はげまるのぶら~り日記

横浜の渋い空間散策日記

異国情緒あふれる港町  B級横浜散(429)   ひとり言

2018-12-11 08:40:16 | 日記
昨日あたりから急に
冬の寒さがひしひしとハゲ頭に
感じられる時期になっきた

ハゲ頭にヒビでも入らないように
しないといけねぇなぁ




寒い時のひとり埼玉屋さんもいい

味噌おでんと



湯豆腐ひとり用をツマミで
焼酎のお湯割りを飲む



お母さんがサービスで出してくれた
なます、
これもたまらな〜く美味い
九州の大根で作ったそうである




そうそう
昨日発売された
「ヨコハマメリー 白い孤影」   
壇原照和さんの本

実は檀原さんが数日前
はげまるに送ってくれたので
ちょくちょくページに目を通している

ページをめくりながら
のんびりと焼酎のお湯割りを
いただくなんてたまらないなぁ

ふと、
たまには埼玉屋さんで
食べてないものでもいただくか〜
なぁんて思いついた

え〜 久しぶりのひとりだから
定食でも食べみるか

う〜ん
何がいいかな〜
食べてないもので
なんかないかな〜

あったあったあったぞ




うかつであった
カツ丼やら酒のツマミでカツ煮は
食べた事あるが
トンカツ定食はまだであった

はーい
御飯少なめトンカツ定食




さーてと
レモンを絞りながらかけて




ソースをどばどばと心ゆくまで
かけて

いただきまーーーーす



ほれ

カツの肉の薄さがいい、
子供の頃、肉なんかが貴重な終戦後時代を
生きぬいてきた我々同世代の
トンカツはこれじゃなけりゃ
ダメ、

ハムが厚いハムカツやら
肉が厚いトンカツなんかは
とんでもねぇ

どーやら
トンカツやらハムカツやらは
最低価格帯のペラペラでないと
満足できない体になってしまっている
みたいである

あー
こんな体に誰がした
あー
それそれ。




異国情緒あふれる港町  B級横浜散(428) ひさしぶりの「第一亭」

2018-12-08 10:43:03 | 日記
最近では南区あたりの銭湯に入って
立ち飲みで軽る〜く一杯のんで
埼玉屋さんに行く
なぁんてパターンが多い
前回ブログで書いた福富町だって
久しぶりに行ったほどである





今回は野毛あたりの事を書いてみる

「第一亭」
今ではテレビやらSNSで有名になってしまい
なにやら超繁盛しているみたいである





昔仲間と久しぶりに待ち合わせて
「第一亭」に行ってきた

昔は昼過ぎあたりから営業していた記憶があるが
最近では4時半開店である

4時45分頃入ってみたら
もうかなり沢山のお客さんが
いてびっくりする
しかも若者仲間達やら
若者カップルなんぞがほとんどである

う〜ん


昔みたいに真剣な眼差しで
競馬新聞を見ているおじさん達の姿なんかは
まったく見当たらない

そりゃ~そんであるな
競馬中継のメインは終了している
時間であるもんなぁ


写真はチート(胃袋)





その昔はおじさん達が
競馬新聞片手に競馬中継を見る
中華屋さんであり
4時半頃が一番大混雑していたもんだ
だから4時半あたりを過ぎると
お客さんが、ぶぁ〜っとひけて
のんびり店の猫ちゃんなんかを
見ながら酒を飲んでいた

写真は青菜炒め
ニンニクがたっぷり効いてご機嫌なお味



ここで昔はげまる書いた第一亭のブログから
無断転載してみる異にする
(あほ)

こんな感じ・・・



はげまるが店に入ったのは日曜日
のんびりの昼下がり午後3時ごろ
のんびりガラガラと
店の入口のドアを開けたのである

そこは シリアみたいな 大戦慄緊迫の世界であったのである
 どんどんどんどんどどど~ん とパソコンの机を叩く
(はじまりました)

