hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

伊坂幸太郎「フィッシュストーリー」を読む

2010年02月28日 | 読書2

伊坂幸太郎著「フィッシュストーリー」新潮文庫、2009年12月、新潮社発行を読んだ。

裏表紙にはこうある。

最後のレコーディングに臨んだ売れないロックバンド。「いい曲なんだよ。届けよ、誰かに」テープに記録された言葉は、未来に届いて世界を救う。時空をまたいでリンクした出来事が、胸のすくエンディングへと向かう瞠目の表題作ほか、伊坂ワールドの人気者・黒澤が大活躍の「サクリファイス」「ポテチ」など、変幻自在の筆致で繰り出される中編四連作。爽快感溢れる作品集。



伊坂幸太郎13冊目の本書は、デビュー直後に書いた短編から、今回書き下ろした中編まで、四つの物語からなる作品集で、2007年新潮社刊行の単行本の文庫化である。山本集五郎賞の候補にもあげられ、同名の映画作品として、2009年3月公開された。


「動物園のエンジン」
ただそこに居るだけで動物園の動物たちに活気をもたらす不思議な中年男に殺人の疑いがかけられる。推理になっていないいいかげんな犯人探しが意外に面白い。
初出:「小説新潮」2001年3月

「サクリファイス」
ある寒村で昔からの風習“こもり様”をミステリーとからめる。謎としてはたいしたことないが、伊坂ワールドにおなじみの空き巣兼探偵の黒澤が登場し、軽妙な会話が楽しい。
初出:「別冊 東北学Vol.8」2004年8月

「フィッシュストーリー」
20数年前の話から始まる。あるバンドのレコードを聞き、ある男が正義の味方を演ずることになる。次は、現在で、武道の達人で日頃から鍛錬をおこたらない正義の味方が大活躍する。そこで話は30年前に戻り、無名だがなかなか良いロックバンドのレコーディングの話になる。さらに10年後の世界を救う話が続く。これらの思いがけないつながりが不思議だ。
初出:「小説新潮」2005年10月

「ポテチ」
空き巣を仕事とする青年と地元出身のかっては輝いていたプロ野球選手に、ユニークなキャラの母親がからみむ。何も知らない母と知ってしまったが母思いのだめ息子の関係が哀切だが、明るい。なかなか秀悦な出来栄えだ。
書下ろし



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

少々強引なところもあるが、話の展開が不思議。筋のひねり方と、ただようユーモアに新しい息吹を感じる。兎にも角にも、面白い。

巻末の参考文献に、以下のようにある。珍しい、とくに小説では。

『サクリファイス』を書くにあたり、仙台市の二口渓谷を取材し、二瓶久さんに、村や集落の話をうかがいました。・・・感謝しております。・・・三谷龍二さんの作品を見たことで、・・・急に思い立ち、「フィッシュストーリー」ができあがりました。表紙にも使わせていただくことができ、とてもうれしく思っています。





伊坂幸太郎&既読本リスト


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イアン・マキューアン『初夜』を読む

2010年02月26日 | 読書2
イアン・マキューアン著、村松潔訳『初夜』2009年11月、新潮社発行を読んだ。

表紙裏にはこうある。
性の解放が叫ばれる直前の、1962年英国。歴史学者を目指すエドワードと若きバイオリニストのフローレンスは、結婚式をつつがなく終え、風光明媚なチェジル・ビーチ沿いのホテルにチェックインする。知り合って1年と少し。愛しあう二人は、まだベッドをともにしたことがなかった。初夜の興奮と歓喜。そしてこみ上げる不安―。二人の運命を決定的に変えた一夜の一部始終を、細密画のような鮮明さで描き出す、優美で残酷な、異色の恋愛小説。


確かに異色だ。本書の約半分は延々と続く初夜の描写で、残りがところどころで思い出す出会ってからの1年あまりの出来事なのだから。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

現代から見れば、あまりにも生硬で堅苦しい二人の初夜をこれほど詳細に書かれても、読むのがうっとうしくなる。確かに、大なり小なり、怯える女性の気持ちもわかるが、多くの場合は時間が解決するのだろう。しかし、これほどまでに芯が拒絶的だと、男性はやってられないと思ってしまう。

これまで我慢に我慢を重ね、ただただ焦る男性と、受入れなければと思うが恐怖する女性の心と動作が微に入り細に入り執拗に描写される。男女の心と身体のすれ違いがテーマのように見えるが、それは題材に過ぎないのではなかろうか。二人の、とくに女性の繊細な心理と身体の細かい動きを詳細に描写して見せるのが著者の目的のように思えてしまう。どんな題材でもイアン・マキューアンは粘着質的、神経症的な心理描写に徹してしまうようだ。

原題は、“On Chesil Beach” で、チェジル・ビーチは新婚旅行のホテルの場所。



イアン・マキューアンIan McEwanは、1948年生まれ。イギリスの小説家。シンガポール、北アフリカのトリポリなどで少年時代を過ごす。サセックス大学卒業後、イースト・アングリア大学(UEA)の創作コース修士号取得。修士論文として書かれた短篇が短篇集『最初の恋、最後の儀式』First Love, Last Rites (1975)に収録され、サマセット・モーム賞を受賞。最初の長編『セメント・ガーデン』(1978)と『異邦人たちの慰め』(1981)はブッカー賞候補。『時間のなかの子供』はフェミナ賞外国語小説部門受賞。その他、『イノセント』(1989)、『黒い犬』(1992)、『愛の続き』(1997 )。『アムステルダム 』Amsterdam (1998)で98年度のブッカー賞、『贖罪』(2001)は全米批評家協会賞を受賞。その他、『土曜日』(2005)、本書(2007)など。




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新日本フィルの英雄を聴く

2010年02月24日 | 趣味

2000円で新日本フィルハーモニー交響楽団が聴けるというので、市民文化会館に申し込んでいたコンサートを先日聴きに行った。

あらためてパンフレットを見ると、大きく、<新日本フィルハーモニー交響楽団>と書いてある上に、小さな小さな字で<フレッシュ名曲コンサート>とあった。どうも<若きスター>フルートの上野星矢と、<期待の新星>ハープの景山梨乃を売出す企画らしい。
当日のプログラムには、東京文化会館との共催で、「都民の皆様に身近な地域で気軽にクラシック音楽等の名曲に親しんでいただく機会を提供し、併せて新進音楽家の発掘、育成を図ることを目的としている」とあった。
なお、指揮はアンドレアス・シュペリンク。

