坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

御近所様

2006年10月16日 | 坊主の家計簿
 10月16日

 雑費    缶コーヒー        120円
       PS羅生門456     1228円
       散髪          2000円
 食類    ソーセージ        252円
       エリンギ         138円
 外食    晩ご飯          715円

 合計                4453円
 10月累計            68773円

 夕方からの仕事前に近所の散髪屋に行く。ほんとは土曜日に行きたかったのだが、寝転けてもうててやなぁ。。。
 ついでにすぐ近くの自転車屋さんに行く。ちゃりんこのライトの調子が悪く、電球を交換しようと電球を買いに行ったんだが、作業中の店の兄ちゃんが作業の手を止めて、「自転車の電球が切れる事はまずないですから、接触不良でしょう」と、ちょちょいと治してくれた。
 「ありがとう」と御礼を言って、工賃を払おうとしたら「エエですよ」との事。なんか全てを金で解決しようとしている自分のこころが露になって恥ずかしかったけど、嬉しかった。再び御礼言う。
 そういえば、あの店はコンプレッサーの空気入れがタダで使える。私もよく利用させて貰っているのだが、たんまに小さい子だと店員さんが空気を入れてやってる。結構激安の自転車屋なので忙しいはずなんだが、『町の自転車屋』だ。なんか、エエなぁ。

 よって私も見習おう。とはいっても私の仕事は僧侶であり、読経ぐらいしか出来ない。でも、読経は出来る。
 例えば、どっかの英会話スクールのCMみたいな感じで、公園で倒れて助けを求めている人が居る。言葉の解らない私は彼のメッセージは解らないが、でも、彼が苦しんで居る事ぐらいは解る。しかし、私は医者でなく僧侶なのだ。

 「刑事さん。。。私は彼を殺そうとしたんじゃないんだ。人助けをしたかったんだ。ただ私は医者じゃなく、僧侶だったので、彼にトドメをさしてからでないと彼に対して人助けをする事は出来なかっただけなんだ。本当だ、信じて下さいよ。私は人助けがしたかっただけなんだ。。。」

 う~ん。。。PS羅生門を読み過ぎたなぁ。。。ちなみにポイントが溜ってたので少し安く買えた。

 で、PS羅生門を持って、近所に新しく出来たチェーン店の大衆食堂へ。結構バタバタと仕事があったし、御通夜もあったので、今日は料理辞め。
 食堂で若いカップルが居た。二人とも大食なんだろうか?大盛りのメシに、おかずも沢山。
 そんな若いカップルを見ながら、「ああ、美しい。。。」と、感じた中年親父の私。
 「うらやましい」でも、「腹立つ」でもなく、「ああ、美しい。。。」っちゅうのはアカンな。くたびれとんな。

 という事で、おっちゃんは寝よ。

墨塗り教科書

2006年10月15日 | 坊主の家計簿
 10月15日

 雑費   缶コーヒー            120円
      ミス              1100円
 食類   うな重              398円
      芋焼酎             1280円
      海老グラタン            89円
      発泡酒              175円
      キュウリのQちゃん          1円

 合計                   3163円
 10月累計               64320円

 お葬式。約1年振りに行く遠方の葬儀会館なので昨夜に葬儀会館のホームページから地図をプリントアウト。準備万端。iPodも持ったし、これで葬儀前にキンを打つタイミングの再確認も出来まっせ。なんせ葬儀も一ヶ月振りやし。
 車に乗り込む。久しぶりの会館なので道に迷ったらどうしようもないし、早め、早めの行動。まあ、ゆっくり走っても40分前には着くだろう。
 日曜日の朝なので高速道路は空いてる。快適、快適。このまま行けば50分前に着けるかも解らんなぁ~、と車を走らせてたら、うぉぉぉぉぉぉ!!!さっきの出口で出んと次の高速に入ってしまうやんけ!まあ、ええわ、時間はたっぷりある。高速代の出費は痛いが次の出口で出たら済む話やんけ。
 で、料金所で次の出口を聞く。それって何処の地名やねん。。。無茶苦茶遠いやんけ。。。オッちゃん、ちょっと自衛隊に電話してヘリコプター呼んで呉れへんか?車を積める様なバリバリのヤツやで。
 ヘリは無理なので、半泣き状態で車を飛ばす。よっしゃ、高速出口や、急いでUターンしてもう一度高速に乗り込む。。。おい、なんで次の出口がやたらとまた遠いねん。遥かに戻っとるやんけ。俺はそこまで行ったらあかんのや。その手前のやな、俺が降りるのを失敗した辺りで降ろして貰いたいんや。。。基本、原ちゃりライダーの私は高速道路に弱いのだ。。。
 会場に着いたら20分前。駐車場がややこしかったので控え室に入ったら17分前。
 え~。。。すんません。。。
 ついでに、生涯初のキンの凡ミス。まさかあれを勘違いするとは。。。よって謝りまくりの葬儀やったなぁ。。。

 亡くなられたお爺ちゃんの年齢を逆算すると戦争経験者。兵隊には行ってない年齢だが、いわゆる『墨塗り教科書』の世代。

 北朝鮮に拉致された横田さんのお母さんがテレビで「そろそろクライマックスが近づいて来たのかも知れません」とかなんとか語って居られた。
 その『クライマックス』ってなんなんだろうか?

 割と偏った人間関係なので、『在日』と呼ばれる方々との交流が昔からある。最近もある在日差別事件に出会われた方と知り合う事ができたりもする。よっていわゆる強制連行の話なんぞもよく聞くし、本等でも読む。
 横田めぐみさんの事件は、恐らく状況から考えるにもっと辛く悲しい出来事だと想像する。
 お父さん、お母さんの表情、特にお母さんの表情は、見るに忍びない位に辛そうだ。

 でも、クライマックスってなんなんだろうか?

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 「かれは、われを罵った。かれはわれを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨みはついに息むことがない。
 「かれは、われを罵った。かれはわれを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息む。
 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。
 「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。ーーーこのことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。
 
 (中略)

 まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しき思いにしたがって、ついに真理に達する。

 (ダンマパダ第一章より)

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 気分なんてコロコロ変わる。
 そんなものに従っていても空しく過ぎ去るだけ。

 横田めぐみさんと云う一人の人権、あるいは他の拉致の疑いのある方々の人権。あるいは北朝鮮の地方の駅前で乞食生活をしている浮浪児の人権。北朝鮮で貧困の中で亡くなられて行く方々の人権。強制収容所で強姦・輪姦される方々の人権。
 それらの方々の人権を守る為に、その他多くの方々の人権をも奪う戦争行為を進める動きは人道上如何なものなんだろうか?

