上げてきたのだろう。
私なぞは、内容にはまったく異論がない。ただ、一方では、筆の向くまま、気の向くままに名文を書き流したいとの、出来もしない夢もあるのだが。



岸本葉子
1961年鎌倉市生まれ。エッセイスト。
1984年東京大学教養学部卒後、東邦生命保険入社。
1985年『クリスタルはきらいよ』(就職活動の体験)
1986年退社して中国の北京外語学院に約1年留学
2001年虫垂癌の手術
2003年『がんから始まる』
2012年『ちょっと早めの老い支度』『おひとりさまのはつらつ人生手帖』『わたしの週末なごみ旅』など。
なお、本書の例文は主に『幸せまでもう一歩』『ぼんやり生きていてはもったいない』(共に中公文庫)から引いている。




以下、私のメモ

サイズ(字数)が合わないとき
字数に達しないときは、「承」がもっとも調節がききやすい。調節してもどうしても字数があまるときは、思い切って題材を変える。

エッセイの文章の3つの働き
頭に働きかける「枠組の文(説明)」と、感覚に働きかける「描写」「セリフ」との3つがある。書くときにはこれらを意識して、さらにバランス配分に気をつける。
エッセイでは枠組みの文(例:ひと月後に行ってみた)を使うところも、読者に追体験させたい小説では描写(例:カレンダーの写真が変わっていた)に負わせる方が良い。
読者は枠組み文が続くと負担になり、セリフが入ると一休みできる。またセリフは臨場感があるが、多用せず、印象的なところに効果的に使いたい。

書き出し
いつの間にか入っているのが、(著者の)良い書き出しだ。書き出しに凝るのはリスキーだ。書き出しの直後は短い文を重ね、情報は少しずつ開示する。

比喩
比喩に凝り過ぎると、文章は装飾過剰になりがちです。その結果、不正確になりがちです。・・・比喩を使って観念的な文章になってしまうよりは、具体的に事実を述べる方がよいとも思います。

その他
文末の否定が続くと、読者は突き放された感じがする。「言えない」を「言い難いものがある」など肯定にしたり、「のだ」をくっつけて「言えないのだ」とする。

頭への入りやすさは読んで声で確認する。

息継ぎしたいところに「、」を入れる。

タイトルは、凝り過ぎない、言い尽くさない、興味をそそる、できればユーモアがあるのが良い。読み終わって、「なるほど、それでこのタイトルか」というのが理想。

書いた直後には推敲しない。少しでも距離感を持ち、他者の側に身を置く努力をして読む。


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岸本葉子『ちょっと早めの老い支度』を読む

2013年02月23日 | 読書2

岸本葉子著『ちょっと早めの老い支度』(2012年10月オレンジページ発行)を読んだ。

帯の言葉
老後は近づいている。けれど、身辺整理には早すぎる。では今、できることって何?


岸本さんはこう始める。
老後が怖い。そう思ったのは三十になろうとする頃、結婚しないかもしれないと感じはじめたのと同時期だ。
・・・
今の私は五十代、あの頃より老後は近づいている。(なにもかもが不安要素だ)
にもかかわらず、かってより老後が怖くなくなった。
不安は、わからないところに生じる。得体が知れないものほど恐ろしい。
三十代よりも今の方が老いにたいしてなじみが出てきた。視力の衰えひとつも体験すると「なるほど、こうなっていくわけね」とつかめる。


モノ減らしを決意/本・服の宅配買取/風呂はスポーツジムで/お馬鹿なお掃除ロボットにもダメだし不要/エンディングノート(ラストプラニング)など。

日本経済新聞に連載した「シングルの老い支度」、書き下ろしたエッセイと、2つの対談(
婦人科医の対馬ルリ子さん、ファイナンシャルプランナー畠中雅子さん)



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

内容は納得できるし、読みやすく、理解しやすい。節ごとに3行のまとめが書かれていて主張は明快だ。ただ、古希の身としては、かなり昔に経験済みのことも多く、いくら早めのと言っても、51歳の著者から学ぶことは少ない。



岸本葉子
1961年鎌倉市生まれ。エッセイスト。
1984年東京大学教養学部卒後、東邦生命保険入社。
1985年『クリスタルはきらいよ』(就職活動の体験)
1986年退社して中国の北京外語学院に約1年留学
2001年虫垂癌の手術
2003年『がんから始まる』
『おひとりさまのはつらつ人生手帖』『わたしの週末なごみ旅』など。


目次
はじめに・・・老後は怖い?