最初は、ハイドンの交響曲第44番「悲しみ」
楽団員に若い人の姿が目立つ。広告によると、「100曲以上の交響曲を作曲したヨーゼフ・ハイドンが自らの葬儀で演奏するように遺言に残した疾風怒濤時代の傑作」だそうだ。この曲の印象は・・・、思い出せない。なにしろ一週間も前だし、多分半分寝ていたのだろう。

次が、モーツアルトのフルートとハープのための協奏曲
どうしても、フルートに比べ音量の小さなハープは目立たない。おまけに、この星矢くんは派手な演奏をする。アンコールで演奏したビゼーのカルメンの闘牛士の歌の、派手でテクニックを誇ること。

最後は、ベートーヴェンの交響曲第3番英雄
この曲も何回か聴いたはずだが、印象が濃くない。今回の新日本フィルのコンサートマスターが、髪の毛がモジャモジャのアフロヘアーで、葉加瀬太郎のようで、気になってしかたなかった。葉加瀬さんより、幾分スマートだし、新日本フィルに出演するとは思わなかったが、このときは2階席だったので、顔が判然としなかった。帰宅して調べたら、ソロ・コンサートマスターの崔文洙(チェ・ムンス)だった。

久しぶりの交響楽団、それなりに満足して家路についた。



新日本フィルハーモニー交響楽団は、「一緒に音楽をやろう!」と、1972年、指揮者・小澤征爾のもと楽員による自主運営のオーケストラとして創立。声楽・舞台作品や近現代作品の重視等で独自の路線を歩む。



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講演「古事談の世界」を聴く

2010年02月23日 | 雑学

白百合女子大の伊藤玉美教授による講演「貴族社会の裏話―『古事談』の世界」を聞いた。
中世日本文学講演会として図書館で行われた一時間半ほどの講演で、数十名の参加者だった。

『古事談』(こじだん)は、鎌倉初期に書かれ、奈良時代から平安中期までの462の説話を収める。内容は、貴族社会の逸話、有職故実、伝承などで、天皇を始め貴族の秘事を遠慮なしに暴き、正史とは別世界の人間性あふれる王朝史を展開している。
この本は、週刊誌なみのいかがわしい話が出ているようで、面白そうだ。私はこの本を知らなかったが、まあ、教科書には引用されそうもない本ではある。

講演では、優雅な王朝物語を書いた清少納言、和泉式部の連れ合いが武士であったなど当時の社会構成や、桟敷や、現在でも神主や行司がかぶる烏帽子など日常生活に関する説明があった。
ちなみに、当時は、烏帽子(冠)を人前で外すことはいわば下着を露出するのにも等しい大変な恥であったとのことだ。そのため、男性貴族の髪型は、髻(もとどり)とか、一髻(ひとつもとどり)と呼ばれ、肩を越すぐらいまで伸ばした髪を一つにまとめ、くるくると巻き上げて、結い上げた後は冠の上部分に押し込んで簪(しん)で冠ごと留める。烏帽子は中に詰まった髪に止められているので、簡単には落ちないのだ。


以下、私のでたらめな現代語訳というよりお話。

2巻54
待賢門院(たいけんもんいん)璋子は、白河法皇の養女となり、法皇の孫の74代鳥羽天皇の中宮となった。しかし、璋子は白河法皇の愛人であり、璋子の生んだ第75代崇徳天皇は鳥羽天皇でなく白河法皇のお子であることは皆知っている。鳥羽天皇もそのことを知っていて、わが子崇徳院を伯父さんと呼んで嫌っていた。鳥羽院の臨終のときも、「崇徳院には死顔を見せるな」と言っていて、崇徳院は「ご遺言ですから」と言われ、会うことはできなかった。

当時も、この話は噂としてはあったが、書物にしてしまったのはすごい。秦の始皇帝誕生を思わせる話だ。
長く実権を離さなかった白河法皇が77歳で崩御すると、璋子と幼帝崇徳は窮地に立つ。
鳥羽院が力を持ち、璋子に代わって藤原得子(美福門院)を寵愛した。1139年、鳥羽院は、崇徳天皇にいずれ上皇にするからと言って、得子が生んだ生後三ヶ月の第八皇子躰仁親王(近衛)を立太子させた。ところが、2年後近衛を天皇としたときには、23歳の崇徳天皇は退位させられ、上皇にもなれなかった。さらに、近衛天皇が17歳で夭折すると、鳥羽院は、優れていた崇徳の子の重仁親王でなく、うつけの評判であった崇徳の弟を後白河天皇とした。これらが、1時間半で終わったとはいえ実際、都で源平の武士を巻き込んだ保元の乱(1156年)の原因となった。

2巻26
高階家は、在原業平の末裔だ。業平は勅使となって伊勢神宮に参った時、天皇の娘である斎宮(いつきのみや)を妊娠させ、男子が生まれた。露見するのを恐れ、摂津守の高階成範の子、師尚とした。師尚の孫が成忠で、その娘、高階貴子(きし)と藤原直隆の娘が一条天皇の后となった定子だ。
この話は、伊勢物語「69狩の使」にもあり、斎宮は55代文徳天皇の娘とある。斎宮というのは、伊勢神宮に使えている間は清い体でいなくてはいけないのだ。なお、定子は清少納言の仕えた中宮だ。

2巻55
清少納言が零落した後、若者がその荒れ果てた家の前を通るとき、「少納言もひどくなったものだ」と車中で言った。桟敷に立っていた清少納言は、簾(すだれ)をかきあげて、鬼の女法師のような顔で、「駿馬の骨をば買はずやありし」と言った。

「死馬の骨を買う、まず隗より始めよ」と言うが、これは、『戦国策 燕』にある話だ。燕の照王が即位し、国力を回復させようと、宰相の郭隗に相談する。
郭隗は言う。「ある君主が3年も名馬を買うことができなかった。そこである男に頼むと、彼は名馬の死んだ骨を高額で買ってきた。そのうちに、死んだ馬でも買うのだからと、ぞくぞく名馬を売りに来るようになったという。照王殿が賢者を集めようとするなら、まず郭隗を重く用いることです」と言った。
漢籍に詳しかった清少納言は、このことを持ち出したのだ。

2巻57
源頼光が四天王をやって、清少納言の兄の清原致信を襲ったとき、清少納言も同じ家にいたが、法師(僧兵)に似ていたので殺されそうになった。彼女は、着物をまくって秘所を出して逃れたという。



