My violin & My life/ Life is a Bumpy road

スタートラインはいつもそこにある!
Life is Impermanent.

子猫

2007年09月05日 | 或る日或るとき
娘の高校の定期テスト最終日に・・・。
最後の2科目を終えたkaoが「たいへん!どうしよう!」と悲愴な顔で玄関にとびこんできた。子猫がぐったりしていると言う。

私が借りている駐車場の隣の家の犬小屋の前にその子猫は倒れていた。茶色のふじねこ。20㎝くらいかな。
行き倒れのような格好でうつぶせになっていた。動かない。・・・。kaoがさっき見たときは、声を出してかすかに動いたと言う。
空腹で?と思い、ミルクをストローで2,3滴口に入れようとしてみたけれど、開けてくれない。
当初、kaoは人間の赤ちゃんがどこかで泣いているように聞こえたので、猫とは思わなかったが、仲良しのその犬の処へいつものように「ただいま~」を言いに行った所、子猫を見つけたのだそうだ。
そんな説明を聞きながらさわってみると、子猫は苦しそうに動いた。目はしっかり閉じたまま。そして「あーん・・・あーん・・・。」と2回鳴いた。
ふつう・・・にゃーん、じゃない?・・・。
犬は困り顔でうろうろしている。

私にはどうしてよいやらわからない・・・。人間なら、救急車を呼ぶところだが。保健所に電話してみたが、何の助けにもならなさそう。じゃ私が救急車だわ。
というわけで動物病院に連れて行った。生協の近くにある病院を思い出したのでとりあえずそこへ。。

診察中、猫はまた力なく「あーん・・・あーん・・・。」と声を出した。でも・・・すでに低体温で、やっと心臓が動いているだけで・・・もう、処置のしようがないという。私は返す言葉がなくて・・・。
「でも・・・生きてるんですよね。」と。
「生きてますよ・・・。・・・さっき鳴いたじゃないですか。」
感情的な発言と、事実を述べる発言にしてはどうも??・・・の、へんてこな会話になった。。
「おそらく鳴いたのはのは無意識なんだろうなぁ・・・。」と、先生は悲しそうな顔。そしておなかを触ってみて、「打撲してます。交通事故かな。」と、現場の様子を聞かれた。道路ではなく犬小屋の前だと言うと、意味が解らないようだった。私もわからない。なぜそこにいたの?
kaoは声なく涙をぽたぽた落としている。

あと1時間くらいしかもたないだろうと言われ・・・もうなすすべは無いらしい。
でも先生も私たちもすぐさま、これで診察はおわり、をためらっていた。
動物病院の先生は、「せっかく来てくれたけど・・・。」と、かけてきたタオルを猫の首元までかけてくれた。おふとんを直すように。そして猫の肩優しく撫でてくれた。
でも・・・私たちはもう病院を出なければならない。それは治療を諦めるという事。
診察料を・・・と言うと、
「いや、いいですよ。わざわざ来てくれたんだし・・・。」(理由ともつかない言葉だけど、つまりいらないという事なのですね・・・。)
「そうですか・・・。では・・・ありがとうございました。」

その後マンションに連れて帰る訳には行かず・・・・、車で15分ほどの実家に行くことにした。

1時間くらい・・・と言われていたが、それから6時間ほど子猫は生きることを頑張っていた。
苦しいのか2度ほど伸びをするような動きをしたが・・・。それが不憫でたまらない。なんども撫でるしかなかった。でも、ほんとにちいさい。指先で撫でる感じ。
猫を見守りながら、娘といろいろ話した。
 点滴とか何でもいいから、して欲しかったね。でも言えなかったけど。・・・。あ、でもそれも叶わないほどだったんだね。小さすぎるし。人間のようなわけには行かないのね。
 つい最近生まれたのらねこきょうだいの一員かもしれない。前に見つけて知っていたあの親子連れ?なんどか一列並んでに歩く所を見たことがある。・・・とか、保健所では犬の保護はあっても、猫は保護の対象じゃなかったことや・・・そこは人間の安全を基準にしていることや、・・・・ほかのことなども。

試験明けのkaoが疲れていたので私達は一旦帰宅。
・・・そして小さな猫は、静かに、命を終わっていった。

その後の子猫の居場所は、実家の楓の木の下にした。夕焼けの綺麗な日。
横顔が、「耳をすませば」の、あの「バロン」に似ていて、小顔美人のおんなのこだった。

出あったのがもう別れの時、短い間の出来事、私たちの悲しみ、喪失感。
ずっと一緒に暮らしていたペットを亡くした人の気持ちを思った。






コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする