仲野徹著『こわいもの知らずの病理学講義』(2017年9月25日晶文社発行)を読んだ。
宣伝は以下。
ひとは一生の間、一度も病気にならないことはありえません。ひとは必ず病気になって、死ぬんです。だとすれば、病気の成り立ちをよく知って、病気とぼちぼちつきあって生きるほうがいい。書評サイト「HONZ」でもおなじみ、大阪大学医学部で教鞭をとる著者が、学生相手に行っている「病理学総論」の内容を、「近所のおっちゃんやおばちゃん」に読ませるつもりで書き下ろした、おもしろ病理学講義。脱線に次ぐ脱線。しょもない雑談をかましながら病気のしくみを笑いとともに解説する、知的エンターテインメント。
第1章は、私たちの体の細胞がどのようにできているか、何によって損傷し、死ぬかなどが解説される。
第2章は、異常となった血液のふるまいや、脳梗塞、心筋梗塞、血管の傷害による病気のメカニズム解説。
「インターミッション」では、DNA、RNA、遺伝子、ゲノムなどの基本的な説明。
3章、4章では、がんの解説。
がんの発症原因に関係する遺伝子の説明や、子宮頚がん、胃がん、肝臓がんなど個別のがんの発症原因の解説。
複数の突然変異によりできた腫瘍細胞は、異常増殖する突然変異を獲得し、どんどん増殖し、さらに突然変異により進化していく。この巧みとも思える仕組みを逆手にとり、遺伝子レベルで増殖を留めたりする薬が種々開発されている。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき)(最大は五つ星)
細胞の仕組みから、遺伝子レベルでの病の起こり方、薬が効果を発揮する仕組みの説明は複雑だが、要領よく説明されている。多くの人には、染色体のこの部分がここと結合しなど詳細な動作の説明は読み飛ばすことをお勧めする。
ただ丸暗記するだけだと、面白くないが、仕組みを説明されると、がんの悪辣さと、対策の巧みさに、なるほど神様はよく考えるものだと感心して面白く読める。覚えてしまうことはもちろん無理なのだが。
ごくまれな突然変異がポイントの遺伝子に起こり、それがいくつも重なって初めて悪性腫瘍ができ、さらに細胞の中の増殖を抑制している機能に突然変異が起こり、異常に増殖しはじめるとがんになる。このような奇跡が重なり、さらにこの間、免疫による攻撃に耐えた細胞群だけががんになるのだ。
1cmの悪性腫瘍になるまで10年以上かかると考えられている。
それにしても、こんなに高度で、複雑な内容を理解し、ややこしい名前を覚え、膨大な量の勉強しなければならない医学生に同情する。医学部を拒否してよかった??
仲野徹(なかの・とおる)
1957年、「主婦の店ダイエー」と同じ年に同じ街(大阪市旭区千林)に生まれる。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学医学部講師、大阪大学・微生物病研究所教授を経て、大阪大学大学院・医学系研究科・病理学の教授に。
専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
著書に、『幹細胞とクローン』(羊土社)、『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)、『エピジェネティクス』(岩波新書)など。
趣味は、ノンフィクション読書、僻地旅行、義太夫語り。
以下、メモ
■序章 病理学ってなに?
