2022 備忘録

思いついたことを書き残す。

年越2009~2010

2009年12月31日 | ひとりごと
今年もいよいよ終わる。
景気の不安は地方の小事務所にも広がる。
かなり非常事態を意識してスタートした2009だったがなんとか滑り込む。

しかし世の中はおもしろくない状況に突き進みつつある。
SAABが消滅する。小規模な企業が立ち行かない現実。そして経済効率、または金融経済のえげつなさを見せつけられる思いを深くする。

エコカーが売れているという。しかし自動車の持っていた官能をくすぐるものはない。遊園地のカートのようなものだ。ガソリンの臭いと排気音をまき散らして峠道を疾走するといったことはすでに過去のものなのか。
本来エコを標榜するのであれば軽量、小型の車種にこそふさわしいのだが大型車までエコカー減税とかの優遇を受けること自体奇っ怪だ。
SAABの次の車は何にしようか。案外割り切ってトヨタのポルテあたりか。

大メーカーのトヨタが本気にエコを考えるのであればプリウス以外売ってはいけない。
エコハウスもすごく怪しい。
長期優良住宅、住宅瑕疵担保履行法、CASBEEだとか息が詰まりそうなことに汲々としていないか。
家を建てることはもっと楽しいことのはず。なにかプリウスに共通するものがある。必要条件はわかりやすいが十分条件は見えにくい。

幸い私の事務所は何が何でも沢山の作品を作ろうとは考えないし、また設計する必要もない。自分の表現したいことを自分の良心に従ってできるだけのことをやるまでだ。

来年はこの仕事について40年、開業してから19年、そしてあと2年で還暦。
様々な意味で節目に差掛かりつつある。
否応なく事業の引継のことも真剣に考えなくてはならない。
大事な1年になりそうだ。





氷雨 ラストラン2009

2009年12月31日 | ひとりごと

今年最後の走行は渋川手前で氷雨となり、板東橋で引き返す。
今年は1月1日に赤城神社へ初詣から始まり、輪行野辺山、輪行菅平、榛名山外周1周、妙義中岳神社、昭和村奥利根ワイナリー、榛名山松沢峠、赤城山小沼、輪行上野村天空回廊、輪行飯能ムーミン谷、足利ココファームと走行距離を伸ばす。

集団走行、単独走行と走り方は違ったがそれぞれ楽しく走る。同行していただいた諸氏にはたいへんお世話になりました。ありがとうございました。

あと二年で還暦。まだまだ守りに入るわけにはいかないがロードバイクを少しでも長く楽しむためにも日頃の節制に努めよう。
次期機材の検討も楽しいものだ。還暦号は紅い車体となる予定。


ココ・ファーム・ワイナリー

2009年12月24日 | ひとりごと

昨日は天候が安定していそうなのでかねてから計画していた足利のこころみ学園のココ・ファーム・ワイナリーまで長距離を走る。
膝付近の筋肉痛もあり1週休んでの走行なのでゆっくり走る。
R50から桃の木川CR、北関東道の側道を走る。普段仕事で走る道をロードバイクで走るのはなかなか楽しい気分。

デライトのおやじさんから「サドルを5粍下げてみたら」の忠告に従ったせいか膝の痛みもそれほどでなくWC以外ほとんど休みなく走り80分後現地に到着する。足利の日赤病院から先の山裾の道は寺が並び北鎌倉のような風情がある。さすが足利といったところ。

足利の町並みを離れ山間に入り坂をちょっと上るとココファームのある谷に着く。
早速食事に。ここのレストランの接客姿勢は驚くほどよい。福祉施設の経営ということで多くを期待していなかったのだが見事に覆られされた。若いスタッフが過不足無い気配りできびきびと働いている。例の急斜面の畑側の席に案内される。快晴の青空の下にブドウ畑が天まで広がっている。葉が緑の頃はさぞきれいなことであろう。
料理はカレーのランチセットとする。ほっとする至福のひととき。

帰路は上電で西桐生から輪行のつもりだったが来た道をそのまま引き返すことに。
足利はまだ前職のころ仕事で通ったところ。改めて渡良瀬川の河原から足利の街を眺める。北関東道の側道を快調に飛ばし、駒形のフェリーチェに立ち寄り、帰宅する。

サーブの終焉

2009年12月24日 | ひとりごと

悲報である。
サーブがとうとう廃業するらしい。N900・N9.3と15年間乗り継いだ。
もちろん現役で一年に25000㎞近く走り待っている。
特筆すべき性能があるわけではないがなぜか暖かみのあるデザインは換えがたいものがある。

