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随筆紹介  母の境遇に涙   文科系

2017年04月26日 | 小説・随筆・詩歌など
 泣きたい  S・Yさんの作品です

 母が有料老人ホームに入った。母と同居していた兄夫婦の突然の決断に驚かされた。

 母は若いころより農家の大家族のなかで働き通し、身体を酷使してきていたので、腰が海老のように折れているが、九二歳を過ぎた今でも頭の回転、記憶力、手際の良さは私より勝っている。だが歳相応に身体のあちこちは痛んでいるらしくベタベタと湿布を体中に張り付け、ときには胸が苦しくなったり、腹痛がしたりと、体は正直に老化を告げてきている。幾度か入院もしたが、その度に復活する。寝たきりになっても不思議ではない年齢なのにと、病院側が驚くほどに毎回蘇る。要はたいしてどこも悪くないのだ。

 しかし近ごろ、病院側から退院を迫られても兄夫婦が無視するようになった。病院からの電話にも出ないらしく、母を見舞う私にも病院側から苦情を訴えられる始末。

 以前から母に対する嫂の言動には、怒りを通り越して哀しさを感じていた。母の世話はしないので、おかげで母は自分の身の周りのことはなんとかできていた。そんな比較的元気な母は介護認定を受けられない。なのに老人施設に入れられた。「施設で長生きされたら家が一軒建つからね」、と言った嫂。
「私はいつまで生きるのだろうね。もう死にたいのに」
 そう繰り返すようになった母。かつて、嫁・姑間に何があったかは知らないが、苦労して築いた七十年以上住み慣れた家を、うとまれて追われた母の心中はいかばかりか。30キロほど遠く離れて住む私の方も、胸が痛くて堪らない。
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随筆  薄汚れたわが国     文科系    

2017年04月25日 | 国内政治・時事問題
ある日の新聞の記事に関わって腹が立ったことを一つ。まず、夕刊のこんな記事。

『失業率二二年ぶり二%台 二月改善人手不足感強まる』

 総務省発表報道である。内容をよく読むと例によってインチキ臭い「完全失業率」とやらのこと。この数式の分子に「家事手伝い」女子や一定期間に一日でも働いている人などは含まず、分母は、他国と違って公務員や軍隊兵士を含んで多くしてあるという。失業がない公務員を失業可能群に入れてはいけない理屈からだ。こうして日本のこの数式は、当局にのみ都合がよく、当事者国民には極めて不都合なもの。
 因みに、「ポスト真実」が世界でも日本でも政治世界に流行だが、日本の官僚はいつも統計数字にこういう手口を使ってきた。国連に基準がない統計については、世界で最も政府側に都合の良い定義、基準、数式を使っていると見た方がよい。そして、悪い政権の時には、そういう数字ばかりを打ち出し、報道して、政府を擁護して出世していく。
 ところがさて、流石最近の中日新聞。昨夕刊に対して次の日の朝刊で即「訂正記事」を付けている。

『失業率改善二二年ぶり二%台 非正規多く消費は低迷』

 そう、これが正解、次のような最悪事態は何も変わっていないのだから。こちらこそ本当の国民実感であって、総務省の宣伝数字など、これと比べればその価値はどこかに吹っ飛んでしまうチャチなもの。国連発表数字にこんなものがある。
 
 日本国民一人当たりGDPの歴史的推移というものだ。各国比較順位も含めて。一九九五年、二〇〇五年、二〇一五年で、こう推移している。順位は、五位、二三位、三二位と極端に落ちていく。一人当たり金額も、四万三千七七四ドルが三万四千六二九ドルにまで落ちた。この劣化ぶりが、九五年と一五年とそれぞれ十位の国との比率を観てみると、非常によく分かる。日本が三位であった九五年は十位の国の一二六%だったものが、二〇一五年には五七%にまで落ちてしまった。他国がどんどん上がってきた間に、日本GDPだけが急減しているからだ。十位の国はこの二〇年に、三万四千八七一ドルから六万五一四ドルにまで上がったのである。これが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれてアメリカまでを買い漁った当時からの、黄昏れた日本国の末路なのである。

 総務省と国連、どっちの数字が日本国民に密着しているか、誰の目にも明らかだろう。

 世襲政治家が跋扈し、官僚は身内を助け合うだけの互助会のよう。日本の場合いつの日も官僚は政府密着なのであって、今で言えば安倍さんが「好きそうな」数字ばかりを忖度して発表するのだろう。反対に、政権に都合の悪い数字は「破棄しました」と逃げるのも、また忖度。そして、こんな官僚ばかりが出世して政治家を「指導」するから、若い政治家がまたまた薄汚れていく。するとそれが当たり前になって、次代の人間も余計薄汚れるように育っていく。
 こんな政治の結果が、こうだ。フクシマは誰も責任を取らず、文科省が全省庁官僚を大学教員職などに天下り斡旋をする。田母神を観ても分かるように防衛省の世論誘導、ネット誘導はますます盛んで選挙を動かすほどになっているだろうし、籠池、加計では財務省などが「特例措置」の「忖度」。
 九九%庶民にとってはまことに薄汚れた、みすぼらしい国と言うしかない。

 ちなみに、不安定労働者ばかりで、大人一般のまともな職業や給料がこれだけ増えなければ、若者に希望など全くない国と言うべきだ。結婚できない若者が増え、少子化も止まらない。喧伝されている先進国は皆少子化というのも暴論。これは、二〇世紀末ごろのこと。英米仏などは真っ当に持ち直して、出生率二を超えた。