病理学:pathology(やまい)の理(ことわり)、言い換えると、病気はどうしてできているかについての学問
ジョーク「内科医はなんでも知っているがなにもしない。外科医はなにも知らないがなんでもする。そして、病理医はなんでも知っていてなんでもするが、ほとんどの場合手遅れである」
■第1章 負けるな!細胞たち──細胞の損傷、適応、死
細胞の数はおおよそ数十兆個、そのうち6割以上が赤血球。大きさはおおよそ直径10マイクロメートル。
細胞の死に方の一つが、帰還不能限界点を超えて死ぬ壊死(えし、ネクローシス)。壊死した細胞はマクロファージが貪食(どんしょく)する。
もう一つの死に方がアポトーシス。大量のDNAの損傷は壊死を引き起こすが、中程度ではアポトーシスを引き起こす。DNA損傷が蓄積するとがんになるので、抗がん剤のいくつかはDNA損傷を引き起こし、腫瘍細胞をアポトーシスで殺す。
酸素と結合したヘモグロビンは深紅色、結合していないと少し紫がかる。動脈の血液は真っ赤で、静脈は紫がかっている。死体は赤味が少ない。
一酸化炭素と結合したヘモグロビンは真っ赤。一酸化炭素中毒で死んだ直後はピンク色。
青酸カリ(シアン化カリウム)もヘモグロビンと結合し、酸素が組織にいきわたらなくなり死ぬ。
我々の体のふつうの細胞にはテロメラーゼ活性がない。染色体の端っこのテロメアは、細胞が分裂するたびに短くなっていく。分裂回数が進んである程度以上短くなると、もう分裂できなくなる。しかし、肝細胞にはテレメラーゼ活性があり、血球、皮膚など寿命が短い細胞を一生の間作り続ける。また、がん細胞にもテレメラーゼが活性化されていて無限に増殖する。
寿命に関係する遺伝子は、身体活動のリズムを制御する時計遺伝子、活性酸素に関係する遺伝子、神経や内分泌に関係する遺伝子の3つ。
■第2章 さらさらと流れよ血液──血行動態の異常、貧血、血栓症、ショック
血液の量は体重の約1/13。10~15%なら失血しても問題ない。15~30%失血すると、かろうじて生きているという状態で、点滴での水分補給が必要となる。30~40%失血で、血圧が下がり、ショック状態で、臓器の機能障害が生ずる危険性がある。
■インターミッション 分子生物学の基礎知識+α
■第3章 「病の皇帝」がん 総論編─その成り立ち
腫瘍とは細胞が増えてできた塊という形態的な意味合いであるのに対して、新生物とは機能的、概念的意味合い。死亡統計では、悪性腫瘍でなく、悪性新生物という。
広義のがんは、悪性新生物(悪性腫瘍)のすべて。
狭義のがんは、上皮性の悪性腫瘍。上皮組織は体の表面や、消化管など内腔の表面を覆う細胞。
骨、軟骨、筋肉、脂肪、血管など、非上皮性の細胞に由来する腫瘍は、肉腫という。
脳にできる腫瘍は、脳腫瘍。
がんは、体の細胞に生じた突然変異、それも数個の突然変異が重なって初めて発症する。また、これまでに調べられた悪性腫瘍のすべてはクローンである。突然変異が蓄積して進化するためには、がんの元になる細胞はかなり寿命が長い必要があり、ほとんどが幹細胞、あるいはそれに近い性質を持つ細胞だと考えられている。
がんはもともと一個の細胞であっても、突然変異の頻度が高いので、少しずつ異なる性質を持った細胞群、サブクローンの集まりになっているのが普通。異常に増殖する突然変異や、それを抑えようとする機能が壊れる突然変異が起こるとがんになる。
抗がん剤により耐性を持つサブクローンが増殖することもある。
我々の生きている環境では、化学物質や紫外線、放射線など突然変異が起こりやすい。しかし、DNA修復機構により、がんになる頻度はそれほど高くない。この修復機構に必要な遺伝子に突然変異を持っている人もいる。
抗がん剤や放射線による治療が原因のがんを二次性がんといい、複雑な染色体異常の頻度が高く、治療が難しい。また、若年における治療ほど二次性がんをひきおこしやすい。
■第4章 「病の皇帝」がん 各論編──さまざまな進化の形
免疫療法は、ある特定の患者に効く場合はあるが、どの患者に効くかがわからない。したがって、多くの患者のデータを統計的に処理すると、有意な効果がなかなか認められない。
抗がん剤の一種である分子標的薬は、正常な細胞にはなくて、がん細胞にだけある変異をターゲットにする。
質調整生存年(QALY)とは、2年間延命できたとしても、生活の質が健康な人の半分なら1年と換算するというように、年数と生活の質(QOL)を掛け合わせる。1単位のQALYを獲得するための経費を増分費用効果費(ICERアイサ―)という。アメリカやイギリスでは、(この健康な1年の値段は)およそ500~600万円が限度とされている。
放射線診断、レントゲンを見て異常があるかどうかの判断はいずれAIに代わられるでしょう。症状や検査値からの病名診断はすでにかなりの確度でできるようになっていて、ベテラン医師と同程度で、希な疾患についてはAIが圧勝です。
「IBM Watson」で検索すると、日本語の公式サイトがヒットします。そのサイトでは、twitter のコメントから性格分析をできるデモがあります。
■おわりに
検査で見つかるような悪性腫瘍になるまで、1cmくらいに育つまでには、おそらく10年以上かかると考えられています。どのくらいのドライバー遺伝子変異が必要かというと、最も少ない白血病で2~3Ⅴ、ほとんどの固形がんでは6個程度とされています。