はげまるのぶら~り日記

横浜の渋い空間散策日記

異国情緒あふれる港町  B級横浜散(457)  青春の想い出 ビル・エバンス

2019-05-21 14:01:02 | 日記








みなさんBILL Evansてジャスピアニスト
知ってますか?

はげまるが若い頃 
初めてエバンスを聴いた時に
美しく刺激的な音にしびれてしまい
それ以来今日までずーっと
聴いているビル・エバンスの映画が
上映されているよー
なぁんて仲間から聞いて
早速行ってみる事にした




伊勢佐木町通りと並行している
「親不孝通り」にスゲー昔からある
横浜シネマリン





横浜シネマリンも凄いが
「親不孝通り」なぁんて名前も凄い、
「親不孝通り」をどんどん黄金町方面に
歩いていくと楽しい昭和の時代
男なら泣いて喜ぶ青線があった
「曙町」である






そういえば、「若葉町」なんかも凄かった、

「若葉町」をまたまた
黄金町方面に歩いていくと
立ちんぼの(カカシではねぇぞ)
美形の外人女性たちが
角角に立っていて片言の日本語で
「ソコノハゲノオジサ〜ン
イチマンハッセンエ〜ン」
なぁんて声か飛んできた

なぁんて話を聞いた事がある

その「若葉町」をもっとどんどん歩いていくと
大柄で美形のオカマさんたちが
よく角角に立っていて
酔っ払たオジサンが女と間違えて
連れ込みホテルに入って
びっくりしたなぁ〜もぅ

なぁんて話を聞いた事がある




はっ、と我に返って
話を本題のエバンスに戻す事にする

上映20分前ぐらいに撮った写真
そこそこ若い人達もいるが
はげまる世代ぽい人達もいて
少し安心するなぁ




なみにはげまるは
どこの馬の骨工学院を出てから
電気会社に勤めていたのであるが
エバンスのピアノコードサウンドの
秘密を知りたくて会社を辞めて
音楽学校に行き
また会社に勤めてみたり
また会社を辞めたり八転び七転び
(起き上がらない)

もぅ〜たいへんなんですから〜

現在も
どこの馬の骨ミュージシャンとして
細々と埼玉屋に通いながら
生きのびているのである

人間元気に生きのびられるのが
一番である




買ったエバンスのパンフレットを
見ながら缶ハイボールなんそ飲み
のんびりと映画の開演を待つ




始まり〜始まり〜






上映時間は1時間10分程であった

はげまるが知らなかったエバンスの
いろいろな事を知り得たり
有名なジャスミュージシャン達が
沢山インタビュー形式で出てきて
エバンスの素晴らしさを話しているのが
凄く印象に残った映画であった

もっともインタビューに出ていた
ミュージシャンも何人かは
今この世からおさらばしているがね


ここで20年程前に
ディスクユニオンの会報に
エバンス特集が企画され
その時会報に載せるために
はげまるが書いた
エバンスマンガを載せて
今回のおひらきにします。






ほんじゃーまたねーー。









異国情緒あふれる港町横浜 (519)  鳩の街

2019-05-18 16:19:47 | 日記

前回の散策の続編であります 

  

 

だい満足の一杯一服休憩が終わり

さーて、また次の散策に行くぞー

 

 

はい、旭屋さんの住所がわかる

埼玉屋ファンの人
もしこの辺りに行ったら
埼玉屋さん風蕎麦屋さんに行ってくださいね

☆☆☆さんが
「次の散策場所まで歩いても行けますが
タクシーでも拾って行きますかー」
なぁんて優しいお言葉をくれた

矢◯会長とはげまる二人は
ニタリ顔で
「隊長!   は〜〜〜い」

 

 

