2022 備忘録

思いついたことを書き残す。

奥利根の晩秋から

2013年10月27日 | ひとりごと
台風も今回は群馬には被害もなく通過。
前橋は久しぶりの晴天、県北へ出かける。



先週はまだ紅葉の始まらない片品川沿いのコースだったが見頃であろう照葉峡を目指して鳩待峠口から山に入る。



平地とは異なり朝から雨天のようだ。そして尾瀬の方の山は雪が積もっている。





坤六峠はもう風花が舞う。初冬の風情。



照葉峡は名前に偽りなしといったところ。











決して派手ではないが様々な木々が織りなす紅葉は素朴な美しさに溢れている。
まだまだ楽しみが残っている。





時間と建築

2013年10月24日 | ひとりごと
「景観建築研究機構」というNPOの設立に関わり、現在は総務事務や調査活動などに関わっている。
JIA日本建築家協会群馬地域会で以前保存問題大会開催をした。
この経験からJIA群馬の有志が集まり、地域の景観に係る、過去から現代における建築物、町並みの保存利活用等に貢献すべく、NPOを設立した。
次第に活動も本格化し、現在は大規模な木造建築の保存修復調査の関与するまでになった。



古い木造建築をじっくり観察する機会も増えた。
古い日本建築はほとんど無塗装で風雪に耐えてきた。(社寺や土蔵のように例外はある。)
風化した木材は力仕事で節が浮き出た老父のような風格がある。



事務所の本来の仕事は新築の住宅等である。
建てる方からの要望にはメンテ不要の・・・・とのことも多い。

量販メーカーなどはあとのクレーム対策から木目のシートを張って、ウッデーだの自然だのをキャッチコピーにしているところもある。
これらは経年劣化は有っても経年変化は無い。
木目シートの下はMDFのように合成木材であることも多い。
商品であるからしかたがないのか。

自動車のインスツルメントパネルもしかりである。木目調と言ってはばからない。
本物のチークにコノリーのレザーの組み合わせなどどうだろう。
○○風のものばかり。偽物で満足する感性とはいかに。



私は粗末な材料でも何とか本物を使いたいと力んできたかもしれない。
木材という素材はやっかいなもので同じ材種でも製材の仕方で全く表情、性能が変わってしまう。
産地によっても違う。
また乾燥により変形やひび割れも起こる。
合成樹脂に慣れた目から見ればなんと不完全な素材と目に映るかもしれない。



エンジニアリングウッドという言葉がある。
人工乾燥材もその分野に入るが100度C以上の高温で樹液ごと変性させてしまう加工が一般的になってきた。
確かに強度も変形率も舗装されているが木材としての良さはどう考えよう。



群馬は関東の片田舎である。
おかげ様で古い建築に出会う機会がまだまだある。
これらとのふれあいの中で時間とともに深化していく木造建築の良さを楽しみたいし、多くの方々にもっと知っていただきたいと思う。





久しぶりの赤城山西麓

2013年10月19日 | ひとりごと
日曜日、月曜日と仕事が入り、代休をとる。
有給休暇がない身分なのだがせめて一週間に一度くらいはツーリングに出かけないと体調管理ができない。
久しぶりに輪行で坤六峠を目指そうと思ったが気温が低く準備不足のため断念。
それでも県北まで自走。



まず奥利根ワイナリーを目指す。入り慣れた道とはいえ登りが続く道、ただ西麓道路まで登らないと負けみたいな気分でひたすら登る。
昭和村まではまだ紅葉が降りてきないが。それでも葡萄の葉の紅葉が美しい。
収穫が進むぶどう畑が秋の風情。



そのまま南郷のしゃくなげの湯まで走り、曲がり屋(旧鈴木家住宅)により、片品川沿いに引き返す。片品渓谷を覗きこむが色づく木々はわずか。もう少し時間がかかりそうだ。



帰路、糸之瀬農協に立ち寄る。26年前に設計に関与した事務所が現役で頑張っている。
ボイドスラブ工法で記憶に残る仕事の一つ。少し傷んでいるが懐かしい。



この集落には数が少なくなったと言っても養蚕農家の面影を残す大きな民家が健在。
軸組と漆喰の白の対比が際立つ。柿の実が色づくこの季節が特にお気に入りだ。



茶寿のお祝い

2013年10月17日 | ひとりごと
茶寿(数え108歳)のお祝いにお呼ばれ。大叔父のご指名。
親戚付き合いは苦手なのだが茶寿にあやかりたいと高崎まで出かける。

