hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

武蔵野タワーズのモデルルームへ

2009年10月27日 | 個人的記録

JR中央線の三鷹駅から徒歩2,3分の超高層マンション、武蔵野タワーズのモデルルームへ行った。もちろん購入するためだが、我々老夫婦には十分な60平米たらずでも6,700万円以上とは!その価格に軽く撃退されて、豪華で分厚いカタログをぶら下げてすごすごと帰ってきた。



243戸の28階と327戸の31階のツインタワーで、完成は来年3月下旬予定だが既に第4期の申込登録になっている。最上階に近い28戸は2.5億円以上だが、なんと全部完売しているという。そんなに悪いことする人がいるのかと思ったら、吉祥寺の邸宅を売って、マンションに入るお年寄りも多いとのことだった。吉祥寺も、戦後は300坪単位で500円/坪で売っていたという話を聞いたことがある。その当時買っていればと思ったが、食べるものも買えなかったのだからしかたない。高級住宅は、いつの時代も庶民が背伸びしても、飛びつかないと届かない価格に設定されているのだろう。




三鷹駅前なのにうたい文句の一つが、「武蔵野アドレス」で、何かと言うと吉祥寺駅すぐの井の頭公園の写真が出てくる。まあ確かに、三鷹駅は半分三鷹市で、残り半分は武蔵野市に属しているのだが。

そんなこんなで、結局、吉祥寺に来てすぐ見たマンションを、背伸びして手を精いっぱい伸ばし、買ってしまった。いつもバタバタ、衝動買い。無計画。横浜から引越しでちょうど1年で、明日またまた引越し。
明日は6時起きなので、ここまで。


コメント (2)

秋尾沙戸子「ワシントンハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後」を読む

2009年10月25日 | 読書2

秋尾沙戸子著「ワシントンハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後」2009年7月新潮社発行を読んだ。

「ワシントンハイツ」は、東京都渋谷区のフェンスに囲まれた800戸の米軍家族住宅で、占領期、戦後20数年間存在した「アメリカ村」だ。現在、代々木公園、NHK放送センターなどがある地域で、戦前は代々木の練兵場と呼ばれ、日本で初めて飛行機が飛んだ場所でもある。

この本は単にワシントンハイツについて述べるのではなく、戦後、忽然と都心に現れた「日本の中のアメリカ」から、日本人の「アメリカ化」が広がっていった様子を述べている。敗戦後、GHQは何を意図し、我々の生活をいかにアメリカ化したか。日米の様々な資料を発掘し、数多くのアメリカ人家族、交流のあった日本人などの話を聞き、アメリカ軍の占領はいかになされたかを人びとの視点から明らかにする。

以下、いくつか拾い出す。

戦争直前から、米軍は、軍需工場だけでなく、燃えやすい労働者の住宅を壊滅させることが日本の戦意喪失につながると考えた。スタンダードオイル社に強力なM69焼夷弾を開発させ、それを60個つめこんだクラスターを作り上げた。さらに、砂漠に住宅群を作り、日本と同じ装備の消防団まで用意して、焼夷弾の効果を確認する実験を行った。
(その頃、日本では竹やりとバケツリレーの訓練を行っていたのだから嫌になる)

日本国憲法原案をGHQがいかに書き上げたかについて、実状を調べている。とくに、22歳の女性に任せられた女性の権利に関する条文草案と経緯について詳しく述べている。結局、草案から生き残ったのは憲法24条の家族での男女平等だけだったのだが。

岸信介がCIAからの援助で首相になったとの話は従来から一部で語られていたが、この本でも、CIA文書を引用してそのことを明らかにしている。

表参道の新聞販売所の人が、ワシントンハイツの東半分を担当し、西半分は富ヶ谷販売所の山本一力(現作家)
が担当したと語っている。

目次
帝国アメリカの残像/青山表参道の地獄絵図/ある建築家の功罪と苦悩/「ミズーリ」の屈辱/乗っ取られた代々木原宿/オキュパイド・ジャパン/かくて女性たちの視線を/GHQデザインブランチ/まずは娯楽ありき/有閑マダムの退屈な日々/尋問か協力か/GHQのクリスマス/立ち上がる市民たち/諜報部員「ニセイ・リンギスト」/アイドルの誕生/瓦解したアメリカ帝国/そして軍用ヘリは舞い降りる/視界から消えた「占領」



