#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【CAROL】やりきれない気持ち

2008-07-10 | MUSIC
★思い出す彼女の姿
 いつまでも 愛して アイヤイヤイ
 心配だけど I Love Ypu
 いますぐに 抱きしめてキスしたい

 Oh 彼女に会ったら涙
 ボクの目に こぼれて アイヤイヤイ
 甘くやさしい I'll Kiss You
 いますぐに 手をとって踊りたい

 いくら愛する心でいても
 Baby I'm so Blue
 何もできない I'm so Crazy
 だからDarling Come Back to Me

★Repeat

 いくら愛する心でいても
 Baby I'm so Blue
 何もできない I'm so Crazy
 だからDarling Come Back to Me

★Repeat

   ●

はじめてYahoo!オークションというものに参加して
はじめて落札してしまった。

「CAROLポスター」

1972年8月に結成され、
10月にミッキーカーティスに見いだされデビュー。

その後は昇り龍のごとく活動の場を広げ、
1974年には山本寛斎のショーでパリコレにも出演。
そのドキュメンタリーを「ガイヤシンフォニー」の
龍村仁がNHKを休職してまで撮影している。

1975年5月15日にわずか3年という長さで解散した
矢沢永吉の所属した伝説的ロックンロールバンド。

「成り上がり」が書かれたのが1979年。
構成をしたのが、あの糸井重里。
このポスターは篠山紀信の撮影だ。

錚々たるバリューのクリエイターたちの名前が並んでいるが、
彼らも1975年あたりは30代だったはず。

矢沢永吉26歳。

この激しくも一途なロックンローラーを
気鋭のクリエイターたちが取り囲み、
あれよあれよと一流の世界へのし上げた。

CAROL全国ツアーにタイバンで出たのが
加藤和彦率いるサディスティック・ミカ・バンド。
彼らも1972年のデビュー。

このポスターに一目惚れしたのだけど、
そんな70年代の尖った感性が
しのぎを削っている感じがにじみ出ていて
矢沢永吉の眼差しとともに、
「これはスゲエ」と感嘆せずにはいられなかった。

あれから33年。
矢沢の永ちゃんは
いまだに第一線で
活躍している。

ものすごいパワーだ。

そして、今振り返って
このポスターで気取る永ちゃんを
じっと眺めていると、

その持続するパワーみたいなものが
しっかり潜んでいる…と感じてしまう。

世の中すべてを斜に構え、
「オレはビックになってやる!」
そんな気概が、溢れている。

ただただ、スゴイ人だと、ひれ伏すしかない。

 ★ ★ ★

それにしても、このロゴは秀逸。

 

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