『古事談』は、刑部卿源顕兼の編で、1212年)から1215年の間に成立。人に関する王道后宮、臣節、僧行、勇士の4巻と、事物に関する神社仏寺、亭宅諸道の6巻からなる。なお、「諸道」とは、専門分野のこと。
貴族社会の逸話・有職故実・伝承などに材を取り、『小右記』『扶桑略記』『中外抄』『富家語』などの先行文献からの引用が多い。同時期の作品と比べて尚古傾向が薄く、天皇・貴族・僧の世界の珍談・秘話集。
『宇治拾遺物語』『古今聴聞』『十訓抄』などは『古事談』をネタ本としていて、作者はことなるが、続編の『続古事談』も1219年に成立している。



伊藤玉美氏は、白百合女子大の国語国文学科教授。神奈川県立横浜翠嵐高等学校卒業。東京大学文学部卒業。同大学院修士・博士課程修了。共立女子短期大学文科を経て、2005年より白百合女子大学に勤務。博士(文学)。『院政期説話集の研究』(武蔵野書院 第23回日本古典文学会賞受賞)、『京都魔界紀行』〔共著〕(勉誠出版)、『新編日本古典文学全集 沙石集』〔本文作成・校注協力他〕(小学館)、『小野小町-人と文学』(勉誠出版)、『『古事談』を読み解く』〔共著〕(笠間書院)


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上野千鶴子「男おひとりさま道」を読む

2010年02月22日 | 読書2

上野千鶴子著「男おひとりさま道」2009年11月、法研発行を読んだ。

事例の紹介とその分析というパターンで、死別、離別、非婚シングルの男性の老後の暮らしのノウハウを提供している。また、老老介護の現状を事例紹介し、ひとりの老人の在宅支援方法を探求し、施設に入るよりは自宅で過ごすことを勧める。

たまたま気になったところをいくつか。

男性も85歳を超えれば、シングルの割合は3人に1人。妻に先立たれる“番狂わせ”も、例外とは言えない。



死別、離別、非婚シングル男性の悲惨な事例をあげて、千鶴子さんは言う。

だから、男おひとりさまについて書くのはイヤだって言ったでしょ。話がなかなか明るくならないから・・・。



夫が妻を介護するケースも増えてきているが、妻が夫主導の介護に文句もいわず従わなければいけない「介護者主導型介護」になりがちだ。

妻に先立たれた夫の喪失感は深い。それは、「妻以外にどんな人間関係も築いてこなかったツケ、と言えるかもしれない。」

「たいがいの女は職業よりは子育てのほうに、人生の優先順位を置く。」だから、「女の定年は母(親業)からの定年だ」。女性の第一次定年は子どもが小学校の高学年から中学生のころだろう。

これとは反対に、フルタイムの仕事から定年を迎える男性は、老後へと“ハードランディング”しがちだ。そんなときには、ひと足早く余年を迎えた女性の生き方が参考になるだろう。

{無二の親友もやがては先立つ}
老後のおひとりさまを支えてくれるのは、「このひとイノチ」という運命的な関係よりは、日々の暮らしを豊かにしてくれるゆるやかな友人のネットワーク。そう思っていたら、ファッションデザイナー花井幸子さんの『後家楽日和』(法研2009年)に、「無二の親友より10人の”ユル友”とあった。





私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

ベストセラーになった『おひとりさまの老後』の二匹目のドジョウと思ったが、むしろより良くまとまっている。ただ、

男って「死ななきゃ治らないビョーキ」だね、とつくづく思うことがある。それはカネと権力に弱い、ということだ。



と言われると、私もそうでないが、とくに団塊以下の男性はもうそんなことないのにと思う。しかし、

男たちをみていると、女に選ばれることよりは、同性の男から「おぬし、できるな」と言ってもらえることが最大の評価だと思っているふしがある。


と言うのは、少なくとも私については当たっている。

また、障碍者が施設より地域に支えられて自宅に住む方向になっていることをあげて、男性のシングル高齢者も施設より自宅住まい、自宅介護を著者は勧めているが、私には現状を考えるとどうみても無理があると思えし、私自身はそんな状況になったら生活のためにエネルギーを使うより、施設でのんびり本を読んだり、TVを見たりした方が良いと思える。

上野千鶴子の略歴と既読本リスト



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ベルンハルト・シュリンク「朗読者」を読む

2010年02月19日 | 読書2

ベルンハルト・シュリンク著、松永美穂訳「朗読者」新潮文庫、2003年6月新潮社発行を読んだ。

裏表紙にはこうある。
15歳のぼくは、母親といってもおかしくないほど年上の女性と恋に落ちた。「なにか朗読してよ、坊や!」―ハンナは、なぜかいつも本を朗読して聞かせて欲しいと求める。人知れず逢瀬を重ねる二人。だが、ハンナは突然失踪してしまう。彼女の隠していた秘密とは何か。二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落していた。現代ドイツ文学の旗手による、世界中を感動させた大ベストセラー。


スイスで出版された原書を、キャロル・ブラウン・ジェンウェイが英語に翻訳したペーパーバック版にはさらに、こうあるらしい。
本書はボストン・ブックレビュー誌のフィスク・フィクション賞を獲得した。たぐいまれな明快な文章で、少ないページ数のなかで多くの悪の精神の問題に挑んでいる。世界がかつて知り得たなかで最悪といえる残虐行為に加担したのが親や祖父母、あるいは恋人であった場合、彼らを愛するという行為はどういったことなのか?文学を通しての贖罪(しょくざい)は可能か?シュリンクの文体は簡潔であり、比喩表現、会話といった文章の属性を問わず、余分なものはことごとくそぎ落とされている。その結果生まれたのが、ドイツの戦前と戦後の世代、有罪と無罪、言葉と沈黙の間に横たわる溝を浮き彫りにした、厳粛なまでに美しい本作なのである。


本書は、ドイツ、アメリカでベストセラーとなり39ヶ国語に翻訳され、「ニューヨークタイムズ」のベストセラーリスト1位になった。2008年「愛を読むひと」として映画化。
この作品は2000年4月新潮社より刊行されたものの文庫化だ。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

