人生アラカルト

どうせ過ごすなら楽しくね。

おはようお帰りやす

2015-06-29 18:02:36 | 80はミステリーゾーン
お稲荷さんには毎日沢山のお参りがあります。
そして、多くの人が本殿を抜けて鳥居の稲荷山に上が
るのです。最近は外国人が目立ちますが。

石段を山上までめぐると、2時間くらいかかります。
距離にして8キロだそうです。

石段の要所、要所に小型の鳥居やローソクを売る店が
あります。四つ辻までは飲食も出来ます。

その店に初めて入りました。
「きつねうどん」を食べるためです。

これまでもチラチラ看板を見て、食べたいなあと思って
いたのですが、先を急いで素通りしていました。

お稲荷さんだから「いなりうどん」ともいいます。
狐は稲荷の神様の使者です。もともとは農業の神様です
から正面の狐は稲穂を咥えています。

「きつねうどん」に載せるお揚げさんはこぶりで三角に
切ってあります。そして甘く炊いてあり、細うどんとと
もに誠においしく、おつゆまで飲んでしまいました。


この店のきつねうどんは600円、坂を下った店では550円。
山ですさかい、上へ上るほどジュースも高くなります。

「おいしかった。おおきに」と礼をいうと女主は

「気をつけて。おはようお帰りやす」といって送りだして
くれました。

   久しぶりに聞く古い京ことばでした。


入った店とは違います。



コメント

弦の合奏に不思議な力をもらって 

2015-06-27 21:51:44 | 80はミステリーゾーン

稲荷山に行き損なったので、ネットで音楽会場の
予定を調べたら、京都コンサートホールで《アン
サンブル都》の演奏会というのが見つかりました。

入場無料とあるから、市民オーケストラでしょう。
夕方5時開演に合わせて地下鉄へ急ぎました。

会場についたら、ホワイエで拍手が聞こえました。
ロビーコンサートです。プログラムにはさんであ
った曲目に、葉加瀬太郎の「情熱大陸」やサンサ
ースの「白鳥」が並んでいました。
本番を前に大サービスです。


ところで、京都に市民オーケストラがいくつあるか
と思いますか。

大学が8つと市民が19あります。ネットに載って
いるなかで、「アンサンブル都」は名が載ってなか
ったので、合わせると20団体ですが。

弦だけのアンサンブルなので、オーケストラの中に
入らないのかな。

《都》はつくって5年というから、歴史は浅い。
ヴァイオリン、チェロ、コントラバスの編成で20
人足らず。指揮者はいません。

1曲目、モーツアルトの「ディベルティメント 変ロ
長調 K137」。「え?」と舞台上の楽団員を見ました。

おみそれしました。
すごくいい音を出しているのです。

ソリストにチェロとチェンバロが加わりました。
ました。

17世紀のH・パーセルの「アブデラザール組
曲」は初めて聞く曲ですが、旋律が実に美しいのです。

コンサートホールにはホールが2つあって、《都》は小
さい方の会場(500席)にぴったりです。

ヴィヴァルディの「2つのチェロのための協奏曲 ト
短調」はチェロの音色を存分に堪能。

休憩をはさんで、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ
 ハ長調」は第2楽章ワルツがあまりにも美しすぎるから
ものだから、有名ですが、4楽章全体を聞いてチャイコ
フスキーの素晴らしさを感じ取ることができます。

弦の合奏を聞いているうち、森を思い浮かべました。
雨が木々を潤しています。


若い音楽家たちから、エネルギーを頂きました。










コメント

がんに負けない鳥越さんが好きだ

2015-06-26 20:49:34 | 80はミステリーゾーン
NHKの番組「団塊スタイル」に鳥越俊太郎さんが出ていました。
4度にわたる大手術を経てなお、がんと向き合う姿勢は私に
はお手本のような存在です。

75歳というから団塊世代からからやや離れていますが、先輩
のような同期として尊敬に値する人物なんでしょうね。

鳥越さんは毎日新聞社に7年の京大学生活を経て入社されま
した。初任地が新潟支局で、1年生は大概警察回りから始め
るのが普通なのに、教育とか府庁とか脇道をたどっても、
大阪社会部へ異動。大阪万博のあと、田中角栄との出会いが
記者としての大きな転機となり、ロッキード事件を取材しま
した。

私は2度目の金沢支局時代「田中逮捕」を知りました。
「ええ? ついさっきまで総理大臣だった人でも逮捕される
のか」と驚いたことを覚えています。

鳥越さんはいいます。「当時日本海側は裏日本といっており
ました」 田中さんが新潟に注ぎ込んだ情熱と《お金》は並々
ならないものになっていたといいます。
しかし、日本復興に功績があっても、あかんことをしたら、閻
魔さんが許さへん。私はそれでええんや、と思ったものでした。

鳥越さんとテレビ局でキャスターの田丸美寿々さんとのやりと
りは新聞記者と電波報道の違いを浮き上がらせます。田丸さん
は「私たちは残り5秒に心血を注ぎます。それに引き換え鳥越
さんは無駄が多すぎ・・」

