人生アラカルト

どうせ過ごすなら楽しくね。

オーケストラの面白さ

2011-02-25 06:06:46 | 楽器
大概の高校には、ブラスバンドがある。でも、オーケストラとなると
ぐっと数は少なくなる。そのひとつ新潟のT高校の定期演奏会は
新潟を訪れた時の楽しみだ。

ある年。プログラムの一つはベートーベンの交響曲第5番「運命」だった。
バイオリンが多いぞ。と、いうのはその年入部した1年生30人が
全員バイオリンだった。演奏会が5月だったから、1か月余りで舞台
に上がったというわけであった。

そんな短期間でバイオリンが弾けるの? 

どんな楽器だって短期間での練習で演奏ができます。ただし、どの音
も出すのは難しいと思います。で、肝心な部分は経験者が演奏します。

さて、金管とくにトランペットが良く響くと思って指折り数えると
8人いた。サックスもいた。ええのかいな。

従って、ブラスの良く響く5番が響き渡った。

プロでは考えられない楽器編成だが、アマなら許される、かな。
妙に納得。

古ーいレコード、レコードは古いに決まっているが、モダン・ジャズの
ジャック・ルーシエがオーケストラを指揮しながら「ブランデンブルグ5
番」を演奏している。バッハとジャズがぴたっと遇い、今聞いても新鮮
だ。

私たちは、作曲家が指示する編成でのオーケストラを聞いている。
それがベストかも知れないが、型破りのスタイルの演奏にもホッとする
気持ちになる。



歴史の変換見つめた世界遺産・二条城

2011-02-22 18:04:28 | 京都の名所
京都市民にとって二条城は御所とともにかつての都の原点
である。だが、行ったことがない市民が多いのではないか。
一つは京都人は修学旅行に京都には行かないからだ。

私はお城の西側にある朱雀高校にいた。1年生で親父は校長をしていた。
そして、50歳で亡くなった。一家は金沢の実家であるお寺へ移った。

二の丸御殿。家康が京都の出張所兼宿泊所として城をつくった。以来
徳川将軍はここへやってきて、朝廷との折衝に当たったり、諸大名と
会ったりした。

見事な庭園。そして、1750年15代将軍の慶喜が大政
奉還をここで発表した。御殿には、その模様を再現する人形が配置されている。

城内は今梅が3部咲きだが、ほかに椿やなど花が季節ごとに咲き競う。


午後4時で入場できないでの、入場者は少なかった。一か所ある広い
休憩所、お土産屋は空いていた。

城外近くに、神泉苑がある。桓武天皇が794年設けた沼池。
泉が湧くことから名がある。現在、史跡の庭園には船を浮かべた京料理店が京
食材を提供している。池には、水鳥が遊んでいた。

城前の堀川、西側の千本通りは、jr二条駅をはじめ大きく変わったが、二条城
近辺はかつての街並みを残している。

京都や首都圏にも雪が積もる

2011-02-14 23:20:21 | 雪害
京都に珍しく日中雪が積もった。雪が降るということは0度近くまで
気温が下がる。寒いはずだ。でも、北陸や東北の寒さに比べると
京都の寒気はまだ上品だ。思い出すのは山陰・北陸を襲った38
豪雪であった。

38年の豪雪時、私は金沢で新米の記者をしていた。38年までにも雪は
降っていたが、いきなりどかんと積もったのはこの年。土地の人間に
もびっくりの積雪だった。記者は忙しかった。とくに新米は大変だった。


鉄道は敦賀、北は直江津でストップした。以来、1週間列車は動
かなかった。国道も不通となったので、物資はおろか、全国新聞も
こなかった。いわば、福井、石川、富山県が陸の孤島現象となった
わけだ。

昔から3県は台風など災害を避け、豊かな土壌に恵まれ、農産物は
潤沢である。漁業も盛んであった。だから、自力で十分生きていける
力がある。

でも、雪に閉ざされては富裕な土地も音をあげざるを得なかった。
交通機関がマヒすると、流通がストップするからだ。

金沢で新米記者をしていた私は、雪がもたらした悲劇を目撃した。
繁華街で遭難が起きたし、雪捨てをめぐる騒動も多かった。城下町
特有の狭い道に捨て場が無くなった。


38年豪雪を機会に、国やJR、自治体、民間あげて除雪体制を整えた。
例えば、JRは少々の雪で列車がストップすることはなくなった。

幹線道路には水道管が埋め込まれ、雪が降ると水を流す。多くの家
庭でも、屋根に融雪装置をつけた。

だが、そのうちに、雪が降らなかった冬があったりして、除雪態勢に
緩みが出てくる。加えて地方に若者がいなくなったりして、豪雪による
事故が多く見られた。

それにしても、今年は雪が多い。





御幸町通は楽しい長ーい街です

2011-02-05 07:52:14 | 行ってみて
京都の繁華街、寺町通の西通りの御幸(ごこ)通。何十年も京都に住み
ながら、初めて歩いた。新旧取り混ぜた店の中、楽しい街が展開しています。

老舗料理旅館や仏像館、学校博物館、京野菜を食べさせる店、豆腐屋
さんなどがある一方でな何の店か覗きこまなければ分からない今はやり
の店もある。マンションも多い。







ずっと以前に発行された新聞の切り抜きを片手にぶらついたが、印刷された
建物を見つけることは少なかった。変化が激しいところなのか。


懐石・宿の「近又(きんまた)」は1801年に創業。建物は国の有形
文化財。一泊4万円から5万円。月に2回料理教室を開いている。


「京都市学校歴史博物館」は京都の教育が分かる資料を展示
している。いま「林業のまち 京北の文化と小学校」企画展を開
いている。




仏具店が軒を並べる。