一章 モノと収納の話
モノ減らしを決意/片づけは「部分」から/着ない服を売る/クローゼット内を改革 他

二章 住まいと家事の話
つらい庭仕事/どうする、寒さ対策/入浴はジムで/洗濯機が置けない? 他

三章 健康と食の話
進む老眼/歯まで欠けた!/年相応の髪型/自転車へやめられない 他

【対談1】対馬ルリ子さんと、健康を語る

四章 人付き合いと防犯の話
地域へデビュー/同窓会に初参加/旧交を温める/近くの他人 他

五章 お金と遺言の話
先立つものは/小さな支出を見直す/エイジングケアの費用/悪質業者に気をつける 他

【対談2】畠中雅子さんと、住まいとお金を語る

六章 これからの話
してみたいことがたくさん/ときたま向学心/女子と呼ぶのはいくつまで?/「大人買い」の決め手 他

おわりに・・・“女子力”で乗り越える


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小川洋子『ことり』を読む

2013年02月21日 | 読書2

小川洋子著『ことり』(2012年12月朝日新聞出版発行)を読んだ。

11歳の時から親や他人とは会話できなくなり、弟と小鳥だけが分かる「ポーポー語」を話す7歳上の兄と、後に「小鳥の小父さん」と呼ばれる弟の、世の片隅で、小鳥たちの声だけに耳を澄ますつつしみ深い、やさしくせつない生涯の物語。

兄は、キャンディーを買い、包み紙で小鳥ブローチを作り、幼稚園の鳥小屋を見学し小鳥のさえずりを聴く。弟はゲストハウス管理人として働きながら、夜はラジオに耳を傾ける。静かで、小さく、温かな生活が続く。
やがて、兄は亡くなり、 弟は幼稚園の鳥小屋掃除をボランティアで始め「小鳥の小父さん」と呼ばれる。
図書館司書へ淡い恋心をいだき、鈴虫を小箱に入れて持ち歩く老人との出会いにより思わぬ嫌疑をかけられ、小鳥の愛好家の鳴き合わせの会へ連れて行かれる小さな事件が起きる。

本書は著者の12年ぶりの書き下ろし長編小説(400字487枚)。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

「小鳥の小父さんが死んだ時、・・・」とこの物語は始まる。
小鳥にしか興味を示さない兄と、その兄を献身的に見守る弟。社会の片隅でひっそりと生き、そして生涯を終えた男たち。
メジロは心を込めて小父さんのためだけに捧げる歌を鳴り響かせた。「大事にしまっておきなさい、その美しい歌は」それが小父さんの最後の言葉だった。

何もないといえば何もない生涯。兄と弟と小鳥たちと、荒れ果てた自宅の庭。ほかにはわずかばかりのかかわる人々、それだけのつつましい生活、繰り返しの日々。しかし、流れる時間は穏やかで濃密で、読むものにもひそやかな幸福感を与えてくれる。

青年と夫人との暗号の手紙とそれを仲介の小間使いのラジオの物語や、鳥かご製造のミチル商会の社史などたくみに挿入される話も単調な物語に変化や深みをもたらす。

本のニュース」で小川さんは語っている。
小父さんとお兄さんは言葉を使わずに、多くのことを語っている。矛盾しているようだが、そういうことこそ小説に書きたい。言葉を使って、言葉で表現できないものを表現する。言葉にはそれだけの力があるんですね。



小川洋子は、1962年岡山県生れ。
早稲田大学第一文学部卒。1984年倉敷市で勤務後、1986年結婚、退社。
1988年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞
1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞
2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞
2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞
その他、『カラーひよことコーヒー豆』、『原稿零枚日記』『妄想気分』『人質の朗読会 』『 とにかく散歩いたしましょう 』など。
海外で翻訳された作品も多く、『薬指の標本』はフランスで映画化。
2009年現在、芥川賞、太宰治賞、三島由紀夫賞選考委員。




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林真理子『アスクレピオスの愛人』を読む

2013年02月19日 | 読書2

林真理子著『アスクレピオスの愛人』(2012年9月新潮社発行)を読んだ。

WHO本部のエリート佐伯志帆子は、メディカル・オフィサーとして世界の危険地帯や紛争地域に入り、ウイルスと戦い、国際的組織を動かす。バツイチで、一人娘は元夫と暮らしていて、彼女は、勤務後、複数の男性と奔放な関係を楽しむ。
医師としてはひたむきで純粋、組織人としては合理的、男女関係では奔放、冷酷、母親としては冷静。

題名の「アスクレピオス」はギリシャ神話の医術を司る神で、ヘビの巻き付いたアスクレピオス杖がWHOのシンボル。

なお、私生活以外のモデル、というか、WHOで著者が取材したのは、WHOメディカル・オフィサー進藤奈邦子さんで、「プロフェッショナル 仕事の流儀」にいかにも仕事ができそうな写真がある。