テレビだったら ここいらでCMでも入れたくなるな

店の中はそこそこ広く超満員 
空いている席は入口の手前テーブルのみ
しかも相席である
その席に座ってから気が付いたのであるが 
お客さん全員がはげまるの上のあたりを見ている

なんと はげまるの上の方には デカイTVが設置してあったのである

そう、 はげまる以外の客全員が
競馬中継を見てる
流石場外馬券場がある野毛である

はげまる一人対30人以上の客が 相対自しているのである
思わず ピースマークでもするかな~ とも思ったが
誰ひとりとして はげまるの存在など眼中には無い





そうなのです  全員、はげまるの頭の上あたりのテレビを
真剣に真面目に見入っておりました



こんな感じ・・・



とにもかくにも
最近野毛界隈では若者が溢れて
競馬関係のおじさん達の姿がめっきり
見かけなくなってきた
う~~~~ん
みなさんどこに隠れているんだろうなぁ

どうやら「第一亭」さんの営業基本方針も
競馬中継オジサン世代から若者世代へと
方向転換したみたいであるな

ちなみにはげまるは隠れたと言うより
世を拗ねたおじさん、じじぃの天国
南区あたりに河岸を変えた次第である





ホルモン辛味噌炒め

はげまるが一番好きなメニューである





昔はエディさんやら
ジャスプロムナードやら
野毛大道芸の責任者の柴田浩一さん
なんかと偶然あって一緒に
バカ飲みしたもんである





テナ事で、久しぶりに
「第一亭」の味を満喫してきました


    うまかった~~。


異国情緒あふれる港町  B級横浜散(427) 独り言

2018-12-05 09:34:58 | 日記
今回は昔話を書いてみるかぁ

久しぶりに昔の音楽仲間と話した

50年前以上の話である
当然はげまるの髪の毛は
分け目、生え際、つむじなんぞが
確認できる時代であり
今考えてみるってーと
己でもまったくもって
信じられない時代である



恒例の埼玉屋さん

毎度のヘロちゃん(小〇さん)
おいちゃんバントのベーシスト
西山さん






そのおいちゃんバントの
初代ギタリストだったダンさんが
初めて埼玉屋デビューした

ダンさんと出会ったのは
はげまるが20歳ぐらいの時、
中華街のレッドシューズであり
それからはげまるは
ダンさんのバントに加入して
元町にオープンしたばかりの
アストロに出演した懐かしい
音楽仲間である





ラーメンを食べながら懐かしい昔話しに
花が咲いた埼玉屋さんでありました





福富町にある歴史45年以上である
「イタリーノ」
ここも開店当時はちょくちょく
通っていたもんである

現在は息子さんがしっかりと
昔からの味をそのままで
やっているのが嬉しい

別注文の小キャベツ
今も昔も同じ味のドレッシングだ
これがたまらなく美味い





お皿が昔より大きくなった

昔はハンバーグやらキャベツなんぞが
皿からはみ出しそうだったもんである





ハンバーグのお味も昔のまんま
スゲー嬉しい





清正公通りあたりにある
「能登太鼓」
はげまるが初めて入ったのは
今から40年近く前の頃である

懐かしいなぁ





オーナーもはげまるも
その当時はまだハゲかかりの頃であった

まあ、お互い生きててよかったよかったー
ハゲじゃ〜死なね〜もんなぁ
あはははは
なんてふたりで笑った





昔、伊勢佐木町に横浜銀行があった頃から
よく通っていた「ジョンジョン」

昭和の時代は親父さんが
ひとりでカウンターだけの店を
やっていた、
亡くなってしまったオデン屋の
ケンゾーと会ったのもここである

今ははげまると同じ歳の安藤さんが
店のカウンターの中で
かなりいろいろあったみたいであるが
とりあえず元気な姿でやっている




やー 久しぶり
ご無沙汰!

