白尾悠著『サード・キッチン』(河出文庫し31-1、2022年11月20日河出書房新社発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
念願叶ってアメリカの大学に留学するも、英会話がままならずひとりぼっちの尚美は、ある日、人種や性別などあらゆるマイノリティが集う特別な学生食堂に招かれる。手作りの多国籍な料理に癒されると同時に、自らに潜む偏見や差別意識に気付いた尚美は初めて自分と深く向き合う―――時に傷つき、傷つけながらも仲間と支えあい前へ進む姿に感涙する、青春小説の傑作! ◎解説=柚木麻子
進学校の都立高校に通う加藤尚美は英語が好きで留学を夢見ていたが、シングルマザーの家庭では無理だった。留学支援基金を受験するが、惜しくも届かなかった。そんな中、祖父にお世話になったという老女・山村久子さんから資金援助の話があり、1998年、高校を卒業した尚美は、アメリカの大学に留学する。
日本で十二分に英語を勉強したのだったが、米国の大学で英語が一番話せないのは尚美だった。他の留学生は英語が公用語の国からだったり、現地のインターナショナルスクール出身者や帰国子女だった。同室のクレアは、当初は話を聞こうと努力してくれたが、まもなく会話もなくなった。
英会話もおぼつかず、他人の意向を無視して強引にふるまうことができない尚美は、友人もなく図書館で勉強するだけの孤独な日々を過ごし、どんどんネガティブになっていった。(夢の留学の厳しい現実)
隣室のアンドレアに誘われて学生が共同で運営する食堂「サード・キッチン・コープ」に誘われる。そこは様々なマイノリティが集うセーフゾーン(安全地帯)だった
はっきりとは見えない形の人種・貧富差による差別、逆差別だという反論、LGBTへの反感の中で、気を張りすぎてもがき、一方で尚美自身も自分中の無意識の差別に気付く。
サード・キッチンに参加する中で友人もできて視野を広げ、資金援助してくれた久子との約束のため全科目Aを目指し勉学を続ける。
本書は2020年単行本として刊行。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
日常の具体的行動が描かれているので、この本を読むと、米国大学の留学を疑似体験しているような気分になれる。
尚美も日本ではTOEFLが600など超優秀な成績だったのに、米国の田舎から出てきた学生や、各国からの癖のある英語を話す学生のなかでは、ほとんど会話が成立しない。
しかし、本書の中で尚美も、善良・リッチ・白人の親切な友のわかりやすい話し方も、自分を子供のような存在と見下していると感じるようになって、癇に障るようになった(p299)。そして、思う(p301)。
この国のマジョリティは“他者”とみなした人を永遠に内側にいれない。同じ立場に立つこともない。一見“フレンドリー”な外面の下で、いくつもの“他者”専用マスクを用意して、決して素のままの、同じ人間として見てくれることはないのだ。ひょっとしたら本人たちさえ気付かない、永遠に消えることのない壁がそこにはある。
著者はインタビューの中で語っている。
マイノリティの立場について考えることやダイバーシティを学ぶことって、堅苦しく考える必要はなくて、単純に『自分と全然違う人と知り合うのは、すごく面白い』ということが伝わったら嬉しいです。
白尾悠(しらお・はるか)
神奈川県生まれ、東京育ち。米国の大学を卒業後、帰国し、映画関連会社勤務等を経てフリーのデジタルコンテンツ・プロデューサー、マーケター。
2017年R-18文学賞大賞&読者賞受賞
2018年受賞作を収録した『いまは、空しか見えない』でデビュー。
他に『ゴールドサンセット』、本書『サード・キッチン』は初の長編小説
リベラルアーツ・カレッジ:自然科学・人文科学・社会科学にわたる諸分野の教養を身に着けることに重きを置く、全寮制・少人数性の大学。大学院進学率は高いが、大学院は持たない。
ユニバーシティ:総合大学、大学院を持つ。