坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

ガソリン

2008年04月30日 | 坊主の家計簿
 4月30日

 食類  カップ麺2        216円
     ところてん         68円
     かまぼこ          78円
     しらす          128円
     焼きマダラ        125円

 合計               615円
 4月累計          148729円

 朝、仕事に行こうとしたら部屋の鍵がない。。。
 昨夜、タクシーに乗って深夜帰宅して「無茶苦茶眠いよぉ。。。」だったので、どうやら変な所に放り込んだみたい。探すが、ない。小銭入れに引っ付いてる鍵だし、小銭もない。探さなければならない。。。諸々探してたのだが、見つからない。仕事前やし、とりあえず合鍵があった事を思い出して仕事へ。
 帰宅して、じっくり探したら見つかったのだが、朝からバタバタと。

 そういや、ちょうどガソリンが無くなりかけだったので、ガソリンスタンドへ。今日の仕事はそれ程遠距離がなかったので全部自転車で廻ったのだが、明日の仕事に影響するし。
 いや~。。。混んでまんなぁ。。。ガソリンスタンドの前で結構待ったぞ。。。

 税金は再分配機能だと思っている。だからちゃんと使ってくれるのであれば文句はない。
 『暫定税率』という名称を捨てても、あくまでも『車』に関する事柄だけなら構わない。ただ、ガソリンから徴収した税金を『車』に関する事柄以外に使うのは違うやろ。

法要後の酒

2008年04月29日 | 坊主の家計簿
 4月29日

 食類  のり弁         410円
     スポーツドリンク4   388円
 雑費  タバコ         300円
     JR           160円
     かけそば        200円
     御土産(焼酎・水)  2100円
     タクシー       5300円

 合計             8858円
 4月累計         148114円

 所属寺での法要。夜の部のみ参加。
 むっちゃ、久しぶりの人に会って、法要後の飲み会で最後まで居た人達とミナミへ。飲み代はオゴって貰ったのだが、帰りのタクシーが。。。まあ、ええわ。

未練も欲

2008年04月28日 | 坊主の家計簿
 4月28日
 
 外食  回転寿司        315円
     焼肉ビール      2531円
     ラーメン        650円
 雑費  日刊ゲンダイ      120円
     温泉マッサージ    1000円
     黒七夕        1690円
     フォー2        176円
     汁ビーフン2      176円
     ビーフン2       236円
     レモン果汁       228円

 合計             7122円
 4月累計         139256円

 『ラスト・キング・オブ・スコットランド』
 映画としてはイマイチか。。。

 お休みなので御近所温泉へ。マッサージ三昧。
 帰りに、久々の焼肉ビール。まあ、3連休やったし。
 
 3連休。。。無茶苦茶ゴロゴロしたのぉ。。。ゴロゴロし放題の3連休。
 焼肉ビールのお供には日刊ゲンダイ。日刊ゲンダイの記事で、『ゴールデンウィークをいかにゴロゴロするか』みたいな記事。日刊ゲンダイは夕刊誌だし、まあ、オッさん新聞。主婦に休日がないのは解るが、せっかくのゴールデンウィークぐらいはお父ちゃんをゴロゴロさせてやってくれや。。。
 と、まあ、独身の特権でゴロゴロと。なんか、かなり疲れてたみたいやな、俺。久々のマッサージがムチャ、気持ちよかった。

 なんだが、やはり貴重な3連休。
 長野・善光寺での追悼法要、というか、平和への祈り法要が朝8時からだったみたい。。。朝8時なら、前日に新潟・高田辺りに泊まれば行けたはず。。。うぅぅぅ。。。
 毎度というか、やっぱり毎度の高松・松下製麺所にも行けたはず。
 なんだが、今回はゴロゴロと。

 未練は煩悩。
 ありもしない架空の現実。

 しゃて、しゃて、まったりと寝よ。

集合写真

2008年04月27日 | 坊主の家計簿
 4月27日

 外食  メシ         747円
 雑費  スーパー銭湯     600円
     たばこ        300円
 食類  発泡酒3       321円
     もやし         29円
     豆腐          98円
     うどん玉        28円
     ショウガ        98円

 合計            2221円
 4月累計        132134円

 お休みなのでスーパー銭湯でスチームサウナ三昧。
 
 帰宅して、シャツにアイロンかけつつテレビで野球観戦。
 9時半に優勝決まる。
 いや、別に優勝せんでもエエ。というか、やっぱり優勝決まったな。
 今年の阪神は、ホンマに強いのぉ。。。8回裏で「あ~あ、試合終わったがな」と思ったのだが、クルーンが鳥谷で壊れた。矢野への暴投で完璧に壊れた。いや、ホンマ、強いわ。

 DVD。
 『トンマッコルへようこそ』
 名作やな。

 『しゃべれどもしゃべれども』
 香里奈って、芝居、結構上手いぞ。

 この間、プカプカでダベってたら古いプレイボーイがあった。特集がボブ・デュラン。というか『プロテストソング』
 昔のフォークもそうだったらしいが、パンクなんぞもプロテストソングが多い。なんせ、ハニー・ディープ・ウエットという動物愛護バンドがあったぐらいだし(笑)20年前でっせ、20年前。20年前には日本緑の党はあったのか?ギリギリぐらいか?そんな前でっせ。
 まあ、今でも『ソウルフラワーユニオン』とかまだやってるんやろうし。ジャージーアッパーカットは解散したのかな?エエバンドやったのに。

 『トンマッコルへようこそ』には様々な『雨』が降る。

 CCRというバンドの『雨をみたかい?』という名曲の『雨』とはナパーム弾の事らしい。
 手榴弾でトウモロコシがポップコーンになるのならエエのだが、空から爆弾が降って来るのを望む人は、きっと居ないと思う。
 そんな解放なんていらない。

 『しゃべれどもしゃべれども』は、喋る事が苦手な人が落語を通じて人に気持ちを伝える事を学んで行く青春映画。
 人に伝える事の難しさを『落語』という芸を通じて描いた映画。
 落語家の主人公の師匠は云う。「好きで喋っているのなら、壁に向かってでも喋っとけ」とかと。
 落語は、『笑い』という『受け』。ウケたら伝わっている。

 平和を伝える。
 『トンマッコルへようこそ』の舞台になっている村は平和の象徴。平和ボケの塊。
 【平和のための仕事とは、なによりもまず、平和を生きることを意味します。】(ティクナットハン)
 という言葉を思い出す。
 同じ民族で殺し合うような不幸な戦争が続いているから『トンマッコルへようこそ』と云うような映画が作れるのだと思う。

 中国国内には様々な民族が居て、でも、中国政府は『同じ中国である』と云う。
 同じ中国人同士が殺し合う状況を、『同じ中国人』という立場の人はどう考えて居るのだろうか?

