2022 備忘録

思いついたことを書き残す。

肥満追想

2008年11月25日 | ひとりごと

今日体重を測ったら71.0㎏になってしまった。「アイシャルリターン」60㎏台にすぐ戻るのだ。・・・固い決意。

強靭な胃袋はなんでも消化してしまうらしい。
仕事柄、飲食店の設計のときにあちこち店を見学に行ったのがいけなかった。
ナイフの持ち方も怪しかったのに食べることの楽しさにはまってしまった。

フランス料理のときはリヨンまで行ってミシュランの三ツ星の「ポールボキューズ」でランチというとんでもないことまでしてしまった。建築主体の旅行とは違った別の楽しみであった。
ストラスブールではリースリングワインとシュークルート、ドイツでは美味しいバターソースのホワイトアスパラ、よくわからなかったロンドンのローストビーフ、志摩観のあわび、・・・
当然こちらもホワグラに

これでは美しい60代が迎えられないと一念発起、自転車に乗り始めたのだ。


妻沼滑空場

2008年11月25日 | ひとりごと

妻沼滑空場は利根川の河川敷にあるグライダーのための飛行場だ。
対岸の大泉町は戦前に中島飛行機の海軍機工場があったところ。現在工事中の住宅はもとの飛行場の隣にあり、占領軍が住宅地として開発した中にある。
以前「連山」の1944年10月23日の進空式の映像を見たことがあるが少し離れるが今日と同じように赤城山が映っていた。

少し下流の利根大堰までサイクリングロードがほぼつながっている。
11月23日は期念すべき日となった。体重が20年以上ぶりに60㎏台になる。
もっとも69.6㎏ではあるが。
自転車に本格的に乗り始めて4ヶ月、いままで中途半端にダイエットしても全く届かなかった数字である。

朝8時に前橋を出発、利根川サイクリングロードを妻沼滑空場まで走る。
初めての区間だが風も少なく極めて気持ちよく到着する。
グライダーが風切音を残し、つぎつぎに離陸していく。内燃エンジンが付いていないことでは自転車と同じ。
帰路は道に迷い、遠回りをしつつ、結局106㎞を走破する。

雑踏のなかの美術館

2008年11月13日 | ひとりごと

今回の旅行で唯一現代物が金沢21世紀美術館。
この建物には美術館に入ったときの独特の高揚感が無い。

クラシック音楽のシンフォニーのダイナミックレンジの広さと現代のポピュラー音楽の単調さとの対比にも似ているのかもしれない。

北国の町をガラスの器でくるんだかのようなつくりは祝祭空間ではなくまちの道路の交差する街角のイメージをもつ。ただひたすら平板な天井と床。限りなく細い柱

しかし施工精度は設計者が意図した無機的な空間を構成するに必要なレベルに達していないし、天井パネルのひずみはあきらかに空間の質を低下させている。視覚障害者用の誘導標識ばかり目立つ床はひびだらけ。

これも設計者の計算のうちであるならば意図したことはいかなるものなのだろうか。都市の猥雑さの現代美術的表現だったのだろうか。

吉島家住宅 篠田桃紅

2008年11月13日 | ひとりごと

高山の代表的な民家吉島家を拝見する。21歳のときに初めて見て以来3回目となる。もう少し大きな住宅であったような気がしていた。

隣の日下部家に比べると繊細で完成度が高いような気がしていたが今回前日に飛騨の里で大きな合掌造りの民家をたくさん見ていたせいか、それほど大きく感じない。また篠田桃紅と遠縁に当たるとのことで今は篠田桃紅の作品が飾ってあり、かつてのどっしりしたバランスを失っているようでやや落ち着かない印象あり。

一方日下部家はもともと濃い色の柱、梁がくっきりして重厚さが目立つ。
現在の好みから行ったら日下部家である。
現在の当主は建築家であり、自らの手を掛けるのに周到に考えをめぐらせたことであろう。オーセンティシーは確保されていると思うが・・・

今日、画廊のオーナーにこの話をしたら是非見に行きたいといっていた。
篠田桃紅と古民家の組み合わせ、切り口を変えればこれはこれで良いのかもしれないが吉島家の空間から何か得たいと思っていたから少し残念ではあった。

飛騨高山 長瀬旅館

2008年11月13日 | ひとりごと

長瀬旅館が今月で営業を停止するらしい。
今回の旅行の目的の一つがこの旅館の宿泊であった。日本旅館の宿泊は10数年前の京都炭屋以来である。
所員と一緒の部屋での宿泊はやや窮屈な気分ではあるが昔風の旅の風情ではある。

ブルーノタウトの著書にも名前の出てくるこの老舗旅館は伊藤博文をはじめ、多くの著名人の宿泊先としても有名で、高山に泊まる時には一度泊まりたいと思っていた。

タウトが日本滞在中の面倒を見た井上房一郎が経営し、群馬の名門建設会社であった井上工業が先月倒産、時代の流れではあるが文化の継承の難しさを感じる。

泊まった部屋はタイトが宿泊した部屋の隣であったらしい。
ホテルのようなプライバシーは望めない部屋であるが和風旅館らしい立派な部屋であった。

郡上八幡 勇気と知恵

2008年11月13日 | ひとりごと

郡上八幡の新橋は郡上八幡の男子が通過儀礼として高い橋の上から飛び込むことで知られている。もっとも低いところから順に慣れてから後飛び込むのだそうで引き返すのも勇気と教えているとのこと。
旅行者が酔狂で飛び込むこと戒める立て札には郡上八幡の文化を破壊しないで欲しいとの記述あり。
なんでも過保護がまかり通る現代、手摺の高さは1.1mなどという幼稚な建築基準法などくそくらえの立派な文化の継承と誇りを感じる。