初出:「週刊新潮」2011年7月7日号~2012年4月26日号



私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

面白く読めるが、話の流れと主人公の行動に、一貫性がなく、乱れがある。

主人公のかっこ良い仕事ぶりは爽快だが、私生活の姿勢は中途半端で、共感できない。
結婚して子供を産んで育てているときは、夫の参加がないと非難するごく普通の女性だったのに、離婚して子供を手放すと、子供にはほぼ無関心。男あさりをするが、相手はいつも仕事関係の医師。完全に遊びで、日本人は相手にしないと思ったのに、進也へは??

医療畑出身者の独壇場だった医療小説に、林真理子さんが挑戦し、よく取材していう点は評価するが、結果は今ひとつ。
医者にも、実家の職業や経済状況、出身大学、専門分野、勤務先などにより厳然たるヒエラルキーが存在する点は実感できた。その点での、医師同士の感情のやりとりはよく書けている。しかし、後半にある死産から医療裁判になる部分は、医師出身の作家にまかせるべきで、無理がある。


林真理子の略歴と既読本リスト



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佐伯泰英『変化』を読む

2013年02月17日 | 読書2

佐伯泰英著『変化(へんげ) 交代寄合伊那衆異聞』(講談社文庫さ84、2005年7月講談社発行)を読んだ。

信州伊那に領地があり、参勤交代をするという珍しい旗本である座光寺家(ざこうじけ)。剣豪本宮籐之助(ほんぐうとうのすけ)が活躍する佐伯さんの新しいシリーズ第一作、文庫書下ろしだ。

安政地震の報に、旗本座光寺家の江戸屋敷へ信州伊那から駆けつけた本宮藤之助。だが放蕩者の当主・左京為清(さきょうためすが)は消失した吉原で妓楼の八百両をくすね、女郎と消えていた。当主はまだ徳川家定へのお目見えをしていない。このままでは座光寺家はお取り潰しになる。お目見えに必要な包丁正宗を持って姿を隠した当主を探して、藤之助は・・・・。

本書はシリーズの一巻目で、雷鳴、風雲など藤之助が幕末で大活躍する17巻が既に続いているらしい。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

ほうぼうで見かけ、一度読んでみなくてはと思わせる佐伯さんの写真と本の宣伝。
さすが1ヶ月1冊強のペースで文庫書下ろしする手練の作家さん、面白くないわけがない。しかも、力が入る新シリーズの第一作だ。
一気に読んだが、読み終わって、さっぱりしてしまう。気がつくと付箋が一枚もついていない。振り返って思い出してみると、主人公があまりにも強すぎて、負けるかもしれないというドキドキ感がなかった。
電車の中で読むには適当かも。



佐伯泰英(さえき・やすひで)
1942年1942年福岡県生まれ。闘牛カメラマンとして海外で活躍後、国際冒険小説執筆を経て、’99年から時代小説に転向。迫力ある剣戟シーンや人情味ゆたかな庶民性を生かした作品を次々に発表し、平成の時代小説人気を牽引する作家。著書多数。



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五木寛之『選ぶ力』を読む

2013年02月15日 | 読書2

五木寛之著『選ぶ力』(文春文庫886、2012年11月文藝春秋発行)を読んだ。

表紙裏には、
情報が氾濫する現代において、日常の一コマから、将来を左右する大きな決断まで、選択なしに世は渡れない、明日が見えない不安の時代だからこそ、悔いなき日々を過ごすには? 東洋思想に通暁したベストセラー作家による珠玉の実践的ヒント

とあるが、「はじめに」には、こうある。
この本は、選択の技術やノウハウを簡単に伝授する手引き書ではない。選びながら迷い、迷いながら選びつつ生きる、私的なモノローグのようなものだ。


今、健康法に関する多くの本が出版されていて、その内容は様々で、しばしば逆のことを薦めている場合もある。
四百四病ということばの通り、人間は病気の塊のようなものです。それをだましだまし取り繕って生きているのです。この取り繕いを「養生」と呼びます。・・・そもそも、私に言わせると病気を「治す」というのは間違っています。病気は「なおす」ものではなく、「おさめる」ものなのです。

そして、著者は、身体と会話することを楽しんでいて、趣味は養生と答えるという。

初出:『日刊ゲンダイ』連載「流されゆく日々」、『文藝春秋スペシャル2012秋号』掲載分と書下ろし



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

結論めいたものがなく、ああも言える、こうも言えると書いてあり、もどかしい。内容は年寄には、もっともと思われることばかりだし。

膝が痛いとのことだが、80歳になる著者が元気なことには驚かされる。連載を抱え、「親鸞」の大書を執筆し、講演などで年の1/3は旅先だというのだから。
何より、あの豊富な髪の毛はどうだ。髪の毛を洗わないのが良いのだろうか。最近は一ヵ月半に一度は洗うが、その前は年4回、さらに前は盆暮れだけだったという。盆暮れって??



