2018 備忘録

思いついたことを書き残す。

兵庫県南部地震から東北地方太平洋沖地震

2012年01月17日 | ひとりごと
兵庫県南部地震から17年たった。それ以降、中越、中越沖、そして昨年の東北地方太平洋沖と何やら地底が騒がしい。さらに東海、東南海等と地震の発生が取りざたされている。

JIAの活動で震災後の神戸市を訪れた。罹災した住宅の復旧についての助言を行った。
東灘区役所から自転車で住宅を回ったのだが、途中市街地から消毒のにおいと音の消えた町の光景の異常さに戸惑った。
人がいないということはこういうことなのか・・
あっけなく1階だけが圧壊しているマンション、隣に寄り掛かっているビル。自然の力の大きさを思い知らされる。

中越、中越沖では群馬県内にも被害が出るほど身近な地震だった。やはりJIAの支援活動に参加した。柏崎にも向かった。
その年の水害に引き続きの災難で二度被災された住人の家に伺う。ボランティアの人たちが立ち入っても安全かどうかを調べる仕事もした。
PTSD状態のかたともお話をした。

そして今回。
あまりにも悲惨だった。やはりJIAの活動で東松島市に赴く。
自衛隊の基地がすぐ目の前の市役所で住宅復興のための相談業務ということだったがまだ現地はそれどころではなく、行方不明者の捜索が続く中、市の職員の方はそとに出掛け全国から集まった自治体職員の方たちが市役所の業務を行い、結局自分たちも市役所の職員と同じような窓口業務となった。
応対した市民にうっかりした事は問えない。帰ってくる言葉は想像に絶するものだったにもかかわらず淡々とされていて掛ける言葉を失った。

TVや雑誌で状況は伝えられてはいたが、神戸の時以来感じていることはやはり現地に行かなければ、体感しなければ真実は伝わってこないということだ。
地震後「想定外」という言葉が飛び交った。
自分たちの仕事の判断基準として建築基準法や建築学会基準といった「基準値」といったものがある。
この多くは過去の災害事例を分析して得られた値を採用しているのだが地震でいえば未だに大震災の度にハードルが上がっているのだ。

TVの宣伝で住宅メーカーが小賢しくうたっている基準はせいぜいこの程度のものだ。
倒壊しかかっても生存空間を何とか確保することが構造設計では大変重要なことだと思うが、安易に「基準値」を超えれば責を果たしたと思っている人たちが多すぎる。
本来設計者一人一人が充分研究し、安全を確保することが難しいので国がそこそこの妥協点で決めたのがほとんだ。
地震の重力の加速度など個別の建物に予測不可能だ。

だから「大体大丈夫だと思う」という基準は越えただけでは責を果たしたとはいえないと思う。
その意味で今回の日本の中枢にいる産学官共同の人達の不祥事である原発事故は痛恨の極みだ。

我々はことが起きてから初めてことの危うさを初めて知らされた。
子供だって理解できることばかりだ。
危険な原子炉の上に学校のプールの何倍にも相当する水槽を設けてあったなど正気の沙汰ではない。
繰り返し言われるのは「基準値以下」という言葉だ。

目に見えない、経験もない放射能についてまでしたり顔で語られている。
そもそも「基準値」そのものがあてにならないことを思い知らされたのにまだ言うかだ。
基準値の正当性など「想定」ではなく「結果」でしか評価されないであろう。

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明日から仕事再開

2012年01月04日 | ひとりごと

今日、利根川CRを走っていたらあちこちから蝋梅の香りが、
冬本場とはいえ、もう春が次の出番を待ちかねているよう。

放射性物質は目には全く見えない。景色は去年と少しも変わっていないのだが、つい奇形種の植物はないかと探してしまう。
「風評」という言葉が安易に使われている。実際福島県の状況は深刻なようだ。

TVはあいかわらず馬鹿番組にせいを出している。
たまにはNHKの低線量被ばくの基準値の根拠についての疑問を投げかけているが。
年間1000μSVの根拠は広島長崎の研究結果といわれていたが2倍に過小評価したものだそうだ。
現在前橋の地上がぎりぎり1000μSVであるから広島長崎の状況を倍越えていることになる。
まあここまで来るとガンだか、心筋梗塞だか、脳梗塞だか、交通事故かなにで命を落とすことになるかさっぱり分からないが、出来るだけ用心するに越したことはない。

昨年は3.11地震の影響が大きすぎ、やや思考停止に陥った感がある。
年が変わった。
地に足のついた一年としたい。



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2012年の三夜沢赤城神社の初詣

2012年01月01日 | ひとりごと

2012年
朝、まず前橋八幡宮に参拝、その後恒例となった三夜沢の赤城神社へ初詣に上る。
今年はほぼ無風状態。気温は低いものの郊外に出る頃には体も温まってきた。

過去三年の同じ日のブログを読み返す。
同じようなことを書いてはいるのだが微妙に違う。
いずれにせよロードバイクに関しては余り進歩していないようだ。

60歳を迎える今年、人生のゴールではなく、スタートであるということを自覚しなくてはいけない。
自分の建築人生を振り返り、やり残したことを洗い出し、本当の意味でのゴールとしたい。

昨年、20周年の建築展を開いた。震災の影響で開催も危ぶまれたが何とか開催した。
気をつけなくてはいけないのは自分の中でもう仕事に限を付けたような気に気分に陥りやすいことだ。

書庫の40年にわたる書籍を整理始めた。
新鮮に映った雑誌に掲載された作品のかずかず。
もう一度これらに触れることによって今後自分がするべきことを検証してみたい。


2011年
今日、今年初めてのロードバイク。三夜沢の赤城神社に参拝する。今年で3年目、今年は路面に雪もなく、但し風がやや強いといったところ。
社務所でおみくじをひく。「大吉」
少し気を良くする。
北西の風が強く帰路は渋川周りとしたので難儀する。
渋川からは追い風なので快適に走行する。もうすぐ仕事が始まる。

2010年
三夜沢赤城神社に初詣に上る。
畜産試験場から赤城南面経由の進路とする。
途中幾組のロードバイクに遭遇。競輪選手も早速のトレーニング中。
昨年は何回上ったことだろう。ギア比が違うので比較しにくいが少しは楽になったようだ。
境内はみぞれ交じりの風。いかにも山の中の社だ。
粕川側に下り、初詣、初走行を終わる。

2009年
元旦の朝、まず前橋八幡宮にお参り。氏神様である。
続いて三夜沢の赤城神社にロードバイクで初詣、前橋市街を外れるとほとんど登り。平地でばかり走っているのでかなりきつい。それでもなんとか登り切り、「健康」、「仕事に恵まれること」、「交通安全」、そして「筋力増強」というより筋力増強を誓って参拝を済ませる。帰路は下りの連続でそのまま桐生や粕川の友人宅を訪ねて帰路に着く。51㎞


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