10月31日は私にとって忘れられぬ大切な日であります。
ブログを書き始めてから私は亡き母のことについて書き込むことが多いのですが、今日は私の亡き父の祥月命日にあたります、早いもので18回忌を迎えました。
第3段階aでは時々私の父との親子関係についてお話しすることもあります。
その自慢の父は66歳の若さで、くも膜下出血で7日間の集中治療室の甲斐も無くこの世を去ったのが10月31日でした。
その7日前久しぶりに実家に帰り親子水入らずの時間を過ごしました、私がヒーラーとして本格的に活動する少し前のことだと思います。
若かりし頃、陸軍中尉だった父は優しさと厳しさの両面を持つ、実業の世界で活躍した立派な存在でした。
若かりし頃の父は良く子供を(特に私を)鉄拳指導しました、そのころは恐ろしい恐怖の存在でしたが、今となればそんなことさえも懐かしい話でその後の私の人生に大きな影響を与えてくれたのは父親だと思います。
この頃の父は好好爺さんで孫の顔を見て微笑みを絶やさない、親戚や身内から親しまれる存在に変貌していました。
夕食を終えてそれぞれの部屋に戻り寛いでいた時でした、暫くして突然に母の「御父さん」と言う叫び声です・・・。
誰よりも早くそばに行き介抱して緊急で病院に搬送しました、入院した病院で処置をして緊急の手術です・・・長い待ち時間でした。
その後、他界するまでの7日間は集中治療室で一度も目を開けることなく、時が流れていきました。
この間、ヒーラーである私は父と手を通して交流する貴重な経験をしたことを覚えています。
握り合い、触れ合い父の不安な心が読み取れます、大丈夫心配しなくて良いからと手を通して伝えると安心した波動が伝わります、それは手を通して会話をしているようでした。
手術後の頭についた管を嫌がり無意識に手で抜こうとします、尿管を付け替えようとすると看護師さんの手を振り払おうとしていました。
嫌がるそぶりをしながらも、必死に生きようとしている力強い父の姿を見ました。
7日目の朝の検診時間前でした、所定の器具の故障が発生して緊急で器具の交換をしていた時でした、急に息ずかいが荒くなり緊急の処置をしましたが残念ながら
家族全員に見守られて光の世界に還りました。
その時でした、私が人体から霊魂が抜ける瞬間を見ることの出来た、かけがえの無い「尊い経験」をしたのを鮮明に記憶しております、その眩しさは徳の高い人に顕れる現象と後で学びました。
あれから、18年の時が流れました今では「生きる事の尊さ」をライフワークのレイキのご指導させていただきながらお伝えています。
あの時の出来事をしっかり自分の内側に焼き付けながら、私はレイキエネルギーを通して人の生きる喜びを分ち合える使命に生きています。
あの夜家族団らの時御父さんに話したレイキヒーラーとなり活動しております、と光の世界の父に伝えようと思います。
10月31日、忘れられない日に胸の中にいる大切な父を想いながら(合掌)
ブログを書き始めてから私は亡き母のことについて書き込むことが多いのですが、今日は私の亡き父の祥月命日にあたります、早いもので18回忌を迎えました。
第3段階aでは時々私の父との親子関係についてお話しすることもあります。
その自慢の父は66歳の若さで、くも膜下出血で7日間の集中治療室の甲斐も無くこの世を去ったのが10月31日でした。
その7日前久しぶりに実家に帰り親子水入らずの時間を過ごしました、私がヒーラーとして本格的に活動する少し前のことだと思います。
若かりし頃、陸軍中尉だった父は優しさと厳しさの両面を持つ、実業の世界で活躍した立派な存在でした。
若かりし頃の父は良く子供を(特に私を)鉄拳指導しました、そのころは恐ろしい恐怖の存在でしたが、今となればそんなことさえも懐かしい話でその後の私の人生に大きな影響を与えてくれたのは父親だと思います。
この頃の父は好好爺さんで孫の顔を見て微笑みを絶やさない、親戚や身内から親しまれる存在に変貌していました。
夕食を終えてそれぞれの部屋に戻り寛いでいた時でした、暫くして突然に母の「御父さん」と言う叫び声です・・・。
誰よりも早くそばに行き介抱して緊急で病院に搬送しました、入院した病院で処置をして緊急の手術です・・・長い待ち時間でした。
その後、他界するまでの7日間は集中治療室で一度も目を開けることなく、時が流れていきました。
この間、ヒーラーである私は父と手を通して交流する貴重な経験をしたことを覚えています。
握り合い、触れ合い父の不安な心が読み取れます、大丈夫心配しなくて良いからと手を通して伝えると安心した波動が伝わります、それは手を通して会話をしているようでした。
手術後の頭についた管を嫌がり無意識に手で抜こうとします、尿管を付け替えようとすると看護師さんの手を振り払おうとしていました。
嫌がるそぶりをしながらも、必死に生きようとしている力強い父の姿を見ました。
7日目の朝の検診時間前でした、所定の器具の故障が発生して緊急で器具の交換をしていた時でした、急に息ずかいが荒くなり緊急の処置をしましたが残念ながら
家族全員に見守られて光の世界に還りました。
その時でした、私が人体から霊魂が抜ける瞬間を見ることの出来た、かけがえの無い「尊い経験」をしたのを鮮明に記憶しております、その眩しさは徳の高い人に顕れる現象と後で学びました。
あれから、18年の時が流れました今では「生きる事の尊さ」をライフワークのレイキのご指導させていただきながらお伝えています。
あの時の出来事をしっかり自分の内側に焼き付けながら、私はレイキエネルギーを通して人の生きる喜びを分ち合える使命に生きています。
あの夜家族団らの時御父さんに話したレイキヒーラーとなり活動しております、と光の世界の父に伝えようと思います。
10月31日、忘れられない日に胸の中にいる大切な父を想いながら(合掌)