五木寛之(いつき・ひろゆき)
1932年9月30日(石原慎太郎と同じ)、福岡県生まれ、旧姓松延。
生後まもなく朝鮮に渡り、1947年に終戦で日本へ引揚げる。
早稲田大学第一文学部露文学科入学、中退。
PR誌編集者、放送作家、作詞家、ルポライターなど。
1965年の岡玲子と結婚して親戚の五木姓を名乗る。ソ連・北欧へ新婚旅行に行く。
1966年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞
1967年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞
1976年「青春の門・筑豊編」で吉川英治賞
その他『大河の一滴』『親鸞上・下』『人間の関係』『ふりむかせる女たち』『人間の運命』『下山の思想


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キャロル・オフ『チョコレートの真実』を読む

2013年02月13日 | 読書2

キャロル・オフ著、北村陽子訳『チョコレートの真実』(2007年9月英冶出版発行)を読んだ。

(チョコレートの原材料)カカオの実を収穫する(西アフリカの子供たちの)手と、チョコレートに伸ばす(先進国の子供たちの)手の間の溝は、埋めようもなく深い。


コートジボワールはカカオ栽培により奇跡的な経済成長を遂げたが、国際市場でのグローバル・チョコレート会社との競争に敗れ、経済が破綻し、IMF(の助け)により国内産業が崩壊する。貧困に陥ったカカオ生産農家は隣国マリからの児童労働に頼る。

幾度となく実質奴隷労働を告発する動きはあったが、巨大アグリビジネスにもみ消される。そして、希望の光りオーガニック・チョコレート会社は大企業に合併し、フェアトレードも普及の兆しが見えない。
エピローグは、「ずっと昔から続くこの不公正が正される見込みは、ほとんどない」で終わる。

原題は"Bitter Chocolate: Investigating the dark side of the world's most seductive sweet"(ビター・チョコレート:世界で最も魅力的なお菓子の闇の部分の調査)



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

チョコレートの甘く華やかな印象と正反対の暗く辛い現実が、カカオ生産の現場にあることを嫌になるほど明快に知らせてくれる。
しかし、あまりにもくどく、377ページの大書にする必要はなかったと思う。例えば、チョコレートの歴史に約70ページ、フランス人ジャーナリストのキーフェルの謎の死に約50ページも費やしている。



キャロル・オフ Caroll Off
ジャーナリスト。ユーゴスラビアの崩壊からアフガニスタンでのアメリカ主導の「対テロ戦争」まで、世界で数多くの紛争を取材、報道している。アフリカ、アジア、ヨーロッパについてのCBCテレビ・ドキュメンタリーで数多くの賞を受賞。他の著作に、The Lion, The Fox And The Eagle(『ライオンと狐と鷲』)、The Ghosts of Medak Pocket: The Story of Canada’s Secret War(『クロアチア・メダック村の亡霊―カナダPKO部隊の知られざる戦争』)。後者は2005年ダフォー賞を受賞。

北村陽子
東京都生まれ。上智大学外国語学部フランス語科卒。共訳書にS・ペレティエ『陰謀国家アメリカの石油戦争』(ビジネス社、2006年)、H・ジン「怒りを胸に立ち上がれ」(『自然と人間』2005年2月号)などがある。



以下、メモ。

第1章「流血の歴史を経て」、第2章「黄金の液体」
中米・メキシコ南部に生まれた粥状のカカオがヨーロッパに伝わり、徐々に普及していく。
第3章「チョコレート会社の法廷闘争」
オランダ人バンホーテンが発明された油圧装置で脂肪分を抜くことに成功し、美味しいチョコレートが出来上がる。フライ社は板チョコを作り、キャドバリー社はチョコをバレンタインデー、イースターエッグを結びつけて、一気に普及させる。
しかし、アフリカでのカカオ生産は奴隷制度にささえられていた。
第4章「ハーシーハーシーの栄光と挫折」
アメリカ人ミントン・ハーシーは、ミルク入りやアーモンド入りの板チョコで大成功。
やがて、戦後の買収と合併により、大きなチョコレート会社は、ネスレ、マーズという強大会社になる。一方、カカオ豆の売買という汚い仕事はカーギル社、ミッドランド社、バリーカレボー、など巨大食品企業の領分となり、表面に出なくなる。
第5章「甘くない世界」
ガーナのカカオ農園の誕生と崩壊、コートジボワールの栄光と挫折
第6章「使い捨て」
コートジボワールでのカカオ生産農園が児童人身売買ネットワークと取引している事実を暴露した外交官マッコは失業し、実態は闇に沈んだ。
第7章「汚れたチョコレート」