なんて言ったら
嬉しそうな顔をしていた

昔の想い出は尽きる事がない

ここで昔のケンゾーの写真でも
一枚載せてみる




多分20年ほど前の事である、
西山さん宅の新年会の帰り道
はげまるの車でヘロヘロになった
ケンゾーをマンションの前まで
送ったが全然起きない

テナ事で強硬手段
「ジョンジョン」の前の 
横浜銀行のシャッター前に
車から引きずり降ろして
立てかけた時の写真
(すっげ~ 重かったなぁ)

「おーぃ  ここだったら「ジョンジョン」の
安藤君から見えるから
凍死はしねぇぞ~  ほな サイナラ」

なぁんてね

これは
ジョンジョンの安藤さんが
名作と呼んでいる写真である。




異国情緒あふれる港町横浜 (511)  市外編  都電荒川線の旅(4) 

2018-12-02 08:58:02 | 日記
またまた、だらだら続いている
もう12月だというのに
お盆のクソ暑い時期に☆☆☆さんと
一緒に「都電荒川線の旅」の続編であります

年内に書き終えなくてはなるまい!

なぁんて固い決意で
コメントはあまり書かないで
テキトーに先を進めていく事にする





王子の散策を終えて「飛鳥山」から
☆☆☆さんとはげまるの旅は始まった
次に下車する駅はどこなんだろうなぁ~





都電荒川線の窓から
蕎麦屋の看板が見えた

この至近距離に看板が
あるのがいいぞー










☆☆☆さんの指示て
「鬼子母神前」で下車である









なんか線路の改装工事しているみたいであるな






とことことことこ
(歩く音)




まあ
気になった昭和の景色を撮りながら
とことことこ











鬼子母神の看板がみえる

神社までの参道をふたりは
カメラ片手にのんびりと歩いて行く














コメントはほとんど書かないので
みなさんー
あ〜〜このあたりはこんな景色なのか〜
へ〜
なんて感じで写真をご覧くらはい





は〜





ひ〜





ふ〜





へ〜

今の写真と昔の写真が並んでる写真






ほ〜

鬼子母神社が見えてきた





左手に昭和の駄菓子屋さん風な
お店があった


<☆☆☆さんから教えられた資料>

テレビ番組などでもよく紹介される
鬼子母神の境内にある駄菓子屋さん
「上川口屋」
創業はなんとなんとなんと1781年
江戸時代から続いていて
現在の店主は13代目だそうだ





懐かしいなぁ





老夫婦ふたりでお店をやっている
駄菓子屋さんである





はげまるは子供の頃買ったような
駄菓子を何点が買って
☆☆☆さんの後を
早足で追いかけて行った




 
鬼子母神











鬼子母神に入る☆☆☆さん





よくわからないが
はげまるもお賽銭を
ちゃり~~ん
なんて投げて拝んでみた

あ~~ 早く酒がのめますように
あ~~ 早く冷たい角の水割りが飲めますように






先ほど歩いてきた参道を☆☆☆さんが
横の路地に曲がった






いつも綿密な散策計画を立案してくれる
☆☆☆さんであるが
はげまるにはどこで降りてどこで何を見るか
なんてまったく話さない
その場所で急に色々説明してくれるのが常であるが

このアパートは

ぬぁんとぬぁんとぬぁんとぬぁんとぬぁんとぬぁんと

改装されているが
手塚治虫先生が住んでいたアパートであった



<☆☆☆さんから教えられた資料>

昭和29年トキワ荘を出た手塚治虫先生が
次に移り住んだのが、豊島区雑司が谷の
鬼子母神堂きしぼじんどうにほど近いアパート
・並木ハウスだった。


へ~~~~

なんて感心するはげまるであった






また、都電荒川線に乗り
どこかに向かって都電は走る走る





このあたりに来ると、
クソ暑さのせいで
どこで降りて何を見たのか
なんていちいち写真を撮らなくなってきた

☆☆☆さんの計画の中には
どこかで一休みするなんて事は
まるで無いみたいである




「面影橋」で降りて
うろちょろしながら
どんどん歩いていく




写真を見るとなんか




どうやら都電荒川線の終点と言うか
始発駅と言うか「早稲田」駅





はげまる、このあたりの記憶があまり無い
☆☆☆さんに引っ張られて後ろから
よたよたと付いていくだけである

たほら、よく見るでしょー
犬の散歩でじじぃがヨタヨタと
犬に引っ張られているのー
どこに行くのか犬に聞いてくれ~
なぁんてね
(はげまるもどこかで見た事あるな)






