ドナ・タート著『ゴールドフィンチ 1~4』(2016年、1:6月20日、2,3:7月20日、4:8月20日河出書房新社発行)を読んだ。
11年ぶりの著者第3作で、ピューリツァー賞(フィクション部門)を受賞した全4巻の長篇小説。
原題は ” The Goldfinch ”。
1巻の口絵は、カレル・ファブリティウス(オランダ)による『ごしきひわ』(The Goldfinch,1654年)の油絵の写真。鎖につながれた鳥のゴールドフィンチ(ゴシキヒワ)が給餌器の上に止まっている。この絵画は現在ハーグのマウリッツハイス美術館に展示されている。作者のファブリチウスはこれを描いた年にデルフトの火薬工場爆発で死んだ。
1巻
冒頭は、27歳の主人公のシオドア・デッカー(テオ)がクリスマスを間近に控えたアムステルダムのホテルに一週間あまり、こもりっぱなしになっていて、何らかの事件に関わり、面倒に巻き込まれて、怖れている場面から始まる。
それは、14年前の4月10日、テオが13歳の時、ニューヨークで起こった。学友のトム・ケーブルと共に多くの悪さをしていたテオは、吸っていないのに喫煙したとして、母・オードリーと2人、学校の会議に呼び出された。11時半からの会議の前に、母はテオを連れて美術館に寄る。母が息子に見せたかったのは、レンブラントの弟子でフェルメールの師匠のファブリティウスが描いた絵「ゴシキヒワ(ゴールドフィンチ)」だ。しかし、テオは白髪の老人と一緒の鮮やかな赤毛の女の子が気になっていた。彼女に話しかけたかったテオは、さっきいた部屋に戻るという母と別れて、そこに留まった。その直後、爆破テロが起きた。
頭を強く打って朦朧となりながら死ななかったテオは、必死で母を探す。赤毛の少女と一緒だったウェルティと名乗る瀕死の老人は、ファブリティウスの絵画「ゴシキヒワ」を持ち出すよう頼む。さらに、指輪を押し付け、緑色のベルを押してホービーに店から出るように言ってくれと頼む。爆発跡の中をさまよい、母は見つからなかったが、何とか美術館から出て、自宅に戻った。そこに母はおらず、死亡したことを知る。すでに数ヶ月前に父親が家を出て行っていたので、テオは、いったん、友人・アンディの家・バーバー家に預けられる。バーバー家は裕福で、サマンサ(バーバー夫人)は上品で冷静な人で、常に落ち着いていた。その他、ちょっと変わり者のご主人と、意地悪い兄・プラットは大学へ行っていて不在だったが、オタクなアンディと、妹のキッツィと7歳のトディが居た。
やがてテオは、白髪の老人・ウェルティが遺した〈ホバート&ブラックウェル〉〈緑色のベルを鳴らしてくれ〉という言葉から骨董店を見つけた。老人の共同経営者・ホービーに歓迎され、赤毛の少女ピッパも大ケガを負ったが助かったと分かる。ホービーから骨董家具の修理を学び、傷ついた心も落ち着いたころ、唯一の肉親となった父親と愛人のザンドラが現れ、テオは名画「ゴシキヒワ」を隠し持ったまま、ラスベガスへ連れていかれた。
2巻
ラスベガスの学校でできた唯一の友人がボリスだった。彼はテオを、ハリー・ポッターを思い出させるニューヨーク風の身なりのせいで「ポッター」と呼んだ。ボリスは父親・パヴリコフスキーに連れられて世界中を渡り歩き、大変な暮らしを経験したタフな奴で、2人で麻薬など悪いことをさんざんやった。ボリスはコトゥクを彼女にする。
その後、テオはラスベガスを脱出し、ニューヨークに戻り、ホービーとピッパと再会する。頭の良いテオは早期大学プログラム試験に合格する。見事な修理の腕を持つホービーに代り、まだ17歳のテオは客をだましてでも家具を売りつけて、店を立て直す。そして、悩みの種である隠し持った絵の保管倉庫を探す。
3巻
8年後、テオは大学を出て、ホービーの骨董店・ホバート&ブラックウェルで働いていた。街で偶然であったプラットからアンディの消息を聞いた。ヒッパはエヴェレットという青年と結婚していた。テオは詐欺まがいの行為で店の赤字を解消するのだが、謎のルシアス・リーヴに苦情を言われ、それとなくあの絵画の行方を尋ねられる。
この頃、テオは母親の死は自分のせいだという思いと、名画を盗み持っていることへの不安で、なんとかやってはいたが、内情はドラッグ漬けだった。そして、かっての悪友のボリスに出会う。彼は驚くべきことを告白する。
テオはキッツィと婚約したのだが、…。
4巻 略
後半はテオとボリスの活劇シーンがたっぷり。
善は必ずしも善行の結果として起こるものではないし、悪行は必ずしも悪から生じるものではないってことだからな。(p166)
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
なぜ老人は死を覚悟した中で、値もつけられないような貴重な絵をテオに満ち出すように迫ったのか? テオは絵を無事に保持し、処理できるのか? 本来は頭脳優秀なテオはドラッグ漬けから抜け出されるのか?
明るく自由な母親、自堕落な元俳優の父、悪友で奔放な友人のボリス、テオが心に秘め続けたピッパ、情け深く包み込む家具職人のホービー。長所も短所も共に懐深い多様な人々のエピソードに囲まれた濃厚なドラマ。
長いが、面白く、十分楽しんで、読める。
しかし、冗長とは言えないが、長すぎる。原文で771頁、翻訳も大部の4巻。例えば、テロで爆発の後の記述が30頁ほど続く。美術と骨董の解説もあまりにも多く登場する。ドラッグでおかしくなった状態での周囲の模様や夢の記述が延々と続く。ともかく、一つ一つが長い。濃厚で腹いっぱいの米国料理。
ドナ・タート Donna Tartt
1963年、ミシシッピ州グリーンウッド生まれ。作家、エッセイスト、批評家。
1981年ミシシッピー大学入学、1982年にバ―モンド州のベニントン・カレッジに移籍。1986年卒業。
1992年の処女作『シークレット・ヒストリー』でデビュー、世界的ベストセラーに。2002年10年ぶりの『ひそやかな復讐』で2003年W.H.スミス文学賞受賞。
2014年さらに11年ぶりの3作目の本書『ゴールドフィンチ』でピューリツァー賞(フィクション部門)受賞、『タイム』誌「最も影響力のある100人」に選出。
岡真知子
翻訳家。東京藝術大学講師。
訳書に、ドナ・タート『ひそやかな復讐』、アリス・ホフマン『七番目の天国』、バーバラ・T・ブラッドフォード『運命の貴公子』、セバスティアン・フォークス『シャーロット・グレイ』など。