秋尾沙戸子は、名古屋市生まれ。東京女子大学文理学部卒。上智大学大学院博士後期課程満期退学。サントリー宣伝部を経て、テレビ朝日「CNNデイウォッチ」、NHK総合「ナイトジャーナル」、関西テレビ「ワンダラーズ」などの報道情報番組キャスターとして活躍。2001年、ウズベキスタンで製作された映画「オイジョン」に女優として主演し、キノショック映画祭審査員賞受賞。TUBEなどの作詞家としての顔も持つ。民主化をテーマに旧東欧やアジアの国を歩き、ジョージタウン大学大学院外交研究フェローとしてワシントンに滞在したのを機に占領研究を始める。インドネシア第5代大統領の半生を描いた「運命の長女」で第12回アジア太平洋賞特別賞。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

占領期の米国と日本の関係に興味のある人には是非読んで欲しい本だが、そのような人は少ないだろうから三つ星とした。マッカーサーだの、白洲次郎だの、上からの目線でなく、庶民の目から見た占領の実体はよく捕らえてある。多くの資料を調べ、多くの人の話を聞いて、しっかりした構成にまとめた労作といえる。


コメント

山本一力「ワシントンハイツの旋風」を読む

2009年10月23日 | 読書2
山本一力著「ワシントンハイツの旋風(かぜ)」2003年11月講談社を読んだ。

時代小説で知られる山本一力の最初で最後の現代小説だという。仕事も女性もやり過ぎなほどの自伝的青春小説だ。

中学生の謙吾は、母と妹を追って高知から上京した。昭和37年、ワシントンハイツを新聞配達でまわった。女性で、はめを外しながら、謙吾は工業高校を卒業し、旅行会社へ就職する。そして、東京オリンピックや万博で上り調子の時代に活躍する。

小説の始まる前に、こうある。
昭和三十七(1967)年五月。東京都渋谷区の中心部にはアメリカがあった・・・。

題名のワシントンハイツとは、代々木の練兵場跡地に、戦後、東京駐留の米軍将校の家族のために作られた住宅団地だ。そして、1964年の東京オリンピックの際に選手村となり、その後は、代々木公園となり、NHKが放送センターやホールを造った。

先に東京に出てきた妹の雅美が言う。
「ここがワシントンハイツなの。こんなところ、見たことないでしょう」雅美が自慢げに胸を張った。真っ白に塗られたフェンスの先には、小高い丘が連なっており、どの丘も緑の芝生でおおわれていた。平屋の家が、その丘のなかに点在している。日曜日の午前中の陽を浴びて、芝生ではこどもたちがキャッチボールを楽しんでいた。走っている車は、大型のアメリカ車。幌を外したオープンカーも何台か見えた。日差しのなかで、こどもたちの金髪が艶やかに輝いている。「なんだよ、ここは」「だから、ワシントンハイツだって」「それがなんやら分からんきに、おんしゃあに訊きゆうがぜよ」要領を得ない妹の答えに、謙吾は焦れた。


高校へ通いながら、新聞配達をやっているときに16歳年上のピアノ教師の人妻と不倫関係となり、その後も常に二股状態となる。就職した旅行会社でも、男性社員あこがれの才媛を見事射止め、さらには性格の良い他の女子社員とも付き合う。女性との話がこの本の大部分を占める。しかし、なぜ彼がこんなにモテルのか、私にはこの本からは納得する理由を見つけられなかった。もっとも、嫉妬が邪魔しているのかもしれないのだが。
大阪万博のときに、絶対的にホテル数が足りなかった。それを、ラブホテルや公団住宅の空き部屋で補なう奇策やアメリカへ添乗員で行った話など、裏話も面白い。



山本一力は、1948年高知県生まれ。中学3年の春、上京して、渋谷区富ヶ谷の読売新聞専売所の住込み配達員に、米軍家族住宅のワシントンハイツ(現在の代々木公園)、NHK放送センターなどがある一角)が新聞配達の担当区域だった。都立世田谷工業高等学校電子科を卒業後、10年間、近畿日本ツーリストに勤務。その後、様々な職業を経て、1997年「蒼龍」で第77回オール讀物新人賞受賞、作家としてデビュー。2002年「あかね空」で直木賞受賞。著書に「ワシントンハイツの旋風」「欅しぐれ」「梅咲きぬ」「だいこん」など。
バブルのときの妻の実家の億単位の借金を抱え込み、その返済のために小説を発表したら、それが世に認められたという。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

