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#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【sep_10】喜多六平太記念能楽堂

2011-09-12 | ACT!
目黒の喜多六平太記念能楽堂へ。

ここでも「井筒」と「葵上」を鑑賞。

いやあ、すばらしかった。

能が制約された舞台芸術だということを
まざまざと思い知らされた。

そぎ落とせるだけそぎ落としてこそ、
真実が見える。

ニッポン人がなぜ五七五の俳句に
こうも心奪われるのか、
そぎ落とすことの美徳というのだろうか、

質素の本質を見た…と思った。

女の情念が生き霊として顕れる「葵上」。
そのすざまじさ。

般若の面は女のジェラシーの顕れであることを
この舞台でしかと確認。

仙台の母方の実家に
なぜ般若面があったのか…

その般若面で叔母に泣かされた記憶が
今になって甦ってくる。

あれは女の嫉妬がツラに定着したオモテだったのね。
吉原といい、般若といい、
ボクはそういった女の「浄・情・貞・醸・擾」といったものに
強く惹かれる性癖があるのかもしれない。




【sep_09】おじいさんと草原の小学校

2011-09-12 | BOOKS&MOVIES
岩波ホールで公開中の「おじいさんと草原の小学校

主人公のキマニ・マルゲは実存の人物で
この映画はその実話を元に制作されている。

イギリスからの独立という強い信念で
その人生の大半を収監され、字を読むことすらできなかった。

しかしケニアは見事にイギリスからの独立を実現。

その過程でマルゲが強く抱いた確信は、
「教育」こそが被支配から脱出する道である…ということ。

だからこそ84歳にして、彼は小学校入学を渇望する。

「強く生きる」そのことを思い知らされる映画。
今のニッポンこそが、この確信を胸に描いて生きるべき。


【sep_08】その夜の妻

2011-09-12 | TOKYO
1903年ー1963年の60年を駆け巡った
小津安二郎はここ深川の生まれ。

だから図書館に行くと
彼の無声映画も借りられる。

「その夜の妻」は昭和5年の作品。

アメリカ映画を観て育った小津らしい
照明やアングルに凝った作品だった。

蓮見重彦の「監督小津安二郎」を読了。

蓮見さんが指摘する小津映画の特長には
目からウロコの視点が多く含まれていて

「これはきっと今後の指針になるな」

と、深く感銘を受けた。

…ということで、サイレントムービー。

【sep_08】山谷

2011-09-12 | TOKYO
吉原遊郭の土手通りを行くと山谷地域に出る。
あしたのジョーにもあるように
「人生にやぶれ、生活に疲れて果て、このドヤ街に流れ込んだ人たちが泪で渡る悲しい橋」泪橋のたもと。

この城北労働福祉センター周辺には一泊2000円ほどの簡易宿泊施設が軒を連ねる。

今は外国から来たバックパッカーたちが集う新しい文化も根付いてきた。

住民のおじさんに声を掛けられた。
「俺も33年、この山谷に暮らしてるけどよ、
 今の時代が一番苦しいな。
 角栄の時代はよ、日雇いで1万6千円ももらえたんだな。 
 しかし、今じゃ空き缶集めて日当2000円にもならねえ。
 おまけに区の条例で10月からは空き缶の無断収集で罰金だもんなあ。
 まったく住みにくくなったもんだよ。
 底辺を支えている俺たちをなんだと思ってンだかな。」

吉原に山谷。
「生きる」縮図を思い知らされた。



【sep_08】吉原神社

2011-09-12 | TOKYO
弁財天から吉原神社はほど近い。
気の流れがとても良く感じられた。

風が心地よい。

遊郭の周りには、
写真観や婦人科などが建ち並んでいたそうだ。

遊女の街、吉原。

彼女たちのニーズに合わせて
街は形成される。
ここ吉原神社も女性へのご利益が豊富な神社。

だから、気の流れも心地よいのだ。


【sep_08】吉原弁財天

2011-09-12 | TOKYO
1855年の安政江戸地震のあと、
1923年の関東大震災でふたたび吉原は炎上する。
災厄の多い時代ではあっただろうが、
堀で囲まれ木造が犇めいて在ったとされる遊郭は
炎に包まれるとひとたまりも無かったことだろう。

多くの遊女が炎から逃れようとこの弁天池に身を投じた。
その供養塔は、風を受けて果敢に胸を張る弁財天。
そのお姿に力強さと、ここ吉原の持つ磁場を感入った。


【sep_08】生まれては苦界、死しては浄閑寺

2011-09-12 | TOKYO
1855年の安政江戸地震で浅草・深川の埋め立て地は甚大な被害を受け、
吉原遊郭の遊女たちの死体はここ浄閑寺に投げ込まれた。

 「生まれては苦界、死しては浄閑寺」

とは、その遊女たちの薄倖の様をうたった花又花酔の川柳。

平均年齢21歳という若さでこの世を去っていった女たち。
その寄る辺ない思いが、ここ浄閑寺の新吉原総霊塔に眠っている。