hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

上野正彦『監察医が泣いた死体の再鑑定』を読む

2016年04月30日 | 読書2

 

 

上野正彦著『監察医が泣いた死体の再鑑定』(2016年3月7日東京書籍発行)を読んだ。

 

既に法医学者による研死の鑑定結果が出ているが、納得できない遺族や保険会社からの依頼で行うのが再鑑定だ。

著者の元には,警察,保険会社,および遺族から再鑑定の依頼が数多く寄せられる。著者は,なぜ最初の鑑定が間違っていたかを紐解いていく。
「溺死ではない,殺しだ。事故死ではない,病死だ。病死ではない,暴行死だ」。

ときには裁判所で,証人として最初の鑑定人と対峙したり……事件は2転,3転する。

 

1.顔から消された痕跡

だが、やはり死体は語っていた。

「私の顔を見てください。砂利がついていないでしょう。私はうつ伏せではなく、仰向けの状態で車に轢かれたのです」

 

2.見逃された証拠品

「息子が自殺したと処理されてしまったが、殺されたはずだから再鑑定をお願いします」

そう言って鑑定依頼にやってくる母親という図式が、おそらく全体の七割ぐらいを占めているのではないだろうか。

 

3.誰が嘘をついたか

 車を運転していた男性が40キロほどの速度で他家の壁に激突し、病院で死亡が確認された。「病気で意識を失って事故になったか、事故になった外力で心臓が破裂したのか」と保険会社から再鑑定の依頼があった。著者は法廷で鑑定した大学教授を対決する。

 

4.執念の再鑑定

 川で腐乱した状態で発見された男性の死体は司法解剖により溺死で、自殺によるとされた。5年後、警察からの再鑑定依頼で調査し、殺害された後に川に捨てられたと明らかにした。後に、男性はトリカブトの入った饅頭を食べさせれらたと判明した。

 

5.疑惑の踏切

 踏切で両足を切断された男が、転んで事故にあったか、保険金目的の故意か? 前頭部の傷は? 両下肢の切断位置は?

 

6.海外で起きた謎

 フィリピンのホテルの25階から墜落死亡した男性は、事故死か、殺害か?

 

7.小さな溢血点

8.溺れたのか殺されたの

9.兄の涙

 

 

私の評価としては、★★(二つ星:お好みで)(最大は五つ星)

 

著者の本を私が読むのは3冊目で、いささか慣れてきて、マンネリに感じられる。

死体の細かな器官の状態や、死んだときの身体の状態などによって殺害か、自殺か、事故かなどが決まるようだが、詳細には興味がない。その差により起こるドラマの方に興味があるのだが、話は平凡。

(最後に書いたメモの話だけが涙、涙)

 

上野正彦(うえの・まさひこ)
1929年、茨城県生まれ。医学博士。元東京都監察医務院院長。
1954年、東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入る。
1959年、東京都監察医務院監察医
1984年、同院長、30年間で2万件以上の研死、5千体以上の解剖、300件以上の再鑑定を行った。
1989年、退官後法医学評論家、『死体は語る』が65万部のベストセラー

その他、『監察医の涙』『神がいない死体 平成と昭和の切ない違い』

 

 

 

 

 

以下、年とって涙もろくなった私のメモ。引用が多すぎるのだが、白字とするので、ご勘弁を。

 

 50代の息子が仕事を辞めて80代の認知症の母の介護をしていた。生活保護申請は「頑張って働いてください」受理されなかった。

覚悟して、思い出の場所を車椅子で回り、朝になった。

「もう生きられへん。お金、ないやろ。ここで終わりやで」

 霜が降りている寒い朝、息子がそういうと母が答えた。

「そうか、あかんか。お前と一緒やで」

「すまんな」

息子が涙を流して謝ると、母は息子を自分のところへ呼んでいった。

「お前はわしの子や、わしがやったる」

 その言葉を聞いて息子は自分がきちんとやらないといけないと決意、・・・、息子の方一命を取りとめた。

裁判の中で息子は、

「介護に疲れることはあったが、嫌になることはなかった。むしろ楽しかった。母の大切な命を奪ってしまったが、もう一度、母の子で生まれたい」

被告は殺人(承諾殺人)では異例の執行猶予つきの判決がくだされた。

 ここまで。

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伊坂幸太郎『陽気なギャングは三つ数えろ』を読む

2016年04月28日 | 読書2

 

 

伊坂幸太郎著『陽気なギャングは三つ数えろ』(NON NOVEL-1026、2015年10月30日祥伝社発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

陽気なギャング一味の天才スリ久遠は、消えたアイドル宝島沙耶を追う火尻を、暴漢から救う。だが彼は、事件被害者のプライバシーをもネタにするハイエナ記者だった。正体に気づかれたギャングたちの身辺で、当たり屋、痴漢冤罪などのトラブルが頻発。蛇蝎(だかつ)のごとき強敵の不気味な連続攻撃で、人間嘘発見器成瀬ら面々は断崖に追いつめられた! 必死に火尻の急所を探る四人組に、やがて絶体絶命のカウントダウンが! 人気シリーズ、九年ぶりの最新作!