 新世紀初めころの日本が後世こう語られるのは必定である。薄汚れた支配者達が、世界一質も高く、働き者の庶民がいた国をここまで堕としてしまった時代、と。
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北朝鮮③ 1970

2017年04月25日 | Weblog
今日25日アメリカでは全ての上院議員がホワイトハウスに招集され北朝鮮問題に関するブリーフィングを受ける。
トマホークミサイル154発を装備した原潜ミシガンが空母カールビンソンに合流。
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sicaさんにお応え 「国連は反戦組織です」   文科系

2017年04月24日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 国連は反戦組織です。国連憲章前文の冒頭にこう謳っているのが、第1にその証拠。
『われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い・・・・ここに国際連合という国際機関を設ける』

 ここに書かれた。『将来の世代を救い』とは、「長いスパン」での国連の最大目的が戦争を無くすことという以外には解釈できないはずです。

 また第2に、これも何回か述べていることですが、第一条第一項も「国際の平和及び安全の維持」とあります。ヒトラー、東條が起こした第二次世界大戦などはもうコリゴリだという世界の当時の想いが詰まった文言かと解釈していますが。

 前文冒頭と、第一条第一項とがこうなっている以上、国連の最大目的は平和、反戦(組織)だということです。

 なお、国連のこの最大目的は、反対物である戦争が現にこれだけ存在すると述べた所でこれを否定したり、無いものにできたりしたことにはなりませんし、だから無意味だということにもなりません。
 こういう長いスパンの最大目的を持った国際機構が存在するというのは、存在しない19世紀とは全く違います。これらの理念、条項に基づいて例えば違法戦争の基準、定義があるだけでも全く違うと、国際法学者たちは皆述べています。
 この違法戦争条項についても、違法戦争が現に多く起こっているから無意味だということにも、上と同様の理由でなりません。


 次に、戦争を長いスパンで根絶していくためには、常備軍もなくさねばならぬというのは、18世紀ドイツの大哲学者カントや米大統領ウィルソンが間違いなく想い描いていた所です。ウィルソンは、カントの「永遠平和論」に導かれて国際連盟設立を主導、奔走したのですから。ある理論というものが、現実政治変革に関わってこんなに大きな力を持つものだということも、ここで明記しておきたいと思うものです。
 また、警察力と軍事力との違いも前に指摘したとおりです。軍事力のない国でも、警察力はありますね。

 またなお、国連が掲げた反戦理念の実現については、以上のような論議、実践を長く、細かく積み上げていく必要があるのだとは、前に述べたとおりです。常備軍廃棄は永久に幻想という人と、国連理念を細かく実践していこうという論議をしたい人との時代時代の綱引きで、「将来の世代を救い・・・」が千年後になるか、百年後になるかという、そんな差さえ生まれてくるのだと、僕は確信しています。

 さらにまた、こういう理念に合う時代合わぬ時代という問題もあり、その点では新自由主義という生き馬の目を抜くような現代は、国連憲章にとって最も不幸な時代だとも愚考してきました。こういう今とは違って西欧には2度の世界大戦(国家総力戦)で相当懲りた時代もありましたが、他はまだまだ痛切な歴史から学ぶという懲り方が足らないのかも知れないとも思ったりします。日本などはまだまだ「敗戦」でなく「終戦」と言いたがる人も多く、中国も懲りているのかどうか・・・?? 

 ただ、こんな現代でさえ、この事は信じています。事故でなく故意で核兵器を使う国はもう現れてこないだろうと。90年以降にこれだけ酷いことを重ねてきたアメリカでさえ、72年間小型原爆一つ使っていない訳です。これはもう、21世紀人類の到達点になったかと、貴方には笑われるかも知れないが、愚考してきました。このことにも、国連、その理念、違法戦争の定義などが関わっているとも、確信しています。
 これだけ国連規則を蹂躙してきた米国が国連を出られないことにも、「国連理念」の力が働いていると、また愚考してきました。いくら力に任せた正に横暴、自分勝手を押し通していても、やはりどこかで「正義」という「良い子の顔」も欲しいのでしょう。どんな悪人政治家でも、自分のたった一度の人生に「これほどの世界史的汚名」は覚悟できなくなったのだろうかと、考えたりもしてきました。
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アメリカの軍事力が支えるもの 1970

2017年04月23日 | Weblog
アメリカの軍事力への批判や嫌悪、否定は簡単なんだが一面だけみても意味がない。
アメリカの強大な軍事力によって世界中にもたらされるメリットもある。世界の経済は物流で回っている。その9割近くは公海の自由通行で行われている。この自由通行を支えているのがアメリカ海軍。このおかげで我々は経済の繁栄を享受してきた。この前、日本がもしアメリカとの同盟を解消して独自に国防という話の中で、では広大な経済水域はどうやって守るんだ?と言ったが、日本に限らず世界中の国が公海の通行についてアメリカの軍事力に支えられている。これを自分達でやろうと思ったら軍拡して装備を整える必要に追われる。
中国が南沙にせっせと人工島を造ったのも自国のシーレーンの安定確保の為だが同じことを世界中でやり始めたら、各国のエゴが衝突し今現在のような公海の自由航海の安定はみえなくなる。
ということで、世界経済の物流はアメリカの軍事力によって国際公益の安定がもたらされている。
ま、だから一面だけ見ても意味がないというお話。
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人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(番外編)    文科系

2017年04月23日 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(番外編)
 人類の未来は意識、論理が作る   文科系