 ちなみに私はチベットに対して『同じ仏教徒である』、という事が、やはり好きになれない。
 『同じ仏教徒である』という限定なら、他はどうでもよくなる。『同じ仏教徒』であるから、同じ仏教徒を弾圧する中国政府を悪役にしてしまう。敵にしてしまう。敵にしてしまって、『同じ仏教徒』が、中国、というか、漢民族に対してふるった暴力に対して無批判になってしまう事は怖い。
 それは、イコール、『同じ日本人』でも同じだし。『同じ日本人が殺された』で、『殺した相手』=『敵』である。敵だから、敵に対してふるった暴力に無批判な事は怖い。

 暴力は暴力である。誰が誰に対してふるった暴力であっても暴力でしかない。
 例え、自由や、解放という大義名分があろうとも。死刑という大義名分があろうとも。

 自由を叫び、解放を叫び、旗を振る。
 その旗の下に集結し、『敵』を作り出す。

 大阪の毎日放送で『ちちんぷいぷい』という関西ローカル(?)の番組がある。
 木曜日だったか、金曜日だったかヘロヘロだったので忘れたが、漫才コンビ『千鳥』の新しいコーナーが出来た。
 『千鳥の集合写真撮ろッ!』というらしい。
 この10分程のコーナーが素晴らしい。
 千鳥がある一つの村に行く。千鳥がもっと人気ある芸人ならともかく、それ程人気がない。でも、『テレビ局』というバックもあるし、千鳥は村を廻って『集合写真を撮りませんか?』と声をかけて行く。
 千鳥の意志に賛同した人達が、それぞれに声を掛け合ったりしながら、集まった人達で集合写真を撮るだけのコーナー。
 村の人達にとっても久しぶりの集合写真。学校で同級生だった人も居て、同級生と同じ写真も久しぶり。お互い、みょうに照れくさい。
 初回だったこの前の放送で集まった人は26人だったらしい(http://pink.ap.teacup.com/yasukodayo/36.htmlより)。
 集まった26人と千鳥の2人で写真を撮る。
 ただ、それだけのコーナー。
 でも、涙が出る。

 よく行くドグラ・マグラのマスター曰く、地球人口の全員が一カ所に集まれば琵琶湖ぐらいの面積で足りるらしい。
 そんな集合写真が撮れたらイイのに。
 誰からも強制される事なく、それぞれがそれぞれの自由意志でもって。
 「あいつと一緒に写真には映りたくない」というエゴ。
 
 ダライラマと胡錦濤。
 本村洋さんと元少年。

 人工衛星からの地球の映像が好き。
 ほれ、なんちゅうのか忘れたが、地図検索でもありまんがな。
 あれは元々軍事目的。
 でも、個別には写っていないけど、敵味方のない集合写真。

愛国心

2008年04月26日 | 坊主の家計簿
 4月26日

 食類  チョコアイス      105円
     ニラ           98円
     うどん玉         18円
     豚バラ         248円
     キムチ         238円
     豆腐          115円
     天ぷら          98円
     苺           278円
 雑費  レンタル4       800円

 合計             1198円
 4月累計         129913円
 
 朝9時に帰宅。テレビをつけながら爆睡。
 
 レンタル4は
 『ラスト・キング・オブ・スコットランド』
 『ルワンダの涙』
 『しゃべれどもしゃべれども』
 『トンマッコルへようこそ』

 借りて来たDVDは見ずに、YouTubeで『長野 聖火リレー』と検索して『今日』の所だけを見る。すんげーアップされてるのね。
 下に貼る『チャンネル桜』の動画が面白かった。

 

朝6時前

2008年04月25日 | 坊主の家計簿
 4月25日

 諸々  タバコ2(昨日)     600円
     ポパイ蕎麦        315円
     JR            160円
     チーズバーガー      100円
     JR            170円
     半チャンラーメン     690円
     プカプカ        3300円
     タバコ          300円
     ドグラマグラ      1400円
     春雨スープ        530円

 合計              7565円
 4月累計          128715円

 学習会後に朝までコース。
 最近って、朝6時前にもう明るいのね。

個人として生きる

2008年04月24日 | 坊主の家計簿
 4月24日

 外食  タンメン        514円
 食類  かにメシ        200円
     焼きゲソ        100円
     冷凍ねぎ2       315円
     冷凍ピラフ2      504円
     ハンバーグ         1円
     メロンパン         1円
     トンカツ        138円
     きゅうりヌカ       99円
     冷凍ちゃんぽん2    398円
     冷凍ぎょうざ2     304円
     ごま油         198円
     トマトジュース       1円
     冷凍中華丼の具     262円
     発泡酒2        214円
     スパイス類4      272円
 雑費  石鹸6         298円

 合計             3825円
 4月累計         121150円

 最近、御仕事が諸々の事情で少しヒマになったのだが、それでも疲れとるのぉ。。。って、夕寝をしてるから睡眠時間は大丈夫なんだが、毎日夜中まで起きてるからや、っちゅうねん。。。
 明日は25日。気がつくと25日。
 やったー!26、27、28と休みなのだ!