仕事にも女性にも破天荒な活躍ふりだが、淡々と事実を並べるような書き方で、著者の時代小説のような人情味溢れる感動作ではない。

団塊の世代の人は、勢いある時代の空気が感じられて興味を引かれるかもしれない。私は代々木上原に30年近く住んでいたので、この本に出てくる東京の代々木上原、西原町、古賀政男邸宅、渋谷区大山町の消防学校、インドネシア留学生宿泊所などの記述に子供の頃を懐かしく思い出した。

ワシントンハイツも私の遊び場だった。このブログの「バンクーバーの向こうにワシントンハイツを見る」にこうある。
つかまっている針金のフェンスの向こう側に、一面の芝生に点々と建つ明るいペンキ塗りの建物が目に浮かぶ。子供のころ、もう50年ほど前、明治神宮の高いフェンスの向こう側の立ち入れない世界、まったくの別世界、東京の中の外国、米軍将校の住宅街、ワシントンハイツが見えた。



コメント

堀江敏幸「正弦曲線」を読む

2009年10月21日 | 読書2

堀江敏幸著「正弦曲線」中央公論新社2009年9月発行を読んだ。

「婦人公論」2007年1月から2009年1月に掲載された文章を単行本化。

どこか普通のエッセイと違う。人や社会とのかかわりについて触れることが少ない。常に観察者の立場で、理工系とも思える冷静に些細な分析を行う。とりあげるテーマが変わっていて、一見ちまちましているが、そこからの考察が豊富な知識を駆使して、けっこう鋭い。一風変わったエッセイだ。

本のタイトルの「正弦曲線」について著者は、こう述べる。
三角関数を習ったとき、そのなんたるかを理解するより先に、サイン、コサイン、タンジェント、という魔法のような言葉の響きに私はまず魅了された。
私も魔法の呪文のようだと思った記憶がある。しかし、正弦曲線の意味についての以下の考察は、分かったようで分からない。
なにをやっても一定の振幅で収まってしまうのをふがいなく思わず、むしろその窮屈さに可能性を見いだし、夢想をゆだねてみること。正弦曲線とは、つまり、優雅な袋小路なのだ。

階段には不変の規則があるという。階段は人間の歩幅に合わせるため、段(蹴上げ)の高さを2倍し、そこの平坦部の奥行き(踏面)を足した数値が、おおよそ60センチから64センチの間に収まるように定められているらしい。

La vache qui rit(笑う雌牛)というフランス産輸入チーズには赤い顔の雌牛が描かれている。これを描いたラビエという画家による、牛に笑うという芸を仕込んだ話(引用)が面白い。
私はなじみの牛乳屋から、雌牛を一頭とその息子を借り、すぐさま子牛の調教に取りかかった。若いだけに、こちらのほうが感受性も鋭いと思ったのだ、ところが大まちがい! 先に笑い始めたのは母親のほうだったのである。私が息子と遊ぶのを見て、彼女は嬉しかったのだ。(著者訳)

その他、パジャマのポケットが何のためにあるかという考察、昔よく使った鉤のついた包帯止めの探索などがある。ひと目惚れや、最初はそうでもなかったのに、といった出会いについて分析があったので、どれどれと思うと、最後は結局、本の出合いとの類似性で終わっていた。

私は聞いたこともない著名とは思えない外国の著者、題名の本が登場し、著者の読書家ぶりに驚かされる。そして、あらゆることに豊富な知識を誇り、フランス人となんということなしに複雑そうな会話をする。一方、けつまづいたり、忘れたり、いろいろどじった話も多く、穏やかでのんびりした語り口もあって、話をすんなり受け入れることができる。



堀江敏幸は、1964年岐阜県生まれ。作家で、フランス文学者。早稲田大学教授。1999年「おぱらばん」で三島由紀夫賞、2001年「熊の敷石」で芥川賞、2003年「スタンス・ドット」で川端康成賞、2004年「雪沼とその周辺」で谷崎潤一郎賞、木山捷兵賞、2006年「河岸忘日抄」で読売文学賞を受賞。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

理知的で、細かい分析が多いので、理屈ぽい話が嫌いな人にはお勧めできないが、情緒的なエッセイばかり読んでいる人も、たまにはこんな変わったエッセイを読むのも良いのではないだろうか。文章自体は平易で読む易い。