 戦争を無くすための正しい論理というものに対して、例えば、こういうおかしな「批判」も度々出てくるということで一言。以下は、戦争を無くす見通しに絡む論理というものを知って頂く意味もある。
『「人類が、戦争、軍事力を地上から無くしたいという望みだけではなく、現実的行動も20世紀には特別に進んだ」と言われるが、中国の公表国防費は、26年前と比較すると約40倍にもなっており、「軍事力を地上から無くす行動は特別に進んだ」という事実はありません。むしろ軍事力は増大しています』

 こういう言い分一般は、どう誤っているか。20世紀には世界史上初めて反戦世界組織が生まれて、その国連憲章の前文冒頭に、こんな言葉が入った。
『われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い・・・・ここに国際連合という国際機関を設ける』
 さて、こういう思想を最大目的とした世界組織の誕生という人類の「現実的行動」が20世紀に特別に進んだわけである。そういう事実と、上記論者の言われる「中国の公表国防費は、26年前と比較すると約40倍」との二つで、どちらの意味が大きいか。このことを、証明してみよう。もちろんこの場合は、戦争をなくせるかどうか、なくすためにはどうしたらよいかという論議、見通しにとっての意味のことでなければならない。

① 戦争をなくすためにはそういう世界組織と世界法(ただし、強固な、各国が尊重するそれ)が必須の条件になる。これがうまれなければ、戦争消滅の望みなど永久に叶えられないわけだ。

② 対するに、中国の軍事40倍化の意味などは、これぽっちの小さなことと言わざるを得ない。現にアメリカが、そんな中国など問題にならぬほどの軍事力を持っているのだし、中国がアメリカ以上に重大な国連法違反戦争をしたことなどないのだから。そのことは、アナン前国連事務総長のイラク戦争評価によって示されている。『過去58年間、世界の平和と安定のために頼りにされてきた大原則に根底から挑戦するものなのです』

③ 人類の戦争を無くす取り組みは、長いスパンの取り組みである。長いスパンとは、ほんの小さな論理的必要条件のような取り組みを積み重ねて行って、やっと将来が見えてくるというような難題だと言える。という意味では、①は小さいどころか偉大な一歩と誰しもに分かることである。というような長いスパンの論理における最重要要件の人類史的一歩と比較すれば、②のことなどは、上に示したように比較も出来ない小さな事実に過ぎない。


「戦争はなくならぬ」と独断する人に限って、目前の小さな「戦争例」を上げて、「戦争廃止への偉大な一歩」と「矛盾する」とか「明らかに誤った認識」として、これを否定したつもりになれるのだ。そして、そんな事はいつでも、どこでも、いくらでも可能なことである。一方は長い先目指した小さな一歩一歩なのだし、他方にはその一歩一歩で否定したい戦争、軍事力という現実は無数に現存するのだし。

 以上は、戦争を無くすなんて幻想と語る人が、「どうしたら無くせるか」など考えた事がないということをこそ示しているのだと思う。また、「(長くかかっても)どうしたら無くせるか」を考えた事がない人が、今のアメリカと同様に「国連とその目的なんて、幻想だ」と語るのだ。これもまた、必然の話に見える。


 祝辞  この3週間、当ブログ・週間アクセス累計が、こう推移した。1,451、1,748、1,412。ここは、国政選挙とか世界史的事件とかが起こるとアクセスが常に上がってきたが、それらに絡んでいろんな意見が載ることもまたよいことであると示されたとも言える。
 読者の皆さん、以降もよろしく!
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北朝鮮② 1970

2017年04月22日 | Weblog
中国が爆撃機をスタンバイさせ厳戒体制に入る。ロシアが北朝鮮国境付近に軍を移動。昨日の夜から2つの動きが伝えられ、あるかも知れない今週の北朝鮮核実験に対する準備が表面化してきた。
25日は北朝鮮軍創建85周年。来月頭には韓国大統領選も控える。
最悪の事態を回避する為に中国が動いているが先は分からない。ここに来て国連安保理の中で中国とロシアの足並みが揃わなくなってきた。たぶんに駆け引きに長けたプーチンによるものだろうが結果的にロシアの動きが正恩の後押しになるようだと見通しは暗くなるね。
ロシアにすれば仮に正恩体制が崩壊してもどさくさに紛れて北朝鮮に入り込めれば結果オーライになる。歴史的にロシアは南下を目標としているわけで、北朝鮮の一部でも確保すれば目的に叶う。
中国からすると北朝鮮にロシアが入るのは好ましくない。東アジアでのプレゼンスが低下する要因になる。
この辺りの考えの相違が安保理での足並みに影響している可能性はある。
正恩からすると瀬戸際作戦が可能になるので中国、ロシアの相違で強気は変わらないだろう。核実験を強行するかしないかがひとつの分かれ目になる。
強行されれば今後何が起きても驚かない。中止されればそこからは安定に向けた次の駆け引きが始まる。
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人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(5)   文科系

2017年04月22日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 国連を作った最大目的である人類平和の実現に関わってこそ何よりもまずこれ、米国対国連という近年の歴史を眺めてみるべきだろう。以下の出典はすべて、「国連とアメリカ」(最上敏樹・国際基督教大学教授 2005年刊)である。

『80年代は、国連は無力で無用だという(あまり精確とは言えない)イメージが最も広範にもたれていた時期だったが、それは同時に、アメリカが国連システムから離反を繰り返していた時期でもあった。ILOやユネスコから脱退しただけでなく、世界保健機構や国連食糧農業機関や国際原子力機関などとも軋轢を起こしている。(中略) 米国の要求に応じなければ、当時国連予算の25%だった分担率を20%に引き下げるという法律を成立させて世界を驚かせたのも、この同じ時期、1985年のことである。(中略) 要求とは、1国1票制をとっている国連総会の表決方式を変えて、IMFや世界銀行のように、出資額に応じて持ち票数を変える方式にせよというものだった』(同書173~174ページ)