 26日。長野での聖火リレー。
 善光寺では当日朝6時半からの朝の勤行時に、チベット暴動の犠牲者に対する追悼法要が行われるらしい。
 http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008042202005516.html
 行きたい。。。と、思わずネットで検索。
 当日に行くのは無理。高速バスも予約満杯。ホテルも無理みたい。
 終電で行って、朝まで待つのもエエが、長野で朝まで飲める場所があるのかどうか知らんし。
 というか、25日は学習会があるので、やっぱりこういう時でも、こういう時やから、普段一緒に学習している仲間達と一緒に話し合う事が大切か。
 当日の様子はニュースで見よ。

 夕方のワイドショーの特集で光市母子殺害事件の本村さんがインタビューに答えていた。
 何やら藤井誠二曰く本村さんは記者会見以外のマスコミへのインタビューを控えていたらしい。
 理由は


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 【死刑廃止を求める大弁護団が登場して、荒唐無稽ともいえる(少なくともぼくにはそう思える)手法で被告を弁護したことにより、死刑廃止弁護団対本村洋という構図が出来上がってしまい、あたかも死刑推進の代表のように扱われることを拒絶するため。
 
 もう一つは、団長の安田弁護士のところに脅迫が行ったりすることを少しでも避けるためでもある。それは本村さんのせいではないのことは自明なのだが、本村さんは講演などで「ぼくのせいで弁護団に嫌がらせがいったのなら謝りたい」とまで述べておられる。】(『藤井誠二のブログ』(http://ameblo.jp/fujii-seiji/)より

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 であるかららしい。
 やっぱり、誠実な人やのぉ。。。
 で、夕方の関西ローカルのワイドショーを見てたら、犯罪被害者の人間解放みたいな話しにもなっていた。
 なにやら、本村さんは車とかバイクが好きらしい。藤井誠二もフォルクスワーゲンに乗せてもらった事があるそうな。
 また、笑顔はテレビでは出さないが、当然、笑う事もあるだろう。人間なんだし。
 インタビューで本村さんは「もう一度家庭を持ちたい」との事。エエ事や、無茶苦茶エエ事や。

 犯罪被害者は笑っていけないのだろうか?
 本村さんは再婚してはいけないのだろうか?
 何時まで、本村さんは喪に服していなければならないのだろうか?

 本村さんは真面目な方。誠実な方。だから、「裁判が終わってから」みたいな事を云っていたが、それが判決をさすのか、それとも被告の死刑執行が行われてからなのかは解らない。
 私は死刑反対派なので、出来れば、今でもイイ人が居るのなら結婚してもいいのではないかと思う。

 喪に服すとは本来個人的な事柄でしかないはずである。
 だが、日本では『死=穢れ』であり、『喪中には年賀状でなく、喪中ハガキ』であったり、『喪中には結婚式に参加してはいけない』というムードもまだあるのだろう。
 だが、これはかなり弱くなって来ていると感じる。
 
 なのだが、犯罪被害者に関してはどうなのだろうか?
 本村さんは有名人なので、当然、目立つ。注目される。注目されるが故に、世間の眼が厳しい。
 当たり前ながら本村さんには、『犯罪被害者』としてではなく、『本村洋』としての個人がある。個人の人生がある。個人の人生を楽しむ資格がある。当たり前の話しである。
 だが、世間の『喪中』意識がある。何か、人生を楽しんではいけない様なムードがあるらしい。
 イヤな言い方になるが、「あの人は奥さんと子どもを殺されて、よくも再婚なんかできるわね」みたいな意識があるのだろう。あくまでも、苦しんで居るのは犯罪被害者個人であるにも関わらず。
 喪中の意識が、もっとも悪影響を及ぼしているのは犯罪被害者ではないのか?

 多くの人は仏式で葬儀をする。
 仏教に喪中などない。
 近親者を亡くして心を痛めるのは、痛めた本人でしかない。その本人が苦しみから立ち上がろうとしているにも関わらず世間がそれを阻止する。
 「あなたは喪に服しなさい」と。
 誰にそんな権限があるのだろうか?
 世間から与えられるイメージで人を縛って、苦しめてどうするのだろうか?
 『遺族らしく』生きる必要がどこにあるのか?

 善光寺で行われるチベット暴動の犠牲者に対する追悼法要は、チベット側だけではない。中国側の犠牲者も含まれる。
 当たり前である。チベット側だけの被害者しか追悼しなければ、日本の仏教界は先の戦争における戦争協力に対して何ら反省をして来なかった事になる。中国側も含まれるが故に、善光寺での追悼法要は素晴らしい。
 
 真宗仏教は、出家ではない。
 だからといって、在家でもない。
 あくまでも仏弟子でしかない。『出家』『在家』という範疇には入らない。
 出家でないからといって、決して娑婆世間にベッタリではない。つまり、『チベット側』『中国側』のどちらかに付くと云う事はあり得ない。
 チベットが仏教国であるからチベット側に付くのなら、チベット側がする暴力には眼をつむらなければならない。
 それは逆に云うのなら、ネット上で少し騒がれているらしいが、いわゆる『左派』が中国側に付く事によって中国を批判出来ないのと同じである。

 今日のタイトルを『個人として生きる』と決定。
 悪いが、私は本村さんではないし、本村さんは好きだが、本村さん側には立てない。
 チベット側にも、中国側にも立てない。

 怨親平等という仏教用語がある。
 『怨む』『親しい』も『平等』。
 一人一人の個人。誰にも代えられない、大切な個人。

 喪中は、個人の意志を奪う。
 犯罪被害者の自由意志を奪う。

 本村さんの側に立てないのは私が仏教徒であるから。専門職の僧侶である。
 本村さんが『犯罪被害者』として世間の眼から苦しめられている喪中意識を私は再生産している。
 仏教にはないはずの『喪』意識を。
 「喪に服せ!」等とは言った事がないが、『喪中』の歴史、葬儀を執行する側としての責任回避をしていた。個人としての責任回避をしていた。
 本村さんに謝れるすべはないのだが、悪かった、としか言いようがない。

『おせん』は10.3%

2008年04月23日 | 坊主の家計簿
 4月23日

 諸々  割子そば        98円
     喫茶店        460円
     漫画2       1069円
     焼鳥        5250円

 合計            6877円
 4月累計        117625円

 所用で外出。
 で、飲みで、酔っぱらった。。。

 あ、ドラマ『おせん』の初回視聴率が関東で10.3%だったらしい。。。なんでや。。。

 まあ、すぐに削除されそうな気もするのだが、とりあえず現在は『おせん』の第一話がアップされています。
 気に入ったら第二話からでも観て下さい。
 蒼井優ちゃんという素晴らしい役者さんが出ています。

 

善光寺という憲法9条

2008年04月22日 | 坊主の家計簿
 4月22日

 食類  ボストンレタス      158円
     牛肉           100円
     鯖寿司          200円
     イカゲソ         100円
     マグロカツ        100円
 雑費  公文学費        4200円

