はげまるのぶら~り日記

横浜の渋い空間散策日記

異国情緒あふれる港町横浜 (519)  鳩の街

2019-05-18 16:19:47 | 日記

前回の散策の続編であります 

  

 

だい満足の一杯一服休憩が終わり

さーて、また次の散策に行くぞー

 

 

はい、旭屋さんの住所がわかる

埼玉屋ファンの人
もしこの辺りに行ったら
埼玉屋さん風蕎麦屋さんに行ってくださいね

☆☆☆さんが
「次の散策場所まで歩いても行けますが
タクシーでも拾って行きますかー」
なぁんて優しいお言葉をくれた

矢◯会長とはげまる二人は
ニタリ顔で
「隊長!   は〜〜〜い」

 

 

場所は「鳩の街」

☆☆☆さんの話によると

その昔赤線地帯であったそうである 


テナ事で手抜きして
ここで参考資料

鳩の街(はとのまち)は現在の東京都墨田区向島東向島の境界付近にあった赤線地帯。

地理的に「玉の井」と近く、1kmほどの距離である。

太平洋戦争末期に、東京大空襲で玉の井を焼け出された業者が何軒か、

この地で開業したのが始まりという。終戦直後は、

米軍兵士の慰安施設として出発したが、

兵士が性病に感染することが多いため、1946年(昭和21年)に

米兵の立ち入りが禁止された。

その後、日本人相手の特殊飲食店街(赤線)として発展した。

この街の店舗は、警察の指導でカフェー風に作られた。

1952年(昭和27年)当時は、娼家が108軒、

接客する女性が298人いたという。

また、吉行淳之介の小説「原色の街」の舞台となった。

さらに、永井荷風がこの地を舞台に戯曲「渡り鳥いつかへる」

「春情鳩の街」を書いている。

これらの荷風の2作品は、久保田万太郎の手により構成され

「『春情鳩の街』より渡り鳥いつ帰る」として映画化され、

森繁久弥田中絹代高峰秀子岡田茉莉子らが出演した。

玉の井と同様に、この街も訪れる作家や芸能人が多く、

吉行や荷風の他、安岡章太郎三浦朱門近藤啓太郎小沢昭一などが、

出入りしたことが知られている

また、女優・歌手の木の実ナナがこの地で生まれ育ったことで有名である。

1958年(昭和33年)4月1日に売春防止法が完全施行され、

すべての業者が廃業。最終日の3月31日には「蛍の光」を流して別れを惜しんだ。

[1]跡地は商店街やアパートなどの住宅となった。

現在でも、商店街の裏に入ると色タイルを貼った娼家風の建物が多少残っているが[2]

老朽化による建て替えや改築により、それらも少なくなった。

また、今も、商店街や道路の名称として「鳩の街」の名は残っている。

商店街は、下町らしい活気のある街であったが、

現在はシャッターを下ろした店が多い。

  

 なぁんて事が判明した

こりゃ〜  いいぞいいぞ
なにしろ☆☆☆さんとの散策には
欠かせない散策
①遊郭跡
②トタンベニヤ、古い昭和家屋
③戦前からある公衆便所
の一つであるから

エィエィオーーーー
*\(^o^)/*

 

のんびりと商店街を歩いて行く

 

 

庇の上あたりが横浜の真金町他

いろいろな遊郭跡によく見られる

昭和の時代のカフェの形であるな

 

 

大型連休中だからかもしれないが

やたらと店のシャッターが閉まっている

廃業してしまった店も多いのかもなぁ

  

 

コメントは控えてどんどん歩いて行く

 

  

 

おー

井戸があるぞ

いまだに使っている井戸なんて

久しぶりに見たぞー

よ〜〜し
久しぶりにギッコンギッコンとやって
冷たい井戸水でハゲ頭でも拭いてみるか、

なんて思ったら☆☆☆さんと矢◯会長さんは
どんどん先に歩いて行ってるみたいである

  

  

残念無念で井戸水はあきらめて

早足で二人の後を追って行った

 

  

 

 

横の路地を撮す 

  

  

振り返って商店街を撮る


 

また裏路地に入ってうろちょろすると

昔の遊郭跡の痕跡を残している 

 円形の柱があった

おーあったあったぞ〜
なんて独り言をつぶやいたりする

 

 

商店街を歩いて行く 

  

 

昭和そのままの煙草屋

 

 

 おー   凄い建物が見えてきた

  

 

二階の窓辺りの形が遊郭跡風である 

 

 

その建物の横路地を入ってみる事にした

 

 

昭和2年に建てられたカフェ

なんて書いてあるのが凄いなぁ〜

 

 

その横路地にある建物が凄い 

  

 

こりゃ〜 完璧完璧な遊郭跡(カフェ)だぞ!