高崎市嘉多町で玩具店を開いていて、祖父に連れられ遊びに行くのが楽しかった。
当時はブリキのおもちゃの時代だ。
前橋の家にもよく自転車で見えていたがさすがに最近は足が遠のいていた。

自分の家計簿、巨人戦の戦績のメモを欠かさず付けているとのこと。
耳が不自由の他は身の回自分でされるとのこと。今日も筆談であれこれ指図していた。
残念ながら言葉が明瞭でないのでよく意味が通じなかったが、久しぶりに言葉を交わす。

にぎやかなお祝いの宴となった。

秋の秩父

2013年10月14日 | ひとりごと

セミナーの仕事も一段落したので久しぶりに秩父まで走る。
杉ノ峠の上りも久しぶり。なんとなく登り切る。初めて登ったときは途中で一休みしたものだ。体力が落ちていないことにほっとする。



まだ紅葉は始まっていないもの秋が深まっていく気配は感じられる。



秩父神社はさすがに賑やか。参拝してから前から行ってみたかったパリー食堂へ。
昭和2年建築の登録文化財の建物でもある。



秩父という街は不思議な街だ。
古い町家や洋風建築が多く残り、独特の町並みを形成している。
秩父銘仙が盛んだった頃の華やかな雰囲気を伝えている



中はさすがに時代を感じるものだ。まずオムライスを頼む。
店はひげを蓄えた年配のおじさんが一人で切り盛りしている。
あとから来た常連と思しき客は無言で冷蔵ケースからビールを取り出し勝手に飲み始める。
単行本を読みながら注文しようともしなかったがビールを飲みきっておもむろにかつ丼を注文した。



オムライスはやや薄味のチキンライスを卵で包んだオーソドックスなもの。バナナとメロンがサラダとともに添えれれて、賑やかな一皿。
皿にパリーと染め付けられているのが時代を感じる。



食事が終わってからら裏道を抜け表通りの旧国際劇場前に出る。保存されたのかと思ったらほぼ正面のみで客席部分は撤去されていた。
ちょっと残念だが少なくとも町並みの印象が変わらずに住んだことは幸いだ。



荒川沿いに帰路に着く。交通量は多いがなんとか快調に走り、本庄を経由し帰着する。
途中久保医院に立ち寄る。もちろん休診だが、植え込みなど手が入れられ診療体制が整って行く様が感じられ、設計に関わった立場として嬉しい。

10月13日のセミナーで話したいこと

2013年10月12日 | ひとりごと
エコという言葉
エコロジーからの造語と言われるが、
深く考えないで結論を出すとき、外来語を借用してわかったようなふりをしていないか。
相変わらずのアメリカコンプレックスである。
外来語を振り回す人をつい疑いの目で見てしまう。
それと短縮語。表意文字の漢字と違い英語は短縮すると全く意味不明になるものが多い。

スマホなど典型だ。最初PDA(Personal Data Assistance)携帯情報端末としてスタートした。
電話機能が付加された頃からスマートフォンと呼ばれるようになり、
今ではスマホのほうが通じやすい。在来型携帯電話はガラケイというらしい。

自分がエコロジー建築という言葉に接したのは実はシックハウス問題(室内空気汚染被害)の事案でのことである。
生物としての人類を見る視点で、生態系を脅かす多くの危険物質を知った。
その多くが最近開発されたもので、農薬のように極身近にあるものも含まれる。

その物質が開発された背景は安価に大量に供給しようとする経済活動での要請である。
このことは単に室内空気汚染被害にとどまらない。
広い視点で見れば数々の大気汚染、水質汚濁、放射性物質拡散、等公害。
そして排出される二酸化炭素による地球温暖化、フロンによるオゾン層破壊、やはり人類の生活を脅かしている。

一方、その経済活動は豊かな生活をもたらしている一面もあり、快適な生活から不自由な生活の逆戻りをすることは難しい。
そこで選択肢として
身近には危険物質を持ち込まない。
公害原因の石油類の使用を控える。
二酸化炭素の排出を行う物質の使用を控える。