コメント

バンベルク交響楽団のブラームスを聴く

2009年10月20日 | 趣味
10月18日武蔵野市民文化会館でバンベルク交響楽団の演奏を聴いた。
指揮は楽団首席指揮者のジョナサン・ノットで、曲目は、ピエール・ロラン・エマールのピアノでJブラームスのピアノ協奏曲第1番と、Jブラームスの交響曲第1番だ。

昨年11月に武蔵野へ引越してきて、近くにある武蔵野市民文化会館へ行き、クラシックの公演がいろいろ行われているのを知った。年千円の会費を払い武蔵野文化事業団の会員となり、まず申込んだのがこの公演だ。宣伝には、東京公演の最高席は2万1千円、武蔵野なら6千5百円とあった。4月5日に何度も電話し、数時間後にようやく予約がとれた。そして半年待ち、ようやく当日の10月18日になった。

久しぶりのクラシックで、やはり生の迫力には圧倒された。指揮者は若いだけあってスピードに溢れた指揮で、こ気味よい演奏だった。ピアノは、勢いはよいのだが、いくぶん硬い音のように私は感じた。Jブラームスの交響曲第1番は、「ベートーヴェンの交響曲10番」とも呼ばれているようだが、ど素人の私は重厚さは感じたが、ベートーヴェンらしさは感じられなかった。
両方とも50分ほどの曲なので、合計2時間半かかった。楽しめたのだが、じっと座っているクラシックがキツイ年寄りになってしまった。

会場は満席だが、平均年齢は60歳近くではないだろうか。日曜日の午後2時開演でも若い人の姿は見当たらない。クラシックも団塊の世代とともに消え去るのか?

バンベルク交響楽団の前身は、ナチス・ドイツ支配下のチェコスロバキアで、ドイツ系住民によって創立され、ドイツの敗戦後、チェコからドイツへ逃れた楽団員が集結しバンベルク交響楽団を創立した。
なお、バンベルクはドイツ中部、オーストリアとの国境近くにあって、バイエルン州の中心都市だ。
楽団はドイツにあるが、指揮者のジョナサン・ノットはイギリス人で、ピアノのピエール・ロラン・エマールがフランス人と汎ヨーロッパだ。


コメント

日本経済新聞生活経済部編「定年後大全2009-10」を読む

2009年10月18日 | 読書2
日本経済新聞生活経済部編「定年後大全2009-10」2009年2月、日本経済新聞出版社発行を読んだ。

表紙には、「生き生きセカンドライフを送る50の秘訣」とある。内容は、お金の話と、ライフスタイル、生きがいについて、50項目に渡り、ノウハウを最新の事例で解説している。270ページにわたる事典的な本で、各項目とも要領よくポイントを押さえた書きぶりだ。しかし、日経新聞だけあって、お金の話が半分ほどを占める。

本書は2003年1月出版の「定年後大全」を基に、日経新聞の日曜版「サンデーニッケイ」を担当する生活経済部の記者が最新データを盛り込み、再構成したものだ。




はじめに
50歳で江戸に出て測量学を学び、71歳で始めての日本地図を作成した伊能忠敬や、75歳でデビュー作「信長の棺」がベストセラーになった作家の加藤廣がいる。60歳で定年を迎えても、平均寿命まで自由時間は7-8万時間と、卒業から定年までの総労働時間に匹敵する時間がある。

1章 楽しい人生は設計図で決まる
ライフイベント表を作ろう。例:夫婦で海外旅行、子供の結婚、車買換え、自宅リホーム。
夫婦二人の最低限の日常生活費は232,000円、ゆとりある生活費は383,000円。

2章 老後資金は手堅く確実に運用しよう
マンション経営は利回りが例えば5%あっても、税や管理費など経費を引いた実質利回りは2%ほど下がる。さらに、立地が悪いと、空室率が高くなる。

3章 公的年金はいくらもらえる
定年後も働く場合:64歳までで、年金月額+年収/12が28万円を超えると、超えた額の半分が年金から減額される。65歳以上では、老齢基礎年金はそのままで、老齢厚生年金(報酬比例部分)+年収/12が48万円を超えると、超えた分の半分が年金から差し引かれる。

専業主婦世帯は、夫の厚生年金の半分は妻が申請すれば自動的に妻のものとなるようになった。ただ、分割対象は2008年4月以降の婚姻期間で、それ以前の分は夫婦の合意が必要だ。

4章 備えあれば憂いなし上手な保険の入り方
5章 こんなに便利インターネットマネー術
6章 生き方は多彩快適な暮らし、住まい
7章 大切なのは家族トラブルを未然に防ぐ


