岐阜県中津川市の風神神社へ詣でてきた。
名前すら知らなかったこの神社に参拝したのは「数霊」の深田剛史のメッセージがきっかけだった。
「大金が必要なら天河神社へ、小金が必要なら風神神社へ」とあるメッセージに書いてあったのを目にしたのだ。お金はいつだって必要である。大金も小金も何でも欲しい・・・と、欲張ってはいけないのかな???
まっ、今すぐに何かにお金が必要と言う訳ではないのだが、10月に天河へ参拝することが決まっている私は、なぜかその前に風神神社へ行って来なければ・・・と思ってしまったのだ。
中央高速を恵那インターでおり、それから東(?)へ車で約30分、「これぞ日本のよき時代の農村風景」というような村を通り過ぎて、阿木川沿いをのぼって行く。鬱蒼とした山道はだんだんと細くなり、なんだか心細くなるような気配なのだが、しかし、近づくにつれて嬉しくて涙が出そうになってきた。それがなぜだかはもちろんわからない。
どんな所なのか、何の神様なのか、全く予備知識もなしに尋ねてしまったのだが、なんと、そこは、まさしく風神様のお社だった。
鳥居の前にも、奥社にも風穴があるのだ。
特に奥社の磐座(いわくら)の前の風穴は大きく、ご神木に囲まれたその場は特別な気配があり、その場にいるとエネルギーが違いすぎるせいか、頭痛さえしてきた。
風穴自体は柵で囲まれており、すぐ近くへは行くことはできなかったが、柵の前では自ずとひざまづきたくなり、ひざまづいて目を閉じ、祈りをささげれば、涙がとどめなく流れて出た。そして、口をついて出てきた言葉は、ただただ「ありがとうございます」のみであった。
参拝のしおりによれば、御祭神は天御柱神(あめのみはしらのかみ)、国御柱神(くにのみはしらのかみ)で、宇宙空間の大気全体を支配する神で、人間はもとより万物にいたるまで、この大神の恩徳に依らない者はないとのことである。
私がなぜ、此処へ招かれたのかはわからない。けれど、確実に分かっているのは、此処を参拝させていただいた後、私の心がとても清々しく、なんとも言えぬ幸せと喜びに満ちていたということである。
そして、そのあと、いろいろなプレゼントを頂いたという事もつけたしておく。
名前すら知らなかったこの神社に参拝したのは「数霊」の深田剛史のメッセージがきっかけだった。
「大金が必要なら天河神社へ、小金が必要なら風神神社へ」とあるメッセージに書いてあったのを目にしたのだ。お金はいつだって必要である。大金も小金も何でも欲しい・・・と、欲張ってはいけないのかな???
まっ、今すぐに何かにお金が必要と言う訳ではないのだが、10月に天河へ参拝することが決まっている私は、なぜかその前に風神神社へ行って来なければ・・・と思ってしまったのだ。
中央高速を恵那インターでおり、それから東(?)へ車で約30分、「これぞ日本のよき時代の農村風景」というような村を通り過ぎて、阿木川沿いをのぼって行く。鬱蒼とした山道はだんだんと細くなり、なんだか心細くなるような気配なのだが、しかし、近づくにつれて嬉しくて涙が出そうになってきた。それがなぜだかはもちろんわからない。
どんな所なのか、何の神様なのか、全く予備知識もなしに尋ねてしまったのだが、なんと、そこは、まさしく風神様のお社だった。
鳥居の前にも、奥社にも風穴があるのだ。
特に奥社の磐座(いわくら)の前の風穴は大きく、ご神木に囲まれたその場は特別な気配があり、その場にいるとエネルギーが違いすぎるせいか、頭痛さえしてきた。
風穴自体は柵で囲まれており、すぐ近くへは行くことはできなかったが、柵の前では自ずとひざまづきたくなり、ひざまづいて目を閉じ、祈りをささげれば、涙がとどめなく流れて出た。そして、口をついて出てきた言葉は、ただただ「ありがとうございます」のみであった。
参拝のしおりによれば、御祭神は天御柱神(あめのみはしらのかみ)、国御柱神(くにのみはしらのかみ)で、宇宙空間の大気全体を支配する神で、人間はもとより万物にいたるまで、この大神の恩徳に依らない者はないとのことである。
私がなぜ、此処へ招かれたのかはわからない。けれど、確実に分かっているのは、此処を参拝させていただいた後、私の心がとても清々しく、なんとも言えぬ幸せと喜びに満ちていたということである。
そして、そのあと、いろいろなプレゼントを頂いたという事もつけたしておく。