坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

諸々バタバタ

2009年11月30日 | 坊主の家計簿
 なんか、諸々でバタバタとしておりやす。
 そんな中で

 1 腰が痛い
 2 ヒートテックか、ヒートファクトか

 という問題に悩まされております。
 
 1の『腰が痛い』のは、木製の椅子に座りながら「♪パソコン、パソコン、毎日パソコン」をしている&数日フローリングに直接布団を敷いて寝てたので「腰が。。。」である。

 2の『ヒートテックか、ヒートファクトか』は、ヒートファクトが只今御近所ジャスコでバーゲンセール中で980円(確か)なのだ。まあ、去年までの冬用下着シャツもあるのだが、へたって来てるのもあるし、パソコン打ってる部屋が「むっちゃ寒い」っちゅう事があって、で、先日「お試し♪」っちゅう事で1280円(確か)でヒートファクトを買って今着ているのだが、これが結構暖かい。んが、袖口が「この加工って耐久性大丈夫なんか?」と、ちょっと不安。まあ、まだ洗濯してないし、洗濯を繰り返してから初めて出る結果なんだが。。。
 ちなみにユニクロのヒートテックは1500円で、ジャスコ(イオン)のヒートファクトはバーゲン(?)で980円。520円でムッチャ悩む。だって、シャツ1枚、パッチ(タイツとも云うらしい)2枚買ったら1560円の差額でっせ。1560円っちゅうたら、あと220円足したら御近所焼き肉屋で食べ放題でっせ。。。

『個人』と『パパ』

2009年11月25日 | 坊主の家計簿
 ふ~。。。っちゅう事で、本日の作業終了。
 いや、『ど!』素人がやってるねんからしゃーないけど、ホームページ作るのって、時間と気力使いまんなぁ~。。。このブログみたいに『メールが打てたら大丈夫』やったらエエねんけど、っちゅうか、使ってるホームページ・ソフト『iWeb』っちゅうのは、ほぼそういう感じなんだが、それでも何じゃかんじゃといじってしまうわけでして。。。
 
 今日は「記事を増やさんと。。。」っちゅう事で、このブログから『まともそうな記事』をホームページにアップ。っちゅうても、まだ、2006年6月が終わっただけである。しかも当時はバリバリの家計簿ブログだったので「ちょっと編集せんと。。。」っちゅう事で、かつ「ホームページにアップするねんやし。。。」っちゅう事で、下ネタ&危険発言を削除したりと、バタバタと。まあ、そういう部分、つまり『遊び』の部分がなくなると、「なんや、この神経質なヤツは」になってしまう(笑)俺って、神経質やってんなぁ~。まあ、エエけど。

 今の所は、寺のホームページを中心に、関連サイトで個人のホームページ、新しい会のホームページと3つを連携しつつ。MobileMeの容量は動画をアップしない限り埋まらない程あるので、オモクソ記事盛り込んだんねん、なんぞと密かに誓う。
 んが、ホームページを作るので一杯一杯なので、なかなか新たな文章が書けなくて困ったもんである。

 っちゅうか、このブログの過去の投稿を読んでて思たんだが、やっぱし『独身』ってスンゴイよなぁ。だって、緊張感、っちゅうたら変かな?自宅の鍵を閉めたら誰も入って来ないし。今なら隣の部屋でママと娘が寝てるし。ほな、やっぱりママと娘に気が行ってしまう。
 等と、非常に甘えた事を書いてみた。んなもん、多くの同朋たちは結婚してガキなんぞも居てる中で本を書いたり法話の原稿を作ったりしているわけだ。単に甘えとるだけである。要するに『いいわけ』っちゅうヤツである。

 『いいわけ』は、いいわけなりに人情を感じられたりしてエエもんである。情けない自分を見いださなくおれない状況であれば、んなもん、いいわけしたりして逃げようとして「ホッホッホッホ、私って大変なの」なんぞといいわけしてしまうのが煩悩、っちゅうやつであって、その情けなさを共有出来たりするのは非常にエエ感じであったりする。とことん、徹底して、我が身を立てる『エゴ』っちゅうもんがあって、その『エゴ(自我)』を立てざるを得ない悲しみ、っちゅうのを共有出来たりして、「おお、『♪きさまと俺と~は、同期のさくら~』やのぉ~」なんぞというのは、結構エエ感じである。

 っちゅうか、個人的緊張感が奪われるのが『社会』やのぉ~。『衆生』やのぉ~。『同朋教団』やのぉ~。
 そういや、全寮制学生時代にレポート提出しようにも『個人』になれる空間がない。部屋は4人部屋である。私がレポートを書いてても、他の人たちは別の事をしてたり、会話をしてたりする。図書室が狭くて冬場ならばストーブがあったりして非常にエエ感じだったのだが、ここも『私だけの空間』ではない。
 そういう私の気質を見切ったのか、今の専修学院院長の狐野先生はレポートを書く時に「昼間に、人の声が聞こえる所で書きなさい」を指摘して下さった。

 個人になりたいと思うと、他人が煩わしい。「うっとうしいのぉ」である。
 他人が「うっとうしい」と云う状態で書く文章、個人的思考は、なんなんだろうか?なんぞと、今になって思ったりする。
 っちゅうか、今も全く変わらんのだが、その状態は。ただ、『鍵を閉めたら誰も入って来ない』っちゅう状況から、『隣の部屋で娘が泣き出すかも知れん』っちゅう状況に変わった事によって、『うっとうしい』っちゅう事が如実に、現実として感じざるを得ない状況下である。
 大切な我が娘ですら、自分の都合(わがまま・欲望)によって「かわいい」だの「うっとうしい」だのと感じてしまうのが私である。

ビスタプリント中毒

2009年11月22日 | 坊主の家計簿
 皆さん、毎日のvistaprint(ビスタプリント)生活を如何お過ごしでしょうか?