建築への旅 2008秋

2008年11月13日 | ひとりごと

11月9日から11日まで、飛騨、北陸地方の建築を見に出掛ける。
高速道路のおかげで身近になる。乗鞍を越すつもりがもう道路閉鎖、そのおかげで郡上八幡に立ち寄ることになる。

高山の飛騨の里には午後2時には到着、早速移築保存された民家を見てまわる。宿は長瀬旅館に投宿。ブルーノタウトが宿泊したことでも知られるこの旅館はなんと今月いっぱいで閉めるとのこと。夕食後真っ暗になって観光客の引けた上三之町を歩く。
宮川では紅葉をライトアップしている。幽玄の世界。
朝、食事前に町を歩く。出勤時間前の町は静まり返っている。中心を外れるにしたがって修復がなされていない民家が目立つが生活感があってかえって面白い。
日下部家、吉島家の順に見学する。意外と小振りな印象。

高山ラーメンを街中で食べ飛騨古川を経由して白川郷、五箇山、の合掌造り集落を訪ね夕方金沢に到着。厚生年金会館に宿泊。
兼六園の夜間開放に出掛ける。光量を御押さえ気味の照明に映し出された紅葉と水面の映り込みが見事。香林坊で一軒寄り道し宿に戻る。

朝、兼六園を散歩する。大きな庭園だが桂離宮のような緊張感はない。
土塀が続く武家屋敷通りを散策し、東の茶屋街の「志摩」に上がる。といっても見学だけ。
夕方の日本海沿いを北上し、長野廻りで帰橋する。いささか疲れる。

奥多野 峠のうどん屋藤屋

2008年11月04日 | ひとりごと

昨日は奥多野ツーリングに参加、約100㎞を走破。
下仁田まで上信電鉄で移動。途中山名駅の近くの祖母や叔父達が住んでいた家が見えた。盆、正月にはよく父親に連れられ遊びに行った。看護婦をしていた叔母は偏食がひどい甥を甘やかさなかったのが記憶に残る。いとこ達と近くの鮎川に水遊びにも行った。いまは無人となっているのが寂しい。夕焼けの山名の駅で電車を待っていると一つ前の駅から2両編成の電車がシルエットになって進行してくるのが思い出された。

富岡を出ると登山電車のような景色をスピードを上げながら下仁田駅に着く。
上州一宮でトイレのために一人下車。但し5分遅れで下仁田で合流。
下仁田の町は山間部とはいえ飲食店街もありなかなかな風情。ここまで電車で飲みに来るのも面白いかもしれない。女子高生に集合写真のシャッターをお願いし出発、山道を登り始める。

途中進路を誤り引き返すが湯の沢トンネルの手前まではゆるい登りが続く。
但し直前が急坂の連続で押して登り、メンバーをトンネルの入り口で待たせてしまう。坂の途中クラクションを鳴らされ気をとられた拍子に溝蓋が無いのに気づき操作を誤り藪の中へ転倒。擦り傷あり。

3㎞の長いトンネルで自動車の恐怖を味わいながら無事通過。峠のうどん屋藤屋で昼食。ため息が出そうな大盛りのうどん。ゆで卵、野菜天ぷら二枚はいって600円。美味しいのだがあの運動の後でもアップアップ。

上野村に向かってあとはほぼくだり。紅葉の神流川沿いに帰路につく。
快調にとばすも神流湖附近でふたたび登り、遅れをとる。
再び下り坂で60㎞/h近いスピードで下る。
鬼石から先は信号も多く、スピードには乗らないがどんどん夕暮れになり、前橋に着くころにはすっかり日が落ちて、ツーリングが終了した。
今日はさほど筋肉痛はない。

錦秋の信濃追分

2008年11月02日 | ひとりごと

昨日11月1日、GICC(群馬インテリアコーディネーター協会)の軽井沢見学セミナーに参加する。

今回はドメイヌ・ドウ・ミクニを中心に計画された。
建築は坂倉準三の木造住宅を東京から保存移築されたことで建築雑誌にも紹介されたが料理ももちろん一流の折り紙つきである。

久しぶりにきちんとした洋食をいただく。
スタッフの働きぶりも建築や料理に引けをとらないのが印象的。

コルビジェに建築を学んだはずなのに和瓦と白い外壁は意外だが庇の出し方などさりげなくギミックの垂木を使ったり、やはり和風建築の作家ではないことを物語っている。またテラスに面した掃きだし窓はおおきな縦軸回転窓であり、これもフランス帰りの若い建築家のこだわりと見える。扉の意匠では広葉樹と針葉樹を吹き寄せ風に縦羽目にしたり、細かいところにも気が配られている。

このレストランは別荘分譲地「追分倶楽部」内にあり、一見では所在をなかなか確認しにくい。この敷地は御影用水の温水池に面しており、山間部としては広い川幅いっぱいの水面の水がゆっくり流れるさまは中欧の運河を思い出させるのどかな光景である。

現地の案内をお願いした「平野充」さんのはからいで種々別荘地を案内いただき有意義な一日であった。