 

裏表紙の「著者のことば」

シリーズ3作目は9年ぶりとなりましたが、前作から大きな変化はありません。・・・これはどこからどう見ても、現実的な物語ではないと気づきました。おとぎばなしのようなものですので、読者のみなさんもそう受け止め、楽しんでいただければと思います。

 

 『陽気なギャングが地球を回す』『陽気なギャングの日常と襲撃』に続くシリーズ3作目。

 

 冒頭、4人組が押し入った銀行強盗の現場で響野(きょうの)が演説する。彼は見当違いなこと、意味ないことを喋りまくり、すべての人をうんざりさせる。なにしろ強盗中に、コーヒーと紅茶の毒性比較の長口舌を恐怖に震える銀行員たちに聞かせるのだから。

どんな嘘でもお見通しな冷静な成瀬、完璧な体内時計を持ち信号変化を計算しながら目的地に秒単位到着する、運転巧みな雪子、天才的スリで動物オタクの久遠(くおん)。

 

銀行強盗であることに気づかれた4人組は、ハイエナ記者火尻に面白おかしい推測記事にすると脅される。

被害者のプライバシーをもネタにするハイエナ記者火尻はほざく。

俺は、少し弱った昆虫を、蟻の群れの中に落としてやるだけなんだ。あとは、蟻がその虫を食い尽くす。・・・群がって、食い散らかして楽しむのは、大勢の、普通の、人間だ。

 

 

私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

 

あいかわらずの主人公4人のキャラクターが魅力的だ。ミステリーというより痛快コメディで、話は軽快にスピーディーに進み、ユーモアに「クスリ」とさせられる場面も多い。軽やかで笑える会話で、伊坂ワールド全開。なにより、著者が楽しんでいるのが良い。

ただそれだけとも言える。

 

 

 

伊坂幸太郎の履歴&既読本リスト

 

私の好きな、役に立たないが興味を惹かれる豆知識。

 

「シロアリは蟻の仲間ではないんですよね」「シロアリはゴキブリの仲間だからね。・・・」

 

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究極の認知症対策

2016年04月25日 | 老後

我々のように年とると、何をやっても、遅かれ早かれ認知症になる確率は高い。

そこで我々夫婦は、お茶を入れてもらった時や、新聞を取ってきた時に、

よくこんな風に挨拶する。

 

「どなたさまかは存じませんが、ご親切に」

 

この言葉さえ、しっかり頭に沁み込ませておけば、

認知症になってもなんとかやっていける。

 

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久しぶりの贅沢ランチ

2016年04月20日 | グルメ

旧聞で恐縮。

今年1月、「築地植むら 新宿店」で法事後のご馳走になった。

料理は 「羽衣 睦月」(なにしろ1月のことです)

 

前菜

柚子豆豊、白菜と水菜の松前漬け、菜の花、サーモンと大根の市松巻き、海老錦玉子、梅花百合根

造里

鮪、鯛、烏賊いくら巻き   妻物一式

焼物

鰤の照り焼き   焼大根、牛蒡の胡麻酢和へ

蒸し物

鱈の根菜蒸し  蓮根、人参、牛蒡、百合根

揚物

慈姑の海老新丈包み揚げ、海老の丸十挟み揚げ、つる菜衣揚げ

煮物

里芋、梅人参、天蕪、 鶏つくね、芽キャベツ、柚子

食事

温蕎麦とろろ   葱、揚玉、柚子

デザート

苺ムース   オレンジ、キウイ、ミント

何から何まで美味しく美しい。



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53階から

2016年04月18日 | 行楽

新宿西口に出て、新宿明治安田生命ビルを見上げる。

地震になると下層階は上からのガラスの雨が降り注ぐのではないかと心配になる。

モード学園コクーンタワーの前を通る。

コクーンというのだから、マユをイメージしているのだろう。

絹からの発想なのだろうか、それとも蝶になって羽ばたく?

新宿センタービルの53階の展望台に上がった。

説明板

左の森は新宿御苑、真ん中の森は明治神宮、右端のビルは新宿パークタワーと東京オペラシティだ。

窓から左の方をパチリ。

真ん中のとんがったビルがNTTドコモ代々木ビル。とんがった上1/3くらいは鉄塔で中味は空洞だ。

説明看板の左の部分を拡大すると、今はなき国立競技場がある。

実写では更地は確認できなかった。

明治神宮を見る。

「築地うえむら」に入ると、東京モード学園がすぐ手前に見える。

下を覗き込むと、

こんなもの設計するのって、楽しいだろうな。


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森博嗣『作家の収支』を読む

2016年04月16日 | 読書2

 

 

森博嗣著『作家の収支』(幻冬舎新書401、2015年11月30日発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