裏表紙を読むと、なんだいつもの若者と年上の女性の話に、容易に想像がつく戦争時の秘密を重ねあわせただけかと思う人もいるだろう。私もその一人だった。前半の少年とハンナの話には、少々退屈だった。しかし、時を経て二人が再会してからの話は緊迫していて読みふけってしまう。
訳者あとがきで、「ジョージ・シュタイナーは、この本を二度読むように勧めている。」と書いているが、ハンナの二重の秘密を知ってからもう一度読み返すと良いだろう。
この本のテーマ、「父母や、あなたの愛した人が戦争犯罪者だったらどうしますか?」という問いは重い。


上の上の世代が犯した重罪を徹底的に追求しなかった上の世代。主人公は自分たちの上の世代が犯したこの罪に対しても、どう対処すべきかに悩む。罪を償う彼女への彼の誠実な態度、粘り強い行動にはドイツ人の律儀さと、ナチスの傷跡の深さを思う。
日本では、一部の戦争指導者に責任を負わせて、それを支えた、あるいは支持した一般人の罪は責められることはなかった。そして私のような戦後世代は、「戦争はだめだ」と言うだけで、中国や韓国がなんであれほどまでに反日なのかとうんざりする。戦争犯罪の追求が浅く、したがって、罪の意識は他人事だ。



ベルンハルト・シュリンク Bernhard Schlink は、1944年ドイツ生れ。フンボルト大学で法律学を教える教授。ミステリーを3冊だして、1993年『ゼルプの欺瞞』がドイツ・ミステリー大賞を受賞したが、本書までは作家としては無名に近かった。

松永美穂は愛知県生れ。東京大学、ハンブルク大学などでドイツ文学を学び、現在は早稲田大学教授。本書で、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。


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金原瑞人「大人になれないまま成熟するために」を読む

2010年02月17日 | 読書2
金原瑞人著「大人になれないまま成熟するために 前略。『ぼく』としか言えないオジサンっちへ」新書y、2004年10月、洋泉社発行を読んだ。

裏表紙にはこうある。
あらゆる両義性を引き受ける、ポップで少しだけ重い人生論。
三十を過ぎた、いい大人がなんで「ぼく」なんだ!?
こんな言い方が喝采を浴びることがある。しかし、本当にそう言えるのか。
「ぼく」たちは、逆に「大人になれない大人」にとどまるべきではないのか。
団塊の世代にはじまる世界的な「若者の時代」を復習し、
若者に“No”と言って、事足れりとするのではなく、
自らの「子ども大人」性を自覚した嘘のない生き方をめざす。
ヤングアダルト文学、現代の若者文化、その断絶と連続…
「ぼくたち」を条件づけている社会環境から若者に対する視線を取り出し、
大人になれないことを許容したまま、成熟の道を探れ!


団塊世代以降の三無世代(無気力・無関心・無感動)と呼ばれた学生時代を過ごした著者は、自分のことを「わたし」と言うと違和感を感じ、「ぼく」と言う。著者の世代にはそういう大人が多い。大人になれないなら、「子ども大人」のままでやっていけばよいと考えている。

50年代のアメリカではじめて「若者」が社会の構成要素の一つとして登場した。先日亡くなったサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』がヤングアダルトの萌芽で、ファッション、ロックンロールなど若者文化が走り始める。そして、若者が切り開く新しい音楽、映画の流れが解説される。しかし、文学については、音楽、映画から遅れてヤングアダルトとして始まる。やがて、「若者」が「未完成な大人」の存在から、ポジティブなものへ躍り出る。
さらに、日本ではどうか、などについて論を展開している。

あとがきにこうある。
実はこの本、金原が書いたものではありません。金原が語ったものを、フリーの編集者である今野哲男さんがまとめたものです。




私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

私は、団塊の世代の数年上の世代だが、自分のことをたいていは「僕」と言い、くだけた席では「俺」と言うこともあり、大勢の前での挨拶などごくまれな正式の場以外では「私」とは言わない。また、変なところで、自分の流儀、主義にこだわり、妥協したくないと無駄な抵抗をするところは、自分でも大人になりきっていないと思う。そんな私は、著者の主張に大筋では賛成する。

しかし、すぐ上にのさばる団塊の世代への著者の反感が強すぎて、うんざりする部分もある。著者が大学に入ったときには内ゲバの時代で、反感が強いのも理解できるのだが。団塊の世代が闘争の時代を終えた後に、出世の階段をまっしぐらに登り、バブルを引き起こしたと言うのは、彼らに同情的な私からみると、少し短絡的だと思う。

確かに、昔は大人と子供の区分ははっきりしていた。昔は、大人中心の社会で、子どもや若者は早く大人になりたがったものだ。そのうち、団塊の世代が若者になり、消費の中心になると若者中心の社会になりかけ、今や、高齢者が重たい荷物になり、若者が中心の社会で、家庭では子どもが中心になってしまった。こんな社会では、子どもや若者は大人になりたくないと思うのは当然だ。


アメリカの若者文化に詳しく、日本のサブカルチャーにも、少なくとも私よりははるかに詳しい著者の日米の文化の流れの解説は、なるほどと思う点が多かった。持ち出される音楽、映画、文学のうちいくつかは私も知っているのだが、大きな流れの中で説明されると、新しいものを生み出す必然性があったことに納得がいく。



金原瑞人
1954年岡山生まれ。法政大学大学院英文学科博士課程修了。翻訳家。法政大学社会学部教授。エスニック文学、マイノリティ文学、児童文学などを講じ、担当する創作ゼミからは古橋秀之、秋山瑞人、金原ひとみと三人の若手作家を輩出している。ヤングアダルト作品を中心に、翻訳した作品は二百点近い。
金原ひとみが綿谷りさと共に芥川賞を受賞したとき、金原瑞人が、「私は200冊近い本を出したが、(引きこもりだった)娘は一冊目でその部数を上回ってしまった。」というような趣旨の話を嬉しそうにしたのを思い出した。



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桐野夏生「東京島」を読む

2010年02月15日 | 読書2
桐野夏生著「東京島」2008年5月、新潮社発行を読んだ。

新潮社の本作品の宣伝HPにはこうある。

あたしは必ず脱出してみせる/無人島に漂流した31人の男と1人の女
本能をむき出しにする女。/生にすがりつく男たち。/極限状態での人間の本質を/現代の日本人に突きつける/著者渾身の問題作!