 

  

 

スゲーーーー

はげまるが昨年ひとりで向島やら玉の井遊郭跡を

散策した時はほとんど遊郭跡の形跡が

残ってなくてがっかりしたが
この辺りにはまだ残っていて
☆☆☆さんとはげまるは
カメラのシャッターを沢山押した
  

 

矢◯会長さんははげまると同じく

銀塩カメラ(フィルム)時代からの

カメラマニアであり、

今回はぬぁんとぬぁん

GRのフィルムカメラ持参である


 

 今回の散策、はげまるの写真の多くは

GRのデジタルカメラGRD IIIで撮影した

そう、GRはフィルムカメラから

デジタルカメラになろうと

昔からズームなんて無い28ミリ単焦点レンズ

この頑固さが頑固じじぃに受けるのかもしれない

 

   

 

 その建物裏にあった遊郭跡風な建物

 

 

裏通りの横道あたりで見つけた

遊郭跡風渋い窓枠と円筒形の柱 

 

 

 庇あたりは完全な遊郭跡であるな

 

 

ほらねー

完璧完璧

裏通りは遊郭跡建物の宝庫であり

こりゃ〜〜  たまらんたまらん  





庇の下のタイルも完璧遊郭跡だ

 

 

散策ついでに得意分野のトタンでも撮るか〜

 

  

 

トタンのまだら風錆具合も完璧であるな

(写真はわざと右に反転した)

 

 

 にゃんちゃん

 

  

  

 

 また表通りの商店街に出てみる

 

 

また横路地に入って写真を撮る

  

 

 たまらんたまらんなぁ

  

 

敬老パスを持っているはげまるである

お迎えが来るまでクソ根性だして

ちょろちょろ動くしか無いのだ

そう、ヨタヨタしか動けない日は

絶対来るのである

  

 

また、表通りに出て商店街を歩いて行く 


 

完璧昭和している渋さ満点の建物 

 

 

そろそろ商店街の出口あたりである

 

 

鳩の街は昭和30年あたりに

建てられた建物が多くて感動モノであった
☆☆☆さんに感謝であるな

 

 

出口にあった酒屋さん


 

お見事! 

 

 

鳩の街を後にした矢◯会長とはげまるは

またまた☆☆☆さんの後ろから

金魚の糞みたいにトコトコと付いて行く 



 

神社があったのでとりあえず
三人は中に入って行った



 

 

神社の外から二人を撮るはげまる

 

☆☆☆添乗員さんは本当にスゲーなぁ

なんたってgoogle earthで下見して

いるんだもん 

 

 

 ただただ感謝である

  

   

 

また神社があったが

そろそろ夕方が近づいてきている

神社なんか入っている暇はねぇんだ

(一杯飲みたい一心で)

「早く次行きましょう!」

なんて矢◯会長とはげまるが

☆☆☆さんをせかす

 

 

 ここあたりが今日の散策の最後みたいである

   

 

☆☆☆さんが

観光パスの添乗員さんみたいに

「この辺りは最近ではほとんど

見かけなくなってきた

昭和の木造アパートが軒を連ねるてますよ」 

 

 

それにしても凄いなぁ

  

 

まだ、人が住んでいるみたいであり

凄く嬉しくなった 

  

 

今回散策の最後を飾るにふさわしい

写真を撮り終えて三人は

さーて

どこいらあたりで酒盛りやりますかー

 

 

なぁんてテキトーなパス停留所まで三人は

歩く事にした

5月の子供の日の鯉のぼりが集団で

柔らかな風にたなびいている 

 

 

パスで日暮里駅まで行き

渋い昭和風の店を探してみたが

まったく見つからない、
テナ事で日暮里駅からJRに乗り
大井町あたりで一杯やる案が
急遽決定!



日暮里駅の京成線の乗り換え通路が
たまらなく昭和している




なぁんて
楽しいクタクタな散策は終了して
いざ大井町!

わーー🍶ーーい。




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