坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

実録寺族2

2009年07月31日 | 坊主の家計簿
 なにやら『餃子の王将』が好調らしい。
 http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/yucasee-20090731-1413/1.htm

 しゃて、もろもろの事情で100%の外食生活である。
 近所に『餃子の王将』もあるのだが行かない。別に拒否しているわけではなく、単に学生街なので王将よりも安い店が一杯あってでんなぁ。。。
 その中の最安値の食堂は焼そばが250円である。『焼そば250円』だけでも安いのだが、その焼そばが2玉入りだったりする。ちなみに大盛りが3玉入りで350円やったかな?300円やったかな?一度だけ食べて「きついっす。。。」っちゅう事だったのでイマイチ憶えていない。
 日替わり定食が400円。ボリューム満点のおかずと、「学生は野菜も食え」っちゅう事で大盛りのサラダが付いてるし、みそ汁も具沢山である。当然白飯も標準大盛りなので「すいません。。。少し減らして下さい。。。」と頼んだら30円引いてくれて370円になった。
 焼そば2玉250円でも、日替わり定食400円でも利益が出るのは知ってるけど、薄利やのぉ。。。
 薄利だから手作りである。手間隙は原価がかからんし。夫婦2人で一生懸命働いてナンボ手元に残るのか知らんが、頭が下がるのぉ。。。どんな店でも余程腹立つ以外は「ありがとう」と言って帰るけど、高松の100円うどん屋とか、安定食屋にはホンマ頭が下がる。

 しゃて、住職生活&寺生活も2ヶ月が過ぎた。私は、私が100円手打ちうどんの店とか安定食屋に対して『頭が下がる』みたいな仕事が出来てるんだろうか?『伝統』とか『代々の門徒だから』とか『習俗だから』ではなく、「また行きたい」と、あ、メシ屋違うから「また行きたい」は変やな。「またあの人に頼みたい」と。「他にも色々美味しいものがあるけど、やっぱり次もこれを食べたい」と思えるのと同じく、「またあの人に頼みたい」と。
 それを決めるのは当然私ではない。
 ただ、私が尊敬する恩師達と同じ『布施』を預かり私も生活している。恩師達と同じ事が出来ている等とは全く思わない。
 当然、お念仏の教えを一緒に聞いて行く、という事に変わりはないのだが、講師の先生を呼ぶ時に「誰でもイイ」という事ではなく、やはり「あの先生に来て頂きたい」と思うのと同じく、私が『僧侶』を呼ぶ側であるのならやはり「誰でもイイ」とは思えない。
 恩師達と『同じ仕事』が出来ているとは思えないが、きっと恩師達は「同じ仕事」と云ったりするのだろう。仏教の私物化だから。

 「阿弥陀如来の奴隷になれ」とはある恩師から教えて頂いた言葉。こういう事の話の流れではなかったのだが、ふと思い出す。
 同じ真宗門徒の中での専門職としての僧侶であり住職。身分でなく職分。
 職分なら、100円で手打ちうどんを売っている真宗門徒も居るだろうし、安い定食屋をやっている真宗門徒も居るだろう。今の私は恥ずかしい。恥ずかしいから、やる。正々堂々と、自信がなくても他力だし、恥ずかしく感じつつ、その事を『力』にしながら。

柴咲コウ『最愛』

2009年07月22日 | 坊主の家計簿
 日食だったらしいのだが、え~。。。葬儀会場に居たので見れるわけが無い。。。

 じぇんじぇん関係ないのだが、この前の葬儀で出棺に立ち会ったら柴咲コウの歌が流れてた。

 ♪愛さなくていいから
  遠くで見守ってて
  強がってるんだよ
  でも繋がってたいんだよ
  あなたがまだ好きだから
  (柴咲コウ『最愛』より)