カカオ生産における奴隷労働を禁止する議定書は、「児童労働の最悪の形態」などと妥協の産物となり、やがて対テロ戦争の中で忘れ去られていった。
第8章「チョコレートの兵隊」
第9章「カカオ集団訴訟」
第10章「知りすぎた男

カナダ国籍を持つフランス人ジャーナリストのキーフェルは、カカオ管理機構の真相に迫り、謎の死をとげる。
第11章「盗まれた果実」
第12章「ほろ苦い勝利

オーガニック・チョコレートで成功した「グリーン&ブラック」社もさらなる拡大のため巨大製菓会社キャドバリー社に過半数の株を売り渡した。
チョコレート大企業はフェアトレードを受け入れる気配はないし、小さな会社が認証を受けるには膨大な事務作業が必要で、犠牲が大きい。アフリカの農民には不可能だ。
エピローグ「公正を求めて」
「ずっと昔から続くこの不公正が正される見込みは、ほとんどない」

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道尾秀介『ノエル』を読む

2013年02月12日 | 読書2


道尾秀介著『ノエル a story of stories 』(2012年9月新潮社発行)を読んだ。

宣伝文句はこうだ。

物語をつくってごらん。きっと、自分の望む世界が開けるから――。
理不尽な暴力をかわすために、絵本作りを始めた中学生の男女。妹の誕生と祖母の病で不安に陥り、絵本に救いをもとめる少女。最愛の妻を亡くし、生き甲斐を見失った老境の元教師。それぞれの切ない人生を「物語」が変えていく……どうしようもない現実に舞い降りた、奇跡のようなチェーン・ストーリー。最も美しく劇的な道尾マジック!



光の箱
童話作家の圭介は、高校の同窓会に出席するため14年ぶりに故郷に帰る。貧しい家庭。イジメられた中学時代。そして、創ったお話と、弥生との出逢い。

暗がりの子供
莉子がひな壇の中に隠れているとき、大人たちの話を聞いてしまう。母親のお腹にいる赤ちゃんに嫉妬し傷つき、童話の世界に入っていく。

物語の夕暮れ
児童館で読み聞かせ会をしている元教師の与沢は妻を亡くして、子もなく、生きていてもしかたないと思っている。

四つのエピローグ
以上の3つの話のつながりがはっきりする。

初出:「小説新潮」2008年~2012年



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

道尾さんの小説にしては、子供の頃のおぞましい話が一つだけで、しかもハッピーに終わるので、後味は良いし、登場人物間のつながりも良く考えてある。
題名にa story of stories ともあるように、話の中に童話が挿入され、やがて話と絡むようになる。しかし、童話になじみのない私にはまどろっこしく、退屈だ。「物語の夕暮れ」では半分にもなる。



道尾秀介の略歴と既読本リスト


以下、私のメモ
登場人物

「光の箱
卯月圭介 童話作家のペンネーム、小4で始めて物語を書く、小学校でイジメられる
葉山弥生 圭介と小中高が同じ、圭介の物語に絵を書いて絵本(『リンゴの布ぶくろ』『光の箱』を作る、高校で写真も始める
富沢   高校3年間同じクラス、圭介を探し出して14年後の同窓会の連絡をする
岩槻   小学校で圭介をいじめる金持ちの子
守谷夏実 圭介と同じ高校で弥生の友人、事件があり転校する

「暗がりの子供」
莉子  真子が落ちた穴には空を飛ぶ宝物があるという圭介の絵本『空飛ぶ宝物』を読む。病気の祖母が心配。妹が生まれるのが不安。莉子の妹の名前は真子になる。

「物語の夕暮れ」
与沢昭   児童館で読み聞かせ会をしている元教師。故郷の海沿いの古い家を売った。
ときちゃん 与沢の亡き妻が名付けたインコ。妻の名は時子。
ときちゃん 与沢が子供の頃、祭りのときに自作の話(蛍とかぶと虫)を聞かせた女の子。
重森    児童館の職員

