2018 備忘録

思いついたことを書き残す。

群響 お茶の間コンサートが放映中止

2009年03月29日 | 建    築

お昼近くTVのスイッチを何気なくいれたら群響 お茶の間コンサートを放映していた。番組の最後に中止のテロップが。
提供が県教委で緊縮財政のあおりか。
客観的にいえば日曜日のおひるごろクラシックのコンサート、しかも定演となれば聞くほうも体力の要る本格的な曲が多いのだからじっくり聞き込む県民がどのくらいいるか疑問ではあるがカラオケ大会は盛況なのに少し寂しい気もする。

画面にはなつかしい群馬音楽センターのステージが写っている。
最近このホールの存続を考えるセミナーがあり聴講する。
ステージ上部の空間の気積が足らないのでよい音がしないし、形態的に改善の余地はないと音響の専門家からの指摘があった。

しかしである。
戦後の復興期に市民運動から建設されたこのホールのもつ意味は非常に大きいと思う。設計者も今評判の良いシューボックス型をあえて採用せず、聴衆がなるべく同じ視線で鑑賞できるように配慮したのではと思う。占領軍によって与えられた民主主義と揶揄されながらも軍国主義から決別し平和な日本を建設しようとしたある一時期の日本の記念碑のように思える。

群響はトラックの荷台に楽器を積み山奥の学校まで演奏活動を過去に行なったことがある。学校の体育館でコンサートをするのである。
本気で文化を考えていた時代。欧米文化が全てではないにしろ地方の交響楽団として存在意義があったのだと思う。設立当時に比べればおそらく団員の質の上がっていると思うがたんに他のオーケストラと競うのではなく地方にある意味を考えて欲しいと思うだがいかがか。このホールの音響については団員のなかにも不満が多いとも聞く。

文化は非常にもろいものである。
新たなホールが建設されこのホールも記憶の中にだけ行き続けるようになるのかもしれないが歴史の証人をあまりにも簡単に葬ってしまってよいものだろうか。

皮肉なことに設計者は帝国ホテル設計のスタッフとして来日した外国人である。
しかしたった一人の建築家が残した歴史的資産の重みは大変なものがあるのだ。

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JIA住宅部会納会090325

2009年03月27日 | 建    築
住宅部会の納会に参加。
JIAらしい会といわれるが料理のセットも盛り付けも手作り。さりげなさのなかにもこだわりや、趣味のよさが光る。
担当された会員の皆様に感謝。
次期部会長がこの会がERIを正す場であり会員の顔を思い出してがんばっているとあいさつ。同感である。もっと東京まで出掛けさせてくれることの重みを感じる。
設計変更についての話も聞く。
設計図が出来上がれば設計は終わりじゃないよ。建築主、施工者と最後まで高めていくものだよ。品質管理に目を奪われつい小さくまとめようとしてしまう姿勢への警鐘と受け止める。
それにしても年に数回しかあえないのに暖かく迎えてくれる仲間の存在は大きい。

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JIA2009建築祭

2009年03月16日 | 建    築
毎年、恒例行事の建築祭が3/14・15に県庁昭和庁舎で開かれた。
この間でも根性で日曜日に坂東大橋まで一走り、10時には県庁にいかなくてはならないので時間を気にしながら走る。途中五料大橋の袂でぐるぐる会でも一緒に走った高碕のTさんに会い、斎田の休憩所までご一緒する。といっても必死に漕いでも置いてきぼり。斉田で待っていてくれたという次第。
お店を開けるまでの早朝に走るのだとか。
後ろからみていたら下ハンの握り方がよく見えたので早速まねをしてみる。
腹筋、背筋が育ってきたせいか意外と走れる。

建築祭は回を重ねるたびに盛大になっていくのが言いだしっぺとしては楽しい。
但しマンネリの兆しも見えるから用心、用心といったところ。
同じ職業の人間だけの会だし年齢も30台から80台までと意思の疎通の難しいことも課題だ。会員全員で参加できるとよいと思うのだが。

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菜花2009

2009年03月09日 | 自 転 車

昨年、3月16日に20インチのミニベロ車を購入した。
以来次のロードバイクを通算すると5000㎞走行した。

乗り始めた頃も菜花の季節。早くも一年が経とうとしている。
利根川河川敷の近くは白い梅が見ごろ、香りも春の訪れを告げている。
しかし梅の香りは優雅でもバイクには似合わないようだ。
黄色い菜の花の季節は長い。諸喝采も見受けられる。
まだまだ寒いが着実に春が来た。
今日は公休日なので久しぶりに八崎まわりで大正橋へ
そのまま玉村まで下る。

仕事の電話が入り、少しショートカット。
月曜日は普通一週間の仕事の始まり。やや後ろめたい気持ちでバイクに乗っているがそれでも仕事の電話は出来れば来ないほうが良い。
バイクに乗り始める前は経営者は365日24h仕事といきがっていたがバイクに乗るのも貴重な時間だ。1年でほぼ10kgの減量に成功した功労者であるからだ。
いつまで乗れるかわからないが体力だけは落とさないようにしたい。
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JIA保存問題神奈川大会

2009年03月01日 | 建    築

JIA保存問題神奈川大会は今年は横須賀である。父の長兄は横須賀から海軍陸戦隊で上海事変に参加、中国軍の狙撃に会い戦死した。今年は父の希望で長兄ゆかりの横須賀へ一緒に参加する。建築見学は帝国海軍時代の近代化遺産をめぐるものだった。父は戦時中中島飛行機に工員として勤めていたのでかつての海軍の鋸屋根の工場内に興味を持ったようだ。

かつての主要な施設はいまだ米海軍が接収したままになっている。旧横須賀鎮守府長官官舎も戦後アメリカ海軍の官舎になっていたようだが決して豪華な官舎ではないので大柄なアメリカ人には窮屈であったとおもわれるが占領軍として象徴の意味で使用したのか。

説明にあたった海自の広報担当は「自分は海軍3代目」という、「軍人は面子を重んじる」といった。自衛隊の中でももっとも旧軍の伝統を受け継いでいるといわれる海自の空気を感じる。
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