hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

米原万里『マイナス50℃の世界』を読む

2012年08月30日 | 読書2
米原万里著、写真山本皓一『マイナス50℃の世界』角川ソフィア文庫17092、2012年1月角川学芸出版発行、を読んだ。

米原さんは、TV取材班の通訳としてマイナス50度以下になるロシアのサハ共和国を訪れた。人々は極寒の地でどのように暮らしているのか、常識が覆される寒さを写真と簡潔な文で伝えている。取材に参加した山本皓一と椎名誠の写真と解説が付いている。

出発前の現地からの手紙にこうあった。
「お元気ですか。こちらはもうすっかり暖かくなりました。外の気温はマイナス21度、暑いほどです」

米原さんの返事。
「東京は春だというのにまだはだ寒く、きょうの気温はプラス21度です」


ヤクーツク市では冬は車のタイヤにチェーンを巻かない。スリップするのは春先だ。スキーやスケートも春、暖かくなってから始める。なぜなら、氷の上を滑る物が摩擦で表面を溶かし氷が水になるから滑るのた(物理の時間に習ったでしょ!)。あまりにも寒いと、氷が溶けず滑らないのだ。

バスも完全停止することがない。常に前後に動いて凍り付くのを防止している。

マイナス50度以下の戸外では、人工皮革のブーツやプラスチックでできたビンのフタなどは粉々にくずれてしまう。毛皮以外は使えない。

飛行機がヤクーツクに着いても人はすぐには降りられない。ガスバーナーの付いた車が来て、凍結したドアの氷を溶かさなければならないからだ。

冬の日本列島をおそうシベリア寒気団は、ヤクーツク上空の冷たい空気のかたまりがちぎれてとんできたものなのです。


本書は『マイナス50℃の世界』(清流出版刊)を再構築のうえ、文庫化。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

全部で125ページと薄く、小学生新聞への記事が元になっているためか、分り易い内容になっている。写真も多く、常識を超えた寒さに驚く(実感はできないが)。こんなところに住んでいる人がいることが信じられない。人間て、すごい!
裏表紙には、「親子で楽しめるレポート。米原万里の幻の処女作、待望の文庫化」とある。



米原万里(よねはら・まり)
1950年東京生まれ。父親は共産党幹部の米原昶。少女時代プラハのソビエト学校で学ぶ。
ロシア語の会議同時通訳を20年、約4千の会議に立会う。
著書に、『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』(読売文学賞)、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(大宅壮一ノンフィクション賞)、『オリガ・モリソヴナの反語法』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『米原万里の「愛の法則」
2006年5月ガンで歿。
実妹のユリは井上ひさしの後妻。





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黒野伸一『限界集落株式会社』を読む

2012年08月28日 | 読書2
黒野伸一著『限界集落株式会社』2011年11月小学館発行、を読んだ。

米国でMBAをとって、企業の財務立て直しに実績を誇るエリートの多岐川優が、起業前のひとときの休息のために、祖父、父が暮らしていた田舎の空き家へ帰郷する。そこは、65歳以上が半数を超える限界集落で、社会的な共同生活の維持が困難になっていた。

冷ややかな対応をしていた優も、少しづつ農家の人達と交流するうちに、乗りかかった船にのめり込み、集落の農業経営を担うことになる。現代の農業や地方集落が抱える様々な課題と格闘し、限界集落を再生しようとする。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

典型的なTVドラマのように、合理主義で冷たいエリートが、人情に触れて熱くなり、がむしゃらに貧困構造、無気力症状を改善していく。襲いかかる数々の難問を創意、工夫、努力で乗り越えるうちに、仲間の信頼を得て、最後の難関もなんとかクリアーする。
このあたりは調子良すぎるが、うるさいことを言う人は読まないことだ。最初からストーリは見えていて、気楽にさっと381ページの本を読むことが出来る。

私には農家の事情は分からないが、巻末に農業関係の参考文献が14も並んでいるので、著者はしっかり勉強したのだろう(多少、話の中への知識の取り入れ方が硬い気がするが)。

親からもらった土地があり、国からの保護、補助金を受ける農家、とくに兼業農家の不平には、私は反撥を覚える。大規模化に反対して小規模な土地を手放さず、既得権にしがみつく農家への保護、補助金は廃止し、生活保護、環境保護の一貫で対処すべきだ、と単純に考えてしまう。
著者も言っている。
苦労しているのは、農家だけか。・・・何万人もの派遣労働者がポイ捨てされて、路頭に迷うご時世だぞ。曲がりなりにも、補助金貰って、家があって食いものに困らない農家は、この国の底辺では決してないはずだ。



