フリーズする脳―思考が止まる、言葉に詰まる (生活人新書) | |
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(4)からのつづき・・・
話している最中に何を話しているのか分からなくなる、というのは、自分の思考をコーディネートできなくなっている状態だと考えられます。
私達は外部から入力された情報と脳内に記憶されている情報を組み合わせて、新しい思考を構築していきます。
それをしているのは主に前頭葉です。
酔っぱらいはなぜ「止まる」のか
私たちは何か行動するとき、一つの動作を行ってから次ぎの動作を考えているわけではありません。
動作の組み立ては最初に考えておいて、それを次々に出しているわけです。
それをするためには、組み立てた状態をしばらく頭の中に保っておかなければなりません。
それが崩れてしまうと、ある動作をしている最中に「何してるんだっけ?」になってしまう。
話すというのも系列化です。
言葉や記憶、思考を並べていった段階で、初めて一つの話が成り立つわけですが、その組み立てた状態を保持しておくということができないと、
「あれ?今どんな話をしているんだっけ?」
ということになってしまいます。
こういうことは、思考系の緊張が途切れているときにも起こります。
典型的な例は酔っぱらいです。
酔っぱらいというのは、基本的に思考系の緊張状態が続きません。
そのため、何か面白い話をしようとして、頭の中で組み立てても、話している最中に消えてしまい、「・・・・・・・・・・・・・」となってしまう。
まさにフリーズしたように固まってしまうわけです。
系列化することを束を握っておくことだとすると、その力が強い人は、たくさんの束を長く握っていられる。
束を握っておく力を強くするには、日頃から訓練していなければいけないし、緊張状態を保っておくということも、訓練していないとできなくなります。
いくら普段から人前で話していても、その内容が同じようなものであったら、話を新しく組み立て、それを保持しておくということの訓練にはなりません。
いろいろなテーマの話をいろいろな組み立てでする、ということが前頭葉の訓練になります。
カーナビが代行している脳の仕事
カーナビのない状態で車を運転していたら、よく知っているはずの町で道に迷ったというのは、これまでその町を走っているとき、高次脳機能を使っていなかったということです。
道順を覚えておくというのは、空間認識の問題、つまり前頭葉の機能の問題のように思われるかもしれません(実際に頭頂葉の問題も大きく、よく道に迷うという人の脳を画像診断してみると、頭頂葉の部分が痩せてしまっていることがあります)が、それだけではありません。
道順を覚えるときは、空間の中から自分なりの目印を選択し、それを見たときにどうすればいいのかを判断し、その選択・判断を並べていって、一つの道順を組み立てていく。
それを頭の中に保持しておいて運転すれば、目的地まで間違いなく辿り着けるわけです。
ところが、その選択・判断・系列化をまったくやっていなかったから、「空間は見覚えあるんだけど、どこでどう曲がればいいのか分からない」という状態になってしまった。
それで道に迷ったのだと考えられます。
カーナビの話が典型的ですが、私たちは便利な道具を使いこなすことによって、より高度な活動をするようになったというよりも、今まで自分の脳を使ってやっていたことをやらなくなってしまった。
そういう面のほうが大きいのではないかと私は感じています。
記憶を引き出しやすくする方法
人の名前などが思い出せなくなったというのも、おそらく前頭葉機能の低下と関係しています。
記憶というと、海馬や側頭葉の問題だと考えられがちですが、ごく簡単に言えば、これらは記憶を蓄えておくところです。
それをその場の状況に応じて引き出してこられるかということになると、前頭葉、もしくは前頭葉と海馬・側頭葉の連絡が問題になってきます。
私は、記憶を引き出しやすくする方法は大きく分けて三つあると考えています。
まず一つ目は繰り返し思い出すこと。
二つ目はファイル化すること。
「マジック7」と呼ばれる現象(人間が一時に記憶できる言葉や数字などの要素は、多い人で七つ、少ない人で三つ、五±二が標準的と言われていて、それ以上はどうしても忘れてしまう)があるように、私たちが単純に覚えられることは意外なほど少ないものです。
ところがファイル化すればもっとたくさん覚えられる。
ファイル化というのは、次のように考えてみると分かりやすいでしょう。
たとえば、プロ野球選手の名前を全員記憶しろと言われても、とても覚えていられません。
しかし、まずはセ・リーグとパ・リーグにファイル化する。
次にセ・リーグにはこういうチーム、パ・リーグにはこういうチームという風にファイル化する。
さらに「このチームの内野手には何という選手がいる」という風にファイル化する。
そうやってファイル化していけば、より多くの選手の名前を覚えていることができるし、記憶を引き出すことも容易nなります。
三つ目は、記憶を引き出すときの“手がかり”を増やすことです。
たとえば、毎日同じ部屋でたくさんの人と会い、同じような話をしていると、誰が誰だか分からなくなってしまいますが、場所を変えて会えば「どこそこにお会いした○○さん」という風に、記憶を引き出すときの手がかりが一つ増えます。
さらに条件が加わってくると、さらに記憶は引き出しやすくなります。
私たちの脳は、見た情報、聞いた情報がすべてとりあえず記憶されるようにできています。
ところが、高次脳機能を使って引き出せるようにしておかないと、必要なときにパッと引き出すことができないのです。
記憶力というと、無意味に並べた数字や記号を何個覚えていられるかというような短期記憶の力ばかりが注目されがちですが、本当に大事なのは、こういう反復練習、ファイル化、手がかりづくりの努力をどれだけしているかということです。
(これはおそらく、私たちがインターネットやモバイルを使い慣れることによって、もっともしなくなっていることの一つです。)
毎日たくさんの人と会っている人は、そういう努力が完全に習慣の中から抜け落ちてしまっている場合があります。
最初は、ファイル化していなかったり、手がかりをつくっていなかったりするから思い出せないのですが、そのうちにファイル化したり、手がかりを頭の中で統合して記憶を引き出したりすること自体が苦手になってくる。
そうすると、最近会った人や知った物の名前はさっぱり思い出せない、という状態になっていきます。
つづく・・・