 っちゅう事で、ビスタプリントより名刺が届く。予想以上にキレイでエエ感じなんだが、文字が小さい。。。「誰や、こんなサイズにしたのは!」って、俺なんだが、え~と、小さい。
 っちゅうか、小さくても印字はハッキリしてるし、別にエエ、っちゅうたらエエねんけど、読み難い、っちゅうたら、読み難い。
 っちゅうか、これは名刺全般の話なのかも知らんが、今日、たまたま見てたテレビで鈴木宗男氏のミニ特集みたいなもんがやってて、その中で鈴木宗男氏が名刺を差し出してた。
 文字、デッカイ。なんせ、政党名と、衆議院議員・鈴木宗男としか書いてないわけだし。ありゃ、シンプルでエエのぉ。
 私は『一言』だの、『真宗大谷派○○寺』だの、俗名だの法名だの、電話、携帯、Eメール、ホームページアドレス、なんぞと放り込み過ぎたのぉ。。。編集作業は大きめの表示でやるので、気がつかなかった。小さい字が苦手な人も居てるわけやし。

 っちゅう事で、私のビスタプリント生活は始まったばかりである。。。

無名

2009年11月20日 | 坊主の家計簿
 ブログを開いてビックリ。「おお、今日のアクセス数は『真宗大谷派青少幼年センター準備室』ホームページの1ヶ月のアクセス数の1.5倍以上あるやんけ!!!」
 んが、わがホームページ、昨日のカウンターが12で、さっき編集作業ついでに開いたら13だった。素晴らしい。。。とりあえず目処がつくまで人目を避けたいのだが、アップして作業せん事には確認出来ひんし。

 今日の作業はちょっと色をいじっただけ。あんまり色んな色があるのは好きじゃないし。かつ、多少はおしゃれにしたい。んが、今回作っているのは私が預かっている寺のホームページである。要するに『宗教法人』のホームページである。よって、サーバーであるMobileMeの経費も宗教法人の経費で落とすつもりである。なので『見やすさ』が大事になって来る。
 こういう時にはプロに任せたりするのが一番なんだろうが、んな経費はない。代表役員の私がこつこつと勉強しつつやって行かんとアカンわけだ。まあ、『iweb』っちゅうMacに入っているソフトをそのまま使っているので、ホームページ作りの専門用語なんぞは無視して出来たりするのだが。まあ、これもお仕事。

 そういや、今日は休みだったので、ちょいお買い物。寝てる部屋も「なんや、この部屋、ムッチャ寒いやんけ」と、まあ、寺自体が少し傾いているらしく、「まあ、傾いたら隙間が出来て当たり前やのぉ~」なんだが、寒いもんは寒い。よって、厚地のカーテンを買いにニトリに行く。
 行く途中で昼飯にしようと思てたラーメン屋が閉まってた。よって、そのまま「あ、雪駄も買っとかな」っちゅう事で日本橋を目指しつつ原チャリで走ってたら四天王寺近所で「お、こんな所に新しい和風らーめんの店が出来とるやんけ」っちゅう事で入店する。
 検索すると、殆ど紹介されていない。まだ新しい店なんかな?あ、店の名前は『和風らーめん つーちゃん』っていうらしいです。行き方は天王寺駅から北に走って日本橋に行く時に曲がる交差点、え~。。。一心寺に行く為に曲がる所の角辺りのビルの2階です。
 店内も、オバさん(『オバちゃん』ではない『オバさん』である)も、ラーメンも、暖かい味。優しい味。かやくご飯とのセットが昼間なのか、オープン記念なのか知らんが500円だった。かやくご飯、おこげもあってムッチャ美味。行動範囲にあればしょっちゅう行くだろうが、滅多に行動しない辺りなので滅多に行かないだろうが、なんか、店でラーメン食べてるだけで優しい気分になれる味。
 んが、まあ、んなもんは『気分』なので、道出た瞬間にうっとうしい事があれば「お前、殺すぞ」になるのだが。煩悩をあなどる事なかれ、でんな。

 雪駄を買って、ニトリでカーテン見てたら昨日見てたイオンのカーテンの方が好みだったのでイオンで購入する事を決定して帰宅する。そして、爆睡、爆睡と。

 しゃて、うちのホームページはほぼ丸一日誰もアクセスしなかった事になる。
 この事から2つの事を思う。

 1、自分が動かずに何もしないで自分たちの場が廃れて行く事を周囲のせいにするのは愚かである。
 まあ、要するに、宣伝、広報せんとやな、「誰も来えへん」っちゅうのは無礼すぎるな。世間を舐めとる。世間はテレビドラマの視聴率が低けりゃ、主演女優の熱愛報道なんぞを流したりするねんぞ。そういう、生々しい人間の欲望にベッタリしつつ、その中で何を伝えて行くかやろ。「ホッホッホッホ。愚かな下々の者達には私たちの高貴な事は解らぬものよのぉ~。ホッホッホッホ!!!」っちゅう、差別思想はカスやろ。

 2、誰も知らなくともやっている人もいる。
 宣伝手段がなければ、知られる可能性は少ない。
 認識論かなんかの本で「シベリアの大平原で誰も知らない間に生まれ育って朽ち果てた木は、存在しない事になる」みたいなのが書いてあったが、んなもん、存在しとるぞ。うちのホームページの存在、アドレスは私しか知らないのだろうが、それでも存在しとるぞ。

スキャンダル

2009年11月19日 | 坊主の家計簿
 今日の私は昨日までの私と違う。。。
 いや、深い意味、つまり「毎日毎日様々な刺激を受けて日々『私』なんぞ変わってまんがな」っちゅう事ではなく、単に暖かい生活がやって来たのだ。まあ、このパソコンしてる部屋が余りにも寒くてでんな。。。「よっしゃ、暖房器具買お」っちゅう事になって、諸々悩んだ結果「電気毛布にしよ」っちゅう事になった。だって、暖房コスト『1時間1円!』でっせ。しかも、寝る時にそのまま布団に持って行けば、これまた暖かいし。
 っちゅう事で、電気毛布に包まりながらのパソコン。

 しゃて、「ホームページを作ってるねんけど、拡大したらバグってまうねん」っちゅう事でお困りの皆様、それは『テキストを突っ込む所のサイズが足らん』っちゅう事ではないでしょうか?つまり、「もう、こんな窮屈な所になんか居てられへんは!」と、突然家出をしたりしてどっかに行ってしまうのです。多分。。。
 っちゅう事で、ホームページ作業も少しずつ進む。背景の壁紙なんぞも追加したりして、徐々にエエ感じ。
 カウンターも設置して、今現在『12』。素晴らしい。。。私1人で実験作業で12である。っちゅうか、カウンター、2桁しかないけど、3桁台になったら増えるのかな?
 ちなみにこのブログのアクセス数は(『真宗大谷派 青少幼年センター準備室』)の1ヶ月のアクセス数よりも多いぞ。と、意味なく勝ち誇る。んが、最近は知らん。以前議会での答弁を見た時に「フッフッフッフ。。。」と、勝ち誇ったのだ。
 そして、その割にこのブログは真宗大谷派大阪教区のホームページにリンクされていない。確か、担当者とは何度か会ったはずなんだが、え~と、無視されてやんの(笑)まあ、書いてる内容が内容ですし、別にエエんですけど~♪うちは『真宗大谷派 青少幼年センター準備室』のホームページの1ヶ月分のアクセス数を、軽く1日でオーバーしまっせ(笑)
 っちゅう事で、ホームページがある程度完成したら真宗大谷派大阪教区のホームページにリンクして貰お。ついでに、ホームページをやってるマイミクさん達にも頼も。目指せ、3桁!でっせ。