 っちゅう歌詞が妙に頭ん中に残ってる。

 どうでもエエけど、ああいう曲は誰が選ぶんだろう?葬儀社の担当の人が選ぶんかな。それとも遺族が選ぶんかな。

 っちゅうか、この歌の歌詞ってエエなぁ。。。


 ♪いつか生命の旅
  終わるその時も
  祈るでしょう

  あなたが憧れた
  「あなた」であることを
  (同じ歌)

 
 そういや、満中陰の法事を頼まれたんやった。この歌を使って法話しよ。

 

実録寺族1

2009年07月21日 | 坊主の家計簿
 「お寺は御門徒皆様のものです」と、寄付を募る時だけ。

 続きがあるかどうかは知らん。


 今日はオートバックスへ。いや、なんかプラグの調子が「悪いのかなぁ~」みたいな感じだったのでプラグの点検&交換。3本変えて財布がカラ。痛い出費であるが格安中古車なので自分でこうやって手を入れていかんとどうしようもないし。オイル交換もそろそろ。今日は金が足らんかったのだ。ついでに『オートマのオイル』っちゅうのも交換して、エアコンの添加剤やら、オイルの添加剤やらもろもろブチ込む決意をする。最低でもあと2年は走ってもらわんと困るし、もっと稼いで貰わんと困る。っちゅうても7万キロ過ぎの軽自動車やし「爺ちゃん頑張れ!」と、もろもろブチ込まんと。

 しゃて、小中高の夏休み期間(大阪ではそうや。他地域知らん)中が選挙である。特にお盆を過ぎて「あんた、宿題しとかんともう夏休み終わりやで」っちゅう頃に「麻生、麻生太郎をよろしく御願いします」なんぞとやって来るわけだ。あるいは「せっかくの夏休みやし、夕方までゆっくり寝よ」と思てても「鳩山、鳩山家の跡取り、鳩山由紀夫をよろしく御願いします」なんぞとやって来るのだ。これは結構うっとうしいぞ。ゆっくり寝とれんやないかい。っちゅうか、別に中高生ちゃうし別にエエのだが。
 まあ、恐らく夏休みの期間中にずっと自分の選挙区の議員をカブトムシように観察するであろう小学生が全国に2~3人は居てそうな気がするな。夏休みの自由研究としてそれが提出されて、感動した教師が朝日小学生新聞なんぞに掲載を申し込んだりして、それを読んだ大人達が「おお!なんという素晴らしい子どもなんだろうか。こんな子どもが居てるとはこれからの日本も安泰である」なんぞと抜かしている裏で、研究した小学生が校舎の裏でシンナー吸いながら「大人って単純バカばっかりやのぉ」なんぞと云ったりする夏。

 そう、夏休みも始まって夏である。大阪は雨で梅雨が明けたかどうか知らんが、んなもんは気象庁の問題であり、夏休みが始まる7月20日頃から夏なのである。
 夏なので悪石島である。なんか、スンゲー島やな
 http://www.aruzou.com/tokara/boze.htm

保守と流行

2009年07月16日 | 坊主の家計簿
 ムッチャ夏バテ。。。梅雨の湿気バテかも知らんが、とにかくしんどい。。。声に張りが無く、やんなっちゃう。。。

 『やんなっちゃう』と云えば自民党である。いや、沈没する船から逃げ出すように、っちゅうか、みんなが逃げ出すから逆に沈没したりするのだろうが。。。
 まあ、政界再編だったり、新党樹立だったり、なんじゃかんじゃと話題が多いのは楽しいのだが、「危なくなったら逃げ出す」なんぞという政治家はどんなもんや?自民党が与党でなくなり、野党に落ちても「それでも私は自民党と心中する覚悟で」なら「おお、気合いが入っててエエ感じやんけ」なんだが、自民党が危ないからさっさと逃げ出して与党になるかも知れん民主党に近づくようなもんは政治家として如何なもんか。