黒野伸一(くろの・しんいち)
1959年神奈川県生まれ。
2006年『坂本ミキ、14歳。』(文庫『ア・ハッピーファミリー』)できらら文学賞受賞し、デビュー。
2007年『万寿子さんの庭』は、女性に支持されロングセラー。
他に『長生き競争!』、『幸せまねき』。



登場人物

多岐川優  バツイチ
多岐川克己 優の祖父、1年前死亡するまで農業を続ける
多岐川晴彦 優の父、田舎の伝来の土地と家屋を売り払うつもり
大内正登(まさと) 元ワル、捨てた娘に農業を教わり、頭が上がらない
大内美穂(ミホ)  正登の娘
谷村三樹夫   長髪、痩せ、ITに強い
梅田千秋    デブ、漫画家志望
百瀬あかね   色っぽい、元キャパクラ嬢
栄作   兼業の米作家
五郎   農家
鉄平   農家、独身  
二ノ宮  役場の職員
うの、弥生、捨吉  ジジババ3人組
省吾、信康、愛理  子供



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『笑撃!テストの珍回答おバカスペシャル』を読む

2012年08月26日 | 読書2
編者株式会社ジェイビー『笑撃!テストの珍回答おバカスペシャル(COSMIC MOOK)』2012年2月コスミック出版、を読んだ。

中学校や高校のテストの珍回答を集めた本だ。同様な本がいくつか出版されている。

「またしても」を使って文を作りなさい。
「メンマ足してもいいですか?」

(間違ってるってわかってるだろうに、こんな回答を考え暇に他の問題を考えたら)

あなた自身の答えを書きなさい。 Do you like music?
「ワタシ ニホンジン エイゴシラナイ」
(わざわざカタカナにするところなんて、完全になめきってる。)

下の数値の平均を答えなさい。 8,13,10,14,6,12
「僕もわかりません」
(“僕も”? お前もしかして、隣のやつの答え見て書いただろう?)




私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

あまりの馬鹿さかげんに優越感で笑い、おしいところで間違ってしまう回答にウフフと喜び、点取を諦めたウケ狙いに感心する。そんな本だ。確かに最初は笑ったが、そのうち飽きた。

ネットでの評判を見たら、「表紙とその内側に学生に不適切なサイトの広告がありましたので、即刻返品しました。」という意見があった。読み終わってからあらためて見ると、確かにひどい広告だ。品のないというのは趣味の問題で、好き好きだと思うが、出会い系など違法想定の広告を載せる出版社は問題だ。


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平岩弓枝『私の履歴書』を読む

2012年08月24日 | 読書2

平岩弓枝著『私の履歴書』2008年11月日本経済新聞出版社発行、を読んだ。

女流作家、脚本家が、戦争中の少女時代から、よき師・先輩・家族に恵まれ、作家デビューし、テレビ・舞台の脚本、時代小説で大活躍した半世紀を振り返る自伝エッセイ集。

私の履歴書
戦争中の千駄ヶ谷八幡神社に生まれたが、父が代々木八幡神社に養子に入ったために代々木八幡神社境内が遊び場であったという。

『高安犬物語』で前年直木賞を受賞した戸川幸夫を友人に紹介され9回書き直しなど薫陶を受け、当時の大御所の長谷川伸の同人「新鷹会」に入る。
長谷川伸とお弟子さん達、といっても今や大御所達、の絆の深さに時代を感じる。
そして、「肝っ玉かあさん」「女と味噌汁」など人気TVドラマの脚本を書いて活躍する。

お母さんは美人であった。岩田専太郎画伯がお母さんをモデルにしたいと申し込んだが無視されたと言う。そして、平岩さんに「あなたはお父さんに似たのですかね」

時移りて
時代考証や日常の出来事、旅行のエッセイ

初出は、私の履歴書:日本経済新聞朝刊2008年7月1日~31日、時移りて:大衆文芸2007年2月号~2008年月号

平岩弓枝(ひらいわ・ゆみえ)
1932年東京生まれ。父親は代々木八幡社の神職。
1955年日本女子大学国文科卒業。小説家戸川幸夫の弟子入り。
長谷川伸の新鷹会で勉強。同門の伊藤昌輝と結婚。
1959年「鏨師」で直木賞受賞。
TVドラマ「旅路」「肝っ玉かあさん」、時代小説「御宿かわせみ」シリーズなど…