32人が流れ着いた太平洋の涯の島に、女は清子ひとりだけ。いつまで待っても、助けの船は来ず、いつしか皆は島をトウキョウ島と呼ぶようになる。・・・

まず、この小説は、こう始まる。
 夫を決める籤引きは、コウキョで行われることになっていた。


無人島に複数の男と一人の女を置くという小説はいくつかあったと思うが、荒唐無稽な話になりがちだ。著者はもちろんそんなことは承知していて、実験的にこの島を擬似国家としている。島の名を「トウキョウ」とし、「コウキョ」を設け、新参中国人達の住む場所を「ホンコン」と呼ぶ。

著者は語っている。「波」6月号
リーダーがいて漂流者たちが協力しあい、何かを、おそらくこの場合は脱出、を成し遂げるのではなく、みんなが我を主張し、立ちゆかなくなってばらける集団。そういうイメージが最初から核としてあったんです。・・・
サバイバルな状況下で自分のことしか考えない女という存在はテーマとしてずっと残っていました。


初出は、「新潮」に2004年1月から2007年11月にかけて掲載された。



私の評価としては、★★☆☆☆(二つ星:読めば)

本作品は、谷崎潤一郎賞を受賞し、映画化もされるのだが、どうにも現実感がなく、しかも出てくる人間が皆、さもしく、読んでいて楽しくない。悪人は悪人としてシャンとして欲しい。

米軍人のサバイバル本などを読むと、その徹底ぶりや、思いも掛けないような工夫に驚く。この本のテーマとは異なるだろうが、サバイバルに関する知識ももう少し披露して欲しかった。



桐野夏生は、1951年金沢市生れ。成蹊大学卒。1993年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花賞、2004年英訳版『OUT』がエドガー賞(MWA / Mystery Writers of America)候補、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え』で婦人公論文芸賞、2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部賞を受賞。

桐野さんが、参考にしたかどうかは不明だが、太平洋戦争直後に太平洋の孤島アナタハン島で、1人の女性をめぐり32人の男性が殺し合いを始めた事件があり、米軍に救出後、スキャンダラスに取り上げられ映画化もされた。ウィキペディアの「アナタハンの女王事件」が詳しい。



コメント (3)
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荒川洋治『文学の門』を読む

2010年02月13日 | 読書2
荒川洋治著『文学の門』2009年11月、みずず書房発行を読んだ。

あとがきで著者はこう述べる。
この1年間のうちに発表したものを中心に、54編のエッセイを収めた。表題の「文学の門」など3編は、書き下ろしである。
 詩、歌、小説、批評などの「ジャンル」は、いま、どのような門をかまえるのか。これからどんな力と、役割にめざめるのか。その点を考えたい、整理したいと思った、おそらく「文学の門」は、ひとつではない。ひとつが消えても、あたらしいものが現れる。これからも眼の前で、生まれるだろう。そんなことを、いつもの散文で書いてみた。


地理やプロ野球の話題などさまざまなテーマのエッセイが収録されている。もちろん、文学に関するものが多く、著者は文学の現状に強い危機感を持っている。しかし、当然ながら、今後の明確な方向などが提示されるわけではない。

いつものように2つだけ引用してみる。

ただきれいなだけの文章を読みたくない。・・・文芸誌の現在の編集者の多くは「国語教育」という小さな世界から、ぬけだせない。才能ある新人たちの小説の文章やことばに意見をいい、いいところを生かすのではなくて、実はいいところを消すよう、変えるよういう。・・・そのためパスする作品の文章は、つるつるのものになる。

本を読む人が少なくなった。本らしい本を読む人の姿が見えない。・・・実用的な本は話題になるが、教養とつながるもの、思考力をためす書物は、遠ざけられる。




私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

問題提起の多くはもっともだと思うのだが、いろいろなメディアに書いたエッセイを集めたものなので、徹底的に掘り下げてないし、テーマが広すぎる。ただ、細かいところへの指摘は、独特の視点があって、なるほどと思わせる。生意気に言わせてもらえば、著者は鋭い感性の批評家であって、構築者ではないのだろう。

また、紹介されるのが昭和初期など古い作家が多く、さらに、よく知られていない作家、例えばイヴァン・クリーマ、プラムディヤ・アナンタ・トゥールなどの著作について述べる部分もあり、とてもついていけない。



荒川洋治(ひろはる)は、1949年福井県生れ。現代詩作家。1972年早稲田大学第一文学部卒。1976年詩集『水駅』でH氏賞、1998年詩集『渡世』で高見順賞、2000年詩集『空中の茱萸』で読売文学賞、2004年エッセイ集『忘れられる過去』で講談社エッセイ賞、2006年詩集『心理』で萩原朔太郎賞 、2006年評論集『文芸時評という感想』で小林秀雄賞を受賞。

最後に、裏表紙にある池内紀氏の推薦文を転記する。

「人間とはなんだろう。/人は苦しいときに、どんなことを思い、/何を残そうとするのか。/ことばは、作品は、/自分のためにあるだけのものでよいのか。/作家の目は、いま輝いているのか。」

「…「文学者」がいたことを、/今日の読者は知らない。/まわりにそういう人の姿をみかけることがなくなったからだ。/作品だけを書いて、/みちたりる作家しかいないからである。
興味の幅がせまくなった。/興味をひろげるための空気を/どのようにつくりだすかという心のはたらきもにぶる。」

「いま歌をつくる人たちは、/自分が歌をつくることだけに興味をもち、/歌をかえりみなくなったように思う。/これまでの名歌をそらんじたり、/しっかり文字に記すことのできる人は少ない。/歌の歴史への興味もうすい。/おそらく自分が「濃い」のだ。/自分を評価しすぎているのだ。」

詩、歌、小説、批評などの「ジャンル」は、いま、/どのような門をかまえるのか。/これからどんな力と役割にめざめるのか。

現状をなげくのではなく、/かつて書かれたものを読み返し、/「実学としての文学」を考える新エッセイ集。/「同時代に荒川洋治という書き手をもつのは、/この上なく幸せなことなのだ」(池内紀氏)

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「聖なる夜に君は」を読む

2010年02月12日 | 読書2



奥田英朗、角田光代、大崎善生、島本理生、盛田隆二、蓮見圭一著「聖なる夜に君は」角川文庫、2009年11月、角川書店発行を読んだ。

裏表紙にはこうある。

娘がどきりとさせる言葉を口にした。クリスマスイヴの晩、友だちの家に泊まるというのだ。17歳の娘にとって、初めての外泊だ。友だちの家なんて、たぶん嘘だろう。こんなとき、母親として、自分はどういう態度を取るべきなのだろうか…?(「セブンティーン」奥田英朗)――幸福な出逢いと切ない別れ。許されぬ恋と無償の愛。聖なる一夜を巡る、それぞれのドラマの行方は? クリスマスをテーマに贈る、心に滲みる6つの物語。