 次の自民党総裁には鳩山弟が相応しい。で、兄弟対決である。兄弟で天下分け目の関ヶ原、ちゃう、衆院選挙を戦うのだ。「藤原家の次は鳩山家である」なんぞと、『平家』『源氏』の代わりに『鳩山弟系』『鳩山兄系』が日本の政治を動かすのだ。

 と、まあ、すっかり夏バテで何を書いているのやら。

 けど、イヤになったからツーて、選挙に負けそうだからツーて、自民党から出て行く、ツーのはどういうこっちゃ。まあ、民主党の成り立ちも似た様なもんかも知れんが、なんかなぁ。。。
 
 ある意味、自民党は流行遅れなんかも知らん。政権交代祭りやし、それが流行である。
 有権者が流行に流されるのは、まあ、ある意味「しゃーない」のだろうが、政治家が流行に流されてどないしまんねん。流行に『乗ろう』とするのでなく、『流行』を仕掛けるのが政治家だろうし、仕掛ける側の政治家が流行に流されるのはアカンやろ。

 なんとなくの幻想だろうが『民主=進歩的』『自民=保守的』なんぞの幻想がある。保守なら保守の維持を見せて、麻生氏がダメなら与謝野氏で戦って大敗北をしてみりゃエエと思う。保守は保守なんだ。流行に惑わされないのが保守の保守たる由縁だろうが。
 という事で、バリバリ保守の私は次回衆院選では『祭り』に流されず、流行に反して、共産か社民にしか投票せえへんぞ。

 戦争も祭りでんがな。
 
 その時々の流行に惑わされるのが私たち凡夫である。が、しかし、『凡夫』の自覚があるが故に「惑わされとんなぁ~」とも思えるわけであってやなぁ。。。

 ツーか、やっぱし、夏バテ、しんどい。

仏の慈悲

2009年07月15日 | 坊主の家計簿
 昨日、夏祭り、っちゅうか研修から帰宅して、仕事→ちょい仮眠→通夜。
 通夜は仕事ではなくお世話になった知人の通夜。帰りに先輩と亡くなった知人に教えて貰った焼き肉屋で通夜。

 明日は仕事で通夜。葬儀屋さんから事情を聞いて変な話だが気合いが入る。いつも以上にこの出会いを大切にせんとアカン。きっと色々な事を体験し、教えてくれる事だろうし。

 全然話は変わるのだが、『天皇』である。
 天皇は最早『神聖にしておかすべからず』ではなく、象徴である。つーか、まあ、『神聖にしておかすべからず』なんぞと云ってた人たちがどういう態度だったのかは知らん。幕末には維新の弊害として暗殺されたと噂される天皇も居るし。今でも天皇の意向を無視して『天皇家』の問題にあーじゃこーじゃという右派の人もいるらしいし。
 あっ。。。え~と、戦後に憲法が変わった。憲法が変わったのだが天皇に対する意識が変わっていない人たちも多くおられる。当たり前である。憲法が変わったからといって突然人間が変われるわけがない。

 わが大谷派教団では『法主(法の主)』が『門首(門徒の首座)』になった。まあ、宗派の憲法が変わったのだが、これまた天皇の問題と同じく、そう簡単に意識が変わるわけがない。
 『法主』が『門首』になったのだから、『住職』『僧侶』も『門徒』なのだ。だが、これも生身の人間なのでそんな簡単に変わるわけがない。つーか、宗憲が変わった事、つーか、『宗憲』っちゅうのがある事も知らない門徒さんが多く居てる気がするのだが。。。

 天皇が神から人間になった。
 法主が門首になり、住職・僧侶も同じく『同朋』の真宗門徒になった。
 しかし、変化に付いて行ける人もいれば、なかなか付いていけない人もいる。

 常なるものはない、というのが仏教の基本原理である。非常に『進歩的』である。
 進歩的であるが、周囲を見捨てるのは過激派である。進歩的な指導者の立場は『法主』であり『住職』であり『僧侶』である。
 
