一月も今日で終わり
寒中見舞いに友人がこんな句を新聞から拾ったと言って送ってきた
元旦やすぐにも来るぞ大晦日
全くその通り!!うまく詠んだものだ。
が、きっと
この作者は心配性なんだろうな、と思う。
せっかく新しい年が始まったばかりなのに
もう早々とすぎていく一年を憂い
「今年もあっという間だった」
と大晦日に後悔しないようにしなくっちゃ、という気持ちが見て取れる。
元旦や365日の福袋
・・・わたしならこんな感じかな。
ところで
明日から二月
節分が来て
立春になる。
節分が近づくと必ず思い出してしまう絵本2冊
「泣いた赤鬼」
「おにたの帽子」
二冊とも鬼を邪悪なものとしてではなく
深い愛の持ち主として描いている。
鬼を一方的に「祓う」対象にすることを考えさせられる絵本だ。
私は日本の季節の行事が大好きだから
「節分」の豆撒き、追儺の儀式を欠かすことなく続けている。
けれど、
心のどこかに
「人間にもいろいろいるように鬼にもいろいろいるのにな」
という〝おにた″の言葉が心に響いて
強く「鬼は外」が言えない。
そして
言えない自分でいいと思っている。
山凍る 追われた鬼はどのあたり 尚女
尚女は友人
ふと鬼を気遣う優しさが好きだ。
・・・でも
あくまでも気遣うだけ。
だから、どうしようという前向きさはない。
そこへいくと次の短歌にはそれなりの行動が伴っている。
幼子は「泣いた赤鬼」読みしより手加減をする節分の豆 俵万智
こんな人間としての優しさも
季節の行事と共に子供たちに伝えたいなぁと思う。
で、私自身はといえば
良いも悪いも何でも来い!!…ぐらいの気合でいたいから
そして何かを阻害するということをしたくないから
今年も豆打つ時には
「福は内 福は内」 「福は内 福内」「福は内 鬼も内」
と言うことにしよう。(本当は「鬼は外 福は内」を三回唱えてピシャリと戸を閉めるのである)
他人と違ったっていいじゃない!!
己の気持ちが納得する方を実践するまでのこと!!
だから何 いろいろあるでしょ鬼も内
である。