坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

正月のはな

2010年12月30日 | 坊主の家計簿
 正月の華をやる。
 正覚の華ではない。正月の華である。んが、なんとなく葬儀の時の

 ♪正覚のはなより化生して
  衆生の願楽ことごとく
  すみやかにとく満足す

 なんぞを思いつつ、正月の華。
 初の正月の華。若松というんだろうか?1本150円で売ってた細い松を何本か組み合わせて芯(真)にして、その他、結構高かったナンテンや、これも高かったなんという名前か忘れた松、梅、菊、「なんでスプレーで塗っとるねん!」の枝なんぞを使っての正月の華。

 作業開始前に、「いつも御世話になってます」の仏華のサイトで美的感覚を養う。え~。。。どうせ真似は出来ないのだが、とりあえず色々な仏華を見て作業する。

 なんとか完成する。あくまでも「なんとか」なんだが(笑)まあ、仏華サイトの見事なまでの仏華を見ると「うちの門徒さんは不幸」なんぞと思ったりするのだが、まあ、判断するのは向うだし。

 しかし、まあ、法話も読経も仏華も書道も、その他、何から何まで見事な住職なんぞも仰山居てるわけであって、そういう人に会うと「うぅぅぅ。。。」と思ったりする。


  如来浄華の聖衆は
  正覚のはなより化生して
  衆生の願楽ことごとく
  すみやかにとく満足す
 (親鸞聖人)

 
 誰がこの和讃を葬儀の時に勤めるように制定したのか知らないが、感謝。
 私にとっての『如来浄華の聖衆』は、葬儀の場面では、故人である。

【どの人生も、どのいのちも、手を合わせずにはおれない厳粛さが貫いている。】(佐野明弘)

 そのいのちを人生を生きている真っ最中である。

群生海

2010年12月29日 | 坊主の家計簿
 人生はそれぞれである。死に際もそれぞれである。誰にも見守られる事もなく亡くなられて行く人生があっても当然構わない。
 けど、「じゃあ、あなたはどうなの?」と聞かれると、元気な今は「別に構わない」と気取ったり出来る。

 安田先生が亡くなった後に発見されたメモに「片肺不全 不安に立つしかない」等と書かれていたと聞いている。「いや~、片方の肺がダメになりまして~」ではない。やはり不安だったのだろう。その『不安』に立てる辺りが、さすがは名僧・安田理深である。

 ふと、蒼井優も出ている『おとうと』という映画を観たくなった。
 映画『おとうと』は姉等に見守られて死んで行くのかな?どんな映画なんだろうか?ツタヤのカードを無くしたままだが、新しく作り直して借りて観たい。

 
【​お​前​に​は​こ​れ​が​わ​か​る​か​い​、​ま​だ​自​分​が​ど​ん​な​目​に​合​わ​さ​れ​て​い​る​か​、​よ​く​理​解​す​る​こ​と​も​で​き​な​い​小​さ​な​子​供​が​、​凍​る​よ​う​な​寒​さ​の​暗​い​便​所​の​中​で​、​そ​の​小​さ​な​手​で​悲​し​み​に​張​り​裂​け​る​小​さ​な​胸​を​叩​い​た​り​、​血​の​出​る​よ​う​な​、​悪​気​の​な​い​、​無​邪​気​な​涙​を​流​し​な​が​ら​、「​神​ち​ゃ​ま​」​ど​う​ぞ​お​助​け​く​だ​さ​い​と​祈​っ​た​り​し​て​い​る​ん​だ​ぜ​。】(ドストエフスキー『カ​ラ​マ​ー​ゾ​フ​兄​弟​』より)

 自分がどういう状況に居ているかよく解る年頃になって、誰にも見守られる事もなく、数日、数週間、激痛に耐え、飢え、糞尿にまみれながら死んで行く。

 娘はよく泣く。泣いている時には抱っこする。まあ、私に抱っこされながらママを求める時も多々あるが。でも、抱っこすると泣くのはだいたいの場合収まる。

 大桃某がツイッターで呟いた事がテレビで騒がれる。
 私もタマにツイッターで呟き、こうしてブログなんぞを書いている。

 テレビを見る。人が居る。
 ネットでも同じ。

 禅寺の庭園には無機質な石の中に苔が生えている。苔に気が行く私。

 昔は深夜ラジオで人と繋がっている感触を得たのかも知れない。




  中原中也 桑名の駅
  
  桑名の夜は暗かつた
  蛙がコロコロ鳴いてゐた
  夜更けの駅には駅長が
  綺麗な砂利を敷き詰めた
  プラットホームに只独り
  ランプを持つて立つてゐた

  桑名の夜は暗かつた
  蛙がコロコロ泣いてゐた
  焼蛤貝の桑名とは
  此処のことかと思つたから
  駅長さんに訊ねたら
  さうだと云つて笑つてた

  桑名の夜は暗かつた
  蛙がコロコロ泣いてゐた
  大雨の、霽つたばかりのその夜は
  風もなければ暗かつた




 自己愛なんだろう。自分を認めてくれる、かつ、非常に限定された感情のある人間を求める。人間がダメならペット。あるいは植物。
 温もりを求める。

 無縁の慈悲。でも、『無縁』の中なら、掛け替えのない出来事。


 何やら姫路に『フリースペース群生海』というのがあるらしい。

 http://www.eonet.ne.jp/~gunnjyoukai/gunnjyoukai/Welcome.html

【「群生海」という言葉は仏教の言葉で「誰しもが人を求め、群れて生きる存在であり、私たちはそんな海のような分け隔てのない世界そのものの中にいることに目覚めましょう」というメッセージが込められています。】(http://www.eonet.ne.jp/~gunnjyoukai/gunnjyoukai/about.htmlより)

恨を解いて、浄土を生きる

2010年12月28日 | 坊主の家計簿
 年末というか、あ、やっぱし年末関係あるわ「これは今年中にやっとこ」っちゅうもんもあって、バタバタと。勢いで、っちゅうか、娯楽的に学習会のブログも作ったりする。会場の寺の住職の許可も出たので、校長(?)に挨拶を書いてもらって、正式にお披露目しよ。いつになるか知らんが(笑)

 メールチェックすると、某メールマガジンで

 http://www.seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?topic_id=1310&forum=1
 http://www.freeml.com/kdml/4710/latest

 である。
 先にリンクを貼ると何の事か解らんやろうが、

 http://www.kama-media.org/japanese/blog/2010/12/201041.html
 文字

 という日程で、『恨を解いて、浄土を生きる』(監督:西山正啓/2010年/85分/カラー)が上映される。

 あ、個人的に忘れんようにメモ。

 12月31日(金)①11:00~『花であること』、②13:00~『恨を解いて、浄土を生きる』

 1月3日(月)①13:30~『恨を解いて、浄土を生きる』、②15:30~『熱い長い青春 ある沖縄の証言から』、③16:05~『一幕一場・沖縄人類館』

 共に『ふるさとの家』で。

 31日は夕方から用事があるから難しいかな?人類館も見たいし、3日がエエかも知れん。

 という事で、『恨を解いて、浄土を生きる』である。
 自慢ではないが、と、まあ、こういう場合に「自慢ではないが」と言ったりする時は自慢話なんだが、西山正啓にも、金城実にも、知花昌一にも直接会った事があるぞ。特に金城実にはイヤという程会った事があるぞ。なんせ20の頃に働いていた店の客やったし。知花さんは2回かな?西山正啓は上映会で「見た」(笑)あ、話も聞いたが。

 で、『恨を解いて、浄土を生きる』である。
 
 有名な話だが、金城実も知花昌一も真宗門徒になった。真宗僧侶になるかも知れん(笑)