 共に門徒。

【しかればすなわち、浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまえり。これすなわち権化の仁、斉しく苦悩の群萠を救済し、世雄の悲、正しく逆謗闡提を恵まんと欲す。】(親鸞)

 共に『世雄の悲』を恵まれる者同士。

祭り

2009年07月12日 | 坊主の家計簿
 仕事が終わってイザ京都へ。っちゅうても日曜日なので何じゃかんじゃと忙しく京都に着くと結構エエ時間。しかも祇園祭のせいか京都、大混み。バス、おっそいおっそい。まあ、講義に間に合ったからエエか。

 今日から3日間は年に一度の母校・卒業生の会の青草夏祭り(?)私は仕事の都合で中抜け中。いや、先月の13日って他の仕事で忙しくて自坊のお参りしてまへんねん。。。で、今月が「住職は勉強会で京都に行ってます」っちゅう大義名分があろうとも、やっぱし失礼でんがな。単なる2ヶ月連続じゃなく、『寺に来て2ヶ月連続』『住職になって2ヶ月連続』なわけであって、まだ挨拶もしとらん状態やし。よって、帰宅中。明日、お参りが終了次第に京都へ。なんじゃかんじゃで2時間はかかるのだが、まあ、2時間やし。

 っちゅう事で、青草夏祭り。去年は行けなかったから1年振りになる。
 まぶしい。まぶしいぞ、わが母校。
 あの場に行くと無条件に『生徒』にかえれる。いや、『生徒』に成れるか。

 実は昨晩ほとんど寝てない。単純に寝れなかった。諸々の事で頭の中がパンクしそうな状態で寝れなかったのだ。それはきっと今晩も変わらないだろう。まあ、その防止策で無添加ワインなんぞを飲んでいるのでなんとかなるだろうが。

 今日の講義を聞いた後に、ふと藤場先生が親鸞(真宗門徒)にとっての仏弟子の条件は『名告りのみ』である、とか書かれていたのか講義で聞いたのか忘れたが、そんな事を云っておられた事を思い出す。
 仏弟子=念仏者である事を選んだのは誰でもなく私自身である。
 それが、まあ、なんちゅうんでしょうか?周囲から『坊さん』だの『住職』だのと呼ばれる事に慣れて来て『名告り』を忘れてやがんの。

 母校・大谷専修学院に行くと、入学したてホヤホヤの頃からの様々な指摘=声をかけて頂いた事を思い出す。
 そんな夏祭り。

 帰りの電車の中では大きな野外イベントがあったらしく途中からライブ帰りの兄ちゃん姉ちゃんが大量に電車に乗って来る。
 
 帰宅したら「おお!やっぱし政権交代祭りやのぉ~」と、またまた祭り。

2009年07月11日 | 坊主の家計簿
 毎日仕事したり本を読んだりしているのだが、いまいちパソコンに向かう気力がなかなか湧かん。そろそろホームページを作らんとアカンねんけどなぁ。。。

 しゃて、明日から3日間研修で京都。まあ、仕事の都合で途中一時抜けせんとアカンのだが。
 そういや、今の私は蛍族である。タバコは外で吸っているのだが、そろそろ蚊にさされたりして非常にうっとうしい。んが、まあ、しゃーない。これも共同生活である。
 1泊3日の研修会。道場時代を思い出して来よ。

穴堀

2009年07月08日 | 坊主の家計簿
 穴堀に宇治に行く。約1年間程住んでた辺りなので「懐かしいやんけ。。。」である。で、穴を掘る。
 穴堀も終わって大阪に帰って来て、銭湯でまったりと汗を流して自転車でフラフラと。自転車フラフラは最近の日課だし。ダイエット、ダイエット。
 ダイエット運動もしたので帰りにラーメン屋でキュウリの漬け物で1杯だけビールを飲んで、〆に冷やしラーメンを食べる。大丈夫だ。ダイエット運動はさっきしたし、昼間に穴堀もした。大丈夫、大丈夫。
 つーか、ウエストが全然問題なくなって来ているのでダイエットもクソもないのだが。。。まあ、運動しとかんと体が鈍るし。

