ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

鳳来寺山 山行 その5:利修仙人下山路が見つからない!! 戻って、石段の参詣道で下山しよう。

2022-03-12 04:38:07 | 草花
この記事では鳳来寺というお寺さんの縁起について記しておきます。(なおこの手のものは眉唾物・嘘八百も多分に含まれていると思われますので、その点は縁起物につき恨みっこ無しということでお付き合いください。)

(ネットより引用):
このお山はもともと桐生山、霧生山、煙巌山、勝岳山といわれていて、高さが150mもある桐の木が生えていた。古い木なので洞があり、龍や鳳凰という美しい大きな鳥が住みついていた。
千四百年ほど前、仙術という超能力を身につけた利修仙人がこの山へ来て修行をはじめ、鳳凰を操って空を飛んだりしていました。
千三百年ほど前のことですが、文武天皇が病気になってなかなかなおらないので、霊力を持つといううわさの高い利修仙人にご祈祷してもらおうということになりました。
そして、草鹿砥公宜(くさかときんのぶ)という人が天皇の使いとして、利修仙人に頼みにきました。仙人は鳳凰に乗って都へいき、一心にお祈りをして天皇の病気をなおしました。
 病気の全快を喜んだ天皇は、利修仙人を開山の祖として、桐生山に立派なお寺を建てました。そして、鳳来寺と名付けました。そこから鳳凰が来たという意味です。それから桐生山を鳳来寺山とよぶようになったということです。 (引用終了)

凄いですね!!。 これによると開祖の利修仙人はどうも1000年以上生きているようです。ここには記述されていませんが鬼も付き従えていたそうです。

山行のレポートに入ります。
瑠璃岩(=鳳来寺山最高地点)から利修仙人コースを取って下山していきます。

ミヤマシキミ ↓

始めのうちは道が明瞭で草木をのんびり眺めて下っていきます。 ミヤマシキミはまだ蕾でした。



イワカガミ ↓

イワカガミは冬の間冷たい気温のために葉が黒ずんでいます。

これから先が痩せ尾根上になり、それをヘツりながら、一気に山の茂みの中に下っていくはずなのですが、そのくだり道が見つからなくなってしまいました。行きつ戻りとすることを三度やってどうしても見つからないので諦めて下山に使う道を変更することにしました。


もう一度最高地点(=瑠璃岩)に戻る。 ↓

このたわんだ枝をくぐって利修仙人コースに入って来たのですが、もうこの道を使いません。このすぐ右側に瑠璃岩があります。



再度「山頂」へ戻る ↓

賑々しく看板のある一般的な「山頂」にも舞い戻って来ました。



稜線上に休憩舎 ↓

稜線上に程よい規模の休憩舎があります。食事にも雨除けにも便利が良さそうです。



見晴らしの良い岩場 ↓

奥の院岩場に来ました。ここからも眼下に門前町が見えていました。



奥の院 ↓

寂れ果てた建物は鳳来寺奥の院で、往時ならここで修行に励んだ修験者がたくさんいたのでしょうね。



倒木にマメヅタラン ↓

3月7日の山行シリーズその2で大木に着いたマメヅタを出しましたがあちらはシダ植物でした。
それに対してこちらは野生ランで、GWの頃に黄色い一日花を咲かせます。



六本杉 ↓

この場所には杉の大木が七本あったそうですが、白鳳元年(西暦672年)に利修仙人がそのうちの一本を切って、薬師如来像を刻み本尊としたという伝承があります。ぞれ以来この場所を六本杉と呼んだそうですが、小生はこの一本しか見えませんでした。



勝岳不動 ↓

自分の寿命を悟った利修仙人は、お供の三匹の鬼にともに死んで鳳来寺の守り神になることを誓わせ、鬼の首を刎ねて鳳来寺の本堂の下に埋めたということです。そして、この勝岳不動で入寂したと伝えられています。