最初のN900はGMに経営が移った後の車でオペルのベクトラと共通するパーツであったが故障が少々多く、まず最初にエンジンのヘッドカバーのガスケットが不調でオイル漏れ、おかげで工場でDOHCのパーツをこの目で見ることができた。その直後に輸入会社がヤナセに移り修理工場を知人の薦めで前橋のウイングに変更する。

電球の球切れの早いことやエンジンの不調を示すSIDが点灯するなどはらはらさせられる。結局燃料ポンプ交換、マフラー交換、ラジオ故障、エアコンつまみの再三の欠損、等々世話を焼かせた。それでもショックアブソーバをビルシュタインに交換したりして楽しんで11年間つきあうことに。

車検を目前にした8月、4tトラックに追突される。相手はヘッドライトが割れたり、バンパーがボディーに食い込んだしたがこちらはバンパーがボディー側に食い込んだだけで自走可能。幸い人体にはほとんど後遺症は出ずにすむ。

そんなさなかウイングから電話で1年落ちの5000㎞も走っていないサーブが出たが変えないかという連絡が入る。これも縁かと思い現在のN9.3に変える。
そんな思い出の詰まるサーブである。北欧の小さなメーカーの生きる道は現在の世知辛い世の中には無いようである。ボルボも経営が中国企業に移るとのこと。

SAABとは日本風に書けば「スエーデン航空機製造株式会社」とのこと。
先祖は戦闘機からの続き番号のSAAB92である。航空機では独創的な戦闘機を送り出してきたメーカーで自動車にも新しい技術を次々に開発してきた。
いまはEVなどに技術開発の目が向けられている。しかしそこには自動車が持っていたうきうき感はない。

サーブとともに過ごしてきた15年間。記憶をたどりつつ時間の流れを実感する。

白灯油

2009年12月07日 | ひとりごと
今日は休日出勤。
一人で石油ファンヒーターを付けながら仕事をする。
燃焼音かファンの音とともに石油の燃えるにおいがする。
かつて我が家の採暖は練炭や炭だった。
それに比べてたまにかかる医院の待合室は早くから石油ストーブだった。
どうもこちらのほうが良いにおいに思えた記憶は今も続く。

省エネや空気汚染の観点から日蔭者扱いだが、ふと懐かしさが込み上げる。

イエローカーペット

2009年12月06日 | ひとりごと

今前橋近郊では銀杏の紅葉の真っ盛りだ。
サイクリングロードも銀杏の落葉で覆われているところもある。
まだ右足の調子が良くないので今日もマイペースで一人で走ることに。
利根川CRから高崎伊勢崎線を走り玉村ゴルフ場で銀杏の落葉「イエローカーペット」の上を走る。

カーブで滑り落車しそうになる。転倒は免れたがその後妙に重たい。異音は発生しないのにスピードが15kmより上がらない。少し走ってから車を逆さにしてクランクをまわしてみたら廻らない。よく見たらブレーキパッドが曲がって片側がリムに接触している。手ですぐ直し回復する。ロードバイクは神経質なものですね。

エメンタールとグリュイエール

2009年12月06日 | ひとりごと

少し遅くなったが事務所の11月の反省会をチーズフォンデュでやる。
月末にはその月に起こった出来事について反省会を行っているがそのあと食事会を行う。季節がら今月はチーズフォンデュの鍋を囲むことに。

チーズはモンテドラーゴ、バケットはグランボアと本格的な材料だが初めてのことでどうなる事か不安もあったがやはりおいしい。
具が少々多すぎたのと煮すぎてしまったのは今後の課題。
いずれにせよ普段味わえない食事ではある。後始末までしないと帰れないのが内飲みのたいへんなところだが外食では味わない雰囲気もある。

烏瓜

2009年12月02日 | ひとりごと

VALOの事業で前橋市内の古い民家の調査に参加している。
今日は旧宮城村地区を廻る。

留守番はおばあちゃんが多い。調査の趣旨を説明すると一様に歓迎してくれる。
トタンでかぶせてあるとはいえシルエットはまぎれのない草葺きの家の庭先で話をする。この家は自分と同じ年だからずいぶん年季が経っているというからついこの間のことではないかといったら笑ってくれた。

赤城南面はモミジが意外と多いがもうそろそろ紅葉も終わり。変わって銀杏が夕日に照らされてきらきらと光っている。道端には烏瓜の赤い実が目立つ。まさに晩秋だ。