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

一時代前の時代小説作家の世界がかいま見られる。
日経の連載の「私の履歴書」は読んだことはないが、偉い社長さんの自慢話や会長さんの教訓話のイメージがある。平岩さんは文筆家で謙虚だから、自慢話はないが、諸先輩に引き立てられて次々成功する話ばかりだ。女流作家がまだめずらしい時代で、謙虚な努力家なので、諸先輩に可愛がられ、薫陶を受けて小説、脚本、そして小説と50年の文筆生活を築き上げる。
苦労話や創作の行き詰まりをブレークした事などがもっと書かれていると深さが増したのにと思う。

代々木八幡さまの境内の話が出てきて懐かしい。我が家は氏子であった。(「だまされて楽しい八幡様のお祭り」)



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『いのけん』を読む

2012年08月20日 | 読書2
井の頭公園検定実行委員会『いのけん 井の頭公園検定公式問題解説集』ぶんしん出版、2012年6月発行、を読んだ。

武蔵野市と三鷹市にまたがる井の頭恩賜公園は2017年5月に開園100周年を迎える(自然文化園は今年開園70周年)。これを記念して井の頭公園をより知ってもらうため、2012年12月2日(日)に「いのけん=井の頭公園検定」が開催される。このための、問題集がこの本だ。

検定試験には、この本の例題から60問以上出題され、60点以上が3級、80点以上が2級となる。なお、1級は2013年から、2級合格者を対象に試験が実施される。別途、対策講座が開かれているが、定員締切だそうで、物好きな人が多いのには驚かされる。

この本の内容は、歴史と文化、自然と環境、井の頭自然文化園、周辺と4章で、123項目の質問と回答からなり、1項目1ページだ。

幾つか問題を挙げる。答えは白字なので、( )内を選択すれば見られる。

「井の頭」の名前をつけたという伝説のある将軍は? (三代家光
井の頭弁財天に伝わる弁財像の作者は?  (伝教大師=最澄
500本ほどのサクラがあるが樹齢は? (70年
  古木が多く、樹齢が衰えている木が多い(私と同年代。ほっといてくれ! )。
1960年代には500羽も来ていたのに今はほとんど来なくなったカモは? (コガモ
アライグマの名称の由来は? (餌を探る様子が手で洗っているように見えるから
日本に最初にやってきたメタセコイヤの木はどこにある? (自然文化園資料館前
  高さ8.5m
公園で一番高い木は? (ひょうたん橋北側のケヤキで35m
オシドリは、繁殖シーズンごとにペアが変わる。



私の評価としては、★★(二つ星:読めば)(最大は五つ星)

自然、絶滅危惧種など一般的な問題、知識もあるのだが、なにしろ井の頭公園限定の話が多い。とてもじゃないが、地元以外の人に勧める本ではない。
しょっちゅう井の頭公園へ行く私でも、あくまでジョークとしてこの本を読んでみたにすぎない。しかし、意外と知らないこともあり、楽しめた。とくに、まれにしか入らない自然文化園関連でトリビアルだが面白い動植物の話もある。



昔、弁財天への参道が南から伸びていて、今でも井の頭4丁目の住宅街に鳥居に似た木の門、黒門がある。

サクラで有名な井の頭公園だが、1882年水源保護のためにスギが池の周囲まで1000本植えられ、昼も暗いほどであったそうだ。そして、このスギは、第二次大戦中の空襲で亡くなった方のお棺を作るために約4ヘクタール伐採され、今では雑木林になっている。

弁財天の「略縁起」によれば、家康が湧水を「関東随一の名水なり」と褒め、再訪の際に湧水でお茶を淹れて茶臼を寄付し、家光が江戸の飲用水なのだからとコブシの樹に小柄で「井之頭」と堀付けたという。弁財天には、わざとらしく、この茶臼と井之頭と彫られたコブシの木片があるらしい。





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川上未映子『夏の入り口、模様の出口』を読む

2012年08月18日 | 読書2

川上未映子著『夏の入り口、模様の出口』2010年7月新潮社発行、を読んだ。

川上さんの日常で起こった事柄が不思議な感覚で不思議な口調で語られる。

ピッコン!
恋人の浮気を直感ピッコン!で感じ取り、「ほんまのこと言って」「せめて本人の口から聞きたい」と毎日6時間脅迫と懇願。相手のひるむ瞬間、間髪を入れず「・・・正直に言ってさえくれたらいい」。ほとんどグロッキーな相手はうなだれて自供を始める。
という怖~い話。