【絶望の淵から新たな生を実現させる営みを「恨解き(ハンプル)」という。決して怨嗟や復讐するという怨の感情ではない。】(上記映画の告知よりhttp://www.freeml.com/kdml/4710/latestより)

 である。

 この年末は市川AB蔵で大盛り上がりだった。何やら昨日のMー1グランプリのテレビに映っていない前座でもRGの市川AB蔵ネタで大盛り上がりだったらしい。なんせテレビに映ってないのでよく知らんが、今田曰く。
 そのまま行くのかな?と思いきや、『こら、お前、なんでそんなに持てるねん事件』である。どうでもええけど、『大桃』って誰や?まあ、『大桃』という女優さんなんだろうが。全然知らんぞ。麻木某は知ってる。昼間のワイドショーに出てるし。で、2人の女優から貢がれる「キー!!!ねたましや。カメラのシャッターに画鋲をアロンアルファーで張付けてやる!」である。という、やっかみネタで大盛り上がりらしい。「らしい」というのは、興味がないから注意して見てないし。
 まあ、芸能ネタの大多数がそうなんだが、「どうでもエエやんけ」である。「それがどうしてん」である。で、この「どうでもええネタ」で盛り上がっている辺りが非常に年末らしく、どうでも良くて宜しい。好ましい。脳味噌を疲れさせないニュースである。ボケーっと、昼飯を喰いつつ、「この山路っていうヤツ、なんでこんなに持てるねんやろ?」なんぞとボケーっと思いつつ過ごすというのは、山路氏、大桃氏、麻木氏以外の人達には、基本、全くどうでもよく、年末の慌ただしい中で注意する事もなく、韓国と北朝鮮の情勢や、民主党の動向なんぞの生活に直接降り掛かって来る問題がクローズアップされるのでなく、全くどうでもエエ不倫騒動で盛り上がるのは、非常に宜しい。
 しかし、不幸なのは当事者達であるが、山路氏も自分所の通信社の宣伝になるだろうし、「大桃って誰や?」の私も『大桃』という名前は憶えたし、麻木氏もキャラクター通りに潔く認めた事でよって人間性&人気をアップしたやろうし。あくまでも個人的意見だが。私の中の麻木レベルはかなり上がったぞ。いや、ええ気っ風や。

 しかし、その裏で不安な気持でいっぱいな方々が居られるという実情もある。けど、そういう不安な状況にあるが故にテレビでのお笑いや、ワイドショーでの不倫騒動や、ハイパーと高飛車キャラは復縁したのか?等というどうでもエエ事が救いになることも知っている。疲れた脳味噌を休めるのに、どうでもエエ時間を過ごす事はとても大事。

 クリスマスだった。クリスマス前のラジオを聴いてたら、何やらクリスマスプレゼントを貰う子どもは9割らしい。

 http://japan.internet.com/wmnews/20071213/2.html

 残る1割は、創価学会の家庭と、真宗門徒である。。。と思うのだが、この2つを合わせると日本の家庭の1割できかないので、非常に残念な事に創価学会の家庭も、真宗門徒の家庭もクリスマスプレゼントを贈っているようである。
 あ、イスラムとか、ユダヤ教とか、その他いわゆる神道系仏教系の『新興宗教』の家庭も拒否しているかも知れん。
 が、しかし、それらを含めると割合はもっと増えるはずである。
 寺に住まわせて頂いている私の家庭にも当然サンタはやって来ない。はずである。今年はなかったし。
 
 わが家のチャンネル権は娘にある。これはきっとずっと続いたりするのかも知れん。その娘からサンタを求められたら「お前はカスか?」で済まされない事件がやって来る。ひょっとするとサンタの格好をしたピザの宅配がやって来るかも知れん。ピザ好きやし。「これくらいはエエか?」等と、妥協&堕落しまくって。

 この『妥協&堕落』が大嫌いだった。妥協&堕落する自分も許せなければ、他人も許せない。「あなたは真宗門徒として宗祖の教えに反していると思わないのか!」等と。反しているのは私もだ。

 おかしい事はおかしい。間違っている事は間違っている。でも、自分が正義の側、正しい側に立つのと、「一緒やな」とでは違ったりする。
 どこまで行っても優越感、煩悩は無くならないが故に、そういう事も優越感にしてしまっている私がいる。それが私だからだ。
 この私は様々な縁によって今の私がいるだけの話である。
 また、様々な縁によってクリスマスプレゼントを子どもに贈る真宗門徒の家庭もあるだろうし、住職一家もあるかも知れん。
 「いや~、子どもにせがまれまして」等と頭をポリポリ掻きつつ。

 「真面目な事が決してイイ事とは限らない」やったけな?24ぐらいの時に、とある坊さんに云われた。ちなみに結構派手だったが、黙って真宗聖典をずっと読んでいるような真面目な坊さんだった。

 「○○しなければならない」の『○○』に入るのは真宗門徒にとっては『念仏だけ』なんだろう。決して社会運動でも社会福祉でもない。

 自分の立場から、自分が得た縁から判断し、斬り裁く。色眼鏡でもって斬り裁く。何も切り裁いているのは熱心に声を上げている人達だけではない。
 熱心に政治活動、社会運動、社会福祉をしている人達だけではない。

 大阪に縁があった故竹中先生は『煩悩不足』という言葉をよく使われていた。「しょーむな」の駄洒落なんだが、別に駄洒落を云いたくて『煩悩不足』と言ったわけではない(はずである)。

 問題にならないだけで、問題を抱えて生きている。

 お、この言葉エエな。

 『問題にならないだけで、問題を抱えて生きている』(byエロ坊主)

 ヒャヒャヒャヒャ!真宗教団連合のカレンダーの言葉にならんかな(笑)

 と、煩悩が、欲が騒ぐ。

 
 「あんな所に寝たりして、エエ迷惑やわ」
 「デモなんかして、何か世の中が変わると思っているのかいな」

 縁である。
 声を挙げなければならない縁にある人は声を挙げる。

 縁の恨み。
 「なんで私はこういう私やねん!」

 またまた深夜である。睡眠時間が短い。ほんま「なんで私はこういう私やねん!」である。
 ありもしない『理想の私』から『現実の私』を恨み切り裁く。

【絶望の淵から新たな生を実現させる営みを「恨解き(ハンプル)」という。決して怨嗟や復讐するという怨の感情ではない。】(上記映画の告知よりhttp://www.freeml.com/kdml/4710/latestより)

 何か自分に復讐=理想の私になろうとするのではない。

 恨。

【南無阿弥陀仏をとなうるはすなわち無始よりこのかたの罪業を懺悔するになるとともうすなり。】(親鸞聖人・聖典520ページより)

武士の家計簿

2010年12月26日 | 坊主の家計簿
 年賀状の宛名書き。ん?手書きでないので入力作業。去年、何で入力したのか忘れてしまったが、あ、ラベルを使ったのか?まあ、今年は無料のソフトで宛名書きだったので、入力→印刷、入力→印刷の繰り返し。
 昨日は作業出来なかったので、今日一日で。途中夕方から学習会だったので途中作業停止。帰宅して作業復活。
 
 終了する。その他諸々の事もあったので、気が付いたらまたまた3時過ぎ(笑)

 今回使った宛名書きソフトは無料のやつ。Macの無料宛名書きソフトは少なく、私は『葉書AB』というのを使用。これはMacのアドレスブックに住所が入っていればそのまま使えるので便利である。
 んが、連名が出来なかったり、やっぱり無料のソフトなので送られて来る「キレイなフォントやのぉ。。。」に比べると、ちと落ちる。いや、「かなり」かな?それなりにキレイな字なんだが、フォントは一種類やし。

