綿矢りさ『私をくいとめて』(2017年1月30日朝日新聞出版発行)を読んだ。
宣伝文句は以下。
黒田みつ子、もうすぐ33歳。一人で生きていくことに、なんの抵抗もない。だって、私の脳内には、完璧な答えを教えてくれる「A」がいるんだから。
私やっぱり、あの人のこと好きなのかな。でも、いつもと違う行動をして、何かが決定的に変わってしまうのがこわいんだ―。
感情が揺れ動かないように、「おひとりさま」を満喫する、みつ子の圧倒的な日常に、共感必至! 同世代の気持ちを描き続けてきた、綿矢りさの真骨頂。初の新聞連載。
冒頭の合羽橋での「食品サンプル作りの一日体験講座」からの帰り道で、会話が始まる。
・・・会話だけど、声は出てない。話し相手は私の頭の中に住んでいる。・・・
「私の趣味って暗すぎると思う? 孤独なりにも、もっと有意義な休日の過ごし方があった? 正直に答えてよ、A」
「良い時間の過ごし方だったと思いますよ、楽しんでいらしたし」
Aが私をさりげなく気遣う口調になる。
Aは私の気持ちを察するのがうまい。当たり前だ、Aはもう一人の私なのだから。
全編を通して、このみつ子とAとの会話は続く。
みつ子の過去のどうしょうもない恋愛の経緯、多田くんとの出会い、イタリア旅行、ディズニーランドでのダブルデートなどと続く。
漫画一面の表紙は、わたせせいぞう作。
初出:朝日新聞2016年4月1日~12月16日
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
最近の綿矢さんの作品の中では良くできている。筋としては平凡だが、独り言の相手のAをはっきり取り出したのが正解で、綿矢さんの細かい感情の揺れを表現しやすくしている。
イタリア旅行がただ挿入されているとの感がある。イタリアの濃密な家庭を見たことがその後に直接生きているという筋書きにはできなかったのだろうか。
相変わらず、文章は上手く、若者表現?もおじいさんには魅力だ。
なのに会社の男性たちは新しく入荷される、ナムコ・ナンジャタウンのスイーツフェアに並びそうな ”ひんやり夏ジュレフルーツパフェ” や ”ベリーベリーぷるるんゼリー” またはイオンのフードコートに入ってる店のメニューにありそうな ”鉄板じゅうじゅう焼き肉” や ”目玉焼きのせデミグラスソースハンバーグ” みたいな女の子たちばかりに魅(ひ)かれ、しょっちゅう彼女たちの噂をしている。(p.33)
男女の機微、会社社会にも巧みな表現がある。例えば、
でも男の人は暗くなりそうな話題になると、とにかく明るい景気の良い話題をしぼり出してきて雰囲気変えて忘れちゃうってことがある。男女カップルだと、『私が悩みを話してるのに、すぐ話題変えて全然真剣に考えてくれてない』って女の子のほうが怒り出しちゃうが、男同士だと案外スムーズに成り立つ。(p.50)
辛い顔していないと頑張ってないと思われる日本社会は、息苦しい。仕事をエンジョイしているうちはまだまだ序の口と思われて、次々と新しい仕事が降って来る。(p122)
綿矢りさ(わたや・りさ)
1984年、京都市生まれ。
2001年、高校生のとき『インストール』で文芸賞受賞、を受けて作家デビュー。
2004年、『蹴りたい背中』で、芥川賞を史上最年少で受賞。
2006年、早稲田大教育学部国語国文学科卒業。
2007年、『夢を与える』
2010年、『 勝手にふるえてろ』
2011年『かわいそうだね?』 で大江健三郎賞受賞
2012年、『しょうがの味は熱い』、『ひらいて』
2013年、『大地のゲーム』、『憤死』
2014年、結婚
2015年、『ウォーク・イン・クローゼット』
2016年、『手のひらの京』
登場人物
黒田みつ子:「一人で生き続けていくことになんの抵抗もない」一人暮らしの32歳。
A:みつ子の脳内にいる独り言相手。AはanswerのA。
多田くん:みつ子の会社の取引先の営業マン。みつ子の近所に住み、ときどき余った総菜をもらう。
ノゾミ:みつ子の会社の先輩で独身。
片桐直貴(なおき):真性イケメンで身長183cmだが、悪趣味な服装。ノゾミさんはカーターと呼ぶ。
皐月:みつ子の大学時代の友達。イタリア・ローマへ行き、結婚して暮らす。