みんなに名前はあるけれど
寂れた商店街にある閉店した店の看板。この店の名前が看板に書かれたときは、嬉しく、誇らしかっただろう。そのときには確かにあったと思わせる希望の余韻がいっそう悲しさを助長する。

お金の話はしません世界
文芸業界では、依頼の時には、テーマ、締め切り、分量のみで、原稿料の話はいっさい出ない。聞くのははばかられる雰囲気だ。

インして平気!獣たち
老衰で死んだペットのハムスターを埋葬に行けないから冷蔵庫に入れたと友人から聞いて、それはあり? 豚肉も鶏肉も冷蔵庫に入ってはいるが、顔が付いているものは変に感じるのか?

初出:週刊新潮「オモロマンティック・ボム!」2009年5月から2010年4月



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

独特の感性と変わった文体で綴る未映子さんのエッセイは面白いのだが、最近ちょっと下降気味かな。

ちょっと慣れてしまったが、川上未映子さんの独特の文体冴え、特に語尾が良い。

「・・・思えばあったことがないよ。」「いっそう悲しさを助長するのであったよ。」「まあみなまで言わぬ美しさがどんとしてきらいじゃないけど、やるせなす。・・・何度だって書いちゃうよ、そう思ってみると、それぞれとてもかわゆいね。」


唇ちょっととんがらした未映子さんのこんな文章が、あくまで文章が、私は嫌いじゃない。だけど、おじいさんがこんなこと書いたら興ざめになっちゃうよ。

『ヘブン』出版のサイン会のことを『「ありがたさ」の有り難さ』に書いている。売れない歌手活動をしていてレコード店の店頭で歌わせてもらう。少しも売れず、一生懸命手伝ってくれるスタッフに申し訳ないと思う。5年間頑張ったが芽が出ずやめになった。本のサイン会の長蛇の列を見ると、昔を思い出して涙がでそうになる。
なんでもスイスイやってのけて気楽そうに見える未映子さんにもこんな過去があったのか。



川上未映子の略歴と既読本リスト


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東野圭吾『歪笑小説』を読む

2012年08月16日 | 読書2

東野圭吾著『歪笑(わいしょう)小説』集英社文庫ひ15-9、2012年1月集英社発行、を読んだ。

本が売れるためには何でもする編集者と不安と自信に揺れる新人作家の騙し合い。小説業界の内幕を暴露する全12話。東野さんの「笑」シリーズ4巻目。

常識破りのあの手この手を連発する伝説の編集者、TVドラマ化の話に舞い上がる若手作家、ただただ褒め上げるだけの美人編集者担当、閑職への異動をきっかけに小説を書き、新人賞の最終候補に選ばれ会社を辞める決意をする会社員、特異な作品が当りそれにとらわれ書き悩む新人作家などなど、ブラックな笑いが一杯の連作短編集。

同じ登場人物が出てくるので、前作『黒笑小説』を先に読んでから本書を読む方がベターだ。



伝説の男
「読めば感動できるけど売れない本と、中身はスカスカだけど売れる本。どっちが我々出版社にとってありがたいかは、いうまでもないだろう。・・・内容が素晴らしいから売れるってことはある。でも計算はできない。計算できるのは売れる作家の本だ。・・・まず間違いなくある程度の数字は見込める」
そこで、獅子取編集長は作家に取り入ることを第一に、何でもする。

序ノ口
意地悪で傲慢な実在らしいベテラン作家が何人も登場するなか、「天敵」にも出てくるが、やけにやさしい警察小説の玉沢義正の大人物ぶりが目立つ。東野さんは大沢在昌と仲良しなんだろうか。 

小説誌
週刊誌『小説灸英』の編集部の青山は、見学にきた中学生から小説誌の意義を問い詰められる。「売れっ子作家に毎月原稿料を渡すために、単行本化される前の下書き状態の読む人も少ない小説を連載で載せてるんでしょう。資源の無駄だ、メモ用紙として白紙にしたら」と言いたい放題。ついに青山は、「こうでもしないと、作家の奴は書かないんだ。・・・」とキレる。

戦略
売れない作家・熱海圭介を売りださざるを得ないことになった編集長の獅子取は、キャラ作りのため圭介のイメチェンを図る。休日のたびに大型スーパーへ買い物に連れ出されるお父さんのような格好、ポロシャツに膝の出たスラックスで、髪は七三。(悪かったね!)これを、アフロヘアー、髭、禁煙パイプ、赤色のレザージャケット、ヒョウ柄のスラックスで、台本とおりの言葉使いにさせる。