古い堂宇 ↓

この如何にも格式ありそうな堂宇のところまで下る道が付いています。本堂まではここからなおも下っていきます。


本堂前の玉砂利の広場 ↓

玉砂利の広場には場違いな自転車漕ぎのマシーンがありました。(後でわかったことですがNHKの収録の場所でもありました。)
向こうの東屋ですが、ここにテントを張って一夜を明かしたことがあります。(ダニに取りつかれました。)
そのほかに昭和58年の初夏に仏法僧の声を聞くべく夕方に来て、その啼き声を聞いたこともありました。


鳳来寺本堂 ↓

未だ新しさを感じる本堂にお参りして石段を使って下山に掛かります。



踊り場で人だかり ↓

石段を下り始めたばかりのところに人だかりがしています。あとでわかったことですが、NHKのスポーツ系の「チャリダー★快汗サイクルクリニック」という番組がありますが、それの収録中でした。
邪魔にならないように身をかがめてカメラの前を通り過ぎます。

出演者たち ↓ ↓ ↓





MCはうじきつよしさんで、アシスタントは朝比奈彩さん、サイクルアドバイザーは竹谷賢二さんでした。
うじきさんは俳優・タレント  朝比奈さんもモデル・女優・タレント、そして竹谷さんはなんとオリンピック選手だったのですね。
俳優としてのうじきさんは、よく知っていますが、確かサンデープロジェクトのメインキャスターもやっていました。
朝比奈彩さんは大変スタイルが良くて10頭身あるとも言われている女性で、昨年結婚されています。
竹谷賢二さんはMTBのクロスカントリー選手でアテネオリンピックにも出場されています。

写真を撮ってとがめられるかと思いましたが、それが無かったので、こうして幸運なことに記事の中で紹介できました。
小生は不定期ですがこの番組の気まぐれなファンで、この時の撮影スタッフに「チャリダーの収録ですか?」と聞いたら、思いがけずに爺様から番組名が出てきたことに対して驚かれてしまいました。
白状するならば朝比奈彩さんには相当思い入れがあって彼女の出身地まで覚えているのです。
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昨晩(3/10日)は上弦の月でした。   梅が咲いたのを見て、桜は未だかいな?

2022-03-11 04:25:53 | 草花
愛知県の平地での桜開花予想は3月22日~24日頃とのことです。4月8日の小学校入学式の頃に満開になっていた小生の子供の頃のことを思うと、もう少し遅くても良いのですが、今では桜の花は学校卒業式の頃の風景となってきているのでしょうか。

昨晩は上弦の月でしたね。日が落ちる頃には空の真上で輝いていました。空の色を青、月の色を黄色として想像してみると ↓

ウクライナの国旗に近づくのではないでしょうか。上弦の月を十日の16時45分に眺めました。月齢7.6です。

お隣の国の大統領選挙は大接戦でしたが、この選挙が国民間に分断を生むこと無しに新たな一歩を踏み出すことを期待したいものですが、昂った感情がどう収まっていくのか興味あるところです。
ところで国政のトップリーダーを決める仕組みですが、アメリカ方式、韓国方式、日本の議院内閣制、といろいろな方法がありますが、どういう方法で行うにせよ、民意を反映して、粛々と政治を行う人を選んでほしいものですね。
北の広大な国土を有する、国連常任理事国の最高指導者は果たして国民の総意を執り行っているのでしょうか?

8日夕刻の月 ↓

このとき月齢は5.6でした。

九日夜の月 ↓

明るいうちは空に薄雲が拡がっていて見つけられなかったので、暗くなってから見ました。

3月18日は満月になります。こうやって月の満ち欠けを見ていきますと、今年最大のイベントと言えば何といっても11月8日の月食になります。昨年の月食は雲に邪魔されてとても残念なものでしたが、今年はどうなることでしょうね。