1996年38歳のとき僕は小説家になった。作家になる前は国立大学の工学部助教授で、月々の手取りは45万円だった。以来19年間に280冊の本を出したが、いまだミリオンセラの経験はなく一番売れたデビュー作『すべてがFになる』でさえ累計78万部だ。ベストセラ作家と呼ばれたこともあるが、これといった大ヒット作もないから本来ひじょうにマイナな作家である―総発行部数1400万部、総収入15億円。人気作家が印税、原稿料から原作料、その他雑収入まで客観的事実のみを作品ごと赤裸々に明示した、掟破りで驚愕かつ究極の、作家自身による経営学。

 

原稿料

 

漫画の原稿料 1枚(1頁)6000円~15000円~5万円

新聞の連載小説 一回 5万円

長編小説 400枚~600枚を雑誌に連載すると、200~300万円

 

 

印税

 

本の価格の 8%~14%、多くの場合 10%、書下ろしで 12%

電子書籍の印税率は 15%~30% が多い

紙の本は売れなくても刷られれば印税が払われる(出版社リスク)。

電子書籍は売れた分だけ印税が払われる(著者リスク)。

 

 

翻訳

 

印税を原作者と翻訳者で50:50に分けるのが普通

 

 

講演料

著者は 1時間40万円

 

その他

日常的に本を読む人はそんなに多くはない。小説になると数十万人と言われているほど少ない。・・・とにかく、小説というものが、超マイナなのである。・・・森博嗣程度でも、なかなかに条件の良い商売として成立している。それは・・・経費もかからないし、比較的短時間で生産できることなどが、好条件といえる。

 

 

私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

 

作家の収入をあからさまにした珍しい本だ。この森博嗣という作家を私は知らなかったが、大きなベストセラーはないが、多作でコンスタントに売れ続けた作家のようだ。収入、印税などは一例であり、平均的な値なのか私には判断できない。

そして、この作家は書く前に調べ物もしないし、ごく短期間で書き上げるようで、支出はほとんどないという。これは最盛期には毎年二十数冊を出版していたという量産型作家の場合にかぎられる特殊例だろう。

 

 著者は小説などはほとんど読まないし、風景描写など無駄という徹底した考え方で、あきれるが、実績があるので感心するばかりだ。

 

著者の『すべてがFになる』は、20年かかって、

合計6000万円以上をいただいている。この作品は18万字くらいだったので、執筆に30時間かかっている。ゲラ校正などを含むと、60時間ほどが制作時間になる。時給にすると100万円だ。

 

著者は1時間で6000文字(原稿用紙約20枚分)打てるので、1枚5000円だと時給10万円。その後、手直し、ゲラのチェックなどがあり、時給5万円程度だという。ともかく普通ではないのだろう。

 

 

森博嗣(もり・ひろし)

1957年愛知県生まれ。小説家。元名古屋大学工学部建築学科助教授。

1996年『すべてがFになる』でメフィスト賞受賞し作家デビュー

『スカイ・クロラ』など多数

エッセイ『小説家という職業』『自由をつくる 自在に生きる』など。

 

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渋谷駅で、井の頭線から東横線への乗換ルート

2016年04月13日 | 雑学

 

 

 現在、複雑な構造になっている渋谷駅の乗換は簡単でなく、とくに井の頭線から東横線への乗換は複数のルートが存在し、一筋縄ではいかない。私は週に2回、通勤で利用していたので、開発(?)した5ルートをお教えしたい。

 なお、エレベータを利用するコースは省略した。

 

(1)王道

 以下のルートに比べれば、わかりやすい王道ともいえる。しかし、10メートルほど外を歩く区間があり、階段もある。

 

井の頭線の渋谷駅ホームを直進し、正面改札口を出る。

左前方に進み、1階に降りるエスカレータで、一旦外に出る。

ティッシュ配りがうるさい歩道を左手に進み、東急田園都市線・半蔵門線への地下1階へ降りる階段に入る。

階段を下り、左に曲がり、数段の階段を下りたら、すぐ右に曲がり、直進する。(*1)

右前方の下り階段を下り地下2階の通路を進むと、右手に券売機が並んでいる。(*2)

(ここで、左手の東急田園都市線・半蔵門線の改札を入るのが、「(2)王道変化」)

 

券売機を右手にしてまわりこみ、左手のまっすぐ長い通路を進む。右手の壁の広告を見たり、左手のジュース屋や靴修理屋をながめて進む。(*3)

左手のインフォメーションの先に券売機があり、その先の左手の東急東横線・副都心線の改札口を入る。

右に曲がり、すぐ左手に進むと、下りエスカレータがある。(右手はトイレ)

長いエスカレータを降りて、まっすぐ進み頭上の電車時刻表示を確かめて、右手の階段を下りると、東急東横線の下りホームの最後尾車両(通勤時間帯は女性専用)に乗れる。

 

このルートは運が良ければ6分で着くが、・・・。もともと複雑なので、この文を読んで迷っても自己(事故)責任でお願いする。

 

(2)王道変化

「(1)の*2」から、左手の東急田園都市線・半蔵門線の改札口を入り、右前方の階段を下りる。

階段を下りたところは東急田園都市線・半蔵門線のホームで、ホームを直進し、ホーム内の下りエスカレータを降りる。

そのまま直進し、ちょっと歩くと、左右が副都心線(新宿、和光市方面)、奥の左右が東横線(横浜方面)への下り階段となる。

階段を下りると、東急東横線(副都心線)のホームに到着する。

 