 私は気分以外に生きてないと思う。だから、そんなものはあてにならん。
 だから教えの言葉を大事にしたい。
 私の思いに絶望したい。気分に絶望したい。

でも。。。

2006年10月14日 | 坊主の家計簿
 10月14日

 雑費   缶コーヒー       120円
 食類   無添加ワイン      438円
      水菜           98円
      明日葉         155円 
      たまご         168円
      さっぽろ一番みそ味     1円
      バナナ         128円
      豪州牛肉        275円
      ちくわ          88円
      納豆3          68円
      うどん玉         18円
      もやし          45円
      キャベツ        128円

 合計              1730円
 10月累計          61157円

 しばらく食が乱れていたので、今日は野菜中心。野菜をしっかり取っとかんとエエうんこが出まへんし。
 初食材では明日葉。お茶では飲んだ事あるけど、喰ったのは多分初めてか?味も濃ゆく、喰った時の香りがエエ感じなので諸々使えそうやな。次はベーコンと一緒にスパにしよ。

 今日は仕事が終わってから、ムチャ遅めの昼メシ喰って→寝て、起きてぼんやりしつつメシ喰ってまた寝よ。

 しかし、昨日の仏青は変だった。っちゅうか、当たり前か。中心がなくなったんだし。と、改めて竹中先生を中心に置いていた事がよく解ったのだが。
 でも、30余年もほぼ毎月来られて居たわけだし、当然、竹中先生よりも先に関わって来られた方も居るんだが、その人達にしても30余年関わって来られた先生が亡くなられた事はデッカイしなぁ。。。
 ある参加者が「私はここに生きる力を貰いに来ている」と。普段、日頃の生活に追われながらも、月に一回だけ時間を作って仏青という場に来る。
 そらデカイで。
 まあ、私は何時まで大阪に居られるのか解らないが、でも、大阪に居てる限りは関わって行くつもりなので、ちょい気合い入れよ。

 
 テレビ観てて思ったんだが、『日本は四季があって美しいし、素晴らしい』とは主観である。そう感じるのも勝手だが、その事を別の地域に照らし合わせて比べても意味がない。まあ、頭の悪い話だ。
 「でも。」と言いたい。
 例えば昨日の仏青なら、私は一会員なんだが、会員の中でも新しい先生を迎えたい急進派である。竹中先生が亡くなられてすぐに『ではどなたを先生として迎えるか』と頭を廻らし、数人の先輩に相談したりしてた。
 当然、新しい先生を迎える事になっても、どうしても竹中先生と比べてしまうわけだし、不平不満や文句も出るわな。それは愚かだ。竹中先生はもう二度と来れないわけなんだし。
 でも、そんなに上手く『感情』なんちゅうもんはいかんし。

 『正論が何時の場でも正論であるとは限らない』とは昔にある先輩から教えて頂いた言葉だが、感情っちゅうもんがあるしな。気分もある。
 で、そんなもんは一貫しない。

 以前にある所で、専修学院で竹中先生と同期の方に御会いした。「竹中?あんなもんが院長やっとるから専修学院はダメなんだ。」と信国先生との比較をされていた。
 でも、それはその先輩の意見でしかなく、その先輩の実感した意見であろう。
 でも、私にとっては竹中先生は『先生』である。

 「先生が少なくなって来たなぁ~」とは、最近よく聞く。でも、それは時代が変わっただけの話でしかない。新たな先生方も出て来ているのだが、それ等の人達を『先生』として見出せないだけの話である。

 年寄りが気を使う必要はない。年寄りが気を使う事は、若者から生きる力を奪う事である。批判精神を養わせない事である。
 年寄りが若手に気を使い、若手は年寄りに気を使い、互いにいたわりあう。それは社会制度としては理想なんだろうが、こと、仏法を学ぶ場においては相応しくないと感じる。単に互いに傷つきたくないだけの話であって、凡夫からの逃避である。

 「でも。。。」とやっぱり言いたい。
 この間にある所である人達を相手に徹底論破したんだが、どうもすっきりしない。それは『論破しただけ』だからだ。論破しただけで、多分、私が伝えたかった事は伝わっていない。感情の生き物だし。それは向こうにしてもそうだろう。
 いや、違う。それは孤独からの逃避である。単に和気あいあいとしたかっただけの話である。大切な事は、その場で解り会う事よりも、互いにシコりを残しつつも、いや、シコりがあるが故に「また話あわんとあかんな」と云う事だ。
 解り会えないが故に切り捨ててしまうのでなく、解り会えないが故にどこまでも解り会おうとする事の方が大事だ。

 保守。様々な形で使われるが、解り会える人達とだけの場にする事が保守ではないのか。

 北は北海道から南は沖縄までの日本。
 様々な民族出身者が居られる。
 その上での『日本』である。

 「でも。。。」がある。
 大阪という日本の中心部に住んでいると、ここだけが日本である気がしてしまう。自分を中心の『日本』『日本人』。
 私やあなたがそれにこだわる事も私やあなたが日本に住んでいる以上仕方がない事だ。
 でも、他人は居てるし、時代は変わる。
 自分も変わる。変わらないものなどありやしない。
 「あの時はよかった」と思う事が多々ある。でも、「今は?」
 過去にこだわる事によって、今をおろそかにしている。それはもったいない。自分自身に対して失礼だ。

 また、「でも。。。」という心を正論で捨ててしまう事も自分自身に対して失礼だ。そういう感情の動きが確かにあり、それを何かの正論で押さえつけ奪ってしまう事は心を無くす事だ。
 現実を引き受けられない弱さがある。情けなさがある。感情がある。それ等を引っ括めて私は生きているのであって、この世の何処を探してもそういう私しかいない。
 しかし、「でも。。。」ではそういう私を引き受けられない。私を引き受けれずに、過去の私や、周囲の状況に流されて行くだけ。他人に振り回されて行くだけ。正論にこだわる事が頑ななら、「でも。。。」だけでは振り回されているだけ。

 「でも。。。」というのは、それを突破する励ましだと感じる。
 引き受けられないから、引き受けたいと願う。
 引き受けられたら願う必要もない。願ってる人を見下すだけの話。願わなくなったら願ってた過去の自分を見下すだけの話。差別するだけの話。冷たい人間の一丁出来上がり。

無題

2006年10月13日 | 坊主の家計簿
 10月13日

 雑費   タバコ3         900円
      缶コーヒー        120円
      中華料理        2000円
      ドグラマグラ      1400円
      プカプカ         900円
      タクシー        5500円
      らーめん         399円
      納豆3           78円
      発泡酒          175円
      お茶           105円

