新国立劇場バレエ団『マノン』(6月24、26日)-3



  高級娼婦役は厚木三杏さん、長田佳世さん、堀口純さん、川口藍さん、細田千晶さんでした。たぶん、第一幕で最初に二人で踊ったのは堀口さんと川口さんだと思います(間違っていたらすみません)。次に二人で踊ったのが厚木さんと長田さん、第二幕で二人で踊ったのも厚木さんと長田さんです。

  厚木さんと長田さんの踊りを観ていて、やっぱり上手だよな~、と感嘆しました。平然と3~4回転しちゃうもんねえ。前の記事にも書きましたが、第二幕のお二人のどつきあい踊りは最高でした。客席から笑いが起こったのはあそこだけでした。本当は、その前の酔っ払ったレスコーと愛人との踊りでも笑いが起きるはずなのですが、ちょっと古川さんのほうにそこまでの余裕がなかったようです。

  娼婦たちの踊りもすばらしく、去年の小林紀子バレエ・シアターによる公演と比べると、ダンサーたちの能力が総じて高いことがよく分かります。みんな脚は高く上がるし、動きはメリハリが利いていてきっちりしてるし、そしていつものとおり、全体の動きが良く揃っているし。

  なんか男装している娼婦、もしくは少年の男娼がいますよね。24日と26日の公演でこの役を踊った方はどなたでしょうか?あの動きにはびっくりしてしまいました。ポワントでプリエをするでしょ。それが深い深い。アラベスクも長い手足がすっきりと伸びて美しい。あれは誰だ!?と思ってオペラグラスでのぞいたら、周囲の観客のみなさんも一斉にオペラグラスを取り上げて見てました。あのダンサーの方はやっぱり凄かったんですね。

  レスコー、マノンに次ぐ難役、ムッシューG.M.はマイレン・トレウバエフでした。こちらもまた、余裕と貫禄たっぷりの演技でした。

  ただ、あくまで私個人のイメージですが、ムッシューG.M.は単なる金持ちのエロオヤジではなく、高位貴族でプライドが高く傲慢であり、プライドが高いだけに、所詮は愛人にするだけといえど女を見る目も厳しい、という人物だと思います。一方、トレウバエフのムッシューG.M.は文字どおり金持ちのスケベオヤジになっていて、娼婦のスカートをめくったりするのには、なんか品がなくて軽すぎるな~、と思いました。

  でも、トレウバエフには大きな存在感があって、ちゃんとキャラが立っていて、主要な登場人物の一翼を担ってました。また、トレウバエフを中心に舞台全体が引き締まっていたのも確かです。

  これも私のカン違いだったら申し訳ないんですが、確か26日の公演の第二幕でアクシデントが起こりました。マノンと男たちが一緒に踊るシーンで、ある男性ダンサーが、マノン役のサラ・ウェッブのサポートに失敗しました。片脚でトゥで立ち、身体の軸を後ろに斜めに倒した状態のマノンの手を取って、男性ダンサーがぐるぐる回す振付です。

  この振付は、第一幕のマノンとデ・グリューの寝室のパ・ド・ドゥでもあります。あとは、マクミラン版『ロミオとジュリエット』第一幕のバルコニーのパ・ド・ドゥでもあったと思います。女性ダンサーが身体の軸を後ろに大きく倒せば倒すほど見ごたえが増す、美しい動きなのですが、やるほうにとっては危険で難しいようです。

  去年の小林紀子バレエ・シアターによる『マノン』では、すでにデ・グリューを数え切れないぐらい踊っている、ベテランのロバート・テューズリーがデ・グリューで、マノンは島添亮子さんでした。そのテューズリーと島添さんでさえ、この振りでは、島添さんは軸をあまり倒さず、また2回くらい回転しただけで済ませてしまいました。

  話を戻すと、男性ダンサーがサラ・ウェッブの手を取って回転させている途中で、ウェッブがバランスを崩してかかとを床に着けてしまい、その拍子にウェッブの足首がおかしな形でひん曲がったのです。ウェッブは表情を変えませんでしたが、見ているこちらはギョッとしました。その後もウェッブはちゃんと踊っていたので、怪我がなくて幸いでした。

