「グラン・ガラ」(7月22日)-3


 第2部(続き)

 「瀕死の白鳥」(音楽:カミーユ・サン=サーンス、振付:ミハイル・フォーキン)

   田北志のぶ

  闇の中で、田北さんの白い長い両腕が細かく波うって、いつまでも見ていたかった!それほどに美しかった!まるで関節や骨がないみたい。ここまでの腕の動きができるバレリーナはめったにいないでしょう。田北さんはなかなか客席に顔を向けず、うねる両腕、両腕からつながってかすかに動く背中、小刻みなパ・ド・ブレだけを見せ続けます。

  田北さんの白鳥はとても静かだった。だから、白鳥が最後の力を振り絞って、再び羽ばたこうとする動きがいっそう力強い。仰々しい表現は一切なく、白鳥は最後まで自然に生きようとし、そして静かに息絶える。このへんが欧米人のバレリーナの表現とは異なると思いました。

  西洋人にとって死は恐ろしいもの、憎むべきもの、抗うべきものです。だから西洋のバレリーナの白鳥は多くが最後まで死に抵抗します。ですが、田北さんの白鳥は日本的というか、「迫りくる死を覚って抵抗している」のではなく、「普通にいつもどおりに生きようとして、でもだんだんと弱っていき、そして自然に死ぬ」感じでした。

  踊り手を選ぶ作品ってのがいくつかありますが、この「瀕死の白鳥」も厳しくバレリーナを選ぶ作品だなあとあらためて実感。まず体型的な絶対条件は長い手足、技術的な絶対条件はやわらかな腕の動きと細かいパ・ド・ブレ、そして最も重要な絶対条件は自分なりの解釈と表現。

  田北さんの白鳥は、2年前(2013年「グラン・ガラ」)とは段違いにすばらしくなっていました。マイヤ・プリセツカヤのように、この作品を踊り続ける限り、ずっと進化させていってほしいです。田北さんならできると思います。


 『バヤデルカ』よりガムザッティとソロルのパ・ド・ドゥ(音楽:レオン・ミンクス、振付:マリウス・プティパ)

   オレーサ・シャイターノワ、ブルックリン・マック

  まず、このパ・ド・ドゥがガラ公演で踊られたことが意外でした。できるんですね。シャイターノワは、上半身は肌色生地で胸当て部分にブルーを基調にしたラメ刺繍が施されていて、スカートは普通の形のチュチュという衣装。マックの衣装は忘れましたが、ソロルっぽい衣装です。

  もちろん二人だけで踊らないといけないので、ガムザッティが二人の戦士に持ち上げられるところ(アダージョ)とか、インコだかオウムだかを持った大量のおネエちゃんたちが出てくるところ(コーダ)とかは振付を変えていました。

  アダージョの途中、ソロルがふとニキヤを思い出して表情を曇らせ、踊るのをやめてしまいます。それに気づいたガムザッティがソロルにすがりつき、再び踊りにいざなう、という演技をちゃんとやっていました。この演技、最近のロシア系(マリインスキーとかボリショイとか)『ラ・バヤデール』でよく見る気がするんですが、以前からありましたかいな?

  第1部の『海賊』ではマックにやや分がありましたが、この『バヤデルカ』はシャイターノワの勝利です。マックが踊ったソロルのヴァリエーションもすばらしかったですが、シャイターノワが踊ったガムザッティのヴァリエーション、そしてコーダでのシャイターノワの踊りのほうが強く印象に残っています。

  私はガムザッティのヴァリエーションがあまり好きではありません。見ごたえがあまり感じられないからです(たぶんそれだけ難しいのだろう)。でもシャイターノワが踊ったこのヴァリエーションには久々に興奮しました。ジャンプは高いし、回転はゆっくりでしかも安定しているし、しかもこれらの動きが途切れずにつながっています。動きの緩急のつけ方、最後に向かって盛り上げるようにパワフルさを増していく踊り方など、踊りの「見せ方」を心得ていることに感心しました。

  コーダの最初は、ソロル役のマックが跳躍や回転をして踊るというふうに改変されていました。そしてガムザッティのイタリアン・フェッテ→グラン・フェッテです。

  シャイターノワのイタリアン・フェッテがまず凄かったです。片脚を高々と上げた後にゆっくりと回転してしっかりキープします。急いで片づけるバレリーナも多いですが、シャイターノワは時間をかけていました。身体の軸は微動だにせず。アリーナ・コジョカルに匹敵するレベルでした。その後のグラン・フェッテも通常よりも多く回ったように思います。いつもより長いな、と感じましたから。

  シャイターノワは2013年にキエフ国立バレエ学校を卒業、そのままキエフ・バレエに入団したそうで、まだ20歳になるかならないかのはず。でも、キエフ・バレエ日本公演で主役を踊るのであればぜひ観たい、と強く思わせられたバレリーナでした。


 「Notations I-IV」(音楽:ピエール・ブーレーズ、振付:ウヴェ・ショルツ)

   アレクサンドル・ザイツェフ

  「I-IV」ってのは、4つのシーンに分かれているかららしいです。シーンによって照明の色が変わります。それから4つのシーンはすべて四股を踏む振付で始まります(かしわ手は打たない)。

  ザイツェフの衣装は赤のパン一。上半身は裸です。赤パン一で四股を踏まれてもなー。振付はクラシック・バレエの動きと新しい動きとが半々。振付的には中途半端で冗長な印象を受けました。振付者であるウヴェ・ショルツは夭逝したそうで、自身の作風を完成させる前に亡くなってしまったものでしょう。存命であれば、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアン、ウィリアム・フォーサイス、ジャン=クリストフ・マイヨー並みになってたのかもしれないけどね。