場所は「鳩の街」

☆☆☆さんの話によると

その昔赤線地帯であったそうである 


テナ事で手抜きして
ここで参考資料

鳩の街(はとのまち)は現在の東京都墨田区向島東向島の境界付近にあった赤線地帯。

地理的に「玉の井」と近く、1kmほどの距離である。

太平洋戦争末期に、東京大空襲で玉の井を焼け出された業者が何軒か、

この地で開業したのが始まりという。終戦直後は、

米軍兵士の慰安施設として出発したが、

兵士が性病に感染することが多いため、1946年(昭和21年)に

米兵の立ち入りが禁止された。

その後、日本人相手の特殊飲食店街(赤線)として発展した。

この街の店舗は、警察の指導でカフェー風に作られた。

1952年(昭和27年)当時は、娼家が108軒、

接客する女性が298人いたという。

また、吉行淳之介の小説「原色の街」の舞台となった。

さらに、永井荷風がこの地を舞台に戯曲「渡り鳥いつかへる」

「春情鳩の街」を書いている。

これらの荷風の2作品は、久保田万太郎の手により構成され

「『春情鳩の街』より渡り鳥いつ帰る」として映画化され、

森繁久弥田中絹代高峰秀子岡田茉莉子らが出演した。

玉の井と同様に、この街も訪れる作家や芸能人が多く、

吉行や荷風の他、安岡章太郎三浦朱門近藤啓太郎小沢昭一などが、

出入りしたことが知られている

また、女優・歌手の木の実ナナがこの地で生まれ育ったことで有名である。

1958年(昭和33年)4月1日に売春防止法が完全施行され、

すべての業者が廃業。最終日の3月31日には「蛍の光」を流して別れを惜しんだ。

[1]跡地は商店街やアパートなどの住宅となった。

現在でも、商店街の裏に入ると色タイルを貼った娼家風の建物が多少残っているが[2]

老朽化による建て替えや改築により、それらも少なくなった。

また、今も、商店街や道路の名称として「鳩の街」の名は残っている。

商店街は、下町らしい活気のある街であったが、

現在はシャッターを下ろした店が多い。

  

 なぁんて事が判明した

こりゃ〜  いいぞいいぞ
なにしろ☆☆☆さんとの散策には
欠かせない散策
①遊郭跡
②トタンベニヤ、古い昭和家屋
③戦前からある公衆便所
の一つであるから

エィエィオーーーー
*\(^o^)/*

 

のんびりと商店街を歩いて行く

 

 

庇の上あたりが横浜の真金町他

いろいろな遊郭跡によく見られる

昭和の時代のカフェの形であるな

 

 

大型連休中だからかもしれないが

やたらと店のシャッターが閉まっている

廃業してしまった店も多いのかもなぁ

  

 

コメントは控えてどんどん歩いて行く

 

  

 

おー

井戸があるぞ

いまだに使っている井戸なんて

久しぶりに見たぞー

よ〜〜し
久しぶりにギッコンギッコンとやって
冷たい井戸水でハゲ頭でも拭いてみるか、

なんて思ったら☆☆☆さんと矢◯会長さんは
どんどん先に歩いて行ってるみたいである

  

  

残念無念で井戸水はあきらめて

早足で二人の後を追って行った

 

  

 

 

横の路地を撮す 

  

  

振り返って商店街を撮る


 

また裏路地に入ってうろちょろすると

昔の遊郭跡の痕跡を残している 

 円形の柱があった

おーあったあったぞ〜
なんて独り言をつぶやいたりする

 

 

商店街を歩いて行く 

  

 

昭和そのままの煙草屋

 

 

 おー   凄い建物が見えてきた

  

 

二階の窓辺りの形が遊郭跡風である 

 

 

その建物の横路地を入ってみる事にした

 

 

昭和2年に建てられたカフェ

なんて書いてあるのが凄いなぁ〜

 

 

その横路地にある建物が凄い 

  

 

こりゃ〜 完璧完璧な遊郭跡(カフェ)だぞ!

 

  

 

スゲーーーー

はげまるが昨年ひとりで向島やら玉の井遊郭跡を

散策した時はほとんど遊郭跡の形跡が

残ってなくてがっかりしたが
この辺りにはまだ残っていて
☆☆☆さんとはげまるは
カメラのシャッターを沢山押した
  

 

矢◯会長さんははげまると同じく

銀塩カメラ(フィルム)時代からの

カメラマニアであり、

今回はぬぁんとぬぁん

GRのフィルムカメラ持参である


 

 今回の散策、はげまるの写真の多くは

GRのデジタルカメラGRD IIIで撮影した

そう、GRはフィルムカメラから

デジタルカメラになろうと

昔からズームなんて無い28ミリ単焦点レンズ

この頑固さが頑固じじぃに受けるのかもしれない

 