 合計              4858円
 4月累計          110748円

 さっきまで蒼井優ちゃん初主演テレビドラマ『おせん』を観てた。
 ドラマ自体が面白いし、蒼井優ちゃんの着物の着付け方も話題になるだろうし、まあ、打ち切られる事はないだろう。一安心。
 ドラマの設定は時代遅れの料亭。漫画が原作だし、テレビドラマだから当然批判すべき所も多いのだが、伝えたい部分は評価する。
 『おせん』の舞台である料亭では大根の面取りをしない。面取りした大根は捨てられるから。まあ、別に捨てずに皮と一緒に浅漬けにすればエエのだが、まあ、ドラマだし。
 面取りするのも手間、面取りせずにゆっくりと煮込むのも手間。同じ手間なら大根を無駄にしない為の手間を選ぶのがその料亭が選んだルール。

 光市母子殺害事件。本村氏は政治家になった方がエエと思うのだが。。。民主党とかからの比例区で。
 判決はやはり死刑判決。

 日本は『和国』と云う。和風。
 当然、『和国』であった時代などない。
 排除し、裁き続けた時代。
 それでも和国。これから目指すべき和国。これから目指すのが和国なのだ。和風なのだ。決して時代遅れでも、時代が進んだからでもなく、これから選ぶべき道が和国なのだ。

 人権とは国権に対する言葉であるらしい。
 あさま山荘事件を筆頭に、左翼学生がとった暴力行為。あさま山荘では警察側に死傷者が出ている。きっと、左翼学生が投石した事によって、ゲバ棒でもって振るった暴力の被害者は警察側にもいる事であろう。
 左翼学生は『やられた事』ばかりを叫ぶ。自分達民衆に権力が暴力を振るった。
 
 権力といっても、現在の『権力』は自由選挙がある中での権力である。
 大阪府の橋下知事は予算カットの為に警官の人数を減らすらしいが、橋下知事は大阪府民が選んだ知事である。選挙に参加出来なかった定住外国人が『権力』というのなら解るが、選挙権を持ち得た人間が、大昔からの伝統でもって『権力』等と云うのは馬鹿馬鹿しくて仕方がない。
 権力側と云っても、自分達が選挙で選んだ政治家であり、その政治家が決めた法律であり、政治家の権限で人員を削減出来るような権力である。
 権力を養っているのは、人民の税金である。
 つまり、権力といっても、そんなものは存在しない。ロシア革命の時代ではない。エエ加減に眼を覚ませ。

 左翼学生が振るった暴力には理由があるらしい。何やら『元暴力学生』曰く、「権力側が人民に対して暴力を振るう事を表現するため」であるらしい。
 そりゃそうだろう。権力なんぞ暴力を振るうものだ。
 だが、左翼学生が暴力を肯定化する為の大義名分であったにしろ、暴力をふるわれた『権力側』はたまったものではない。殺された警察官はたまったものではない。
 左翼学生、まあ、今は『元』になるのだろうが、自分達が昔に大義名分をつけて振るった暴力に対しての総括は出来ているのだろうか?
 大義名分さえあれば暴力を肯定化出来る思想を自己批判出来るのだろうか?
 現在でも、当然多くの、まあ、『元』になるのだろうが、左翼が多く居る。学生運動上がりの人達は多くいる。多くの市民運動の現場にも多く居る。人権運動、解放運動の中にも多く居る。それ等の人達は、自分達の行動を総括出来ているのだろうか?自己批判しているのだろうか?それとも変わらず、『権力』だの、『体制』だのと、妄想を並べ立て、大義名分さえあれば人を傷つけ、他人の人権を犯しても構わないと信じ込んでいるのだろうか?

 死刑は、暴力である。
 国家、つまり、私たちによる殺人である。
 権力が殺すのでもなく、体制が殺すのでもなく、私たちが殺すのだ。
 同じ人間を。
 いかなる大義名分であろうが、それが共同体の秩序であろうが、殺人は殺人である。暴力は暴力である。人間が決めた大義名分であろうが、そんなものは、どれだけ素晴らしい論理や、思想・宗教であっても、所詮人間が決めたものでしかない。言い逃れである。

 「俺たちみんな、勇気がなかったんだよ!」
 と、映画『実録・連合赤軍』で、あさま山荘内部での連合赤軍少年は叫ぶ。

 
 聖火リレー。
 珍しい事に、右派も、左派も共同して抗議している。
 なんとなくの印象だが、例えば拉致事件という人権侵害に関しては右派主導であり、左派は余り協力して来なかった印象があるのだが、今回は別。右派も、左派も一緒になっての中国批判。
 まあ、最早、『右派』とか『左派』とかいう時代ではないのだろうが。。。

 日本での聖火リレーは4月26日。
 気になって少しだけ調べてみたら、色々な動きがありそうだ。
 あるキャスターが「日本で何も起らなければ、日本人が人権意識が欠落しているみたいですし。。。」との事。
 日本は和国を目指す。日本は和国である。
 平和的なデモや、集会ならともかく、妨害行為を煽ってどうする。
 妨害行為、つまり、萩本欽一氏であり、星野仙一氏に対して、聖火を無理矢理奪おうとする暴力的行為を振るう事が、果たして『人権』なのか?そんな人権等、人権の名に値しない。人権の名を騙った単なる暴力・人権侵害でしかない。

 仏教寺院、善光寺は地元の期待を裏切って聖火リレーでの会場を貸すのを辞めた。
 今回のオリンピックは北京オリンピックである。
 大阪でも中国人観光客が増えて来ている。
 これから増々豊かになって行くであろう中国からの観光客を長野は欲しいだろう。
 今回の聖火リレーでの善光寺スタートは絶好の観光アピールであった。中国人観光客を増やす絶好のチャンスであった。
 だが、善光寺は辞めた。
 諸々の噂もあるが、まあ、『辞めた』という事だけは事実である。地元の期待を裏切って辞めた。

 当然、長野での聖火リレーはスタート場所を変えて行われるようである。
 だから、長野の街は変わらずに混乱するであろう。長野の人にとってみれば、「何を善光寺だけ。。。」なんだろうが、やはり善光寺は仏教寺院なのだ。

