村上春樹著『雑文集』(新潮文庫む-5-35、2015年11月1日新潮社発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
デビュー小説『風の歌を聴け』新人賞受賞の言葉、伝説のエルサレム賞スピーチ「壁と卵」(日本語全文)、人物論や小説論、心にしみる音楽や人生の話……多岐にわたる文章のすべてに著者書下ろしの序文を付したファン必読の69編! お蔵入りの超短編小説や結婚式のメッセージはじめ、未収録・未発表の文章が満載。素顔の村上春樹を語る安西水丸・和田誠の愉しい「解説対談」付。
前書き
お正月の「福袋」を開けるみたいな感じでこの本を読んでいただければと、著者は希望してます。
序文・解説など
(読者からの質問へ)
僕は答える「・・・もし自分の気持ちを理解してもらえたと感じたとしたら、それはあなたが“僕の物語”を、自分の中に有効に取り入れることができたからです」と。
仮説の行方をきめるのは読者であり、作者ではない。物語とは風なのだ。ゆらされるものがあって、初めて風は目に見えるものになる。
『アンダーグラウンド』をめぐって
(オウム真理教について)
問題は、社会のメイン・システムに対して「ノー」と叫ぶ人々を受け入れることのできる活力のあるサブ・システムが、日本の社会に選択肢として存在しなかったことにある。
翻訳すること、翻訳されること
長編小説『夜はやさし』(フィッツジェラルド)の最大の魅力をひとつだけあげてくれと言われたら、それはやはり「コミットメントの深さ」だと僕は答えるだろう。読者とテキストとのあいだの有機的な結びつきの豊かさ。読者は作品から余地を与えられ、その余地の意味について考えることによって、その作品に深く豊かにコミットしていくことになる。
目にしたこと、心に思ったこと
村上さんはシャツを滅茶苦茶にされるから、クリーニングには出さない。自分で洗い、アイロンをかけやすいように自分できちんと干す。最高級のアイロンとアイロン台を使い、BGMにソウルミュージックを流し、アイロンをかける。そうすると10年くらいは軽くもっちゃうそうだ。
にしんというのはちょっと不思議な魚で、ふだんよく食べる魚ではないのだけれど、ときどき無性に食べたくなって困ることがある。にしんそばなんか一度食べたくなると、もう我慢できなくて、・・・いざ食べてそれで深く満足したり感動したりするかというと、そんなことはなくて、要するにただの「にしんそば」である。こういうところがにしんという魚の限界ともいえるし、あるいは逆にいじらしいところと言えるかもしれない。
小説を書くということ
物語は聞く人の背筋を凍らせたり、涙を流させたり、・・・そのような肌に感じられる物理的な効用が、優れた物語にはどうしても必要とされる。なぜなら物語というものは聞き手の精神を、たとえ一時的にせよ、どこか別の場所に転移させなくてはならないからだ。おおげさに言うなら、「こちらの世界」と「あちらの世界」を隔てる壁を、聞き手に超えさせなくてはならない。
初出:2011年1月新潮社より刊行
私の評価としては、★★★★★(五つ星:是非読みたい)(最大は五つ星)
村上春樹ファンは是非読むべき本だ。さらに、とくにファンでない人も、独特でありながら、肩ひじ張らない村上さんという人を知り、その考え方、作品の基となるところを味わうことができるだろう。
なにしろ、結婚式のあいさつ、受賞スピーチ、小説を書き始めるまでの生活、小説の書き方、翻訳、何人かの米国作家について、そして、ジャズに関するオタク的話など、いろいろなメディアに載った、あるいは載らなかったバラバラな内容が並んでいる。それゆえにその中に一本通ったかっこよい村上さんの生き方が貫かれ、際立ってくる。
村上春樹(むらかみ・はるき)
村上春樹は、1949年京都市生まれ、まもなく西宮市へ。
1968年早稲田大学第一文学部入学
1971年高橋陽子と学生結婚
1974年喫茶で夜はバーの「ピーター・キャット」を開店。
1979年 「風の歌を聴け」で群像新人文学賞
1982年「羊をめぐる冒険」で野間文芸新人賞
1985年「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で谷崎潤一郎賞
1986年約3年間ヨーロッパ滞在
1991年米国のプリンストン大学客員研究員、客員講師
1993年タフツ大学
1996年「ねじまき鳥クロニクル」で読売文学賞