奥田英朗の「セブンティーン」:自分の若いときを思い出し、娘に注意するか、騙されたふりをするか迷う母親の気持ちのゆれが良く書けている。

角田光代の「クラスメイト」:クリスマスイブに離婚届を渡し、かわりに遅すぎるラブレターを要求する妻の未練が切ない。

大崎善生の「私が私であるための」:好きなときにマンションを訪ねてくる不倫相手。それで良いと自分を納得させていたが、崖の淵に追いつめられていった。そして、別れに耐えられず、北へ走る寝台列車に乗り、今日、クリスマスイブまでの命と言われた男と会う。

島本理生の「雪の夜に帰る」:倦怠期ぎみの遠距離恋愛の彼と、職場で好意をもってくれる人との間でゆれる心。しかし、イブにはやはり彼の元へ。

盛田隆二の「ふたりのルール」:離れられない不倫もの。

蓮見圭一の「ハッピー・クリスマス、ヨーコ」:夫婦喧嘩して、なれ初めを思い出す。近所の子どもに話しかける形式で話が進む。



私の評価としては、★★☆☆☆(二つ星:読めば)

一つの話が文庫本30ページ程度と短いので、空いた時間に読みやすい。こんな短いものでも、奥田英朗、角田光代と他の作家の力の差がはっきりわかった。



 

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小川洋子「カラーひよことコーヒー豆」を読む

2010年02月11日 | 読書2
小川洋子著「カラーひよことコーヒー豆」2009年12月、小学館発行を読んだ。

ファッション誌『Domani』の2006年10月号-2008年9月号に連載されたエッセイ24本に、書き下ろし5本を加えた29編のエッセイ集。

表紙には、題名の上に小さな英語で、”My Memorabilia” とあり、目次の裏に「記憶に残る事件、思い出の品」との説明がある。
幼児向けかと思うような可愛い表紙。やはり、装丁・装画は『ミーナの行進』も手がけた寺田順三氏だった。



全体に、注目され、賞賛されることのない、目立たない人々について書いた話が多いのだが、そうでない話を2つほどご紹介。

「本物のご褒美」
私も小説を発表するようになって二十年ちかくになるが、手こずった長編がどうにか本の形になった折など、大好きなアンティークの品を一つ、こっそり買ったりする。・・・
 しかし本物のご褒美は、自分でお金など払わなくても、思いもかけない場面でもたらされるということを、一生懸命働く人々なら誰でも知っている。・・・

そして、電車で『博士の愛した数式』を読む女性を見かける。
 小説を書いていて、これほどのご褒美があるだろうか。自分の小説が、間違いなくそれを必要としている読者の手元に届いている。自分の書き付けた一字一句が、私のしらない誰かの心に染み込んでゆく。・・・
 小説を書いていられるだけで幸せなのに、自分が払った努力の何倍ものご褒美をいただけるなんて、もったいないことです。


「思い出のリサイクル」
例えば、お味噌汁に入れるお豆腐を掌(てのひら)の上で切っている時、必ず思い出す風景がある。息子がまだ言葉を覚えて間がなかった頃、私が同じようにそうやってお豆腐を切っているのを見つけた彼は、不意に叫び声を上げた。
「ママ、おててがきれちゃうよ」
そう言って、私の足に抱きつき、涙をボロボロ流したのである。
・・・自分には心の底から純粋に泣いてくれる人がいる。そんな思いに浸って、幸せをかみ締める。泣いてくれた本人は大人になり、そんなことなど少しも覚えてはいないのだけど。




私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

どうしても読んで欲しい本とは言えないが、我が我がとでしゃばり、いつもハイテンションな人や、自分を売り込むのが上手な人ばかり目立つような世の中に、地味な人を取り上げるこんな本を読むのもお勧めだ。平凡で、冴えなくて、おしゃべりで、ダメな人と言いながら、あふれる才能としっかりした努力で幾多の賞をとる小川さんには、正直、「本気で謙遜しているの?」と疑問を持ってしまうが、本当に自分では自信がなく、落ち込むことも多い方のようだ。
小川洋子ファンなら、彼女の目の付けどころ、目立たない人へのやさしい心が良くわかり興味深いだろう。さらなるファンには、子供の時の話や、彼氏に振られたときの話などが出てくるので、もっと面白いかも。

あとがきに小川さんはこう書いている。
本書もまた、これを必要とする誰かのところへたどり着いてほしい、と願っています。何も大勢でなくていいのです。互いの目配せが届くくらいの、小さな世界を書いた本なのですから。
あくまで謙虚で、根っこにはご自身も気づいていない深い自信がある小川さんなのだ。

表紙にも、題名にもあるさまざまな色を付けられたカラーひよこ。私には記憶がないが、お祭りで、やけに黄色いひよこを売っていて、皆に「あれはすぐ死んじゃうからやめな」と言われていたのは覚えている。



小川洋子は、1962年岡山県生れ。早稲田大学第一文学部卒。1984年倉敷市の川崎医大秘書室勤務、1986年結婚、退社。1988年『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞、1991年『妊娠カレンダー』で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。『博士の愛した数式』は2006年に映画化。海外で翻訳された作品も多く、『薬指の標本』はフランスで映画化。
2009年現在、芥川賞、太宰治賞、三島由紀夫賞選考委員。






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五木寛之「人間の運命」を読む

2010年02月10日 | 読書2

五木寛之著「人間の運命」2009年9月、東京書籍発行を読んだ。

五木寛之が、歎異抄の言葉をもとに、宿業とは何か、運命とは何か、悪とは何か、そして運命は変えられるのかなど親鸞の教え、著者の解釈について語る。彼の考えのもとになっているのは、子供のとき、朝鮮からの引揚げ時の究極の状況での悲惨な体験だ。
五木寛之の人生に対する考え、子供のときの惨めな体験、心の傷が率直に、分かりやすい文章で書かれている。

