2022 備忘録

思いついたことを書き残す。

三月ももう終わり。

2016年03月30日 | ひとりごと
天候不順とはいえ桜の明るい花びらの色が街を包むようになった。
桜の花の身頃は短い。駆け足でお花見だ。

仕事は一区切り。また新しい仕事が始まる。一方切りがつかないことも。

夜更かし

2016年03月30日 | ひとりごと
画像整理をしていたらあっという間に午前零時をまたぐ。
何かせかされているとき、試験前などに関係の無いことに手を出すのに似た感覚。
眠くはならないがさすがに目がしょぼしょぼ。
きりが無いから今日はおしまい。

広瀬川河畔の桜

2016年03月28日 | ひとりごと
広瀬川河畔は柳の柔らかな緑と咲き始めた桜の明るい色に包まれ始めた。

あまり出番の無い撮影機材を処分しようとバッグにつめて小雨の中出かけたが店の前まで来て気が変わり引き返す。
不要かもしれないがせっかく縁あって手元にあるのだから大事にしよう。



広瀬川の「リバティ」のアールグレーで一休み。



お店のお勧め撮影ポイントに上り広瀬川を俯瞰してパシャリ。といってもバッグに機材がぎっしり詰まっているのにSDカードが無い。エクスペリアZの出番。結構写るものだ。




土筆 中央小学校の終わり

2016年03月25日 | ひとりごと
どこんじょ土筆である。群馬大橋の歩道のプランターの中、排気ガスにもめげず今年も顔を出す。
蛇の頭のようにも見え、華がないが春には定番の風物詩だ。

今日は市立中央小学校の閉校式とのこと。
自分が設計で関係した小学校もいくつも廃校になった。まだ20年前後のことだ。
明治以来の木造校舎を建替えたものもある。

まさか前橋の街の中心部の小学校が隣の通学区と合併する。
先方は群馬で最古の桃井小学校であるから相手が悪い。名前は譲ることになったようだ。

今の校舎はかつて久留万尋高等小学校があり父はここの卒業生である。
旧学制では小学校卒業後2年間ここで学んだ。桃井、中川、城東、城南、若宮、敷島の各小学校から集まったそうだ。
一クラス60名、桃井だけでも6クラスだったそうで巨大な学校であったと思われる。

昭和20年8月5日のアメリカ軍の夜間空襲で校舎は消失、昭和22年に再建された校舎は第一中学校となった。
その第一中学校も敷地が手狭で線路の南側に移転しそのあとに中央小学校として昭和32年に設立された。

戦後すぐの木造校舎で、小学生が使うにはやや不都合もあったらしい。桃井などの戦前の校舎と比べるとなんとなく安普請。
窓廻りのディテールも粗末なものだった。なにしろ教室に照明がない。小学校だから遅くまで授業が無いという思い切り。
高学年になってやっと白熱電球1灯が点けられた。階段室下に石炭置き場があり当番がブリキバケツをぶら下げて朝取りに行ったものだ。

新学期からは中央小学校が桃井小学校になり、校舎を新築してまた桃井小学校の位置に戻るそうだ。
もともと中央小学校は桃井、城南、中川の三校がベビーブームのあおりで満杯になったことにより出来た学校であるから元に戻るということかもしれない。そもそも回りにめっきり小学生の姿が見られないのだ。

若い人たちがどうしたら戻ってきてくれるのか。街の魅力とは・・・

JIAで「空き家空き地コンペ」が開かれる。

JIAでは6月に開かれる支部大会に合わせて今話題になっている空家問題のケーススタディとして本町二丁目地区を選んだようだ。
この地区は中心部にありながら性格がはっきりしないありふれた街である。街の中の限界集落。おそらく日本中の中心市街限界集落の典型であろう。
経済活動をするには集積度向上の当てはないし、路地奥にひっそり暮らす老人世帯。結構しぶとい飲食店。どんな提案が出るだろう。空き地空き家が出来る原因にまで遡る深堀をした提案が出ることを期待したい。

晴れ、後、雨

2016年03月23日 | ひとりごと
朝は暖かだったが風が出てきてやがて夕方から雨。めまぐるしく天候が変わる。
一方白木蓮の花が見ごろ、桜もあちこちで咲き始めた。
現場への行き帰り、春らしさが日増しに濃くなっていくようだ。

あっという間に一日が終わる。充実していたのかどうか疑問ではあるが。
いまさらではあるが一日を振り返る。


春の小川

2016年03月22日 | ひとりごと
自分の周りでは結構有名な「春の小川」
桃木川源流に近く、水かさを増した雪代が小さな音を立てながら流れる小川。畦には菜の花やショカッサイの花が春が来たのを告げている。

今日は気温も高く、かつ風もおだやか。
歯の治療のため「前橋宮久保歯科」に受診のおり小川の近くを通りかかる。予約まで少し時間が余ったのでちょっと畦を降りる。
せせらぎの音が響く。鳥のさえずりも。なんとのどかなのだ。まさに春の小川。

お彼岸

2016年03月22日 | ひとりごと
墓参りの車でいつもの日曜日より道路が混み合っていた。
特に赤城県道は嶺霊園からの帰りであろうか渋滞していた。

才川と呼んだ前橋の市街地の北のはずれだったところに墓がある。
両親が先に墓参を済ませていたので花が手向けてあったがまだまだ気温が寒く寒々しさもある。

昼間は仕事場で事務処理。人気の無い事務所でひとり少しのんびり仕事をこなす。
明日から月末まではあっという間のことだ。

平成3年3月15日この事務所の前身の「米田設計」を立ち上げた。
手探りのまま25年が経ち、まだまだ、まだまだ気が休まることが無い。
適度な刺激は脳を活性するらしいが強度の刺激は免疫機能が低下する。
また新たな適度な刺激を捜そう。

春の国境の山

2016年03月16日 | ひとりごと
寒の戻りで県北の山々は白銀に輝いている。今年もこれが見納めか。
まだまだ芽吹きは遅いがそれでも里山は枯れ枝も赤みを増してきた。

現場に出る道中、季節の移り変わりを感じられるのがこの仕事の特権か。
実際の現場は様々な課題を抱える。何棟手がけてもだ。この仕事続ける限り続くのだ。