1999年「約束された場所で―underground 2」で桑原武夫学芸賞
2006年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、世界幻想文学大賞
2007年朝日賞、早稲田大学坪内逍遥大賞受賞
2008年プリンストン大学より名誉博士号(文学)、カリフォルニア大学バークレー校よりバークレー日本賞
2009年エルサレム賞、毎日出版文化賞を受賞。スペインゲイジュツ文学勲章受勲。
2011年カタルーニャ国際賞受賞
その他、『蛍・納屋を焼く・その他の短編』、『若い読者のための短編小説案内』、『めくらやなぎと眠る女』、『走ることについて語るときに僕の語ること』『村上春樹全作品集1979~1989 5 短編集Ⅱ』
翻訳、『さよなら愛しい人』、『必要になったら電話をかけて』、『リトル・シスター』、『恋しくて』
エッセイ他、『走ることについて語るときに僕の語ること』、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009』、『日出る国の工場』、『おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2』
「村上さんのところ」 (読者からの質問メール(2週間で3万通以上)を村上さんが全部読んで、一部に答えるという企画)
目次
前書き――どこまでも雑多な心持ち
序文・解説など
自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)
同じ空気を吸っているんだな、ということ
僕らが生きている困った世界
安西水丸はあなたを見ている
あいさつ・メッセージなど
「四十歳になれば」――群像新人文学賞・受賞の言葉
「先はまだ長いので」――野間文芸新人賞・受賞の言葉
「ぜんぜん忘れてていい」―谷崎賞をとったころ
「不思議であって、不思議でもない」――朝日賞・受賞のあいさつ
「今になって突然というか」――早稲田大学坪内逍遥大賞・受賞のあいさつ
「まだまわりにたくさんあるはず」――毎日出版文化賞・受賞のあいさつ
「枝葉が激しく揺れようと」――新風賞・受賞のあいさつ
自分の内側の未知の場所を探索できた
ドーナッツをかじりながら
いいときにはとてもいい
「壁と卵」――エルサレム賞・受賞のあいさつ
音楽について
余白のある音楽は聴き飽きない/ジム・モリソンのソウル・キッチン/ノルウェイの木を見て森を見ず/日本人にジャズは理解できているんだろうか/ビル・クロウとの会話/ニューヨークの秋/みんなが海をもてたなら/煙が目にしみたりして/ひたむきなピアニスト/言い出しかねて/ノーホェア・マン(どこにもいけない人)/ビリー・ホリデイの話
『アンダーグラウンド』をめぐって
東京の地下のブラック・マジック/共生を求める人々・求めない人々/血肉のある言葉を求めて
翻訳すること、翻訳されること
翻訳することと、翻訳されること/僕の中の『キャッチャー』/準古典小説としての『ロング・グッパイ』/ へら鹿を追って/スティーブン・キングの絶望と愛――良質の恐怖表現/ティム・オブライエンがプリンストン大学に来た日のこと/バッハとオースターの効用/グレイス・ペイリーの中毒的「歯ごたえ」/レイモンド・カーヴァーの世界/スコット・フィッツジェラルド――ジャズ・エイジの旗手/小説より面白い?/たった一度の出会いが残してくれたもの/器量のある小説/カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと/翻訳の神様
人物について
安西水丸は褒めるしかない/動物園のツウ/都築響一的世界のなりたち/蒐集する目と、説得する言葉/チップ・キッドの仕事/「河合先生」と「河合隼雄」
目にしたこと、心に思ったこと
デイブ・ヒルトンのシーズン/正しいアイロンのかけ方/にしんの話/ジャック・ロンドンの入れ歯/風のことを考えよう/TONY TAKITANIのためのコメント/違い響きを求めて
質問とその回答
うまく歳をとるのはむずかしい/ポスト・コミュニズムの世界からの質問
短いフィクション――『夜のくもざる』アウトテイク
愛なき世界/柄谷行人/茂みの中の野ネズミ
小説を書くということ
柔らかな魂/遠くまで旅する部屋/自分の物語と、自分の文体/温かみを醸し出す小説を/凍った海と斧/物語の善きサイクル
解説対談 安西水丸×和田誠
文庫本のためのあとがき 村上春樹