坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

殺す側

2014年06月30日 | 坊主の家計簿
集団的自衛権での戦争に限定するならば、日本は圧倒的強者であり、殺される確率よりも殺す確率の方が遥かに高い。
現状、警官が犯人を射殺したり、刑務官(?)が死刑を実行したりする殺人はあるが、犯人を射殺した警官のメンタルケアがどうなっているのか知らないが、死刑があった日はそれで仕事が終って酒を浴びる程飲む、という話を読んだ事がある。当然、人によりけりだろうが。

徴兵制でなく自衛隊。自衛隊は「人を殺す訓練」だけでなく、「人を殺す集団」になってしまう。

第二次世界大戦が終って久しく、というか、お侍様の時代があり、明治からの徴兵制度があり、集団的自衛権でアメリカと一緒になり殺人を起こす集団になってしまった場合、その時の「自衛隊」という集団に対する感覚は平安時代ぐらいまで遡るのか?大河ドラマ平清盛で「王家の犬」と呼ばれ、蔑まれた侍の時代。人を殺す穢らわしい集団として扱われた時代。侍の身分が低かった時代。

今でも「自衛隊員」と聞くだけで拒否反応を起こす人がいるが、それがますます強くなり、広がりを見せるだろう。そして、自衛隊全体としては数少ないかも知れないだろうが、戦場で殺人を犯してしまって苦悩し精神バランスを崩したり自殺する人が多くなったり。

ところで自衛権自衛権のメリットってなに?自衛隊員を犠牲にしてまで得るようなメリットなのか?

餓死した牛とシロクマ

2014年06月30日 | 坊主の家計簿
「原発の問題を考える時に人間だけの問題として考えるのでなく、他のいのちの問題として考えると反対しかない。福島で餓死した牛の映像があったでしょ?」

とかいう意見もあるけど、温暖化でのシロクマはどうなったんだろ?

目先の死に囚われるのは情感であり、情感に流されるのも問題だけど、情感なく「世の中こんなもんよ」というのが一番の問題だと思う。

煩悩に出会えない。煩悩に出会えないと自分自身の問題(課題)に出会う事が出来ない。自分の事すら単なる社会の問題になってしまう。

ナンマンダブツって、ナンマンダブツで自分自身を取り戻す。社会(世間)に奪われていた自分自身を取り戻す。その自分自身がどんなに鬼畜であろうが、薄情であろうが、決してみたくない自分自身であろうが、それが間違いなく、この世でたった一人の掛け替えのない自分自身なんだし。

【戦艦の沈みゆくとき己が身を 助けんと戦友をつき落とすときく】(福田春子)

【阿頼耶識が無記だということは、悪業を積み重ねてきた人間も、現在は悪ではないといわれていることである。言葉を換えれば今日までの悪が許されているということであろう。
(中略)
 ある所でその話をした時、長く仏教の勉強をしてこられた一人の男性が「私も無記ですか!」と急に声をあげて嗚咽されたことがあった。許されていることへの感動がこみあげてきたのであろう。凡夫が凡夫のままで、そのまま許されている───阿頼耶識が無覆無記だというのは、それを私たちに語りかけているのである。】(太田久紀『『唯識の読み方』86~87頁より)

英霊

2014年06月30日 | 坊主の家計簿
二日連続で遊び回って来たけど、やはり気になるこのニュース。

真っ先に三島由紀夫を思い出して、今は靖国神社を思う。

靖国神社って、海外からの批判があるから問題なのか?それとも「英霊に続け!」だったり、「英霊の死を犬死させるな!」が問題なのか?いや、両方問題なんだろうが、海外からの批判よりも、後者の方が問題だろ。

じゃ、靖国神社に英霊として祀られている方々。先祖に靖国の英霊は居てないので、私にとっては無関係なんだが、なんか、こんな感じだったのかな?と思ったりする。

政治テロで政治が動いてはならない。「命がけの抗議」というが、命がけで政治家になり、命がけで集団的自衛権をやろうとしている人たちがいるのだろうし。あ、政治思想が違うからといって「命がけであるわけがない」というのは、思想的に会わない。