   

 

 その建物裏にあった遊郭跡風な建物

 

 

裏通りの横道あたりで見つけた

遊郭跡風渋い窓枠と円筒形の柱 

 

 

 庇あたりは完全な遊郭跡であるな

 

 

ほらねー

完璧完璧

裏通りは遊郭跡建物の宝庫であり

こりゃ〜〜  たまらんたまらん  





庇の下のタイルも完璧遊郭跡だ

 

 

散策ついでに得意分野のトタンでも撮るか〜

 

  

 

トタンのまだら風錆具合も完璧であるな

(写真はわざと右に反転した)

 

 

 にゃんちゃん

 

  

  

 

 また表通りの商店街に出てみる

 

 

また横路地に入って写真を撮る

  

 

 たまらんたまらんなぁ

  

 

敬老パスを持っているはげまるである

お迎えが来るまでクソ根性だして

ちょろちょろ動くしか無いのだ

そう、ヨタヨタしか動けない日は

絶対来るのである

  

 

また、表通りに出て商店街を歩いて行く 


 

完璧昭和している渋さ満点の建物 

 

 

そろそろ商店街の出口あたりである

 

 

鳩の街は昭和30年あたりに

建てられた建物が多くて感動モノであった
☆☆☆さんに感謝であるな

 

 

出口にあった酒屋さん


 

お見事! 

 

 

鳩の街を後にした矢◯会長とはげまるは

またまた☆☆☆さんの後ろから

金魚の糞みたいにトコトコと付いて行く 



 

神社があったのでとりあえず
三人は中に入って行った



 

 

神社の外から二人を撮るはげまる

 

☆☆☆添乗員さんは本当にスゲーなぁ

なんたってgoogle earthで下見して

いるんだもん 

 

 

 ただただ感謝である

  

   

 

また神社があったが

そろそろ夕方が近づいてきている

神社なんか入っている暇はねぇんだ

(一杯飲みたい一心で)

「早く次行きましょう!」

なんて矢◯会長とはげまるが

☆☆☆さんをせかす

 

 

 ここあたりが今日の散策の最後みたいである

   

 

☆☆☆さんが

観光パスの添乗員さんみたいに

「この辺りは最近ではほとんど

見かけなくなってきた

昭和の木造アパートが軒を連ねるてますよ」 

 

 

それにしても凄いなぁ

  

 

まだ、人が住んでいるみたいであり

凄く嬉しくなった 

  

 

今回散策の最後を飾るにふさわしい

写真を撮り終えて三人は

さーて

どこいらあたりで酒盛りやりますかー

 

 

なぁんてテキトーなパス停留所まで三人は

歩く事にした

5月の子供の日の鯉のぼりが集団で

柔らかな風にたなびいている 

 

 

パスで日暮里駅まで行き

渋い昭和風の店を探してみたが

まったく見つからない、
テナ事で日暮里駅からJRに乗り
大井町あたりで一杯やる案が
急遽決定!



日暮里駅の京成線の乗り換え通路が
たまらなく昭和している




なぁんて
楽しいクタクタな散策は終了して
いざ大井町!

わーー🍶ーーい。





異国情緒あふれる港町  B級横浜散(456) 昭和のお味 「シベール」  野毛

2019-05-14 17:43:31 | 日記

二ヶ月前あたりの話しである

へろちゃんと二人で毎度の埼玉屋さんで

いろいろ話していた時に

はげまる

「よー  あのさあ、 たまには野毛に出向いて

シベールと阿武茶なんか行きたいね〜」

へろちゃん
 
「うーん、いいけどさぁ
シーベルトと阿武茶は深夜2時過ぎないと
開いてないよー」
 
はげまる
 
「だからさー   丑三つ時の深夜2時頃
待ち合わせして行こうよ、
今行かねえと、一生行けないよー
志ん生師匠じゃないけど
明日あると思う心の河童の屁!
なんて枕があるじゃん
こちとらぐずぐつしてると
おっちんじゃうんだからー」
 
へろちゃん
 
「う〜〜ん
よーーーーーし
今日あまり酒飲まないで
早く寝て、深夜起きて行くか〜」
 
 