 んでもって、昼間にテレビワイドショーを見てたら仲間由紀恵が熱愛してるらしい、という芸能ネタ。

 http://www.sanspo.com/geino/news/091119/gna0911190507002-n1.htm

 お相手は田中哲司っちゅう役者らしい。結構見かける顔であって、ちなみに御近所友人住職が痩せれば結構似ている。ので、なんとなく憶えている顔だ。
 んでもって、2人は今現在『テレビ朝日系「アンタッチャブル~事件記者・鳴海遼子~」(金曜後9・0)で共演中』っちゅう事らしい。その番組の視聴率は

 File 1 2009年10月16日 大惨事を予言する女 3つの謎 | 事故を予言する女 11.6%
 File 2 2009年10月23日 W盗作!? 密室の女 | 盗作しあう2人の作家 9.7%
 File 3 2009年10月30日 整形美女は二度死ぬ… | 空に舞う一億の罠 6.2%
 File 4 2009年11月6日 監禁された女記者!! 24時間の復讐生中継 | 奇妙な立てこもり 8.4%
 File 5 2009年11月13日 名探偵VS女性記者!! 盗聴殺人の謎を暴け | 盗聴された女 7.6%
 平均視聴率8.70%(視聴率は関東地区・ビデオリサーチ社調べ)
 (http://doramahuntingp2g.seesaa.net/article/130638033.htmlより)

 っちゅう事らしい。
 この視聴率は小西真奈美タン主演のテレビドラマなら「まあ、こんなもんやろ」なんだが、仲間由紀恵にしたら結構悪い気がするのだが。。。「っちゅう事は、番組宣伝の為の熱愛報道なのか?」なんぞと当然の如く考えてしまう。
 
 芸能ネタは余り見ないが、それでも、宮崎あおいちゃん主演の映画が封切り前後にも、確か夫の浮気報道なんかもあったりしてでんなぁ(笑)芸能ニュースのコーナーでスキャンダル報道のついでに番組宣伝もしてしまう。まあ、芸能ネタなので別に構わんのだが。

名刺とホームページ

2009年11月17日 | 坊主の家計簿
 爆睡してたら熱下がる。「やったー!」っちゅう事で、昨夜深夜より作り始めたホームページの続き。
 
 昨日はアドレスを取っただけ。今日は、仮表紙と、寺の通信をアップ。なんだが、寺の通信は面倒なのでブログ形式にした。なんか、イマイチ、サイトの作り方が解らんし。フリー素材を集めたり、「これってどうやったらエエねん」なんぞと迷いつつ、本読みつつなので結構な時間がかかった。
 もうちょっと出来たら、このブログで宣伝しよ。

 いや、昨夜作ってたのは名刺の関係でんねん。「そろそろ名刺作らな」っちゅう事で、「ほな、新しいメールアドレスと、ホームページのアドレスも決めとかな」っちゅう事で、急遽。

 んで、名刺。ネットで調べてたら安い所があって、デザイン見てたら「うわ、かっちょエエやんけ!」っちゅうデザインがあって、しかも激安。
 っちゅうか、vistaprintっちゅうメーカー知ってます?
 
 http://www.vistaprint.jp/

 え~と、海外メーカーだったのね。。。そういや、デザインいじっている時に「なんで日本語フォントが少ないねん」なんぞと思ってたんだが、今日調べてたら海外メーカーだったとは。。。っちゅうか、海外から送られて来るとは。。。噂によるとオランダらしい。オランダで日本人の名刺も作っとるのか。。。商売熱心やのぉ。。。
 サイズは少し小さいらしい。んでもって、何じゃかんじゃで500枚4000円ぐらいになったのだが、500枚で4000円って、やっぱし激安やし。しかも、写真みたいな感じのデザインやし。
 ただ、注文し終わって「そろそろ寝よ」の段階で、「あ、裏面に入れたカレンダー、白黒にしたら祝日が解らんやんけ。。。」っちゅう事で、仕事に行く前に訂正して貰おうと思ったら、それ以前の問題みたい。なんか、「ネットで注文されたマンマまで印刷機にかけまっせ」みたいな感じ。
 まあ、どんなもんが届くか解らんが、とりあえず、裏面のカレンダーの所に「カレンダーを下地に使いました!」っちゅう感じで生きる言葉を考えて、それを書いて誤摩化そ。

 っちゅう事で、Macユーザー専用(?)の『MobileMe』っちゅうのに加入。iPhone、どうしよかなぁ。。。

「些細な事」と誰が決めるのか?

2009年11月14日 | 坊主の家計簿
 熱が。。。よって寝る。もの凄く寝る。先日、二日連続で深夜まで遊んだ分以上に寝る。
 メシ喰って帰って来たら『舞子ハーン』やったかな?んな映画をテレビでやっててちょっとだけ見る。植木等が出てた。
 そういや、植木等が死んだ時に、『舞妓Haaaan!!!』(調べました)の、あのシーンが出てた。

 森繁が死んだらしい。植木等と森繁とどっちがビックネームなのかよう知らんが、え~と、森繁の扱い、小さくない?っちゅうても結構な時間を割いてやってたのだろうが、市橋某がどうてらこうてらとか、34歳がどうてら、35歳もどうてら、島根がどうてら、オバマがどうてら、のりピーも忘れずに、祝!城島!!!っちゅう感じの盛りだくさんな事で、森繁が。。。
 ワイドショーの時間も、ニュースの時間も、新聞、雑誌の紙面も限られている。その中での『森繁の死』。きっと、他に何もなければもっと大きな扱いになっていたのだろうが、騒がなアカン事が多くある。その中での森繁の死。
 当然、森繁本人や、家族や親しい人たちやファンにとっては、かわらずに大きな事。でも、それ以外の多くの人たちにとっては、多くのビックニュースの中での森繁の死。

 当然、毎日、毎日、森繁のようなビックネームではない多くの人たちが亡くなっている。ニュースとしてマスコミに流れない方々が毎日毎日亡くなられており、その人たちにとってはひょっとして近親者の死の事でいっぱいいっぱいで森繁の死も、市橋某がうんたらかんたらとか、34歳がどうしたこうした、「35歳、お前もか!」とか、島根がどうした、城島がどうしてん、オバマがどうしてん、みたいな感じなのかも知れん。っちゅうか、私も似た様なもんやし。
 そういうのを『個人的な関心』っちゅうのならば、城島は阪神ファンだけの関心であり、「押尾学って誰やねん」であり、「34歳のヤツと、35歳のヤツは、面倒やし一緒にならんのかい?」やし、市橋なんぞどうでもエエわけであって、オバマなんぞついでに寄っただけやんけ。んなもん、それぞれが何に関心を持つか?だけの話である。
 