「四つのエピローグ」
圭介と与沢のつながりが明らかになる。
莉子の妹真子は児童館で与沢の話を聞く。
そして、結局、与沢は・・・


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有川浩『旅猫リポート』を読む

2013年02月09日 | 読書2


有川浩著『旅猫リポート』(2012年11月文藝春秋発行)を読んだ。

誰とでも親しく接することができるサトルは、元野良猫のナナを連れて、懐かしい人々を訪ねる旅に出る。

写真館を継いだものの父との折り合いが悪く、それもあって妻が家出中の幼馴染コースケ。
農業を営む豪放な中学時代の親友ヨシミネ。
高校・大学の同級生同士で結婚してペンションを営むスギとチカコ。
思い出が少しずつ過去のベールを剥ぎ、ナナを預けるための旅が、サトルとナナの絆を強めてゆく。しかし、やがて旅も終わりを迎え・・・。
今を誇るストーリーテラーが紡ぎだす動物モノのロードムービー。

吠えかかるペンションの飼い犬にナナが啖呵をきる。

喧嘩なら僕のほうが一枚上手だ、お前なんかナリはでっかいけど命がけの喧嘩なんてしたことないだろう。
この縄張りを取られたら明日からごはんが減っちゃうような喧嘩はしたことないだろう、この幸せなもらわれっ子のお犬様め。




私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

話の展開は意外性のあるものではないが、人と猫との心のつながりがよく書けている。元野良猫としての誇りを失わないまま、ナナが、深く愛してくれるサトルへの愛を深めていく過程が心を打つ。人に媚びることがなく、人の心を鋭く読み取る猫ナナの語りが「いいね!」。

これ以上無いほど家族に恵まれなかったサトルが、それだからこそなのか、明るく、やさしい。人間など信用しないという野良猫が、サトルとどうしても一緒に居たいと思うようになる。この設定がいかにも泣かせの有川浩のたくらみだ。渋々?乗せてもらいました。


目次
Pre-Report 僕たちが旅に出る前のこと
Report-01 コースケ
Report-02 ヨシミネ
Report-03 スギとチカコ
Report-3.5 最後の旅
Last-Report ノリコ

登場人物

サトル 宮脇悟
30歳過ぎ。子供の頃から引越しを繰り返す。5年間飼ったナナを銀色のワゴンに乗せて懐かしい人々を訪ねる旅をする。
ナナ
三毛猫オス元は野良だったが、足を怪我してサトルの猫になる。たくましい野良精神を忘れない誇り高い猫。
コースケ 澤田幸介
サトルの小学校での友達。猫のハチを2人で見つけた。家業の写真館を継いでいる。強引な父親と仲が悪く、このため妻も実家に帰っている。
ヨシミネ 吉峯大吾
田舎町で農業を営み、子猫を飼う。両親が仕事中心で祖母の家に預けられ、サトルと中学で同じクラスになる。豪放な性格。
スギとチカコ 杉修介・千佳子夫妻
富士山のふもとで犬と猫両方OKのペンションを3年ほど経営。幼馴染の2人は高校でサトルと同級生で、東京の大学で再会。
ノリコ 香島法子
サトルの母親の妹。不器用な50代。判事で長らく全国を転勤。最近弁護士になり札幌の保立事務所に務める。猫が苦手。

有川浩(ありかわ・ひろ)の略歴と既読本リスト







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東野圭吾『マスカレード・ホテル』を読む

2013年02月07日 | 読書2

東野圭吾著『マスカレード・ホテル』(2011年9月集英社発行)を読んだ。

都内で起きた連続殺人事件の現場に残されたある手がかりから、次の事件の場所だけが推定できた。そこは、超一流のホテル・コルテシア東京。しかし、容疑者はもちろん誰が狙われるのかがわからない。
様々な人がやってきて、結婚式なども開かれるホテルに、警察は潜入捜査を開始。エリート刑事の新田浩介は、ホテル人の意識が高く、頑固な山岸尚美とフロントに立つことになる。新田と山岸が喧嘩をしながら互いを認め合っていく経過とともに物語は進んでいき、次々と謎めいた客がやって来て、次々と事件が起きる。