 

なぁんて翌日深夜2時頃

はげまるがへろちゃん宅前で

モーニングコール

はげまる

「もし、もし、  俺だよー」

へろちゃん

「なぁに〜  こんな時間に〜」

はげまる

「ばっきゃろーー  今日野毛に行くんじゃねぇか!」

へろちゃん昨日の酒が残っているみたいである

「あー   そうそう  今下に行くよー」 

  

 

なぁんて寝ぼけ眼(まなこ)のへろちゃんと

はげまるは中華街からタクシーを拾い

まずはシベールさん

 

それから阿武茶さんに行く計画である 

  

 

久しぶりのシベールだ 

  

 

シベールのマスター河合さんは

はげまるより少し年上である

  

 

河合さんは中華街の裏通りにあった

有名な外人バー「コペンハーゲン」の

コックさんであった、

だから河合さんとへろちゃんは
お肉屋さんだったへろちゃんが
肉を卸していた昭和の時代から
の仲間であり
今でも弟子のコックさんも何人か
自分で店を出しているそうである

 

 

はげまるは「コペンハーゲン」は

一度も入った事は無いが

へろちゃんの話しによれば
はげまるがよく入ったピアノバー
「ストーククラブ」と同じ様なカウンターバーで
英語が堪能なしゃれた日本人女性達が  
カウンターの中に入っていたそうである
 
へろちゃん
「接客する日本人女性の多くはねー
30代を過ぎ英語堪能な美形でいい女
が多かったよー
かなりの女性が外人と結婚してさー
外国に行ってしまったよー」
なんて昔話しをしてくれた

 

 

へろちゃんと河合の会話がはずむ

  

 

へろちゃんが頼んでくれたエスカルゴ 

  

 

はげまるがエスカルゴを初めて食べたのは

ラッキーズプレイスのオーナーの
ラッキーさんが中華街のチョーズプレイスの
カウンターの中で仕事をしていた頃である  
 

 

そのチョーズプレイスで食べたエスカルゴが

スゲー美味かったのを今でも覚えている

 

へろちゃん

「チョーズの福田さん(コックさん)はさー

安い肉使ってさー 

凄い料理出してたもんなぁー
ありゃ〜天才だったよ
ただ博打と女で行き方知れずになり
また戻ってきたりしてたもんな
あははは
その当時、中華街じゃそんなコックは
山ほどいたけどね〜」

  

 

なぁんて昔話しを丑三つ時過ぎあたりから

話す時間がたまらなくいい

 

さーて4時頃だから阿武さんにでも

行きますか 

へろちゃんが河合さんに

「また、来るからよー」 

なんてシベールから歩いて1分の
阿武茶に向かったら
ぬぁんとぬぁんとぬぁんと
超満員状態
はげまるはりゅうさんとお母さんに
「大丈夫大丈夫、また顔出すよー」
 
今度は朝方始発バスあたりで
野毛に行きますか〜
なんて二人は野毛を後にした。

 

 


異国情緒あふれる港町横浜 (518)  市外編  押上あたりから

2019-05-10 18:57:22 | 日記

岡山の☆☆☆さんが横浜方面に出てくる時は

必ず横浜から少し足を伸ばして

散策するのが常である

 

今回は綱島野鳥の会の会長

矢◯さんも一緒の三人での散策である

☆☆☆さんは酒がほとんど飲めないので

矢◯さんが一緒だと嬉しい、

何故なら多数決で散策途中で酒が飲める
そう、一杯休憩が出来る
むふふふふん
 
 

 

横浜方面からの東京までの京急の電車は
面白く無い、何故なら車窓から見る景色が
激変してしまい昭和の景色がほとんど
みあたら無い
 
昔からの景色が残っているのは
北品川から品川駅に掛かるこの辺りの景色だ
 
 

 

子供の頃とほとんど変わって無いもんなぁ〜

  

 

変わった景色と言えば

高層マンション群があるぐらいである、

品川駅からの京急は地下に潜ってしまい

たまらなく退屈な時間ではあるが

三人旅であるから
アホ話をしていると時間の流れが早い気がする

    

 

