ペリカン・ダンス・アワード2014(受賞編)


  去年はそんなに公演観てないから、かな~り苦しいです。でもま、観た範囲内で印象に残った作品やダンサーさんたちを記しておきます。


 最も良かった作品賞:『雨に唄えば』

  これは文句なしというか、決まってますよね(笑)。第一幕の「グッド・モーニング」や、第二幕の最後、逃げようとするキャシーをドンが呼び止めるシーンで、観客の拍手があまりにも長く続くものだから、舞台の進行が止まっちゃったでしょう。「グッド・モーニング」では、観客の拍手が終わらず次のシーンに移れないため、ドン役のアダム・クーパーは思わず噴き出してしまい、コズモ役のステファン・アネッリ、キャシー役のエイミー・エレン・リチャードソンも寝たまま笑っていました。

  年末の歌舞伎の特番で紹介してたんだけど、この現象は「ショーストップ」というんだって。観客による儀礼的な拍手を超えた熱狂的な拍手で、舞台が一時中断することだそうです。演者にとっては何よりも嬉しいことなんだそう。このショーストップが、『雨に唄えば』ではおそらく毎回起こったと思うんです。こういう舞台は日本ではめったにないのでは。


 最も良かった舞台賞:新国立劇場バレエ団『シンデレラ』

  シンデレラ役と王子役とをゲスト頼みで上演してた頃が夢のよう。主役から群舞に至るまですばらしかったです。


 最も良かった演目賞その1:『ドン・キホーテ』第一幕(ナタリア・マツァーク、デニス・ニェダク、キエフ・バレエ)

  マツァークの明るく溌剌としたキトリが最高でした。美しい容姿に加え、柔らかい身体と強いテクニックをぞんぶんに使った踊りは、文句のつけようがない完璧な出来ばえ。ニェダクの飄々としてどこかお調子者のバジルも魅力的で、しかもリフトは頼もしいことこの上なし。


 最も良かった演目賞その2:「ラプソディー」抜粋(吉田都、スティーヴン・マックレー、「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」Aプロ)

  マックレーが超絶技巧を駆使したソロでまず強烈なインパクトをかまし、次に吉田さんと完璧に息の合ったパ・ド・ドゥ。微塵の隙もない艶やかな踊りで、この二人で「ラプソディー」全編をぜひ観たいと思いました。マックレーは2012年の「ロイヤル・エレガンスの夕べ」で、ウェイン・マクレガー振付「クローマ」からソロを踊り、やはり観客を熱狂の渦に巻き込みました。マックレーの持つ、作品の良さを最大限に引き出す力はすごいと思います。


 最も良かった演目賞その3:「コンチェルト」第2楽章(島添亮子、ジェームズ・ストリーター、小林紀子バレエ・シアター「マクミラン・トリプルビル」)

  奇しくも同じ月に「ロイヤル・エレガンスの夕べ」で、佐久間奈緒さん(バーミンガム・ロイヤル・バレエ)とベネット・ガートサイド(英国ロイヤル・バレエ)がこれを踊ったのですが、島添さんとストリーターの踊りのほうが断然良かったです。島添さんが最初に上半身をゆっくりと折って、腕を緩やかに回す動きを観ただけで、あまりな美しさと物哀しさに涙が出そうでした。 
 

 最も良かった男性ダンサー賞:アダム・クーパー(『雨に唄えば』)

  一応ファンなんでお約束です(笑)。歌唱力や演技力と同時に、人間力が大幅にアップしたことを強く感じさせられたパフォーマンスでした。本当に強く優しい、成熟した大人になった。


 最も良かった女性ダンサー賞:エレーナ・フィリピエワ(2013年12月-14年1月キエフ・バレエ日本公演)

  主役、準主役、カメオ・ロール的出演(フロリナ王女、街の踊り子、太鼓の踊り)で、役柄はもちろん振付のタイプも異なる踊りを悠々とこなしてみせた、まさに八面六臂の大活躍でした。特にフィリピエワの踊った「太鼓の踊り」(『ラ・バヤデール』)は、大事に記憶の中にとっておきます。

  この間の「シェヘラザード」(フィリピエワが急遽ゾベイダ役で出演)も、実際に観に行った人から聞いたことには、とてもすばらしい舞台となったようです。フィリピエワなら納得ですが、金の奴隷役でやはり急遽登板したイヴァン・プトロフも意外に(←ごめん)大健闘した模様。会場は大いに盛り上がり、拍手と喝采が止まなかったそうです。


 最も魅力的だった女性ダンサー賞:本島美和(新国立劇場バレエ団)

  『眠れる森の美女』のカラボス役です。あんなに美人で演技が上手くて存在感のあるカラボスは久しぶりに観ました。遅まきながら、本島さんは演技派で表現力のあるダンサーだということが分かりました。本島さん主演の『こうもり』を観に行こうかと思案中。『こうもり』については紹介映像しか観たことないけど、以前はアレッサンドラ・フェリも踊っていたというから、本島さんも大丈夫だろう。


 プロフェッショナル賞:リカルド・セルヴェラ、ラウラ・モレーラ(英国ロイヤル・バレエ団)

  文字どおりプロフェッショナルなダンサーたち。何を踊っても信頼して観ていられる。


 これから楽しみな男性ダンサー賞:デニス・ニェダク(キエフ・バレエ)