子供への援助は与えすぎは禁物。独立した子供には原則援助しない。
孫に好かれるために:その母親から攻める。お金を使うより時間をかけて。口出す前に新知識の勉強。

8章 賢い節税法を知っておこう
9章 元気で生き生き活躍する


ホームドクター選びの8つのポイント(自宅から2キロ以内、緊急時は夜間・休日可、話をよく聞き説明してくれる、予防に配慮、薬漬けにしない、マイナス情報も伝える、専門医を紹介、地域住民と信頼関係)

10章 好奇心は旺盛好きな勉強に没頭



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

まんべんなくあらゆる項目について、基本的な知識が得られるし、より詳しい情報の入手先も紹介してある。一度、パラパラと目を通して置くべき本のひとつと思う。しかし、あらゆる情報が並んでいるので、最初からしっかり読むのではなく、必要なときに、事典として利用するのが現実的。また、法律や、利率が頻繁に変わるので細かいデータは数年で変わってしまうだろう。


コメント

本上まなみ「はじめての麦わら帽子」を読む

2009年10月13日 | 読書2
本上まなみ著「はじめての麦わら帽子」2009年8月新潮社発行を読んだ。

女性誌VERYに連載した幼児との生活をつづった「はじめての日々」を中心として様々な雑誌などに掲載のエッセイを集めたものだ。

31歳で妊娠が判明したときの話から、幼児の世話に奮闘する本上さんの様子がありありと分かる。
ブログサーチをしていると、一般の女性の育児ものブログも多いが、面白いものは少ない。さすが本上さん、観察力もあり、文章も上手いし、ぽわんとした人柄も良いので(多分)、スイスイ読める。働きながらの育児だし、時代も、生活レベルも私とは違うのだが、そうそうこんなこともあったと思い出すことも多い。



妊娠中の話が続く。超音波モニターの映像を見て、月々の成長を知る。あんな心霊写真のようなものを見て、実感がわき、可愛いと思うのは母なるもの不思議だ。

妊娠して、食の嗜好が変わった。ネギ、炊き立ての御飯がだめで、フライドチキン、タンタンメンがブームになったという。輪ゴムブームやチョークブームになる人もいるというから不思議。うちの奥様は何の変化もなかったので、当然かと思っていたが、30年近くなってから安心した。

・・・ももわあと湯気が出てそうな赤子を抱えるのは、はっきり言って忍耐力も必要。本当に“熱い”んだよ。・・・子どもの頃以来の汗疹が自分の肘の内側にできたときはびっくりしましたね。

私も外出したときだったが、子供を抱いて熱くて、熱くていやになったのを思い出した。「火の玉、○○くん」と呼んで、奥様にすぐ押し付けたものだ。冬は、湯たんぽがわりに、奪い合いになったのだが。

第4章「本の話、映画の話」は私の知らない絵本などの本、マイナーな映画の話が多く私には面白くなかった。ひとつご紹介。
向田邦子の「父の詫び状」についてこう語る。
章の始めの一文でひゅっと持っていかれる。例えば・・・
『この間うちから、蝦蟇口の口金がバカになっている』、『歩行者天国というのが苦手である』、『その晩は、乗った時から調子づいていた』
・・・ええ?なんだ?どういうこと?一瞬で技にはまる。

一行目が勝負というが、確かに引き込まれる。本上さんもいろいろ勉強しているらしい。

1歳、2歳の自分の娘をふうたろうと呼んだり、関西弁を使っておどけたり、擬音語、擬態語(オノマトペとも言うらしい(私の辞書にはオノマトペアとあった))を多用して、女の子らしく、ホンワカとした雰囲気を出した文章だ。



本上まなみは、1975年東京生まれ、大阪育ち。女優。番組の司会やナレーター、声優として活躍中。エッセイスト、絵本作家。この本に収められている「なぞのおかん。」はベスト・エッセイ2008に選出された。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

奥様の借りた本が置いてあったので、本上まなみさんはほんわかしていてどちらかといえば好きなので、読んで見た。深い話があるわけではなく、どうということない内容だが、のんびり、楽しく読める。



陣痛、出産のときの話で思い出した。息子が生まれたのは日曜日だったので、午前中に病院に駆けつけたら、ベッドで寝ている奥様の脇にメータがあった。陣痛が来ると針がぐんぐん上がり、奥様はウンウン言ってしばらく耐え、やがて針が下がる。この繰り返しだ。針がグーン、グーンと上がると、私は見ているだけで気分が悪くなって、耐えられなくなった。