押上駅に到着 

☆☆☆さんが

「はげまるさん、

ほらビルの横にスカイツリーが見えるでしょ」

 

 

 はげまるは浅草やら両国やらから

少し離れたところかは何度も見ているが

真横にどーーーんと見上げるスカイツリーを見て

 
わー
びっくりしたなぁ〜もぅ
 
矢◯会長さんが
「前にスカイツリー上がったけど
大混雑でね、列に並んで大変だったよー」
 
なんて口を開く
 
大きなお世話であるが
高所恐怖症のはげまるは
こんな高い所に列をなして並び
高い金出してスカイツリーなんぞに登る人の
気が知れない

みんなオシッコちびらないのかなぁ 

 

 

 ☆☆☆さんの綿密な計画にお任せして

はげまると矢◯会長は金魚の糞みたいに
とことこ☆☆☆さんの後をついて行く

  

 

今日は風もなく暖かく最高の散策日和だ 

 

 

 テキトーに昭和の景色を撮りながら歩いて行く

  

 

☆☆☆さんが

「はげまるさん、ほら

川沿いに渋いトタン家屋が見えますよ」

 

 

おーー

いいぞいいぞー  

 

  

 

☆☆☆さんがこの辺りから

左に曲がって歩いて行くので

金魚の糞兄弟二人はとことこ後をついて行く 

 

  

 

昭和の時代の建物がずらりんこと並んでいる 

  

 

 なんたって☆☆☆さん

毎回の散策はgoogle earthで

下見して散策計画を綿密に立てているから

御立派御立派
流石お医者さんであるな

 

 

なんて思いながらどんどん歩いて行く 

  

 

  

 

保証牛乳なんて書いてあるぞ 

連休が終わった頃
☆☆☆さんから連絡がきた
フェイスブックに保証牛乳の写真を
載せたところ早速西山さんから
「子供の頃に飲んだ事がある」
「四角い瓶で濃厚な味だった。」と
コメントもらいました。
 
なんて書いてあった
 
 
 
☆☆☆さんが送ってきてくれた
保証牛乳のコマーシャル写真
 
社會乳牛証保京東なんて書いてある
そう、戦前戦後のある時期あたりまでは
左から読んでいた
だから東京保証牛乳会社の左読みである
ルービロポッサは
サッポロビール
ルービヒサアは
アサヒビールだ
記日陰唇妻人録実は
実録人妻陰唇日記だ
(今考えた   アホ)
 
こんな事書いてるからブログが
なかなかはかどらないだなぁ
 
 

 

保証牛乳さんの壁あたりに掃除用具が

あるのがたまらないなぁ 

 

 

保証牛乳さんの 中をちらっと写真に収める

 

 

その保証牛乳さんのビル前の渋い景色

 

 

こからはコメントは控えて

どんどん先に進むことにする 

 

  

  

 

  

 

  

この通りはとにかく昭和が沢山残っていて感動物!
 

 

矢◯会長が何かを見つけたみたいだ

  

 

そば、と小さな看板に書かれている

一人か二人で食べる

立ち食い蕎麦やさんだったのかなぁ

 

 

 

  

 

 

どんどん先に歩いていく 

  

 

  

  

 

おー 

 完璧な戦前からあるような、建物だ

 

 

 御立派御立派

 

 

その先にあるトタン家屋が

今回散策の目玉の建物である

 

 

☆☆☆さんが若い頃
奥さんと入った事がある焼肉屋さん

  

 

 
 
看板に京城料理「 食堂園」
かなり昔に廃業してしまったそうである
このあたりの話しを書いていると
なかなか先に進んでいかないので
次に行く事にする
 

 

 お~~~~~~~~~~

またまたいいぞいいぞ

 

 

  

 

 はげまるが写っている

 

  

 

 どんどんと先を歩いて行く 

歩く速度が早くなってきた

 

 

早くどこかで一服、一杯やりたいので

足も軽快に進んでいく

 

 

 

 

 

踏切があるぞー 

 
 

 何線が走っているのかなぁ

 

 

まあ、毎度の「なんだらかんだら線」

 

 

こちとら一杯やりたい一心であるから

電車の事なんかかまっている暇はねぇんだ

 

 

 

 

 

 

 

