2018 備忘録

思いついたことを書き残す。

建築作品展の準備

2011年05月25日 | 建    築

事務所の建築作品展を来週に控え準備が急ピッチで進んでいる。
通常業務の間を縫ってのことで、また所員の手作りということもあり建築の設計こそプロではあるがはじめての体験も多く試行錯誤している。

過去の作品展だけではなく今の、また将来の米田設計を知ってほしいという願いがある。
そこで今回は子供むけのワークショップも企画した。

なんでも偽物だらけの現代である。
本物の木材(むなしい言葉だ)を加工した角材で木琴を組み立てていただく。
老若男女問わずOK。
木本来の重み、固さ、音、匂い、を感じ取ってほしいと思う。
設計の中でこだわっている真に五感に響くような素材に囲まれた生活の入口だ。

また棒と輪ゴムでオブジェを造る試み。
来場者の方の自由な発想で何が出来るか、偶然でもよい。楽しみな企画だ。

今回は写真、模型、それぞれのプロに製作をお願いした。
もちろん所内で製作することが多いのだがやはり本格的なものを自分自身も楽しみたいと思う。

いずれにせよたった二日間のこととはいえおおきな節目の行事となることだろう。
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昨日・今日

2011年05月23日 | ひとりごと

昨日は渋川の住宅の上棟式。
盛大に祝う。本格的な木造住宅で屋根の重なりが美しい。
渋川市街地特有の坂道の途中にあり、緩やかな斜面に沿うように配置された瀟洒な住宅になりそうだ。

またこの日久しぶりにグルグル会の走行会に参加。
ペースが速いメンバーと一緒に走ることで彼我の差を確認するともにDBCに操縦姿勢等をチェックしていただきたかったので参加することに。
まだまだ次第点はいただけなかったがまたヒントをもとに課題に取り組めそうだ。

上棟式までに戻らなくてはいけないのと折から降り始めた雨から逃げるため国道17号線を全速で戻った。
今日は結構あちこち筋肉が痛い。いつもののったらペースとは違った。

今日は事務所のもう一つのバラがいくつも咲き始めた。
せっかく選定してもらったのにうどんこ病がつき成長が心配されたが何とか乗り切ってくれた。
香こそデンティーベスにかなわないもののバラらしい花をつけてくれた。
窮屈な鉢から一回り大きな鉢に移してやったので来年もまた春のバラを楽しみに待とう。
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段取り八分

2011年05月20日 | 建    築

先輩方からよく言われた言葉、「段取り八分」
準備を怠らず先を見ての仕事の仕方のことだ。仕事の良否は8割方段取りの良しあしで決まってしまうこと。

今朝市内の現場のコンクリートの打設に立ち会う。

「打設」というのは聞きなれない言葉だが簡単にいえば仮枠にコンクリートを充填することだ。
コンクリートはミキサー車から流し込まれるから柔らかくてするすると入っていくと思ったら大間違い。
なにせ砂利と砂とセメントと水、それに添加剤少々なのでざらざらといってよい。
そこでかつては木つちで仮枠をたたいて充填させたものだ。そこで「打設」なのだ。
今は棒状振動機等が主役だが重労働であるには変わらない。
この品質管理は実は大変デリケートだ。

打設に先立ちいくつかの試験を行う。
まずコンクリートの固さを測るスランプ試験
コンクリートに含まれる空気量の測定
後日になるが試料を6本を圧縮強度試験のために採取
塩分量の試薬の挿入
配合計画書のとおりか確認する。

またコンクリートは工場出荷から1時間程度で凝結を始める。
現場での待機時間が長いと所定の強度が出なくなる恐れがあるので返品しなくてはならない。
監理者としては緊張の連続だ。

不心得な施工者は現場で水を混ぜて固くなりかけのコンクリートをお茶漬けのようにさらさらと流し飲んでしまう「シャブコン」
でやっつけてしまうところがある。姉歯事件の時この言葉が出てきたのを思い出す。

この現場は段取りがよく、順調に所定の品質のコンクリート打設が行われた。
建築主もいそがしいさなか駆けつけ興味深く立ち会われていた。

写真はアンカーボルト類にまかれたテープの様子。
一本一本丁寧に巻きつかれてある。
コンクリート打設の際、コンクリートで汚れてナットが回らなくなるのを防ぐためだ。
もちろんあとで汚れを落とせば良いのだがボルトのねじ山に付着したコンクリートを除去するのは手間仕事だ。
今手当てしておけば後が楽。このように先を見越した仕事の仕方を「段取り八分」というのだ。
ささいなことで現場への信頼感が増すものだ。
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小径の家の上棟

2011年05月16日 | 建    築

上棟・・
建築の骨格が組み上がること。
施工者の作業場で加工され準備された木材がいよいよ現場で基礎の上に立ち上がる。

ちなみに「基礎」と「土台」の区別がつかない人が多い。
地震の専門家が津波の説明で「土台」だけ残して流されたとTVでしゃべっていたが、防災について語るのであれば建築用語も少しは覚えてほしいもの。
建築では水平に架かる材料を「台」と評することがある。地面に近く「土台」というのだろう。
「野」というと仕上げられていない材料。「野地板」「野縁」「野柱」さて何でしょう。

