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サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

川越まつりを楽しんだが・・・

2007-10-22 | 日記風
 じつに20年ぶりに小江戸川越のお祭り「川越まつり」に出かけた。川越まつりは年々盛んになっていくようで、20年前に中国の友人を連れて見に行ったときは40万人が集まったと聞いた。昨年は2日間でじつに110万人が来たそうだ。川越市の人口は33万3千人なので、人口の3倍以上の人がこのお祭りを見るために集まってきたことになる。今年はいったい何人だったのだろうか。

 街を歩いてみると老若男女がわさわさと歩いている。露天の夜店も狭い街の通りにぎっしりとたち並んでいる。久しぶりに夜店を覗きながら歩いてみた。しかし、むかし子供の頃感じたようなどきどきした面白さは微塵もない。大人になったせいなのだろう。けれどもそれだけではないように思う。夜店の多様性が無くなったと感じる。昔はいろんな夜店があった。食べ物屋はもちろん、輪投げ屋、金魚すくい、ヤドカリ売り、おもちゃ屋、風船屋、お面屋、ブロマイド屋、飲み物売り、飴屋、焼き芋屋、手品師、的屋、ガマの油売り、大道芸人、見せ物屋、その他ありとあらゆる店があった。その中でも私に興味深かったのは、絵を上手に書く機械を口上もうまく売っている香具師だった。絵を描くのが下手だった私には、ブロマイドの中村錦之助や美空ひばりの写真を(あっ、年が判ってしまう)なぞっていくだけで写真そっくりに絵を書くことができるこの機械は魅力的だった(機械といっても6本の平たい木をボルトで留めただけのものだったが)。たしかそれは120円くらいしたと思う。当時、お祭りだからといって特別にもらったお小遣いは100円か200円くらいだったと思うから、この機械は子供の私には買うのは清水の舞台から飛び降りるほどのことだった。

 また話が脱線したが、今日びの夜店は8割が食べ物屋。それもタコ焼き、お好み焼き、焼きそば、チョコレートバナナ、杏子飴、綿菓子。それだけで大部分だ。食べ物屋を除くとあとは金魚すくい、風船屋くらいか。多様性の低下にはびっくりしてしまう。大学の学祭が今そうなっている。ほとんどが食べ物屋をやり、コンサートや講演会・討論会など昔の学祭の主流だった催し物はほとんど無くなった。大学祭が夜店化している。昔は大学生は一般大衆とはレベルが違った。今は大学生と大衆は同じレベルになった。いいことか悪いことか判らないが、大学祭と夜店との間に差が無くなったのは当然なのだろう。

 またまた脱線した。私が見に来たのは夜店ではなかった。川越まつりの真髄は山車の曳き回しと「曳っかわせ」にある。川越まつりの山車は350年の伝統のある山車で、出し入れできる3段になっており、一番上の段にそれぞれの山車に別々の人物の人形を飾っている。日本武尊や木花咲姫、徳川家康、八幡太郎、徳川家光、太田道灌など歴史上の人物や神話の人物の人形である。それがからくり人形のように山車の中から突然にゅーっと空に立ち上がる。見物人から盛大な拍手がおこる。山車は昔よりも増えていて、今年は16台だった。一台を作るのに1000万円は下らないと言われているように、山車の飾り物は豪華絢爛だ。夜の闇の中で提灯の明かりに照らされて金色の山車の飾りがきらめく。山車を曳き回す老若男女がもつ提灯は電池ではなく本物の蝋燭の明かりだ。周りの小江戸川越の倉作りの町並みに映えて、江戸情緒たっぷりだ。東京には江戸はもうあまり残っていないが、川越には江戸が残っている。

 山車には笛と太鼓のお囃子が乗り、踊り手が一人乗って踊る。踊り手はおかめ、ひょっとこ、媼、婆、狐、狸などの面をつけてひょうきんな振り付けでお囃子に乗せて踊る。「曳っかわせ」というのは、二台の山車が出会ったときに山車どうしが正面を向き合ってお囃子を競演することをいう。この競演は勝負がある。じつはそれぞれの山車のお囃子は似ているがそれぞれ違ったリズムのお囃子なのだ。その二台が向き合ってお囃子の競演をして、どちらかの山車の太鼓や笛や踊りが相手のリズムに引き込まれて間違ったら勝負ありで、負けた山車は道を譲って引き返したり道を空ける。この曳っかわせが川越まつりの最大の呼び物だ(写真)。

 観光客はたしかに20年前より多かった。しかし、曳っかわせなどの時の盛り上がりは以前ほどではないような気がした。20年前もやはり曳っかわせの周囲はラッシュアワーの電車の中のような混み具合だった。それはそう変わっていない。しかし、110万人という人出は感じられない。山車の曳っかわせを見た後、帰りに裏通りを歩いてみた。そこには表通り(山車が通る)以上に多くの露店が出ており、若い男女があふれるようにひしめきあっていた。川越まつりにきても山車を見るよりも夜店で何かを買い、食べ、遊ぶことに専念している若い人たちが多いことに気がついた。彼らにとっては重要民俗文化財の山車の競演よりも、食べてダベルことがハレの日のお祭りの楽しみだったようだ。川越まつりは盛んになっているのか、それとも先が危ういのか。

 私には久しぶりの山車の競演「曳っかわせ」は楽しかった。だけど、25年くらい前に最初に川越まつりを見たときと同じように、なにか盛り上がりに欠けるお祭りだと感じた。それは何故だろうか。それはどうやら、川越まつりのクライマックスである山車の「曳っかわせ」の勝負が横で見ていてもよく分からないことと、負けた方がそっと道を譲るという温和しい勝負だからかもしれない。

 私の故郷(四国)のお祭りでは、御輿どうしのぶつかり合いがあり、山車の曳き回しは荒っぽく、ものすごいエネルギーが感じられた。酒をラッパ飲みしながら暴れ回る御輿や山車。子供が御輿に乗って太鼓をたたいているのを担ぎ手たちが御輿をひっくり返し、乗った子供たちは逆さまになりながらも太鼓をたたき続ける。とにかくエネルギーが溢れていた。毎年怪我人が何人か出た。川越まつりはそのような荒っぽさがない。温和しく平和だ。勝負もお囃子で行う。酒の力で暴力をふるうお祭りがいいとは思わないけれども、川越まつりのようなおとなしさもなにか物足りない。

 有名な東京の三社祭りもかけ声は勇ましいが荒っぽさはない。しかし、関西の祭りはどこも荒い。岸和田のだんじり祭りなど毎年死者がでるほど荒っぽい。これはひょっとしたら関西と関東の違いなのだろうか。逆のような気がするのだけれど。それとも時代の違いなのだろうか。関西ではいまはもう温和しいお祭りに変わったのだろうか。久しぶりに故郷のお祭りも見てみたくなった。

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