上海バレエ団『白鳥の湖』(12月2日)-2


  このデレク・ディーン版『白鳥の湖』の特徴ですが、

  プロローグが設けられていました。ロットバルトが人間だったオデットに襲いかかり、白鳥の姿にしてしまうシーンです。ロットバルトの大きな翼の陰から、それまで長いドレスを着ていたオデットが白鳥のチュチュ姿に早変わりして出てきます。もっとも、これは他の版でも目にしたことがあります。確かブルメイステル版もそうでした。

  多くの版で出てくる道化役はありません。第一幕では、パ・ド・トロワではなく、パ・ド・カトルが踊られます。音楽は、チャイコフスキー原曲『白鳥の湖』第19番(第三幕パ・ド・シス)の第1曲(4人での踊り)、第2曲(女性ヴァリエーション)、第5曲(男性2人による踊り)、第6曲(女性ヴァリエーション)、第7曲(コーダ)が使われていました。

  第一幕の最後、一人になった王子がソロを踊ります。ここではチャイコフスキー原曲第4番(第一幕パ・ド・トロワ)の第2曲を使っています。この音楽で王子がソロを踊るのは、他の版でもあった気がします。ちなみに、マシュー・ボーン振付『スワンレイク』でも、この音楽で王子がソロを踊ります。王子が酒場を追い出された後に踊るやつです。

  ついでに、大昔の英国ロイヤル・バレエ団の『白鳥の湖』に出てくるベンノ(王子の従者)は出てきませんでした。ベンノは森に狩猟に出かける王子に付き従い、今はオデットと王子とが踊るグラン・アダージョで、なんと王子と一緒にオデットと踊ります、というかオデットを支えます。

  1959年制作の映画"The Royal Ballet"で、オデット、王子、ベンノの三人で踊るグラン・アダージョを観ることができます。オデットはマーゴ・フォンテーンです。この三人ヴァージョンのグラン・アダージョは、今から見ると当然のことながらかな~り奇妙で笑えます。ベンノが明らかに余計(笑)。

  トロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団の『白鳥の湖』ではこれをパロって、ベンノは王子とオデットに「てめえ邪魔だからあっち行け」と追い払われた挙句、むくつけき白鳥たちの群れに集団でボコられます。

  第二幕の大きい白鳥は2人でした。小さい白鳥は4人です。大きい白鳥が2人というのも、以前に観たことがあったような?どの版かは覚えてません。

  第三幕では、ロットバルトに2人の手下が付き従っていました。つるっパゲ、眉なし、真っ白顔で、映画『犬神家の一族』の「すけきよ」か山海塾みたいでした。

  民族舞踊は、スペイン、ハンガリー、ナポリ、マズルカです。ただ振付では、おそらく踊りが単調にならないようにとの配慮か、各国の踊りの振付に変化をつけていました。

  スペインの踊りでは、男女ともに民族舞踊用の靴を履いていますが、男性の踊りの振付はなぜかクラシカルで、一方、女性の踊りはよく見る「スペインの踊り」の振付でした。

  ハンガリーの踊りは、男女ともに民族舞踊用の靴を履いており、振付もよく見るものです。追記しておくと、ソリスト的な男女のペアが真ん中で踊っていましたが、このうち男のほう(リー・ヤン、李洋)の踊りが超汚かったです。動きがグニャグニャしていました。

  ナポリの踊りでは、女性のほうがトゥ・シューズを履いて踊ります。振付は非常にクラシカルで、民族舞踊というより普通のパ・ド・ドゥという感じでした。次のマズルカは全員が民族舞踊用の靴を履き、振付もよく見るものでした。

  このように、すべての民族舞踊が同じような印象を与えないよう、交互に異なる振付を施して、踊りにアクセントをつけているようでした。…それにしても、ハンガリーの踊りでの李洋とかいうヤツの踊り方は、最悪すぎて今でも脳裏に浮かびますわ(ある意味大物か!?)。

  第三幕の黒鳥のパ・ド・ドゥは、音楽はほとんどの版で使われるあれ(プティパ/イワーノフ版)です。コーダでのオディールのグラン・フェッテは、32回は回らないようです。ダンサーの調子とか能力の問題ではなく、デレク・ディーンの原振付がそうなんじゃないかと思います(理由は後述します)。

  第四幕、オデットの許に駆けつけた王子とオデットとの踊りでは、チャイコフスキー原曲第19番(第三幕パ・ド・シス)の第3曲が使われていました。マシュー・ボーン版で、傷心の王子が母親の王妃に抱きついて甘えようとし、王妃に拒否される場面です。

  ディーンの振付は、どこが前の版を踏襲したもので、どこがディーンのオリジナルなのか分からないのですが、まず第一幕のパ・ド・カトルがすばらしいと思いました。動きにメリハリがあって、見ていて飽きなかったです。

  第三幕の民族舞踊は前に書いたとおりです。そして全体的に、群舞の配置が工夫され、動きも凝っていて見ごたえがありました。第一幕の人々の群舞は単調に陥らずに変化がありましたし、第四幕の白鳥たちの配置やポーズも美しかったです。

  第二幕でのオデットの登場シーンは、オデットと白鳥たちが現れて舞台の右奥に輪を作り、その真ん中にオデットがいるというものでした。ただ、これはディーンの創作ではなく、たぶんイギリス系『白鳥の湖』の伝統的な版に沿ったものだと思います。

  イギリス系の振付家は、特に群舞の配置や踊りに凝る傾向があるように思います。マーゴ・フォンテーンが『バレエの魅力』で書いていたように、演劇が発達したイギリスでは、バレエでも観客を飽きさせないことを重んじるという背景によるのかもしれません。

  それをふまえると、デヴィッド・ビントリーが、ケネス・マクミランはフレデリック・アシュトンと違い、主役の踊りばかりを重視して群舞を軽視していた、と批判している気持ちも分かるような気がします(その批判が当たっているかどうかは別として)。

  装置・衣装デザインはピーター・ファーマーだそうで、そんなにゴージャスではないけど、かといって貧相でもない、といういつもの感じでした。第三幕の王宮の舞踏会のシーン、背景幕を巧妙に重ねて配置することで、華麗な感じを醸し出せていたのはさすがです。

  演奏は東京ニューシティ管弦楽団、指揮はあのオレクシイ・バクランでした。バクランの髪は相変わらずすっごい爆発アフロでした。あのアフロでちょっと視界がさえぎられました(笑)。バクランのせいかどうかは分からないんですが、演奏と踊りとが合っていないときがしばしばありました。

  前に書いたように、観客のほとんどはバレエ鑑賞に慣れていない人々だったらしくて、拍手もまばらでした。反感や悪意からではなく、どのタイミングで拍手したらいいのか分からなかったようです。

  しかし、私の隣に座っていた観客は中国人で、しょっちゅう「ブラヴォ!」と叫んでいました。他に男性の声で「ブラヴィッシモ!」という喝采も頻繁に聞こえてきて、これも外国人観客でしょう(日本人は普通「ブラヴィッシモ!」とは言わん)。コアなファンも観に来ていたようです。

  
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