職業、小説家
娘が結婚したいという男が新人作家と聞いて不安になった父親は、小説好きの女性に聞く。
「・・・親戚の子が小説家になりたいなんていってるそうなんだ。といっても、まだ中学生だけどね」・・・「いいじゃないですか。中学生ぐらいなら、その程度の夢があっても。大学生でそんなこといってたら洒落になりませんけど」

1冊1800円で、取り分10%の180円。まだ7000部程なので、180×7000 = 126万円。年2冊で252万円。短編240枚書いて、原稿料400字で4000円、4000×240 = 96万円になる。結局、合計年収は税込、348万円になると彼は言うが。
(作家さんも、よほど売れないとけっこう厳しいですね)

巻末に、架空の灸英社文庫の熱海圭介、唐傘ザンゲなどの本の広告がいかにも本物風に載っていて笑える。

初出:「小説すばる」2011年3月号~2011年11月号。本書は文庫オリジナル。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

癖が強く、売らんがなの編集者と、プライド高いが不安一杯の作家の駆け引きが笑える。ともかく面白いのだが、小説出版界の内情が伺えて、心配になる。
売れる作家、儲かる出版社は激しい競争で選択され、資本主義社会では望ましい形態とも言える。しかし、良質な作家、書物は細々であっても生き残れるのだろうか。心配だ。ネットでの販売、さらには電子出版が助けになれば良いのだが。



東野圭吾の履歴&既読本リスト

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澁澤龍彦『私の少年時代』を読む

2012年08月14日 | 読書2
澁澤龍彦著『私の少年時代』河出文庫し1-62、2012年5月河出書房新社発行、を読んだ。

著者が黄金時代と呼ぶ「光りかがやく子ども時代」(12歳=終戦前まで)を回想するエッセイ集。編集部が『澁澤龍彦全集』からおおよそ編年体で並べ替えて編集したもの。
飛行船、夢遊病、骨折とギブス、昆虫採集、替え歌遊びなどノスタルジアあふれる幼少年期の思い出が並ぶ。

4、5歳のときの、おぼろげで断片的な記憶が何か妖しい。また、戦前の東京近辺の日常の様子が描かれている。ちんどん屋、少年冒険小説、医者の往診、チョロギ(黒豆に混ぜる巻貝の形をした赤い植物)など、戦後派(?)の私にもなつかしい。

澁澤龍彦 (しぶさわ・たつひこ)
1928~87年。東京生まれ。3浪して東大仏文に入る。卒論でマルキ・ド・サドをテーマにし、その後その著作を日本に紹介する。1961年、猥褻文書販売・所持の容疑で「悪徳の栄え事件」の被告人となる。人間精神や文明の暗黒面に光をあてる多彩なエッセイを発表。晩年は小説に独自の世界を拓いた。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

澁澤龍彦ファン、戦前、戦中の子供の様子に興味ある人以外には、どうということないといえば、どうということないエッセイだ。

どのような子供時代を送ると、澁澤さんのような偽悪趣味(?)の大人ができるのか知りたくてこの本を読んでみた。彼は絵本についてこう言っている。
子供にとって、どういう絵本が良い絵本で、どういう絵本が悪い絵本かを決定することは、したがって、至難の業だと思う。・・・私にしたところで、少年時代の雑多な読書から、さまざまな良い影響(?)や悪い影響(?)を蒙って、その中から、現在あるような、自分の趣味とか美意識とかいうものを形成してきたにちがいないと思われるからである。


幼年時代から鉛筆で絵を描くのが好きで、海の底、蟻の家、墓場の絵ばかりを書いていた。小学校に入ると図画の時間に写生をやらされて閉口した。林檎、椅子といった面白くない日常の物体をその通りに書かねばならない。
そうじて私が近代のリアリズムよりも、近代以前のシンボリズムや装飾主義を愛するのは幼年時からの一貫した傾向らしいのである。


それにしても、著者の記憶力はすごい。有名でもないローカルな歌の歌詞や、カルタの文句まで覚えている。そしてまったく飾らない語り口でわかりやすく語っている。

著者は子供の頃、このような言葉を使っていたという。( )は最近の言葉。
オシタジ(醤油)、カラカミ(フスマ)、オムスビ(おにぎり)、セトモノ(全部の陶器)、一膳二膳(一杯二杯)
しかし、これらの言葉もまだ普通に使っていると思える私はやはり古い人間なのだろう。