か弱い身体で女性は強い。あとから、そのことを話すと、「しょうがないわね」と言われてしまった。くやしまぎれに、「女性は出産に耐えられるように、動物的にできているんだ」と言って、「失礼ね!」と怒られた。しかし、30年近く前でも、奥様によれば、「痛いよ!お母さん助けて!」と叫んでいる女性がいたということだった。自分がお母さんだろうに。



コメント

久世光彦「遊びをせんとや生まれけむ」を読む

2009年10月08日 | 読書2

久世光彦著「遊びをせんとや生まれけむ」文藝春秋2009年8月発行を読んだ。

「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」「ムー一族」など昭和のテレビドラマ黄金期を創り、2006年に急逝した著者の最後のエッセイ集。

初出は、13編が「オール讀物」に2005年2月号~2006年3月号に連載、4編がTBS発行の「新・調査情報」。

まず、冒頭の「神武綏靖」で、軽やかに、自在に筆を流す話しぶりに魅了された。
神社でぶつぶつ呟く老人を見かけ、それが国民学校で覚えさせられた歴代天皇の名前「神武、綏靖、安寧、懿徳」だと分かる。天皇陛下に子供の頃「神武綏靖ゴッコ」で遊んだかどうかを尋ね、子供の頃の屋根裏を覗く遊びの話に変わり、女遊びへと移っていく。そして、最後が、題名にもなっている梁塵秘抄の「遊びをせんとや生れけむ、戯(たわぶら)れせんとや生れけん、遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動(ゆる)がるれ」となっている。まさに、著者は、「遊びをせんとや生れけむ」と生きたのだ。

「命名譚」では、山茶花究が医者に見離された癌になった話がすごい。森繁がお見舞いに行くと、ただでさえニヒルな山茶花が死相に覆われている。森繁がおあいそを言うと、枯れ枝の手がソロソロと伸びて、「シゲちゃん、いっしょに行こう」と森繁の手首を物凄い力で摑んだ。森繁は必死で振りほどき、飛びのいた。森繁は言う。「あれは人の悪い山茶花の、最後の<遊び>でした。」

「悲喜劇・生放送」には、テレビ界で45年過ごした著者による、TVの生放送時代のエピソード、暴露話だ。有名人ネタ多く、話しぶりも面白い。そして、最後に書く。
みんな若かった。あれは面白い<遊び>があると聞いて、取るものも取り敢えず集まってきた子供の顔だった。-テレビはあのころ、<巨きな玩具>だった。

「テレビ畸人伝」に登場するTVディレクター岩崎キンさんも凄みがあるまさに「風狂の人」だ。「十階のモスキート」の内田裕也、樹木希林夫婦の話も週刊誌以上に面白い。「仕方話の泣き笑い」の芸達者な森繁が人間観察に努力する姿になるほどと思う。

後半の「極上の暇つぶし」の4編は歌の話が多く、前半ほど面白いものではなかった。



久世 光彦は、1935年東京生まれ。東京大学文学部美学科卒業。東京放送を経て、1979年にカノックスを設立、ドラマの演出を手がける。1992年「女正月」他の演出により第42回芸術選奨文部大臣賞受賞。1993年「蝶とヒットラー」で第3回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、1994年「一九三四年冬―乱歩」で第7回山本周五郎賞、1997年「聖なる春」で第47回芸術選奨文部大臣賞を受賞。2001年「蕭々館日録」で第29回泉鏡花文学賞受賞。2006年逝去



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

ともかく、週刊誌を読むより面白い芸能人の桁外れさにびっくりする。TV人の溢れる才能を浪費して消えてしまう番組を作る矜持、志に敬意と尊敬を表したい。TVという新しい道具が生まれ、育っていった時代にあだ花のように咲き誇り、そして消えていった人々に乾杯!




