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流出雑記 

赤い靴クロニクル/黄金町篇3

2010年03月19日 | Weblog
ここからはその女性に案内されることになる。
上品な顔立ちの女性は、この地域の住人で黄金町のかつての様子も知っていると言う。
似たようなアルミサッシのドアの狭小住宅が続く高架下の通りを歩く。エアコンの室外機が異様に多いので、ただでさえ狭い建坪のなかで、布団の敷ける最低限のスペースの部屋がいくつもあることは想像できる。
250件くらいあった店は、今はもぬけの殻だが、昔はこの辺り一帯、昼間でも女性は通れなかったし、子供にも絶対に入ってはいけないと教えていた、と言う。
250件分の、ここでの仕事を生業としていた人々はどこに消えたのか。
いや、人々は消えたのではない、体がそう簡単に消えるはずがない。地域浄化という名の下に消えたように見せる力がはたらいているということだ。消えたように見せる力。それは暗転ではなく。
そんな言葉を巡らせながら廃墟の街を眺めていると、だんだんこの演劇の為に設置されたもののように見え、今も24時間交番の前に立っているという警察官、犬の散歩中の人、地元ヤンキーも皆出演者で、さっきのコンビニも含めこの辺り一帯全部作り事なのではないかと思えてくる。
もちろんその傍らで、そんな訳はないという意識もあるのだが、このツアーが演劇であるという下敷きが、通常疑う余地のない地面に揺さぶりをかける。
ここは一体どこなのか。
女性に歩調を合わせながら、解説の合間に頷く回数や首の傾き角度、どれくらいの頻度で感心をあらわす自然な、へー、とか、ふーん、という相づちを入れるか、また他2人の観客の相づちの入れ具合との兼ね合い…とこのように、話しを聞きながら私は、自分の一挙一動に意識的になっていた。
この一挙一動に意識的な状態は役者として舞台に立っているときに近い。
歩くうちに現実と、もうひとつの時間の並走が体に作用し始めているのを感じた。
10分程歩いて、廃墟のなかに一件だけ明かりのついている「黄金町語学学院」という建物の前まで来る。女性の案内はここまでらしい。
見上げると窓のピンクのカーテン越しに人影、表には満室の札がかかっている。しばらく前で待つ。この高架下の路地にさらされた妙な待ち時間、通行人もほとんどないのだが、寒さも手伝って堪え難くなってきた頃やっとドアがあき、男性が札を空室に返し、どうぞと声をかけた。

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