すでに選択肢はこれ以外にないところまで人類は追い詰められている。

その条件下、いかに豊かな生活を包み込む住宅とするか。
これがいわゆる「エコ住宅」であろう。

世間ではエコというとまず省エネルギーとなる。
省エネルギーは我々が負った責任ではある。
その意味で真剣に考えなくてはならない。
しかし目的ではない。ここのところを抑えておきたい。

エコカーと称する自動車のCMでは1リットルあたりの走行距離を競っている。
エコカーの代名詞のプリウスは30.4km/Lとしている。
これは1km走るのに32.9ccのガソリンを消費することを意味している。
通勤距離10kmの場合往復で658CCのガソリンを消費する。
ビールの大瓶に匹敵するガソリンを使っているという現実感を持っているだろうか。

実は暮らしが便利になり、あらゆることが分業化されてきた。
切り身で骨抜きの商品が堂々とCMされる時代である。

今回のプレゼンではあえてカツ丼とうな丼を例示する。
多くの生物の命をいただくことで我々は生きている。
米のように古代から延々と栽培されてきたもの、
ブタのように飼育されているものののように再び食卓に登るものもあれば
うなぎのシラスのように乱獲によって絶滅が危惧されているものもある。
人類の食欲が生物の種を脅かしている。

石油もまさに燃焼により分解し、かつ石油は新たにほぼ増えない資源である。
このことはうなぎからも学べる。

燃料代や補助金といったことに目が奪われていると我々が本当にほしい物が何か判断が停止してしまわないか。
エネルギーの見える化ということがある。
実際の使用量を計測していつも把握するという仕掛けである。

自分自身、毎朝体重、血圧を測っているがこれを体にセンサーをつけ常時監視するようになれば煩わしさから開放される。
しかし、健康管理が受け身になっていくことだろう。
これから家を建てようとする人は是非自分自身で光熱費の伝票から年間使用エネルギー量を計算してほしい。
この結果をもとに生活特性を把握し、ご自身に合った省エネ計画を立ててほしいものだ。

つづく

早すぎる旅立ち

2013年10月10日 | 訃報
知人のご子息が9月30日に交通事故で逝去されたという知らせを聞かされた。
ご子息も二十年来知っていたので今更ながら信じられない気持ちだ。
亡くなった当のご本人の無念さとともに子供を失った両親の悲しみは想像に絶するものがある。
弔問もためらうほどなんと言葉をかけてよいかわからない。
父として祖父として残された家族を盛りたてていくのだと気丈に語っていたそうだ。
悲しみを飲み込んだ姿を見るのは辛い。

亡くなった彼とはfacebookでの「友達」となっていた。
先ほどページを開いてみたら故人あてのコメントが多数書き込まれ姿をていた。
さすがに自分は書き込む気にはならない。
facebook上ででのこのような例は初めてだがいつか自分にもその日が来るのであろう。

いずれにせよ時間が非常に貴重だということだ。


歯の治療

2013年10月07日 | ひとりごと
親知らずが虫歯で欠けてしまったので、昨年から設計させていただいて今春開院された歯医医院に駆け込んだ。
設計に関わっていたので診察台に乗って、設計のあちこちが気になる。
ここもよし、あそこもよしと仰向けになったままチェック。

新規開院なので何から何まで真新しい。
それにしても徹底した衛生管理、先生の意気込みが伝わる。

住宅もそうだが設計した空間に長時間、居続けるという機会は少ない。
一患者として施設の使い勝手を診させていただくのも貴重な経験といえる。

機械器具の衛生管理も素晴らしいし、スタッフのやさしい応対も苦痛を和らげる一助になっている。
自分が開業して22年、とかく初心を忘れがちになる。
先生やスタッフのキビキビとした動きに大いに刺激された。

かつ丼とエコロジー

2013年10月03日 | ひとりごと
ハイカロリーなカツ丼は中高年には不向きの料理とされている。
いわく高脂血症、高血圧の元だと。

これがなぜエコロジーにつながるか。
一つの例えとして肉も米も再生可能な資源だからだ。

エコロジーで大切なことは再生可能、宗教的に言えば輪廻。
省エネは手段であって目的ではない。

豊かな暮らしのお礼の気持を持って「ごちそうさま」と言ってガソリンを使う。
セミナーの中で省エネの話の前にぜひこの辺を強調したいと思っている。