 なので、来年は有料の宛名書きソフトを購入しようかと思ったりするのだが、坊主の家計簿である。

 あ、武士の家計簿が映画になった。金沢では加賀藩の武士だったので結構街中に映画のポスターが貼ってあって盛り上がっていた。大阪でも結構テレビコマーシャルをやってたりする。

 以前にも書いたが、このブログのタイトル『坊主の家計簿』は『武士の家計簿』のパクリである。ちなみに『武士の家計簿』の本は読んだ事はないし、映画も見た事がない。こまめに家計簿をつけている人間が、なんで『武士の家計簿』の本を買って読んだり、映画館に映画なんぞを見に行くわけがない。それはわざわざ『家計簿』を購入して家計簿をつけている人は「お前、なんか間違ってないか?」というのと同じである。倹約するなら、まず家計簿をわざわざ購入する所から辞めんかい(笑)
 
 このブログも住職になってからは家計を預かってないので家計簿はつけていないが、最初の頃からずっと家計簿ブログだったわけであって、『武士の家計簿』が150年ぐらい後に映画化されるのと同じく、この『坊主の家計簿』も150年ぐらい後に映画化されるであろう(笑)スンゲーぞ、飲み代にタクシー代なんぞも書いてるし(笑)何を食べてたのかも一目瞭然でい。

 あ、という事で、宛名書きソフトの購入で悩む。
 
 iPhoneの充電器も結構エエ値段するし、iPhone用の『大辞林』やったかな?まあ、「この漢字、読まれへんけど、どないしよ」というややこしい漢字も手書き入力したら出てくるという夢みたいなアプリも2500円するのだが、これらは必要度レベルで言うと2ぐらいである。宛名書きソフトは今の無料版があるが「もっとエエのが欲しい」という事なので必要度レベルでいうと4ぐらいである。
 
 必要度レベル1=仕事で緊急に必要
 必要度レベル2=仕事で必要
 必要度レベル3=仕事で必要だが、なくても何とかなる
 必要度レベル4=今あるのよりもエエのが欲しい

 みたいなもんである。レベル3はMacでウインドーズである。レベル4はMac用のワードとか。
 レベル5になると娯楽的要素がかなり入る。私にとっての親鸞真筆『教行信証』の複製本とか。いや、真筆正信偈のコピーの軸(大谷大学の記念品らしい)は頂いて、本堂に額縁に入れてあるのだが、それを見れば見る程、喉から手が出るくらいに欲しいのだが、やはり私にはレベル5である。研究者違うし。必要不可欠というわけではない。当然高価だし。貯金で買えないわけではないのだが、その分は他に、純粋に本堂等の修復に回したいし。侍がエエ刀を欲しがるみたいなものなんだろう。それは『武士の家計簿』的には「アカン、アカン」である。けど、あったら寺の宝やねんけどなぁ。。。っちゅうか、純粋に手に入れたいだけなんだろうが。まあ、見たくなったら、どっかにあるのだろうし、見せて頂こう。

 あ、映画『武士の家計簿』は、旧作レンタルになってから見ます。なんとなく、それが尊敬する『武士の家計簿』に対する私的礼儀だったりする。

処刑された人々

2010年12月24日 | 坊主の家計簿
 年賀状を製作中。

 今年(来年)の年賀状はカワユイ。ある意味、今年の覚悟だったんだが、去年(今年)の年賀状のように大逆事件で処刑された人の辞世の句を年賀状で送りつける事もなく、今年(来年)はカワユイ。

 娘は『パパ背もたれ』がブーム(?)みたいであり、そういう状況なので、基本、お固い文なんだが非常にカワユイ。

 基本となる言葉は『光壽無量』なので、去年(昨年)パターンならば先日撮影した板垣征四郎氏、木村兵太郎氏、土肥原賢二氏、東條英機氏、武藤章氏、松井石根氏、広田弘毅氏の7名の処刑された光寿無量院之碑の写真を年賀状に使ってしまった可能性がデカかったのだが、今年(来年)はカワユイぞ。

 4種類作ってみた。明日ママの意見を聞いてプリントしよ。

 ちなみに今日(昨日)12月23日は7人の『A級戦犯と呼ばれ処刑された方々』の命日である。南無阿弥陀仏。
 
 あ、やっぱし、2年続けて処刑関係の年賀状か(笑)

ミカン畑ツアー

2010年12月18日 | 坊主の家計簿
 ミカン畑ツアー。ついでに夕暮れ時にタヌキも発見。っちゅうか、人なつこく、娘、大喜び。
 ミカン、梅干しを筆頭に、その他の野菜等も買い込んで、21時半頃帰宅。

 で、0時ぐらいから、コタツで寝てやんの(笑)短い時間、30分も寝てなかったのだが、でも、まあ、急には寝れん。なのでダラダラとビールスタートでテレビ録画を見ながら飲み始める。

 ちなみに『ミカン畑ツアー』といっても、ミカン狩りに行ったわけではなく、ミカン畑が多くあるルートを選んでのドライブ。え~。。。時期的にちょっと遅かったな。また来年やな。でも、結構多くのミカンがあって、満足、満足。




どっちやねん!

2010年12月17日 | 坊主の家計簿
 http://sankei.jp.msn.com/economy/business/101216/biz1012160201002-n1.htm

 で、ETCはつけた方がエエのかどっちやねん。
 
 明日は和歌山にミカンの買い出し&ミカン畑見学観光に行く予定なんだが、日帰りなので高速に乗ろうかと思ったりしている。故に「ETCつけとこ」とも思ったのだが、何やら「ETCなくとも上限割引しまっせ」やったので「ほな、無駄になるし辞めよ」だったんだが、上記リンクのニュースでは

【政府・与党は15日、新たに導入する高速道路の料金上限制について、対象を自動料金収受システム(ETC)の搭載車に限定する方針を固めた。】

 である。
 だが、

【対象外のETC未搭載車は現在の正規料金が適用され、過度の負担が生じるため、不公平感を緩和する施策について検討する。】

 らしい。
 どっちやねん!

 あ、早く寝な。 

光寿無量

2010年12月16日 | 坊主の家計簿
 という事で、金沢に行って来ました。一泊二日。

 13時に本山で待ち合わせだったので、御参りが終わってバタバタと出かける。新快速遅れる。昼飯喰ってない、っちゅうか、厳密には朝から何も食べてない。大阪駅構内にあった立ち食い蕎麦の店、なんか知らんがない。
 「5分ぐらい遅れるかも知れません」と、メールして、京都駅で急いで蕎麦。その後ダッシュ。え~。。。なんとか間に合った。
 先輩の車に乗せて貰って金沢、ん?『かほく市』という所へ。
 宿泊先は、金沢周辺では恐らく最強ではなかろうか?というか、今まで行った民宿の中でトップ3には間違いなく入るであろう『民宿 やまじゅう』(http://yama-10.com/index.html
 一番安いコースらしいのだが(多分、8400円のコースか?団体割引あるのか?)、もう、海鮮地獄です(笑)カニは1杯だけなんだが、あんなもん1杯食べたら充分なわけであって、その他に刺身盛り合わせ、ブリの塩焼き、白海老天ぷら、能登のカキフライ等々、海鮮だけで食べ切れないボリュームの晩御飯が出て来る。
 風呂も温泉で24時間入れるし、これで8400円は絶対に破格やな。娘がもうちょっと大きくなったら、毎年の恒例にしたろ。