まず冒頭、悲惨な話から始まる。
12歳の著者は、父、弟、2歳の妹と、凶暴なソ連兵を避けながら、北朝鮮から南へ逃れようとする。2度目の冬が近づき、脱出に失敗し共倒れ寸前になり、妹を農家の前において先に進んだ。しかし、38度線の手前で、保安隊に発見され、逃走する。結局、来た道を引き返すことになり、戻っていくと、夜明け前の農家の軒先でまだ妹がニコニコして座っていた。結局、大変な苦労をして4人とも南側に逃れることができたのだが、著者は、その日からきょうまで、ずっと人間の運命について考えてきた。そして、著者は、自分は正真正銘の悪人だと考えるのだ。

宿業
宿業を過去業と解釈し、過去からひきずった宿業は変えることができないが、今日の行為(現在業)が、明日(未来業)につながる。

運命
思い出を回想するとき、いま不幸であると、過去を思い出すと現在がいっそう哀れに思え腹立たしくなる。逆に、幸せである人は余裕をもって過去を振り返ることができる。過去も現在の心次第だ。
リアルに現実をみつめ、それをありのままに受け入れる。運命を変えることはできなくとも、ありのままの自分の運命を「明らかに究め」、それを受け入れる覚悟を決めることはできる。
一生のうちで善因善課悪因悪果という筋立てが成り立たないときに、「前世」を持ち出すことがあるが、前世の生まれ変わりだからと、未来に影響するという考え方はおかしい。未来は現在の私の行為によって大きく影響される。運命は、ときに私たちの手の中にあるのだ。

悪人
朝鮮からの引揚げのように、極限状態のなかで、他人を押しのけ生き延びた者は皆悪人であると思う。
人は誰でも生まれながらにして邪悪な心を持っており、状況によっては自然や他人の犠牲無くして生き残れない。
親鸞の「悪人正機(しょうき)」の思想、「善人ナホモツテ往生ヲトグ イハンヤ悪人ヲヤ」
は、著者によれば、「善悪二分」の考え方を放棄し、「すべての人間が宿業としての悪をかかえて生きている」ことを前提としている。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

表紙の題名「人間の運命」の下に英語で、”Change your Fate” とあるように、五木さんの言いたいのは、運命を受け入れようと言うのでなく、現在の行為で未来の運命に影響を及ぼすことができるはずだということだと受け取った。

この本の最後にある宗教じみたものについて、五木さんの考えを紹介しよう。

五木さんは、少年のころから現在まで、不安に悩まされている。しかし、その不安やおそれを治療してほしいわけではない。心の奥のなんともいえない暗い闇を照らしてくれる光が欲しいと思う。そこで、中学1年生のときの体験を思い出す。九州の山地に住んでいて、山を超えた実家に使いにやられた。深夜、道らしい道のない山の尾根を消えてしまったちょうちんを手に道に迷い、不安と恐怖で座り込んでしまう。そのとき突然、月光がさし、絶壁に沿った道を一歩一歩進むと、遥か彼方に目的の集落のランプの明かりが見えた。

60年以上も前の、あと夜のことを思い出すと、いまでも心が波立つところがある。
あたりが見えたからといって、行くべき道が短縮されたわけではない、足の疲れが消えたわけでもない、
ただ、あの明かりのところをめざしていけばよい、と思ったとき、まっ暗闇のなかで震えていた自分が立ち直った、にわかに元気がわいてきた。・・・
宗教、という言葉を思い返すとき、わたくしはいつもあの14歳の山中の夜の体験を思い出さずにはいられない。
光、なのだ。
・・・

この光を宗教と呼べないと言う。そして、「その未知の世界を求めつつ、手さぐりでいま私は生きている。」とこの本は終わっている。

初出:書下ろしと『日刊ゲンダイ』2009年3月―7月連載「流されゆく日々」の一部を改稿し、部分的に収録

五木寛之は、1932年9月30日(石原慎太郎と同じ)、福岡県生まれ、旧姓松延。生後まもなく朝鮮に渡り、1947年に終戦で日本へ引揚げる。早稲田大学第一文学部露文学科入学、中退。PR誌編集者、放送作家、作詞家、ルポライターなど。1965年の岡玲子と結婚し、五木姓を名乗る。ソ連・北欧へ新婚旅行に行く。1966年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、1967年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、1976年「青春の門・筑豊編」で吉川英治賞、2002年菊池寛賞、2004年仏教伝道文化賞を受賞。
なお、五木玲子は露文科の同窓生だが、後に医師となった。近年、版画を製作し、「他力」など五木寛之の作品の挿画として用いられているほか、自身の作品も刊行している。


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レオン・ベルベンのチェンバロとオルガンを聴く

2010年02月09日 | 趣味
武蔵野市民文化会館の小ホールで、レオン・ベルベンのチェンバロとオルガンを聴いた。

レオン・ベルベンは、1970年オランダのヘーレン生れ。現在ケルン在住。デン・ハーグとアムステルダムでオルガンとチェンバロを学び、2000年からムジカ・アンティクヮ・ケルンのチェンバリストを務め、解散後はソロとして活躍。特に歴史的な楽器を使用してのソロは高い評価を受けているらしい。
スリムな身体にパーマした髪をゆらゆらさせ、細身の顔にメガネをかけ黒尽くめの服装で現れた。30歳でもおかしくない。動きも軽やかでとても40歳には見えない。



第一部のチェンバロは、J.S.バッハの3曲。
久しぶりに聴くチェンバロの音は、ピアノのように澄んだ音でないし、強弱音の変化がないので違和感があった。しかし、2曲目のバッハのフランス組曲が明るい曲で、ばらけた音に聞こえていたチェンバロの音が味わいある軽やかな音に聴こえるようになってきた。バッハがピアノの時代に生まれていたら、どんな曲を書いたのだろうかと思ってしまった。現代のピアニストがイメージを膨らましてバッハをピアノで弾いているのとは、おそらく全く違うのだろう。

チェンバロは、ブルース・ケネディ1995年製作の、ミヒャエル・ミートケ(ベルリン1702-1704)モデル。
第二部前に係の人が二人で舞台上で位置をずらしていたが、それほど重そうではなかった。



休憩をはさんでの第二部のオルガンは、J.カバニーリェスの4曲とJ.S.バッハの(トスカータとフーガ「ドリア調」。

ファン・カバニーリェス(Juan Bautista José Cabanilles、1644-1712)は17世紀スペイン・バレンシアの作曲家。21歳から45年間バレンシア聖マリア大聖堂の主席オルガニストとして活躍。スペインのバッハと呼ばれる。