8日は暖かい一日でした。空が晴れていたので付近の高楼に山望に行きがてら付近を歩いて春探しをしてきました。

歩行図 ↓


高楼に上ってあたりを見回してガッカリしました。遠くの眺めは霞に覆われて・・・・・・・
猿投山 ↓

猿投山の後ろに見える筈の木曽御嶽は全く気配すらありません。

名古屋駅方面 ↓

直線距離20kmほどの名古屋駅前付近でさえもこんな見え方です。

伊吹山 ↓

眺めの悪い中にあって、この朝ではよく見えたほうに思えました。

御在所方面 ↓

鈴鹿の鎌・御在所方面は気配があるだけです。

恵那山 ↓

こちらもほとんど気配だけの世界でした。

この朝に限らず、春の山望というものは多くのものを望めないものだと諦めて、下に降り、歩き出します。

川沿いの紅梅 ↓


同じく川沿いの白梅 ↓

桜は未だかいな?と早くも催促を始めてしまいます。



川には白鷺 ↓

水にはコサギがゆっくり遠ざかるように歩いています。



ジョウビタキ ↓

ジョウビタキの雄が距離を取りながら、小生を導いてくれています。



カルガモ ↓

最近のこの川ではカルガモよりもコガモのほうが多く見られ、この現象を少し心配しています。



コガモ ↓

コガモは警戒心が強く、小生が歩いていくと、「ピッ」と鳴いて一斉に一つのグループが飛び去ります。どのグループも同じような警戒ぶりを見せます。



肉牛か? ↓

牛舎から牛が顔を出しています。これは肉牛でしょうか?傍目にはちょっと気の毒な環境で飼育されています。

日なたに顔を出して、小生のまぬけ顏を眺めて少しは気晴らしが出来たでしょうか。
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鳳来寺山 山行 その4:高座石・巫女石、天狗岩などを経て旧山頂、現山頂(瑠璃岩)に至る。 

2022-03-10 04:19:35 | 草花
ここで今歩いている山(=鳳来寺山)について少しだけ記述しておきます。
鳳来寺山の標高は695メートルとされますが、これは厳密には鳳来寺山の山頂標識から北に位置する瑠璃山と呼ばれる岩峰の標高であります。
山中で、表参道の石段のわきには、日本一高いとされていた樹齢800年以上、樹高約60メートルの「傘杉」(かさすぎ)があります。(別記事で掲載)
1931年(昭和6年)に国の名勝及び天然記念物に指定され、2007年(平成19年)には日本の地質百選に選定されています。
地学的には山体の底部は砂岩、泥岩の海成層(=海洋底に堆積物が堆積することによって形成された地層のこと)で、火山によってできた地層の一部であって火山ではないのだそうです。
1400万年前ごろ、今の奥三河で箱根や富士山級の火山活動があり、その後延々と侵食され続けて残っているのが、鳳来寺山を含む、棚山、宇連山、明神山、岩古谷の山々であります。
そのため鳳来寺山は変化に富んだ岩山となり、のちに、桐・杉の大木が生い茂り瑞鳥鳳凰・仏法僧の啼くところで勝岳山、桐生山、霧生山、煙巌山ともいわれましたが、現在は鳳来寺山と呼ばれています。(鳳凰は空想上の鳥、現在は仏法僧が寄り付かない。)
(鳳来寺の名前の由来は別記事で出てくることですが、都の天皇の病気を治すために利修仙人が鳳凰に乗ってやって来たことに拠っています。)