ちなみにイギリスは日本に集団的自衛権が出来れば戦争に出兵するお友達であって、アルジャジーラって、自爆テロで有名ぐらいしか知らない。

【@Asahi_Shakai: 先ほどツイートした新宿駅の焼身自殺未遂、英BBCや中東アルジャジーラのニュースサイトでも、トップページで取り上げられています。「海外派兵容認に抗議する男性が焼身」と紹介するBBCの記事では、現場写真と共に拳を握りしめる安倍首相の写真が掲載されています。】
https://twitter.com/asahi_shakai/status/483259982888972288

都議会リコール

2014年06月27日 | 坊主の家計簿
 報道ステーションで都議会のリコールを煽っていたが、え~と、罪は罪でも色んな罪があるわけであって、リコールだの「結婚発言」で議員辞職は厳しすぎないか?他の差別発言に関しても。なんか、そういう「裁け!」という風潮と被害者女性議員に対するネットや週刊誌での誹謗中傷は変わらんやろ。

 観れなかったけど、NHKが他の自治体でのヤジ問題をやっていて、それこそ、今回の騒動が当然になっているセクハラ、性差別の問題を考えるきっかけになればイイと思うが、犯人探しをして何の意味がある?

 マスコミもネット発信のネタだけにマスコミの力を使って音声分析や精密な取材で犯人探しをするのかも知れないが、ヤジ議員が尖閣に上陸した人でもある事で大盛り上がりをしている人達もいてて、被害者議員の名前でTwitter検索すると、もう、もの凄い祭状態でイヤになる。

 ちなみに、結婚発言よりも「母子家庭は女の自業自得だ」の方が罪は重いと思うが、犯人探しよりも再犯防止に努める方が、好きやな。

 差別はケガレで、差別発言をした人間もケガレにする。そんな連鎖をする事に意味を見いださない。

 https://twitter.com/arrow_mg/status/482453606789308416

世間的常識

2014年06月27日 | 坊主の家計簿
この「現代社会を生きるためのさまざまなヒント」が「世間的常識」とは違うだろうし、そういう意味ではなんら世間的解決に直接結びつかないのが仏教だと思ったりするのだが。別に健康法でもないし。


【歴史、文化、暮らし、思想…長い間、多くの地域や人々に伝えられてきた仏教には、教養はもちろん、現代社会を生きるためのさまざまなヒントが詰まっています。仏教の真髄に触れることによって、総合的な底力が自然に身につきます。さらに、もの事の見方だけではなく、世間的常識からも自由になり、新しい自分自身を発見することができます。】

http://www.otani.ac.jp/bungakubu/bukkyo/

如来の愛情

2014年06月27日 | 坊主の家計簿
【如来の愛情と言いましても、どこかに太陽の光のように降り注いでいるというのではなくて、この私達のほうに、毎日の私達のありさまが人を消していく、人を人としないような地獄・餓鬼・畜生を生み出すようなあり方をしているということに気づかせ、愧しいと思わせる。そういう形で如来の愛情ということが知らされてきます。愧しいという心が起こった時に、人間はあたたかいものを持つことができます。
 そしてそういうふうに、自分に知らされた、愧しいと思わせられた愛情というものが、自分だけではなしに、それこそ生きとし生けるものに、そういう愛情がかけられているということを同時に知ることになります。そうしますと、如来の愛情を知るところに、私達は人となれる、他の人もまた人となれるという意味で、如来の愛情が場所という意味を持ってきまして、その場のことを浄土というふうにあらわされてきたかと思うのです。】(平野修遺稿集87頁より)

