牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』(2月28日)‐3


  牧阿佐美バレヱ団は男性ダンサーの宝庫という印象がありまして、今回の公演を見ても、やはり同じ感想を持ちました。男性ダンサーの層がすごく厚い。普通は逆でしょう。

  プロローグで妖精たちのサポートをするカバリエールたち、塚田渉さん、今勇也さん、坂爪智来さん、石田亮一さん、中家正博さん、ラグワスレン・オトゴンニャムさんはみな頼もしいサポート&リフトでした。

  オーロラ姫に求婚する4人の王子は、京當侑一籠さん(フランス)、石田さん(スペイン)、中家さん(インド)、ラグワスレン・オトゴンニャムさん(ロシア)で、…前々から疑問に思っていたのですが、オトゴンニャムさんて、どちらの国の方なんでしょう?ま、どうでもいいか。踊りが良けりゃ。長身イケメンだし。あと、京當侑一籠さんはどちらの「族」の方なんでしょう?面白い名前だよね。

  京當さんはなんか前よりだいぶ面変わりしたような?ローズ・アダージョでは、京當さんのフランス王子はオーロラ姫の主なサポート役でした。だけあって、パートナリングが安定していました。

  第三幕の宝石の踊りは、金の精が濱田雄冴さん、銀の精が米澤真弓さん、サファイアの精が細野生さん、ダイヤモンドの精が織山万梨子さん。濱田雄冴さんは「はまだ・ゆうき」、細野生さんは「ほその・いくる」と読むそうです。「ほその・なま」じゃなかったのね。お二人とも男性です。最近の若い人の名前は、ほんと性別が分かりにくいし読み方も難しくなった。濱田さんも細野さんも見事な踊りっぷりでした。

  長靴をはいた猫はラグワスレン・オトゴンニャムさん、狼は石田亮一さんだったそうです(二人ともかぶりものをしてたので顔見えず)。二人ともジャンプが高くて、脚がよく上がります。

  最高だったのはブルーバードを踊った清瀧千晴さんでした。青い鳥が出てきて縦にジャンプしたとき、そのあまりな高さと滞空時間の長さに驚愕。一発目だけじゃなくて、その後の跳躍もみな高い。空中で足を打ちつけるのも細かかったです。パートナリングも頼もしい。最後に退場するとき、これまた高いダイナミックなジャンプで舞台脇に消えたのも見ごたえがありました。

  日本人ダンサー・外国人ダンサーひっくるめて、あんなにすばらしい青い鳥を観たのはすっごい久しぶりです。感動しました。この公演のベスト・パフォーマンス賞。

  フロリン王女を踊った中川郁さんも、清瀧さんに負けない踊りでした。動きがなめらかで安定しています。もしもうすでにそうだったらごめんね、中川さんは将来、このバレエ団で主役を踊ることになる存在なんだろうな、と思いました。

  ただ、フロリン王女のヴァリエーションで、片脚は膝を緩く曲げ、爪先立ちのまま軽く飛び跳ねながら、もう片脚を前アティチュードから後アティチュードに移行する振りがなかったのが残念。たぶんウエストモーランドの改変でしょう。「難しかろうが原振付どおりに踊れ」というのがウエストモーランドの方針だという印象だったから。

  全体としては、いかにも日本の民営バレエ団の公演兼発表会という感じの舞台でしたが、イギリス系直球ど真ん中の『眠れる森の美女』ですごく楽しめました。貴重で良い版を持ってます。これからもレパートリーとして大事に受け継いでいって下さい。

  ただし、公演チラシみたいな薄っぺらい紙で、40数ページしかないプログラム(B5版)が1,300円はないでしょう(笑)。値段高すぎ。しかも、テリー・ウエストモーランドのプロダクション・ノートくらいしか読むとこないし。1,000円に抑えるか、もしくは内容面を充実させて下さい。

  私個人の希望は、値段は1,300円でもいいし、紙質も公演チラシ並みでいいので、カラー写真のページを極力減らして、その代わりにあらすじとプロダクション・ノートの他にも読み物の記事を入れてほしいこと、出演ダンサーたち全員の略歴を載せてほしいことです。

 
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牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』(2月28日)‐2


  オーロラ姫は伊藤友季子さん。もう何年前になるのか(2007年らしい)、『ロミオとジュリエット』のジュリエット役で観ました。あのときはまだ「期待の新進プリマ」という感じじゃなかったかな?とても可憐で魅力的なジュリエットでした。

  伊藤さんは小顔、華奢、手足が細くて長い、と恵まれた体型をしています。ただ、今回のオーロラでは、脚の筋力不足、全般的な技術不足が目立ちました。意地悪な見方かもしれませんが、『眠れる森の美女』では、どうしても技術に注目してしまうのです。バランスとか、爪先の動きとか、回転とか、腕の動かし方とか。

  ローズ・アダージョ冒頭のアティチュードで、回る前からすでに軸脚が揺れて震えていたので、この段階で伊藤さんがオーロラをどのくらい踊れるのか、予想がついてしまったのが正直なところです。細かく書き連ねるのは控えますが、今の伊藤さんがオーロラを踊るのは無理があると思いました。バレエ団として最善のキャスティングだったとしても、かなり残念な出来でした。

  伊藤さんはこの日たまたま不調だったのかもしれませんが、1年に公演がそうたくさん行なわれるわけではない状況下では、たった一つの公演が、観客にとって伊藤さんの踊りを目にすることのできる得難い機会となります。そんな大事な公演なのですから、あれが伊藤さんの本来の実力ではない、この日は運わるく不調だったからうまく踊れなかった、で済まされることではないと思います。