 さて、このアメリカが冷戦が終わった直後に起こった湾岸戦争の頃からさらに、21世紀初頭のイラク戦争では決定的に、国連と対立することになっていった。以下は、その時の国連事務総長アナンの言葉、立場を紹介したものである。

『「私たちはいまや大きな岐路に立たされています。国連が創設された1945年にまさるとも劣らない、決定的な瞬間かも知れないのです」。
 2003年9月23日、第58回国連総会開会日の冒頭演説で、アナン事務総長はそう述べた。その年の3月にイラクで戦争を始めたアメリカを、名指しではなかったものの厳しく批判した直後である。
 そしてアナンは続けた。「その1945年は先見性ある少数の指導者たちが、フランクリン・D・ローズヴェルト大統領に導かれ、精神的な促しを受けて、20世紀の後半分を前半分とは違ったものにしようと決意したのです」』(同「序のiページ」)

『「今日に至るまで、国際の平和と安全に対する幅広い脅威と戦い、自衛を超えた武力行使をすると決める際には、唯一国連だけが与えることの出来る正当性を得なければならないという理解でやってきました」。にもかかわらず、先制攻撃の権利といった根拠で武力を行使する国が現れた──。
 それは「いかに不完全であれ、過去58年間、世界の平和と安定のために頼りにされてきた大原則に根底から挑戦するものなのです」と彼は言う。つまり、「単独主義的で無法な武力行使の先例を作ってしまうもの」なのだと言うのである。アメリカにとっては厳しい批判だが、総会議場は長い拍手に包まれた』(同232ページ)

この事務総長は次第にアメリカに嫌われるようになっていた。特に対イラク戦争への否定的な反応に対してである。開戦時にもあの戦争が国連憲章に合致しない(つまり「国際法違反」ということである)と明言したし、イラクの復興になかなか国連を関与させないアメリカのやり方も批判した。(中略) 機構の原理原則はあくまでも多国間主義なのだから、単独行動主義を阻止することは、むしろ事務総長の(正確には「国連のあらゆる部署の」)責務になるからである。実際、加盟国の単独行動主義にこれほど正面から向き合うことになる事務総長は、これまで例を見なかった』(同231ページ)


 国連事務総長から『過去58年間、世界の平和と安定のために頼りにされてきた大原則に根底から挑戦するものなのです』と言われたアメリカはもはや平和勢力ではなくなったのであろう。国力も軍事力も最大の国だからこそ、その国連無視は国連破壊にすら繋がっていく所業になるからだ。よって、国連憲章冒頭のこの言葉への最大敵対国と見て良いとさえ思うのである。 
『われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い・・・・ここに国際連合という国際機関を設ける』

 同じアメリカの故ケネディ大統領も語っていたように、国連とは唯一のこういう世界機構である。
『戦争にとって代わる唯一の方法は国連を発展させることです。・・・・もし国連を死なせることになったら──その活力を弱め、力をそぎ落とすことになったら──われわれ自身の未来から一切の希望を奪うに等しいのであります』
北にせよ、中国に対してにせよ、「国際法違反である」などと批判する資格は、今のアメリカにはない。国を裁ける唯一の世界機構とその基準をこれだけ酷く無視してきたのだから。そして、『二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い・・・』という国連の最大目的を実現していく道で現在最も厳しい障壁になっているのが、アメリカであると言える。

 平和の実現なんて千年先のような夢物語などと語る前に、世界人士は何よりもまず、国連を尊重させるべくアメリカに物を言うべきだろう。

(終わり)

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人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(4)国連、ケネディ   文科系

2017年04月21日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 世界平和を目指す諸国家連合、国際連盟の創設は人類史の悲願の一つ、一里塚が実現したことと述べても過言ではない。この世界機構は、人類初の国家総力戦、第一次世界大戦の惨劇から生まれたのだが、これを主導した米国大統領ウィルソンと彼をあそこまで突き動かしたカントの「永遠平和論」が背後にあった。
 にもかかわらず次の国家総力戦が起こされた後生まれたのが、現国際連合である。この世界組織は、反戦平和を最大の目的としたものだ。そのことは国連憲章冒頭にこう明示されている。まず、その『前文』の出だし。

『われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、・・・・ここに国際連合という国際機関を設ける。』

 なお、上記『・・・』は、同じような組織目的を多数掲げた連用形文章が長く続いて、上記最後の文章がこれらを締めているという文章構造になっている。また、この前文に続く「第1章 目的及び原則」でも第一条第一項冒頭部分は、『国際の平和及び安全を維持すること』とある。
 
 さて、この国際連合創設に関わっても、ルーズベルト大統領など、当時のアメリカは大活躍した。このルーズベルトも戦争を無くす事を現実的目的に掲げた政治家と言える。また、「戦争の惨害から将来の世代を救い」という表現は、けっして、数百年先には戦争が無くなるかも知れないという「夢を描いている」ような書き方ではない。

 次に、熱烈に戦争消滅を求めた代表的政治家として、J・F・ケネディ大統領を上げたい。彼もこの望みを、国連にこそ託していた。以下のように。

『戦争にとって代わる唯一の方法は国連を発展させることです。・・・・国連はこのあと発展し、われわれの時代の課題に応えることになるかもしれないし、あるいは、影響力も実力も尊敬も失い、風と共に消えるかもしれない。だが、もし国連を死なせることになったら──その活力を弱め、力をそぎ落とすことになったら──われわれ自身の未来から一切の希望を奪うに等しいのであります』