 で、晩御飯食べながらの宴。え~。。。行きの車の中で一睡もしなかったので、眠かったっす。なので、酔うのがしんどいっす。っちゅうか、夕方、あるいは昼寝を散々して飲むから夜中まで飲んで次の日、二日酔いで苦しむのだろうが。。。22時ぐらいかな?酔いつぶれて、寝る。23時ぐらいだったと思うが、宴が終わったらしく、布団に入って正式(?)に寝る。
 夜中、2時半ぐらいに喉が渇いて目が覚める。歯磨きせんと寝たので歯を磨いて、ロビーでタバコを吸って、iPhoneで遊んで、え~。。。寝れない(笑)っちゅうか、4時間半ぐらい寝たわけだし、まあ、寝れんでも当り前なんだが。次の日。仕事も入ってない。急な仕事があっても、帰りの電車で寝ればエエわけであって、結局、そのまま風呂に入ったりしつつ、朝まで。

 朝刊が届く。朝風呂入って、朝刊読んでたら、ヒマなので『おくやみ』の欄まで読んでしまう。いや、1つ読んだら、「え?葬儀会館でするんけ?」と、気になって全部読んでしまった。たまたま『その日』だけだったのかも知れないが、自宅でやる所が一件。寺でやる所は『自坊』、つまり、前住職(やったかな?)が亡くなられたらしく、その一件だけ。その他、圧倒的多くは葬儀会館(公民館一件)。真宗王国でも葬儀会館での葬儀が圧倒的になって来てんな。

 翌朝、朝ご飯を食べて、早く帰らないと行けない先輩の車ではなく、電車。青春18切符。地元らしい大先輩に駅まで送って貰って、七尾へ。七尾に用事があるわけではなく、単に「なんとなく」。いや、旅行ですし。オカンの実家が七尾のちょい先で、子どもの頃を懐かしみつつ。
 その後、金沢へ。米軍基地を追出した内灘も興味があったのだが、天候がややこしかったので辞めて、前から行きたかった花山信勝の宗林寺へ。
 
 以前も書いたが、東條英機氏の法名は光寿無量院釈英機であり、その他の戦犯の人達も同じ『光寿無量院』の院号である。そして宗林寺には『光寿無量院之碑』『光寿無量院塔』がある。どうしても行きたかったのだ。行って念仏申したかったのだ。
 花山信勝の寺は思ったより小さかった。いや、デカイで。大阪のその辺の寺よりはデカイけど、いわゆる日本建築の本堂もなく、境内もそれ程大きくなかった。なんとなく『花山信勝』というビックネームの為、どうしてもデカイ寺を想像してたのだが、全然違うかった。
 その分、花山信勝が、どれだけ『A級戦犯の教誨師』という仕事を生涯、責任を持って居られたのかを感じれた。

 花山信勝が、『住職』としてどういう人だったのかは知らない。でも、『A級戦犯』って、靖国神社でさえ、合祀をイヤがった方々である。今でも「分祀せよ!」などと評判が悪い。『分祀』って、おい、『分祀』なんぞしたら、宗教団体でもなんでもないやろ。ちょっと違うが、寺の過去帳や、法名軸に一度書いた法名を周囲の反対の声で消したり書き換えたりする住職が居たら、教団はどういうのか知らんが、んなもんは住職としては失格やろ。「都合が悪くなったから削除します」なら、宗教家なんぞ辞めてしまえ。と真宗坊主は思ったりする。
 
 花山信勝。尊敬する先生なんだが、直接会った事もないので『花山信勝』と書かして頂いているのだが、花山信勝先生やな。
 容易に想像がつくのだが、『戦犯』は評判が悪い。『戦犯』というレッテルを貼られようがなんだろうが、その人の人生である。私と同じく、きっと迷い多く、転がり続けた人生だっただろう。でも、評判が悪い。「戦争犯罪者」などと。
 A級戦犯を筆頭に「あの人達が居てたから私たちは戦争に巻き込まれた」等と。
 でも、同じ人間。

 花山信勝先生は、私にとっては『先生』なんだが、花山先生の寺の門徒にとってはどうだったのだろうか?で、今はどうなのだろうか?妙な反戦意識を持った人たちから「何故戦犯の人達の碑があるのですか?」等と批難されたり、あるいは、同じ僧侶仲間から「あなたは戦争を肯定するのですか?」等と冷たくされたりする事はなかったのだろうか?

 徹底した非戦、いや、『悲戦』と書いてみたりするが、「敵を作らない」のが非戦の論理ならば、花山先生の寺にある『光寿無量院之碑』『光寿無量院塔』は、『悲戦』の象徴ではないのか?

 人生、思い通りになりまへん。もう、4時過ぎです。予定睡眠開始時刻を1時間以上も経過しています。
 思い通りにならないが故に、思い通りにしようとする。争う。そんな繰り返し。

 自分が一番最低なら、誰を裁けるねん?「あいつは悪いヤツや」と、誰が殺人許可書を持ってるねん?誰にそんな権利があるねん?「あいつは殺されて良かった」って、誰が言えるねん。
 でも、絶対に言いたくなる。

 
  わたしの まちがひだつた
  わたしのまちがひだつた
  こうして 草にすわれば それがわかる
 (八木重吉『草にすわる』)

 
 阿弥陀さんは『誰でも救ってくれる』
 特別じゃなく、『誰でも』

ステロイド

2010年12月12日 | 坊主の家計簿
 深夜作業終了。え~。。。帰宅して、晩御飯食べてすぐに作業に取りかかろうと思ったのだが、「やれやれ」と一息。娘が寄って来るので、足の間に挟んで娘とコタツでテレビを見る。「やっぱし、ちょっと胃の中のもんを消化してからやないと体が動かんもんな」
 K1始まる。しばらくすると娘とママ、寝る。私、K1にハマる。。。

 結局、今年はK1一押しのアリスター・オーフレイムが優勝。しかしながらベストバウンドはやっぱし、アーツ対シュルトか。シュルト、バカ強いんだが、気が弱いな、ちょっと。
 で、決勝はアーツ対オーフレイムのステロイド対決。アーツがステロイドを使用しているのかどうかは不明だが、あの筋肉の張りは不自然だと思うぞ。まあ、40らしいし、一時期冴え無い時代もあったし、「最後にもう一花」みたいな感じでステロイドを使ったのか?
 
 で、「アーツがステロイドを使った」と勝手に想像しての書き込み。

 今日は、栄養ドリンクを2本も飲んだ。朝方に1本と、夕方に1本。急に忙しくなったので。かつ、病み上がりやし。
 で、只今、作業終了して後の飲酒中。

 「よし、明日も頑張ろ」と、様々な人が様々な方法をとってるのだろう。疲れた時は栄養ドリンクだったり、天下一品のラーメンだったり、背脂だったり。
 焼肉中年&サウナだったり。

 先日見た『ニセ医者と呼ばれて』では、仕事が終わった主人公にヨメはんが「お父さんは仕事が終わって疲れているのだから」と、子どもに酒を注がせていた。そういうビールを筆頭とする酒だったり。

 それぞれのステロイド。

 ステロイドは体をボロボロにするらしい。また、ペガサス・キッド(クリス・ベノワ)が自殺した縁としてステロイドも上げられている。そんな事は格闘家ならば先刻承知であるはずである。

 酒もタバコも体に悪い。でも、「よっしゃ、やったるで!」である。

 なんか、同年齢のアーツの体を見つつ、勝手な想像だろうが、ステロイドを射ったみたいな筋肉を見ながらそんな事を思った、アーツと同じ娑婆を生きる中年。

ヤッホー考

2010年12月11日 | 坊主の家計簿
 夜中に作業するのは辞めた方がエエのだが、娘が寝てからでないと出来ない作業もあったりしてでんなぁ。。。え~。。。只今3時過ぎ。ようやく作業終了。