(3)ハチ公口へ

井の頭線の渋谷駅正面改札口を出て、通路左手を右手の岡本太郎の壁画を見ながら直進し、正面のハチ公口への階段で1階へ下りて外へ出る。

外へ出て、正面の地下への階段を下り、右へ、すぐ左に曲がり、直進する。

ここから、「(1)王道*1」と同じになる。

 

(4)東急デパート内通過

このコースはすべて屋内なので雨の日にはお勧めだが、何しろデパートが開店している時間内でないと利用できない。通勤の帰り道など逆コースでの利用に有効で、デパート内が込み合うが、エスカレータだけで階段を登らずに済む肥満コースでもある。

 

井の頭線の渋谷駅正面改札口を出て、通路右手を直進し、数段の階段を下りて、右手の東急デパート西館のSHIBUYAスクランブルⅡに入り、突き抜けてエスカレータ―で1FのスクランブルⅠに下りる。

さらに、エスカレータ―でB1の東急フードショー内に下りて、お酒のコーナーの脇を通り、地下鉄連絡口を出る。

左手の階段を下りると、ここからは(*3)となる。

 

(5) HIKARIEコース

このコースは、デパート時間外でも雨に濡れない。しかし、遠まわりで、JR改札口へ登ってすぐ下りるフィットネスコースでもある。

 

井の頭線の渋谷駅正面改札口を出て、通路右手を直進し、数段の階段を下りて、右めに進み、左手のJRへの階段を登る。

JRの改札口を右手に、左手に地下鉄浅草線の改札口を見て、まっすぐ進み、階段を下りて、右、すぐに左に進み、HIKARIEへの通路を進む。

HIKARIEの2階のアーバンコアに入り、1F、B1F、B2F、B3Fとエスカレータを降りて、東急東横線(副都心線)の改札口を入る。東急線ホームの横浜寄りに出る。

 

以上、王道コースを基本にするが、ルーチンワークになると嫌なので、気候、気分などにより適宜変更して通っていた。

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梯久美子『愛の顚末』を読む

2016年04月12日 | 読書2

 

 

梯久美子著『愛の顚末 純愛とスキャンダルの文学史』(2015年11月15日文藝春秋発行)を読んだ。

 

宣伝文句は以下。

こんなにも、書くことと愛することに生きた! 小林多喜二、三浦綾子、梶井基次郎…運命の出会い・悲恋・ストーカー的妄執・死の床での愛。明治・大正・昭和に生きた文学者12人の知られざる愛の物語を辿った、珠玉のノンフィクション。

1 小林多喜二

小林多喜二の恋人、田口タキは身を売られた酌婦だった。初任給70円の多喜二は、肉体関係のなかったタキの借金500円を都合して身請けする。やがて、次第に世に注目されるようになった多喜二の足手まといになってはいけないとタキは身を引いた。再会し、東京で2人で暮らすようになり、タキは美容師として自立を目指す。多喜二は地下に潜り、老母セキは、息子の思想は理解できなくても、その生き方の理解者となることを願った。1933年多喜二は拷問の末、惨殺される。タキは毎年命日に手紙と供物を送ったが、多喜二の死後も何も語らず、完全な沈黙を貫いたまま生涯を終えた。102歳だった。

2 近松秋江(ちかまつしゅうこう)

別れた妻とその新しい男の足跡を追って日光に行き、旅館をしらみつぶしに当たって宿帳を調べる「疑惑」や、さんざん貢がせられた芸妓を山奥にまで追いかけていく「黒髪」などの私小説を描いた。晩年失明し、硬派な小説を書いたがまったく評価されず、「情痴作家」として文学史に残った。

「貧乏して娘にすがってね、惨憺たる姿でなんかの会に出てくる、それをみたとき「文士」というのはああゆうもんだという気がしたな。・・・この姿こそ大正文士としての最後の栄光だという気がしましたね」と高見順は書いている。


3 三浦綾子

三浦(堀田)綾子は旭川の小学校教師7年目で敗戦となり、軍国教師として真剣に生きたがゆえに価値観の転換に打ちのめされ退職する。結核療養所に入り、敬虔なクリスチャン前川により信仰の道に入る。綾子の療養は13年、内ギブスベッドに固定されていたのが7年間だった。しかしこの間、彼は結核で逝く。遺書には「決して私は綾ちゃんの最後の人であることを願わなかった」とあった。そして、三浦光世との出会いがめぐってきて、綾子は42歳で朝日新聞の一千万円懸賞小説『氷点』を書く。

 

5 原民喜

原は、神経過敏、極端な無口で、人と会う時には明るく社交的な6歳下の妻が付き添い代弁した。しかし、妻は結核に倒れ、5年の闘病の後、1944年に亡くなる。

「もし妻と死別れたら、一年間だけ生き残ろう、悲しく美しい一冊の詩集を書き残すために」と思っていた原だが、一周忌直後に広島で被爆し、そして生き延びる。

「今、ふと己が生きていることと、その意味が、はっと私を弾いた。このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた」(『夏の花』)