 んでもって、その関心も、自分自身の生活の中で様々である。「冷静に考えてみると」なんぞとよく言ったりするが、んなもんは『後から』の事であり、些細な事が生活に大きなウェートがかかる時もある。その逆に大きな事が些細になったりする事もある。うちの娘なんぞ、「ちょっとトイレ行って来るから待っとってね」っちゅう些細な事がムッチャでっかい事らしく、ものスンゲー泣く。こういう場合に「トイレに行ってただけやん」っちゅうのは私のエゴであり、泣くのは娘のエゴである。娘にとっては、多分、むっちゃ重要な事なんだろう。
 こんな時に『私』っちゅうのが問われたりすると思う。

 昨日の深夜に『アメトーーク!』っちゅう番組を見てたら、「社会が悪い!」っちゅう事に対して「英語も悪い」「数学も悪い」とかぶせて来たりする場面があって、ツボにハマってしまった。
 「社会が悪い!」っちゅうても、具体的には普天間であったり、八ッ場ダムであったり、一昨日友人と一緒に飲みに行った店でたまたま隣にいて、入店して3秒で意気投合して喋りまくってたオッサンなんぞにしたら三里塚だったり、それえぞれ具体的だったりする。
 んが、「社会が悪い!」と云うのは言語能力の問題だったりして、これも『それぞれ』だったりする。「社会が悪い!」という意思表明しか出来ない人だっている。

 市橋某は、逮捕されてから食事をとってないらしい。理由は解るわけもない。ただ、面白く、都合良く語られる。犯罪心理なんぞのオッサンは、仕事の為なのか、自分がやって来た学問からの答えなのか解らんが、いかにもマスコミ受けしそうな事を語る。

 『個』。それぞれの人生。それぞれの人生の歩みの中で死体遺棄をして逃亡生活をしている人も居た。「んじゃ、なんでそんな事をしたのか?」っちゅうのは、社会ネタでなく、個人との出会いでなければならない。きっと現場の刑事さんなんぞが直接顔を付き合わして出会おうとしておられるのだろう。

 些細な事。でも、本人にとってはとても大切な事。



天美ツアー

2009年11月10日 | 坊主の家計簿
 昼過ぎに起きて、「メシ、メシ」とチャリンコで出かける。
 暖かかったので、「そや、天美に行こ!」。

 天美への行き方は、ふれあい温泉矢田から、大和川を越えてチャリですぐである。多分、ふれあい温泉矢田から5分もかからない。
 まずは駅周辺を散策する。うどん屋なのか、酒屋なのか、よう解らん店があって、店先にミカンなんぞ一緒に発泡酒が1ケース2480円ぐらいで売られてた。しかも酒屋と同じく積み上げられている。その奥にカウンターがあって、天丼とうどんセットが700円ぐらいで食べれるらしい。かやくごはんも150円である。むっちゃ、気になったのだが、とりあえず一周する。そういや、路地を入って行った所の『札幌らーめん』と書かれた店も気になったのぉ。。。

 とりあえず、駅前にある立ち食いうどん屋で「かけそば」って、頼んで200円払ったら『きざみそば』が出て来た。あれはかけそばに元々きざみが結構入っているのか、サービスなのか、間違ったのかよう知らんが、おダシも美味かった。
 んでもって、さっき見つけた『天然温泉・天美薬師の湯』っちゅう所に入る。銭湯セット持って行ってなかったので、タオルを借りて小さい石けん購入。天然温泉なんだが、銭湯料金。結構、つるつるとしてエエ湯やった。
 
 風呂上がりはビールである。すぐ近所の『だるまや』っちゅう串カツとお好み焼きの店に入る。
 大瓶が500円と、まあ、無難な値段なんだが、串カツ1本30円から(笑)5本かららしいので、
 
 うずら30円×5本=150円
 肉40円×5本=200円
 カキ60円×5本=300円

 を頼む。
 出て来た串カツは、うずらなら1個、カキも1個、肉は一口サイズ。ようするに、全部一口で食べれる。んが、串カツって、一口で食べれた方が「おお、便利やんけ」やし、美味しい。よって気に入った。つーか、『一口サイズ』でも、その料金は安いわな。

 しゃて、私は4人が座れる鉄板付きのテーブルを1人で独占している。ここは客単価を上げなければならない。つー事で、

 酎ハイレモン250円
 カキ豚お好み焼き480円

 を追加する。
 お好み焼き、ふわふわでムッチャ美味い。しかも豚玉やったら330円け。激安やんけ。となりのテーブルに座ってる人らが頼んだ焼そば見てたら上に生卵がのっとるやんけ。むっちゃ美味そうやんけ。

 っちゅう事で、天美薬師の湯→だるまや、っちゅうパターンはこれから定番になりそうやな。

 あ、だるまや
 http://r.tabelog.com/osaka/A2708/A270801/27017379/

朝までネットカフェ

2009年11月09日 | 坊主の家計簿
 法要終わって総代さん達と酒を飲む。っちゅうても1時間ぐらいなんだが、日本酒飲んでたので結構酔う。酔っぱらいつつ、娘を1日ぶりに抱っこする。「おお。。。」なんだが、眠いのでママの用事が済んだらママに預けて寝る。
 23時頃目が覚める。またまた娘を抱っこして0時過ぎにシャワー浴びて外出。晩飯喰ってないし。
 昨日の予定では「朝までミナミコース」だったし、時間的にもエエ感じである。丁度、終電で帰る人たちが店から消えた後の『コユイ時間』である。エエ感じに飲むつもりだったのだが、え~。。。老いたのぉ。。。酒飲む気にならん、つーか、若干しんどい。っちゅうことで、『酢たっぷし投入つけ麺』を食べた後にネットカフェで漫画三昧。え~、昨日近くの中華料理屋で2巻まで読んだ『バンビ~ノ!』っちゅう料理系青春マンが。その店には2巻までしか置いとらんし、結構オモロかったので、本日一気読み。

末代無知

2009年11月08日 | 坊主の家計簿
 レジメ完成。
 来年からは講師の先生に来て頂くとして、「ほな、今年はうちの永代経の説明しとかな」っちゅう感じ。
 っちゅうても、うちの永代経では改悔文を読むし、正信偈の導師は門徒さんである。「報恩講やんけ!」(笑)まあ、あくまでも、念仏相続の仏事としての永代経にしたかったんだろうと勝手に思う。っちゅうか、多分、そうだ。
 何やら「永代経は門徒のもんや」っちゅう事だったらしい。よって、さっきレジメを作った後に進行表を作ってたんだが、司会から何から何までほぼ、担当は門徒さんである。喚鐘を打つのも門徒さんである。その辺の歴史が何時始まったのか知らんが、「エエ感じやんけ~」である。