これは面白いやりとりだと思いました。
新聞記事は無駄な文章や言葉をそぎ落とすのが仕事なのに、放
送局へ行ったら、あなたの言葉は無駄」 さすがの敏腕記者も
形無しです。

鳥越さんは4度にわたる手術をしても生き延びている。ほとん
どの病気は自覚できるが。がんだけは分からない。だから、
がん検診をすることが生きる道ですと、聴衆に訴えられていま
した。

また、がんはみんなから嫌がられるが事故であっけなく死ぬこ
とを思うと、がんには死ぬまで時間が与えられる。その間に身
の回りを始末すればよいのですーこれは全く私の主張と同じで
す。

鳥越さんに分からないことが一つあります。筋肉トレーニングを
続けられることはいいとして、そこまでして《きんにくまん》に
なる必要があるのですか。

私も週に3日トレーニングに通っていますが、「やらんよりまし」
の程度、それでも加齢には勝てません。勝つつもりもありません
が。

鳥越さんはすごい。人気あるのは当たり前。
元気をいつももらえます。私も胃がん、食道がんを経験し、今年
5年を迎えました。

コメント

土下座のように両手をついて・・・

2015-06-26 14:21:33 | 80はミステリーゾーン
「土下座のように手をついてください」

テレビである健康体操を講師が説明した。

「土下座ねえ」 うまい。その通りです。

私は日に何回か土下座します。
神経痛を治すためです。

ついでにいいますと、土下座には上があるのを
ご存じですか。

五体倒地(ごだいとうち)といいます。
両肘、両膝、それに額をつけて相手を崇めます。

この相手とは仏様です。比叡山の千日回峰行に
三千仏を拝む修行が「五体投地」と聞きました。

これ以上の拝み方はないと。
膝は擦り剝け血が出てくるといいます。


私は坐骨神経痛を治すためのエクササイズ。
足のしびれを治ためのものです。



土下座の姿勢から足を伸ばします。
お腹を地面につけて、背筋を伸ばして頭を上げます。
背骨はエビぞりのようになります。

最近、はやりの腹筋を鍛える器械を買いました。
これが、効き目がいいみたい。

器械では、土下座はしません。
謝ることもないので、これでいいのです。

コメント

風呂場のいすの高さについて

2015-06-24 05:20:28 | 80はミステリーゾーン
娘が父の日に、風呂場のイスを贈ってくれた。
家の調度品を扱う仕事柄、目の付け所が違う。

考えてみると、風呂はほぼ毎日使っている。
風呂は体を洗うほかに、癒しの効果もある。

ところが、風呂場にいる時間は短い方だろう。

洗う時間も短くすませる。

贈ってくれたいすは大型であった。高さがある。
座ると、膝はほぼ90度。
背もたれでないが、尾てい骨あたりがぽこっと
ふくらんでいる。

そうか。いままで使っていたのは低かった。
お尻が下に落ちていた。起き上がるのに力がい
った。

風呂場のいすの高さなんか、気にとめたことも
なかった。

うん、これでいい。
「なあ」

こういうときは、家族の相槌がほしいところだ
が…


コメント

[くやしかあ」の持つ迫力

2015-06-21 09:57:56 | 80はミステリーゾーン
鷲田清一先生の〈折々のことば〉(朝日新聞)が
毎日うれしい。21日は9面で特集を組んでいた。

なかで、卒論の草案を酷評された学生があとで
叫んだことば「くやしかあ」について。

鷲田先生は「はらわた語」と呼ぶ。

先生のことばもすごい。

ものもいいようで。
例えば、東の《バカ》を「Ba-ka]
西の《アホ》を「A-ho」とアクセントを前に置く
と間延びする。

後ろに置くと、いわれた方はむっとするだろう。

<まれ>の能登言葉《だら》。「Da-la」
「daRaー」の違いは?

