2018 備忘録

思いついたことを書き残す。

実りの秋

2018年09月24日 | ひとりごと

あちこちで稲刈りが始まった。四季が移り変わり一年が経つと同じような風景。主食である米の収穫はある種の安堵感を与えるものだ。稲作を中心とした日本の長い歴史、文化。農耕民族としての感性。いくらグローバルになったからと言ってそうそう抜けるものではない。平準化することを好む感性、良い方にも悪い方にも現れるようだ。革命はどうも向かない民族性。
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お彼岸の墓参り

2018年09月23日 | ひとりごと

お彼岸につき墓参り。両親のそれぞれの先祖の墓、また両親の義父母の墓と3箇所運転手を務める。彼岸花とはよく言ったものであちこちの畦道などで沢山の花が咲いていた。
今年の誕生日に父親は運転免許証を返納した。両親ともに足腰がだいぶ弱ってきたのが気になる。食欲は両親ともに良好。バーミアンで昼食。デザートまで平らげてくれた。花が手向けてある墓もあれば篠の藪になりかかっている墓もあり、墓を守ると言ってもそれぞれ。先祖を偲ぶお彼岸。かつて一緒に暮らした家族のことをちょっと思い出した。
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週末に付き

2018年09月22日 | ひとりごと

あっという間に仕事の一週間が終わる。やれやれ。JIA行事も一段落。気温が急に下がってきた。本当に秋だ。
彼岸になった。秋分。今度は当時に向かって日がますます短くなる。ちょっと寂しい季節でもある。実りの季節でもある。
秋霖というのであろうか。雨模様の日が多い。ただし梅雨ほどの鬱陶しさはない。木材の水分が一番高いのはこの時期だ。11月になると水を上げなくなり林業では伐採の時期。
今年はきのこも豊作。どんな紅葉が見られるだろうか。
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重たいなあ

2018年09月21日 | ひとりごと

斉藤孝彦さんの話、だんだん重くなる。
自分にはいささか縁遠かったはずのプロフェス、プロフェッション、プロフェッショナル、スペシャリスト。いずれも外来語。
まともに訳さなければならない。これらについて教育を受けたはずの人たちがすっかり忘れて、教育を受けていない人間がいまさら教えられアノことだったのかと合点がいく。
この仕事を続けた根拠が揺らいでいる。一番の問題は利益相反。JIAにはやはり設計施工一貫は無理だ。ワンストップなどと横着してはいけない。
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素人

2018年09月20日 | ひとりごと

素人について書こうと思っていたがまとまらず。
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斉藤孝彦さんと建築家職能を語る会

2018年09月19日 | ひとりごと

大先輩のJIA会員である斉藤孝彦さんと建築家職能を語る会があり出席。建築家はポピュリズムの波に飲み込まれそうだが、建築家が建築家であるためにどのような立ち位置でいなくてはならないか、改めて貴重なお話をいただく。先日の資格制度委員会でのシンポジウムでも盛んに出てきた「利益相反」弁護士の世界で言えば被告と原告双方から報酬を得ることから法律関係ではよく使う言葉。私的な友達のために学校建設のために税金を無駄に支出させたりすることなどが典型だ。

プロシェッショナリズムとして「専門性」「公益性」「非営利」を大切にすること。何も難しい話ではなく日頃の業務を通じ建築主、広くは社会のために職能を発揮させる努力を惜しまないこと。それに尽きるのだ。いくら専門性に優れていても建築主に不利益になるようなことをしてはいけない。ただむとんちゃくな人達がいるのも事実だ。

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日常へ戻る。

2018年09月18日 | ひとりごと

4日ほど仕事場を開けていたが今日から日常に戻る。そんな矢先の葬儀参列。高校以来の友人のお母さんの葬儀。享年90歳とのこと。
斎場で顔を会わせたら「米田のところは大丈夫か」と。まあ大丈夫だと返事。葬儀は悲しみを共有する時間。若いときはこの気持の落ち込みがどこからくるものかわからないものだが同居していた家族をすでに3人見送った。嫌な時間である。



夜はGICC群馬インテリアコーディメーター協会の理事会。意見合意はなかなか難しいもの。ただし議論を重ねることから相互理解も信頼も深まるもの。焦ってはいけない。
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きのこ山

2018年09月17日 | ひとりごと

初秋の赤城山麓で遊ぶ。紅葉まではまだ少し、夏の花は終わり、秋の草花に変わっている。晴れてはいたが時々強い風が吹き蝉しぐれに変わり葉擦れの音が秋であることを感じさせる。山ではきのこがたくさん出ている。観賞用ということで触れずにやり過ごす。


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退屈な日曜日

2018年09月16日 | ひとりごと

昨日までの反動でダラダラ一日過ごす。少し忙しかった。
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JIA東京大会2018終わる。