 っちゅう事で、レジメはA4で6枚。引用文、引用文。
 まあ、せっかく説明するねんやったら、読経や御文の説明もしたい。「ほな、現代語で読もか」っちゅう事で、『法話』の時間にプチ・現代語での法要。よって、現代語での法要部分だけ紹介、紹介。ちなみに御文は「練習全くしてまへん!」っちゅうのと、『蓮如の現代語』を説明したいし、『末代無知』っちゅう短いやつ。

 
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  一、法要

 (1) 世間に生きる我々に対する仏の御教え
 
 【人は世間の情にとらわれて生活しているが、結局独りで生れて独りで死に、独りで来て独りで去るのである。すなわち、それぞれの行いによって苦しい世界や楽しい世界に生まれていく。すべては自分自身がそれにあたるのであって、だれも代ってくれるものはない。善い行いをしたものは楽しい世界に生れ、悪い行いをしたものは苦しい世界に生れるというように、おのおのその行く先が異なっており、厳然とした因果の道理によって、あらかじめ定められているところにただひとり生れて行くのである。そして遠く別の世界に行ってしまえば、もうめぐりあうことはできない。それぞれ善悪の行いにしたがって生れて行くのである。行く先は遠くてよく見えず、永久に別れ別れとなり、行く道が同じでじゃないからまず出会うことはない。ふたたび会うことなど、まことに難しい限りである。
 それなのにどうして人々は世間の雑事をふり捨てないのか。各自が元気なうちにつとめて善い行いをし、ただひたすら迷いの世界を捨てて無量寿仏の国に生れたいと願うなら、限りない命が得られるのである。どうしてさとりを求めないのだろうか。何を期待しているのだろうか。いったいどういう楽しみを望んでいるのだろうか。
 このような世間の人々は、善い行いをして善い結果を得ることや、仏道を修めてさとりを得ることを信じない。人が死ねば次の世に生まれ変わることや、人に恵みを施せば福が得られることを信じない。善悪因果の道理をまったく信じないで、そのようなことはないと思い、あくまでも認めようとしない。このように因果の道理を信じないから、自分の誤った見方にとらわれ、またそれをかわるがわる見習って、先のものも後のものも同じように誤る。そして、子は親の教えた誤った考えを次々に受け継いでいくのである。もともと親もまたその親も、善い行いをせず、さとりの徳も知らず、身も心も愚かであり、かたくなであって、自分でこの生死・善悪の道理を知ることができず、またそれを語り聞かせるものもない。善いことが起きるのも悪いことが起きるのも、すべて次々に自分が招いているのに、だれひとりそれはなぜかと考えるものもない。
 生れ変り死に変りして絶えることのないのが世の常である。あるいは親が子を亡くして泣き、あるいは子が親を失って泣き、兄弟夫婦も互いに死に別れて泣きあう。老いたものから死ぬこともあれば、逆に若いものから死ぬこともある。これが無常の道理である。すべてははかなく過ぎ去るのであって、いつまでもそのままでいることはできない。この道理を説いて導いても、信じるものは少ない。そのためいつまでも生れ変り死に変りして、とどまるときがないのである。
 こういう人々は、心が愚かでありかたくなであって、仏の教えを信じず、後の世のことを考えず、各自がただ目先の快楽を追うばかりである。欲望にとらわれてさとりの道に入ろうとせず、怒りにくるい、財欲と色欲をむさぶることは、まるで飢えた狼のようである。そのためにさとりが得られず、ふたたび迷いの世界に生れて苦しみ、いつまでも生れ変り死に変りし続ける。何という哀れな痛ましいことであろうか。】(仏説無量寿経下巻より。ただし現代語は本願寺出版社『浄土真宗聖典・浄土三部経』P99~102より)


 (2) 末代無知

 【み仏の教えがしだいにわからなくなった末法という時代に生きる私たちは、お釈迦様のように家をすてて道を求めることのできない、毎日の生活にあけくれる男や女なのです。私もその一人として生きることの道標をたずねております。
 そういう私どものために阿弥陀仏は願いをかけていてくださるのです。だから、あれやこれやと、さまざまな仏・菩薩や神々をあてにするのではなく、心を一つにして、阿弥陀仏の真実を唯一のよりどころとしていきていこうとするならば、かならず救ってくださるのです。どんなに罪深く悪重い者であっても決して見すてないといわれるのです。
 これこそが、阿弥陀仏の第十八番目の願いとしてかかげられた「私の国・浄土へ生まれたいとおもって、念仏する者を必ず救う」という誓いの心なのです。
 このように、み仏の教えによって生きる方向が定まったならば、どんな時でも生きている限りは、み仏のみ名を称えて、いのちの尊さを思いつづけていきたいものであります。あなたに敬いをこめて。】(蓮如上人・御文5帖目第一通。ただし現代意訳は戸次公正氏)


 
 (3) お浄土の世界(蓮の花を自分に置き換えてみる)

 【またいろいろな宝でできた蓮の花がいたるところに咲いており、それぞれの花には百千億の花びらがある。その花の放つ光には無数の色がある。青い色、白い色とそれぞれに光り輝き、同じように黒・黄・赤・紫の色に光り輝くのである。それらは鮮やかに輝いて、太陽や月よりもなお明るい。そのそれぞれの光の中から三十六百千億の光が放たれ、そのそれぞれの光の中から三十六百千億の仏がたが現れる。そのお体は金色に輝いて、そのお姿はことのほかすぐれておいでになる。この仏がたがまたそれぞれ百千の光を放ち、ひろくすべてのもののためにすぐれた教えをお説きになり、数限りない人々に仏のさとりの道を歩ませてくださるのである】(仏説無量寿経上巻より。ただし現代語は本願寺出版社『浄土真宗聖典・浄土三部経』P69~70より)


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 しゃて、明日、法要が終わったら、私は明後日休みである♪
 現状、小遣いゼロであり、その為にチョコマカ、チョコマカと他所で小遣い稼ぎをしたり、貯金を切り崩したりしてる中で、ほぼ外食生活だったしして、結構金銭苦なんだが、明日は『法要終わったら次の日休み』という奇跡的な日である。しかも先日ママから「なんや、明日休みやから朝まで飲んで来るのかと思てた」と云われたし、やはりここは朝まで飲むべきか。。。っちゅうか、今日、娘を抱っこしてないから、娘と一緒の時間も欲しい。。。そうか、法要後に仮眠して、娘と一緒の時間を過ごして深夜から出かけりゃエエねんや。

