はげまるのぶら~り日記

横浜の渋い空間散策日記

異国情緒あふれる港町  横浜(167)    市民酒場(1) 「みのかん」 東神奈川付近

2012-06-25 04:59:45 | 日記
ある人から「市民酒場て知ってる?」て聞かれた

はげまるは身を乗り出して
「え・え・え 市民酒場~」
ある人
「そう 市民酒場  横浜には何軒かあるみたいですよ」
はげまるは血走った目で ある人の胸ぐらをつかんで
「おおお~・お願い 詳しく話して~」

今回はそんなこんなの「市民酒場」のお話であります

 
「大衆酒場」とかはよくあるが「市民酒場」は珍しいのではないのかいな
もちろん当然「国民酒場」「都民酒場」「区民酒場」「村酒場」「町酒場」
「島酒場」・・考えたらいくらでも出てくる


細川たかしさんが歌った「北酒場」
「きぃたのぉ~~酒場どおりにぃわぁ~ 」
という細川さんの甲高い高音でうたう元気な曲もある

とにかく「酒場」と言う名前はいい
元気に酒が飲めそうな感じがする
いつもブツブツと独り言を言いながら暗く飲んでいるハゲも
酒場の入り口に一歩足を踏み入れれば

「明る~い なっしょな~る 明る~い なっしょな~る」
とか
「光か~る 光か~る とぅしば  光か~る 光か~る とぅしば」
と歌いだすに違いないのである
 

酒場の中でも「市民酒場」は
かなりの吸引力がある名前であると思う

テナ事で今回は「市民酒場」(1)として京急神奈川駅~仲木戸駅の川沿いにある
「みのかん」さんの話であります






ハゲチャリにまたがり 新山下からふらふら適当に散策していて
なんとかお目当ての「市民酒場」ぽい場所に到着
このあたり銭湯散策で鍛えたその臭い嗅覚には我ながら関心するなぁ
(地図が読めないのがいいのかもな)





準用河川「滝の川」
準用河川という名前は知らなかったなぁ
ここで又書いていくと先が進まないので先を急ぐ事にする

目指す市民酒場「みのかん」さんは
川沿いにあるのは調べて分かっていたのである






ひゃ~~~~ あったあった 
市民酒場 「みのかん」さんぽい古い建物が






ひゃ~~~~






ひゃ~~~~






ひゃ~~~~
(すべてコピー貼り付け)

お見事な「看板」  流石です






ひゃ~~~~

もう入り口だけで満足してしまう感がある

ジジィになってくると ひつこさが失せてきてしまい
すぐ満足してしまうのである
(ひつこいジジィもいるがね)


テナ事で今回は市民酒場 「みのかん」の入り口までとして
次回は中にわくわく恐る恐る入ってみる事にする



「お~ぃ  それはねぇぞ~  
ホテルの前まで来て それはねぇぞ~  てめ~金返せ」


となりそうなので 中にはいってみる事にする



まだ日が高い夕方4時ごろ

「明る~い なっしょな~る 明る~い なっしょな~る」

「光か~る 光か~る とぅしば  光か~る 光か~る とぅしば」

と はげまるは口ずさみながら「みのかん」さんの店の中に入った


お客さんはカゥンターに三人いた みなさん
はげまると同年代ぽい

はげまるは入り口付近のテーブル席に座って
230円のハイボールを注文した


お断り 先日 再度「みのかん」さんに行って
店主の目の前で写真を沢山撮りました
二回目だから許してくれたのかもなぁ

テナ事で前回の写真を少し載せますね





お通し

これは特筆モノのウマさ










お新香 120円  この胡瓜と白菜の糠漬け  極ウマ





味が染込んでいて  たまりまへんへん







煮込み 300円





お肉が沢山 もちろん たまりまへんへん






昭和から生き抜いてきた お椅子様





昭和から生き抜いてきた  お扇風機様

















箸立て  ぬぁんとぬぁんとプラスチック製であった
ここ昭和感溢れる「みのかん」さんの店の中で
精一杯「 俺はプラスチックじぁねぇんだぞ~」的な顔して
頑張っている







今日のお品書きは 前回とかなり違っていた
煮込みはなかったが  刺身が3品もあった





前回はハイボールだったので 今回は酎ハイ 310円

氷が少し なみなみの焼酎 
付属の水で割ってもかなり濃い こりゃ~~ 二杯分の焼酎である
  安いなぁ






今回もお新香120円を注文した ホテルイカ300円





どうどうのカラシ





どうどうの はげ頭





うまい~^^





タコ刺し 280円  これは特筆モノ





新鮮であり 口にいれるとプリプリ感が凄い
いつも噛むのが専業の歯と歯茎さんが
「お~~いいぞ~」と感動しているのが分かる






肉厚のタコ刺し






ね~~  すごいでしょ





トイレ方面の写真






はい 極狭いトイレ
感動モノ  変なところに感動するのがエライ
自画自賛







このトイレに入って狼狽しない奴は皆無であろう

なにしろ造りも凄いのであるが 小便洋しかない
この個室がどえらく狭い

ドアが背中に密接する感じで
チョロチョロとおしっこを済ませる
それからコンデジを両手に持ち頭の上にかかげて写真を撮る
(よくやるねぇ~)