「とうとう僕は雲雀になって消えていきます」と、2年後に自死する。

 

8 中条ふみ子

 妻ある人が死んだ。ふみ子は『乳房喪失』でうたう。

「衆視のなかはばかりもなく嗚咽して君の妻が不幸をみせびらかせり」

 

病床から、

「灯を消してしのびやかに隣に来るものを快楽(けらく)の如くに今は狎(な)らしつ」

 

他に中島敦、鈴木しづ子、梶井基次郎、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい。

 

 

初出:日本経済新聞 2014年6月4日~2015年5月31日

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

平凡な私から見るとその多くが性格破綻者としか思えない。ドラマチックな運命に弄ばれ、泳ぎ切り、文学にすべてを入れ込んだ者たち。すべてが桁外れだ。昭和以前の文士の姿がここにある。

 

もはや歴史のかなたにあるが、スキャンダルが決して嫌いでない私は、なるほど、なるほどと読み切った。

 

 

梯久美子(かけはし・くみこ)

1961年熊本県生まれ。北海道大学文学部卒業。2006年、『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8カ国で翻訳出版されている。著書に戦争体験者に取材した三部作『昭和二十年夏、僕は兵士だった』『昭和二十年夏、女たちの戦争』『昭和二十年夏、子供たちが見た戦争』のほか『昭和の遺書――55人の魂の記録』『百年の手紙――日本人が遺したことば』『廃線紀行――もうひとつの鉄道旅』などがある。

 

目次

1 小林多喜二――恋と闘争
2 近松秋江――「情痴」の人
3 三浦綾子――「氷点」と夫婦のきずな
4 中島敦――ぬくもりを求めて
5 原民喜――「死と愛と孤独」の自画像
6 鈴木しづ子――性と生のうたびと
7 梶井基次郎――夭折作家の恋
8 中城ふみ子――恋と死のうた
9 寺田寅彦――三人の妻
10 八木重吉――素朴なこころ
11 宮柊二――戦場からの手紙
12 吉野せい――相克と和解
あとがき

 

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出久根達郎『万骨伝』を読む

2016年04月10日 | 読書2

 

 

出久根達郎著『万骨伝(ばんこつでん) 饅頭本で読むあの人この人』(ちくま文庫 て10-4、2015年9月10日筑摩書房発行)を読んだ。

 

裏表紙にこうある。

古書業界・出版業界では、故人をしのぶ追悼本を葬式饅頭になぞらえて饅頭本という。紅白饅頭のように配られる記念本も饅頭本のうち。古書店主であった著者が、それらの饅頭本に描かれた、強烈な人生や業績を紹介する出久根流紳士録。実業家、文化人、アスリート、さらには泥棒まで、歴史の陰に埋もれた万骨の人たち50人。文庫オリジナル。

 

タイトルの「万骨」は「一将功成りて万骨枯る」から。縁の下の力持ちのまま生涯を送った人たちの人生を知るために饅頭本を読む。

 

女ならでは夜も明けぬ(8名)、豪快な日本男児たち(8名)、作家もいろいろ(7名)、ビジネスと陰徳(6名)、俳人・歌人と漱石ゆかりの人々(7名)、歴史を作った人(8名)、ただ一筋にひたむきに(6名)

 

 

「まえがき」

はやし言葉が懐かしい。

「ソーダ村の村長さんが、ソーダ飲んで死んだそうだ。葬式饅頭でっかいそうだ」

 

「色ざんげ つや栄」

 常陸山に愛された芸者で、客のあれこれを赤裸々に語った。

 

「浮かれ柳 喜代三」

明治一代女「浮いた浮いたと浜町河岸に 浮かれ柳の恥ずかしや」の歌手。
(私が、なんでこんな古い歌を歌えるのか、わからない)

 

「長い道のり 金栗四郎」

1912年のストックホルム五輪のマラソンに出場した金栗はレース途中、日射病で倒れ、翌日の朝、近くの農家で目を覚まし、「行方不明」扱いとなった。

「五十五年後の昭和四十二年(1967年)、金栗はストックホルムに招待され、思い出のスタジアムで二十メートルほど走った。ゴールテープを切ったとたん、スタジアムに粋なアナウンスが流れた。
「日本の金栗、ただいまゴールインしました。タイムは、五十四年八ヶ月六日五時間三十二分二十秒三。これをもちまして第五回ストックホルム・オリンピックの全日程を終わります』。 七十五歳の金栗のコメントも、いい。「長い道のりでした。その間に孫が五人も生まれました」。

 

「説教自伝 妻木松吉」

大正末期から昭和初めにかけて、中野、杉並、池袋、練馬一帯で現金や金目の品を奪い、煙草を吸いながら家人に説教をした説教強盗の噂、実際。

 