山行のレポート記事に入ります。
高座石と巫女石 ↓

山の神様の要請により利修仙人が五戒を説くときに天下って来た巫女がこれを謹聴したそうです。その謂れの場所がここになります。



天然記念物の石標 ↓

名勝天然紀念物指定境界とあります。 「記」念ではなくて「紀」念と言う字が使われています。



富幕山 ↓

南に愛知・静岡県境の富幕山が見えます。

観音山 ↓

観音山は南東の方角で静岡県内の山です。



南アルプスは見えなかった。 ↓

南アルプス展望台と言う文字に惹かれて岩上に行きましたが、春霞のために視界は閉ざされていました。


吉祥山 ↓

そこからは豊橋平野の北端に立つ吉祥山が霞みながらも見えていました。



天狗岩 ↓

岩上に立つ野趣ある東屋も朽ち果てて立ち入り禁止措置が執られていますが、そのよって立つ天狗岩の上からの眺めは胸のすくものがあります。

門谷の門前町 ↓

鳳来寺参道をなす門谷の集落が見下ろせます。



ヒカゲツツジ ↓

黄葉しているヒカゲツツジがありました。



今まで鳳来寺山「山頂」とされていた場所 ↓

ここが一般的に鳳来寺山の「山頂」とされています。 もう少し先に最高地点である本当の意味の山頂がありますのでそちらに向かいます。



最高地点手前(直近)の梯子段 ↓

さすがに国策の東海自然歩道だけのことはあります。こんなに立派な木段がつけられています。



最高地点の瑠璃岩(鳳来寺山山頂) ↓

この岩の上によじ登ってあたりの景色を眺めます。(登り・下りに狭くて、不便、岩上も狭くて自由に動き回れない)そんなことから是非にとは、登ることを勧めることはしません。 もう少し先の岩稜上に同じような見晴らしを得られる場所があります。

三ツ瀬明神山 ↓


宇連山 ↓


宇連山と三ツ瀬明神山 ↓

この二つの山が並んで見えますが、実際には一つの山を下りきってからもう一つに登るということになります。

天気の良い時でしたら瑠璃岩の上から富士山がちょこっと見えるはずで、今回はそれをアテにしてきましたが、残念ながら春霞に視界を閉ざされてしまいました。
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日常の身の周りにも少しずつ春の兆しが表れてきています。

2022-03-09 04:29:43 | 草花
ここのところ寒い日が続いていて、寒の戻りを感じていましたが、昨日あたりから気温が小刻みに上がり始め、今度の土日では20℃を超える陽気になりそうだという予測も出ていました。
暦の啓蟄を過ぎていますのでそうあって当然だとは思いますが、まだ油断は禁物なのでしょうか。

鳳来寺の山行シリーズに挟んで、今回は日常生活周辺で顔を出して来ている春を綴っておきます。
五日朝 餌出しタイムは遅かったが・・・↓

朝遅かったので、雀が来るか心配していましたが、やって来ました。



五日朝のメジロ ↓

メジロは餌を置いたらすぐにやって来ました。



五日昼 メジロの空中戦 ↓

画面の右上でメジロ二羽が空中戦をやっています。もう一羽のメジロは画面の左側、網の外で成り行きを見守っています。


五日夕の雀 ↓

相変わらずどこかで小競り合いをしています。


六日朝の雀 ↓

朝にしては多めの頭数が揃いました。


六日朝のメジロ ↓

この一羽は動きが悪く、「ふくらメジロ」? になっています。餌の食いつきも悪くて心配しました。


六日昼のメジロ ↓

昼には日当たりの良い場所で快活が戻っているようです。


六日夕刻の雀 ↓

大人しく台上に収まっています。18羽くらいいるのではないでしょうか。


六日宵の月 ↓

だいぶ細いのですが、これで月齢3.7です。


七日朝の雀 ↓

この日は集まりが今一つでした。 なんだかキョトンとしているようにも見えます。


七日朝のメジロ ↓

どれから食おうか? と思案中のように見えてしまいました。

.庭の春の魁を追っかけてみます。

フキノトウ ↓


オキナグサ ↓

白い毛が密生しています。


〇クシ ↓

ツクシの頭がありませんからツクシにはならなくて、〇クシでしょうか。


芍薬 ↓

芍薬の芽は地際で赤くつややかです。



牡丹 ↓

一方牡丹の方は火焔のように新芽が伸び始めました。



七日昼のメジロ ↓

ケージの中に入らないで外から食べる行儀の悪いのものも出てきます。



七日夕刻の雀 ↓

慌しく、夕方のお食事中です。


ケージに入らずに ↓ ↓

一羽はアジサイの木にとまって


他の一羽はマキの木にとまって様子を見ています。


七日宵の月 ↓

月齢4.7の発育途中の月です。
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鳳来寺山山行 その3:東照宮から鷹打場まで