 合計              11577円
 10月累計           59427円

 ♪内緒だよ
  秘密だよ
  少しだけ
  僕は狂っているよ
  (UA『電話をするよ』より)

 仏青。
 竹中先生は、この仏青に30余年来られてたらしい。
 竹中先生の法名は『専修院釈智秀』らしい。

 多分、僕はかなりバランスを崩しているのかもしれない。
 それを『竹中先生が死んだから』と言い逃れる。
 違う。
 でも僕はその穴を、自分が何か思い通りに行かせようとする事で埋めようとする。
 違う。
 それは単に僕が竹中先生を利用しているだけの話。
 僕の弱さ儚さ脆さをただ竹中先生に押し付けているだけの話。
 僕のたまたま人生の出来事を、その他雑多がある事も含めて押し付けているだけの話。

 そういう僕しかいない。
 何処を探しても、世界中の何処を探しても、そういう僕しか、気分で生きている僕しか居ない。
 たった一人の掛替えのない僕しかいない。

 でも、そういう僕と同じ『気分』の人達は多く居てるんだと思う。
 何かの気分に酔いたい。
 そういう弱く儚く脆い人に僕は成れた(気づけた)。


 後記
 っちゅう気分だけやね。シャワーも浴びたし寝よ。
 どうでもエエけど、タクシー、バリバリ深夜料金で、しかも、別に激安タクシー選んだわけでもなく、しかも、40円しか負けてもらってないのだが。。。安かったなぁ。。。まあ、いつも乗る所よりも少し歩いたけど、でも、予想以上に安かったなぁ。。。
 寝よ。

 あ、全く信頼のならん『気分』に従って、ロクな事あるか、っちゅうねん。『気分』=『エゴ』やろうが。
 まあ、そういう『気分』に支配されている事だけは確かやな。歯磨きして、シャワー浴びたら気分が変わったし。明日の朝に玄関先に100億円くらい積んでて「よかったら使って下さい」とか書いてあったら有頂天極まりないし、逆に明日の朝(っちゅうか、もう数時間後なんだが。。。)テレビつけたら「北朝鮮に軍事制裁」なら、ドツボやし。
 別に不動心なんて要らん。動いてる事だけ解ってたらそれでエエ。
 うげ、4時や。。。寝過ぎ→昼寝やったけど、寝なあかん。。。

 朝起きたら、中日が優勝した事が夢であって、阪神が優勝した現実がありますように。

平和ボケ

2006年10月12日 | 坊主の家計簿
 10月12日

 雑費    タバコ         300円
 食類    回転寿司        420円

 合計                720円
 10月累計           47850円

 「臨検、臨検ってうるせえなぁ。。。」
 と、頭が痛くなったので早寝。
 っちゅうか、ボロ疲れだったので。。。

 だいたいやな、国連常任理事国しか核兵器を持ったらあかん、というのは大国のエゴでしかない。まあ、「世界をワテ等で分け分けしましょか」みたいなもんだろう。また、日本も含めて様々な国がミサイル実験やりながら北朝鮮だけがやってはイケナイという理屈が通るわけがない。のだが、これが通るのが机上の世界と違って現実世界の怖さである。
 また、北朝鮮にとって都合の悪いのはソ連がロシアになり、中国のお偉いさんがビル・ゲイツに会いに行く時代である。
 マンションが高くなった理由は中国が資源確保の為に原材料の値段が上がった為。
 ろくな時代ではない。
 日本は国連常任理事国ではないが、アメリカと日米不平等安全保障同盟を結んでおり、御陰さまで、『一応』平和だ。

 テレビで自民党議員が「臨検出来る法律を徹夜してでも作ります」と。
 テレビで軍事評論家が「臨検に素直に応じずに反撃したりすると戦争状態になります」と。

 頭が痛い。。。


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 比丘達よ、人間の寿命が十歳のとき、七日の間激しい戦乱が生じた。彼らはお互いに鹿の想を受けた。そして、彼らは各々鋭い刀を手に持って現れた、その鋭い刀によって、『これは鹿だ。これは鹿だ』と、各々がお互い生命を奪い合うのである。しかし、比丘達よ、これらの衆生のある者に、次のような念が生じたのである。『我々はだれをも害することはできないし、まただれもが我々を害することはできないのだ。それでは、我々は叢林や樹木の間の穴に寄り掛かり、河の洞穴や岩窟に隠れ、木の根や果実を食して身を保つことにしよう。』

そこで、彼らは叢林や樹木の間の穴に寄り掛かり、河の洞穴や岩窟に隠れ、木の根や果実を食して身を保ったのである。そして、その七日が経過した後、彼らは叢林や樹木の間の穴や、河の洞穴や岩窟から出てきて、お互いに抱き合い相集まって、喜び祝って、こう言った。
『喜ばしいことだ。あなたも生きているのか。あなたも生きているのか。』

そのとき、比丘達よ、彼ら衆生には次のような念が生じたのである。

『我々は不善法を行じたことにより、長いこと近親を滅ぼすことをしてきたのだ。それならば、我々は善法を行じようではないか。では、どのような善を行じたらよいのだろうか。そう、我々は殺生を禁じよう。我々はこの善法を受持することにしよう。』

そこで、彼らは殺生を禁じて、この善法を受持した。そして、彼らは善法を受持することによって、寿命は延び、顔色は美しさを増していったのである。彼らの寿命は延び、顔色は美しさを増していき、人間の寿命が十歳のとき、その子の寿命は二十歳となったのである。
 
 (転輪聖王獅子吼経より

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 戦争に反対する事を「平和ボケ」などと云う。
 では、戦争が終わった後に、「また戦いたい」とどれだけの人が願ったんだろうか?どれだけの日本国民が願ったんだろうか?
 平和にボケているのは、戦争に向かう気分を高めている方ではないのか?

 人は必ず死ぬ。
 その時に、平和に向かって死ぬのか?
 それとも、誰かを殺そうとして死ぬのか?