私には、バッハの方がペダルを駆使して、ダイナミックで面白かった。なお、「トスカータとフーガ」には他に3曲あり、もっと荒々しく豪快らしい。

小ホールのパイプオルガンは、マルクーセン&ソン製(デンマーク)1984年




アンコールは、オルガンとチェンバロそれぞれ一曲づつ。

J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685年- 1750年)は、近代音楽の父、ベートーヴェン、ブラームスとともに“ドイツ三大B”と呼ばれる作曲家。オルガン奏者としても高名で、手の鍵盤の他に足鍵盤(ペダル鍵盤)を煩雑に駆使する難曲を作曲した。



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サンドラ・ブラウン「火焔」を読む

2010年02月08日 | 読書2

サンドラ・ブラウン著、林啓恵訳「火焔」集英社文庫、2009年11月、集英社発行を読んだ。

裏表紙にはこうある。
テレビ報道記者のブリットが目覚めた隣には、刑事ジェイの全裸死体。前夜の記憶が全くないまま、ブリットは殺人容疑を掛けられ仕事も追われる。死ぬ直前まで、ジェイが彼女に告白しようとしていたことは何なのか? ブリットは、5年前に同様の経験をした元消防士のラリーと真相究明に乗り出すが大きな陰謀が二人の命を脅かす。ラストまで驚きの仕掛けづくしの傑作サスペンス!


2008年8月、発売と同時にニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー・リスト第1位を獲得。原題は、SMOKE SCREEN。ロマンス小説を機軸とするサスペンス。



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

ラブストーリーはもちろんその行く末は決まっているし、ストーリーは複雑だが、私は話の流れから犯人が途中から解ってしまった。ただ、641ページもの長さにもかかわらず気楽に楽しく読めることだけは請け負える。サンドラ・ブラウンは確かに男性の描き方が上手い。それが、ロマンス小説の人気を支えているのだろう。



サンドラ・ブラウン(Sandra Brown)は、1948年テキサス州生れ。モデル、女優、テレビのレポーターを経て、小さい頃からの夢だった作家に転身。これまでにのべ7000万部を売り上げ、作品は33カ国で翻訳出版されている。<ニューヨーク・タイムズ>紙のベストセラー・リストの常連。

モデルをした後、テレビ局のリポーターになった。思いがけない大役に、「はりきって仕事をしていた」けれど、上司の「フレッシュな人材を」という意向により1年で解雇された、その失意のとき、ご主人のマイケルの「これはきみがずっとやりたがっていた、書くことを始めるまたとない機会だよ」という言葉に励まされて、小説を書きはじめた。・・・彼女は13日間で最初の本を2冊書いて、すぐに出版された。・・・1年に6冊も書き上げている。(サンドラ・ブラウンのホームページby集英社文庫)


林啓恵(ひろえ)は、1961年生まれ。愛知県出身。国際基督教大学社会科学科卒業。デビュー作『心閉ざされて』のほか、『夢のなかの騎士』、『天使のせせらぎ』、『夜を忘れたい』(いずれもリンダ・ハワード著)などの訳書がある。

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『ヘビ』を読む

2010年02月07日 | 読書2

大谷勉著『爬虫類両生類ビギナーズガイド ヘビ』2009年12月、誠文堂新光社発行を読んだ。

表紙に、「飼育をスタートする時に必要な情報が満載!」とあり、英語で、”The Vivarium Book of Beginners” とある。Vivariumは辞書によれば、「観察・研究用に自然の生育状態に模した動物の飼育場(室、箱)」とある。

ほとんどの人がヘビは嫌いだと思うが、中にはヘビが可愛い、きれいと思う人がいるのだろう。怖いからこそ、自慢したいから飼う人もいるのだろう。

以下、面白いと思った事をご紹介。

ヘビはアゴを外して大きな獲物をくわえ込むと思っていたが、実際は、普段寝かせた状態の方骨が上下のアゴの間にあり、方骨を立ててさらに大きく口をあけるのだという。

アゴは左右に分かれていて、上下とも前後左右に別々に動かせるようになっている。片側のアゴと歯で餌を固定し、もう片方のアゴを前に出して餌をひっかけると同時に、最初に固定していたアゴを外し、これを繰り返すことで餌を喉へ送り込む。

ヘビは大きな餌を飲みこみ、身体の自由が利かない時が最も無防備な状態になる。その時、外敵に会い、たまたま逃げられないと、口を大きく開け、胃の後方から身体を思い切り逆蛇行させ、一気に消化中の餌を吐き出し、自由になって攻撃したり、逃げ出したりする。

ヘビの尿は排泄されたときこそドロドロしていますが、空気に触れると数分で白い固形物になります。多くの人は、これを白い糞と見間違えています、このヘビの尿は純度約96%の尿酸で、ヘビは摂取した水分も体内で徹底的に利用するエコ動物ともいえます。

ヘビを飼育する際、・・・どうしてもヘビを取り扱うシーンが出てきます。・・・上手に扱わないとヘビが暴れたり、場合によっては咬まれてしまうこともあるかもしらません。ヘビにストレスを与えることにもなり、ひどいと拒食してしまう場合もあります。

(ヘビの持ち方が写真で説明される)



私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)

ヘビを怖いと思うのは、子どもの頃に親などから教え込まれたことが原因だと言う。何も言わずに2歳の子どもにヘビを与えると、何の抵抗もなしに遊び始めるという。ともかく、まずは正しい知識を持つことが必要なので、ヘビ好きな人はもちろん、嫌いな人も怖いもの見たさでこの本を眺めてみるのもいいかも。

ヘビの餌は、マウス、ラット、ヒヨコ、餌用ヤモリの生餌か、冷凍、あるいはウズラの雛、餌用カエルの冷凍などだ。家庭の冷凍庫に入れるので、あらかじめ家族の了解が必要とある。これはかなり困難で、餌専用の冷凍庫が必要だろう。

私が子どもの頃は、夜になると天井をネズミが駆け回っていて、あまりうるさくなると、ネズミ捕りなどで捕獲していたものだ。最近、一般家庭でネズミが増えてきたとの話を聞いたが、猫がねずみを取らなくなったので、アオダイショウなどを飼うのがいいかも。



大谷勉は、2003年高田爬虫類研究所沖縄分室の名を継承し、独立。沖縄の風土にこだわり、その中で種々の爬虫類の繁殖に力を入れている。著書は、『ビギナーズガイド カメ』など。




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