とにかく身動き出来ない狭さである


店主にこの狭さのトイレを造った経緯等いろいろ尋ねてみたいが
次回に大便用のトイレはどこにあるのか聞いた時にでも
聞いてみる事にするかなぁ


そうだ! ものおじしないで平気で立ち飲み屋に一人で入れる
京都のみぼさんにでも頼んで女性用トイレの散策でも
頼んでみるか~  あははは


ここでタカハシさんからのコメントがありました

女子トイレは無いそうです
どうしてもの時は みのかんさんの家のトイレを借りるそうです






尚 今回 酎ハイ ハイボール  お新香  ホテルイカ刺し タコ刺し
総額で 大満足の 1260円でありました




てくてくぼうやさんからのコメントからです



<なんと「横浜中区史」991頁に市民酒場の成り立ちが詳しく書かれております。

戦時下の大衆酒場を整理統合するために県が音頭をとっていたこと、
三店を一組にして三店の共同経営でひとつの市民酒場とし
横浜市内に200店舗あったこと、
売り上げによって一部・二部・三部と店のクラスがきまっていたこと
などが記されております。

ちなみに手近の昔の地図をちょっと見なれば、
は○まる様おなじみ今はなき高根湯、
そして懐かしの横浜セントラル劇場近くにある
いまはフグの店安戸屋ー
天国と地獄で山崎努が最初に登場した川沿いのちょいと先にあった
伏見屋ー
おなじみ横浜橋の曙町寄りいまは梅月という
とんかつ屋になっている場所にあった桝屋ー
などが目に留まります。
200店舗あったのですから捜せばもっとあるのでせう>


それにしても凄い歴史がありますねえ 「市民酒場」て。



またしても  たくげんさんからの凄い情報です



もう三十年以上前のことですが、
「みのかん(美濃勘)」に通い始めた頃、「市民酒場」に興味を持ち
、友達と「横浜市民酒場組合」に加盟するお店を呑み廻りました。
さる酒場のご主人のご配慮で組合の会員名簿(昭和40年代)をお借りし
、そのコピーを握りしめて確か三十軒ほど訪れました。
今から思えば、青春時代?の懐かしい思い出です。
今、その名簿が見当たらないので、記憶を頼りに記したいと思います。
今は組合はありません。

野毛界隈では、今も営業しているお店に「武蔵屋」「小半」、
閉店しましたが「尾張屋」「相模屋」という名店がありました。
武蔵屋が市民酒場とは皆さんビックリするでしょが、
正真正銘の組合員でした。
尾張屋は僕好みの店で、冬には鍋を注文する呑助で溢れ
、コの字型に配置された座席と丸イスの店内は満員御礼の毎日でした。

長者町には、皆さん御存知の栄屋、そして八丁目には閉店しましが、
おでんの「好の屋 (よしのや)」 がありました。


伊勢佐木町には、五丁目の角に古風な上総屋(閉店) 、
そして七丁目の、かにの愛知屋もかつては組合員でした。
さらに、一丁目の松坂屋(旧野澤屋) 裏には閉店しましたが「杉田屋」(吉田町)
という小綺麗なお店がありました。
また、場所を覚えてないのですが、ザキには「寿屋」というお店もありました。

初音町交差点際の「和泉屋」(ここにはビルに建て直す前から通ってます)と
、曙町五丁目の「和泉屋」は親類の間柄。

曙町二丁目の焼き鳥「井筒屋」は近所に移転して久しい。

京急戸部駅近くに、「大和屋」(閉店)があり、
同じく戸部には皆さん御存知の「常磐木」。

石川町駅南口のすぐ隣に、魚介類が美味しかった「東国屋」、
さらに中華街には、いかにも居酒屋風の「能登屋」がありました。
両店とも閉店したことが惜しまれる。

弘明寺の「三河屋」は今でも開いてます。

京急鶴見駅近くに「萬屋」、そして鶴見線鶴見小野駅に「田丸屋」があり、
もう一軒この沿線にお店が在ったような記憶があります。

新子安の「諸星」は勿論のこと、東神奈川の「根岸屋」も市民酒場組合の会員でした。

そして忘れてならないのは、東横線反町駅から国道を渡った処に「上総屋」
というお店があった。裏口近くに残る古い井戸が風情を醸し出していました。
よく、一軒目を「みのかん」で呑み、歩いて反町公園を横切り、
裏口から御邪魔したものでした。かつて、萩原健一が主演した
「居酒屋ゆうれい」のモデル店でした。

天王町の「平和酒場」も閉店して久しく、
また横浜橋の「信濃屋」や中村橋交番裏の「忠勇」も
市民酒場組合の会員と記憶しています。


今では、閉店や廃業したお店も多数ありますが、
その当時から、まったく変わらぬスタンスを続けている「みのかん」は
市民酒場の象徴的な存在でしょうか。
今は、「センベロ」という言葉が流行っていますが、
その当時(おしんこ60円、お酒170円の時代)は二人で呑んでセンベロでした。>



貴重なコメントありがとうございました

ほんと  奥が深し市民酒場ですね

おでんや好の屋 (よしのや) は常連でしたです^^
店主さんが近鉄球団の大ファンで お付き合いで神宮に行き
応援団の重い球団旗を持たされました
江夏さんが最終回に出ておりました事今でも鮮明に覚えております

コメントを基にして すこし散策する予定であります


ありがとうございました
コメント (18)
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