ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

『 もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。』

2018-04-18 06:18:49 | 日記
お別れすることは淋しいことです。
信仰の先輩でもある方が亡くなられ、告別式へ参席してきました。
99歳になられた女性の方です。
ご遺族も、子・孫・ひ孫さんなど、沢山いらっしゃいます。
ご遺体の お顔は 生前の様に色白でふっくら、微笑みすら浮かべていらっしゃる様に
見受けられました。
逝かれる3日前、99歳の誕生日に、親族の方々との お別れもしっかり済まされたとの
ことです。
お別れは淋しくはありますが、教会堂のアーチ型の天井近くの窓から差し込む光の中で 
Sさんの好きだったという讃美歌を しっかり歌って送らせて頂きました。
Sさんが、真の故郷たる天国に帰られたことを信じることができました。

Sさんが、心の糧としていらっしゃった聖書の み言葉です。
  《見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。
   神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取って
   くださる。
   もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。
   最初のものは過ぎ去ったからである。》(ヨハネの黙示録から)

Sさんの お見送りを済ませ、教会堂を後にしました。
丁度 小学生の下校時間帯です。
数人が、賑やかに甲高い声で おしゃべりしながら、道を歩いて行きます。
新しい「いのち」、若い「いのち」の群れです。

Sさんは1919年(大正8年)生まれ。
大正・昭和、そして平成も生きて来られました。
激動の時代を生きて来られました。
幾多の困難にも遭遇したことでしょう。
でも、先に召されたご主人をしっかり看取り、Sさんも天に召されていったのです。
夕暮れの空に、
「Sさん ありがとうございました」
と。
お見送りは淋しいことですが、何か暖かーいものに包まれた私でした。

  【主よみもとに近づかん 賛美歌320番】
    
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ば~ばさん、こんばんは。 (Taka ちゃん)
2018-04-19 21:20:13
記事に併せて、讃美歌320「主よみもとに近づかん」を聴かせて頂きました。
クリスチャンでない私にも、何故かしら心休まる気持ちが致しました。
平素聴くことのない讃美歌、有り難うございました。
おはようございます。 (ゴマメのばーば)
2018-04-20 06:50:35
(Taka ちゃん)さま
おはようございます。
体調は いかがですか。
コメントありがたく頂戴いたしました。

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