牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』(2月28日)‐1
演出・改訂振付が英国ロイヤル・バレエ団出身のテリー・ウエストモーランドだと読んで、急に思い立って観に行きました。もちろんマイム目当てです。イギリス系の『眠れる森の美女』ならマイムが残されているはず。
牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』プロローグ付き全三幕(2015年2月28日於ゆうぽうとホール)
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
脚本:マリウス・プティパ、イワン・フセボロージスキー
原振付:マリウス・プティパ
演出・改訂振付:テリー・ウエストモーランド
美術:ロビン・フレーザー・ペイ
指揮:デヴィッド・ガルフォース
演奏:東京ニューシティ管弦楽団
主なキャスト
オーロラ姫:伊藤友季子
フロリモンド王子:デニス・マトヴィエンコ
リラの精(知恵):久保茉莉恵
カラボス:保坂アントン慶
フロレスタン王:逸見智彦
王妃:吉岡まな美
カタラブット(式典長):依田俊之
水晶の泉の精(美):笠井裕子
魅惑の庭の精(強さ):日高有梨
森の聖地の精(優雅):三宅里奈
歌い鳥の精(雄弁):米澤真弓
黄金の葡萄の木の精(活気):高橋万由梨
カバリエール(騎士たち):塚田渉、今勇也、坂爪智来、石田亮一、中家正博、ラグワスレン・オトゴンニャム
フランスの王子:京當侑一籠
スペインの王子:石田亮一
インドの王子:中家正博
ロシアの王子:ラグワスレン・オトゴンニャム
ギャリソン(フロリモンド王子の副官):鈴木真央
公爵夫人:田切眞純美
金の精:濱田雄冴
銀の精:米澤真弓
サファイアの精:細野生
ダイヤモンドの精:織山万梨子
白猫:茂田絵美子
長靴をはいた猫:ラグワスレン・オトゴンニャム
フロリン王女:中川郁
ブルーバード:清瀧千晴
赤ずきん:阿部千尋
狼:石田亮一
さすが『眠れる森の美女』、主だったキャストを書くだけで疲労困憊するわ。長年のあいだ謎だった、リラの精をはじめとする妖精たちが現れる意味がようやく分かったよ。招かれた妖精たちが知恵、美、強さ、優雅さ、雄弁さ、活気をオーロラ姫に贈る、ってことだったのね。キャスト表にこうやって書いてくれたおかげで、疑問が氷解してとても勉強になりました。
となると、疑問なのはカラボス。もしカラボスが最初から招待されていたなら、カラボスはオーロラ姫に何を贈っていたのだろう?式典長のカタラブットは意図的にカラボスを招待リストから外したのではなく、うっかりカラボスの名を加え忘れてしまったんでしょ。てことは、本来ならカラボスは招かれるはずだったということになる。
カラボスは招待されなかった怒りで、オーロラ姫に死の呪いをかけたんであって、きちんと招待されていたなら、何をプレゼントするつもりだったのかな。邪悪さ、なわけないよな。何だろう。面白いね。
テリー・ウエストモーランドによる構成と演出は非常にしっかりしています。今まで観た『眠れる森の美女』の版の中では、最もよくできていると個人的に思いました。マイムのほうは、プロローグで怒り狂うカラボスを妖精たちがなだめるマイムと、カラボスが妖精たちの真似をしながら追い払うマイムがありませんでした。それ以外のマイムはすべてありました。
たとえば、プロローグでカラボスが去ったのち、フロレスタン王が「針のようなものを宮廷に持ち込むことはせぬ」と言います。するとリラの精が「私が(大事なときには)現れるでしょう」というマイム(両腕で下からゆっくりと持ち上げるような動き)で答えていました。
また第一幕、王宮の庭内で刺繍をしていた女たちに対して、フロレスタン王が死刑を言い渡すと、王妃が「彼女たちを死刑にするなんていけません。どうか許してあげて下さい」というマイムを踊りながらやります。
同じく第一幕で、指先を針で傷つけてオーロラ姫が倒れてしまうと、カラボスがマントを脱いで「思い出しなさい、私が言ったことを。姫が指先を針で傷つけたら死ぬ、と」というマイムをして高笑いをします。カラボスが姿を消した後、今度はリラの精が現れて、「思い出しなさい、私が言ったことを。姫が指先を針で傷つけたら眠るのだ、と」というマイムをしてみなを安心させます。
第二幕、フロリモンド王子御一行が狩猟にやって来た場面でも、公爵夫人が王子に「悲しげなご様子ですが、どうなさったのですか」と尋ねます。「悲しい」は「泣く」マイムを使って表現されています。王子は「私が悲しいなんて、そんなことはありません」と否定します。王子が一人になった後、リラの精と王子が同じマイムで会話するのも、他のイギリス系統の『眠れる森の美女』と同じです。
このように、ウエストモーランドは、英国ロイヤル・バレエ団の『眠れる森の美女』に残っているマイムをすべて保存し(追加したものもあったと思います)、完全にセリフとしてマイムを使用しています。予想以上にマイムがてんこもりでした。といっても難解で新しいマイムなんぞは用いていません。劇中で使われている同じマイムをくり返すだけです。それでも、物語の流れに唐突感がなくなり、自然で分かりやすくなっていました。
第二幕で、オーロラ姫は目覚めた後に王子とパ・ド・ドゥを踊ります。音楽は間奏曲としても演奏されているものでした。去年の秋、新国立劇場バレエ団がウェイン・イーグリング改訂演出・振付『眠れる森の美女』を上演しました。イーグリング、なーにが「オーロラ姫が目覚めていきなり王子と結婚するのは唐突で不自然だから、二人の愛のパ・ド・ドゥを創作した」だよ。ウエストモーランドがとっくにやってたんじゃねえか。
イーグリング版は、オーロラ姫が目覚める瞬間の明るい華やかな音楽を削除ちゃっていました。おかげでユーリー・グリゴローヴィチ版『白鳥の湖』のラスト・シーン並みに、客のフラストレーションがたまりまくり。パ・ド・ドゥもプティパ風というよりマクミラン風。一方ウエストモーランドは、目覚めの音楽をちゃんと残してあります。間奏曲を使ったパ・ド・ドゥもプティパ風の振付でした。
ロビン・フレーザー・ペイのデザインによる装置と衣装は、衣裳はまあこんなもんかな、という感じでした。スタンダード。第二幕に出てくる妖精たちのチュチュはスカートが長いものでした。なんとなく古き良き英国ロイヤル・バレエを思い起こさせます。新国の真緑な葉っぱチュチュよりも趣きがあります。
しかーし!圧倒的だったのは、第二幕で、リラの精がフロリモンド王子を伴い、オーロラ姫の許へと旅するシーンでのゴンドラ!あれは新国立劇場バレエ団が使ってたゴンドラよりもすごかった!
この牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』のゴンドラも重厚な両面造りで電動式。ゴンドラはまず舞台奥を右から左に横断した。私はてっきりこの左右横断で終わりだろうと思った。ところが、ゴンドラは方向を転換して、今度は舞台中ほどを左から右に横断したではないか!更に、また方向転換して、舞台前面を右から左に横断し、そして脇に消えていった。つまり、白鳥のコール・ドよろしく、ゴンドラがS字走行をしたのだ。舞台をいっぱいに使って。いやー、ド迫力だった。すごい。
(続く)