マスカレードMasqueradeとは、仮面舞踏会

初出:「小説すばる」2008年12月号~2010年9月号



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

結局、一気に面白く読めた。絶妙なトリックというほどではなく、ホテルに登場する人達の人間模様に力点がある。

ホテルという場は確かにとんでもない事件がいろいろ起こりうる。なお、巻末に、取材協力「ロイヤル・パークホテル」とある。



登場人物
新田浩介:警視庁捜査一課。警部補。なんとか手柄をあげようとあせる。
山岸尚美:ホテル・コルテシア東京のフロントクラーク。
稲垣 :警視庁捜査一課係長。新田の上司。
尾崎 :警視庁捜査一課管理官。潜入計画の立案・責任者
本宮 :警視庁捜査一課。新田の先輩。客を装ってホテルの監視に当たる。
関根 :警視庁捜査一課。巡査。ベルボーイとして潜入操作。
能勢 :品川警察署の刑事。一見愚鈍だが、バディを組んだ刑事は、皆一目置いている。
田倉 :ホテル・コルテシア東京の宿泊部長。尚美の直接の上司。
久我 :ホテル・コルテシア東京のフロントオフィス・マネージャー。
川本 :ホテル・コルテシア東京の若手フロントクラーク
杉下 :ホテル・コルテシア東京のベルキャプテン
仁科理恵:ホテル・コルテシア東京の宴会部ブライダル課。
藤木 :ホテル・コルテシア東京の総支配人。
片桐瑶子:宿泊客。目の不自由な老婦人。
安野絵里子 :宿泊客。写真の男性を決して近づかせないでほしいと依頼
栗原健治 :宿泊客。新田に絡み、理不尽な要求を繰り返す。
高山佳子 :ホテルで挙式予定の花嫁。ストーカーに狙われている疑いがある。
渡辺紀之 :ホテルで挙式予定の花婿。
森川寛子 :宿泊客。
岡部哲晴 :第一事件の被害者。車の運転席で絞殺。
野口史子:第二事件の被害者。43歳の主婦。扼殺。



東野圭吾の履歴&既読本リスト

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小田嶋隆『小田嶋隆のコラム道』を読む

2013年02月05日 | 読書2
小田嶋隆著『小田嶋隆のコラム道』(2012年6月ミシマ社発行)を読んだ。

足掛け5年、ミシマ社ホームページ(「小田嶋隆のコラム道」)及び「ミシマガジン」に掲載された人気連載「コラム道」の書籍化だ。
内田樹氏との夢の対談も収録。

当たり前だが、コラムの書き方が書いてあるわけではない。コラムの特徴は何か、コラムを書くときの心得に触れている。

全画面の中から何を切り取るかがポイント。
絵には構図がある。・・・「全世界は作品にならない」・・・絵を描く人間が最初に直面する問題は・・・「何を描くか」なのである。・・・コラムは、短いライン数の中で、何かを言い切る仕事だ。

ある出来事について書くときに、その出来事そのものに注目するよりも、事実と背景が織りなす「形」に視点を移したほうが、事件の本質をとらえやすくなり場合があるということだ。


推敲はアタマが冷えてから行う
・・・執筆中の書き直しや読み直しは、正式な「推敲」とは別だ・・・「推敲」は、別途、別の時間に、別の形式で読むという方法において、必ず必要だということだ。


私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

さすがコラムシスト、いくつかにはなるほどを思うことが書かれているが、それぞれはバラバラで全体としても構成は希薄だ。なにしろ、5年に渡って書かれたものでは致し方ない。

思考の最大到達距離が、五メートルである人がいたとする。その人間は、アタマの中で考えているかぎり、半径五メートルの範囲でしか自分の視野を確保することができない。・・・文章を書く作業は、たとえば、岩場にハーケンを穿つ動作に似ている。ひとつ文を書くと、足場がひとつ増える。

人によっても違うだろうが、私は書き下していくことで頭が整理でき、次への展開を考えることができる。

アイディアは突然やってくる。・・・
わざわざ自転車を停めて書きとめた構想も、眠い目をこじあけて記録したショートストーリーも醒めた目であらためて読み直してみると、凡庸きわまりないクズネタなのである。・・・メモはゴルファーにとっての素振りのようなものだと考えて、ぜひ無駄と思わずに、なるべくこまめに書くようにしよう。

私も枕元にメモを置いてある。名案だと思って書き留めると、当たり前のことが多い。

年月が経過してもきちんと意味が読みとれるメモをとるために、独自の訓練を積むという考え方もそれはそれで悪くはない。が、そういうメモがとれるようになった人間は、たぶんジャーナリストになってしまう。私の見るところ、それは格落ちということになる。

コラムニストの誇り?