 これは、1961年9月25日に行われた国連総会演説の一節だが、後にはもっと具体的に、こんなことも語っている。
『アメリカは、この世界を自分自身の指揮命令によって簡単に作りかえることなどできるものではないことを認めるべきです。そして、現代世界における対外政策は、単純な善か悪かに二分して解決できるものではないということも認めるべきなのです』
 これは、1963年9月26日の演説だが、彼はこの年この直後の11月22日に、テキサス州ダラスで暗殺されている。なお上の彼の言葉の出典はいずれも「国連とアメリカ」最上敏樹・国際基督教大学教授著、05年第一刷、からの転載と申し上げておく。


 以上からつまり僕は、こういうことが言いたかった。人類が、戦争、軍事力を地上から無くしたいという望みだけではなく、現実的行動も20世紀には特別に進んだと。もちろん、この20世紀後半以降にさえこれに反する例はいくらでも挙げられる。それはちょうど、上のケネディの言葉ではないが、善の神が居れば悪もあるよと言い返せるようなものだろう。もちろん、具体的な善悪者を明確に峻別できるものではないのだけれど。そして、その悪の現代現実的象徴が最近のアメリカ国家であるとは、次回に見るように国連関係者こそが述べてきた所である。「国連かアメリカか」これは、1980年頃からどんどん世界の人々の知る所となってきた。日本人でもこの両派に別れている感があり、親米人士は、無意識も含めて国連無視が普通なのではないか。この事の根は意外に深いと思う。

 なお、上のケネディの言葉『現代世界における対外政策は、単純な善か悪かに二分して解決できるものではない』からこんな連想をするのは、僕だけではないだろう。
「これって、ブッシュとかトランプのことだよな-!」

(続く)
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日本の選択 1970

2017年04月20日 | Weblog
まあ以前から何度か言ってるんだが、北朝鮮情勢もあることなので。
島国というのはやはり特殊なんだよね。オーストラリアも同じだがあっちは近くに中国だの北朝鮮だの国は無いから、やはり日本は特殊になる。
海を守る、空を守るで特に経済水域を守るにはかなりの準備が必要になる。空を守るには飛んでくるミサイルも含まれる。
平和というのは相手もあることなんで日本だけが平和がいいよな~と言ってたって守りの準備は必要なのは当たり前。
そこで現在までは日米同盟のもとアメリカの軍事力を利用して広大な水域と空を防衛している。ここからが意見の分かれ目になるんだが、アメリカに依存するから巻き込まれるという意見があり、単独防衛は不可能に近いのだから多少のデメリットの覚悟は必要という意見がある。
私は後者ですよ。勿論。分かるとは思うけれど 笑
日本は日本単独で防衛やりますよと言っても今の自衛隊の装備ではとてもじゃないが不可能。北朝鮮からミサイルが飛んできたら大丈夫なのか?大丈夫じゃないだろとやってますが、アメリカと協力して行ってる今でもミサイル全部は撃墜出来ないだろうとやってるのに、単独でなんてとてもじゃないが無理。だから単独で可能になるようにするならば防衛予算を一桁増やさないと間に合わない。その金はどうするの?
当然、外交に力を入れ対話による努力に一層力を注げばお前の言うような防衛予算は必要無いという話も出るだろう。
しかし、これもやはり相手次第。対話すら難しい相手もいる。だから対話と軍事力は兼ね備えて初めて有効になる。
では、予算は難しい、単独は無理、アメリカも無理になるならば、何処かに協力してもらわないとという話になる。アメリカと別れればアメリカとは同盟解消になることも踏まえる。要するに、アメリカから見たら日本は仮想敵国のひとつに仲間入り。
こうしたことを前提に仲間を作らなければいけない。しかも日本の防衛に協力出来るレベルの軍事力を持つ国と。
まあ中国かロシアしかないんだけど。日米同盟解消ならば西側は相手にしてくれないからね。こうやって考えるから私はデメリットもあるがメリットの方が大きい日米同盟の方がいいねと考えるんだよね。
但し、アメリカとの付き合い方は変えるべき点もあるだろう。日本からの意見を強くする為にコッソリ軍事力を増強するのはいいかも知れない 笑
フランスやイギリスの話を聞くのは曲がりなりにも軍があるからね。
ちょっと脱線したが当分の間、東アジアの不安定化は続くと思うので日本の防衛や今後の道筋を考えるのは丁度いい機会だと思う。
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人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(3)   文科系

2017年04月20日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 今回は、前2回のまとめをしておこう。

 第1回目で250万年の人類史に於いて人殺しがいかに少なくなったかという英科学雑誌ネイチャー論文の内容、数字を上げた。概要を、東京大学薬学部教授・池谷裕二氏が紹介した文章からの抜粋で見てみよう。
博士らは哺乳類137科に属する全1024種の生物について、400万件以上の個体の死因を調べました。これは哺乳類の80%の科をカバーしています』

『調査の結果、哺乳類が(同種の)仲間に殺される割合は0.3%でした。300匹のうち平均1匹が同種によって殺されていることになります。肉食獣は草食動物よりも凶暴性が高いのですが、その差はヒトに比べればごくわずかでした。ヒトの凶暴性はなんと2%と推測されたのです。ヒトは平均的な哺乳類よりも6倍も凶暴だったのです。これほど同種を殺し合うのは哺乳類としては異常なことです。
 ところが慎重に調べを勧めてみると、意外な真実が見えてきました。チンパンジーやオランウータン、もしくはその祖先でも同種殺害率は1.8%と高かったのです。つまり、異常な凶暴性は、高等な霊長類に広く共通した現象なのです』