  私のカン違いだったら申し訳ない、というのは、トレウバエフがこの後に舞台上で取った行動についてです。トレウバエフは、まずムッシューG.M.がマノンにささやく演技をしながら、サラ・ウェッブと何か話していました。その後、トレウバエフは群舞にまぎれて、舞台の中に出てきて、これまたムッシューG.M.の演技をしたまま、サポートをミスした男性ダンサーに何やら耳打ちしていました。

  どうも、トレウバエフは、ウェッブに怪我がなかったかどうかを本人に確かめてから、それをミスしちゃった男性ダンサーに教えたんじゃないかと思えるのです。私の独り合点かもしれないですが。トレウバエフは他のダンサーたちにも気を配ってフォローするような、舞台全体をまとめる大きな存在になっているのだな~、と勝手に感心してしまいました。

  キャスト表では「踊る紳士」となっている、第一幕から第三幕までの各所で踊る男性ダンサー3人は、江本拓さん、原健太さん、奥村康祐さんでした。第二幕のパ・ド・トロワ(って呼んでいいの?)が一番の見せ場です。あれは3人の動きがきちんと揃ってなんぼな踊りで、一人だけ目立ったりミスしちゃったりすると踊り全体がぶち壊しになる、ダンサーにとってはプレッシャーの大きい踊りだと思います。

  江本さん、原さん、奥村さんの動きはよく揃っていて、見ていて気持ちよかったです。あの踊りの音楽も私は好きです。あと、新国立劇場バレエ団が『マノン』を初演したときの装置と衣装は英国ロイヤル・バレエ団からのレンタルで、ゴージャスで重厚感漂うニコラス・ジョージアディス原デザインのだったんだって?

  今回の公演で用いられた、ピーター・ファーマーの改訂デザインによる装置と衣装は、最初から低コストを念頭に置いて作成されたものだし、ファーマーのデザインの特徴である淡い色彩が多く使われてもいたので、漂うチープ感に物足りなさを感じた方々がいらっしゃると仄聞いたしております。しかし、再度主張いたしますが、私はジョージアディスが好きなあのヘンなヅラ群が大嫌いなんです!

  ジョージアディスのデザインだと、「踊る紳士」たちは全員ロベスピエールヅラをかぶるんですよ!でも、ファーマーのデザインだと、地毛にエクステンションだけなんです(デ・グリューやレスコーと同じ)。ですから、私はファーマーのデザインで充分でございます。

  また(なんかヅラの話題で)長くなっちゃったから、その4に続く~。

  
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新国立劇場バレエ団『マノン』(6月24、26日)-2



  その1を書いたときからだいぶ間が空いちゃったので、スタッフやキャストから書き直します~。


 『マノン』

  原作:アベ・プレヴォ

  振付:ケネス・マクミラン

  音楽:ジュール・マスネ
  音楽構成・編曲:リートン・ルーカス、ヒルダ・ゴーント
  改訂編曲:マーティン・イェーツ

  装置・衣装:ピーター・ファーマー(ニコラス・ジョージアディスの原デザインによる)

  演出:カール・バーネット、パトリシア・ルアンヌ

  照明:沢田祐二

  監修:デボラ・マクミラン


  マノン:サラ・ウェッブ(ヒューストン・バレエ)
  デ・グリュー:コナー・ウォルシュ(ヒューストン・バレエ)

  レスコー:古川和則
  レスコーの愛人:湯川麻美子

  マダム:堀岡美香
  ムッシューG.M.:マイレン・トレウバエフ

  乞食のかしら:吉本泰久
  高級娼婦:厚木三杏、長田佳世、堀口 純、川口 藍、細田千晶
  紳士:江本 拓、原 健太、奥村康祐

  看守:厚地康雄

  ねずみ捕りの男:小笠原一真


  演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
  指揮:マーティン・イェーツ


  新国立劇場のボックス・オフィスに貼り出されていた告知版によると、レスコー役は当初、芳賀望さんだったらしいです。しかし、芳賀さんがこの公演と同時に退団したため、古川和則さんが急遽レスコーを担当することになったそうです。