『女』と『門徒(檀家)』

2009年07月06日 | 坊主の家計簿
 じゃ~ん♪今日は休みだった。なので昨晩遅くより愛車(自転車の方)に乗ってウロウロと。まあ、結局ミナミ→鶴嘴と飲み歩いてただけだったんだが。。。

 その前、昼過ぎより南港であった『マタニティーフェスティバル』やったけな?なんかそういうイベントに行く。当然、興味はないのだがチラシを見てたら『メッセンジャーあいはら』という私が尊敬し大ファンの芸人が来るので行く。あいはらを見終わった後にメシ喰って、ついでに色々と見る。ベビーカー高!「俺の愛車(自転車)より高いっちゅうのはどういう事やねん」なんぞと思いつつ諸々物色。『中山寺』という関西では有名な安産祈願の寺の坊さんなんぞも来てはった。あと、『妊婦の辛さを男どもも解りやがれ!』っちゅう、ベストで腹回り部分にゴソッと重りがついたやつなんぞもあって「あんたも試せ」なんぞと云われたんだが「アホか。ほんだらお前も俺の仕事の重さを抱えてみろ」なんぞと言って拒否する。残念ながら私は甘くないし優しくない。うちの妊婦は現状『専業妊婦』なので、あ、タンマに私が忙しい時にお参りしているのだが、まあ、専業妊婦であり、専業妊婦ならタメでしかない。私が働き金を稼いでいる役割分担である。役割分担に上下はない。対等でしかない。対等でしかないのに偉そうにする筋合いもなければ偉そうにされる筋合いもない。

 多分、これはガキが出来てからも変わらんと思う。まあ、多少のフォロー程度はするだろうが、現状の役割分担では私が仕事して金を稼いで来て、ヨメはんが直接的な子育てをしたらええ話である。『金を稼ぐ』というのは間接的な子育てなんだろうが、金がなければメシも喰えん。

 ついでに書くが、結婚して夫婦生活をしてて思うのだが、まあ、私の仕事も現状ではそんなに忙しくない。んが、それよりもヨメはんの方がヒマやんけ。よく『家事労働を金額に換算すると』なんぞという話があるが、んなもんは毎日ダスキン並みの掃除をして、毎日プロの管理栄養士兼調理師の話であって、現状はそうではない。まあ、各家庭によってそれぞれ違うのだろうが、「プロならプロの仕事のスピードでプロ並みの仕上がりをしてみやがれ」なんぞと言いたくなる。
 つーか、まあ、『家事労働』や『子育て』が『無価値』『女がやって当たり前』なんぞという歴史があるからの事なんだろうが、個別ケースのうちには当たらない。料理は独身生活で慣れっこだし、掃除は水商売時代に厳しくやらんとアカンかったし。役僧時代も同じ。

 今晩、え~。。。大阪なら19チャンネルなんだが、まあ、『テレビ東京系』っちゅう云うんですか?『カンブリア宮殿』っちゅう番組で葬儀業界の特集をやってはった。大阪でも見かけた事がある葬儀屋の社長さんが出て来ての特集。「おお!プロやんけ」とちょっと感動。つーか、葬儀屋はプロなのだ。あの葬儀会社だけでなく、葬儀屋はプロ集団なのだ。当然、『僧侶側』としては諸々の言いたい事、つまり『宗派の差』なんぞもあるが、んなもん、知ってる方が珍しい、っちゅうねん。その為に打ち合わせがある。打ち合わせ時に説明したらエエだけの話である。
 むっちゃ、当たり前の話だが、『寺』と『葬儀屋』は対等である。別にどっち側が『出入り業者』ではない。それが原則である。原則を忘れて『寺』が葬儀屋を出入り業者としか思えんのなら、少なくとも『真宗の寺』は辞めた方がエエと思う。葬儀屋も仕事であり、寺も仕事である。花を扱う人たち、食事を扱う人たちも同じ。それぞれがプロ集団。だって『金』貰っているわけでんがな。
 その中で「金じゃない!布施じゃ!」なんぞといって怠慢かましてるのが『寺』でんな(笑)