 という調査結果から始まった、人類人殺し史の結論はこういうものだった。
『石器時代以降の全250万年の考古学的証拠を丹念に調べたところ、狩猟採集の時代の殺人はおおむね個人的な動機に基づく小規模な諍いが大半だったのです。ヒトが大規模な抗争を始めたのは、定住を始めた1万年前以降です』
 この1万年以降というのは、農業、牧畜が始まって人口が急激に増えて都市も生まれ、やがて奴隷制度も始まっていく時期を最も古く見た場合と言える。
『現代社会では同種殺害率は0.01%と著しく低い』
『ヒト本来の数値である2%に比べて200分の1、哺乳類の平均0.3%に比べても30分の1のレベルに収まっています。
 公的制度によって自他を抑圧する「社会力」は、ヒトをヒトたらしめる素です』

 なお、上記のような人殺しの率を問題にする場合に、死者が増えたとどれだけ語ってみても問題外である。人間絶対数がそれ以上に増えていたら率は減るのだから。また、農業牧畜の発明が人口を急増させたように、産業とか、国家構造や医学の進歩によって、人口は急に増えていくものだ。


 次の2回目では、20世紀になって世界平和を第1の目的とした国家連合組織(国際連盟)が生まれた次第を眺めてきた。そして、この誕生を主導したのが米国大統領ウィルソンであって、彼を導いたのが18世紀ドイツの大哲学者カントの著作「永遠平和論」だったという世界政治史上有名な事実を確認してきた。ウィルソンはこのように、世界平和を「現実的目標」として掲げてきた政治家の1人だったと言える。彼が、この実現にどれほどのスパンを観てきたかはともかくとして。なお、カントは「永遠
平和論」において、国家連合の創設の他、共和制国家では戦争が少なくなるだろうとか、常備軍の廃止などを提案、予言していたと確認させていただいた。

(続く)
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人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(2)   文科系

2017年04月19日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
先回、世界的科学雑誌「ネイチャー」に発表された標記のような人類史論文紹介に東京大学薬学部教授・池谷裕二氏が添えた言葉を、こうご紹介してきた。
『もちろん私たち人類は、自身に潜む異常な凶暴性を自覚しています。だからこそ、刑法や懲役という公的制度を設け、警察や裁判官という社会的監視者を置くことで、内なる衝動を自ら封じる努力をしてきました。国際的には国連やPKOがあります』

 さて、こういう人殺し防止の「社会力」を育んできた人類史現段階、『国際的には国連やPKOがあります』について、その発祥を眺めてみると更にいろんなことに気付く。

 20世紀初めに国際連盟が発足したのは、人類史から戦争を無くしていくという世界史方向にとって画期的な出来事であった。国家の力を総動員した史上初めての「総力戦」、第一次世界大戦の悲劇を反省して生まれたものである。この世界史の画期的な歴史的できごとを粘り強く主導したことで有名なのが、アメリカのウィルソン大統領であった。
 さて、そのウィルソンが理論的支えとして己を鼓舞し続けてきたのがドイツの哲学者カントの「永遠平和論」であることも、世界政治史では有名な話になっている。そして、この書においてカントが提唱した大事な提案がカント没後にいくつか実現してきたということを、ここで非常に重要なこととして思い出したい。この大哲学者が世界史にいくつか行ってきた予言が実現したとも言える、重要なことばかりなのだと言い添えた上で。

 一つが共和制国家の実現ということ、今一つが、国家連合の創設である。前者の共和制国家は、その後の現実世界で常識になっていった。世界のほとんどの国が国民主権になって、普通選挙による国会を持ち、君主国でも立憲という前置き、制限が付くのが普通になった。つまり、大国独裁者が気ままに起こす戦争というものが人類史からほぼ消えていったのである。
 国家連合の創設というカントの提案の方は、国際連盟や、第二次大戦後は国際連合として実現した。国家連合がなければそれらしい国際法もない理屈であって、言わば無政府的世界、無法世界というに等しい。これを尊重し、この規則を全ての国が守るなどによってこれを育てあっていくこと、これがどれだけ重要なことであるか。これをカントは予見していた訳である。世界平和の実現もこの事を度外視してはあり得ないのであると。

 これらの成果が、前回紹介したネイチャー掲載論文のこんな表現に繋がっていったのであろう。
『(人殺しが今は)ヒト本来の数値である2%に比べて200分の1、哺乳類の平均0.3%に比べても30分の1のレベルに収まっています。
 公的制度によって自他を抑圧する「社会力」は、ヒトをヒトたらしめる素です』

 ところが、以上述べたように戦争を無くそうとしてきた人類の希望、営為、常識が、1980年代ほどから次第に後退してきたと思われる。今の日本などは、戦争が無くなるという希望に満ちあふれていた1950~70年のころとは大違いであって、だからこそ一部の日本国民によって9条が馬鹿にされ始めたと言えるのではないか。そして、こういう人人こそ、ここまで述べてきた題名のような世界史近年の現実には全く無知でありながら(無知だからこそ)、こんな「社会ダーウィニズム」的言辞を堂々と吐き出しているのだと思われる。「戦争無くすなんて、たとえあったとしても千年、万年先の話」。
 念のために言い添えるが、戦争の軍事力、特に常備軍と、治安維持のための警察力とが全く異なるものであることは自明の話である。ちなみに、カントの「永遠平和論」の提言、予言にはこんなものもあった。
「常備軍は廃止すべきである」。