普天間から尖閣諸島へ

2009年11月07日 | 坊主の家計簿
 休みなのでゆっくり寝ようとしてたら、ママが布団&マットを干し始める。え~と、それが別に毎日の事ならばエエのだが、滅多にやらない事を、なぜ私が休みの日にするかなぁ。。。っちゅう事で寝起きに若干キレる。んが、マジギレンジャーにはなってなく、指摘する。次にやったらマジギレンジャーやな。

 っちゅう事で、寝起きから不機嫌。メシ喰って寝直そうと思いつつ、娘の世話。娘、オッパイのあるママとはママが寝てても安心なんだろうが、パパが寝始めるとグズり出す。っちゅうか、「寝相が悪いから」っちゅう説が有力なんだが。。。っちゅう事で、なかなか寝れず、ようやく寝れたのはママの用事が終わった夕方になってから。

 起きる。テレビをつけると何やら爆笑問題の番組で普天間基地移設問題をやってはった。
 ちなみに辺野古だけでなく、沖縄の海はキレイである。また、「このキレイな海を埋め立てるのか!」っちゅう理由でもって辺野古移転を論じるのはどうかな?とも思ったりする。汚い海だったらエエのか?っちゅう話になるし。
 如何なる理由があっても辺野古に米軍基地を移転する事は反対である。

 っちゅうか、なんか爆笑問題の番組や、他の議論なんぞも聞いていると「なぜ日米安保の為に沖縄が犠牲にならなければならないのか?」っちゅうのがあるが、沖縄独立論もあったはずだが。日米安保や、米軍にとって沖縄に基地を置く事は重要である。ならば、沖縄が独立をして、日米と同盟関係を結び、それでも「別の国」だとしたら、日本政府や、アメリカ、まあ、アメリカは日本政府に金を払わさせるだろうが、いったいナンボ払うだろうか?
 沖縄にしてみれば同盟国とはいえ、主に他国の為に犠牲になる必要は一切ない。ただ、歴史的な経緯もあるわけだし、「ナンボで借りるねん」っちゅう話である。沖縄の人口はざっと140万人である。1人あたり1万で140億円。10万で1400億。100万で1兆4000億。
 沖縄本島は行ってみれば解るが浮沈空母である。基地には民間人も必要なのだ。だいたい、ヤクザが多いミナミでも、歌舞伎町でも、道を車で走ってて銃弾、当然、射ったあとのやつだが、それでも銃弾を踏んだ事はない。道を走ってて車の下で「カラン」なんぞというから、「何かな?」って思たら銃弾だった。そんな島である。そんな島が、例えば大阪だとしたら、橋下知事は速攻で「じゃあ、独立します。そして年間1兆円で契約しましょう。それがイヤなら出て行って下さい」なんぞと言い出しそうなんだが。

 っちゅうても、まあ、始まらん。辺野古に移るのも問題なら、嘉手納に移るのも嘉手納は嘉手納なりに新たな問題になるであろう。国外や県外は「だって、沖縄がエエんだもん」にとっては無理である。
 この辺が、非常に「おっさんになってきたなぁ~」と思うのだが、こういう時は落とし所である。どこで落とし所をつけるかである。
 爆笑問題の番組を見てて、普天間基地移設に関して前から思っていた事が珍しく石破元防衛大臣と意見が一致した。要するに洋上基地を作ればエエ。石破氏はそこまで云ってないが、尖閣諸島に洋上基地を作ればエエやん(笑)これなら『県内』である。魚釣島を起点にして新たな米軍基地を作ればエエ。当然、費用は全額日本政府が出せばエエ。
 「県内だったらどこでもよろしおますか?ほな、尖閣諸島に洋上基地を作りますよってに、そこに行ってくれますか?ついでに、デッカイもん作りますよってに、沖縄本島にある全ての基地を移設してもらいまっか」と、でんなぁ(笑)
 この案には、きっと右派も大喜びであろう。そして、コザで飲んでる時にいきなり銃声が聴こえて「キャッホー!」なんぞという米兵らしき人たちの奇声が聴こえるなんぞと云う事もなくなるであろう。新たな洋上基地に歓楽街も作ればエエ。なんなら、その後に大阪府の飛び地にしてもエエ。うちの知事は「大阪は猥雑な街である」なんぞと云ってるわけやし、カジノも歓楽街も作ればエエ。希望する人たちは移住すればエエ。恐らく日本で最大・最強の刺激溢れる街になるだろうし、行きたい人たちは腐る程いる。
 まあ、米軍が中国との関係でいやがるだろうが。

 ちなみに辺野古でも真宗門徒は頑張っている。

【すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ。(129偈)
すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛(いと)しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。(130偈)】(ダンマパダからなんだが、一応大谷大学ホームページから引用。http://www.otani.ac.jp/yomu_page/kotoba/nab3mq0000000lqt.html

寺院民営化

2009年11月06日 | 坊主の家計簿
 メシ喰って、銭湯気分だったので銭湯行って帰って来たら「あら、明日休みやから朝まで飲んで来るのかと思た」と、娘をおんぶヒモで背負った家事中のママが云う。こ、これは。。。まあ、諸々の事情があるにしろ、かなり『問題ある夫』ではないか(笑)まあ、確かに「ミナミに飲みに行こうかな?」とも思たんだが、腹の具合が悪いので御近所でビール飲んでたわけだ。朝までコースは、法要が終わってからやな。

 っちゅう事で法要である。先日も書いたが私が法話する。
 んでもって、チラホラ先輩方のブログなんぞを読んでいると、え~。。。皆様、非常に真面目に勉強しておられる。
 まあ、全国平均の『法事』の御布施がナンボか知らんが、多分、大阪での法事布施相場と、法要に来て頂く講師の法礼は同じぐらいだったりすると思ったりするのだが。。。
 もっというと、多分、『○○先生』と呼ばれたりする方々がやる法事の布施が特別に高い、なんぞと云う話は聞いた事がない。うちの近所に『○○先生』と呼ばれる方が居られた場合、私なら『○○先生』の方に法事をして貰いたいのだが。
 「いや~、うちの住職よりも、先生にやって頂きたいんですわ。檀家制度も終わった事ですし、信教の自由ですやんね」なんぞと言いたれつつ。出来れば毎月のお参りも頼みたいし、葬儀も頼みたい。んなもん、『宗教行事』やねんし、なんで決まった所にやって貰わなアカンねん。宗教、坊主も人気商売ちゃうんけ。
 だいたい、例えば同じ額の布施を払っていてもサービス内容が全然違う。『サービス』という言い方が悪ければ『法施』でもエエ。
 