 早く寝たいのだが、気が張っとる。なのでまったり飲みつつ、明日に残らんように飲みつつ、睡魔を待つ。

 来週は金沢に行く予定である。一応楽しみなので宿泊先の情報を集めたり、金沢での美味しい店を探したりなんぞもiPhoneで少し。
 
 金沢。オカンの実家が能登半島なので金沢はガキの頃に毎年のように行ってたんだが、大きくなると足が遠のく。いや、子どもの頃に散々行ったし。なので大人になって旅行で行って宿泊したのは一回だけかな?あ、もっとあるか。
 金沢というと宇宙軒食堂(http://r.tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17000078/)であるが、もっと魅力的な店を発見した。
 『ヤッホー』である。『ヤッホー茶漬け』が食べれる『志な野』(http://r.tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17000075/)である。
 この店はすごいらしい。何が凄いって、「ヤッホー!」だけなのだ。店の親父が発する言葉は(笑)そして客も元々少々少ない盛りの茶漬けの御飯のお代わりを頼む時には「ヤッホー」と言わなければならないらしい。すると親父が「ヤッホー」と言ってお代わりを入れてくれるらしい(笑)
 場所は金沢の飲屋街にあるらしいのだが、お笑い帝国・大阪にもこんなファンキーな店はない。また、成立するとも思えない。
 ステレオタイプは差別の根源だが、私にとって金沢の街に住んでいる人達はそんなにファンキーな人が多いとは思えない。あくまでも私個人の決めつけたイメージであるが。だが、こんなファンキーな店が成立し、かつ、人気店らしく、行列も出来る事があるらしい。

 金沢は恐るべき街である。いや、「ヤッホー」があるからではなく、真宗の先生ね。街の規模としては大阪の方が遥かにデカイのだが、大谷派だけでも、平野先生。藤場先生。児玉先生、西田先生も金沢だったような。恩師・埴山先生も金沢である。その他、出身地は知らないけど金沢(周辺含む)出身の先生って、ゴロゴロ居てる気がする。あ、本願寺派では花山信勝師も金沢である。あ、今の専修学院院長の狐野先生も金沢やった。おい、どれだけ人材輩出してくれるねん。大阪を中心とする関西圏内のお笑い芸人並みやろ。
 金沢はそういう土壌である。そういう土徳の地である。

 大阪では多くの場合冗談抜きで話にヲチを求める。また、『トイレの神様』に歌われているように吉本新喜劇を子どもの頃から毎週見ているし、毎日、朝から晩までお笑い芸人が出ている。ニュース番組にまで出ている。アナウンサーだって半分お笑い芸人みたいな人が多い。

 大阪を中心とする関西人の多くが『椅子から転ける芸』を自然にマスターするように、きっと金沢では朝晩の正信偈が当り前なのかも知れん。キダタローや六甲おろしが当然の如くに。
 そして、「南無阿弥陀仏」という御念仏を当り前の如く口ずさむ人達も多いのだろう。何があっても「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」と念仏申す人が多いのだろう。食事の時も、トイレの時も、寝る時も、普段でも。挨拶する時も。なんでもかんでも「ナンマンダブツ」と。

 これでよく解った。金沢にはなんでもかんでも「ナンマンダブツ」の一言で済ます人達が多かったという歴史的土壌があるのだ。だから「ナンマンダブツ」の代わりに「ヤッホー」という店が出来たのではないのか?

 きっと、「ヤッホー」の親父も「ナンマンダブツ」の土壌で育てられて来た。米軍基地闘争で勝った内灘の小屋にも『お内仏(仏壇)』があったような土壌である。親父も子どもの頃から「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」と念仏申して来た。
 しかし、真宗王国・金沢といえども、やはり標準語を筆頭とする文化、『日本』という文化にどんどんと侵略されつつあるのだろう。そこで親父はきっと考えたのだろう。「これではいかん」と。
 しかしながら、『南無阿弥陀仏茶漬け』で、合い言葉に「ナンマンダブツ」は、少しキツい。『キツい時代』になって来た。だから親父は「ヤッホー」と。
 なんでもかんでも「ヤッホー」の一言である親父の姿を見て、帰り道に「そういえば、爺ちゃん婆ちゃんも『ナンマンダブツ』と一言やったな」と、酔った〆の茶漬けを喰った金沢の酔っぱらいは思い出しつつ帰路につきながら「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」と、念仏申しているのだろう。。。

 あ、ちなみに宿泊先から遠いし、かつ、22時からの営業らしいので、ヤッホーには今回は行けない。。。残念。。。ナンマンダブツ。

ニセもんと呼ばれて

2010年12月10日 | 坊主の家計簿
 娘→ママ→私という順番で、私も高熱で一晩見事に倒れる。延々と寝てたら約24時間で回復。ラッキー♪
 なので、今日は散髪に行って、ママも復帰しつつあるし、娘の熱は下がって下痢だけなので、デパートに御歳暮買いに出かける。あ、一人でね。娘とママはまだ無理。といっても私も病み上がりなので「頭が痛いのぉ。。。」なんだが、御歳暮って時期があるし。
 今年の御歳暮は蜂蜜。っちゅうか、これからきっと『御中元=果実酢』『御歳暮=蜂蜜』になると思う。日持ちもするし、まあ、蜂蜜も果実酢も「自分で買うには高いけど、送りもんで貰えるなら嬉しい」やろうし。あくまでも基準は私である。恩師の御歳暮は別口なので、明日注文しよ。

 帰宅する。
 なんとなくテレビを見てたら、面白そうな特番ドラマ『ニセ医者と呼ばれて』(http://www.ytv.co.jp/niseisha/

 病み上がりで疲れているのでボロボロ泣く。っちゅうか、病み上がりでなくても泣いてたかも知れん。ええドラマやった。
 ただ、主人公が堺雅人だったのだが、堺雅人のウチナー口(沖縄言葉)が「似合わんのぉ。。。」と。多分、日本の俳優の中で有数に似合わん俳優だと思ったりするのだが。
 堺雅人のヨメはん役で出てたのが寺島しのぶ。「お前等が夫婦役なんか?」と(笑)この夫婦役の2人も「夫婦役をやらせる悪い組み合わせ」のかなり上位ランクだと思ったりもするのだが。ただ、2人の子ども役で出てた女の子が「君、寺島しのぶの娘役をやらせたら日本で有数やな」だった。

 ドラマは『ニセ医者と呼ばれて』というタイトルそのまんま。
 見ながら最初は都市伝説かも知れないが、まあ、都市伝説として伝わる話なんだろうが、「東京では葬儀社の社員が僧侶の格好をして読経をしている」という都市伝説を思い出した。否定的な意味ではない。「ニセ坊主」と呼ばれても、『ホンモン』よりも、親身に相談に乗ったりしてたり、あるいは儀式作法がしっかりしている『ニセ坊主』なんぞいくらでもおりそうなんだが。

 御歳暮は車で買いに行く。まあ、持って帰るのもあったし、駐車場タダやし。移動の車の中で、ラジオで週刊誌の記事紹介をやってた。海老蔵ネタ。
 何やら、海老蔵ヨメの、え~。。。小林某が、歌舞伎界ヨメはんグループから批難されているらしい。
 ちょこっとだけあったので、リンク。

 http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20101209/enn1012091642014-n1.htm