無責任

2014年06月27日 | 坊主の家計簿
【念仏往生と言った場合には、念仏の法をもって、自信と場を開くという意味です。場が我々に与えられてくる。少し結論的な言い方をすれば、そういうものが土台になることで、浮き沈みを繰り返し、そして下のものを作ることによって上になっていくようなこの社会、この世界を問題としながら、それを批判的に受け止めながら、この世をいきていける。そういう土台が我々に知らされてくるということが往生という意味になってくるかと思うのです。
 だから、念仏往生ということがないと、この世は生きれません。
 今、我々は、そういう意味では生きているのではないのでしょう。生きているのではなく、待っているのです。待っているというよりは、真宗の人がよく言いますが、「おまかせします」と言っているのでしょう。あの「おまかせする」も、「待っている」も同じです。「もう生きるも死ぬも、すべて仏様におまかせしています」などと言って、世のなか、どうひっくりかえっておろうと、「おまかせします」ということになって、非常に無責任になっていくわけです。】(平野修遺稿集170頁~171頁より)

事故後10年全て20ミリシーベルト未満

2014年06月24日 | 坊主の家計簿
 事故後10年全て20ミリシーベルト未満 帰還困難区域除染後の線量 国が試算 | 県内ニュース | 福島民報   http://www.minpo.jp/news/detail/2014062416483

 バタバタしてるので、メモ代わりに。

【こうした結論に基づいて,「チェルノブイリ原発事故被災地での住民の生活に関する概念」が立案された.この概念は以下のような内容を含んでいる.

容認できる被曝量限度とは,人々が生活・労働する環境において年間0.1レム(1ミリシーベルト)を越えない被曝である.この被曝限度を目標に,段階的に以下のような限度を設定する.1991年は年0.5レム(5ミリシーベルト),1993年に年0.3レム(3ミリシーベルト),1995年に年0.2レム(2ミリシーベルト),1998年に年0.1レム(1ミリシーベルト).
汚染密度に従って,汚染地域をつぎのようなゾーンに区分する.
無人ゾーン:1986年に住民が避難した,チェルノブイリ原発に隣接する地域.
移住義務(第1次移住)ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ1480,111,3.7kBq/m2以上(40,3,0.1Ci/km2以上)の地域.
移住(第2次移住)ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ555~1480,74~111,1.85~3.7kBq/m2(15~40,2~3,0.05~0.1Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.5レム(5ミリシーベルト)を越える可能性がある.
移住権利ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ185~555,18.5~74,0.37~1.85kBq/m2(5~15,0.5~2,0.01~0.05Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.1レム(1ミリシーベルト)を越える可能性がある.
定期的放射能管理ゾーン:セシウム137による土壌汚染密度が37~185kBq/m2(1~5Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.1レム(1ミリシーベルト)を越えない.】
 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Mtk95-J.html


 ただ、チェルノブイリ原発事故でも
【「移住を余儀なくされ、職を失ってアル中にな って死亡した」といったケース】
 での被害がかなり多い。
http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/41/41-imanaka.pdf


 共産主義から独裁国家になった国との比較はともかく、日本が新しい一つの基準になるにしても、シェア先記事にある


【事故発生十年後の空間放射線量が大半の地域で避難指示解除の要件となる年間20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)を下回るとする試算結果を発表した。ただ、個人の年間被ばく線量は大半が12~2ミリシーベルト】

 というのは避難先でのリスクを考えてもかなり無茶な数字ではないのか?

罪業感覚

2014年06月22日 | 坊主の家計簿
【たとえば戦後、四十年ぐらいに生まれた人が新婚旅行でフィリッピンへ行くとします。フィリッピンをまわって歩いて、現地の人がたどたどしい日本語で、「何をしにここへ来られましたか」と問うたとします。それで「新婚旅行で来ました。結婚を祝ってここまで来ました」という答えを聞いて、「私にもそういう時がありました。しかしその時を無慚にも壊していったのが戦争であります。なかんずく日本兵によって間をひきさかれ、楽しいはずである時が壊されました」というような話を聞かされた時に、「そんなこと私達に関係ありません。あんた、なに言ってるの、せっかく楽しみにここに来たのに、そんなこと私達には関係ありません。もしそれを言うなら日本政府に言ってください、その当時の人達に言うてください」とは言えないと思うのです。どれだけ乱暴な人でもそんなことは言えない。なぜならそこに感ぜざるをえないものがあるからです。
 それは日時的な時間からいえば無関係です。戦後四十年、三十五年以上経って生まれたのですから、関係ないと言えば関係ないのです。しかし、そういうふうに言われてみると、そこに感ずるものがある。それは罪業の感覚です。】
(平野修『末法の時 魔宮にあり』より。ただし平野修遺稿集『荒野の白道』50~51頁より)