また、踏切があるぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆さんを先頭にどんどん歩いて行く 

 

 

ここで☆☆☆さんから

「あー   開いてましたよ

この店google Earthで見て 

散策の計画に入っていたんですよー」

 

 

 

 矢◯会長とはげまる二人は

☆☆☆さんの顔をマジマジ見て
涙くんだのであった

 

 

日本蕎麦さんだ、

希望としては

いつもの埼玉屋さんみたいな

定食屋さんがいいのであるが
この際一杯一服休憩ができれば
御の字である

 

 

はい、店に入ってみた 

 

 

なんか埼玉屋さん風のお品書きだそ 

 

 

ラーメンはあるし

サバ味噌煮定食はあるし

焼き肉定食はあるし 

トンカツ定食はあるし
 
コリャーーーいいぞ!

  

 

まだまだ元気な☆☆☆さんと

はげまる同様疲れ果てた矢◯会長 

  

 

お通し

ぬぁんとぬぁんとぬぁんと

イカの塩辛である

たまらないなぁ〜 

  

 

はげまるはウイスキーの水割り

矢◯会長さんはビール

酒はほとんど飲めない☆☆☆さん

  

 

はげまるが頼んだ400円のマグロのブツ 

 

 

 これが

スッゲー美味かった

 

  

日本蕎麦屋のお店であるから

☆☆☆さんは蕎麦を頼んだ

 

 

 

 

 

はい、ハムカツ

 

 
これがまたたまらなくいい
 
 
 
 
ハムが上等ではなく
はげまる好みのハムであり
凄くいい
 
 
 
 
取り皿が3枚置かれているが
よく見てみると珈琲屋さんの
珈琲の下にひかれている皿みたいだぞ
 
これもたまらないたまらない
 
 
 
 
大満足で埼玉屋さん風
日本蕎麦屋「旭屋」さんを後にした
 
 
 
 
☆☆☆さん
「さーて、   次どんどん行きますよ」
 
なんてまた新たな散策に向けて
三人は歩きだした。
 
 
 
 

異国情緒あふれる港町  B級横浜散(455) 平成最後と令和最初の埼玉屋

2019-05-05 14:00:02 | 日記

 

 

 

平成から令和にかかった大型連休

巷では海外旅行や観光地に

出かけたり田舎に帰る人達やら

忙しく動いている人達ばかりである

 

そんな中

ぬぁんとはげまる

平成最後の埼玉屋の日の

最後の客になり

ぬぁんとぬぁんとぬぁんと

新年号令和の最初の客になった

 (如何にはげまるが
暇こいでいたか分かるなぁ)
 

 

 

 ごちゃごちゃ書いてもしょうがないが

はげまるの脳味噌の中に刻まれている

記憶の大半は昭和であり

平成の記憶なんぞはたいして

刻まれていないみたいである

だから新しい年号の令和なんて
まったく脳味噌に刻まれない
あははははは

 

 

 この埼玉屋さんなんぞは

昭和そのままの空間であり

ジジィ世代にとっては聖地みたいなもんだ

聖地と言えば埼玉屋さん近くにある
立ち飲みの酒屋「まる花」も聖地だもんなぁ

  

 

 客層も野毛と違ってはげまる世代も多いし

とにかく
昭和の聖地  ジジィ世代の聖地である
 

 

 

平成最後の埼玉屋さんで

はげまると一緒に楽しくやったのは

大図さんと西山さんである

 

 

  

 

はい  大図さん 

  

 

 はい   西山さん

 

 

 

 猫ちゃんも

あー   今日が平成の最後の日なのかにゃ〜

  

 

 

ここからは新年号の令和の埼玉屋さん

 

 

 埼玉屋さんは新しい年号になろうが

 ずーっと昭和しているのだ

 

 

またまた大図さん登場だ 

  

 

毎度の400円のラーメンであるが

このラーメンを食べたのははげまるではない

岡山の☆☆☆さんである

  

 

 

はい☆☆☆さん埼玉屋デビュー!

 

☆☆☆さんとはげまるは翌日

野鳥の会会長さんを交えた三人で

押上亀戸方面の散策に行ったので

そのあたりの話は次回以降にチンタラ

書いてみる事にする。