 上記リンクでは、海老蔵ヨメの小林麻央氏が、海老蔵病室にドライヤーを持ち込んで姑にドライヤーで頭を「コツン」と叩かれた『らしい』という記事。「コツン」と頭を叩かれたら、コードで首を謝るまで締め続ければエエと思うのだが、小林某は心優しい人らしくそういう事は出来ないのだろう。
 ラジオでは最初に『梨園』いうのか?その『梨園の妻』達から、何やら海老蔵と一緒にパジャマ姿で雑誌かスポーツ紙かに載っていた事が批難されている事を取り上げていた。病み上がりで頭の痛い私は車の中で瞬間「殺せ」と。「そんなヤツ、殺してしまえ」と、見事なまでの殺気を憶える。
 かつ、海老蔵が酔っぱらって喧嘩したのは小林麻央のせいらしい。「はあ?」である。「おばさま達も入院なさっては如何でございましょうか?」やろ。
 当然、関係がない事はない。ないが、んなもん、自覚の言葉であって、他人から押し付けられる問題ではない。「ほな、お前がやれ」である。「ああ、お前がおるから酒飲んで暴れるねんやろ」と言い返したらエエのだが、心優しい小林某には無理なのかも知れん。
 あ、「自覚の言葉」とは、世の中に無関係な事はないし。

 ♪世界がゆがんでいるのは そんな僕の罪のせいだ(真島)

 でっせ。

 で、恐るべき歌舞伎差別社会。だいたい、『市川宗家』って何やねん?市川宗家にしか出来ひん技ってなんやねん?

 「けったいな世界やの」

 と、純粋に思うのだが、残念ながら、世の中にはそういう世界があり、そういう世界で生きておられる人達がおられる。
 この辺が世の中の『世の中』たる由縁であって、決して机上の論理でも無ければ社会のテストでもない由縁である。
 テストならば「様々な差別が折り重なる歌舞伎社会を変革し、解放しなければならない。」とでも書いておけばイイのだろうが、世の中は机上ではない。人間が居ている。だからややこしい。

 そろそろ解約せんとアカンと思いつつ、だらだら使っているニフティのメール。数日振りにチェック。しようと思ったら、「なんじゃ!こりゃ!」という広告。


【『北朝鮮当局による人権侵害問題に対する認識を深めよう』

 北朝鮮当局による人権侵害問題に関する国民の認識を深めるとともに、国際社会と連携しつつ北朝鮮当局による人権侵害問題の実態を解明し、その抑止を図ることを目的として、平成18年6月に、「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」が施行され、国及び地方公共団体の責務等が定められるとともに、毎年12月10日から同月16日までを「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」とすることとされました。

 拉致問題は、我が国の喫緊の国民的課題であり、この解決を始めとする北朝鮮当局による人権侵害問題への対処が、国際社会を挙げて取り組むべき課題とされる中、この問題についての関心と認識を深めていくことが大切です。】(http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken103.html#02

 
 こういうのを『戦争準備』という。
 あるいは『人権優生思想』でもエエのかも知れん。「人権を無視する人の人権を無視してもエエ」という、死刑肯定の論理になる。

 『ニセ医者と呼ばれて』のラストシーンはホンマ、美しかった。自信をなくした主人公に「先生」「先生」と。世話になった、『ニセ医者』を必要としている人達が、「先生でないとダメなんだよ」と。

 誰が、ニセもんと決めつけれるねん。

 道場時代によく言われた事「『凡夫』とは仏からの言葉であって人間が人間に対していう言葉ではありません」
 親鸞聖人は「煩悩具足のわれら」。決して「煩悩具足のあいつ等」ではない。

 で、誰が正しいねん?『解放』という名目で逃げるなよ。戦争はワガママでしかない。

『甘え』について

2010年12月07日 | 坊主の家計簿
 土曜の夜、帰宅すると何やら家が慌ただしい。こっちも慌ただしく帰宅してお腹ペコペコだったのだが、何やら娘の様子がおかしい。吐いたらしい。吐いたのでママが慌ただしい。娘も大変。泣くじゃくるし、吐きまくる。抱っこしてたら顔にゲロをぶっかけられた。熱は少々だったのだが、様子が様子なので緊急子ども医療相談室(?)にママが電話する。なにやら、「そういう状態の乳幼児に薬を投与できひんから、しばらく様子をみろ」という事だったらしく、とりあえず布団の上に娘が吐いて大丈夫なスペースを作って、まあ、ゴミ袋を裂いたやつを布団の上に敷いて、その上からバスタオルを敷いて、最後にタオル。タオルの上で吐かせて、タオルを速攻ゴミ袋に押し込む。
 ママが娘を寝かしつけている最中にパパである私は部屋の片付け。「こんな時だから清潔に」である。
 パパ、作業終了後にようやく晩御飯。ゲロまみれになった服はゴミ袋に押し込んで、さっさと外食。
 で、朝まで何度も何度も娘、吐く。

 日曜日。法事あり。眠かった。。。むっちゃ眠かった。。。まあ、ちょっとは寝た、っちゅうか、いつも睡眠時間短いから慣れっこなんだが、数日忙しくバタバタとして仮眠出来なかった中での出来事だったので、眠い、眠い。
 仕事が終わって帰宅すると、娘、吐く回数は少なくなったが熱が結構出て来た。これまた心配。娘を抱っこしてたら熱い、熱い。抱いているこっちまで熱くなる。
 
 翌朝月曜日、つまり今朝。目覚めるとママの様子がおかしい。っちゅうか、ママの様子がおかしく、娘が泣きじゃくってたから眼が覚めたのだが。ママ、やたらと「ハアハア」と。いかにもしんどそう。で、それ以上に言語が不明瞭であり、手が『カマキリ拳法』みたいになった状態で、動かないらしい。厳密には痺れて殆ど動かないらしい。「こら、アカン。」と救急車。人生初めての救急車。あ、『患者』として乗った事はあるけど、付き添いで乗ったのは多分初めて。呼んだのも多分初めて。なぜ「多分」なのかというと、最近、記憶が。。。
 救急車やって来る間に寝起きのパパは、とりあえず娘のオムツセットや、娘に厚着をさせたり、「あ、靴や」と靴を鞄に入れたりしながら救急車の到着を待つ。っちゅうか、すぐに来たけど。
 受け入れ先の病院もわりとすぐに見つかる。一番近所の病院。自転車で5分ぐらいの所の病院。病院に行く途中に謎の専門用語を発してたので質問。なにやら「ハイパー」というのが高いらしい。で、過呼吸らしい。しんどくて「ハアハア」しすぎると過呼吸で酸素過多になって全身に痺れが出るらしい。なので、まあ、一安心。
 病院で点滴の中に薬を入れて貰っての治療。パパは娘と待つ。娘、途中「ヒマや!」となったのだが、なんせ娘の風邪(?)が発端であり、娘も基本しんどいはずなので結構大人しい。熱もそんなになさそうだし。
 結局、娘の看病なのかなんなのか知らんが、胃腸が痙攣してたかなんかだったらしい。医者&看護士がなんか喋ってたが、大丈夫なら問題ないのでイマイチ憶えていない。
 病院滞在時間1時間半弱。「あ、靴がない」。娘の靴は鞄に放り込んだのだが、ママの靴の事なんぞ一切思いつかなかった。上着も。なので病院で100円スリッパを買って、上着はパパのを着させてタクシーで帰る。
 帰宅して、パパは御仕事。今日は昼前から法要。
 法要を終えて、昼飯を喰いに出かけて、ついでに銀行や自転車屋によって帰宅。確か、寝てたはずの娘が起きてたので、ママから引き離して、娘と遊ぶ。っちゅうか、途中30分ぐらい気絶状態で寝てたのだが。なんか、おもちゃ箱がひっくり反っていてたので、一人で遊んでたんだろう。
 ママは、今日はずっと寝てる。まあ、たんまにトイレに行ったりはするが、メシも食わんと、っちゅうか、食べれんのだろうが、延々と寝てる。