 国家エゴの対立で、北朝鮮の人達や、日本・アメリカ等の兵隊がされる。それだけの話だ。


 
 仏教者にあるまじき書き込みをするのだが、国連軍の名目でアメリカ・日本等が先頭に立つべきでなく、中国・ロシアが先頭に立ち、北朝鮮に韓国との併合を強く求めるべきだ。北朝鮮はヤケクソ状態やし。当然、金正日達、現在の北朝鮮の首脳陣の身の安全を保障した上で。
 その上で、日本・アメリカなどの他国は、新しく出来た統一朝鮮に対して経済援助をするべきである。戦争に使う金はあるんだろうが。別に戦争で儲けなくても、復興で儲けたらエエだけの話やないか。ケ!兵器会社は、復興会社の株でも買っとけ。

選ばれなかった人達の声

2006年10月11日 | 坊主の家計簿
 10月11日

 外食   ラーメン           304円
      焼き肉キムチビールメシ   2667円
 雑費   温泉&マッサージ機      800円
      PS羅生門123巻      1590円

 合計                 5361円
 10月累計             47130円

 と云う事で、仕事が終わって、少し寝て、温泉へ。当然マッサージ機。肩と背中がパンパンやったな。
 風呂上がりの焼き肉ビール。今日のお伴は漫画『PS羅生門』。


【リョーシンだの、リョーシキだのと、どこのトーヘンボクに吹き込まれたかしらねェがな。それだけで世の中みんなが生きていけたら俺達はいらねェんだよ】(PS羅生門 第一巻 46ページより黒田刑事の言葉)

 『現場』っちゅうのはこういう事だと感じるねんけどなぁ。。。差別という現場でも。
 先の言葉は仏教徒にとってはどうなんだろうか?特に『僧侶』と云う職業をしている私(達)にとってはどうなんだろうか?

【「私が申し上げたいことは一つだけです。私を含め、東都署の刑事たちは確かにみんなどこか壊れているかもしれません。しかし、だからこそ人の痛みを深く知り、人が罪に至る切実さ、罪を重ねる人間の業の深さをよく知り抜いているのです。この時代、もし社会も壊れているとするなら、彼らこそ罪を犯した人間を贖罪に導き、そして、そのことによって彼ら自身も救われる…本物の刑事ではないかと考えます」。】(PS羅生門テレビ版最終話より)

   十方微塵世界の
   念仏の衆生をみそなわし
   摂取してすてざれば
   阿弥陀となづけたてまつる
   (親鸞)

 ♪道に倒れて誰かの名を
  呼び続けた事がありますか?
  (中島みゆき)


 
【京子さんは選ばれなかった人達の声を聞いているんだ・・・・・】(PS羅生門 第二巻 158ページより)

慈心不殺

2006年10月10日 | 坊主の家計簿
 10月10日

 雑費   缶コーヒー(今日の分)     120円
      缶コーヒー(昨日の分)     120円
      タバコ             320円
 薬局   サロンパス140        980円
      エスカップ12         628円
 食類   マグロカマ焼き         125円
      スパゲティー          198円
      発泡酒             175円

 合計                  2666円
 10月累計              41769円

 ああ、ああ、ああ。。。中日強いわ。

 バカ疲れなのでグッスリと寝てた。明日は近所の温泉にでも行って→焼き肉やな。今月末まで休みがないので気合い入れんと。&報恩講に向けての特訓をしなければ。

 立浪と中田が欲しいなぁ。。。イカ焼き100枚ぐらいとトレードできひんのかな。玉子入りにするしやな。
 あ~あ。。。
 あ~あ。。。
 あ~あ。。。


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 比丘達よ、人間の寿命が十歳のとき、七日の間激しい戦乱が生じた。彼らはお互いに鹿の想を受けた。そして、彼らは各々鋭い刀を手に持って現れた、その鋭い刀によって、『これは鹿だ。これは鹿だ』と、各々がお互い生命を奪い合うのである。しかし、比丘達よ、これらの衆生のある者に、次のような念が生じたのである。『我々はだれをも害することはできないし、まただれもが我々を害することはできないのだ。それでは、我々は叢林や樹木の間の穴に寄り掛かり、河の洞穴や岩窟に隠れ、木の根や果実を食して身を保つことにしよう。』

そこで、彼らは叢林や樹木の間の穴に寄り掛かり、河の洞穴や岩窟に隠れ、木の根や果実を食して身を保ったのである。そして、その七日が経過した後、彼らは叢林や樹木の間の穴や、河の洞穴や岩窟から出てきて、お互いに抱き合い相集まって、喜び祝って、こう言った。
『喜ばしいことだ。あなたも生きているのか。あなたも生きているのか。』

そのとき、比丘達よ、彼ら衆生には次のような念が生じたのである。

『我々は不善法を行じたことにより、長いこと近親を滅ぼすことをしてきたのだ。それならば、我々は善法を行じようではないか。では、どのような善を行じたらよいのだろうか。そう、我々は殺生を禁じよう。我々はこの善法を受持することにしよう。』

そこで、彼らは殺生を禁じて、この善法を受持した。そして、彼らは善法を受持することによって、寿命は延び、顔色は美しさを増していったのである。彼らの寿命は延び、顔色は美しさを増していき、人間の寿命が十歳のとき、その子の寿命は二十歳となったのである。
 
 (転輪聖王獅子吼経より)

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 最近、お気に入りのブログ(きぼう屋)で、こんな言葉を紹介していた。

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 敵を愛せよという命令は
 ユートピア的な夢想家の敬虔な教えであるだけではなく
 われわれの生存のために絶対に必要なものである
 敵でさえも愛するというのこそが
 われわれの世界の諸問題を解くかぎなのだ

 (マーティン・ルーサー・キング牧師『あなたの敵を愛せ』より)

門徒につねにみせしめき

2006年10月09日 | 坊主の家計簿
 10月9日

 雑費   香典袋        155円
 食類   焼き豚        251円
      豆腐          88円
      豪州純米酒2     210円
      めかぶ         52円
      たこワサビ       99円
 
 合計              800円
 10月累計         39103円

 仕事が終わってテレビつけたら「あっちゃ~。。。」
 最近どうも中国が国連軍と云う名目で北朝鮮に侵攻しそうな気がしてたんだが、うっといなぁ。。。
 追いつめられた北朝鮮に『男たちの大和』のDVDを見せたくなった。
 まあ、今度書こ。

 今日は竹中先生の通夜式。
 ちなみにここを誰が見てるか知らないんだが、もし専修学院卒業生であって、情報が入り難い方、例えば私は非常に恵まれた環境に居るが、私のような寺産まれでなく、かつ役僧の仕事をしている方であるとか、もしくは専修学院は卒業したが今は全然寺関係の仕事をしていない方などは青草びとの会のホームページや、青草びとの会のメーリングリストに加入すると様々な情報が手に入ると思います。