  ただ、初演の第1キャストはウラジーミル・マラーホフだったとプログラムに書いてあって、なんだか納得。これは完全にマラーホフのための作品だよ。衣装がパン一ってのも、明らかにマラーホフ向け(笑)じゃん。ザイツェフには申し訳ないけど、これは全盛期のマラーホフが踊ったら、さぞ凄まじい魅力を発揮したことだろうと容易にイメージできました。マラーホフというダンサーによってこそ、底力を発揮できるタイプの作品だと思います。


 『ロミオとジュリエット』よりバルコニーのパ・ド・ドゥ(音楽:セルゲイ・プロコフィエフ、振付:レオニード・ラヴロフスキー)

   田北志のぶ、イーゴリ・コルプ

  このラヴロフスキー版『ロミオとジュリエット』も、この冬のマリインスキー劇場バレエ日本公演で全幕が上演されます。私はマクミラン版を最初に観てしまったため、マクミラン版がデフォルトになってしまってます。

  でもプログラムに書いてあるとおり、ラヴロフスキー版がジョン・クランコ版とマクミラン版の雛形であることは、このバルコニーのパ・ド・ドゥだけでもよ~く分かりました。振付が違うだけで、二人で踊る部分、ロミオのソロ部分、ジュリエットのソロ部分、クランコもマクミランもラヴロフスキー版の構成をまんま踏襲してるやんけ(笑)!

  更に言えば、振付も影響を受けているのがありあり。たとえばリフト。あのドラマティックだけどアクロバティックなリフトは、ラヴロフスキー版が初演された1940年当時としては革新的だったでしょうね。もっとも、ラヴロフスキー版の振付には古くささが見られるのも確かで、たとえばストーリー進行を分断するような、テクニック披露重視のソロを挿入したり、過度に芝居がかった、仰々しい演出やリフトがあったり。

  時代的、また西側的に合わない部分を除去して、個々の振付でアレンジしなおしたのがクランコ版でありマクミラン版でありヌレエフ版である、ということなのでしょう。

  このバルコニーのパ・ド・ドゥには、ロミオがジュリエットの両脚を頭上高く抱え上げ、ジュリエットは両腕を広げて天を仰ぐというリフトがあり、このへんはいかにも古くさいです。でも基本的に美しく爽やかな振付でした。コルプのロミオが田北さんのジュリエットにしょっちゅうぶちゅぶちゅキスしまくってたので、どの時点がファースト・キスなのかが不明な点以外は。

  田北さんは初々しい少女、コルプもツーブロックの割には(たぶん)爽やかな少年でした。それにしてもコルプのパートナリングは本当に安定してますなー。たるみがなく流れるよう。


 『ドン・キホーテ』よりグラン・パ・ド・ドゥ(音楽:レオン・ミンクス、振付:マリウス・プティパ)

   エレーナ・エフセーエワ、アンドレイ・エルマコフ

  エルマコフ、長身のイケメン。それにめちゃくちゃ感じが良い人でした。性格よさそう。エフセーエワはミハイロフスキー時代とは別人になってしまった。過剰演技が消えうせ、クールで時にコミカルな大人の女の魅力で勝負してました。

  「DEUX」と同様、やはり二人で練習する時間が足りなかったのか、一部のリフトがうまくいきませんでした。アダージョの最後の「手放しリフト→キープ」はぎこちなく、キメのポーズでもエルマコフは片手でエフセーエワを支え続けていました。おいおい、「手放し」になってないやんけ。

  エフセーエワ、エルマコフの踊りは、うーん、まあ普通。キトリのヴァリエーションでは、踊り終わったエフセーエワが「ああ、暑いわ」という表情で扇をはたはたと仰いでいて、客席から笑いが起こりました。

  コーダは、バジルがジャンプして空中で両足を打ちつける瞬間に音楽が始まりますが、どういうわけか音楽が鳴らず。エルマコフが1回目のジャンプから着地した時点でやっと音楽が始まりました。しかしエルマコフの踊りは乱れず、「あれれ、困ったねえ」という感じの苦笑いを浮かべました。これがすごく感じ良かったです。

  また、音楽が大幅に出遅れたのに、エルマコフの踊りには違和感がなかったので、たぶん臨機応変に踊ってつなぎあわせたんでしょうな。お見事。

  エフセーエワは、グラン・フェッテをなんとかこなすので精一杯な風でした。扇は持ってなかったです。おまけに回りながらフリーの両腕をぶんぶん振り回してました。エフセーエワの善戦には敬意を表しますが、ガラ公演の大トリの踊りとしてはちょっとなー、と思いました。


 フィナーレ「花は咲く」

  フィナーレではダンサーたちが客席に下りてきて花を手渡します。間近で見ると、特にバレリーナたちがみんな超美人なのに驚かされます。メイクも厚塗りじゃなくてね。中でもアラシュがいちばん魅力的だったなあ。

  こういうことに慣れていないのがほとんどなのであろうダンサーたちの中で、最後まで客席を走り回ってたのがブルックリン・マックとイーゴリ・コルプ。特にコルプは奥の客席まで走っていき、更に客席を左右に横断して、まんべんなく花を渡して回っていました。こーゆうのも全然平気みたいです。本当にイイヤツだ、コルプ。

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