 「俺たちみんな、勇気がなかったんだよ!」と叫んだ、映画『実録・連合赤軍』での連合赤軍少年。

 暴力の連鎖。

 ある恩師が、「善光寺に対して賛同と支持を表明するハガキを善光寺に送ろう!」という運動を始めた。
 文面には異論があるのでそのまま掲載しないが、私も善光寺に対しては感謝と賞賛の意があるので同意する。
 ただ、善光寺の住所を紹介するのは違うと判断したので、善光寺のホームページ(http://www.zenkoji.jp/index2.html)に掲載されている住所を参照して、
 「感動した!」
 「ありがとう」
 でも、何かのメッセージを書いてそれぞれが勝手に送ればイイと思う。

 暴力の連鎖。
 勇気がない。
 暴力を振るう勇気でなく、暴力を振るわない勇気。
 暴力を止める為に暴力を振るうのが暴力の連鎖である。
 平和の為に振るってしまうのも暴力である。
 如何なる大義名分があろうとも、暴力行為を決して認めないし、肯定しない。
 人権の為、平和の為であっても。やられた他者には関係ない話しである。

 死刑制度を辞める勇気、
 戦争を認めない勇気、
 憲法9条を貫く勇気。

 善光寺は辞めた。それだけの話しである。

 今回の聖火リレーは、中国側の暴力、人権派の暴力、様々な暴力が渦巻いている。
 中国は決してチベット弾圧を暴力行動と認めないだろうし、人権派は妨害行動を暴力であると認めないであろう。
 大義名分が大好きで、いいわけ、言い逃れが大好きで、決して罪を罪として認めたくない私(たち)らしい話しであるが、所詮、煩悩にしか過ぎない。煩悩があるが故に、『暴力』という事実を、事実として引き受ける事が出来ないだけの話しであって、ならば、少なくともそういう私(たち)の身の事実を認める事からしか始まらないのではないだろうか?

 「あなたはあなたに成ればイイ。あなたはあなたであればイイ」という言葉があるが、まずは、私(たち)がどういう人間であるのかを見つめない限り、何も始まらないのではないのか?

 「俺たちみんな、勇気がなかったんだよ!」(映画『実録・連合赤軍』より)

映画『実録・連合赤軍』

2008年04月21日 | 坊主の家計簿
 4月21日

 雑費  回数券         3000円
     阪急往復         300円
     映画          1000円
     パンフレット      1470円
     某バー          800円
 外食  きつねうどん       280円
     ラーメン         500円
 食類  弁当           278円

 合計              7628円
 4月累計          107890円

 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を観に行く。ちなみに上映館だった第七藝術劇場は月曜日『男性1000円』だった。行ける日は今日しかなかったのだが、ラッキーやな。
 
 で、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』
 
   新左翼運動を誰一人として
   総括せぬ
   不思議なる国
   (坂口弘)

 という短歌が映画のパンフレットに他の短歌と一緒に紹介されていた。
 
 この言葉も強烈だった。

【『実録・連合赤軍』が描く「総括要求する側」と「総括という名で殺害・処刑される側」、僕はどちら側にもなる可能性を孕みながら学生運動圏にいたのだ。この映画が描くのは単なる時代ではない。「理想の名の下に人間は如何に誤りを犯すのか」という普遍的な問いである。】(趙博 映画パンフレット51ページより)

 当然、全共闘世代よりも年下である私は、全共闘世代、『新左翼』に総括を求めたい。
 当時と変わらず『正義の座』に居続けて居られる方々を多く知っているし。
 その影響下にある方々も多く居る事を知っている。というか、私自身がそうであるし。故に、わざわざ映画を観に行くわけだし。

 帰りに某バーに寄る。元『暴力学生(本人談)』(笑)の店。当時の空気を知っている。映画も当然観たらしい。
 某バーのマスターが映画を観た後に少し変わったと思うのだが、気のせいだろうか?
 気のせいではないと思う。それぐらいのインパクトがこの映画にはある。
 特に、当時を体験し、実際に『暴力学生』だったが故に、この映画はかなり影響がある。

 私は、かなり暴力的な人間であると思うし、かなり『正義』を振り回す。
 正義は正義であり、間違って居るのは『敵』なのだ。

 某バーのマスターと映画の話しから、毎度の仏教話しへ。ただ、終電の時間があったし、丁度、終電時間に他のお客さんが来たので次回に続くなのだが。
 正義は握りしめた瞬間から正義からの堕落が始まる。
 誰もそんな権限など持ち得ない。

 先の戦争での青年将校
 連合赤軍を筆頭とする暴力学生
 オウム真理教の信者

 歴史はそれで終わっていない。
 きっと、今も常に問題視される事柄であり、かつ、明日判決される光市母子殺害事件に関しても同じ。
 イジメも同じ。
 ネット右翼も同じ。
 生きている限り、必ず起してしまう『業』を、映画『実録連合赤軍』は描き出している。
 見事なまでの人間ドラマを描き出している。

 連合赤軍は決してヒーローではない。
 『殺人犯』であるが、同じ人間である。
 弱く、勇気のない、同じ人間である。

 勇気がないから、突っ張る。
 居場所を求める。
 他との比較の中で、よりその共同体内での居場所を確保しようとする。
 過激化する。
 ファッションでも同じだろうが。
 世間、共同体の意識より求められた存在になろうとする。
 時代社会の中で、他との比較の中で一層、自分を輝かせようとする。

 「私は私である」
 という当たり前の事。
 他との比較でなく、決して、その共同体内部での『よゐこ』でなくとも。

 映画『実録連合赤軍』は、決して連合赤軍だけの問題ではない。
 今の時代でも様々に形を変えて存在し続ける問題である。
 何か一つの大義名分という『いいわけ』でもって、「私は悪くない。間違って居るのはあいつだ」と叫び続ける事を問う。

 

忌み言葉

2008年04月20日 | 坊主の家計簿
 4月20日

 雑費  漫画『とめはねっ!』第一巻   530円
 食類  ミックス・サラダ        100円
     発泡酒             198円
     リンゴ             118円