  ジークフリート王子でもソロルでもバジルでも何でもこなし、演技も雰囲気もたたずまいも踊りも、役柄に応じて自在に変えられるところが凄かったです。東欧のダンサーにしては珍しく(←これもごめん)、西側的なリアルで深みのある演技ができるところも魅力的だと思いました。


 これから楽しみな女性ダンサー賞:アンナ・チホミロワ(ボリショイ・バレエ)

  正直、最も印象に残ったバレリーナです。背はそんなに高くないみたいだし、突出して恵まれた体型を持っているというわけでもない。でも、強靭なテクニック、ダイナミックでキレの良い踊り、明るく闊達な雰囲気、豊かな表情、強い目力、輝くオーラ、舞台に出てくると即座に目が行ってしまう存在感など、プリマの条件を備えています。次のボリショイ・バレエ日本公演で主役を踊るのはこの人だろうと思います。


 最も良かったコール・ド賞:キエフ・バレエ(2013年12月-14年1月キエフ・バレエ日本公演)

  キエフ・バレエは舞台装置や衣装がショボかったのですが、レベルの極めて高いコール・ドのおかげで、そんなことはまったく気になりませんでした。特にダンサー総出演の『ドン・キホーテ』の群舞がすばらしく、ボリショイ・バレエのコール・ドが個々のダンサーの能力頼みなのに対して、キエフ・バレエのコール・ドは全体のチーム力で魅せていた感じです。


 残念だった舞台:ボリショイ・バレエ『ラ・バヤデール』

  まずユーリー・グリゴローヴィチは「改訂」のしすぎ。見ごたえのあるマイムや演技部分を踊りに変更、一つの踊りを途中でぶった切って他の踊りを入れる、やたらと細かい部分を変えまくって無意味につじつまを合わせようとし、逆に混乱する結果になる、など。

  もう新しい作品を創り出すことは年齢的に無理だから、改訂を続けることで振付家としての矜持を保とうとしているのかもしれない。ボリショイ・バレエのダンサーたちが、いまだにグリゴローヴィチの顔色を窺っているらしいことからして(インタビューで必ずグリゴローヴィチを褒めたたえる)、グリゴローヴィチの存在はもはや老害なのではと思う。


 残念だったダンサーその1:セミョーン・チュージン(ボリショイ・バレエ日本公演『ラ・バヤデール』、『ドン・キホーテ』)

  個人技は物凄い。でも、パートナリング、とりわけ支え手と送り手のサポートがかなり劣っている(リフトは普通)。以前にオリガ・スミルノワと、今回はエカテリーナ・クリサノワ、アンナ・チホミロワ、クリスティーナ・クレトワと組んで踊ったのを観た。どのバレリーナとでも支え手と送り手で失敗することが目立った。回転するバレリーナをサポートすると、軸をまっすぐに保たせること、回転数を多くさせること、静止を手助けすることがほぼまったくできない。そのため、『ラ・バヤデール』でのニキヤ、ガムザッティとのパ・ド・ドゥは見ごたえの薄いものになってしまった。特に第三幕、影の王国のシーンでのニキヤとのパ・ド・ドゥ、あんなに見せ場を決められない踊りを観たのははじめてだった。

  チュージンはマリインスキー劇場バレエのウラジーミル・シクリャローフとは違い、頭の良いダンサーだろうと感じるのだけど、『ドン・キホーテ』でのチュージンの選択は疑問に思った。キトリ役のクレトワは確かに(ボリショイ基準では)まだ技量不足のバレリーナだけど、それを補おうとしたにせよ、自分だけが超絶技巧の凄技をこれでもかと披露しまくるのはどうなんだろう。それよりまずサポート力を向上させてくれよ、と思ったのが正直なところです。今後に期待。


 残念だったダンサーその2:ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ団)

  「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」と新国立劇場バレエ団『眠れる森の美女』で観た印象が同じ。「いつの間にこんなに地味なダンサーになっちゃったの!?」 個人技もパートナリングも優れているのに、以前のような輝きや明るさが失せてしまった。どうしてだろう?「上手だけど印象に残らないダンサー」にならないよう祈る。


 残念だった作品:多数

  小品では「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」Aプロ、Bプロ、「ロイヤル・エレガンスの夕べ」に集中。全幕ではウェイン・イーグリング版『眠れる森の美女』(新国立劇場バレエ団)。共通しているのは、日本での公演だからって、自分たちのやりたい放題しないでほしい、ということです。


 見直した賞:リアム・スカーレット(振付家)

  英国ロイヤル・バレエによるゴリ押し「英国出身振付家」だとずっと思ってましたが、「アリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクト」で上演された「ノー・マンズ・ランド」(アリーナ・コジョカル、ヨハン・コボー)で「まあいいんじゃない?」とはじめて思い、「ロイヤル・エレガンスの夕べ」で上演された「アスフォデルの花畑」(ラウラ・モレーラ、ベネット・ガートサイド)で、印象に残る良い振付だなあと感じました。

  スカーレットの作品は、日本ではまだなかなか上演機会がないだろうと思いますが、他の作品も観てみたいです。


 見直した賞:ネマイア・キッシュ(英国ロイヤル・バレエ団)

  「ロイヤル・エレガンスの夕べ」で上演された「ルーム・オブ・クックス」(アシュレイ・ペイジ振付)での夫の演技に感心しました。しかも労働者階級のDV男っていう役どころだったので特にね。それまでは個人技ダメ、パートナリングもダメな、ヘタレな王子用プリンシパルだと思っていました。渋い役や複雑な人物の役のほうがイケるとは。

  もうネタがない。 こんなところです。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )