『兵士の物語』(7月28日)
初日よりも席が埋まっていてホッとしました。チケットがようやく売れ始めたのならよし、でなければ、もう招待券でもタダ券でもいいから配りまくって、とにかく席を埋めるのがいいと思います。
今年5月のモスクワ音楽劇場バレエ日本公演や、つい最近の「グラン・ガラ」は、チケットの売れ行きが良くなかったので割引チケットを放出しまくったんだけど、それが結果的に良かったんですよ。「バレエに一家言ある玄人観客」が少数派になって、バレエを素直に楽しめる観客が大多数を占めることになった。それで会場の雰囲気が良くなって、逆に盛り上がったんです。
『兵士の物語』の主な客層はバレエ、クラシック音楽、演劇、ミュージカル等のどれなのかよく分かんないけど、いっそどのジャンルにもこだわりのない人々に観てもらったほうがいちばんよいと思います。
今日の公演、あの頼りないトランペットは健在でしたが、こちらも初日に比べれば少しはマシになっていました。ですが、オーケストラのレベルは2009年の日本公演よりも確実に低いと思います。今回は音楽なしのシーンを極力なくした演出に改変されていて、音楽の重要性が更に増しているため、オーケストラがああいう出来なのはすごくもったいないです。
語り手と兵士のセリフ分担が細かく交替するものに変わったことは既述しましたが、第1部で悪魔が兵士を軍事教練風にいたぶるシーンでは「兵士の行進曲」、第2部で兵士が見知らぬ村にたどりついた後のシーンでは、語り手のナレーションにかぶせて第1部第2場の音楽がくり返され、セリフのみのシーンを極力少なくしています。
今回は私の大好物、アクシデントが2回起こりました。しかしいずれも兵士役のアダム・クーパー、語り手役のサム・アーチャー、王女役のラウラ・モレーラが見事な対応で乗り切りました。
一つ目のアクシデントは第1部冒頭、一休みしている兵士ジョゼフが鞄の中からヴァイオリンを取り出して踊るシーンです。兵士役のクーパーがヴァイオリンを取り出すと、ヴァイオリンの弦(←ちゃんと張ってある)に聖ジョゼフのメダルの長いチェーンが絡まってしまっていました。この直後にクーパーはヴァイオリンを持ちながら踊らなくてはなりません。
どう対処するのか期待しながら見ていると、クーパーは表情一つ変えず、チェーンをヴァイオリンの弦から外しにかかりました。チェーンは複雑に絡まってしまっているようで、なかなか外れません。
その間、語り手役のサム・アーチャーはナレーションを止め、コミカルな表情と姿勢で待っていました。指揮のアンディ・マッシーも舞台上の情況を見つめ、次の演奏に移るタイミングを計っています。やがて、チェーンがやっとヴァイオリンの弦から外れ、音楽が始まって兵士の踊りになりました。
二つ目のアクシデントは第2部で起きました。兵士が悪魔を倒した(かのように見えた)後、ヴァイオリンの指板が胴体から完全に外れてしまいました。これは2009年の日本公演で起きたのと同じアクシデントです。
幸い、その後のシーンは王女(ラウラ・モレーラ)のソロ、王女と王様(サム・アーチャー)の踊りでした。兵士はそれを見ているだけです。クーパーはやはり表情一つ変えず、指板と胴体が離れたヴァイオリンを一緒につかむと、舞台奥のテーブルの上にそっと置きました。
王女と王様が踊っている間、クーパーは暗い舞台袖に静かに姿を消しました。予備のヴァイオリンを取りに行ったのでしょう。すごいと思ったのは、クーパーが舞台上にいない間、王女役のモレーラと王様役のアーチャーが視線を正面、つまり客席だけに向けて踊っていたことでした。
ここの踊りは、本来なら兵士を見ながら踊られるのです。しかし、兵士役のクーパーが代わりのヴァイオリンを取りに行っている間、モレーラとアーチャーは観客の注意を自分たちだけに向けさせるため、やはりとっさの判断で正面を見ながら踊ったのでしょう。
やがて、クーパーが舞台袖の暗がりからそっと再び現れました。右手に代えのヴァイオリンを持っています。クーパーは観客に見えない側にヴァイオリンを下げて持ち、新しいヴァイオリンを壊れたヴァイオリンの横にさりげなく、しかしぴったり揃える形で置きました。
ここからサム・アーチャーが引き継ぎます。兵士も王女につられる形で踊りだすと、王様役のアーチャーがやはりさりげない風で、テーブルの上に置かれたままだった壊れたヴァイオリンをゆっくりと持ち上げ、テーブルの下の床にそっと置きました。こうして、壊れたヴァイオリンは観客の視界から完全に消え、壊れたヴァイオリンと新しいヴァイオリンとが入れ替わったわけです。
どのアクシデントのときも、当然のことながらキャストたちは観客から分かる形で打ち合わせてはいませんでした。情況に応じて当意即妙に判断し、互いに協力しながら対応していました。
舞台上でアクシデントが起きたのを何回か見てきましたが、キャストたちがうろたえたりあわてたりした様子を見たことがありません。更に見事な連係プレーで解決するのを目にするたび、さすがはプロ、といつも感心させられます。今回も同様でした。お見事!
どこでやってるのか分からんが(どうやらPARCO STAGEの模様)、 「兵士の物語」Movie Report にダイジェスト映像が本日(28日)ようやくアップされました。なかなか良いです。なんでこういう魅力的な宣伝動画をもっと早くに公開しなかったのかねえ。