 という事で、土曜日から4連続外出予定だったのだが、全部中止。明日は昼から京都の予定だったのだが、まあ、無理だろう。
 会議や学習会等で「子どもが風邪ひいた」とか「ヨメはんが風邪ひいた」とかで休む人が居たけど、大変やな、結構。会議行ってる場合やないな。仕事は行くけど、ヒマな寺の住職なので、あ、土曜の夜までは忙しかったけど、まあ、昨日も今日も仕事が少ないから大丈夫やったし、実際は「待つ」事が多いけど、まあ、外出は控えたいし。だから、私みたいな事情でもって欠席する人の事が『体験』として解った。
 「実際に経験せんと解らんで」とはよくいう。けど、実際に経験出来る事なんぞは少ない。結構、限られている。また、個人差や個々の事情は違う。

 「あの時はホンマに大変やった」なんぞと聞いた時に「いや、そういう場合、そんなに大変違うやろ」とか、「誰にでもある事やで」なんぞと言ってしまう。けど、体験した本人が「大変やった」というのならば、やっぱし大変だったのだろう。
 「辛い」でも「しんどい」でも。
 「辛いねん」「しんどいねん」と本人がいう。それが『甘え』であったとしても、『甘え』も含めた上での「辛いねん」「しんどいねん」であり、先に『甘え』と書いてしまったが、『甘え』は比較である。「俺なら出来る」である。「俺なら出来るのに、なんでお前は出来ひんねん」である。これは個人を無視している、自我中心の発想に他ならない。眼の前で訴えかけている人の存在を無視している事である。

 昨日の夜の『支縁のまちサンガ大阪 発足集会』。行けなかった。行きたかったのだが、上記の事情で行けなかった。

 「努力せえへんかったから、あんな生活しなあかんようになってんから仕方がないやん」だとか、もしくは「あの人達は甘えてるわ」。等々。

 個々を無視する。

 久しぶりの病院。緊急施設もあるので、それ程大きいとはいえない病院なんだが、色んな人達が行き交う。ベッドに乗せられた人、多し。

 子どもの頃、私も肺炎でしばらく入院してた。看護婦(当時)にサークル付きのベッドに他の子どもと一緒に乗せられて病院の屋上に遊びに行った事を憶えている。
 親父が働いていた病院だったかな?まあ、電電公社関係の病院、デッカイ病院。なので、余り他の印象はない。ベッドに乗せられて行き交う老人の姿は記憶にない。

 娘は、今日の事を憶えていてくれるだろうか?ママが救急車で運ばれて行った先の病院で、ベッドに乗せられ移動する『老・病』を。

 生まれて来てもうて、老いたり、病んだりして、死んで行く。
 それが当り前であっても、それが『道理』というやつであっても、それを引き受ける事が出来ない煩悩がある。だから、同じ『煩悩具足の凡夫』として、限られた、限定された『今』を『共に』生きる、『生きていこう』という同じ土俵が与えられる。与えて下さる。

出会い

2010年12月04日 | 坊主の家計簿
 バタバタと。23時30分頃に一段落したのでようやく晩御飯。今日は当然外食。近所の中華料理屋で『あんかけチャンポン』。御近所自慢なんだが、あっこのチャンポン、550円やし、麺もエエ感じやし、かなり美味い。メシ喰った後は銭湯行って上がったテンションを下げないとアカンのでさっさと食べる。銭湯1時までやし。銭湯でゆっくりしたいし。
 さっさと食べたいのだが、あんかけチャンポンはすぐには出来ない。店に置いてあったタブロイド紙をなんとなく見る。海老蔵である。なにやら海老蔵事件の真相として非常に詳しくレポート。どこまでが真相なのかは解らんが。
 で、それを見つつ2点の不振。いや、別に興味あるニュースと違うし、テレビでやってても、ワイドショーだけならともかく一般ニュース番組でもやってるし。「単に酔っぱらって喧嘩しただけと違うん?」と、まあ、んな感じだったのだが、え~。。。要するに一般ニュースでも取り上げるのって、今後の展開の話なのね。まあ、どこまでが真相なのか知らんが、その『真相』によると海老蔵氏と裏社会との繋がりみたいな問題に発展して行くかも知れんらしい。

 どうでもエエのだが、中学校時代の友達が名字が『市川』というだけで渾名が『海老蔵』だった。だからなんとなく『海老蔵』という名前には親しみを憶えてしまう。

 で、まあ、海老蔵氏がタブロイド紙に書かれている事が真相だとすると、またはワイドショーなんぞで噂される事が真相だとすると、え~。。。海老蔵氏を殴った、ボコボコにした兄ちゃんは大丈夫なのか?
 何やら上下関係が噂される。つまり殴った兄ちゃんの兄貴分である『元暴走族リーダー』が海老蔵氏から無茶な扱いをされてたりしてキレたらしい。「うちの兄貴に何をしとるんじゃ!」なんだろう。
 けど、まあ、これもタブロイド紙の噂なんだが、海老蔵氏は『元暴走族リーダー』と同じ系統の偉い人と親しいらしい。

 う~ん。。。よく解らんのでミナミの帝王で考えてみる。
 広域暴力団幹部である沢木組長と萬田銀次郎は兄弟分である。沢木組の幹部であるのが広瀬。銀次郎と広瀬も親しいが、銀次郎にとっては広瀬は『下』になる。兄弟分の下なんだから。
 ある日、銀次郎は飲みに行った先でベロンベロンに酔っぱらった。飲んでいると何やら広瀬が居てるらしい。「おう、広瀬、何しとるねん、一緒に飲もか。」広瀬にとって銀次郎は親分の兄弟分である。断るわけにも行かない。自分の組の若い衆、沢木組でなく広瀬組の若い衆も含めて一緒に飲む。
 大組織『浜口組』の若頭である沢木組にも当然下部組織があるのだ。こういう場合に実際のヤクザ業界がどうなっているのか知らんが、ヤクザ映画なんぞでは、やはり直接の親分に仁義を切るのではないのか?あ、ミナミの帝王なんぞでも。なんせ『俺らの組長』なんだから。
 ベロンベロン状態の銀次郎が広瀬に絡む。酔いつぶれた広瀬組長に対して酷い扱いをする銀次郎を見る広瀬組の組員。「わりゃ、何様か知らんが、うちの親分に何をしくさってるんじゃ!」。シラフでは云わないだろうが、組員もベロンベロンだった。
 ややこしいのはここからである。殴られた銀次郎は、殴った組員の上部組織の組長と兄弟分だった。

 え~と、当然、海老蔵氏の話とミナミの帝王の話は全然別なんだが、こういう時にミナミの帝王、っちゅうか、ヤクザ系の漫画や映画なんぞでは2人はケジメをつけされられる。
 と、考えると2人が姿を現さない事が心配になる。