 布施行は法然門下の伝統にはない。ただ念仏である。
 しかし、現実に私(たち)僧侶は布施を預かって生活している。ただ、

【布施は法施に対するものであって、法施がなければ単なる泥棒です】(by恩師・竹中先生)

 泥棒はまだ「他人の物を盗んでいる」という罪悪感もあるのだろうが、『当たり前』の所に罪悪感などない。
 役割分担の中で「女が子育て&家事をするのは当たり前である』と云うのと同じく、「門徒(檀家)が寺を支えるのが当たり前」「僧侶(寺族)の生活を支えるのは当たり前」なんぞというのは傲慢な差別主義者にしか過ぎない。

なむ南無

2009年07月03日 | 坊主の家計簿
 突然ですが、

 なむ南無(http://namu-kansai.jp/index.html

 という会の代表になりました。

 小学4年生。爺ちゃんが死んだ時の葬儀は葬儀会館だった。
 小学6年生。婆ちゃんが死んだ時は増築の為に買った隣の家でやった。

 自宅か、公民館、葬儀会館。誰かがなくなってオカンに連れられて葬儀に行くのは決まってそういう場だった。
 だからだろうか?『お寺で葬式をするのはお金持ち』という印象がある。

 真宗寺院はお念仏の教えを聞く道場である。
 葬儀は法要である。他の様々な法要と同じくお念仏の教えを聞く法要である。
 法要は法要である以上、ご本尊がある場所ならば別にどこでやっても構わない。
 都市部では寺で葬儀をする事が少ない。でも、寺でも出来るのです。当然の話ですが、寺でも出来るのです。

ブットンくん

2009年07月02日 | 坊主の家計簿
 今日はお休み♪いや、1件だけお参りがあったのだが朝の支度をしてたら電話があって休みとの事。つー事で、朝から読書三昧。

 じぇんじぇん関係ないのだが、大谷派の大阪教区ちゅう所で『ブットンくん』というゆるキャラが出来たらしい。白黒写真で見ると、これがカワユイ。。。法衣を着た豚のキャラなんだが、結構イケルのではないかと思う。
 私もひこにゃん目指して彦根まで行ったように、ブットンくん目指して大阪まで来るのもありだと思ったりする。ブットンくんのホームページが出来るかどうかは別にして、ひこにゃんみたいにブットンくんが登場するスケジュールの問い合わせがあったりして南御堂のホームページで紹介したらホームページのアクセス数がわけ解らんようになったり、ブットンくんのブログとか、ブットンくんがアシスタントをする仏教紙芝居とか、結構、なんでも出来たりすると思ったりする、っちゅうくらいにブットンくんカワユイ。
 うちの寺にもブットンくんに来てもらいたいし。つーか、ブットンくんと一緒に本山参拝なんぞも楽しそうやな。

 ちなみに今日たまたま読んでた『南御堂』っちゅう新聞の表紙に載ってただけなので、誰が考えたのか、誰が作ったのか、誰が中に入っているのか(これは言ったらアカンのか?)なんぞ全く知らない。
 故に、どういう気持ちで作られたのかも知らないが、まあ、ブットン(仏恩)くんという名が表している通りに

【これに因って、真宗の詮を鈔し、浄土の要を摭う。ただ仏恩の深きことを念じて、人倫の嘲を恥じず。】(親鸞聖人)