2022-03-08 04:16:16 | 草花
日本の国に徳川家康(東照大権現)を祭神とする東照宮は全国に700社以上あったそうですが、統廃合などにより現在は130社ほどになっているようです。
それをランク付けしてしまうのが日本人の”悪い癖”ですね。
第一番は日光東照宮、 第二番目は久能山東照宮  そして第三番目となると諸説が入り乱れてしまいます。
ある人は家康の出生地である岡崎の滝山寺東照宮を指し、またある人は三河の鳳来寺山東照宮を指しますが、どちらも愛知県内のものです。
 仙波東照宮(埼玉県川越市)、金地院東照宮(遺言、遺髪などが残る京都市)、上野東照宮(別名「三初権現」東京都台東区上野)を言う人すらも出てきます。
小生的にはどうでもよいことなのですが、せっかく鳳来寺山に来ていて、東照宮にお参りするわけですから、後追いになりますがその由緒などを記しておきます。

松平広忠卿と妻の於大の方が世継ぎの出来ないことを憂い、夫婦そろって三州煙巌山鳳来寺の峯薬師へ参籠され祈願したところ、その証があって間もなく於大の方が身ごもり、その後天文11年(1542)壬寅年12月26日に出産したのが竹千代(のちの徳川家康)であった。
そし於大の方は生涯を通じて、名代を鳳来寺の峯薬師に遣わして報謝の誠を捧げた。
・・・・その伝えに感銘した三代将軍家光は鳳来寺に家康公をお祀りする東照宮を建立することを思い立ち、慶安4年(1651)辛卯年9月17日に落成創祀した。 
ということでした。
江戸時代には幕府の直轄工事として幾多の修理を重ねると共に昭和・平成と大改修を行い、現在に至っているということです。

さて、山行のレポートに戻ります。
巨大な針葉樹 ↓

「行者越え」をして、昼食をとってから元気を取り戻して、稜線歩きに入ってすぐに大きな針葉樹を見かけました。
おそらくモミの木だと思いましたが、大人三人で抱えてもまだ足りないくらいの太さがあります。しげしげと眺めて行きます。



ユズリハ ↓

山中でもユズリハの木を見ます。この地方では多く見かける樹種ですね。



お墓の集まり ↓

東海自然歩道から一本の道が派生していて、その道はよく踏まれているようでしたので、やじうま根性でそこを辿ってみると、この空間がありました。おそらく鳳来寺の住職関係のお墓のようです。



今度は落葉樹の大木 ↓

墓地の向こう側にまた大きな木がありましたが、今度は落葉樹でした。けやきかな?と思いましたが、来歴は判りません。



一旦下る。 ↓

東海自然歩道は稜線から一旦下り、広い参詣道と合流します。下の赤屋根の建物はお寺関係者の宿坊として使われているようですが、40年以上前に来た時にはここで昼食に精進料理を食べた記憶があります。

山道は一般参詣道と合流し、東照宮を目指します。

東照宮の石段登り口 ↓


登り切って石の鳥居を振り返る ↓


石の鳥居の上に野生ランのセッコク ↓


東照宮の社殿 ↓

お参りをしていきます。 この後社務所のおみくじ売り場で係りの方としばし歓談します。

東照宮のわきを通って東海自然歩道歩きに戻ります。 ↓

昔は杉木立で鬱蒼とした空間でしたが、いまはすっかり明るくなってしまいました。ナツエビネを見られた場所が一つ、消滅してしまいました。



鷹打ち場まで ↓

東海自然歩道ですので、至れり尽くせりの感があります。



シキミ ↓

おそらく自生のものでしょうね、シキミもあります。



鷹打場 ↓ ↓



道はここで行き止まりとなります。この場所は岩棚になっていて標高は510mほどしかないのに、相当な高度感があります。
風も通りますので清涼感も味わえます。 先着の男性とここでも談笑してから、一緒に出発します。
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