  古川さんは長身で、こう言っては何ですがニヒルな顔立ちです。それがまずレスコーにぴったりでした。第一幕、前奏曲が終わりにさしかかったときに幕が開き、闇の中にレスコーが一人座って前を凝視していますよね。あそこでレスコーがどんな表情をしているか、私は毎回楽しみにしています。

  古川さんはどことなく憂鬱そうな表情をしていました。気弱そうな表情と言ってもいいくらい。

  レスコーの人物造形は、『マノン』の中で最も難しいと思います。私の中ではいまだに、映像で残っているデヴィッド・ウォール(←『マイヤーリング』のルドルフ皇太子のオリジナル・キャストでもある)をしのぐレスコーはいません。

  アダム・クーパーはロイヤル・バレエ時代、レスコーが当たり役だったそうです。しかし、私はクーパーが第二幕のレスコーのソロを踊る様子しか観たことがないので、クーパーのレスコー像がどうだったとはいえません。とはいえ、たぶんアダム・クーパーのレスコーはさぞ強い印象を残すものだったろうと思います。ああ、クーパーのレスコー、観たかったな~(悔)。

  古川さんは、なんといっても演技がすばらしかったです。踊りのほうは、7月1日のレスコー役だった菅野英男さんに比べると頼りなかったですが、急遽の登板だったのですから仕方ありません。大体、身体の軸を斜めにして(25~30度くらい?)片脚で回転する振付(第二幕レスコーのソロ)なんて、マクミラン何考えてんの。

  吉田都さんが、マクミラン版『ロミオとジュリエット』の振付上の特徴は、オフ・バランスの動きが多いことだとおっしゃってましたが、たぶん『マノン』は『ロミオとジュリエット』以上に、オフ・バランスの動きが多用されていると思います。特にレスコーの踊りに最も多く取り入れられているのではないでしょうか。まるでレスコーのいびつな人格を象徴するかのように。

  古川さんのレスコーは印象的でした。3週間経った今でも、私は古川さんのレスコーを思い出せますから。片方の眉をひそめ、口の端を歪ませてニッと笑うあのワルそーな表情は本当に良かったです。

  それに対して、第二幕でムッシューG.M.相手のイカサマ賭博がばれ、小心者の本性をむき出しにして、ビビッて背中を丸めて机の裏に隠れる姿とか、拷問にあってズタボロにされ、口から血を流しながら、マノンとデ・グリューの前に引きずり出されたときの情けない表情が、ワルぶって調子に乗ってたときとすごいギャップがあって、いや、ほんとにすばらしかった。

  レスコーの愛人役は湯川麻美子さんでした。役作りはもちろん完璧で、レスコーみたいなチンピラにヒモられているのに、レスコーに本気で惚れており、そんな自分の境遇にまったく疑問を持たない単純な(というかバカな)女を演じていました。

  そして踊りはさすがでした。レスコーの愛人は第一幕と第二幕でソロがあり、第二幕ではレスコーとのパ・ド・ドゥがあります。きっちり踊ること自体大変でしょうが、湯川さんは緩急自在な動きで巧みに踊っていました。ただ振付どおりに踊っているだけではない感じで、踊り方がプロっぽいというか、こなれているというか、非常に艶がある踊りでした。

  第一幕の最初で、愛人をムッシューG.M.に引き合わせようとしたレスコーが、他の男に色目を使った愛人をひっぱたきます。そして、逮捕されて押送されていく、頭を丸刈りにされた娼婦たちの前に愛人を突き出して、「俺の言うとおりにしないと、お前もこうなるぞ」的に脅すシーンがあります。

  これはもちろん、第三幕への伏線になっているシーンですが、湯川さん演ずる愛人が頭を抱えて、「えっ、そうなの?うーん、どうしよう。あんなふうになるのはイヤだわ」と本気で必死に考えている表情が、いかにも頭の足りない女っぽくて(←褒めているんですよ!)良かったです。

  長くなったから、その3に行きます~。
  
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