 合計                  946円
 4月累計             100262円

 仕事移動中のラジオで結婚式での『忌み言葉』の事をやってた。
 気になって、少し調べる。
 ハレの場なので、『死』とか『葬式』とかもダメらしい。。。『終わる』もダメらしい。。。
 つまり、結婚式の挨拶で、
 「すいません、少し遅れまして。予定はしてたんですが、門徒さんが亡くなられて、さっき葬式終わって駆けつけたばかりでして」
 とはタブーらしい。。。
 非仏教徒の葬儀では。
 ようするに仏前結婚式以外では。
 当然、仏前結婚式に『忌み言葉』が関係あるとは思えない。
 というか、仏教徒の結婚式に『忌み言葉』が関係あるとは思えない。
 のだが、日本人の大半は、仏教徒であったはずなのだが。。。

 『閉じる』もダメらしい。ハレの場、門出の時だからか?
 けど、私は一度だけ仏前結婚式の司会をした事があるのだが、え~。。。「閉式いたします」はエエのか?あ、仏前結婚式やから関係ないか(笑)

 結婚式に一番似合う仏教用語は『愛別離苦』だと思うのだが。『怨憎会苦』も同じ。
 『愛別離苦』とは、愛する者と別れる苦しみ。
 『怨憎会苦』とは、怨み憎しむ人と会わなければならない苦しみ。

 『愛別離苦』
 どんな人とでも、どんなに愛し合っていようが、必ず別れなければならない。当たり前である、必ず死ぬ。だからこそ、関係を粗末にしてはいけない。
 
 『怨憎会苦』
 「好きの反対はキライじゃないよ。無関心」という西原理恵子&マザーテレサの名言がある様に、愛するが故に、怨み憎しみあう。一緒に住んでたら尚更の事。
 他人同士なのだ。他人同士が一緒に『家』を作る。
 当然、綺麗事では行かない。行くわけがない。

 漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で有名な『亀有』は、元々『亀梨』という地名だったらしい。『梨』が『無し』に通じるから『亀有』になったらしい。
 北海道の『シコツ』も同じ。漢字でなら『支笏』、支笏湖がある支笏。『シコツ』が『死骨』に通じるから『千歳』になった。アイヌ言葉を忌み言葉が奪ったわけでんな。

 眠い。。。今度、気が向いたらちゃんと書こ。

幽閉者

2008年04月19日 | 坊主の家計簿
 4月19日

 食類  チキンカツ弁当       525円
 雑費  レンタル          200円

 合計                725円
 4月累計            99316円

 レンタルは『幽閉者』
 足立正生が岡本公三をモデルにした映画。
 かなりイイ。
 というか、無茶苦茶イイ。

 幽閉者。囚われた者。
 四角の中に人が居る。故に『囚』。

 何かしらに囚われている。故に解放を叫ぶ。

 その四角が『暴力』なら、暴力からの解放。
 暴力をふるう、ふるわれる。

 『幽閉者』は青春映画。
 足立正生という革命家・映画監督の青春。
 単に昔を懐かしむのでなく、青春真っ盛りの革命家。

 足立正生が暴力テロに加担する事は、今後、きっとないだろう。それでも革命家。
 自分自身を変革し続ける、それを映画だったり何かの表現でもって伝えて行くという革命家。

 囚われている。決して解放なんかされていないという自覚。
 故に、止まる事が出来ない。

 尾崎豊の『卒業』が聴きたくなる映画。
 青春映画。

 善光寺が聖火リレーの会場に使われる事を断ったらしい。
 今回の聖火リレーは色々な意味での暴力の象徴。
 中国側の暴力。反対する側の暴力。
 暴力に囚われている。
 「やられたら、やりかえせ!」に囚われている。
 囚われは解放状態ではない。暴力は解放状態ではない。解放の為の暴力は決して解放ではない。
 誰かの暴力に誰かが泣く。それがいかなる大義名分が付こうとも、暴力は暴力でしかありえない。

 善光寺は、会場に使われる事を断った。暴力の場に使われる事を断った。
 多分、この土壇場でのキャンセルだから色々と問題があったと想像出来る。だが、断った。
 仏教寺院であるが故に。

 暴力は連鎖する。暴力で物事を解決していくという文化を残す。
 死刑も暴力。暴力での解決は、暴力の再生産にしか繋がらない。

 囚われの身である。
 誰も、決して解放なんかされていない。
 「解放された」という大義名分の勘違いが暴力を肯定する。
 「私は正しい」という事が死刑を求める。容認する。

 止まる。
 私1人だけの幸福に止まる。
 私さえよければイイ、に止まる。

 「私さえよければイイ」
 だが、さみしい。
 さみしいが故に、様々な形で他人を求める。

 「俺なんかどうなってもイイんだよ!」
 と、自分を求める。救いを求める。解放を求める。

 求める。
 道はそれぞれなんだろうが、誰もが皆、求め続けている。
 死ぬまで青春真っ盛りである。
 幽閉者であるが故に。

 

主上も衆生

2008年04月18日 | 坊主の家計簿
 4月18日

 外食  カツ丼          550円
 雑費  100円ショップ     735円
     ファイバーブラン2    396円
     青汁           399円
     ウコン         1480円
     眼鏡         18900円
     タバコ          300円
     ドグラ・マグラ     2000円
     プカプカ        1500円

 合計             26260円
 4月累計           98591円

 私は眼鏡っ娘である。。。
 って、40を前にした中年男性が『眼鏡っ娘』もクソもないな。。。
 まあ、免許切り替えの時期だし、新しい眼鏡を購入。

 ついでに、諸々お買い物。
 同じ薬チェーン(ちなみにダイコク)でも、ファイバーブランは難波で買うのと心斎橋で買うのとは値段が50円ぐらい違い。これは覚えとかなアカンのぉ。。。

 学習会でもなく、所用でもなく、久々の純粋『ミナミお買い物』。
 当然(?)ついでにドグラ・マグラ→プカプカ。
 あ、プカプカは5月末で閉店らしいぞ。行くのなら早めでっせ。

 ドグラ・マグラで、某アジア系旅行者に会う。
 え~。。。カツ丼喰った帰りに、酒飲んでタバコ吸ってる坊主でおま。
 しかし、うち等は『無戒』という、ジャパニーズオリジナル・ブッディストであってやなぁ。。。まあ、他の話しもあったし当然詳しく説明はしてないのだが、無戒には無戒の誇り(?)がある。特権階級を認めない誇り(?)がある。