以下、私のメモ。

庶民的でありながら繊細で芸術的な線香花火。外国にはありえない日本の誇り(言い過ぎ?)。そしてその描写の妙。パッパッという火花が目に浮かび、音や匂いを感じ、「線香花火、久しぶりにやってみたいな」と思わされる。

・・・なんと言っても私たちが飽きもせずに繰り返して遊んだのは、あの平凡な線香花火である、束にしてこよりで結んである線香花火である。

 マッチで火をつけると、まず火薬をふくんだ花火の先端が、熟したような火の玉になって、ぐらぐら煮立ってでもいるかのように、かすかに震え出すのである。手で一心に支えていると、みずからの重みに耐え切れなくなって、そのまま流星のように地面に落ちてしまい、私たちをがっかりさせることもある。

 しかし、熟した火の玉の重みによく堪えた線香花火は、やがて私たちの期待に応えて、庭さきの薄暗がりの中に、華麗な火花の抽象模様を繰りひろげはじめる。いや、抽象模様と言ってはよくないかもしれない。私たちはこれを松葉と呼んでいたからだ。まことに優雅な呼び名である。

 最初にパッと飛び出す松葉があり、次にまた、パッと飛び出す松葉がある。やがてパッパッ、パッパッパッ、パパッパッパッと急テンポになり、前後左右にせわしなく松葉が飛びちがう。そして松葉の絶頂期をすぎると、火花の線は次第に力を失い、円みをおびて下に垂れるようになる。これがすなわち、しだれ柳である。最後は、すべてのエネルギーを使いつくした火の玉もろとも、火花を地面に落ちる、

 火花が消えても、夜の闇のなかに、まだ黄色っぽい松葉やしだれ柳の残像が、ぼんやりと残っているような気がする。あたりには硝煙の匂いがただよって、なにか一つの事件が終わったという感じがする。

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ゲイル・コールドウェル『哀しみが思い出に変わるとき』を読む

2012年08月11日 | 読書2
ゲイル・コールドウェル著、高橋佳奈子訳『哀しみが思い出に変わるとき -女どうし、友情の物語-』(Let’s Take the Long Way Home A Memoir of Friendship )2012年6月柏書房発行を読んだ。

文筆家で読書家、独身、犬好き、アルコール中毒経験有りなどの共通点を持つ知的で努力家の二人の女性の友情と別れの、淡々とした静かな記録だ。

書評家であるゲールと、小説家のキャロラインは、ボストン郊外のケンブリッジに住む。飼っていた犬を通じて知り合ったふたりの女性は、年は十歳離れていたが、すぐに意気投合する。多くの共通点を共有し、互いに個性を尊重する大人の深い関係を築きあげる。

ゲイルは、フェミニズムや反戦運動に関わる強い自分と世界において何者でもない弱い自分に引き裂かれ酒に溺れる。夢だった書評家になってからはアルコール依存症を克服する。
頑固で好きなことにのめり込み、独立独歩で、身体を鍛えていてタフ。男性との付き合いも長くは続かず結婚しないという選択をし、犬だけが友。そんな彼女がキャロラインと出会う。

何キロもボートを漕ぎ、プールを50往復泳ぎ、川べりを互いの犬を連れて散歩し、森に出かけ、日々の暮らしを大切に楽しんで過ごす。そんな中、キャロラインがガンに侵され、ゲイルが51歳のとき、42歳で亡くなる。
1年間、ゲールはぼんやりと暮らす。そしてある人がいった。
「何より辛いのは、このことも自分が乗り越えていくということだよね」心というものは、そこにぽっかり大きな穴が開いていても生きつづけるものなのだ。

耐えられない別れはない。実際には皆耐えているのだから。耐えられるとはとうてい思えない別れがなのだ。



ゲイル・コールドウェル Gail Caldwell
1951年テキサス生まれ。元ボストン・グローブ紙記者。
20年に渡る記者生活の中で、2001年には文芸書評部門でピューリッツァー賞を受賞。自らの生い立ちを綴った作品にA Strong West Windがある。現在マサチューセッツ州ケンブリッジ在住。
なお、キャロライン・ナップの著書には、『なぜ人は犬と恋におちるか』『アルコール・ラヴァ -ある女性アルコール依存症者の告白』がある。