「くやしかー」は声の強弱は関係なく、いやむしろ
声が小さい方が迫力ありか。
コメント

ルーブル展に「風俗名画」を観る

2015-06-18 21:39:45 | 80はミステリーゾーン


毎日うっとうしいお天気が続いていますが、京都市
美術館には大勢の美術ファンが「ルーブル美術館展」
に訪れています。私も行ってきました。

ルーブル美術館どころかフランスも行ったことがない
私は、この日を待っていました。

長い列を覚悟していたのですが、すっと入れたので、
「あれ?」です。

パンフによりますと、今回ルーブルから運ばれた絵
画は「世界を代表する風俗名画」で、ルネサンスの
16世紀末19世紀までの80点が展示されています。

入館料1600円、音声ガイド代550円。2150円でルーブ
ルが観られる。オペラに比べるとなんと安いこと。


音声ガイドは是非ものです。絵には書いた説明がつい
ていますが、疲れます。耳から入って来る説明は実に
分かりやすいのです。

人々は丹念に説明を読み、作品を鑑賞するもので
すね。だから、列はゆっくりゆっくり進みます。

音声ガイドは全作品についているわけでなく、主だっ
た作品を選んでいるみたい。
隅から隅へと見るほどの熱心さは私にはないので、そ
れで十分です。


だから、使用不可のカメラなど入ったカバンをロッカ
ーに預けたらすっきり、身軽に鑑賞できました。

何を観たの? って尋ねられたら、フェルメール、レン
ブラント・・・ えーと、それから・・・

出口に絵葉書や複製画など沢山売っていましたので、お
みやげに、ティツイアーノのキャンバス絵「鏡の前の女」
を買って帰りました。

絵画をもっと勉強しないと・・・











コメント

コンクリートの中から生まれる音楽とは

2015-06-17 23:44:06 | 80はミステリーゾーン
ウィーン・フィル コンサートマスターのライナー・
キュッヒルさんの言葉から得たもの。

「コンクリートに囲まれて育ち、人工的な経験ばか
りした子には、自然な演奏ができません。彼らの演
奏を聞くとよくわかります」

母校のウィーン国立音楽大学の教授でもあるライナ
ーさんの言葉を新聞で読んだ。

自然と触れ合い、感じ見聞きするなかで、いろんな
感覚を養ってほしい、とおっしゃるが、現代人の多
くにあてはまる言葉ではないか、と受け取りました。
コメント

咳も出したらだめ クラヴィコード

2015-06-14 21:17:30 | 80はミステリーゾーン
モーツアルトのピアノ協奏曲全曲演奏を続けている
京都市・紫野のアトリエ・ワムで、バッハ時代のフ
ルートの前身、笛とクラヴィコード、チェンバロに
よる演奏会が14日ありました。

会場は河野邸の2階音楽室で、いつもの通り。
周りは紫野の住宅地ながら、音楽室は防音装置に守ら
れているから音は全く漏れないそうです。

もともと、演奏会場として建物ではないので、観客
は数十人座れる広さです。

特に、14日(13日)の演奏会は希望が多かった
と、解説された河野文昭さん(チェリスト)は云っ
ておられました。

演奏は河野美沙子さんがクラヴィコードとチェンバ
ロ、フルートの前身の木製、フラウト・トラヴェル
ソを大島義美さんが演奏しました。

大島さんはプラハ放送交響楽団主席フルート奏者な
どを経て現在京都市立芸大教授。cdを13枚リリー
スしているほか、「音楽力が高まる17〈何〉」など
出版、なかなかの文章家。(演奏会後購入して読みま
した)

皆さん大学の先生だけに、話がうまい。そして面白い。

さらに、楽器の調律の人が演奏に先だって楽器の説明
をしたので、さらに音楽を分かりやすくしました。こ
れがワムの特長です。

フルートの前身の木製楽器は、穴が6つしかなく演奏は
逃げ出したくなるほど難しいと大島先生はいいます。

音は柔らかく、木製の部屋に溶け込むのだそうです。

鍵盤楽器のクラビコードの音は実に繊細で、大きな音の
現代のピアノに比べてら、蚊の泣く声(そんな声あった
っけ)。

うっかり、咳をもらそうものなら、「しー」と肩をたた
かれそうなので、こんなに緊張した演奏会はありません。
こんな時に限って喉がむずむずしてきます。



でも、人間の耳は慣れてくると、小さな音も大きく聞こ
えるものなんでしょうね。

ちょうど、ナイターの照明は実は撮ると暗いのですが、
目が慣れてくると明るく見えるのに似ています。

クラヴィコードに比べるとチェンバロの音は大きい。

演奏会は一気にバッハ時代に引き返していました。








コメント

洞ヶ峠は俗説とすれば、筒井順慶は気の毒

2015-06-10 19:24:33 | 80はミステリーゾーン
NHKの朝の番組「まれ」で能登の言葉が
交わされています。でも、いまでも若い人があん
な能登弁をしゃべっているのでしょうか。

同じ石川県でも金沢にいた私は懐かしいのですが、
能登の言葉は似ているようなそうでないような。

金沢にいたころ、「おきのどくな」という言葉を
よく聞きました。主に年配者それも年寄りに多か
ったようです。なにかものをもらったり、気を遣
わせた時に使う挨拶に近い言葉だったように思い
ます。

「こんなことをしてもらって・・・」と相手の気
持ちに感謝する意味がこもっていて、私は最高の
挨拶だと思っています。

一般的には「気の毒」という言葉は最近使われなく
なったと思いますが。



さて、前置きが長くなりましたが、「気の毒」な男
を10日の朝日新聞夕刊に載せています。
世にいう「洞ヶ峠」の筒井順慶です。

筒井順慶は、秀吉が明智光秀を倒した山崎合戦(1582年)
で、決戦の場天王山(大阪・京都府の境)を前に、
有利な方につこうと洞ヶ峠で様子を伺ったと伝えら
ています。

このことから「洞ヶ峠」は日和見の代名詞となりま
した。


ある国語辞典でも、「形勢をうかがっていたことから、
有利な方に味方しようとしてなりゆきを見守ること」
と書いてあります。

ところが、順慶は洞ヶ峠へは行っていない、と出身
地の奈良県大和郡山市の筒井順慶顕彰会はいってい
ます。

ある歴史家も俗説と書いています。

だとすると、その点から筒井順慶は誠に気の毒な男です。



(対岸の石清水八幡宮からみた京都府、大阪府の境)




コメント