 参加している学習会で課題が当った。まあ、順番で来年になるのだが、親鸞のこの和讃。

 
   僧ぞ法師のその御名は
   とうときこととききしかど
   提婆五邪の法ににて
   いやしきものになづけたり


 この和讃は高木顕明氏の『余が社会主義』に出てくる。
 
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 ○天竺や支那 [*中国] に、その人をあげれば沢山にある。しかし、今はこれを略しておく。
 日本では、伝教[*最澄] でも弘法[*空海] でも、法然でも親鸞でも、一休でも蓮如でも、もっとも平民に同情厚い人々である。とくに私は親鸞が御同朋御同行と云うたのや 「僧都法師の尊さも僕従者の名としたり」 と
 [* 「僧ぞ法師のその御名は とうときこととききしかど 堤婆 五邪の法ににて いやしきものになづけたり」
 「五濁邪悪のしるしには 僧ぞ法師という御名を 僕使になずけてぞ
いやしきものとさだめたる」   愚禿悲嘆述懐和讃九・十二 ]

云うたことから考えてみれば、彼は実に平民に同情厚いというだけでなく、確かに心霊界[*精神的世界]の平等生活を成した社会主義者であろうと考えている。(しかし、これとても現今の社会主義者として論ずることはできないだろう) 私はこれらの点から、仏教は平民の母であつて貴族の敵である、と云うたのである。
 (http://www1.ocn.ne.jp/~jyosenji/iyaku.htmlより。意訳・戸次公正氏)

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 まあ、カツ丼喰った帰りにボトルキープしているバーに行って散々酒を飲んで、仕上げにミナミで老舗のロックバーで飲んだ呉れる私だってブッディストであってやなぁ。。。ついでに専門職でもあるし。
 無戒が故に、帰すべく所は衆生でしかあり得ない。決して主上(天皇)ではあり得ない。同じ『しゅじょう』ではあるが、『天皇』という特権階級ではなく、『衆生』という天皇も含む世界、執着する存在としての衆生でしかあり得ない。
 故に、特権階級、つまり、人を斬り裁く権限を持ち得た『側』に帰する事はあり得ない。
 無戒、つまり、戒律が無いが故に。

あ、変。

2008年04月17日 | 坊主の家計簿
 4月17日

 外食  トンカツ定食(昨日)   600円
 食類  唐揚げ弁当        290円
     ボストンレタス      128円
     豆腐           138円
     つくね           65円
     タマゴ          168円
     ハラミ          340円
 
 合計              1729円
 4月累計           72331円

 大阪府の橋下知事が泣いたらしい。。。
 というローカルニュースを全国区でもやってたからちょっとビックリ。
 ちなみに私は橋下知事には投票していない。っちゅうか、完璧に「橋下落とせ!」だったのだが、まあ、当選すりゃ知事だし、まあ、破産管財人知事としてはエエと思うし、評価する。
 のだが、泣いたらアカンやろ、泣いたら。
 橋下知事は私よりも若く、多分、今日泣かされた(?)相手の市長さん達は年上だろう。構造的にはベテランかどうか知らんが、若い知事に、古手の市長が反対して若者が泣く。だから、なんとなく『若手改革派』対『古手保守派』みたいな構造にも見えたりするのだが、単なる意見の相違だけの話しである。橋下知事のやりたい事が通じなかっただけの話しである。
 やりたい事が通じなかったからといって泣くのはガキやろ。古手の市長さんが、「泣かれたら話しが出来ない。泣きたいのはこっちや」と云ってたが、共感する。今日は、橋下知事に分が悪いと私は思う。んが、まあ、仕切り直してやってくれ。

 なんとなく『正義の味方』を思い出す。ほら、漫画とかのヒーローが、悪役に立ち向かって挫折する時に泣いたりしますやん。あれを思い出す。
 けど、40を前にして、そういう『悪役』なんぞ居ないと云う事がよく解るし。単なる漫画なら作者の幻想の中に、私なら私の幻想の中にしか『悪役』なんぞいない。幻想の中だから『悪役』がいる。
 
 そんなもん単純な話しであって、私は夜回り先生からすると見事に『悪役』だろうし。健全な青少年を非行の道に進ませる『悪役』だろうし。
 『過激派』『暴力学生』と呼ばれた人達もある人達の側から見れば『正義の味方』なのかも知らんが、反対側から見れば『悪役』である。
 正義の味方も、悪役も、幻想の中にしかない。
 その幻想から見れば、どちら側、まあ、右派でも左派でも、なんだろうが、単に都合の悪い存在でしかない。自分(達)にとって都合がイイ、都合が悪いだけで所詮判断して、幻想の中で『正義の味方』『悪役』でしかない。
 幻想であるが故に、人にレッテルを貼る、人を色眼鏡でしか見れないわけだし、当然、私も同じである。所詮、そんなものでしかない。

 「イラクで行われている空輸活動は、憲法9条に違反する活動を含んでいる」(http://www.asahi.com/national/update/0417/NGY200804170010.htmlより)という判決が出た。あまり影響力があるとは思えないが、それでも画期的な判決である。

 「やられたら、やりかえせ!」と反射的に私は思ってしまう。
 また、『悪役』も作り出してしまう幻想(妄想)の色眼鏡で私は物事を判断している。
 人権派が北京オリンピックの聖火リレーへの抗議行動の中で暴力的行動もしている。それを容認する声もある。
 そういうものなんだ。所詮、人間っちゅうもんは。
 自分(達)の都合でもって、冷静になれない。
 自分(達)の都合が特に心優しき人なら『犯罪被害者』の側に立ち、罪を裁く側に立ち、『悪役』にしてしまう。加害者を同じ人間であると思えない状況下にすぐに陥る。
 相手が『悪役』だから、暴力を肯定化出来る。死刑は暴力ではなくなる。暴力をふるった人(悪役)には、暴力でもって報復しても構わない事になる。それに対して異議の声を出す人は、『反革命分子』になる。戦前の日本なら『非国民』になる。それは今でもなんら変わらない。変わりようがない。人間がする行為だから。
 
 報道ステーションやったかな?アメリカの銃社会の特集をやってた。
 大学で友人(?)が殺された人が、大学内での銃所持を認めさす運動をやってた。かなり辛い思いをなされたのだと思う。