 みたいな感じなんだろう。
 1人でも多くの方々と一緒に親鸞聖人の教えを学び、共に念仏申す『ともだち』になりたいんだと思う。

 っちゅう事で、結構感動してたりする。
 
 記事によるとこれから色々な場面での活躍が期待されているらしい。ついでにブットンくんに刺激された所が「大阪に負けてたまるか!うちはもっとカワユイのを作れ!」なんぞと言い出して、大真面目な企画会議で大真面目な坊さん達が「う~ん。。。もうちょっと『萌え』っと出来ひんか?」とか、「その前に『萌え』ってなんや?」と云う事になり、「ほなメイド喫茶に研修に行きまひょか?」みたいな感じになったりしたらエエ感じやのぉ。。。旭山動物園にも、花畑牧場にも不釣り合いなスーツ姿のオッサンが居ったぞ。

 と云う事で、話はまた変わる。
 報道ステーションで『今治タオル』の特集をやってた。知らなかったのだがブランド化してたのね。作っている製品には自信があっても、「みんなに勧める」っちゅう作業も必要だったりすると思う。
 親鸞なら『和讃』『かな聖教』なんぞもある。
 蓮如が『御文』を書き、名号を書きまくった。

 「俺の所はこんなにエエ商品を作ってるのに、世間の客はそれがなんで解れへんねんや」
 とは、単なる怠慢である。仏教でなら『仏になってしまった』わけであって決して菩薩ではない。

 「食べて美味しかったラーメンは勧めたくなる」やったけな?そんな事を云っておられた先生が居られたが、自分が信仰している宗教を自分自身が勧められなかったらアカンやろ。ましてや念仏の教えである。大乗仏教である。

   仏智の不思議をうたがいて
   自力の称念このむゆえ
   辺地懈慢にとどまりて
   仏恩報ずるこころなし
   (親鸞)

仏教会

2009年07月01日 | 坊主の家計簿
 寺の役員会→地域の仏教会と会議の連ちゃん。会議はキライではない。どっちかっちゅうと好きな方なんだが、地域の仏教会では全く「なんもしりまへ~ん」やし、しかも皆さん正座。初参加の新米だけが足を崩すわけにも行かず私も正座。え~。。。どういう会合か全く知らんかったのでブラックジーンズを履いて行ったわけなんだが、スリム系のブラックジーンズは正座にあわん。。。しかし、二時間、全く足を崩さずに正座してた人も結構おられ、ビールを飲もうがメシを喰おうが全く正座を崩さない人たちが居られ「お坊様、恐ろしや。。。」と久々に感じた。

 寺の役員会では一番の新参者なんだが、一応私が『代表役員』っちゅう肩書きだったりする。よって居場所はある。仕切りはるのは総代さん(厳密には責任役員)なんだが、『代表役員』っちゅう事で私の居場所は確保。 
 
 地域の仏教会。え~。。。何も解らんし、すぐ近くの寺で挨拶だけした人以外は全員知らない。。。自己紹介をして、少しだけ色々と聞かれて緊張の時間。
 多分、皆さん通って来た道なんだろう。なんか、場が暖かい。隣の人がタバコを吸わない人だったのでタバコを我慢してたのと、正座がしんどかったのはあるけど、なんか居心地がイイ。物珍しさでしつこく色々と聞かれる事もなく、かといって無視されるわけでもない。ふと「エエ店やなぁ~」なんぞと(笑)
 そうか、仏教会だったんだな。

 っちゅうか、故・竹中先生だったら「仏教論議をしなさい」なんぞと云うのだろうが。。。っちゅうか、云われたし。
 竹中先生は大悲の人。それは『ただ念仏』の教えに生きた人だったから。

 ちなみに竹中先生とは同じ地域。死ぬまで専修学院で確か自坊の住職にはならなかったはず。でも、同じ地域。あの場で竹中先生に会う事はなかっただろうが、でも、竹中先生と同じ地域の仏教会。
 仮にあの場に竹中先生が居てたら、え~。。。もっと何も喋れなくなったりするのだろうけど、現実には居ない。
 でも、竹中先生を気にしつつ参加しよ。

 「居心地が良いだけでいいんですか?」

 って、云われそう。