 例えば、村の中に電気屋が2店舗あり、共に販売価格は同じだと仮定する。
 A店は、商品説明や接客態度も丁寧であり、販売後のアフターサービスもしっかりとやってくれる。
 B店は、その逆であり、態度が横柄であり、商品知識もないし、アフターサービスもしない。
 当然、客はA店に行きたい。しかし、この村の掟で「○○さん家はA店」「○○さん家はB店」と江戸時代から決まっている。そして、村の電気屋は江戸時代より『2店舗』と決まっており、新規参入は認められないし、村の掟で「電化製品はすべて村の電気屋で買う事」と決まっている。
 しかしながら、徐々に村の掟も緩んで来て、客は「さすがにA店で買うのはなぁ。。。」なんぞと言いつつ、別の村の電気屋で買ったりするようになる。すると、A店の店主は「これは危機だ。私の所ももっと頑張らなければ」と商売に励む。B店の店主は別の村で買い出した人たちを批難し、より一層商売熱心になったA店を批難し、自分の店の客が減り出した事を『自分のやる気のなさ』、つまり、自分の責任であると考えずに、他の責任にして一切、自分を問わない。

 まあ、寺社会って、そういう事が実際にあってでんなぁ。。。

 しゃて、諸先輩方の熱心さに刺激されて、怠け者B店の店主も少しだけやる気が出て来た。っちゅうても、この深夜の今からレジメを作るのはイヤである。
 んが、まあ、蓮如を

 1 「親鸞へ帰れ!」の人
 2 現代語で布教しまくった人
 3 平座の人

 の3点で押さえて、主に3をメインに喋って、そこから

【道俗時衆等、 おのおの無上心を発せども、
 生死甚だ厭いがたく、 仏法また欣いがたし。
 共に金剛の志を発して 横に四流を超断し、
 弥陀界に願入して、 帰依し合掌し礼したてまつれ。】

【世尊、我、一心に】

【願わくは、この功徳をもって、 平等に一切に施して、
 同じく菩提心を発して、 安楽国に往生せん。】

 の『帰三宝偈』を喋ろう。
 んでもって、時間があれば、檀家制度を蓮如を通して喋ってみよ。

 っちゅうか、もうちょっと勉強、勉強と。
 あ、講師の先生を呼ばない分だけ経費が楽になるし、ママに交渉して「打ち上げで門徒さんと飲むから」っちゅう大義名分でビール(発泡酒ではない)を買って貰お。

黄梔子

2009年11月05日 | 坊主の家計簿
 仕事が終わって「寒い、寒い」と布団に潜り込む。まだ寒い。「なんでや、窓もちゃんと閉めてるし、長袖下着シャツにフリース着て布団に包まってるのに、なんでや!」と、ブツクサ言いたれつつそのまま寝る。
 起きても寒い。ママに雑炊を作って貰って、食べる。お腹と体、温まる。そして寝る。今度は起きても温か。まあ、気温も上がって来たみたいやし。

 今日は、ほぼ、寝て→本を読む→寝るの繰り返し。蓮如関係の本を読む。っちゅうても、そんなにないのだが。
 蓮如とは

 1 「親鸞へ帰れ!」の人
 2 現代語で布教しまくった人
 3 平座の人

 しっかし、当時の現代語も今では古語。当時は解った言葉も、今は解らん。御文って現代語で読むべきやねんやろな、本来は。もしくは、古語で読んで、現代語で意訳したやつを渡すとか。
 なんぞと書きつつ、面倒なので『古語』そのままで引用したりするが

【仰せに、「身をすてて、平坐にて、みな同坐するは、聖人のおおせに、「四海の信心のひとは、みな兄弟」と、仰せられたれば、われも、その御ことばのごとくなり。また、同座をもしてあらば、不審なることをもとえかし、信をよくとれかしと、ねがうばかりなり」と、おおせられそうろうなり。】(蓮如上人御一代記聞書・39)

 『身をすてて』やな。狭い意味になってまうけど、『身分をすてて』でもエエやろ。『プライドをすてて』でもエエやろうし。『平座』の反対は『上座・下座』。
 釈尊は死の間際に

【またアーナンダよ。いま修行僧たちは、互いに『友よ!』と呼びかけて、つき合っている。しかし私が亡くなったのちには、お前たちはこのようにいってつき合ってはならない。アーナンダよ。年長である修行僧は、新参の修行僧を、名を呼んで、また姓を呼んで、または『友よ!』と呼びかけてつき合うべきである。新参の修行僧は、年長の修行僧を『尊い方よ!』とか『尊者よ!』と呼んでつきあうべきである。 】(岩波『ブッダ最後の旅』大パリニッバーナ経P155~156より)と説かれているが、続いての言葉は
【アーナンダよ。修行僧の集いは、わたしが亡くなったのちには、もしも欲するならば、瑣細な、小さな戒律箇条はこれを廃止してもよい。】(岩波『ブッダ最後の旅』大パリニッバーナ経P156より)
 だったりする。
 っちゅうか、『共に佛弟子』の『御同朋』『御同行』やし、お互いに「友よ!」なんだろう。

 また、

【念仏は容易であるから、どんな人にでもできるが、ほかの行為は行なうのに困難であるから、あらゆる人の能力に応ずることができない。
 それであるから、一切の生きとし生けるものを平等に往生させようとするためには、困難なものを捨て、容易な行為を取って、仏の本願とされたのであろうか。
 もしも、堂塔を建立し、仏像を造ることによって本願とされると、貧しく賤しい者たちは往生する望みが完全に絶たれたことになる。しかも裕福な者は少ないのに、貧しく賤しい人は非常に多い。
 もしも、智慧や才覚のすぐれた者をもって、本願の対象とされるならば、愚かな智慧のない者は往生する望みを完全に絶たれたことになる。しかも、智慧ある者は少なく、愚かな者は非常に多い。
 もしも、よく見、聞いて学問をしている者をもって、本願の対象とされるならば、わずかしか見聞きしないで、学問をあまりしていない者たちは、往生する望みが完全に絶たれたことになる。しかも、よく聞いて学問している人は少なく、学問のない者は非常に多い。
 もしも、戒律を堅持している者をもって本願の対象とされるならば、破壊や無戒の人は往生する望みが完全に絶たれたことになる。しかも、持戒の者は少なく、破戒の者は非常に多い。
 それ以外の行為をする者もこれに準じて理解することができよう。当然これで理解できたのであるが、以上の多くの行為をもって、本願とされるならば、往生できる者は少なく、往生しない者は多いであろう。】(法然『選択本願念仏集』より。但し現代語訳は、中公バックス『日本の名著 法然』より)