高橋佳奈子(たかはし・かなこ)
東京外国語大学ロシア語学科卒業。英米文学翻訳家。
おもな訳書にブライソン『ドーナッツをくれる郵便局と消えゆくダイナー』、メイヤー『しょっちゅうウソをつかれてしまうあなたへ』、フェネル『犬のことばがきこえる』、コールター『夜の嵐』、クイック『オーロラ・ストーンに誘われて』など。東京都在住。



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

頑固、頑張り屋で独立心の強い女性二人、日本的仲良しにはなり難い二人が、少しずつ付き合いを深めて互いを尊敬する生涯の親友になる。そのベタベタしないが肝心なときに寄り添うという付き合い方が爽やかだ。しかし、身体を鍛えていた健康な友を乗り越え難い病が突然襲う。残された主人公は亡くなった友との友情を噛み締めながら哀しみを乗り越えようとする。

私には、男同士の友情は昔からいろいろ描かれてきて、イメージできるが、女性同士の友情は、なにかベタベタしているくせに表面的な付き合いにとどまるという偏見がある。考えて見れば当たり前だが、この本を読めば、女性同士にも爽やかで深い付き合いがあることが解る。

表紙の若い女性の絵は爽やかなのだが、大人の女性の深い友情が感じられない。

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万城目学『偉大なるしゅららぼん』を読む

2012年08月06日 | 読書2

万城目学著『偉大なるしゅららぼん』2011年4月集英社発行、を読んだ。

日出涼介は、「湖の民」の「力」の修行のため、琵琶湖の湖東の石走の日出本家に行く。そこでは本丸御殿に住み、舟で高校に通う。同じクラスには、本家の跡継ぎ淡十郎、日出家と対立する棗(なつめ)家の棗広海、校長の娘速瀬がいる。両家はそれぞれ異なる「力」を持ち、1000年にもわたり戦ってきたのだ。淡十郎は速瀬に恋をし、破れ、棗家を石走から追い出そうと決意する。

初出:「小説すばる」2010年5月号空2011年4月号



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

高校生向けSFファンタジーあるいは漫画の原作と言いたくなる。そもそも、他人を自由に操る「力」なるものが出てくるだけで私には拒否反応がある。話の流れはまあまあ興味をつなぎ、楽に読めると言えば言えるのだが。
極端なキャラクター化による笑いはあるが、気の利いたセリフは少なく、『プリンセス・トヨトミ』に比べてかなり落ちる。

集英社の本書のスペシャルサイトで万城目さんはこう語っている。
最近は・・・自分では行儀のいいものを書き過ぎているんじゃないかという思いがありまして。・・・上手くなって行儀がよくなると、どうしても荒い演技、乱暴な側面がどんどん消えていってしまう。・・・今回は文章にしても構成にしてもちょっと荒っぽく、そんなにきちきち決めずにやってみようと思った。


万城目学(まきめ まなぶ)
1976年生まれ。大阪府出身。京都大学法学部卒。化学繊維会社に勤務しながら小説を書く。
2006年『鴨川ホルモー』でボイルドエッグズ賞受賞しデビュー、2009年映画化、舞台化
2007年『鹿男あをによし』で直木賞候補、2008年TVドラマ化
2009年『プリンセス・トヨトミ』で直木賞候補、2010年映画化
2010年『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で直木賞候補




登場人物

日出家(ひのでけ)
石走城に現在も住居を構え、当主の日出淡九郎は莫大な富と権力で石走を支配している。相手の心に入り込み、その精神を自由自在に操れる「力」を持つ。

日出涼介(ひので りょうすけ)
主人公。「湖の民」の力を与えられた者として本家に下宿し、修行しながら高校へ通う。

日出淡十郎(ひので たんじゅうろう)
日出本家の跡継ぎで殿様のような性格。ぽっちゃりした体型。

日出清子(ひので きよこ)
淡十郎の姉。かなりの「力」の持ち主で「グレート清子」「清コング」。城内で白馬を乗り回すが、城外へ出ないひきこもり。

藤宮濤子(ふじみや とうこ)
先代の師匠に代わり、涼介の師範を務める。「パタ子」パティー」180cm近い長身。

源治郎(げんじろう)
通称「源爺」。日出家に50年間仕え、庭掃除や涼介たちを舟で送り迎えしている。

棗家(なつめけ)
相手の動きを自由自在に操るなどの「力」を持つ。当主は棗永海(なつめ ながみ)。

棗広海(なつめ ひろみ)
棗道場の長男。長身のイケメン

速瀬 義治(はやせ よしはる)
石走高校の新赴任校長。石走城藩主・速瀬家の末裔。先祖が日出家によって金にものを言わせ城を買い取られた。


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酒井順子『儒教と負け犬』を読む

2012年08月02日 | 読書2

酒井順子著『儒教と負け犬』講談社文庫さ66/9、2012年6月講談社発行、を読んだ。

日本での30代以上の高学歴独身女性、負け犬は、韓国では老処女(ノチョノ)と呼ばれ、中国・上海では余女(ユーニュイ)と訳される。両国で負け犬座談会、勝犬座談会を開催し、何故、晩婚化が進むのかを考察した。