コメント

和田秀樹「富裕層が日本をダメにした」を読む

2009年10月04日 | 読書2

和田秀樹著「富裕層が日本をダメにした! 『金持ちの嘘』に騙されるな」宝島社新書、2009年6月発行を読んだ。

宣伝文句はこうだ。
金持ち、勝ち組、既得権者ばかりが得をする詭弁と、それを後押しする大マスコミ。「常識」として社会に蔓延し日本をダメにする“嘘八百”の虚実を指摘する。

市場原理主義の弊害や、話題づくりに専念するマスコミあり方に対して、多少強引で我田引水な点もあるが、痛烈で大分は的確な批判がなされている。しかし、多くの個別項目への批判の中から著者の考え方は浮かび上がるのだが、個別事項の批判が羅列し、望ましい社会のあり方、仕組みが見えてこない。



以下、ランダムに選んだ項目をいくつか挙げる。

二枚舌で進めた小泉・竹中ラインの経済政策
アメリカではするべき規制はきちんとやっていて、例えばタクシーの台数制限は厳しい。小泉政権は単純に規制は悪として、タクシー台数規制を撤廃し、台数が増えすぎてドライバーの収入減など問題山積になった。

善悪二元論で世論を誘導するマスメディアの罪
政治資金の虚偽記載と、それより明らかに悪質な贈収賄や、賞味期限表示偽装と農薬混入での食中毒事件などを同じような事件として扱う。

マスコミは原則的に金持ちサイド
日本の新聞社では、新卒で入った社員が10年後には年収1000万円になる。テレビのキャスターがいくら貧乏人の味方のような顔をしても毎日100万円入るのだ。

貧富の差が大きいほうが社会は活性化するのか
累進課税を強化した差が小さい社会の方が全員頑張る。社長になれば100億円と言われても全員は頑張らない。

累進税率が強化されると経済が悪くなる?
1974年の所得税の最高税率は75%で、住民税とあわせると93%で、経済成長率は9.1%だった。1989年には各々50%、65%で、成長率3.8%だ。



目次

第1章 金持ちの嘘が日本人を蝕む(経営側の一方的な論理が通った製造業の派遣解禁;自信を失うと外国のイデオロギーを従順に受け入れる日本人 ほか)

第2章 金持ちの嘘で日本経済が沈む(規制緩和と民営化は本当に経済を上昇させるか;国民が総中流化したほうが経済はよくなる ほか)

第3章 金持ちの嘘で日本がダメになる(福祉ばかりすると経済が伸びない?;ゆとり教育が目指すのはアメリカ型社会 ほか)

第4章 金持ちの嘘にだまされないために(嘘を嘘と見抜くための「メディアリテラシー」;金持ちの嘘に対抗するための選択肢 ほか)



和田秀樹は1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業、米国カールメニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は精神科医、国際医療福祉大学大学院教授。2004年正論新風賞受賞。映画監督した「受験のシンデレラ」がモナコ国際映画祭グランプリ。「まじめの崩壊」など著者多数。


私の評価としては、★★☆☆☆(二つ星:読めば)

マスコミに踊らされるなという警句は納得できるが、経済に関しては見事なまでの保守ぶりだ。高額所得者はとくに高い税金を負担し、高福祉で安定成長の大きな政府の北欧形社会が本当に日本で実現できるのだろうか。セイフティネットをしっかり張った上で、規制を無くし、市場原理主義の競争社会をつくる小さな政府が、私には理想と思える。もちろんリターンマッチ可能な仕組みなど補正手段は必要なのだが。

国民の知的レベルを上げることが繁栄につながるという趣旨の主張にもあいまいさがある。私は経済的観点からは、飛びぬけた才能を発掘、育成するよりも、国民の知的レベルの底上げこそが重要だと思う。






コメント

信田さよ子「選ばれる男たち」を読む

2009年10月02日 | 読書2
信田さよ子著「選ばれる男たち 女たちの夢のゆくえ」講談社現代新書2002、2009年7月発行を読んだ。

まえがき
著者が本書を書こうとした動機は二つある。
ひとつは、アラカン(アラウンド還暦)の女性の視点から、同世代の男性について述べてみたいと思ったからである。・・・多くの中高年女性たちが、どれほど男性に失望、時には絶望しているかは意外と知られていない。・・・
もうひとつは、さまざまな媒体で目にする美しい男性(イケメン)たちについて書いてみたいと思ったからだ。・・・
結婚の夢破れて夫になんの希望ももてなくなった女性たちが、どこかで夢の男を求めている。

プロローグ おばさんも仲間に入れてほしい!
つるんとして美しい男たち  ・・・イケメンには共通点がある。・・・男性の性的魅力の占める割合は極小化されているのだ。そして、これまで重要とされてきた「男の中身」などどうでもいいとされる。・・・
夢の男を一言で表せば、「女らしい」男のことである。・・・実は女性だって男性に同じことを求めているのだ。