 で、通夜式。ニュースも気になったし、それ以前にボロ疲れ状態だったので行こうかどうかを迷いつつ、でも、昨日、香典を持って行ってなかったので、持って行く。
 最寄りの地下鉄駅に降りたら、駅の改札を出た所に、新しく専修学院の先生になられた方なんだろうか?が立ってて、思いっきり法衣を着てた私に挨拶して「○○出口」です。との事。
 地上に上がったら今度は同期で今は学院の先生をしてるヤツが居てて、
 「あ、どうも。おしさしぶりです」で、道を説明。っちゅうか、「こっちを真っ直ぐ行くとすぐに看板が出てますので」と。
 で、看板の指示に従って曲がったら、これまたややこしそうな所でも見知らぬ顔だが専修学院輪袈裟をかけた人が立ってた。まあ、最寄りの駅からは絶対に間違えなく行ける。
 寺に近づくと人だかり。昨日、冗談で「1000人ぐらい来るのでは?」と云ってたのだが、1000人は居なくても数百人。当然、本堂どころか、寺の境内にも入れない。ライトがついてあったので、お世話になった先生方も来られて居たし、挨拶しつつ、焼香を待つ。
 境内に入るとテントが二つ。受付に7~8人は居た気がする。大阪教区の職員の方々なのかな?知ってる人しか知らないので、知ってる人だけで判断してるのだが。
 現役の学生さん達も数十人程(50~60人?)参加しておられて、私と同じ学院輪袈裟。っちゅうか、やっぱり学院輪袈裟を付けて来られた方々も結構居た。ちなみにあれは現在でも買えます。本山前の某法衣店で売ってます。
 焼香。昨日と違ってゆっくりも出来ずに念仏だけ申して、竹中先生の親族の方に挨拶して、その寺の住職であるこれまた専修学院時代に教えてもらった先生に挨拶して本堂の外へ。
 沢山の人。久しぶりの方々から、しょっちゅう会う人までざまざまな人達。当然、竹中先生は専修学院の院長であると同時に教団でも先生なので卒業生以外の方々も。
 懐かしい人達。ほぼ、共通で云われたのだが、「えらい真面目になって」。
 そら、坊主衣装着てるわけやし、まあ、それだけでもないが。
 帰りは、これまた専修学院の大先輩でもある住職(働いてる所の方の)に車で送って貰う。

 明日の葬儀には仕事で行けない。同じ大阪だから昨日、今日と行けたが。きっと学院葬も無理。でも、まあ、近々、久しぶりに専修学院に遊びに行こ。

 竹中先生に出会えた場。教えの場。専修学院は卒業したけど、仏青の方はまだ行ってる。少なくとも大阪にいる限りは行くつもりだし。
 その場は当然竹中先生が居なくなっても続く。昔の同朋会の名残を非常に残した場。自分達の生活を『教え』から批判してもらえる大切な場。私を育てて下さる場。「あなたを育てて下さってる、多くのあなたが見捨てている方々の存在に気づきなさい」という場。
 クソ生意気な私を引き受けてくれた場。

 竹中先生の話を聞いてると、よく出て来る言葉がある。
 そういや、『常不軽菩薩』の事は、このブログや、掲示板でも何度か書いたが、あれは私が法華経を読んで感動したわけでもなく、また法然上人絵伝を読んで感動したわけでもない。竹中先生が話してて私が感動した事。
 これも

   源空光明はなたしめ
   門徒につねにみせしめき
   賢哲愚夫もえらばれず
   豪貴鄙賎もへだてなし
   (親鸞)

 私にとっての竹中先生は、専修学院でも、仏青でも、こうだった。
 空の行者。念仏者。
 同時に、厳しい方だった。

大悲を行じるしかない。

2006年10月08日 | 坊主の家計簿
 10月8日

 雑費   タバコ          320円
      アミノサプリ       100円
      のど飴          100円
      野菜ジュース        88円
      クエン酸飲料       150円
      缶コーヒー         88円
      ウコンドリンク      198円
      銭湯           380円
      JR            160円
 外食   ラーメン         680円

 合計                2264円
 10月累計            38248円

 電話。
 竹中先生がお浄土に還られたとの事。
 報恩講が終わって、皆で食事して
 大阪市生野区 圓徳寺
 に仮通夜に行く。竹中先生の寺は現在建替え中。

 恩師は大悲の人だった。
 毎月、行ける時は毎月竹中先生が来られる仏青に参加していた。
 『慈心不殺』と云う言葉を大事にして居られた、と聞いている。

 出戻り別科時代のレポートで『大悲を行じるしかない』と云う私に、「もう、大丈夫ですね」と云ってくれた。
 でも、学生時代のそんな言葉も忘れたまんま。
 選び、嫌い、見捨てる毎日の生活。
 「ありがとうございます」
 「申し訳ありませんでした」
 「南無阿弥陀仏」
 そんな言葉で挨拶してきた。

 当然、もう、毎月の仏青でも会えない。
 でも、竹中先生から教えて頂いた事は、私の中で生かして行きたい。
 「大悲を行じるしかない。」
 そんな言葉が、もう一度私の中でよみがえった。

 
    如来大悲の恩徳は
    身を粉にしても報ずべし
    師主知識の恩徳も
    ほねをくだきても謝すべし
    (親鸞)

報恩講

2006年10月07日 | 坊主の家計簿
 10月7日

 雑費   マクドコーヒー     100円
      JR           160円
      タバコ         320円
 
 合計               580円
 10月累計          35984円
 
 所属寺で報恩講・初日。結局朝まで。
 寺に泊めてもらう。

ふれあい温泉

2006年10月06日 | 坊主の家計簿
 10月6日

 雑費   タバコ          300円
      家裁の人12巻      105円
      ラーメン発見伝       55円
 外食   いも膳          726円
 食類   無添加ワイン       438円
      発泡酒          175円
      シャケアラ         69円
      土しょうが         88円
      ウインナー        218円
      たまねぎ3        100円

 合計               2324円
 10月累計           35404円

 う~、寒む。と云う事で今年初フリース。薄手のヤツをひっかけながらパソコンに向かっているのだが、眠い。。。
 いや~、今日はたっぷし寝たし、夕寝もたっぷししたんだが、眠い。。。
 買い物だけして、でも、結局近所の大衆食堂で晩飯に秋刀魚とか諸々喰って、テレビみながらゴロゴロしてたので眠い。。。

 夕寝で夢をみた。私は幼い兄弟二役。
 兄は金が欲しかった。金を求める為に島を出る。
 弟は泣く。
 泣いてるのは弟なんだが、なんせ兄弟二役とも私なので、どっちが泣いているのか解らなくなった。

 起きたら『関西クローズアップ』という番組で『岐路に立つ同和行政~大阪市見直しの波紋』というのをやってたので観てた。
 なんと、解同・矢田支部は、矢田の解放会館(今は名前を変えたのか?)から出たらしい。会館から出て、自分達の、要するに大阪市の建物でなく、自分達の事務所を構えたらしい。
 矢田には『ふれあい温泉矢田』と云う、恐らく「俺等にシッポがあるのかどうか、ホンマに見に来いや!」とタンカを切ったのかどうか知らんが、銭湯料金で入れる温泉がある。確か、出来た当時の支部長の肝いりだったはず。銭湯料金で入れるし、温泉の質も有馬と同じらしく(?)近所の人達だけじゃなく、結構遠くからも来てると思う。