 これは1990年10月6日盛岡市・明証寺公開講座で話された講義での平野先生の発言だが、この20数年間で「日本が右傾化した」というよりも罪業感覚の問題ではないのか?

http://mainichi.jp/opinion/news/20140622k0000m070077000c.html

そのままの救い

2014年06月21日 | 坊主の家計簿
「そのままの救い」といっても、「そのまま」救われたくないのが私たちではないのか?
「念仏申してないと救われないの」とは、自分に対してはともかく、故人が念仏申していたのかどうかなど知る由もない。
まあ、その人としての人生の最後の条件として「念仏申していた」かどうかを救いの条件として切り裁いていまうのも如何がなものか。
そうやって切り裁いている「私」が抜け落ちている。
世の人たちの人生を無視して、最後の最後まで「あの人は念仏申していなかった」云々というのは如何がなものか。

そういう切り裁いている私がそのまま救わらるのではない。「そのままの救い」であるが故に、「そのまま」を認められない私が問題になるのだ。

仏教の救いは忘我では決してない。忘我だけなら、麻薬でも吸えばいい。脳内麻薬でも出せばいい。そんなものは仏教という名に値しない。

徹底して私が問わらる。
流転輪廻するのが凡夫の自体でたる。その凡夫を徹底して認めようとせずに、ありもしない妄想から人を裁く。
その裁く資格を奪うのが念仏である。裁いていた自己を徹底して問題にするのが念仏である。

長寿国は被曝が原因?

2014年06月19日 | 坊主の家計簿
【1950年代には主要先進国中でも最低だった日本人の平均寿命だが、「人工放射性核種」が多く降り注ぎ始めた1960年代あたりから日本は世界の長寿国の上位クラスに仲間入りする。1970年代~80年代には総て抜き、遂に1985年、日本は平均寿命で世界のトップに立つ。男性は75.911歳、女性は8l.77歳。ここから日本の長寿神話が始まる。】
http://www.health-station.com/new148.html

 という謎のデーターもあったりするが、ほな、米ソ中はもっと長寿国になっていないとオカシイと思ったりするのだが(笑)

 あ、私が子どもの頃、うちの友達の中だけだったかも知れないが、「放射能の雨に当たると禿げる」と言われてて、単にそのデーターを探しててたまたまサイトであって、上の引用はとりあえずデーターのマジックとして面白いので貼付けました(笑)

ナホトカ号重油流出事件

2014年06月19日 | 坊主の家計簿
 ナホトカ号重油流出事件には変な思い出があって、恩師・竹中智秀先生が「みんなボランティアに駆けつけて重油をすくっているでしょう。私はあれをみると…」忘れた(笑)

 確か、「もう、絶対に無理」という現実が目の前にあっても、柄杓で膨大な量の重油を救い、砂浜を洗う。

【たとえばたったひとりで大海の水を升で汲み取ろうとして、 果てしない時をかけてそれを続けるなら、 ついには底まで汲み干して、 海底の珍しい宝を手に入れることができるように、 人がまごころをこめて努め励み、 さとりを求め続けるなら、 必ずその目的を成しとげ、 どのような願でも満たされないことはないであろう】(仏説無量寿経巻上より。現代語訳は本願寺出版)

 やったけな?

