一穂ミチ著『ツミデミック』(2023年11月30日光文社発行)を読んだ。
大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中に話しかけてきた女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗は――「違う羽の鳥」
調理師の職を失った恭一は、家に籠もりがち。ある日、小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣に住む老人からもらったという。翌日、恭一は得意の澄まし汁を作って老人宅を訪れると――「特別縁故者」
渦中の人間の有様を描き取った、心震える全6話。
第171回直木賞受賞作
コロナ禍で壊れた日常の中で、市井の人々が犯した「罪」にまつわる6編の短編集。
題名はパンデミックと罪を掛け合わせた著者の造語。
「違う羽の鳥」
夜の雑踏のただ中にいる時、死後の世界ってこういう感じかな、とぼんやり考える。
と始まる。
優斗は大学を中退し、居酒屋のビラ配りのバイトをしているが、なかなか受け取ってもらえない。雑踏の中で、意味のあるまなざしを感じた。目があった若い女は同級生・井上なぎさを名乗った。
「井上は――井上なぎさは死んだんや、線路に飛び込んで。お前の言うてる『踏切ババア』って、井上のお母さんやないか。ネタにしてええこととちゃうぞ」
“Birds of a feather flock together” 同じ羽の鳥は群れる=類は友を呼ぶ
「ロマンス☆」
パンデミックの影響で経営難に陥った美容師の夫・雄大に当たり散らされる妻・百合は、ワンオペ育児で疲弊し切っていてギスギスしている。入浴する夫が「出るまで洗い物中断な、シャワーの水流弱くなるとイラつくから」と言われて、シンクの前で拳を握る百合。
道ですれ違ったスポーツタイプの細い自転車に乗ったフードデリバリー・サービスの男。整った顔立ち、現実離れした容貌だった。歯車が狂いだす。
「憐光」
15年前、豪雨の中、川に落ちて死んだ唯は、杉田先生の車に親友の登島つばさが乗り込むところに居合わせた。しかし、二人はまったく気づかない。二人は、唯の骨がようやく発見されたので唯の母の住む家に行くのだ。
憐光(りんこう):光をあてると発光し、光を取り去ると直ちに消滅するものを「蛍光」、発光がそのまま持続するものが「燐光」。
「特別縁故者」
元板前の恭一は、調理師専門学校を出てからずっと勤めていた割烹から、人員整理され、職探しが難航している。息子の隼(しゅん)が、古い一軒家の偏屈老人から旧札の一万円札を貰ってきた。お礼の澄まし汁を作って、あわよくばを期待して、訪れる。
特別縁故者:肉親でなくとも、身の回りの世話をしていれば財産分与の対象となる可能性のある者。
「祝福の歌」
絶対音感を持つ高校の音楽教師・妻の美津子は音痴の達郎の歌を毛嫌いする。高校生の娘・菜花は妊娠していて、絶対産むと意志強固だ。達郎は勤め先から寄り道1時間、歌を歌いながら母の住むマンションへ月1,2回寄る。隣の近藤さんの奥さんの様子が最近あきらかにおかしい。
最近、達郎は女の白い手に首を絞められる夢を見る。自分の子かどうかを疑う菜花の相手に激怒した達郎は、菜花に「腹の子は諦めろ。あいつはだめだ。」と大声を張り上げた。その瞬間、母が「あんたは何を言ってるんだ!」と頬を張った。達郎の母は‥‥。
「さざなみドライブ」
アフターコロナの今も癒えぬ傷を抱えたが5名が集まる。アカウント名「キュウリ大嫌い」(売れない小説家)、20代後半の女性「マリーゴールド」、少女「毛糸モス」、中年の「あずき金時」(俳優の遠藤)が、66歳の発起人「動物園の冬」(毛利)の車で人里離れた林道へ向かう。今から死ぬために。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
何か落ち着かない、不思議な設定で、先が読めない危うさに、ついつい焦って一気に読んでしまった。幽霊が登場したり、明らかに精神に異常をきたしている人の話など、いつもなら覚めてしまい、白けて読むのに!
人々が隔離され、各人のストレスが極言となるという社会実験が行われたコロナは作家達に千載一遇のチャンスを与えたらしい。今頃になって、コロナ禍で異常をきたした人の小説を読むことが多くなったような気がする。
一方で、夫婦の間の日常のささいなすれ違い、いらだちなどが、巧みに捉えられ、苦笑いしながら読むしかない。
「好書好日」に、今の社会に対する思い、作品に込めた思いを語る一穂ミチさんのインタビューがある。