 専修学院時代に、いわゆる『寺族』という寺産まれの人達と沢山出会った。
 正直、『在家』という寺産まれでない事で差別された事もあった。まあ、個人と個人の力関係ではこっちの方が強かったので圧迫『仕返して』しまったのだが。。。
 沢山の寺で産まれたと云う『泣き』を観た。

 夢の中では弟が泣いていた。でも、私は二役やってたので、どっちが泣いているのか感情に混乱をきかせた。

 私は専修学院と云う学校は『本科』と『別科』の2年、2回行った。
 気が短く人間性の狭い私は『本科』時代の一年間担当してくれた先生と相性が合わなかった。まあ、人間性が狭いわけやし。
 その担当の先生に気の短い私は、結局一年間ずっと絡みまくってた気がするし、卒業式の前の日にも怒鳴ってしまったし。
 ある日、多分、私がいつもの如く酔っぱらって居た時だと思うのだが、『寺族』パッシングをした事があった。様子は全く覚えて居ない。でも、私が、「寺族がどうてらこうてら」と、言ってた時に先生が「それは差別だ」と云った。まだ、今より10歳若かった私には全く解らなかった。きっと、なんじゃかんじゃで言い返したんだと思う。

 ある一つの運動論で言うのならば『在家』が『寺族』をパッシングする事は差別にはならない。またそれを「差別だ!」と云う事は運動潰しである。
 では仏教は?

 日本では否定されがちな上座部仏教。
 別にこれはイコール『小乗』ではない。『小乗』とは法輪が止まった状態をさして『小乗』と云う事でしかないと私は判断する。
 で、その上座部の『上座』とは、如何なるカーストであろうが、世間的名誉であろうが、関係なく、ただ、先に仏弟子になったものを『上座』にするだけ。
 大乗・真宗仏教では『同朋』『平座』。
 『寺族』も『在家』も『世間話し』にしか過ぎない。
 ただ、そういう世間話しが横行しているだけの話。

 人間が論理や、目的のみで『行動』出来るのなら、生きて行けるのなら、『救い』は要らない。
 『私』の正義の下で誰かが泣いている。
 じゃあ、誰が泣いているのか?

 「ああいう風に生きたい」
 「ああいう風に成りたい」
 あるいは
 「私は私だ」
 と突っ張る。
 私が、固定化された『私』にこだわる事によって、夢にまで出て来る涙。

 圧迫されて居る『現場』。
 倫理でもって涙の現場を理由付け言い訳する。
 でも、人って、当然『論理』なんかよりデッカイ。
 そんなデッカイ、デッカイ所から出る涙。

 兄と弟。誰が泣いてたか解らなくなったけど、最初に泣き出したのは弟の方。
 小さくされた弟の方。でも、夢の中の私は二役だったので誰が泣いてるのか解らなくなった。

ミクロマンとマクロマン

2006年10月05日 | 坊主の家計簿
 10月5日

 雑費    缶コーヒー       136円
       往復阪急交通費     620円
 飲み代   交流会        5000円
       二次会        1400円

 合計               7156円
 10月累計           33080円

 仕事→六甲で在日一世のお爺ちゃんの話。
 当然帰りに飲む。しかも空腹ビール。

 キター!!!

 ちゅうやつですかい?2ちゃんねらーでないのでよく解らんが。。。
 と云う事で、酔いを醒しつつ、そろそろ寝よ。

 
 『ミクロ』と『マクロ』
 運動論だけでなく、価値判断自体が『マクロ』である。

 と云う事で。眠いっす。

ストーンズとブルースで飲んで屋

2006年10月04日 | 坊主の家計簿
 10月4日

 雑費    タバコ         300円
       追悼・丹波哲郎    5400円
 外食    あつあつ中       210円

 合計               5910円
 10月累計           25924円
 
 と云う事で、今日は追悼・丹波哲郎集会。和民→ファニーメイ。
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=1307972
 う~ん。。。入るべきか。。。
 
 夕方から飲んでたので、眠い。。。
 よって、ヒントを与えてくれた
 『時代』と『ヤツ等』は次回。
 まあ、両方とも個人がない。

 どうでもエエのだけど、例えば「マスコミ報道は真実を伝えてくれない」のなら、それと違ったルートからの情報、例えば左翼(右翼)情報も疑ってみるべきではないのか。
 第一段で信じられないからと云って、第二段からの情報が正しいとは限らない。
 それぞれが、それぞれの立場で、政治的理念で、情報を流しているにしか過ぎない。
 特に、『マスコミ』という情報手段からの情報が入らない状況下であるのなら、幾らでも云いたい放題ではないのか?

『女』は『ごまめ』か?

2006年10月03日 | 坊主の家計簿
 10月3日

 雑費   たばこ           300円
      100円ショップ     1575円
      筆ペン           400円
 食類   豪州牛肉          258円
      発泡酒           175円
      バナナ           128円
      ピーマン           78円
      うどん玉           18円
      鯖寿司           200円

 合計                3132円
 10月累計            20014円

 ♪たーばこ、たーばこ、たっぷりたーばこ
 う~ん。。。エエ感じに疲れてまんなぁ~。
 夕方のお参りが済んで100円ショップへ。やっぱし一人暮らしなので食べる食材が偏って来るし、サプリメントに助けを求める。&ふりかけ3種。納豆の味に飽きて来た。ここはふりかけバージョンで納豆を乗り切らないといけない。いや、別に「いけない」事もないねんけど、納豆は安いし栄養バッチシやし、調理も簡単やし。
 で、筆ペンは昼の部が終わってからやったし、おもむろに白衣の手直し。まあ、衿が少し痛んだだけで捨ててしまうのはもったいないし。

 で、法要前なので色衣のアイロン掛け。実は色衣にアイロンを掛けるのは始めて。&これまた初の五条袈裟にアイロン掛け。
 だいたいやな、アイロン買ったのも今年やし、『アイロン掛け』の『掛け』の漢字があってるのかどうか解らんくらいにアイロンには関心なかったし。中学時代に『ヘアアイロン』っちゅうので髪の毛クルクルさせてたぐらいやし、アイロンは。結構時間がかかるもんやな。で、神経使うもんやな。
 特に色衣にはヒダヒダ(プリーツ?)があるので、ヒダヒダを丁寧にアイロン掛けてると「うぉぉぉおおお。。。」やな。
 もう、これは
 ♪たーばこ、たーばこ、たっぷりたーばこ
 でっせ。