短い時間で一気に建物の形が現れる興奮する日。何回経験してもわくわくするものだ。
模型やCGで三次元でずいぶんチェックはしていてもやはり実物が出来るまでは心配なものだ。

もちろん「小径の家」は期待通りの出来だ。建築主もつきっきりで見守っている。
これからの仕上げが楽しみだ。


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ニセアカシヤ

2011年05月15日 | ひとりごと

街にハナミズキがあふれたかと思ったら、利根川河畔はニセアカシヤの白い花と濃厚な香りに包まれている。
通称アカシヤだが帰化植物で生長がはやいので全国に広まったが根が浅く倒れやすいとのことで今は厄介者になっているらしい。
それでも初夏を代表する花の一つだ。
一週間前はまだ気配もなかったのにどんどん夏に向かって季節が移っていくようだ。山の野生の藤も咲きだした。

花を天ぷらにしたりするが今年は放射性物質のせいもありどうだろう。
とにかく今日は絶好の自転車日和だった。
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2011年のデンティーベス

2011年05月14日 | ひとりごと

今年も事務所のデンティーベスが咲く。
昨年、やっと鉢を一回り大きくしてやった甲斐があり大きな花が咲く。

大変な出来事があっても、こうして季節がめぐって何もなかったかのように年を重ねていくバラ。
年月の移ろいがこのように穏やかなものであったほしいと思う。
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一期一会のことづくり

2011年05月11日 | 建    築

「一期一会のことづくり」は米田設計作品展のキャッチコピーだ。
所員との数度の話し合いで決まった。
既製品の設計ではなく常に特注の設計を任されてきた歴史、いつもはじめてのことばかりだった。
そして実際の現場仕事は施工会社にゆだねることで、設計行為の独立性を維持してきた。
そんな軌跡をこの言葉に託した。

作品展を期に、
「自分たちのやっていることの本質」とは
「事務所の進路をこれからどうするか」
等々、考える機会ともなった。

自分が温めてきた仕事への想いとは別に所員にも一人一人、想いがある。
但し責任者である以上、権限と責任を放棄するわけにはいかない。
今回の作品展は自分が考えていることを実現するしかない。
次の10年後、20年後、事務所どのようになっていることだろう。

私は軌跡の部分、過去の作品について主にまとめるつもりだ。
所員は事務所で今傾注していること、これから進めたいこと、
いかに多くの来場者と触れ合うか、等準備が進む。




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発地の彼岸桜

2011年05月04日 | 自 転 車

発地の彼岸桜を観に北上する。
綾戸は新緑ですがすがしく美しい。
山間部もいよいよ柔らかいうすい緑に包まれている。
スギ花粉も峠を過ぎたのか杉林からは杉の葉の香りがほのかに香る。

お目当ての桜はもう葉桜になりつつある。
望景ラインを川場まではじめて走る。
快適な道だ。

いつもの赤城西麓道路を走る。
祭日だが農家の人たちが農作業でいそがしそうだ。

カフェアウルに立ち寄り、前橋まで帰る。

ルートラボ

久しぶりにのんびりしている連休も明日で終わる。
6月4,5日には開催を見合わせていた米田設計の作品展を開催する。
準備が本格化するので連休早々いそがしくなるだろう。

大地震直後の停電や燃料不足の事態を受け、来場者の方々の安全確保を優先したのだが、
せっかく準備をしたことでもあり、また自分自身の20年にわたる活動のくくりがボケるのもいかがなものかと思い開催することにした。
一方問題はこれから何をするかだ。
連休中もこのことが頭から離れなかった。
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白井宿の花いかだ

2011年05月02日 | 建    築

先日の長距離走がひびいてまだ足が重い。
白井宿まで北上したが折からの強風で前に進むのに難儀する。

今白井宿は八重桜が満開だが強風で花吹雪に。
宿場の中央を流れる水路の水面は鮮やかな花びらで花いかだとなる。

染井吉野に比べると色も姿も濃艶で古い宿場町が一瞬息を吹き返したような感がある。
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花の五月

2011年05月01日 | ひとりごと

今、前橋の街は街路樹のハナミズキの花で華やいで見える。
事務所の鉢物も一斉に花をつけ始めた。
モッコウバラが今年も元気だ。
春はどんどん進んでいく。

宮城県に行ってきてから一週間たつが、現地のことを思い出すと複雑な思いがある。
新幹線と一緒に写っている建設中の仮設住宅。
この差の大きさはこれからもっと広がっていくのかもしれない。

福島第一原発では一向に混乱が収まらないようだ。
原発は高度経済成長とともにモンスターのごとく成長した。
文字通りモンスターとして人間に牙をむきつつある。
金を出せば何でも手に入ると思っていた社会が極めて脆弱であることを思い知らされた。

トップの判断の事例研究として菅政権は多くのテーマを与えた。
原発は自民党政権と経済界の負の遺産である。
専門的に難し過ぎる課題を背負わされたとき、瞬時に判断することは一国の責任者として迷いがなく判断できることなのだろうか。
「たられば」の話はこれからどんどん出てくるだろう。
後知恵はだれでも口にできるとはいえ、判断手法を学ぶ機会であるし、経営者としてかじ取りを誤ることのないよう「他山の石」としよう。
もっとも原発が完全停止すればの話だが。
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