「強きを敬う 佐藤次郎」

 2012年テニスの錦織は全豪の準々決勝で敗れたが、1932年、佐藤は準決勝に進み、敗れ、世界3位になった。そしてデ杯出場のため渡欧途中、26歳でマラッカ海峡に身を投げた。

 

「指の人 浪越徳次郎」

「指圧のこころ母心、おせば命の泉わく」と一世を風靡し、マリリン・モンローにひいきされた指圧師。 

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

まず饅頭本に着目した点がすばらしい。饅頭本には掘り出し物が多いと言われ、「意外な筆者が意外な文章をつづっていることがある。その文章は全集に未収録だったりする。」との事だが、おそらく大部分はごく平凡な内容だろうが、それらを丹念に読み、例えば作家の本名を調べて(多くは本名で書いている)、掘り出し物の文を見つけ出す著者の努力(楽しみ)はすざましい。

 

 かすかになんとなく覚えている昔々の話もいくつかあるが、有名、無名に係わらず、ドラマチックな話が多く、読みふけってしまった。直接吸っていなくとも、これらの時代の空気を感じ取れる60代、70代の人にお勧めだ。

 

 

出久根 達郎(でくね・たつろう)

1944年茨城県行方市生まれ。

中学卒業後集団就職で上京し、月島の古書店に勤める。

1973年杉並区で古書店「芳雅堂」を営む(現在は閉店)。そのかたわらで作家デビュー。

1990年「無明の蝶」「猫じゃ猫じゃ」「四人め」「とろろ」で直木賞候補。

1992年『本のお口よごしですが』で講談社エッセイ賞。

1993年『佃島ふたり書房』で直木賞受賞。

 2015年、『短篇集 半分コ』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

読売新聞「人生案内」の回答者の一人。

 

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阿川弘之『鮨そのほか』を読む

2016年04月09日 | 読書2

 

 

阿川弘之著『鮨そのほか』(新潮文庫あ-3-19、2015年9月1日発行)を読んだ。

 

晩年の作品のうち、全集に入っていない文章など短編3編、エッセイ22編、座談会2つを集めている。

92歳の阿川弘之はあとがきに「此の一冊はおそらく、七十年近い我が文筆生活を締め括る最後の一冊となるだらう」と書いている。

「花がたみ」

見渡す限り桜満開広々とした霊園に眠る志賀直哉の末娘の墓を訪れ、在りし日の志賀一家を偲ぶ。

 

「鮨」

表題作。地方での講演会に招かれた作家が帰りに巻きずしを持たされる。つい一つだけ太巻きの海苔巻きを食べてしまうが、東京で食事の約束があるので残りを食べられず、食べ物を粗末にはしたくなく捨てたくない。あれこれと悩み、思案し、怒られるかもと心配しながら上野駅の浮浪者に手渡すという話。

 

「贋々作『猫』」

漱石の『吾輩は猫である』と内田百の『贋作吾輩は猫である』を比較しながら、阿川さんが『贋々作』を書くかどうか迷う話。

 

エッセイというより随筆、いくつか

「志賀直哉の生活と芸術」では、癇癪持ちの志賀の日常の紹介し、師の事物描写の才能と同時にそれゆえの弱点、限界をも指摘している。

「『暗夜行路』解説」では、完成まで17年もかかったことから、主人公謙作の年齢の矛盾、当時はまだない列車など細かなおかしな点を指摘している。

 

座談会「わが友吉行淳之介」 阿川弘之、遠藤周作、小島信夫、庄野潤三、三浦朱門

それぞれの初対面時を思い出しながら交流歴を語る。左翼系の会合に反発した彼らが知り合い、サービス精神旺盛な吉行氏の家をたまり場としていた。

「第三の新人」と呼ばれた彼らではあったが、まとまって文壇活動をしたわけではない。

三浦朱門によるあとがきによれば、第三の新人は無思想・無理論であり、戦時中細々であっても原稿料で生活をしていた太宰治や織田作之助の第一の新人、敗戦直後に登場し、時代の風潮を作品に残す野間宏や中村真一郎の第二の新人に対して生まれた呼称だという。

 

対談「良友・悪友・狐狸庵先生」 阿川弘之、北杜夫、司会 阿川佐和子

遠藤周作のいたずら話、阿川家・北家のはちゃめちゃぶりがあからさまに。

 

 

初出:2013年4月新潮社より刊行

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

短編小説、随筆はいかにも一時代前の作品で、懐かしい感じがする。旧仮名遣いは、新かなづかいで育った私にもたいして気にならない。もっとも少年の頃、当て字だらけの漱石や、むずい漢字が並ぶ鴎外をよく読んだせいかもしれないが。

 

 戦記ものではなく、日常を描いているので、なんということない内容になっていて、抵抗なくするりと読めて(名文?)、とくに何も後に残らない。いいんだか、物足りないのだか?