 しかし、ヒダヒダのアイロン掛けは難しい。今日は色衣なので、っちゅうか、大谷派の衣装の色衣のヒダヒダはそれ程長くない。ざっと35センチぐらいか。
 しかーし!黒衣というのがあって、これのヒダヒダ(だからプリーツというのか?)は、長い。女子中学生のスカートのヒダヒダぐらいの長さはある。イヤ、全国は知らんが、大阪の女子中学生&女子高生のスカートは平均短いのでそれより長いか。

 ちなみに旅行好きの兄ちゃんの私は東北の女子中学生&女子高生のスカートの短さにはビックリした。北から降りて来ると北海道は普通なのだ。何が普通か解らんが、まあ、大阪人の私には「まあ、大阪の女子中学生&女子高生のスカートの丈は短いの」と感じられた。んが、それが青森に入るやいなや、「お前等、東北って寒いん違うんか?」なのだ。これは昔、坂本龍一が語ってた「パンクの鶏冠って、東京からの距離と比例して鶏冠が高くなる」のの逆バージョンなのか?

 ん?そや、黒衣のヒダヒダは長い。ので、シワになりやすく、しかも新米役僧の私には非常に畳み難い一品であり、苦労している。どれだけ苦労しているかと云うと、現在最初に買った四季兼用の黒衣は法衣店に入院中である。まあ、四季兼用ももう一着あるし、他の法衣の修理もあることやし、何着目かの色衣を買った(結構衣装持ちやな。。。)ついでに「すいません。。。これシワシワになったんですけどなんとかなりませんか?」と入院させたのだが、法衣店のおっちゃん曰く「じゃあ、アイロン掛けときますわ」って、アイロン掛けたら済む話やったんかい。

 と云う事で、今日はまず色衣ヒダヒダのアイロン掛けチャレンジ。やはりヒダヒダは、せっかくヒダヒダなのでクッキリハッキリしとかなければ。。。と、恐らく全国の女子中学生&女子高生と同じ悩みを抱えているのかも知れない。
 と云う事は、女子中学生&女子高生に会った時に「ヒダヒダのアイロン掛けって大変やな」と共通の話題が出来る事によって親近感を抱いてもらい、仲良くなって、「で、君のヒダヒダはどうなっているのかね?兄ちゃんに見せてごらん?」と言ってパクられて『セクハラ坊主、女子中学生&女子高生に猥褻行為を迫る』とか新聞に書かれるのだろうか。。。それはヤダ。

 っちゅうか、だいたいアイロン掛けは『お母さん』の仕事になるのか。
 すると私は女子中学生&女子高生を子に持つ年頃の、つまり私と同じくらいの年齢の女人と「ヒダヒダのアイロン掛けって大変やな」と共通の話題が出来る事によって親近感を抱いてもらい、仲良くなって、「で、奥さんヒダヒダはどうなっているのかね?ヒッヒッヒッヒ。」と言ってパクられて『セクハラ坊主、人妻に猥褻行為を迫る』とか新聞に書かれるのだろうか。。。それはヤダ。

 しかし、『奥さん』って凄い言葉やな。「表に出て来るな!」っちゅう感じの言葉やな。
 女性の社会進出。ごく当たり前の事。その当たり前の事が当たり前でない事はおかしい。「それが日本の伝統なんだ」とは北条政子を抜きにした話だ。
 だが(この『んが』でなく『だが』という所が真面目に語りたい部分でんな)、『女性の社会進出』と云った場合に無批判にしてしまうのなら、それは『奥さん』と変わりがないのではないのか?
 大阪では小さいガキや、何かのハンディを持った人達と一緒に『鬼ごっこ』等をする時に『ごまめ』という制度があった。『ごまめ』は鬼に捕まっても大丈夫な存在。一緒に遊んでは居るのだが、『ごまめ』は『ごまめ』。
 ガキの時に、近所の兄ちゃん等に遊びに加えてもらえるのは楽しかったが、でも、『ごまめ』は面白くなかった。

 対等であると云う事は、対等に批判出来あう関係だと感じる。『女性からの声』だからと云って無批判に受け入れる事は女性を『ごまめ』にしているだけだと思うし、『奥さん』と変わりないのでは?

 解同は結局『ホメ殺し』で潰されたんだと思う。特措法と云う甘い飴で誤摩化され、いや、それは大事だったに違いないんだろうが、でも、今日の解同の現状がある。当然すべての支部に当てはまるとは云えないだろうが。
 女性解放、女性の社会進出にも同じような危惧を感じる。
 『解放』とは『偏見からの解放』なんだろうし、だったら「全く男たちはどうしてこうも戦争ばっかりしたくなるのかしら?」等と云う発言は「やられたらやりかえせ」の論法であり、その事によって、『男』が「ああ、私は今まで『女が』とか語って来たが、あれは偏見だったな」と気づく可能性も確かにあるのだろうが、女性を差別する事が問題にならない様な『男』に、それは通じるのか?
 「全く男たちはどうしてこうも戦争ばっかりしたくなるのかしら?」等と云う偏見に満ちあふれた論法は『男』の専売特許ではないのか?慢心バリバリの偏見を偏見とも感じない『男』の専売特許ではないのか?
 女性として、『私(達)』の意見が通った、事だけで喜ぶのなら、その意見に対して批判する人、『男』を、『保守』と云う言葉だけで切り捨てて行くようなありかたは、私は『同じ人間』としておかしいと感じる。
 目指す方向が同じなら、例えば『男中心の社会』の中で、女が周縁に追い立てられたように『女中心の社会』なら、『男』である私は周縁に追いやられる。そういう在り方がおかしいと感じ、目指す方向が同じなら、『同じ人間』として『男』だろうが、『女』だろうが、関係なく私は批判する。

 メンズリヴが『男にこだわってたが故の苦悩からの解放』を目指すのなら、あるいは閉鎖的な男性社会の中で閉じこもってた『男』だけを問題にするのなら、『人間存在』を問えないではないか。結局『男さえ解放されればイイ』でしかならないのではないのか?当然、この場合の『解放』とは『偏見からの解放』であるが。
 ウーマンリヴがその解放理念から『男』を批判するのなら、メンズリヴも解放理念から『女』を批判しなくて、なにがメンズリヴなものか。
 「私(男)が悪うございました」で話が済むのなら、ウーマンリヴはない。『女』としての性を持つ『人間』として立ち上がった事がウーマンリヴの素晴らしい事ではなかったのか?
 『女』を解放理念、あるいは『願い』から批判出来ないような解放なんぞは、あかんやろ。