  この日はフロリモンド王子役として、デニス・マトヴィエンコがゲスト出演しました。マトヴィエンコは長年のあいだフリーランスのバレエ・ダンサーとして、東西の一流バレエ団に客演してきた、かなり珍しい存在です。日本でも、新国立劇場バレエ団のシーズン・ゲスト・プリンシパルでしたから、何かと目にする機会が多かったダンサーです。

  それだけに、ロシア・バレエだけでなく、マクミランなども踊りこなす器用なダンサーですが、ある公演では踊りに精彩がなく地味だったかと思うと、別の公演では爆発したかのように、凄まじい迫力に満ちた壮絶な踊りをしてみせたりと、公演によって大きく波がある印象を持っています。

  マトヴィエンコが「踊りに精彩がなく地味」になってしまいがちなのは、考えてみれば当たり前なんですが、普段踊り慣れていない動きの踊りを踊るときです。この日のマトヴィエンコがそうでした。マトヴィエンコ基準でいうと、この日の踊りは普通か、もしくは不調といえるレベルだったと思います。もっとも、第二幕までは無難にこなしていました。

  おそらく踊り慣れないのが原因で、マトヴィエンコの踊りに崩れがみられたのが第三幕です。グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションの最後、ジャンプをしながらの舞台一周でスタミナ切れを起こし、キメのポーズで足元がグラつくデニス・マトヴィエンコなんてめったに見られません(「くそっ」という顔で辛うじて踏みとどまり、ふうっ、と息をついた表情がほほえましかったけど)。

  ロシア・バレエ定番の演目である『眠れる森の美女』ですから、マトヴィエンコにとっては楽勝のようにみえます。が、同じ『眠れる森の美女』でも、こっちはロシア系とはマイムも振付も違う点が多いイギリス系の『眠れる森の美女』です。ロシア系では削除されている一連のクラシック・マイムはよくこなしていました。しかし、東西で振付が大いに異なる第三幕のグラン・パ・ド・ドゥのアダージョで問題が発生。

  イギリス系のアダージョでは、途中で王子が逆さまになったオーロラ姫を片手のみで支えて静止する振りが3回あります。3回目ではそのままの姿勢で少し長くキープしなくてはいけません。そして最後は両手放しリフトのあの有名なポースで終わります。

  「片手リフト静止3回」でのマトヴィエンコのサポートとリフトは惨憺たる出来でした。もたもた、ガタガタ、グラグラ。オーロラ姫役の伊藤さんとのタイミングが合わなかったといった問題もあったかもしれませんが、やはりマトヴィエンコのほうが責任が大きいと思います。タフで難しいリフトであることは最初から分かりきってるんですから、もっと練習した上でがっちりと決めてほしかったです。

  ひょっとしたら、マトヴィエンコが直後のヴァリエーションで息切れしてしまったのは、このアダージョの影響かもしれません。

  そして、コーダの最後、オーロラ姫が回転しながら、両腕を横に広げてから頭上に丸く伸ばす振りが数回くり返されます。オーロラ姫役の絶妙な腕の動きの変化と、王子役のタイミング良いサポートが見どころなんですが、この振りもすべてうまくいきませんでした。これはマトヴィエンコと伊藤さんの両方に責任があると思います。伊藤さんの腕の形を変えながらの回転が不安定だった、マトヴィエンコが伊藤さんの動きに合わせて、適切なタイミングでサポートできなかったせいでしょう。

  このように悪口ばかり書きましたが、第三幕の最後、全員揃ってのマズルカが終わった瞬間に、客席から女の子のかわいらしい声で「ぶらぼー!」という声が響きました。観客も笑いましたし、それを聞いたマトヴィエンコと伊藤さんは、思わず素の顔に戻ってにっこりと笑ってしまいました。そのマトヴィエンコの笑顔を見たら、やっぱりマトヴィエンコは憎めない兄ちゃんだなあ、と思いました。なぜか許せちゃうんです。たまにこうして雑なやっつけ仕事をやらかしても、根はイイ人だからなんだろうね。

  リラの精は久保茉莉恵さん。キャスト表によれば、リラの精は「知恵」の象徴のようです。プロローグでのヴァリエーションは、果敢にも原振付どおりに踊りました。最後のアラベスクでのターン→パンシェ→ピルエットの連続技は難度がめちゃくちゃ高いです。おそらく『ラ・バヤデール』第三幕のヴェールの踊りでの、アラベスクのターン→ピルエットの連続技に匹敵すると思います。

  難度が高すぎるためか、振付を変えて踊るバレリーナもいます。一方、久保さんは原振付どおりに踊りきりました。すばらしい姿勢です。久保さんに対する拍手はもっと大きくてしかるべきだったと思う。同じように、ローズ・アダージョで、これまたイギリス系特有のザ・拷問技「自力アラベスク→パンシェ」連続をしっかりやった伊藤友季子さんも尊敬。

  原振付を変えた踊りを見たとき、私には「うんうん、そのほうが全然いいよ」と納得できる場合と、「難しいからって逃げに走りやがったな」とムカつく場合とがあります。違いが生じる基準は何なのか自分でも分かりません。今度「傾向と対策」を分析してみよう(大学受験真っ最中のみなさん、体に気をつけて頑張ってね。大丈夫、きっとサクラは咲くよ)。

  カラボスはなつかしや、保坂アントン慶さん(素顔はハンサムなおぢさまである)。今回は真っ赤なドレスに派手な化粧で、憎々しい悪役カラボスを好演。映画『ステージ・ビューティ』の主人公、女形のキナストンに似てる。(『ステージ・ビューティ』は日本未公開らしいんだけど、ジェンダー物としても考えさせられるし、17世紀のイギリス演劇の情況が知られる上でも興味深いし、チャールズ2世役のルパート・エヴェレットの怪演が超笑えるし、おすすめです。)

 
  (その3に続く。次で終わり。)

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