韓国・ソウル
30代までは儒教の影響で結婚するまでは処女でいるとの意識が残っている(老処女)。女性は、友達同士であっても性的な話をすることはまずない。姦通罪のあり不倫も少ない。

上海
「いい男はみんな結婚しちゃった、いい女はみんな残っちゃった」という流行語がある。
三高(高学歴・高収入・高年齢)男は、すぐに自分よりちょっと下のレベルの女性を結婚してしまい(日本と同じ)、三低男は「外来(地方、農村)の嫁」を取るので、三高女の相手はいない。
上海の三高女は鼻っ柱が強く、合理的。自分の面子を守るためには、理想に合わない男性と簡単に付き合ったりしないし、理想に合致する男性を、時には親子でタッグを組んでアグレッシブに求めにいく。
価値ある存在(珍惜ジェンシー)であるためには夫になめられないように常に強くでる。(日本では、男性の腰が引けないように、女性はもてるためには弱く、けしてあなたを凌駕することはないとのふりをしなければならない)

3ヶ国に共通する背景に儒教があるとみた著者は、『女大学』『烈女伝』を読む。
さらに、3市の30才~45才の独身女性各200名にインターネットアンケートを実施する。

著者はいう。

負け犬と、老処女・余女の違い。それは、希望があるか否か、のような気が私はします。恋愛していなくてはならないという強迫観念にさいなまれた結果、セックス、不倫、ダメ男・・・と、男女間のドロドロしたものを既にたくさん見てしまっている、負け犬。彼女達は、純な老処女や、強い余女が心のどこかに持っている希望という「玉」を、今や失いかけているのではないでしょうか。
負け犬から希望を奪っているのは、自らのドロドロ体験ばかりではありません、日本においては、結婚と幸福との結びつきがあまりにも希薄なのです。



本書は、2009年6月講談社より単行本として刊行。



私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

日中韓の負け犬調査という観点は面白い。数十年前の日本を思わせるまだまだ純粋な韓国の負け犬達、強気一辺倒でこんな女性たちと結婚する男性がいるとは思えないような上海の負け犬達の対談には驚かされる。

後述のアンケート結果は、見事に3国の差違を表していて、近いようで遠い国を思わせる。

ベタ褒めの解説で「中国は産み出した儒教をあっさり輸出して忘れてしまった」というようなことを上野千鶴子さんが言っていた。韓国はまだその影響下にあるようだ。
もはや「儒教」には縁がない生活をしている私には、儒教という切り口はちょっとピンとこない。未だに「女の子らしくしなさい!」という言葉で柔らかくからまれている日本女性には根っこのところにはその影響が残っているのだろう。しかし、影響の大きさからいえば日本女性にはもはや儒教よりアメリカの影響の方が圧倒的だ。芯のところは慎ましくやさしい日本女性もいずれ「セックス・アンド・シティ」のようになってしまうのは身勝手な男性としては哀しい。

酒井順子の略歴と既読本リスト



インターネット調査結果

独り暮らし率  東京 40%、ソウル27%、上海25%
同棲率     東京 7%、ソウル 2%、上海11%
交際率     東京42%、ソウル48%、上海69%
彼と結婚希望  東京53%、ソウル52%、上海73%
二人旅行経験 東京72%、ソウル59%、上海65%
同棲経験有り  東京31%、ソウル12%、上海40%
結婚前SEX良 東京94%、ソウル74%、上海48%
異性数     東京4.6人、ソウル3.4人、上海2.4人
不倫経験    東京39%、ソウル27%、上海7%
親親戚からの結婚圧力
        東京45%、ソウル50%、上海72%
夫にリードしてもらいたい
        東京43%、ソウル21%、上海9%

東京の負け犬は、色々な人と付き合ってはきたけれど今は恋人がいない、もしくは恋人がいたとしても何となくつきあっている。一人暮らしなのでセックスは割りと誰とでもやってしまい、不倫も経験あります、というイメージ。


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