 「やられたら、やりかえせ!」
 の時に、やりかえす道具がなければやりかえす事は出来ない。
 『核には核を』でも、核がなければ無理である。
 銃がなければ銃で撃ち返す事は出来ない。

 先の日本の戦争は聖戦であったのかも知れない。きっと、当時の様々な人達が、様々な事を考え、判断し、『聖戦』という戦争をしたのだろう。人殺しをしたのだろう。
 そんな時に憲法9条があればそれがネックになる。
 「やられたら、やりかえせ!」が出来ない。

 『悪役』はあくまでも幻想の中にしか存在しない。実際にいるのは、立場の違う、つまり、人生の違う人がいるだけ。他者がいるだけ。
 『悪役』は鬼ではない。鬼畜米英ではない。鬼畜米英は幻想であった。幻想でしかなかった。

 中国政府。中国政府は決して悪役でもなければ鬼でもない。中国政府の要人も同じである。同じ人間である。同じ人間でしかあり得ない。
 中国政府にとってチベット人は『解放されなければならない人』なのかも知れないが、そんな人等、中国政府の人達の中に幻想としてしか存在していない。

 宗教はアヘンである。
 同じく中華思想も、共産思想もアヘンであり、人権思想もアヘンである。
 みんなアヘン中毒として平等ではないのか?
 だから、アヘン中毒としての自覚が必要ではないのか?
 アヘン中毒であるが故に、そこに事実存在している他者が『悪』に見え、『解放されなければならない人』に見えるだけの話しではないのか?そう見えるのがアヘン中毒である証明ではないのか?

 聖戦だろうが、文化大革命だろうが、テロとの戦いだろうが、死刑だろうが、殺すのは人。
 殺されるのは人。
 そんな権限、誰も持ち得ているわけがない。
 特権階級なんぞ、幻想でしかない。幻想を信じなければならない理由は一切ない。

その時、歴史が動いた

2008年04月16日 | 坊主の家計簿
 4月16日

 食類  黒霧島          1790円
     充実野菜6        1068円
     みつば            38円
     長芋            106円
     じゃこ           184円
     焼き鯖            50円
     焼き金目鯛         140円
     ショウガ漬け        168円

 合計               3544円
 4月累計            70602円

 夕寝して起きてボケーっとしてたら、昨夜のドグラ・マグラのマスターからの伝言を思い出す。
 少し前にドグラ・マグラでタマタマ会ったNHKの兄ちゃんの番組が今日放映だった。
 あの時は確かまだ、何を作ろうか迷っていたはずだったのだが、結局宣言にしはったのね。
 マスターとの話しをしてはったから、面白そうだし「何の話し?」と食い付いて、そういや、あの時もタクシー帰宅だったなぁ。。。っちゅうか、あの時は3時ぐらいまで飲んでた気がするのだが。。。

 と云う事で、22時よりNHKの『その時 歴史が動いた「人間は尊敬すべきものだ 全国・差別との闘い」』を観る。ついでに録画する。

 番組の途中でキャスターの松平定知氏、つまり『松平』という思いっきり徳川家の血筋の名前のキャスターが宣言を読み上げる場面があった。番組内の事とは云え、なんかこれも『その時 歴史が動いた』だと思うのだが。。。
 
 家柄、血筋。まあ、全くどうでもエエ話し。
 どれだけどうでもエエ話しかというと差別者の家柄・血筋等ない。
 「あなたの御先祖は差別者であり、よってあなたの血筋は穢れて居る」等という事はない。松平氏も宣言を読み上げるのだ。
 全くどうでもエエ幻想。妄想。偏見の極地。そういう劣った家柄・血筋等ない。

 番組内で『憐れむ』という言葉が出てくる。西光氏等は、当然、それを拒む。当たり前の話しである。人間でしかない。

 大阪・釜ヶ崎は別名『愛隣地区』とも呼ばれる。まあ、『』が当時の行政がつけたのと同じやな。
 当たり前ながら、日雇い労働者や、ホームレス状態にある人が『憐れ』であるわけがない。あるわけがないのだが、これがなぁ。。。
 人が人を憐れむ行為は無礼極まりない。人はどんな状態であっても『尊敬すべきもの』でしかない。その中での助け合いでしかない。

 困った時は『お互い様』やし、問題があるとすれば、その『お互い様』の中に入れて貰えない人がいる。『憐れむ』という形でしか入れて貰えない人がいる。
 『憐れむ側』は、『憐れむ行為』を出来ない人を裁く。
 この『裁く』が解りやすいな。結局、憐れむ行為でもって人を裁く事で、『憐れむ』と『裁く』で二重の誇らしげ。
 まあ、そんなもんなんだろうが、『人間』っちゅうのは。
 そんな人、差別者であっても、当然『人間は尊敬すべきものだ』である。基準なんぞは誰にも決めれない。決められるわけがない。宗教的差別であっても、その宗教も人が作ったものでしかない。

 釈尊在世時に当然カースト制がある。カースト制度は当時のインド宗教。
 釈尊には関係なかった。だから、誰でもが釈尊教団に入れた。仏教徒になれた。仏になる道、輪廻からの解脱への道を『現世』で得られた。

 番組最後に井上ハツミさんという真宗門徒のお婆ちゃんが出てくる。被差別の人。
 正信偈を勤行してはった。本願寺派系なのかな?聞き慣れない正信偈のメロディー。
 当然の事、念仏申してはるだろうし、きっと、どっかの坊さんが家に御参りに来て一緒に正信偈を勤行してはるのだと思う。
 真宗門徒には、僧侶も門徒もない。同じ無戒名字の比丘でしかない。

 『人間は尊敬すべきものだ』
 当たり前の話しである。
 当然、『差別者の血筋』として、『差別する穢れた血筋』として、「あなたの家柄はヒューマニズム精神に反してます」とか、「あなたの血筋は人権を無視する穢れた血筋です」なんぞというわけがない。
 
 差別を肯定するのなら、文化大革命のように、『差別大革命』なんぞがおきたら、粛正され、殺されるだけの話しである。

 宣言の精神は「やられたら、やりかえせ」ではない。
 そういう迷い(輪廻)からの解脱への道である。