 やし

【聖人 親鸞 のたまわく、いにしえ我が本師聖人の御前に、聖信房、勢観房、念仏房已下の人々おおかりし時、はかりなき諍論をし侍る事ありき。そのゆえは「聖人 源空 の御信心と、善信が信心といささかもかわるところあるべからず、ただ一なり」と申したりしに、このひとびととがめていわく、「善信房の、聖人の御信心とわが信心とひとしと申さるる事いわれなし。いかでかひとしかるべき」と。善信申して云わく、「などかひとしと申さざるべきや。そのゆえは、深智博覧にひとしからんとも申さばこそ、まことにおおけなくもあらめ、往生の信心にいたりては、一たび他力信心のことわりをうけ給わりしよりこのかた、まったくわたくしなし。しかれば、聖人の御信心も、他力よりたまわらせたまう、善信が信心も他力なり。かるがゆえにひとしくしてかわるところなし、と申すなり」と、申し侍りしところに、大師聖人まさしく仰せられてのたまわく、「信心のかわると申すは、自力の信にとりての事なり。すなわち、智恵各別なるがゆえに、信また各別なり。他力の信心は、善悪の凡夫、ともに仏のかたよりたまわる信心なれば、源空が信心も、善信房の信心も、更にかわるべからず、ただひとつなり。わがかしこくて信ずるにあらず。信心のかわりおうておわしまさん人々は、わがまいらん浄土へはよもまいらせたまわじ。よくよくこころえらるべき事なり」と云々 ここに、めんめんしたをまき、くちをとじてやみにけり。】(御伝鈔『信心諍論』より)

 やし。
 共に

【煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざるをあわれみたまいて、願をおこしたまう本意】(歎異抄より)

 やし、それが『われら』やし。仏の御前だから、『平座』に成らざるを得ない。

 っちゅう事で、永代経法要は黄梔子で出よ。ふっふっふっふ。。。「誰でも着れる。」っちゅうのが、いっちゃん尊いやんけ。って、坊さんしか着られへんけどやなぁ。。。

ボケきれない

2009年11月04日 | 坊主の家計簿
 なんか、バタバタと。してる間に寒いのぉ~。。。
 なんとなくだが、例年、寒くなると脳味噌が動き出したりするはずなんだが、え~と、今年は全く動きません。城島の打順が4番か5番かの議論にもついていけません。
 んでもって、『レヴィストロース』っちゅう昔読んだか、引用されたのを読んだのか、影響された人のを読んだのかをすっかり忘れたけど、「お、この名前って聞き覚えバリバリあるやんけ」っちゅう人が亡くなられたらしいのですが、何を書いてあったのか全く憶えていません。『因数分解』と同等に憶えていません。
 まあ、年齢的なものなのか、一時的なものかのか、知った事じゃないですが、脳味噌が動きません。
 ここで、困る事が一つだけあって、あと数日で預かっている寺の永代経法要っちゅうのがあって、「まあ、最初ぐらいは喋らんと」っちゅう事で、私が法話するのですが、え~と、ですねぇ。。。

 だいたい「永代経法要ってなんやねん?」っちゅうか、確か江戸時代かなんかに「永代なんかあるかボケ」みたいな感じで坊さんから批判されてたはずなんだが、まあ、とりあえずは

【『安楽集』に云わく、真言を採り集めて、往益を助修せしむ。何となれば、前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽くさんがためのゆえなり、と。已上】

 っちゅう事で「いってまえ!!!」なんだが、うちの永代経法要は、私の読経の後に門徒代表がメインボーカル?で正信偈を読んだりするわけであって、「おお、画期的な法要やねん」っちゅう願いを探ろうにも前住職は死んでるので聞こうにも聞けない。他の寺住人は興味なし。『住職』でなく『父ちゃん』やったみたい。っちゅう事で、前住職が残した表白を手探りにしながらやらんとしゃーない。んでもって、その表白をちゃんと読んで、っちゅうか、テキストにするのでパソコンに打ち込まんとアカンのだが、数日バタバタしてたのでやってまへ~ん。

 そうなのだ。見事なまでに典型の『堕落した坊さんの姿』なんだが、しかーし、ふっふっふっふ。。。堕落した坊さんを舐めてもらっては困る。
 っちゅうか、喋りたい事は沢山あってでんなぁ。。。前住職の表白の冒頭は、ほぼ

【道俗時衆等、 おのおの無上心を発せども、
 生死甚だ厭いがたく、 仏法また欣いがたし。
 共に金剛の志を発して 横に四流を超断し、
 弥陀界に願入して、 帰依し合掌し礼したてまつれ。】

 これである。確かめてはいない、っちゅうか、確かめられんからしゃーないのだが、ほぼ、上記文章、あ、葬式の時に読む『帰三宝偈』っちゅうやつの影響を受けて書いているとしか思えん。よって、『前住職の表白を読み解く』っちゅう事だけで、法話完了。なんだが、「ちょい待ったれよ。せっかくの永代経やねんし、来年から講師の先生に来て貰うわけやし、もっと話なさなアカン事もあるやろう」と。
 預かってる寺は、蓮如の弟子が作ったわけだし、蓮如について喋りたい。今の寺の状況から考えると流罪や一向一揆についても喋りたい。
 檀家制度についても喋りたいし、檀家制度からの解放、っちゅう事についても喋りたい。同朋会運動についても喋りたい。んでもって、これを1時間以内に収めたい。
 別パターンで、寺に今まで来て頂いていた講師の先生と、これから呼びたい講師の先生の話だけでも1時間にはなる。まあ、「さらっと」やればエエのだろが。

 法事に行って喋る時に、私はほぼ『ぶっつけ本番』である。だって、殆どのケースでいうと、「初めまして」だったし。んでもって、ネタをその場で探す。だって、「知らん」わけやねんし。その場に落ちているネタを拾って喋る。そういう面でいうと、半年も経っていないが、半年近くある、この現場。そういう面では恵まれているケースなんだが、普段の法事で1時間も喋らん、っちゅうねん。っちゅうか、まあ、なんとかレジメを作ってまとめよ。さすがに『初・永代経法要』で時間無制限で喋る覚悟はない。「飽きたら帰って下さいね」なんぞと最初に云って、延々と喋って、途中から『会話』になったりする覚悟はない。そのまま来られた方々と酒飲みながら喋る覚悟はない。いつかやるが、まあ、最初に断っとかんと。

 と、まあ、廻らん頭でもそれなりに思い悩んだりする。