(続く)
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戦争の動機 1970

2017年04月18日 | Weblog
そもそも何故戦争が起こるか?双方に悲惨な結末が用意されるのが分かっていても戦争が起こるのは何故なのか?
これを考える必要がある。
戦争の動機は概ね次の2つに別れる。①機会を動機とした戦争。②脆弱性を動機とした戦争。①は今このタイミングで戦争をやれば欲しいものが手に入るという動機から始まる戦争で領土問題等に絡む戦争がこれ。②はこの先今の状態が保証されるかどうか分からない、恐怖や不安からくる戦争。今回の米朝はこれになる。アメリカは北朝鮮の核ミサイルにより将来の不安を覚え、北朝鮮は体制が維持出来るのか不安を覚え、双方の恐怖や不安から危機が生まれる。
脆弱性を動機とした戦争には外敵への恐怖や不安以外に、国の内部崩壊への不安から逆転を狙い外に打って出る場合もある。
ではこの①②が極力起こらないように何を考えなければいけないか。共通して言えるのはとにかく会話が成立するチャンネルを持つこと。経済関係は必ずしも効果があるとは言えない。特に脆弱性を動機とした戦争にはさほど効果は発揮されない。代表的なのは第一次世界大戦 。ではこれまでの戦争に関してどんな形であれば会話が成立したのかと言えば互いが一定レベルの軍事力を背景とした形が会話は成立する。互いが被害を想定しやすいので会話は成り立つ。勿論今回のように間に入る国があれば会話は成立するが、その場合も間に入る国にも一定レベルの軍事力があるのが望ましい。但しこれも不調に終わる時もある。
他にも戦争の動機になる要素はあるが大きくは人間の欲望や恐怖、不安を背景にした処が過去から現在至るまでの戦争の動機になる。
となれば会話のチャンネルと軍事力は戦争の動機にも戦争回避の手段にもなる。
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人殺しを減らし、平和を目指してきた人類史(1)   文科系

2017年04月18日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 「戦争が起こる現実は悲しい」などと言って見せながら、こう語る人も多い。
『現状において軍事力が完全に無い世界の実現というのは、あまりにも実現不可能という意味で夢や幻想、あるいは宗教に属する話題であり、政治や外交に属する話題ではありません』
 現実がこんな風だと語る人には「戦争は悲しい」も夢や幻想にしかならない。つまり、人殺しを減らし、平和を目指す人を夢想家と切って捨てるのである。さらに「戦争は悲しい」も単なるポーズ。
 上の言葉が更に悪いことには「政治や外交に属する話題ではありません」だそうだ。戦争命令が出たら闘うしかない軍人ならいざ知らず、政治や外交にも戦争を無くす視点不要だとは、いやはや・・・。

 そこで、「人類史の現実問題」としての平和論を何回かに分けて書いていきたい。最初がこれ、去年のエントリーだ。これは、「人間闘争本能論」とでも訳すことが出来る「社会ダーウィニズム批判」を含んでいる。明治から大正にかけて日本の戦争連続を肯定する理論にもなったものでもある。なおこういう理論は、これを知らない人でも案外無意識に感覚、感じとして持っているもの。「動物、人間、その国家は、ほぼ永久に闘うもの」という感じだろう。これは誤りと証明されているのだが。
 

【 「人間史において、殺人は劇的に減った」と人類史学者ら   文科系  2016年11月02日

「人間史に戦争は無くならない」というのが誤った俗論であると、ここで何回も批判してきた。明治期の東大総長・加藤弘之の社会ダーウィニズムも既に誤りだとされたのに、入れ替わりここを訪れる右の方々が同様の俗論を未だにどんどん主張してくるからだ。
「動物は争う。人間も動物だから争う。国家社会もこれと同じで、戦争は無くならない」という俗論である。
 
 最近の週刊朝日に、東京大学薬学部教授にして脳研究家とある池谷裕二氏が、期せずして社会ダーウィニズム批判になる文章を書いている。その見事な文章を要約という形で、今回の反論としてみたい。
 今回彼が紹介しているのは、世界的科学雑誌「ネイチャー」に発表されたスペインのある博士らの論文である。

『博士らは哺乳類137科に属する全1024種の生物について、400万件以上の個体の死因を調べました。これは哺乳類の80%の科をカバーしています』
『調査の結果、哺乳類が(同種の)仲間に殺される割合は0.3%でした。300匹のうち平均1匹が同種によって殺されていることになります。肉食獣は草食動物よりも凶暴性が高いのですが、その差はヒトに比べればごくわずかでした。ヒトの凶暴性はなんと2%と推測されたのです。ヒトは平均的な哺乳類よりも6倍も凶暴だったのです。これほど同種を殺し合うのは哺乳類としては異常なことです。
 ところが慎重に調べを勧めてみると、意外な真実が見えてきました。チンパンジーやオランウータン、もしくはその祖先でも同種殺害率は1.8%と高かったのです。つまり、異常な凶暴性は、高等な霊長類に広く共通した現象なのです』

 とここまでは、右の方々が大いに喜びそうな下り。が、ここからの250万年人類史の最近の下りこそ、この論文の真骨頂なのである。

『石器時代以降の全250万年の考古学的証拠を丹念に調べたところ、狩猟採集の時代の殺人はおおむね個人的な動機に基づく小規模な諍いが大半だったのです。ヒトが大規模な抗争を始めたのは、定住を始めた1万年前以降です』