 と、んな事を書き殴ってるし、だいたい何処でも喋ってるから女人にモテんねんなぁ。。。クソ。。。なんで女の都合のイイ男にならなあかんねん。人間は人間やろ。「男(私)にとって都合のイイ女人に成れ!」とは云わん代わり、なんで女人の都合のイイ男(私)にならなあかんねん。。。
 ああ、互いに人間として尊重しつつ、ヤキモチを焼きつつ、弱さを見せつつ、偏見を押しつけあいつつ、批判しつつ、喧嘩しつつ、の恋愛がしたい。。。

 ヒダヒダ云うてる場合ちゃいまっせ。いや、ホンマ。解ってるか?俺。

フラガール気分

2006年10月02日 | 坊主の家計簿
 10月2日

 先に9月〆。

 一般会計            85911円
 奨学金返済           10000円
 医療保険             4740円
 ネット代             5279円
 家賃              32430円
 電気代(8月分)         4746円
 電気代(9月分)         3090円
 ガス代              2720円
 国民健康保険          25000円

 合計             173916円
 で、まとめ払いの国民年金13580円を仮にプラスするとしたら
                187406円
 携帯電話代がauに変更してカード決済になったので来月ぐらいか。で、電気代が10月初めに来てたので、ついでに記入。水道代は来月か。
 まあ、こんなもんかな。


 10月2日

 食類   カレーパン          110円
      豚肉             277円
      発泡酒            175円
 雑費   タバコ            300円
      市民税          15000円
      昨日の唐揚げ代        290円

 合計                16152円
 10月累計             16882円

 サボりまくってたので昨日今日と焦って公文のテキスト。んが、今日、気合いが入ったのが23時過ぎてからなので、ついさっきまでやっててヘロヘロ。ちなみにこのブログに日時は誤摩化しています。只今10月3日1時27分なり。
 で、毎月3日は一番忙しい日なので早く寝なければ。。。っちゅうか、毎度の如く夕寝してたんだが。。。

 映画『フラガール』が観たい。
 どうでもエエけど、田嶋陽子はなんとかならんのか?「全く男たちは。。。」ってな、それは完全なる性差別であってやな、確かお前は学者違うかったんか?「男たちは」「女たちは」とは全く個人を無視した偏見であり、「全く男たちはどうしてこうも戦争ばっかりしたくなるのかしら?」とは、単なる差別やろ。「男だから」「女だから」という偏見を打破するのならともかく、例えば「全く女たちは自分の家庭の事しか考えずに政治に対して関心がない」とは全くの偏見であり、そういう偏見に苦しめられたが故に「偏見なき世の中を作り出して行こう」なら「全く男たちはどうしてこうも戦争ばっかりしたくなるのかしら?」等は完全なる失言であり、失言を何度も何度も公の電波で繰り返すのは、一体何事やねん。単に『男』に変わって『女』が主導権を握りたい、もしくは単にプライドが高いだけの話ではないのか?それは所詮『女さえよければイイ』という事でしかないのではないのか?
 まあ、『女』にへいこらする『人権派』と称する差別助長『男』と戯れとけ。
 
 あ、フラガール。まあ、性差別でもあるのだろうが、『商品としての女』であるのだろうが、よって、実は余り好きでもないのだが、この映画はエエ。
 性差別だろうが、何だろうが、生きないとあかんわけやし。よって、例えば田嶋陽子の様な学者先生などよりも、遥かに『生』と云うものを表現してくれるし、その意味で美しい。
 出て来る女優さんで知ってるのは『南海キャンディーズのしずちゃん』だけ、と云うのは悲しいが、まあ、豊川悦司も出るみたいやし、それ以前に映画としてエエみたいや。
 いや、テレビで映画のドキュメントをやってて、役者さんが腰をフリフリするのを非常に苦労して練習してはるシーンに感動したのだが、それが映画では炭坑が閉山になり、生活する為に腰をフリフリする練習をしはるらしい。必死にしはるらしい。
 これは、サボってバッカリの毎日で、いや、仕事はしてるのだが、でも、仕事以外はサボってバッカリで筆ペンも数年やってるのにたいして上達もせず、活け花も習いに行くと言いつつ、はや2年。
 ここは、これからの報恩講に向けてパワーを貰わなければ。。。と言ってる段階でダメな気がするのだが。。。要するに『気分』を注入したいだけの話だし。自分の事に成ってないわけだな。

 『問われる』とは自分の事であり、苦悩・公文する。いや、苦悶や。公文は明日残りの2枚と先週の残り1枚をやらんとあかんのだ。
 ある先生から「死だけは他人事に出来ない」と教えて貰った事がある。逆に云うとそれ以外のものは『気分』で消化してしまってしまう。

 そういう意味で云うと、先に田嶋陽子を批判したが、非難は出来ないな。まあ、誰に対してもだが。
 田嶋陽子にはきっと田嶋陽子なりの『女性としての苦悩』があったんだろうが、でも、「全く男たちはどうしてこうも戦争ばっかりしたくなるのかしら?」等と性における偏見を撒き散らす。気分だ。
 でも、この『気分』によって諸々左右される。
 晴れを『よい天気』と言うし。
 気分を満足させる為にタバコを吸うし、酒を飲む。私には考えられないが一日に5000キロカロリーも食べる人も居るみたいだ。あるいはダイエットや、健康にやたらと凝る。必要以上に痩せようとする。
 心は『ころころ』。
 小泉氏が「心からなる」を「ころころからなる」と噛んだのは正解やな。
 そんな『気分』で生きている。『気分』を満足させようとあくせく、あくせくする。
 当然、その『気分』の中にはボランティアや、社会奉仕も入っている。それぞれの『気分』の違いだけ。勉強するのも『気分』でしか生きていない事を思い知らされる場でもあるが、速攻『勉強した』という気分に支配される。
 たいして、誰だって変わりやしない。

 他人に対する不平不満。社会に対する不平不満。
 別に論拠がなくてもイイと思う。浅はかな意見、浅はかな論拠でもってしかないから声を挙げられない、ものを言えない、というのは違うと思う。
 「素人がものを云うな!」
 玄人だって対して変わりやしない。

 ♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね
 (木村カエラ『You』より)

 よゐこになんて成らんでも別にエエやんけ。
 と云う事で、私の気分は「明日、紀文のカマボコが食べたい」というのが今現在の気分なんだが、明日には変わるかも知れない。別に気分に支配される筋合いはないし。
 気分より、私という存在の方が尊いし。

 現在、10月3日2時49分。しゃて、ネット巡回して寝よ。