大したものではないが、捨てるのはどうもと悩む「鮨」が面白い。ケチ(自称エコ)な私にも似たような経験は何回かあるので、身につまされた。

 

座談会、対談では、吉行淳之介、遠藤周作、安岡章太郎、小島信夫、北杜夫など個性ある面々のエピソードに呆れ、そして去っていった仲間への追悼、過ぎ去った時代への寂しさに心打たれた。

 

 

 

阿川弘之(あがわ・ひろゆき)
(1920-2015)広島市生まれ。1942(昭和17)年、東大国文科を繰上げ卒業し、海軍予備学生として海軍に入る。戦後、志賀直哉の知遇を得て師事。

1953年、学徒兵体験に基づく『春の城』で読売文学賞を受賞。

『雲の墓標』『舷燈』『暗い波濤』『志賀直哉』、『山本五十六』『米内光政』『井上成美』の海外提督三部作

 

 

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上野千鶴子『女たちのサバイバル作戦』を読む

2016年04月06日 | 読書2

 

上野千鶴子著『女たちのサバイバル作戦』(文春文庫933、2013年9月20日文藝春秋発行)を読んだ。

 

表紙裏にはこうある。

日本の働く女性たちは、生きやすくなったか。答えは、イエス・アンド・ノー。疲弊する総合職、行き詰まる一般職、将来が見えない派遣社員。自由を手に職場進出したはずなのに、なぜか。そこにはネオリベ改革の影があった。女性たちの変化を見つめてきた著者による渾身作。

 

男女雇用均等法成立前後から現在までの女性の歴史を回顧している。

 

この30年は「ネオリベ改革の時代」だった。ネオリベとは、ネオリベラリズム、新自由主義、市場原理主義で、市場での勝者は報酬を受け敗者は退場するという競争のルールだ。

 

ネオリベ改革の一環として雇用機会均等法ができた。これによりごく一部のエリート女性労働者は総合職を選択し、家事負担に加えて、厳しいオヤジ社会の職場で戦うことになった。一方、大多数の女性は一般職を選択したのだからとの理由で差別が正当化される結果になった。

 

ネオリベ改革はもう一つ労働者派遣事業法を作り、改正をくり返して、大量の非正規雇用者を生み出した。現在、非正規雇用者の7割は女性、女性労働者の6割が非正規雇用者、新卒採用の女性の5割以上を非正規が占めます。

 

総合職正社員女性は連日の残業で結婚も出産もでず、出産したらミートラックにはまり出世街道から外れてしまう。女の定食コースだった一般職は崩壊し、派遣やパートに置きかわって、将来プランが立てられない。

 

その結果は少子化。政財界は悲鳴をあげ、説教するが、安定した正規雇用とゆとりある働き方のないところで、女は子どもを産まない。

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)

 

上野さんの30年の総決算。論旨は解りやすく、適当にデータも引用されて説得力がある。上野さんに共感する人にとっては、女性史を概括するのにやさしく適当な著書になっている。

 

また、オヤジ社会と戦い続けた論壇の喧嘩師として素直な自戒や反省が語られていて、悲しみさえ伝わってくる。敗れ去った者として、男性である私も共感しながら読み終えた。

 

 「結びにかえて」で上野さんは書く。

原発事故を起こしてしまいました。・・・とめなかったから、防げなかったから、わたしも共犯者です—ごめんなさい。

女性の状況がこんなに悪化するのを座視してしまいました。・・・非力と言ってよいかもしれません。・・とめなかったから、防げなかったから、わたしも共犯者です—ごめんなさい。

・・・使用者側のほうが労働者側より一枚も二枚も上手だと思わないわけにはいきませんでした。

 

政官財の推進するネオリベ改革に女性陣は完敗したが、ネオリベ側に一矢報いたのが「少子化」だけというのでは悲し過ぎる。

 

 

 

上野千鶴子(うえの・ちづこ)
1948年、富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。平安女学院短期大学助教授、1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年東京大学大学院人文社会系研究科教授。

現在、東京大学名誉教授。NPO法人WAN(ウィメンズアクションネットワーク)理事長。

日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア。近年は介護とケアの現場にも関心を持ち、積極的にとり組んでいる。

著書『おひとりさまの老後』『女ぎらい』『老いる準備』『男おひとりさま道』『ひとりの午後に』『みんな「おひとりさま」』など。

水無田気流と共著『非婚ですがそれが何か』

 

 

 

以下、メモ。

 

 経済学者川口章『ジェンダー経済格差 なぜ格差はうまれるのか、克服の手がかりはどこにあるのか』

ジェンダー経済格差は男と女と企業の三者間の協力、対立、駆け引きの結果として生まれるので、ゲームの理論で解析した結果は、「日本的雇用制度と家庭における性別分業という相互依存的な二つの制度が、わが国のジェンダー経済格差を大きく、安定的なものにしている」

企業にとっては女性の離職率が高いから、「女性を差別する」ことが「合理的である」。この場合、「女性ばかりが家事・育児・介護を担うのか」という問いは分析の市場外変数で与件として扱われる。

 

 

 横浜市鶴見区の高齢者4千人に質問。「あなたは正月三が日誰にも会いませんでしたか?」

イエスは、前期高齢者の男性61.7%、女性26.5%。後期高齢者男性46.8%。

 