 除染も同じだと思う。


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1997年
ナホトカ号重油流出事故によって、日本海沿岸の海洋が広範囲に亘り汚染された。これにより、カニシーズンを迎えていた加賀、若狭、北近畿、山陰の各観光地で予約客のキャンセルが相次いだ。カニは海底に棲息するので重油被害を受けることはほとんどなく、また事故以前に水揚げされたものや、冷凍品のストック、その他の産地より直送されたものもあったため、事故とは無関係であると漁協や旅館組合が盛んに安全性をPRしたが、風評被害は免れず、一帯の観光客入り数は例年の半分以下に激減した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/風評被害

日本海に投棄された核廃棄物の影響

2014年06月19日 | 坊主の家計簿
 日本海に投棄された核廃棄物の影響を少し調べる。

 影響はなかったらしいが、魚介類からセシウム137が検出されている。決してNDではない。まあ、太平洋等と比較して少ない量ではあるが、太平洋等も含めて検出されていないわけではない。

 当時、この事が話題になった時に風評被害があったのか知らないが、日本海だけを捉えて「ほら、セシウムが検出されたじゃないか!」という事があったら、どうなんだろうか?

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1.調査の実施状況
 平成5年10月17日のロシアによる液体放射性廃棄物の日本海への投棄によるわが国への影響の有無を調べるため,10月20日から11月28日にかけて,海上保安庁,気象庁,水産庁の協力を得て日本海の海水及び海産生物を採取し,分析を行った。また,水産庁が日本海産魚介類の市場購入を行い,これらの試料について分析を行った。
 本調査の概要を別紙1に示す。

2.調査結果に係る検討結果
 調査結果を別紙2に示す。

  (1)海水
 海水については,ストロンチウム-90及びセシウム-137が検出されているが,これらの核種は,太平洋側も含め各海域の海水から従来より検出されている核種であって,その放射能濃度も従来の調査結果と比較して,異常は検出されなかった。

  (2)海産生物
 海産生物については,銀-108m,銀-110m及びセシウム-137が検出されているが,これらの核種は,太平洋側も含めて各海域の海産生物から従来より検出されている核種であって,その放射能濃度も従来の調査結果と比較して,異常は検出されなかった。

http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/hakusyo/hakusho07/040301.htm

人間の写真

2014年06月18日 | 坊主の家計簿
 口の裂け出た赤ちゃんの写真。詳しく調べていないが、どうやらチェルノブイリ原発事故とは無関係の写真らしい。でも、あの赤ちゃんがその後どうなったのか、生きているのか死んじゃったのか知らないけど、あれは確かに『人間の写真』。

 仮にデマだったとしたら、あの赤ちゃんは、自分とは無関係な事で、自分の姿、自分の写真を使って政治利用される。その子の気持ちや、仮にその子が死んじゃったにしても、その子のお母さんやお父さんは、どう思うのだろうか?

 仮に本当にチェルノブイリ原発事故での放射能汚染が原因だったとしても、あの写真で訴えたいメッセージは「こんな酷い事になりますよ」だ。「避難しないと、こんな酷い姿の赤ちゃんが産まれてきますよ」だ。まあ、しきい値がないのなら、どこまで避難すれば安全なのか知らんが。気が済む所なら福島だろうが、北関東だろうが、どこでも同じだと思うが。まあ、いい。

 人間の写真を使って「こんな酷い姿になりますよ」って、人間のする事か?

 いや、それが人間なんだろう。愚かでどうしようもない人間という存在なんだろう。原発事故による放射能汚染の恐怖を警告する為にはそういう愚行を、酷い、醜い行為をやってしまうのが人間という存在なんだろう。障害者に対する差別を拡大する事を平気でやってしまったりするのだろう。そして、それが今回の福島第一原発事故でタマタマ『放射脳』の人たちに出てしまった、現象として出てきただけなんだろう。日頃は人権に関して熱心で障害者差別なんかしない、というか、恐らく「放射能で奇形児が!」でも、「劣化ウラン弾で奇形児が!」が、障害者差別だなんて思えないのかも知れないけど。差別って、そういう無自覚なもんが殆どだと思うが。

なぜチェルノブイリに学ばないのか?

2014年06月18日 | 坊主の家計簿
【@mentallillness『なぜチェルノブイリに学ばないのか?』 http://ameblo.jp/sunamerio/entry-11268247509.html … の奇形児画像が実は1984年に出版された『A Colour Atlas of the Newborn』http://gi-i-sa-warecordings.freeservers.com/photo.html に載っている事が判明。放射脳捏造廚は氏ね。】
https://twitter.com/mentallillness/status/468403101297176576