 そして何よりも『現代社会では同種殺害率は0.01%と著しく低い』と展開され、その理由がこう述べられていきます。
『もちろん私たち人類は、自身に潜む異常な凶暴性を自覚しています。だからこそ、刑法や懲役という公的制度を設け、警察や裁判官という社会的監視者を置くことで、内なる衝動を自ら封じる努力をしてきました。国際的には国連やPKOがあります』
『ヒト本来の数値である2%に比べて200分の1、哺乳類の平均0.3%に比べても30分の1のレベルに収まっています。
 公的制度によって自他を抑圧する「社会力」は、ヒトをヒトたらしめる素です』

 さて、著者がこの社会力で今最も期待しているのが、『国際的には国連やPKOがあります』なのだろう。ここが僕と同じであってとても嬉しかった。また、長い人類史で20世紀になって初めて出来たこの国際平和組織、国連という「社会力」のことをほとんど語らないのが、右の方々の戦争論の最大特徴だとは、ここでも度々確認してきたことである。


 なお、以下は私見だが、以上の人類同族殺害史は、我々の一般的歴史認識にも一致している。
『大規模な抗争を始めたのは、定住を始めた1万年前以降です』とは、奴隷制度が始まった時代を最も古く観た場合に合致している。当時以降の富の源泉である奴隷狩り(戦争)が大々的に行われ始めたということなのだ。『現代社会では同種殺害率は0.01%と著しく低い』のが「社会力」の増進によるというのは、基本的人権思想や、20世紀になって生まれた国連など世界平和組織やの発展によるものである。】

(続く)
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対「北」、米中関与を巡って   文科系

2017年04月17日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 標記のことで、こんなニュースもあると転載させて頂きます。田中宇の16日、最新の配信ニュースからの抜粋です。


『(前略)
 北が15日の核実験を見送るのとほぼ同時に、米トランプ政権が「米国の目標は、北の政権転覆でない。目標は、北の最大の貿易相手国である中国の助けを借り、北に最大の圧力をかけることで、6か国協議に北が参加するように仕向け、核開発をやめさせることだ」と表明(リーク)した。米国の世界戦略を決める大統領配下のNSC(安保会議)が4月に入り、軍事攻撃や政権転覆から核保有国として容認までの、強硬策から融和策までのさまざまな対北戦略の実現性を検討した結果、政権転覆にこだわらず、圧力は最大限にかけるものの、北が核兵器開発をやめる気になった場合は、融和策をとることに決めたという。
(中略)
 米軍の上層部は「北が核実験やミサイル発射をしても、それに対する報復として軍事攻撃をやるつもりはない」と述べている。つい数日前まで、米政府は「北核問題の解決は、先制攻撃か政権転覆しかない」と言っていた。マスコミもここ数日、トランプが北の政権や核施設を軍事で潰すに違いないと喧伝した(日本の対米従属論者たちは、いよいよかと喜んだ)が、緊張が山場を越えたとたん、トランプ政権は、好戦性と正反対の融和的な戦略を発し始めた。これは、北に対する提案にもなっている。今後、北が再び強硬姿勢をとるなら、米国側も強硬姿勢に戻るが、米国が実際に北にミサイルを撃ち込んだり、キムジョンウンを暗殺するための米軍特殊部隊を北に潜入させることはなさそうだ。
(中略)
 今回初めて米国は、中国を誘い、米中協調で北に最大の圧力をかけ、北に言うことを聞かせようとする策をとった。4月4日にフロリダで行われた米中首脳会談の意味は、トランプがその策を一緒にやろうと習近平を説得することだった。トランプは、晩餐会で習近平と一緒に夕食をとっている最中に、米軍に命じてシリアにミサイルを撃ち込ませ、中国が協力しないなら米国だけで北を攻撃する策に転じるぞと示唆した。習近平はトランプの誘いに乗り、史上初めての、米中が協調して北に圧力をかける作戦が展開され、その結果、北は4月15日の核実験を見送った。

 4月7日には、中国共産党機関紙人民日報の傘下にある環球時報のウェブサイトが「北朝鮮が核実験するつもりなら、中国軍が米国より先に、北の核施設を先制攻撃することがありうる。北と米国が戦争すると、中国北部が一線を越えて不安定になる。中国はそれを容認できない。北の核兵器は、米中と渡り合うためのカードであり、中国が北の核施設を先制攻撃で破壊すると、北はカードを失い、反撃すらしてこないだろう。北は、核施設の破壊を自国民に知られたくないので、破壊されたこと自体を隠すかもしれない(だから、中国による北核施設の先制攻撃は、見た目より簡単に成功する。やっちまえ)」という趣旨の論文を掲載した。この論文は数時間後に削除されたが、中国政府筋が北核施設の先制攻撃を過激に提唱したのは、これがほとんど初めてだった。

 これまで中国は、米朝戦争の再発や北の国家崩壊、難民流出、北政権の暴走を恐れ、北との関係を悪化させる軍事強硬策や経済制裁の発動を避けてきた。だが、そうした中国の自制は最近、急速に薄れている。中国は、北への経済制裁を少しずつ強めている。その一方で中国は、北が核兵器開発を中止し、米韓が合同軍事演習(北敵視)をやめる交換条件で和解策を提案し続けている。

 トランプ政権が最近策定した前出の対北融和策も、実現するなら中国提案と矛盾しないものになる。トランプと習近平は、北が核開発をやめない場合の強硬姿勢と、やめた場合の融和策の両面で協調している。これに加えて5月9日の韓国大統領選挙でムンジェインが勝つと、米中韓の対北戦略が初めて共振(シンクロ)していきそうだ。あとは北が共振してくるかどうかになる。』
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