 『市川宗家』という家柄がどういう家柄なのか知らないし、調べてない。海老蔵氏を殴った兄ちゃんについてはタブロイド紙で報じてた。これもどこまでホンマか知らんが。
 スポーツ万能の兄ちゃんだったらしい。サッカーのエリートだったらしい。でも、家庭環境や何じゃかんじゃででサッカーじゃなく暴走族の道を選んだらしい。
 海老蔵氏は『市川宗家』とやらで生まれたらしい。なにやら、これも『噂』なんだが海老蔵氏は「俺は人間国宝になる人間だぞ」と言ったとか。噂なんだが。それだけ周囲からのプレッシャーがキツかったんだろう。「あなたは将来、人間国宝にならないといけないのよ」と。「市川宗家を継げ」だけでも多分、もの凄いプレッシャー。私は寺産まれでないから解らないけど、寺で産まれて、寺の跡を継ぐ事を周囲から、子どもの頃から、いや、生まれる前から望まれ、期待され続けている立場の人に意見を聞きたい。
 このプレッシャーが、かなりキツい事は知っている。当然『知っている』だけの話である。話で聞いただけの話である。

 なんか、この2人、今は『被害者』と『加害者』になっているけど、まあ、それも怪しくなって来ているらしいが、でも、この2人の人間ルポが読みたくなって来た。
 人間やねん、2人とも。

乱場の縁側

2010年12月01日 | 坊主の家計簿
 友人より喪中ハガキが届く。年賀状を本格的に出し始めたのは去年からなので、貰ったのは初めて。まあ、出した事もないが。。。
 「そうか。。。そろそろ年末やねんなぁ。。。」と喪中ハガキで改めて感じる。

 月末までに「絶対にやらないとアカン事」は終了。12月には12月の事がある。お歳暮何にしようかなぁ。。。まあ、これもチョロチョロと下見をしたり諸々考えていたので、あとは注文したらエエだけか。
 年賀状。写真やイラストは決まってないが、言葉だけは決まったので、これもなんとかなる。
 寺の通信は、なんせ『正月休み』という偉大なる期間があるので、これも余裕がある。昨日みたいに一晩で仕上げる無理をせんでもエエ。っちゅうか、どうせ一晩の勢いで作ってしまうのだろうけど、正月休みに作れば次の日の心配をしなくても構わない。

 しっかし、今月はよく遊んだ。前半、法要まではバタバタとしてたのだが、それ以降はゲーム三昧やったもんなぁ。。。なので月末恒例の帳簿をつけてて「もっと働かんかい!」と思う。なんか、本堂床の改装して勢いがなくなったなぁ。。。
 ファイルケースには『急ぎ』『急ぎの2』『急ぎの3』と順番に作ってあって、『急ぎ』は無くなったのだが、『急ぎの2』『急ぎの3』には結構仕事があるのだが。
 んが、今日のメインは12月のプチ旅行の下調べ。一泊しようかとも考えていたんだが、どうも気が乗らん。なんせママからの「ミカン狩りに連れていけ」がきっかけだったので。この辺のミカンの本場は和歌山の有田である。高速使えば1時間ぐらい(笑)ん?もう少しかかるかな?でも、まあ、2時間もあれば十分。下道でも3時間ぐらい。娘が夜中タマに泣くし、1才の娘を連れての宿泊には気を使うし。なので「どうしようかなぁ~」と迷ってたら、仕事が入って休みが飛んだので日帰りに決定。諸々調べて「ここは良さげ」というルートや、店なんぞを選んでた。
 ミカン狩りは余り気が乗らない。面白かった記憶がないし。「ミカン食べ放題」って、そんなに食べれないし。渋って「ミカン狩りでないとアカン?」と聞いたら、「何を言うてるねん。ミカン狩りは斜面やから辞め、っていうたやん」との事。え~。。。人の話はしっかり聞きましょう。なので、ミカン狩りの変わりにミカン畑のど真ん中を走っている道があったので、その道を走る事に決定。ミカン山のど真ん中を走るルートで、もう、ミカンの香りでいっぱい。収穫せずに落ちたのか、商品として出荷出来ないからなのか、何なのか知らないが、ミカンが大量に道端に捨ててあったし。「置いてある」のではなく、潰れたりしながら捨ててある。なのでミカンの香り満喫。あ、娘がミカン好きですねん。

 夜遅くに近くのコンビニで寺の通信をコピーする。店員さんを捕まえてお婆ちゃんがおでんを買ってた。「ごぼてん」と言ったのだが「ウインナー巻」だったりするのを見ながら、なんか微笑ましかった。店員さんは一人。私は両替待ち。特に急いでなかったのだが、お婆ちゃんが「お客さんが来たで、先にやったり」と。なんか「孫の店に来たんかい」みたいな感じだったので微笑ましかった。
 でも、お婆ちゃんは店内の食べれるコーナーでおでんを食べ始めた。多分、近所の方なんだろう。でも、店内の食べれるコーナーで食べてた。

 「お坊さんの意識調査」みたいな感じのものがネットで来た。何やら学校の課題にするらしい。諸々の質問の中で「やりたい仕事」というのがあった。「これからやりたい仕事」というのと、「本当はやりたかった仕事」。
 
 なんとなく「コンビニもエエなぁ」と思った。

 28日、昼寝をしてたら友人より電話があった。「阿部チャン死んだらしいで」との事。有名人なので名前は知っているが、直接あったのは確か一度だけである。どっかで同じ店に居たかも知れないし、阿部さんがやってた店で顔を見たりした事はあったけど、直接に会って話したのは一度だけ。20の頃にやってた店に来て下さって、「今度リチャードヘルを呼ぶからチラシ置いてな」みたいな用件だったと思う。
 昨日の通夜、今日の葬儀。

 『阿部登』で検索したら結構出てくる。訃報も。毎日新聞の奈良版にも掲載されたらしい。

 http://mainichi.jp/area/osaka/news/20101130ddlk27060373000c.html

 きっと追悼ライブが豪華メンバーでやろうだろうし、それ以外にも阿部さんが関わり深かった人達の間や、飲み屋などで多くの追悼が行われるのだろう。

 同じ日の夕方にママから「はい」とチラシを渡される。何やらポストに入っていたらしい。

 http://www.outenin.com/modules/contents/index.php?content_id=336

 内容は素晴らしいのだが、チラシは見難いぞ(笑)

 
 阿部さん訃報を知らせてくれた友人は若い頃に阿部さんに世話になっていたらしい。
 私はよく知らない。
 夜遅くのコンビニ店内で一人でおでんを食べてたお婆ちゃんの生涯も私は知らない。

 娘はミカンが好きみたいである。最近は私が「あかん、あかん」と首を左右に振ると、それを真似たり、自分のオムツをオムツ入れにまで自分で持って行く。

 阿部さんがやってた店は確か『ナンジャン』という。『乱場』とも書いてあった。もう、20も前の記憶なので怪しいが。でも、その『乱場』という言葉がとてもカッコ良く、憶えている。
 行った事はないが、阿部さん中心の『春一番』を多くの人が楽しみにして、『遊びに行く』事を楽しみにしていた事は知っている。『誰々が出るから春一番に行く』のではなく、『春一番に行く』事が目的みたいで。

 友人から喪中ハガキが来た。私にとっての初めての喪中ハガキ。

 『人間』。
 あるいは、司馬遼太郎が言ってた「人という字は互いに支え合う」。
 「互いに支え合っている」のが事実(縁)であっても、『思い(世界)』の中から切り離されている方々。
 私が積極的に排除しなくても、排除されている人。

 多分、先輩が直接ポストに入れたのであろうチラシ。
 『支縁のまちサンガ大阪 発足集会』のチラシ。

 『支援』じゃなく、『支縁』。

 最近、しばらく会っていない旧友。「真面目に生きないとアカン」と思い込んでいたらしいのだが、すっかり春一番にハマったらしい。厳密には、春一番に行く人達や関係者に。何やら気楽になれたらしい。

 「あいつなんか消えてしまえばいいんだ」と、夜も眠れない。
 「あの人とずっと一緒に居たい」と、夜も眠れない。