2018年09月15日 | ひとりごと

2日に渡って大会行事。特に今日は直接担当している「職能・資格制度委員会」のシンポジュームがあり朝から忙しかった。
ここで出た話題は「建築設計における利益相反」。専業建築家にはこれを守れる可能性があるが所詮心の持ち方の問題。
JIA会員は組織の論理ではなく個人の尊厳の問題として捉えていく必要があるだろうし、社会にも問い続けることが求められる。と受け止めた。
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JIA東京大会2018

2018年09月14日 | ひとりごと

JIAの行事で上京。旧知の会員に久しぶりに会う。レセプションパーティーは六本木グランハイアットという事でさすがに豪華。サービスの人数がすごい。これが格式だろう。特にデザートがうまい。森美術館はやや期待はずれ。戦後建築の総決算ながら文脈がみえない。竹橋の近代美術館出会った住宅に絞った展示の方が見応えがあった。住宅を主に手掛けてきたせいもあるが、散漫な印象。一般の人や学生、外国人には建築史の教科書のようなないようだから一見の価値はある。

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やや疲労

2018年09月14日 | ひとりごと
2011年の世界大会

夜少し横になったら意識朦朧。思考力なし。ということでそのまま就寝。夜ブログを書くくらいの余力を残しておかなくては。おそらく明日出勤しないことも緊張感の持続に欠けたのかも。

今日はアルカジア東京大会 2018(ACA18 TOKYO)とJIA東京大会2018のため上京。ついでにいくつか回るところもあり。気分転換もしよう。
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山里

2018年09月12日 | ひとりごと

すっかり秋。少し山にはいるともはや半袖では寒い。少しずつ紅葉が始まっている。里でも秋明菊や野紺菊などの小菊が目立つようになった。
15年前の仕事のリフォームの打ち合わせ。羨ましいような静かで上品な暮らし。慎ましいが日々を楽しまれている様子が伝わってくる。
建築の設計という仕事はなんとも息の長い仕事だ。現場に行き来していた当時を思い出す。
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彼岸花

2018年09月12日 | ひとりごと

畦道に彼岸花が目立つようになってきた。お彼岸に合わせて咲くのでお墓とセットの印象が強くやや縁起の悪い花。曼珠沙華とも言う。
夏が終わり秋になったというダメ押しでもある。夏は夏、秋は秋で野草は楽しめる。そして紅葉へ。写真撮影には一番楽しみな季節となった。

夜、GICCの勉強会。最新家電がテーマである。昨日北海道大停電について書き込んだばかり。電源を失えばIoTも砂上の楼閣の如くである。
事務所の所長はアウトドアに長じている。彼と話をしていると間違いなく災害時も生き延びるだろうと思う。生きていくための知恵、スキルを持っているように思える。自分はといえば社会のシステムにどっぷり浸かり生殺収奪を社会に預けてきたような気がする。人間といえども動物としてたくましく行きたいものだ。
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秋雨

2018年09月10日 | ひとりごと

いきなり秋雨。強い雨で撮影難航。現像してみたら手ぶれ多数。傘片手にカメラかばいながら無理な姿勢がたたる。先日の台風で山の草花もだいぶ倒れていて痛々しい。秋の気配と雨模様。気温もだいぶ下がった。いよいよ季節が変わる。



今年は数々の水害と地震。まだなにかありそうな不安。
太陽光発電プラントも大きな被害を受けた。実際かなり貧弱な課題の施設も見られたので心配ではあった。ネット上ではこれらの被害が話題にならないとマスコミが恣意的に隠蔽しているのではないかとの書き込みがある。しかし話題のすり替えでは困る。原発から自然エネルギーに転換する過程で太陽光発電にはまだまだ改善点も多いのだ。

建築家の湯浅剛さんはオフグリッド。すなわち電力会社から電力の供給を受けない事務所を建てた。今回の北海道大停電のような事態でも電力が自立できる。太陽光発電ネットワークが機能していれば発電所からの送電が止まっても重要インフラだけでも動かせる可能性がある。

原発反対を言うのは簡単だ。しかし覚悟のいることだ。そして弊害もある。その一つが太陽光発電施設の環境への違和感だ。しかし原子力発電には致命的欠陥がある。燃料廃棄の課題が先伸ばしになっていること。絶対安全性の欠如。東京電力は新潟県と福島県に大規模発電所を建設した。ともに東北電力の供給範囲だ。東京電力はリスクを承知で遠隔地に建設し、送電抵抗ロスを重ねながら首都圏に送っていた。ともに大地震で損傷し、停止中または廃炉作業中である。目先の経済性に一喜一憂することではなく将来に悔いのない施策が求められる。福島第一原発事故はまだ解決には程遠い。
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