第1章 妻たちの反乱―夢の男を求めて
この章はヨン様にはまってしまったという著者の言い訳じみていて、あまり説得力はない。

第2章 今度生まれてくるときは
克己と客観性・・・・これは時代遅れの価値観だ。オヤジたちはこの価値観を子供や妻に強要する。
日常の愚痴を聞いてもらおうとすれば、「結論を言え」「論理的に話せ」と言われる。鍋の煮物を焦がしてしまった時には、「計画的に手順を遂行していないからだ」「注意が散漫だからだ」と、まるで上司が部下を詰問するように責められる。
 そこには感情の共有などかけらもなく、妻の日々の不全感や不満は捌け口を失い澱のように溜まっていく。

第3章 正義の夫、洗脳する夫
この章はカウンセラーでもある著者の得意をするところで、話も具体的で、分析も迫力がある。ドメスチック・ヴァイオレンス(DV)とは何か、そのひどい実例が挙げられる。
DVは直訳すれば家庭内暴力になるが、もともと日本では家庭内暴力は思春期の子供から親への暴力のことだった。70年代は、夫が妻を叩いても、それは暴力ではなくしつけだったのだ。だから、歯向かってはいけない子供の、親への暴力だけが、家庭内暴力と呼ばれたのだ。

夫のDVで家を出た女性に共通しているのが、・・・夫があのような行動をしたのは自分の態度が悪かったのではないかという根深い罪悪感がある。
夫の側の意識はその逆で、「妻があのような口のきき方をしたから」「妻が自分の非を素直に認めなかったから」という被害者意識に満ちている。

誰がみても明らかに残虐なDVもあるが、世間に満ちておりカウンセリングでしばしば出会うDVはそうではない。むしろ「正義をめぐる闘争」といったほうがいいだろう。夫たちの被害者意識は自分は正しいといる確信から生まれるのだ。

・・・妻なら俺の言うことをわかってくれるはずだ、妻は自分の正しいと思うことをそのまま実行すべきだ、妻ってそういうもんだろう、どうして自分が望むとおりに妻がなってくれないのだ・・・。
妻へのなんたる期待、なんたる依存だろうか。・・・日本で流通している規範的夫婦像ほど、男性の「甘え」を許容しているものはない。それも威張りながら甘えるという実にかわいげのない姿として現前している。

第4章 選ばれる男の条件
殴らない男(物を投げない男)、怒鳴らない男・暴言を吐かない男。
「君は僕と同じ人間だが、君を思いどおりにはできない」と考えること、やさしいこと(男性からみた理想的妻のように)、見上げること(敬意を払う)、ほめること、かわいいと思われること

エピローグ 草食系男子はホンモノか?
「男のくせにだらしない」などという脈々と流れる家族の常識のなかで、自然体で流れに逆らわない草食系男子がいつまでも草食系でいられるかについて著者は懐疑を抱いている。



著者信田さよ子は、1946年岐阜県生まれ。臨床心理士(原宿カウンセリングセンター所長)。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。専攻分野はアディクション(依存症)全般、アダルト・チルドレン、家族問題、ドメスティック・バイオレンス、虐待等。著書に「依存症」「母が重くてたまらない-墓守娘の嘆き」など。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

私も含めて、多くの男性が、いかに従来からの男性的価値観にとらわれていたか、そして、女性の考え方と見事にすれ違っていたことがよく分かる。
そして、なぜ女性が女性的男性を好むのかが分かった。確かに、従来の男らしい男という夫との家庭生活にむなしい思いを募らせてきた女性の反動なのだろう。

米国映画、TVなどで、ゲイの男性と仲良しの女性を見ると、確かにそんなのもありかとも思うが、相手として女性的男性が望ましいといわれると、愛玩用に限る話じゃないのと思う。あのノッペリし、笑顔を貼り付けたヨン様を見るたびに、「これは違うだろう」と思ってしまう。

著者は、女性からのDVの訴えを聞くカウンセラーなのだろうから、どうしても女性の味方だ。男性に辛すぎると思うこともあった。いや、少しだけなのだが。そう思わないと、私には読み進められない箇所もいくつかあった。反省!

しかし、米国をはじめとする肉食系男子の戦いの場であるグローバル市場で、女性的男性ばかりの日本経済の将来が心配になる。この著者には日本だけでなく、世界の状況も分析して欲しかった。とは言っても、江戸時代から「色男、金と力はなかりけり」と言われていたのだから、まあ、そんなに真面目に考えることもないか。


コメント