 

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村上春樹『村上さんのところ』を読む

2016年04月04日 | 読書2

 

村上春樹著『村上さんのところ』(2015年7月24日新潮社発行)を読んだ。

 

WEB上で読者の質問・相談に村上さんが答えるという企画「「村上さんのところ」の書籍化

(2015年1月15日から5月13日まで119日間で読者からの質問メールは3万7465通で、村上さんは全部読んで、3716通に答えた) 

この仕事をしてつくづく実感したのは、世の中にはバルク(嵩(かさ))が大事な意味をもつものごとがあるんだな、ということでした、とにかく目の前に嵩をうずたかく積み上げて、それでやっと事態の全容が見えてくるというようなことが。

 頭の切れる人って、こんな面倒なことはまずやらないと思います。ぶちまけた話、ぼくもやっていて、「なんでこんなしんどい物好きなことをわざわざはじめちゃったんだろう?」と後悔することもありました。

 

村上さんが良く読む海外作家は、カズオ・イシグロ、コーマック・マッカーシー、ラッセル・バンクス、ドナ・タート、ジュノ・ディアズ、マッカラーズ。

 

 

読者:去年、「子猫うまれたからあげるよ」と彼女がいうので猫を譲り受けることになったのですが、渡されたのが親猫でした。

 

 

村上:僕が好きな建築? 僕は京都の詩仙堂っていう建物が昔から好きで、できるだけ人が少なそうなときに一人で行って、縁側に座ってぼけーっと庭を眺めています。なんていうことのない素直な家屋なんだけど、どこかしら人を落ち着かせるものがあります。

 

 

読者:・・・女性は目の前のことに腹を立てているのではなく、溜まった怒りを目の前の事象を通して吐き出している、ということです。・・・男性はそのような理屈の通らない状況で混乱し、対処できない、という風に理解しています。

村上:・・・それを切り抜ける方法は二つしかありません。たった二つです。よく覚えておいてください。

①    これは自然現象なのであって(嵐とか竜巻とか噴火とか)あきらめるしかないと思う。

②    とにかく平謝りに謝ってその場を切り抜ける。

それ以外に道はありません、がんばって耐えてくださいね。ソクラテスもプラトンも耐えて大きくなりました。

 

 

村上:・・・小説って、音楽とか絵とかと同じだと僕は思うんです。大事なのは、わかったとかわからないとかじゃなくて、それが身体に沁みるかどうかということなんじゃないかなと。・・・

 

 

村上:・・・読書感想文を書くコツは、途中でほとんど関係ない話(でもどこかでちょっと本の内容と繋がっている話)を入れることです。それについてあれこれ好きなことを書く。そして最初と最後で、本についてちょろちょろっと具体的に触れる。・・・

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

WEB上で個別の質問・相談に応じる企画は、確か2回目だが、サイン会やメディアへの露出より効果的に読者と著者を結び付けていると思う。村上さんの人となりや、執筆への姿勢が具体的によく解る。そのために、すべての時間(多分2か月)をこれに当て、多大な労をとった村上さんに感謝したい。

 

相変わらず、割り切り、徹底し、一貫した個人主義の考え方で、しかし、言葉で相手を傷つけることに細心の注意を払い、厳しい言い方は避け、率直で、ユーモア、余裕を持って語りかける村上さんの態度は範とすべきだ。

 

 

村上春樹(むらかみ・はるき)

1949年京都市生まれ、まもなく西宮市へ。
1968年早稲田大学第一文学部入学
1971年学生結婚
1974年喫茶で夜はバーの「ピーター・キャット」を国分寺駅南口のビルの地下に開店。
1977年(?)千駄ヶ谷に店を移す。
1979年 「風の歌を聴け」で群像新人文学賞
1982年「羊をめぐる冒険」で野間文芸新人賞
1985年「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で谷崎潤一郎賞
1986年約3年間ヨーロッパ滞在
1991年米国のプリンストン大学客員研究員、客員講師
1993年タフツ大学
1996年「ねじまき鳥クロニクル」で読売文学賞
1999年「約束された場所で―underground 2」で桑原武夫学芸賞
2006年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、世界幻想文学大賞
2007年朝日賞、早稲田大学坪内逍遥大賞受賞
2008年プリンストン大学より名誉博士号(文学)、カリフォルニア大学バークレー校よりバークレー日本賞
2009年エルサレム賞、毎日出版文化賞を受賞。スペインゲイジュツ文学勲章受勲。

2011年カタルーニャ国際賞受賞

 

その他、『蛍・納屋を焼く・その他の短編』、『若い読者のための短編小説案内』、『めくらやなぎと眠る女』、『走ることについて語るときに僕の語ること』『村上春樹全作品集1979~1989 5 短編集Ⅱ

 

翻訳、『さよなら愛しい人』、『必要になったら電話をかけて』、『リトル・シスター』、『恋しくて

     

エッセイ他、『走ることについて語るときに僕の語ること』、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009』、『日出る国の工場』、『おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2

雑文集』 

 

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