☆☆☆さんが

「このあたりの橋を渡った川沿いに
映画「神田川」の舞台になった
草刈正雄と関根恵子が暮らしていた
アパートがあったんですよー」

はげまる

「あ〜そうですか〜」




☆☆☆さん

「アパートの横にあった家の番地が
この場所ですよー」

はげまる

「あ〜そうですか〜」






「神田川」の映画の舞台になった
アパート跡マンションを見ながら
☆☆☆さん

「さーて、次はこのあたりを
歩いてみましょうかー」

はげまる

「あ〜そうですか〜」

☆☆☆さんに引っ張らて行く
はげまるであった










このあたりからの写真は
多々あるが
じじぃのオシッコみたいに
だらだらと続いていきそうなので
ここいらあたりで切り上げて
次回は「都電荒川線の旅」最終回とする
固い決意であり候。









策異国情緒あふれる港町  B級横浜散(426)  中華「一番」 

2018-11-29 10:14:28 | 日記

早いもんで今年もあとひと月ほどで
終わる時期になってきた

光陰矢の如し、こちとら加齢に
勢いがついてきて
じじぃ街道まっしぐらー


そんな事で半ば開きなおりながら
テキトーに
毎日を過ごしている次第であります


はげまる、最近では消えた景色
(昭和のビル建物やら店やら)の事は
あまり書かないようにしている、
友達だって先にあの世に行く奴が
沢山いるこの頃である

残り少なくなってきた人生だ、
こちとらそんな事に
かまっている暇はねーんだ






なんて思いながら今日もヘロちゃんと
バスに乗って横浜橋商店街バス停で降りて
埼玉屋方面に向かって歩いていたら

こんな景色に出会った

う~~ん
少しかまってみるか





ここいらあたりには
歴史的なお店と建物があった場所である

こりゃー
少しブログにでも書いてみるかぁ〜





まずは
「中華一番」
下あたりに
味でもなんでも 浜一番
なんて書いてある




ここ「中華一番」、
はげまるは昭和の時代、
今から40年以上前あたりから
朝方にたまに通っていた
中華屋さんである





ここの最大のウリは
24時間営業であり
中華洋食酒なんでもありだ

朝方なんぞは
朝から仕事にいく港湾関係の労働者、
ヘロヘロで呑んできて最後の
ヘロヘロの仕上げをする人達
オカマ関係バンドマン関係
ヤクザやさん関係

なんどが
ごった煮状態で
大繁盛していたもんである




だから「中華一番」で美味いモン食べたー
なんて仲間は誰もいないし
「ヘロっていて味なんか
まったく関係ねーぇんだー」
的なノリで仲間と
朝方なんぞ
飲んでいたものである

また、のんびりとしていた
昭和の時代が消えてしまったなぁ



その「中華一番」の隣にあった
建物の形が横浜でも特に凄かった




ここからは昼間撮った写真



このあたりの裏道あたりには
昔はげまるのブログにも書いた
昔の青線がCAFEと名前を変えて
軒を連ねていた場所である


この建物もその時代の香りを
かもし出していたもんである





ほらね〜









特にこの窓の形は昔の赤線時代には
よく見られたそうであり
現在この窓の形をじかに見れる場所は
野毛にある1949年に建てられた
「旧バラ荘」しか残ってない
(はげまるが知っいる限りである)





さーてと、
なんて言いながら
はげまるはヘロちゃんと
埼玉屋に向かって歩きだした。