・・・たとえば、『源氏物語』には、主語のない文がとても多い。・・・この「主語を明示することをはばかる感覚」は、現代にも引き継がれている。・・・短歌や俳句はもちろん、詩においても、主語は極力排除される。
・・・
一般に、新聞の記事は主語を明示しない。読んでみればわかる。どこにも書き手の顔が見えないように書かれている。・・・記者は、「われわれは菅直人を支持しない」と書く代わりに「菅政権に対する不支持が広がっている」と書く。

だから、私をはっきり出すコラムは、記事の中で囲まれて区別される。



小田嶋隆(おだじま・たかし)
1956年東京赤羽生れ。早稲田大学卒。
食品メーカー営業マンを経て、テクニカルライターの草分けとなる。
国内では稀有となったコラムニストの一人。
著書に、『我が心はICにあらず』『その「正義」があぶない。』など。



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年末の餅つき

2013年02月03日 | 食べ物
年末恒例の餅つきに館山へ出かけた。

町外れの山際。



丘の上にはバラの冠のある管理棟。



4kgのもち米を測って、



水っぽくならないようにして、十分蒸します。この工程がもっとも重要です。



そして、石臼に移して、小さい杵で潰します。十分潰すと、きめ細かい餅ができます。





そして、3人でついたり、



2人(親子)で大きな杵でついたりします。



最後に、合いの手が餅をひっくり返しながら、一人でついて仕上げます。







今年も40鉢以上つきました。年々きつくなります。















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ウォルター・ルーウィン「これが物理学だ!」を読む。

2013年02月02日 | 読書2
ウォルター・ルーウィン著、 東江一紀・訳「これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学「感動」講義」(2012年10月文藝春秋発行)を読んだ。

マサチューセッツ工科大学(MIT)は、授業をユーチューブなどネットで無料公開し始めている。世界中で人気なのが、教養課程のルーウィン教授の物理学入門の授業だ。
なお、この授業は、2013年1月からNHKEテレ『MIT白熱教室』で放映されている。

例えば、エネルギー保存の法則を伝えるのに、教室に重さ15キロの鉄球の振り子をぶら下げ、反対側のガラスを粉々に砕き、返ってくる鉄球が、教授の顔面を打ち砕く寸前で止まる実演をする。

寝て身長を測ると、2センチも伸びるのはなぜ? ビッグバンはどんな音がしたのか? 雷のあと空気が爽やかなのはなぜ? 時間とは何だろう? 宇宙の果ての銀河が光速より早く遠ざかっている理由は? などなど。
教授自らが振り子の重りになったり、スポットライトを使い室内で青空や虹を再現したり、物理学の美しい法則を身近な事象で体をはって説明をする。

教授は言う「複雑な計算よりも私は、物理学の発見の美しさを教えたい」

後半の、教授自身が加わったX線宇宙物理学草創期の激しい研究競争の様子は、読む者を興奮させる。
講義はすべてウェブ公開されている。

原題:“FOR THE LOVE OF PHYSICS From the End of the Rainbow to the Edge of Time ? A journey Trough the Wonders of Physics”



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

確かに、物理学の美しさに魅了されることは大切なことだ。しかし、ルーウィン教授の授業は、まるでパフォーマンスだ。TVやネットの映像向きだが、書物向けではない。
いかにもアメリカ的で、印象には残るが、これで法則の考え方が身につくのだろうか。私は、数式の美しさ、不思議さも大切だと思うのだが。数式は恐怖心を捨てて、ただ全体の形と、その意味するところを捉えるようにすれば、面白みがわかると思うのだが。

マクスウェルの方程式四つ全部を初めてこんなふうに目の当たりにし、その完全さ、美しさ…を鑑賞する機会は、きみたちの人生でたった一度、これっきりだろう。

この部分はまったく賛成だ。私も電磁気学の授業で、フレミングの右手だ、左手だと個別の法則を習い、うんざりして、やる気を無くしていた。しかし、教科書の最後の方で、マクスウェルの方程式が出てきて、その見事さ、美しさに感動した。今までの個別の事象、法則が、この方程式から全て導かれるのだ。最初にこの式から始めてくれればと思った。
わざと単位を落として、また最初からもう一年電磁気学の授業を受けた。マクスウェルの方程式を知ってから電磁気学の全体がよく見え、理解できたような気がした。

著者は「私は実験物理学者なので偏った見方かもしれないが」と断っているが、物理学の基本は測定にあり、今のところ実験的に証明できないひも理論、超ひも理論は物理学であるか疑問だという。これはいくらなんでも偏見だろう。実験物理学と理論物理学があるのだから。

また、今でもナチスに追われる夢を見るという教授は延々とその体験を書いているが、イスラエルに厳しい私には、物理学の本になんで関係ない話を書くのかと鼻白む。



ウォルター・ルーウィン Walter Lewin
1936年オランダ生まれ。マサチューセッツ工科大学教授
1965年オランダのデルフト工科大学で核物理学の博士号
1966年マサチューセッツ工科大学の助教授
70年代のX線宇宙物理学において数多くの発見をする。

東江一紀(あがりえ・かずき)
1951年生れ。北海道大学卒。マイケル・ルイス『世紀の空売り』、ドン・ウィンズロウ『犬の力』など。

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